◆200808KHK235A2L0490M
TITLE:  注目の教育裁判例(2008年8月)
AUTHOR: 羽山 健一
SOURCE: 大阪教法研ニュース 第235号(2008年8月)
WORDS:  全40字×490行


注目の教育裁判例(2008年8月)


羽 山 健 一


  ここでは、公刊されている判例集などに掲載されている入手しやすい裁判例の中から、先例として教育活動の実務に参考になるものを選んでその概要を紹介する。詳細については「出典」に示した判例集等から全文を参照されたい。


  1. 国立大学漕艇部一気飲み死亡事件
    福岡高裁 2006年11月14日判決
  2. 岡山県私立高校野球部監督全裸ランニング強要事件
    岡山地裁倉敷支部 2007年3月23日判決
  3. 栃木県鹿沼市立中学校いじめ自殺事件
    東京高裁 2007年3月28日判決
  4. 広島市立中学校いじめ統合失調症発症事件
    広島地裁 2007年5月24日判決
  5. 京都市立高校アメリカンフットボール部事件
    京都地裁 2007年5月29日判決
  6. 札幌市立中学校事故報告義務違反事件
    札幌高裁 2007年11月9日判決
  7. 草加市立小学校プール授業中の事故による不登校事件
    さいたま地裁 2008年1月25日判決
  8. 暴行制止義務事件
    最高裁第一小法廷 2008年2月28日判決
  9. 京都市職員個人情報漏洩事件
    京都地裁 2008年3月25日
  10. 私立高校バスケットボール部熱中症による記憶喪失事件
    大分地裁 2008年3月31日判決
  11. 公立小学校自習時間中ベスト振り回し負傷事故事件
    最高裁第二小法廷 2008年4月18日判決
  12. 三重県津市立小学校大音量音楽授業事件
    大阪地裁 2008年5月2日判決





◆ 国立大学漕艇部一気飲み死亡事件

【事件名】 損害賠償請求事件
【裁判所】 福岡高裁
【事件番号】平成17年(ネ)第102号
【年月日】 平成18年11月14日判決
【結 果】 一部変更・一部控訴棄却(上告・上告受理申立)
【経 過】 一審熊本地裁平成16年12月17日判決
【出 典】 判例タイムズ1254号203頁

事案の概要:
  本件は、平成11年6月当時、e大学医学部1年生であり、同学部学友会漕艇部に所属していた新入生cが、同月5日に開催された漕艇部の新入生歓迎コンパの翌日に死亡したことにつき、cの両親である控訴人らが、cの死因は、本件歓迎会の際の大量飲酒による急性アルコール中毒であるとした上で、その責任原因は、被控訴人ら共同による不法行為や安全配慮義務違反にあると主張して、被控訴人らに対し損害賠償を求めた事案である。
  原審は、証拠上cの死因は不明であって、飲酒に由来するものか確定できないので、飲酒とcの死亡との因果関係はない、被控訴人らは死亡事故が起きることを予測できなかったなどとして請求を棄却した。

判決の要旨:
  厳密な意味でcの死因を特定することは断念せざるを得ないにしても、摂取されたアルコールがcの死亡という結果に相応の影響を及ぼしたであろうと考えるのが自然かつ合理的である。
  cが早飲み競争(一気飲み)等をして意識がない状態になったのに、cを医療機関に搬送せず、同じ新入生のアパートに運んで寝かせていたところ、翌朝、死亡するに至ったという場合に、同部の部長やキャプテンを始め、cを同アパートに運ぶなどした上級生部員らには、cに対する保護義務違反があり、民事上の責任を免れない。
  しかし、cにも、意識不明の状態になるまで飲酒酩酊した点で過失があり、また、責任を負う部長らの責任が保護義務違反にすぎないことからして、大幅な過失相殺(9割)がなされるのはやむを得ない。

