◆200609KHK227A3L0500AH
TITLE:  大阪府「教職員評価・育成システム」についての大阪弁護士会意見書
AUTHOR: (資料)
SOURCE: 大阪教法研ニュース 第227号(2006年9月)
WORDS:  全40字×500行


2006年(平成18年)7月25日

大阪府教育委員会 教育委員長

大阪弁護士会 会長  小 寺 一 矢



要 望 書



  今般○○○○氏ほか132名より当会に対し人権救済の申立があり、当会人権擁護委員会において慎重に検討いたしました結果、以下のとおり要望いたします。




第一 要望の趣旨


  平成16年4月16日、実施に関する規則化がなされた『教職員評価・育成システム』(以下、「本件システム」という。)については、「教職員の意欲・資質の向上、教育活動の充実及び学校の活性化」をはかるとの導入目的の相当性は一応認められる。しかし、教育基本法が定める、教育の目的、方法における自主性・自立性の尊重という点を鑑みるとき、本件システムが予定する教職員の教育は、教育の重要な部分を担う教職員の管理強化につながり、教育基本法の定める教育の目的、方法を侵害する危険性を含んでいる。
  また、導入目的を達成するために、教職員の「何を」、「どのように」、「誰が」評価するのかという、評価の公平性・客観性の検討は重要であるが、未だ十分に検討されているとは言い難い。
  さらに、評価の結果を今後、処遇に反映することを予定している以上、不利益を受ける評価についての苦情申立制度については、苦情審査会の委員として第三者の参加さらには同会を第三者機関とするなど、なお、検討課題が残っているといえる。
  よって、大阪府教育委員会においては、本件システムの内容につき、より一層幅広く意見を求め、関係者と十分に協議を重ね、改善を図るよう要望する。


第二 要望の理由


第1 申立の要旨

1 本件は、大阪府立高校の教職員や保護者である申立人らが、被申立人大阪府教育委員会(以下、「府教委」という。)に対して、府教委が、平成16年4月16日、実施に関する規則化をおこなった『教職員評価・育成システム』(以下、「本件システム」という。)は、教職員が国民全体に対して直接責任を負って教育を進める権限を侵害し、教職員の思想・信条の自由を侵害し、そして同時に、子ども・保護者がもつ教育権を侵害するものである、として本件システムの中止を勧告するよう申し立てている事件である。

2 申立人らが、本件システムの実施が人権侵害であると主張する理由の概要は、以下のとおりである。
(1) (憲法23条、同26条と本件システム)
  教育は、あくまで教職員や教職員集団としての職員会議等を通じての共同作業として、教員の自主性・自発性に基づいて行われなければならず、憲法23条(学問の自由)、憲法26条(教育を受ける権利等)の条文は、学問の自由と国民・市民の教育権を明確にしている。教職員の自主性、自発性は、自らの教育計画を自主的に判断することができて初めて実行可能になる。
  ところが、本件システムは、上記のような教職員の自主性・自発性を損なうものである。
(2) (教育基本法10条と本件システム)
  教育基本法10条(教育行政)は、「教育は、不当な支配に服することなく、国民全体に対し直接責任を負って行われるべきである。教育行政は、この自覚のもとに、教育の目的を遂行するのに必要な諸条件の整備確立を目的として行われなければならない。」と規定しているが、本件システムは、教育行政による教育への「不当な支配」にあたる。
(3) (本件システムの個別の内容)
 ア.本件システムの評価の客観性について
  「ILO・ユネスコ教員の地位に関する勧告」64項では、「(1)教員の仕事を直接評価することが必要な場合には、その評価は客観的でなければならず、また、その評価は、教員に知らせなければならない。」と規定されているが、本件システムによる評価は客観的なものとはなっていない。
 イ.本件システムによる評価と給与への反映について
  府教委は、本件システムに基づく評価結果を将来的に給与に反映させることを予定しているが、給与へ反映させることは、東京都の勤務評定システムに対する「ILO・ユネスコ『共同専門委員会』(CEART)勧告」に反する。
 ウ.本件システムの苦情申立手続について
  「ILO・ユネスコ教員の地位に関する勧告」64項では、「(2)教員は、不当と思われる評価がなされた場合に、それに対して異議を申し立てる権利をもたなければならない.」と規定されているが、本件システムにおける苦情処理窓口は、恣意的な評価がなされたかどうかを審査するための第三者機関にはなっていない。
(4)(子ども・保護者への人権侵害)
 ア.子ども・保護者の教育権
  子ども・保護者は、学校全体の教育方針が、教育集団としての保護者・子どもを加えて討議され、教職員間の協力関係があって教職員集団としての教育の営みが行われていくことを望んでいるにもかかわらず、本件システムは、教育委員会→校長→教職員という排他的な教育をつくりだし、一人一人の子どもを大切にする教育を求める子ども・保護者の教育権を不当に侵害する。
 イ.保護者等への説明責任
  本件システムの平成14年度試験的実施や平成15年度試行実施において、府教委は保護者・府民全体に対しての説明を行ってこなかった。
  また、平成15年5月11日と11月29日の2度にわたる民間公聴会においても、府教委は明確な理由なく参加しなかった。
  このように、府教委は、保護者等に対する説明責任を果たしていない。

