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TITLE:  (京都市立高校の茶髪指導に関する)京都弁護士会要望書
AUTHOR: (資料)
SOURCE: 大阪教法研ニュース 第229号(2007年4月)
WORDS:  全40字×243行
(京都市立高校の茶髪指導に関する)京都弁護士会要望書

京都市立高校の2年生であった生徒が、2005年4月から茶髪を理由に学生証の写真撮影を拒否され、教員から黒染めスプレーを頭にふりかけられるなどの扱いを受け、また、8月末には「再登校指導」と称して、髪を黒く染めるまで学校への立ち入りを拒否された。本件は、生徒がこれらの措置が人権侵害に当たるとして京都弁護士会に人権救済の申し立てを行ったものである。



2006年(平成18年)2月9日
京都市立○○高等学校
校長 ○○○○ 殿
京都弁護士会       
会長 田中 彰寿
同人権擁護委員会 
委員長 浅野 則明


要 望 書



    要望の趣旨

  貴校が、(1)頭髪を染髪・脱色している生徒に対して行っている再登校指導措置は、生徒の授業を受ける権利を侵害するものであり、(2)同意を得ることなく黒髪にするとして黒染スプレーを振りかける行為は、生徒の人格権・自己決定権を侵害するものであるから、今後は、生徒の授業を受ける権利が確保され、生徒の人格権・自己決定権が尊重されることを基本として対処されたく要望する。


    要望の理由


第1 申立の概要

  京都市立○○高等学校(以下「被申立人」という。)2年生であった○○○○(以下「申立人」という。)から、当会に対して、平成17年9月15日、次のとおり人権救済申立てがなされた。
  被申立人は、平成16年6月頃から、染髪・脱色した頭髪(以下「茶髪」という。)を黒髪に戻さない生徒に対して、授業に出席していても欠席扱いとするようになった。また、申立人は、平成17年2月頃から同年4月頃にかけて、被申立人から、茶髪を理由として、学生証用の写真の撮影を拒絶された。平成17年4月12日には、被申立人の教員が、申立人がこれを拒否したにもかかわらず、「黒彩」(黒染スプレー)を頭髪に振りかけた。さらに、被申立人は、平成17年8月25日以降、申立人に対し、登校の際に校門で教員から茶髪を理由に学校内への立ち入りを拒否されるようになった。これらの、被申立人の措置は、申立人の人権を侵害するものである。


第2 調査の経過

  当会は、次のとおり調査を行った。
1 平成17年11月18日 申立人及びその保護者から事情聴取
2 同年11月22日  被申立人校長(○○)、教頭(○○)、生徒指導主事(○○)から事情聴取
3 同年11月29日  被申立人教頭(○○)から事情聴取
4 同年12月5日   被申立人教頭(○○)から事情聴取


第3 当会の事実認定

1 申立人について
(1) 申立人は、京都市立○○小学校を卒業後、北海道の○○小中学校に進学(いわゆる山村留学)し、同校を卒業した。その後、申立人は、平成16年4月に被申立人(U類)に入学し、本件申立当時は、同校の2年生であった。なお、被申立人は、受験生に配布するパンフレットに校則(茶髪禁止を含む)を記載しており、また、入学の際には校則を遵守する旨の誓約書を徴求している。
(2) 申立人は、本件当時、被申立人において、生徒会執行部員、ホームルーム運営委員を務め、美術部にも所属していた。

2 高校1年生当時の経緯
(1) 申立人は、平成16年8月頃、染髪し、茶髪にしたが、平成17年2月までは被申立人から注意を受けることもなく通学していた。
(2) ところが平成17年2月23日に、次年度の学生証用の写真を撮影するにあたり、申立人は、被申立人から、茶髪を理由に撮影を拒否された。
(3) また同年3月11日に、申立人は、再度、学生証用の写真撮影に臨んだが、被申立人から、再度、茶髪を理由に撮影を拒否された。