補足:
  控訴人は、歓迎会に参加した上級生やOBのほとんどについて、義務違反を主張したが、判決は、このうちの8人について、cの死という結果に対し安全配慮義務違反があったものとして、責任を負うべきであるとした。このうち、a6、a9はたまたま店内でcの近くに居合わせた上級生、a13は指示を受けてcの搬送に同乗し、その後アパートに見回りをした者、a14は依頼されて見回りに同行した者、a19は新入生の世話係でcの搬送に同行した者、a15は自動車を保有していたために、酩酊した新入生の搬送役を割り当てられた者であった。いずれも偶然にcとの関わりを持ったにすぎないが、判決は、「いやしくも一旦そのような関係が形成された以上、cに対する安全配慮義務(保護義務)を負うものであり、同義務を全うしなければならない立場にあるものというべきである」とした。 また、a1は、漕艇部の部長(教授)、a10は、同部のキャプテンであったが、判決は、この両名は「早飲み競争とそれに伴う一気飲みそのものを禁止すべきだった」として、およそ飲酒による事故が発生することのないよう万全の注意をもって臨むべき注意義務の違反があるとした。
  本件は飲酒をさせた関係者に対する損害賠償の請求であり、その関係者のうち、被害者の飲酒酩酊の経過を認識している一定の者に保護義務があるとし、その義務を負うべき対象者の範囲を画定したところに意義がある。また本件の飲酒関係者は、本来救命救急についての専門的知識経験を有するべき医師または医学生であった点で特色がある。



◆ 岡山県私立高校野球部監督全裸ランニング強要事件

【事件名】 暴行、強要被告事件
【裁判所】 岡山地裁倉敷支部
【事件番号】平成18年(わ)第83号
【年月日】 平成19年3月23日判決
【結 果】 懲役1年6月(執行猶予3年)
【経 過】
【出 典】 最高裁ウェブサイト

事案の概要:
  本件は、私立高校の野球部監督であった被告人が、懲戒のために体罰に該当する暴行を合計5名の野球部員に加えた各事案、及び、野球部員11名にそれぞれ全裸の状態でのランニングを強要した事案である。

判決の要旨:
  被告人の各所為は刑法208条(暴行罪)、同法223条1項(強要罪)に該当する。
  やにわに投げ飛ばしたり、顔面を手拳で5、6回殴打するなどの暴行は、体罰であることは明らかで、各被害生徒には不当に罰せられた感覚を植え付けるのみならず、体罰のかわりに退部、退学等、学校の公式な処分をなしにすませることで、体罰の原因となる暴行、窃盗等の被害を受けた生徒が保護される利益や規則等に従う他の生徒の利益を不当に軽んじることとなり、教育従事者を信頼して指導をゆだねた父母らの賛同を決して得られないといわねばならない。
  全裸の状態で屋外をランニングさせる行為は、生徒に嫌悪感を覚えさせ、その尊厳をいたずらに軽んじるものであって、上記暴行と同様、教育従事者を信頼して指導をゆだねた父母らからの賛同を到底得られないものであり、およそ社会的に許される気分転換・リフレッシュとはいえず、裸体を周囲にさらす迷惑行為を生徒に強いるもので、まことに芳しくない。本件強要は、直接の明示的な脅迫によるものではないが、従前からの暴行等により畏怖する生徒らを暗に脅迫し、強制したというべきであって、その犯情は決して軽いものではない。



◆ 栃木県鹿沼市立中学校いじめ自殺事件

【事件名】 損害賠償請求控訴事件
【裁判所】 東京高裁
【事件番号】平成17年(ネ)第5173号
【年月日】 平成19年3月28日判決
【結 果】 原判決変更・一部認容(上告)
【経 過】 一審宇都宮地裁平成17年9月29日判決
【出 典】 判例時報1963号41頁、判例タイムズ1237号195号