第2 調査結果

(申立書、添付資料及び申立人ら代表者からの事情聴取、並びに府教委担当者からの事情聴取及び府教委からの回答文ほか)

1 当会が認定した事実(争いのない外形的、客観的事実)
(1) 府教委は、
  ア.平成12年7月、「教職員の資質向上に関する検討委員会」(座長木下繁彌 当時甲子園短期大学学長)に対し、「教職員資質向上方策について」として、@教職員の資質向上方策について、A指導力不足等教員の資質向上方策についての検討を依頼した。
  イ.平成14年7月、同検討委員会(23回開催)から『教職員全般の資質向上方策について』の最終報告を受けた。
  ウ.平成14年8月に本件システムの全公立学区教職員に対し試行実施を伝え、同年11月にイの報告に基づいて、本件システムの試行実施を開始した。
  エ.平成16年3月、本件システムの試行実施に関して、対象教職員、府立学校長及び市町村教育委員会、府政モニター(500人)にアンケートを実施した。
  オ.平成16年4月16日、教育委員会会議において、本件システムの実施に関する規則(府立学校に勤務する教職員を対象とした「府立の高等専門学校、高等学校等の職員の評価・育成システムの実施に関する規則」及び市町村立学校に勤務する府費負担教職員を対象とした「府費負担教職員の評価・育成システムの実施に関する規則」)を新たに制定した。このとき、保護者や市民に対する説明や意見聴取は行っていない。尚、本件システムは、昭和33年以来の勤務評定に代わる制度として実施することとしたので、「大阪府立高等学校等職員の勤務評定に関する規則」(昭和33年大阪府教育委員会規則第9粂)及び「府費負担教職員の勤務評定に関する規則」(昭和33年大阪府教育委員会規則第10号)は廃止された。
  カ.平成17年3月、「教職員の評価・育成システム」手引き@、Aを全教職員に配付した。
(2) 本件システムの概要は次のとおりである。
 ア.趣旨・目的
  職員の意欲・資質能力の向上、教育活動等の充実及び学校の活性化に資する。
 イ.手続
  (ア) 教職員は、自己申告票を作成し、育成(評価)者へ提出する。
  (イ) 育成(評価)者は、教職員に対して目標設定面談並びに評価及び開示面談を行う。
  (ウ) 育成(評価)者は、職員の職務遂行状況を把握し、指導及び助言を行う。
  (エ) 育成(評価)者は、評価に際して評価・育成シートを作成する。
  (オ) 教職員は、学校運営の充実・改善のため、校長への提言シートを作成し、提出する。
  校長は、校長への提言シートの写しを教育委員会に提出する。
 ウ.評価
  評価の種類は、業績評価、能力評価及び総合評価とする。
  尚、育成(評価)者は、校長に対しては教育委員会教育長、教頭以下の教職員に対しては校長。
 エ.苦情相談窓口
  (ア) 苦情相談窓口は教育委員会教職員企画課である。
  (イ) 受け付ける苦情の内容は、評価結果に対する苦情のみである。
  (ウ) 苦情相談は、苦情相談員が複数で対応する。
  (エ) 重大な事実誤認があった場合に限り、評価者に対し、再評価を指導し、評価結果そのものを裁定するものではない。
(3) 大阪府教育委員会委員長は、平成16年10月4日、大阪府議会本会議において、「2006年度には給与への反映ができるよう取り組みを進める。」と述べた。