3 高校2年生1学期当時の経緯
(1) 同年4月11日は、被申立人の1学期始業式であり、他の生徒は皆、学生証の交付を受けたが、申立人は、上記のような経緯から写真撮影が未了であり、学生証の交付を受けることができなかった。
(2) 同月12日、申立人は、クラス写真撮影と同時に実施された、学生証用の写真撮影の際に、被申立人の教員から、「黒彩」(黒染スプレー)を頭にふりかけられ、写真を撮影された。これは、申立人が「黒彩」を拒絶したにもかかわらず、実施されたものであった。
  なお、申立人保護者(○○)からの抗議により、結局、被申立人は申立人に対して、同意なく「黒彩」をふりかけたことについて謝罪し、学生証用の写真は申立人が自身で撮影し持参することとなった。
(3) 申立人は、この間、5〜6回、「校門指導」「再登校指導」をされている。「校門指導」とは、生徒が登校する時に、教員が校門で頭髪をチェックし、特定の日時までに髪の色を黒くして来なければ校内に入れない旨を告げる、という内容のものである。また、「再登校指導」とは、校門指導で告げられた特定の日時までに髪の色を黒くして来なかった生徒に対して、帰宅して髪の色を黒くしてから再度登校するよう告げる、という内容のものである。
  なお、被申立人においては、平成16年度には、上記のような指導に加えて、「再登校指導」の際に髪の色を黒くして来なかった生徒については欠席扱いをしていた(なお、単位認定との関係では直ちに欠席としては取り扱わない運用であった。加えて、平成17年度はなされていない。)。

4 高校2年生夏休み当時の経緯
(1) 被申立人は、平成17年7月20日、茶髪是正指導の対象とする生徒を学校に集め、2学期からは茶髪是正指導を強化する旨を告げた。ただし、申立人はこれに出席していなかった。
(2) 被申立人は、同月28日、申立人に関して保護者面談を実施し、その際に茶髪是正指導について話が及んだ。もっとも、この保護者面談に同席していたのは申立人の母親のみであり、申立人が直接、被申立人と話をしたわけではない。

5 高校2年生2学期当時の経緯
(1) 平成17年8月25日は、被申立人の2学期始業式であったが、申立人は、「再登校指導」を受け、一旦帰宅して髪を黒く染めて来るように、と言われた。これに対し、申立人が、このまま授業を受けたいと答えたところ、申立人は、被申立人の教員に教頭室に連れて行かれた。申立人は被申立人と協議をしたが、平行線をたどり、結局、申立人は被申立人から下校を指示された。
  この日には、数学のテスト(定期考査とは異なるが、成績評価の対象となるもの)が実施されていたが、申立人はこれを受験することを許されなかった。申立人が、このテストの再テストについて、被申立人の教員に質問をしたところ、同教員は「0点や」と回答した。もっとも、被申立人は、平成17年9月26日に再テストの機会を設けたが、申立人はこの日は欠席した(下記のとおり「再登校指導」に起因するものである。)。
(2) 同月26日にも、申立人は、「再登校指導」を受け、校内に入れてもらえなかった。
(3) 同月27日、申立人は、やむなく、髪を黒く染めた。

6 その後の経緯
(1) 申立人は、髪を黒く染めざるを得なくなったことで、精神的なショックを受け、被申立人に登校できなくなり、平成17年8月30日以降、被申立人を休みがちになった。
(2) 同年9月14日、申立人は、民医連第二中央病院の精神・神経科にて、「適応障害」との診断を受けた。これ以降、申立人は、同病院に通院し(現在も2週間に1度の割合で通院している。)、抗うつ剤を服用している。
(3) 申立人は、被申立人に登校しにくく、遅刻、早退、欠席を繰り返す状態が続いたために、出席日数が不足して進級が危ぶまれそうになり、被申立人から転校することを考えざるを得ない状況に追い込まれた。
  申立人は、平成17年10月3日、私立○○高校を受験し合格したため、同月1日付けで、同高校に転校した。


第4 当会の判断

1 総論
(1) 授業を受ける権利
  憲法第26条1項は、教育を受ける権利を保障し、昭和50年5月21日最高裁大法廷判決は、教育を受ける権利の保障の性格につき、国民が人格完成のために必要な学習をする固有の権利を有すること、特に子どもは、学習要求を充足するための教育を大人一般に対して要求する権利を有することを明らかにしている。ここにいう教育の目的に関し、児童の権利に関する条約第29条は、児童の人格、才能、精神的及び身体的機能を発達させること、人権等の尊重を育成すること等を挙げ、教育基本法第1条も同様の目的を定めている。
  学校教育においては、授業は教育の目的達成のためにもっとも重要な位置を占めるものであるから、子どもが学校において授業を受ける権利は、教育を受ける権利の一内容として保障されていることは明らかである。
(2) 髪型・髪色の自由
  毛髪は、個人の趣味に応じて多様な表現方法があり、本来それ自体が他者に対して害悪をもたらすものではないから、善悪の判断基準となるものではない。従って、髪型・髪色を自己の好むところに従って選択することを公権力から干渉されずに決定し得るのは当然のことである。髪型・髪色を自由に選択する権利は、憲法第13条が保障する幸福追求権の一内容として、人格的自律権、自己決定権の範疇に属するものといえる。
(3) 公権力による人権の制限
  公権力による人権の制限は、必要最小限度のものでなければならないことは当然の理である。具体的には、人権が制限され得る場合とは、当該人権の行使が他者の人権の行使と衝突する場合にのみ、その衝突を調整するに必要かつ最小な限度でのみ許容されるのである。
  また、子どもの人権に対する制限は、一定の場合に、いわゆるバターナリスティックな制約として許容される余地もある。しかしながら、これも無限定に許容されるものではなく、子どもが発達途上にあることに鑑み、制限を加えなければ、子ども自身の人格的・精神的・身体的成長が阻害されるような場合に限って許容されるものであることは当然のことである。