事案の概要:
  控訴人らは、その子であるAが、栃木県鹿沼市立甲中学校第3学年に在学中、同級生から継続的にいじめを受けていたにもかかわらず、教員らが安全配慮義務に違反して必要な措置を講じなかったため、自死するに至ったと主張して、被控訴人市に対しては国家賠償法1条1項に基づき、被控訴人県に対しては同法3条1項に基づき、損害の賠償を請求した。
  原審は、Aがいじめを受けたと認め、甲中学校教員らがいじめを阻止しなかったことについて安全配慮義務違反を認めたが、いじめは第3学年1学期を中心に行われ、夏休み以降は減少したと認められる一方、Aは10月ころから進学問題について悩んでおり、いじめが自死に至った主たる要因であるとは認め難く、いじめとAの自死との間に相当因果関係を認めることはできないと判断した。

判示事項の要旨:
 公立中学校における生徒間のいじめを苦にした中学生の自殺につき、本件中学校の教員らには、いじめによる被害を解消するための指導及び監督の措置を講ずべき安全配慮義務を怠った過失があるというべきであるが、同義務違反と自殺との間には、事実的因果関係を認めたが、相当因果関係は認められないとして、慰謝料1000万円及び弁護士費用100万円の損害を認めた事例



◆ 広島市立中学校いじめ統合失調症発症事件

【事件名】 損害賠償請求事件
【裁判所】 広島地裁
【事件番号】平成16年(ワ)第748号
【年月日】 平成19年5月24日判決
【結 果】 一部認容(控訴)
【経 過】
【出 典】 判例時報1984号49頁、判例タイムズ1248号271頁

事案の概要:
  本件は、公立中学の生徒が、同学年の生徒から集団的な暴行、侮蔑等の嫌がらせによるいじめ行為を受け、そのため統合失調症を発症したとして、被害生徒及びその両親が加害生徒及びその親に対し不法行為による損害賠償を求め、さらに、中学校の教師が上記のいじめ行為を早期に発見し、かつ適切な措置を講じてこれを防止する義務があったのに、これを怠り、その結果、原告らに多大な精神的苦痛を与えたとして、被告市について国家賠償法1条、被告県について同法1条及び3条に基づき損害賠償を請求した事案である。

判示事項の要旨:
  本判決は、加害生徒らのうち1名の両親について保護者としての監督義務を怠った点で過失があったとし、加害生徒ら及び同保護者が不法行為責任を負うと判示するとともに、担任教師についても、いじめ行為の存在を認識することは十分可能であったにもかかわらず、これを悪ふざけの行為であると誤った判断をし、いじめ行為を防止する措置を講じなかった点で過失があったとし、被告市及び被告県が国家賠償法上の損害賠償責任を負うと判示した。
  本判決は、統合失調症の発症について、各違反行為との自然的な因果関係の存在を認めた上、一般人からみて予見可能な結果発生であると判断して相当因果関係の存在も肯定した。ただし、統合失調症による損害について、被害生徒の身体的素因にも原因があることを理由として、過失相殺の法理を類推適用し損害額の7割の減額をした。



◆ 京都市立高校アメリカンフットボール部事件

【事件名】 損害賠償等請求事件
【裁判所】 京都地裁
【事件番号】平成17年(ワ)第1262号
【年月日】 平成19年5月29日判決
【結 果】 棄却
【経 過】
【出 典】 最高裁ウェブサイト

事案の概要:
  本件は、被告の設置する高等学校のアメリカンフットボール部の合宿における練習中に急性硬膜下血腫の傷害を負い死亡したBの両親である原告らが、(1) 同部の顧問及び監督である教諭には、@同部における指導を行うにあたり頭部外傷事故を防止する注意義務を怠った過失、ABが不調を訴えたとき直ちに救急車の出動を要請しなかった過失があるなどと主張して、被告に対し、国家賠償法1条に基づき、Bの死亡による損害賠償を求めるとともに、(2) Bの死亡後に開かれた同校における説明会で、同校の校長が不適切な説明をしたため、B及び原告らの名誉が毀損されたなどと主張して、被告に対し、国家賠償法1条、4条、民法723条に基づき、謝罪文の掲示及び送付を求めた事件である。