2 当事者の主張
(1) (憲法23条、同26条と本件システム)
 (申立人らの主張)
  「第1 申立の要旨 2(1)」に記載のとおりである。
 (被申立人の主張)
  教育行政の主体である地方公共団体は、全国的に一定の水準の教育を保障する責務があり、教育の外的な諸条件の整備だけでなく、教育の内容や方法についても必要な措置を講ずべき責任と権限を有している。このことは、旭川学力テスト事件最高裁判決においても明らかとなっている。
  本件システムでは、個々の教職員が自主性や創意工夫を発揮して生き生きとした教育活動が展開できるよう配慮し、すべての教職員が学校目標を共有しその達成に向けた個人目標を主体的に設定して、校長等の支援を受けながら、意欲的に取り組みを進めることを基本に、子どもや保護者、同僚教職員等の意見を踏まえた自己評価と校長等による評価を通じて、教職員が自ら意欲・資質能力をいっそう高めていくことをめざしている。教職員の自主的、主体的な取り組みを重視するよう事実上の配慮も行っていることから、「教職員の自主性・自発性を損なう」ことにはならない。
(2) (教育基本法10条と本件システム)
 (申立人らの主張)
  「第1 申立の要旨 2(2)」に記載のとおりである。
 (被申立人の主張)
  旭川学力テスト事件最高裁判決は、「教育基本法10条は、国の教育統制権能を前提としつつ、教育行政の目標を教育の目的の遂行に必要な諸条件の整備確立に置き、その整備確立のための措置を溝ずるにあたっては、教育の自主性尊重の見地から、これに対する『不当な支配』となることがないようにすべき旨の限定を付したところにその意味があり、したがって、教育に対する行政権力の不当、不要の介入は排除されるべきであるとしても、許容される目的のために必要かつ合理的と認められるそれは、たとえ教育の内容及び方法に関するものであっても、必ずしも同条の禁止するところではないと解するのが相当である。」としている。
  本件システムは、運営における配慮として教職員の自主的、主体的取り組みを重視していることから、最高裁判決のいう「許容される目的のために必要かつ合理的と認められる範囲内」にある。
  したがって、最高裁判決に照らしても、システム実施は、教育基本法10条に規定する「不当な支配」には該当しない。
(3) (本件システムの個別の内容1・本件システムの評価の客観性について)
 (申立人らの主張)
  「第1 申立の要旨 2(3)ア」に記載のとおりである。
 (被申立人の主張)
  本件システムは、教職員の評価に対する信頼性と納得性を高めるため評価の基準や方法をあらかじめ明らかにしている。具体的には、評価の考え方や各職種ごとの評価基準について、「教職員の評価・育成システム」手引き@及びAに掲載し、全ての教職員に配布している。
  また、評価能力の向上をめざし、校長等の評価者を対象に、事例を用いた実践的な演習を行うなど、システムの進捗状況にあわせ、複数回にわたり評価者研修を実施している。
  評価結果については、年度末にその結果を本人に開示し、評価の結果とその理由について十分説明することとしている。また、平成17年度から、本人に評価・育成シート(いわゆる評価書)の写しも交付することとした。
  さらに、評価結果について苦情のある場合、教育委員会に苦情の申出ができるようにしている。
  なお、府教委は、「教員の地位に関する勧告」について、文部省(現文部科学省)の冊子における「この勧告は、いうまでもなく条約などと異なり関係各国に対して法的拘束性を有するものではないが、世界各国の基準として、その趣旨を実現していくことが期待されている点は意義あるものといえる。」の趣旨を踏まえ対応している。
(4) (本件システムの個別の内容2・本件システムによる評価と給与への反映について)
 (申立人らの主張)
  「第1 申立の要旨 2(3)イ」に記載のとおりである。
 (被申立人の主張)
  「『共同専門委員会』(CEART)報告」は、あくまでも東京都の新人事評価制度に対するものであり、本件システムとは制度的に異なるものであることから、何らコメントする立場にない。
  府教委は、地方公務員法(以下「地公法」という。)40条1項後段「評定の結果に応じた措置を請じなければならない」の規定に基づき、評価結果の給与への反映は必要であると考えており、給与反映という手法を用いて、教育課題の解決に真摯に取り組んでいる教職員の取り組み全般にわたる努力に報い、積極的に顕彰することで、全ての教職員の士気向上、学校組織の活性化、教育活動等の充実につながることを期待している。
  評価結果の給与への反映は、地公法55条1項に規定する「職員の給与、勤務時間その他の勤務条件」に該当するので、地公法に基づき職員団体からの適法な交渉の申し入れがあれば、誠実に対応する必要があると考えている。