2 茶髪是正指導としてなされた被申立人の措置の人権侵害性
(1) 茶髪是正指導の必要性
  そもそも、茶髪にすること自体は、反社会的な行動では全くない。
  被申立人によれば、茶髪是正指導の理由は、「茶髪の生徒には欠席がちな子どもが多い」「問題のあると思われる行動をしている子どもには茶髪の子どもが多い」といったものであるという。しかしながら、「茶髪にすると欠席をする」とか「茶髪にすると問題行動をする」あるいは、「黒髪にすると欠席しなくなる」とか「黒髪にすると問題行動をしなくなる」といった論理には、客観的な根拠はないものと言わざるを得ない。
  また、被申立人は、黒髪であることによってクラブのイベントへの出入り(被申立人は、そこにおいて薬物使用者が存在する可能性が高いことも指摘する。)を事実上ためらう生徒もいることや、生徒らを素行不良者からの干渉、接触から守ることをも、茶髪是正指導の理由と考えているようである。しかしながら、そのような理由に客観的な合理性があるとは言い難く、少なくとも、指導に応じなければ校門に入れず、授業を受けさせないとか強制的に「黒彩」を振りかけるという措置を正当化する理由とは言い難い。
  そうであるとすれば、被申立人の前記主張は、茶髪にすることが子どもの人格的・精神的・身体的成長を阻害することになるという論理としては成り立たないものというべきである。
  規制を受ける子ども自身にとっても、なぜ茶髪にしてはいけないのか、という明確な理由が説明されているとは到底いえないのである。
(2) 「再登校指導」
  被申立人においては、茶髪是正指導の手段として、「校門指導」を受けた生徒が指導された日時までに黒髪してこなかった場合に「再登校指導」を実施し、茶髪の生徒は登校しても校内に入れずに帰宅させる措置がとられている。つまり、「再登校指導」を受けた生徒は、校内に入れず、授業を受けることができない。このことは、生徒の授業を受ける権利を大きく制限するものである。
  被申立人においては、中間・期末テストの際に限っては、「再登校指導」を実施していないようであるが、テストさえ受験できれば、生徒の授業を受ける権利がみたされているというものではないことは明らかであり、むしろ、日常の授業を受けることが生徒の学習権の中核を構成するものというべきである。
(3) 「黒彩」の使用
  被申立人においては、茶髪是正指導の手段として、「黒彩」が使用され、その使用に同意していない申立人に対しても、「黒彩」が振りかけられた。このような被申立人の措置は、生徒の人格権・自己決定権を無視してなされた強制的な措置であると言わざるを得ない。
(4) 以上の点からすると、被申立人における茶髪是正指導は、そめ前提としての校則による規制自体の目的の合理性について重大な疑問があり、少なくとも、その目的のためとしてなされている再登校指導及び「黒彩」の使用という規制手段については、必要最小限のものとは到底言えず、相当性を欠くものというべきである。
  したがって、被申立人における茶髪是正指導としてなされている再登校指導は生徒の授業を受ける権利を侵害するものであり、また、同意を得ない「黒彩」の使用は生徒の人格権・自己決定権を侵害するものであると言わざるを得ない。


第5 結論

  よって当会は、要望の趣旨のとおり要望する。

以 上









人権第784号
平成18年9月12日
○○○○ 様
京都地方法務局長


  本年2月27日付けで当局へ申告された件については,下記のとおり処理したのでお知らせします。



  茶髪の生徒に対する頭髪用黒色スプレーの使用について,調査の結果,人権侵犯の事実があったと認められましたが,諸般の事情を考慮し,平成18年9月12日に,措置を猶予しました。なお,本件においては,相手方に対し,啓発を併せて行いました。
  再登校指導による教育を受ける権利の侵害について,調査の結果,人権侵犯事実がないと認め,平成18年9月12日に,侵犯事実不存在の決定をしました。







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