判決の要旨:
  C教諭の正しいヒッティングフォームについての指導は徹底しておらず、この意味において、C教諭には注意義務を怠った過失があるが、頭部から当たる危険なヒッティングフォームで当たった結果、Bが急性硬膜下血腫の原因となる頭部打撲を被ったものと認めることができず、C教諭の過失とBの死亡との因果関係を肯定することはできない。
  C教諭は、Bが頭痛を訴えた直後の段階で、直ちに脳損傷等の重大な傷害の可能性を具体的に予見することは困難であり、C教諭の対応に遅れは認められないから、救護にあたって、C教諭が注意義務を怠ったという過失は認められない。
  D校長の説明会における説明が、Bの死亡の原因がBの体質や持病等であるかのような説明であったとはいえないから、D校長の説明がB及び原告らの名誉を毀損する不適切なものであったものということはできない。



◆ 札幌市立中学校事故報告義務違反事件

【事件名】 損害賠償事件
【裁判所】 札幌高裁
【事件番号】平成18年(ネ)第362号
【年月日】 平成19年11月9日判決
【結 果】 主位的請求棄却、予備的請求一部認容
【経 過】 一審札幌地裁平成16年(ワ)第2149号
【出 典】 最高裁ウェブサイト

事案の概要:
  本件は、札幌市立の中学校に在籍中、同級生から暴行を受けて左眼窩底骨折の傷害を負った控訴人Aが、同中学校を設営管理する被控訴人に対し、同事件は同級生による継続的ないじめの一環として生じたものであって、被控訴人にはそのいじめについての調査義務やいじめによる事故の防止義務があったにもかかわらず、これらを怠ったために同事件が発生したとして、国家賠償法1条1項又は債務不履行に基づき損害の賠償を求めた事案である。原審は、控訴人らの請求をいずれも棄却したため、控訴人らは、当初請求どおりの裁判を求めて控訴した。
  控訴人らは、当初、上記事故後の学校側担当者の対応によっても精神的苦痛を被ったとして、慰謝料を請求していたが、当審において、その部分を取り下げて請求を減縮するとともに、仮にその主位的請求が認められないとした場合でも、上記事故後、学校側の担当者が、同事故はいじめにより発生したと考えて差し障りないと控訴人らに虚偽の説明したこと自体が、報告義務に違反して、学校と生徒・保護者の信頼関係を破壊するという点で、独立に控訴人らに対する違法行為を構成するとして、予備的に、国家賠償法1条1項又は債務不履行に基づき、上記減縮額と同額の慰謝料の支払を求める請求を追加した。

判決の要旨:
  本件傷害事件発生前に、控訴人Aと同級生との関係において、同級生から一方的・集団的に継続的な暴力・暴言を受けるといった控訴人Aの生命、身体、精神等に危害ないし重大な悪影響が及ぶおそれがあったといえるような状況が現出していたということはできない。そして、本件傷害事件は、授業の合間の休憩時間に、担任教諭であるD教諭が本件教室以外の教室で次の授業の準備をしている際に、本件教室において偶発的に発生した事故というべきである。よって、本件傷害事件について、D教諭に過失があるということはできない。
  D教諭は、本件傷害事件がいじめの結果ではなく偶発的な事故であると考えていたにもかかわらず、「控訴人Bの振り上げた拳を下ろしてもらう」という学校関係者による事前の協議の結果に基づいて、事故はいじめの延長線上の事故と言って差し障りがないとの趣旨の発言をしたことが認められる。上記報告は虚偽報告というほかなく、かかる発言は、控訴人らに対する報告義務違反として、不法行為を構成するといわざるを得ない。



◆ 草加市立小学校プール授業中の事故による不登校事件

【事件名】 損害賠償請求事件
【裁判所】 さいたま地裁
【事件番号】平成18年(ワ)第978号
【年月日】 平成20年1月25日判決
【結 果】 棄却
【経 過】
【出 典】 最高裁ウェブサイト