(5) (本件システムの個別の内容3・本件システムの苦情申立手続について)
 (申立人らの主張)
  「第1 申立の要旨 2(3)ウ」に記載のとおりである。
 (被申立人の主張)
  地公法8条の規定に基づき、既に、紛争処理の第三者機関として、人事委員会が設置されている中、府教委において同様に機能を果たす第三者機関を設置することは困難である。
  しかしながら、府教委は、システム実施者として、評価の適正を図るとともに、評価の客観性・信頼性を確保するため、教育委員会内に審査会を設置し、評価結果に対する苦情について迅速に対応することとなっている。
  具体的には、服務監督の関係上、小中学校教職員については、各々の市町村教育委員会が設置する苦情審査会が対応し、府立学校教職員については、府教委が設置する苦情審査会が対応することとなっている。
  審査会の委員は、教育委員会事務局職員があたるが、審査の適正を期すため、教育委員会の幹部職員が対応することとしている。府教委における審査会は、5人の委員から構成され会長には校長の一次評価者である教育監があたり、その他の委員には、教育振興室長及び教職員室長、総務企画課長及び教職員人事課長があたっている。
  本件システムにおける苦情対応については、開示面談において評価結果について説明を受けた本人が、その結果について評価者の見解と相違があり、当事者間で解決が見込まれない場合に申し出ることができることとしている。
  教職員から苦情申出がなされた場合、審査会事務局の調査員(本件システム所管課の教職員企画課職員が対応)が苦情申出者から苦情申出書に基づき、苦情内容を聴取する。なお、この聴取時に申出者から第三者を同席させたい旨の意思表示があった場合に、職員団体役員その他大阪府職員の1名の同席を認めることとしている。この同席した第三者は、書面により意見書を提出することができるようにしている。
  調査員は、聴取した内容について、評価者である校長から評価理由を確認し、その内容を調書として取りまとめ、当該調書を申出者に送付する。
  調書を受けとった申出者は、調書内容を踏まえ、さらに苦情申出書に苦情内容を追加することができることとしている。
  以上の手続を経た上で、審査会は、苦情申出書、調査員が評価者から聴取して作成した調書、第三者の意見書を基に、申出に係る評価結果が、事実に基づき、評価基準等に照らして評価されているのかを審査する。審査結果は申出者及び評価者にそれぞれ通知する。この通知をもって、苦情対応は終了することとなる。
  なお、平成16年度の結果に対する苦情については、市町村立学校(大阪市を除く。)で15件、府立学校で12件であり、このうち市町村立学校に関する苦情3件については、評価者に対して再評価を促した。
(6) (子ども・保護者への人権侵害1・子ども・保護者の教育権と本件システム)
 (申立人らの主張)
  「第1 申立の要旨 2(4)ア」に記載のとおりである。
 (被申立人の主張)
  本件システムは、教職員が学校目標の達成に向けた個人目標を設定し、各々の役割に応じて同僚教職員と連携・協力しながら、子ども・保護者の意見も踏まえながら、目標達成に積極的に取り込むことで、子どもに対する教育活動をはじめとするさまざまな活動の充実を図ることをめざすものであることから、申立人らの主張は失当である。
(7) (子ども・保護者への人権侵害2・保護者等への説明責任)
 (申立人らの主張)
  「第1 申立の要旨 2(4)イ」に記載のとおりである。
 (被申立人の主張)
  本件システムは、地公法40条及び地方教育行政法46条に基づき、任命権者が実施及び任命権者が実施及び計画するものであり、実施根拠からして、いわゆる人事管理に係るものである。
  教育委員会が実施する様々な教育施策については、パブリックコメントのように、施策実施にあたり、府民の意見を反映できるよう、その意見を聴取することはある。しかしながら、本件システムは、まさに人事管理そのものであり、任命権者の責任で実施するものであり、保護者・府民の意見を聞く必要はない。
  したがって、民間公聴会に参加しなかったことも何ら不当な点はない。
  なお、府教委は、平成14年度試験実施、平成15年度試行実施及び本件実施に際し、実施内容についての理解を促すとともに、留意すべき意見等が提起された場合には必要な検討を加えることを基本姿勢として、市町村教育委員会、小・中・高等学校の校長会、さらに職員団体などに説明し、意見聴取を行った。
  また、本格実施にあたって、各市町村教育委員会、府立学校長及び全ての教職員に対してアンケート調査を実施するとともに、府民の意向を把握するため府政モニターに対するアンケート調査も行っている。

第3 当会の判断

  本件は、教育(具体的教育内容及び教育方法)の自由が府教委による教育行政によって侵害されているとして申し立てられているものであるところ、普通教育における教育の自由と教育行政のあり方に関するリーディングケースとしてあげられる判例としては、旭川学力テスト事件最高裁判決(最高裁判所大法廷昭和51年5月21日)があり、当会も、同判決要旨は基本的に踏襲されるべきものと考えるので、以下同判決を踏まえて検討する。

1 教育内容の決定権の所在
(1) 憲法の保障する学問の自由(憲法28条)は、単に学問研究の自由ばかりでなく、その結果を教授する自由をも含むと解され、更にまた、専ら自由な学問的探求と勉学を旨とする大学教育に比してむしろ知識の伝達と能力の開発を主とする普通教育の場においても、例えば教師が公権力によって特定の意見のみを教育することを強制されないという意味において、また、子供の教育が教師と子どもとの間の直接の人格的接触を通じ、その個性に応じて行わなければならないという本質的要請に照らし、教育の具体的内容及び方法につきある程度自由な裁量が認められなければならないという意味においては、親は、一定の範囲においてその子女の教育の自由をもち、また私学教育の自由および教師の教育の自由も限られた範囲において認められる。
(2)ア. しかし、大学教育の場合には、学生が一応教授内容を批判する能力を備えていると考えるのに対し、普通教育においては、児童生徒にこのような能力がなく、教師が児童生徒に強い影響力、支配力を有することを考え、また、普通教育においては、子どもの側に学校や教師を選択する余地が乏しく、教育の機会均等を図る上からも一定の水準を確保すべき強い要請があること等を考えると、普通教育における教師に完全な教育の自由を認めることは出来ない。
  イ.一般に社会公共的な問題について国民全体の意思を組織的に決定、実現すべき立場にある国は、国政の一部として広く適切な教育政策を樹立、実施すべく、また、しうる者として、憲法上は、あるいは子ども自身の利益擁護のため、あるいは子どもの成長に対する社会公共の利益と関心にこたえるため、必要かつ相当と認められる範囲において、教育内容についてもこれを決定する権能を有するものと解すべきであるから、教育行政機関が法令に基づき教育の内容及び方法に関して許容される目的のために必要かつ合理的と認められる規制を施すことは、必ずしも教育基本法10条の禁止するところではない。」としている。

2 教育の自由と教育行政について
(1) 現行憲法下で教育の基本原則を定める法は、「教育基本法」である。
 同法第1条は「教育の目的」について、
 「教育は、人格の完成をめざし、平和的な国家及び社会の形成者として、真理と正義を愛し、個人の価値をたっとび、勤労と責任を重んじ、自主的精神に充ちた心身ともに健康な国民の育成を期して行われなければならない。」と規定し、
 同法第2条は、「教育の方針」として、
  「教育の目的は、あらゆる機会に、あらゆる場所において実現されなければならない。この目的を達成するためには、学問の自由を尊重し、実際生活に即し、自発的精神を養い、自他の敬愛と協力によって、文化の創造と発展に貢献するよう努めなければならない。」と定める。
 同法第10条は、「教育行政」について、
  「@教育は、不当な支配に服することなく、国民全体に対し直接責任を負って行われるべきものである。
 A教育行政は、この自覚のもとに、教育の目的を遂行するに必要な諸条件の整備確立を目標として行われなければならない。」
  と定めている。
(2) 仮に、申立人らの主張が「普通教育における教職員の教育の自由が何らの制約に服するものではなく、また、教育行政は施設管理等教育の外的事項についての責務を負うが、教育過程その他の内的事項については関与できない」との内容であるならば、上記最高裁判例からして、容易に首肯できない。
  普通教育における教育の自由と教育行政のあり方については、同判決の要旨は、本件においても、基本において踏襲されるべきものと考える。府教委の申立人らの主張に対する反論の回答文においても、同判決を随所引用し、本件システムが、申立人らが主張する「憲法23条(学問の自由)、26条(教育を受ける権利、教育の義務)の趣旨」や「教育基本法10条の趣旨」に反するものではないと説明をおこなっているので、以下、同判決を念頭に置きながら、本件システムについて検討することとする。

3 本件システムについての検証
(1) システム採用の意義と問題点について
  ア.学校教育現場において、「いじめ、不登校、学級崩壊」など深刻な様々な問題が生起しており、これらを解決するためには「教員の意欲・資質能力の向上」が、「教育活動等の充実」及び「学校の活性化」が必要であり、各学校が一丸となって取り組まなければならない課題が増えているところ、このための制度構築の必要性は認め得る。
  イ.このための方法のひとつとして、これまで評価されることが少なかった一人一人の教職員の活動を客観的に評価する制度を取り入れることにより、教職員の意識改革と意欲・資質能力の向上を図ることに資するものと考えられる。
  自己の職務に対する評価は、個々の教職員に対して、外部から見られているとの意識をもたせ、意欲を喚起する一面があり、また、「適正な評価」は自己研鑽を促し資質の向上につながる一面があるのは否定できない。
  「評価の時代」と呼ばれる昨今、「資質・能力の向上等」を目的として、評価制度の導入が種々の分野でなされているのも事実である(注:たとえば、平成16年4月から、裁判官の人事評価に関する規則に基づき、裁判官の資質・能力を高める等の目的で人事評価制度が導入されている等)。
  それ故、本件システムの実施目的における相当性は認められる。
  ウ.しかしながら、教育の自主性・自立性の意義、特質を忘れてはならない。子どもたちを取り巻くさまざまな問題状況の解決が、学校が一丸となった学校教育目標を設定、共有し、その目標に向かっての個々の教職員の取り組みを校長が評価(注:本件システムでは校長の評価者は教育委員会教育長であるが、校長以外の教職員の評価者は校長である)することが、常に「教職員の意欲・資質能力の向上」をはかることに結びつくものであるか否か、目的達成のための合理性、必要性の議論、その道筋の合理性、必要性に関しての検証を怠ってはならない。
 つまり、評価制度については、当該評価制度につき、
 @ 何のために(評価の目的)
 A 誰が(評価の主体)
 B 何を(評価の対象)
 C どのように評価し(評価の基準と方法)
 D そして、その評価をどのように活用するのか(評価結果の活用)
といった議論が十分になされないまま導入されるとき、上意下達式の管理強化の単なる一手段と化す危険性があることも、また指摘されるところであるからである。
  教育は、教員と子どもとの人格的接触を通じてなされる極めて創造的な営みであるとの特徴を有し、「自主性、自発性」が特に要請されるものであること(教育基本法1条、2条)、また、教育基本法10条が教育に対する戦前の画一的で不当な支配に対する反省からもうけられたとの歴史的経緯に鑑みるとき、教育内容、方法に対する行政の関与である本件の評価制度が前述した危険性を考慮した上で、なお、合理性と必要性を有するかにつき、慎重な議論が続けられなければならないと考える。
  なお、本件システムの試行実施においてなされたアンケート結果によれば、直接教育の任に当り評価の対象者となる教職員回答者数17,731人(回答率48.1%)のうち、本件システムが「教職員の資質向上、学校の活性化に役立つ」と回答したものは全体の13.3%であり、他方、「役に立たない」と回答したものは全体の47.4%となっており(「教職員の評価・育成システム」試行実施のまとめ41頁)、本件システムについては、未だ十分に尽くせていないのではないかとの懸念が強く残るところである。
(2) 目標の設定課程
  システムでは、年度初めに教職員一人一人が、学校の教育目標の実現に向けて自分の目標を立て、校長に申告することとなっている。校長は教職員と面談を行い、仕事の内容や課題について相互理解を深めるとともに、教職員の目標が学校の教育目標に適合しているか、その教職員の役割に照らして適切であるかなどを判断し、必要な場合には目標の修正・変更を指導した上で目標を確定することとされている。
  教職員は同僚教職員と連携協力しながら、目標達成に向けて1年間取り組みを進め、中間時点での“進捗状況”、年度末には“達成状況”を自己評価し、校長に申告する。
  しかし、個人の目標設定は、学校長が設定する「学校教育目標に則り」設定されるとあって、その範囲内での、個人の目標設定、ということである。府は「主体的に」「自主的に」というが、そもそも出さない自由はない、出さないことによって不利益を受けるのであり、自主的に出してもらうなどとは程遠い、また、内容も学校目標にそったものしか受け入れられないなら、真に「主体的に」「自主的に」といえるのか疑問なきにしもあらずであるので、押しつけにならないように慎重さを要する。
(3) 評価の公平性・客観性
  教職員の評価制度が、子どもたちを取り巻くさまざまな問題状況の解決に資するものであり得るとしても、評価の公平性・客観性の検討は不可欠である。評価行為自体「自主性、自立性」と相容れない側面を持つため、また処遇に連動することから慎重でなければならないとともに、評価者の主観ではなく客観性をもたなければならない。評価の公平性・客観性が担保されないとき、評価制度のもつ前述した危険性が前面にあらわれるからである。
  本件システムでは、教職員の何を(評価の対象)、どのように評価(評価の基準と方法)することが定められているのかについてであるが、本件システムにおいて、評価の種類は、「業績評価」と「能力評価」、及びその結果に基づく「総合評価」となっている。
 ア.「業績評価」では、
  設定された個人目標の達成状況が評価の対象となるが、個人目標は、「自己申告票」という形で、教職員の一人ひとりが目標を書き、校長に提出するとなっている。また、「自己申告票」に記載する目標設定は「学校教育目標等の組織目標を踏まえ」とされている。
  この「自己申告票」に基づく目標の達成状況につき、業績評価では5段階評価「S」「A」「B」「C」「D」で評価されるのである。
  ところで、この「学校教育目標等の組織目標」が教職員会議等でどのように議論され決定されるのか明らかにされてはおらず、かえって、「(個々の教職員の)目標の設定や修正・変更は育成者(校長)が承認すること」(手引き@P5)となっていることからすると、校長の考える「学校教育目標」に一方的に添う「目標」を設定させられ、教職員の自発性や創意が制約される危険性も含んでいる。
  なお、本件システムでは、個々の教職員が自己申告票を作成・提出することについて、職務の一貫とされており、全員の提出が義務づけられている。提出をしない自由はなく、提出をしないと不利益を受ける。
  本件システムにつき、申立人らは、本件システムは、教職員の「自主性・自立性」を損なうといい、他方、府教委は、「自主性・自立性を損なうものではない」と反論するのであるが、校長の承認という制約された範囲内での「自主性・自立性」であることは動かし難い事実である。
 イ.「能力評価」は、
  日常の業務の遂行を通じて発揮された能力(態度・行動)を評価する、となっている。
  この能力評価も業績評価と同様、「S」「A」「B」「C」「D」と、5段階で評価されるのであるが、たとえば、評価基準の内容を見ると、「期待される能力を概ね発揮しながら教育活動を進めている。」といった基準がたてられているが(ちなみに「B」の評価基準の文言)、「期待される能力」といった抽象的な文言そのものの中に、主観的で恣意的な評価に陥る危険を無視することはできないのである。
  なお、評価の客観性は担保されているのか、との質問に対し、府教委は、「評価能力の向上をめざし、校長等の評価者を対象に、事例を用いた実践的な演習をおこなうなど、システムの進捗状況にあわせ、複数回の評価者研修をおこなっている。」との回答をおこなっているが、前述した基準そのものが抽象的で評価者の主観が色濃く残るものである以上評価者研修等の実施で問題の根本的解決が図られているとは認定しがたい。
  特に、本件システムは、評価結果が給与へ反映されることが予定されているのであるから、評価結果による不利益は具体的なものであり、その面でも、大きな問題点を含んでいるものと言わざるをえない。
  設定された目標は、前記の通り抽象的になりがちになることは否めない。それ故、これについての評価は極めて困難性を伴う。
 ウ.「総合評価」
  校長は、児童生徒や保護者、同僚教職員、教頭などの意見も参考にしながら、教職員の自己申告を踏まえ目標の達成状況を判断し、これを「業績」として評価し、また、教職員が日常の仕事を通じて発揮した「能力」を評価することになっている。そして、この「業績」と「能力」の評価をもとに「総合評価」を行う。評価は、A・B・Cの3段階を基本とした5段階(S・A・B・C・D)評価としている。尚、評価の結果は教職員本人に開示され、評価の結果に納得できない場合、教職員は苦情の申し出ができることになっている。
  確かに、府は「評価者の評価能力を向上させるため、評価者研修等を実施している」と説明し、また、現在は絶対評価だというが、のちに給与に反映させるとの動きからすれば、相対評価となり、特に、学校長の意に添うか、添わないかといった恣意的扱いの危険は払拭できないと言わざるを得ないので、より一層の客観性担保が必要であると考える。確かに、給与への反映はまだ決まっていないというが、府は否定していない。
(4) 異議申立制度・・・苦情審査会
  申立人らは、個々の評価について適正な「不服申し立て機関」が設置されていないこと、特に、校長の恣意的な評価があるか否かについての審査を行うための第三者機関にはなっていない点を本件システムの問題点として指摘する。
  これに対し、府教委は、システム実施者として、評価の適正を図るとともに、評価の客観性・信頼性を確保するため、教育委員会内に審査会を設置し(手引き@14P、「苦情審査会の設置」)、評価結果に対する苦情について迅速に対応することになっていると説明する。
  そして、府教委における苦情審査会は、審査会の委員は審査の適正を期すため5人の委員から構成され、会長には校長の一次評価者である教育監があたり、その他の委員には、教育振興室長及び教職員室長、総務企画課長及び教職員人事課長があたっていると説明する。
  具体的には、苦情申出者から苦情申出書に基づき、苦情内容を聴取する。申出者から第三者を同席させたい旨の意思表示があった場合に、職員団体役員その他大阪府職員の1名の同席を認めることとしている。この同席した第三者は、書面により意見書を提出することができるようにしている。そして、調査員は、聴取した内容について、評価者である校長から評価理由を確認し、その内容を調書として取りまとめ、当該調書を申出者に送付する。尚、調書を受け取った申出者は、調書内容を踏まえ、さらに苦情申出書に苦情内容を追加することができることとしている。
  しかしながら、本件システムの評価の結果は、給与等の処遇に反映させることが予定されているのであり、低い評価を受ける者にとっては、まさに現実的具体的な不利益処分である。
  前記の如く、評価が5段階になされ且つ給与等に反映されるとなれば、まさにC・Dにおいては相対的不利益処分、A・BにおいてもSとの関係で相対的不利益処分になるものである。
  また、評価対象が教育現場において尊重されなければならない「教育における自主性・自立性」と緊張関係にあり」評価が教育内容・方法に対する「管理」の側面を有している以上、苦情申立の機関は第三者機関であることが強く要請されるといわざるをえない。
  上記苦情審査会は、教育委員会内に設置されるものであり、同審査会の委員は教育委員会事務局職員があたることとなっているのであり、府教委も認めるとおり、第三者機関でないことは明白である。
  尚、府教委は、地公法8条の規定に基づき、既に、紛争処理の第三者機関として、人事委員会が設置されている中、府教委において同様に機能を果たす第三者機関を設置することは困難であると説明する。しかし、同法が対象とする不利益処分と同システムにおける異議申立とは制度趣旨を異にするものである。

4 結論
  「評価育成システム」については、導入目的の相当性は一応認められるものの、特に教育の自主性・自立性という特質と評価(管理)との関係を考えたとき、評価対象、評価方法のそれぞれ決定及び運用には特に慎重でなければならず、さらに、評価結果が不利益扱いに発展することを踏まえると、異議申立制度について特別な配慮がなされなければならない。よって、「要望の趣旨」記載の要望を行うのが相当である。




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