事案の概要:
  原告Xは、原告Xf及び原告Xmの長男であり、平成17年6月27日当時、被告草加市立S小学校の4年生であったものである。被告草加市を除く12名の被告ら(以下「被告Ffら」と総称)は、いずれもS小学校で原告と同学年の4年生であった児童の保護者である。本事案は、原告らが、原告Xは、平成17年6月27日の4年生4クラス合同での水泳授業の際、被告Ffらの子である児童らに乗りかかられたりするなどして3回にわたり溺れ、その結果、水に対する恐怖心を抱くようになったばかりか、学校に行くのが怖くなり、転校を余儀なくされるなどの精神的苦痛を被ったと主張して、被告草加市に対しては国家賠償法1条1項ないし民法715条に基づく損害賠償請求権に基づき、被告Ffらに対しては民法714条に基づく損害賠償請求権に基づき、連帯して、原告らに生じた損害の賠償を求めた事案である。

判決の要旨:
  本件児童らの行為は、解放的な心理状態の下で行われたふざけ合いの範囲内の行為であり、その一連の行為をもって違法な加害行為と評価することはできないといわざるを得ない。本件児童らの行為に違法性を認めることができない以上、本件について、本件児童らの監督者である被告Ffらに民法714条の不法行為責任を負わせることはできない。
  本件児童らの一連の行為については、その態様から客観的な危険性を認識し得るものではなく、事故発生の具体的な危険のある行為とはいい難い。そうすると、本件プール授業を監視・監督していたG教諭らが本件児童らの行為を発見し、やめさせるべき法的義務があったと認めるには不十分である。
  仮に原告らの主張するとおり原告Xが学校に行くことができない精神状況になり、学校側や被告Ffらとの話し合いが功を奏せず、転校に至ったという経緯があったとしても、本件後のG教諭や学校側の対応には、法的責任を負わせるべき違法性を認めることができないというべきである。



◆ 暴行制止義務事件

【事件名】 損害賠償請求事件
【裁判所】 最高裁第一小法廷
【事件番号】平成19年(受)第611号
【年月日】 平成20年2月28日判決
【結 果】 上告棄却
【経 過】 原審大阪高裁平成18年12月13日判決
【出 典】 判例タイムズ1268号116頁

事案の概要:
  本件は、平成13年3月31日、少年であるAが、少年B及び少年Cから暴行を受けて死亡した事件について、Aの母である上告人が、暴行が行われている現場に居合わせた被上告人少年Y1ないしY3には、加害少年らによる暴行をあおるなどしてこれを制止せず、また、Aが死亡することを予見しながら、関係機関に通報するなどの同人を救護する措置を執ることなく放置した注意義務違反があり、被上告人少年らの各両親には、親権者としての監督を怠った注意義務違反があると主張して、被上告人らに対し、不法行為に基づく損害賠償を求める事案である。

判決の要旨:
  被上告人少年らは、本件暴行が行われていることや、加害少年らが本件暴行に及んだ経緯を知らずに加害少年らに呼び出されて本件場所に赴いたものである。また、加害少年ら、A、被上告人少年らそれぞれの間の関係、被上告人少年らの年齢、本件暴行に至る経緯、本件暴行の経過等にかんがみると、被上告人少年らが加害少年らに対して恐れを抱くのも無理からぬものがある。したがって、被上告人少年らにおいて、本件暴行を制止すべき法的義務や本件暴行を抑制するため本件現場から立ち去るべき法的義務を負っていたということはできない。
  被上告人少年らにAが死ぬかもしれないという認識があったとしても、そのことから直ちに、被上告人少年らに加害少年らからの仕返しの恐れを克服してAを救護するための措置を執るべき法的義務があったとまではいえない。
(反対意見)
  被上告人少年らは、本件場所に居ることによって、加害少年BのAに対する暴行を激化させてその受傷の程度を重大なものとし、気絶状態のAが外部から発見されにくくする隠ぺい工作にも加担しているところ、被上告人少年らのこのような行為は、Aの身体生命に対する危険を増大させるものである。被上告人少年らは、Aの身体生命に対する危険を増大させる行為を行ったことの責任として、危険の進行を食い止め、危険からの救出を図るべきで、Aが一刻も早く救急医療を受けられるように、Aの受傷を消防署、警察署、Aの保護者等に通報する義務を負うものというべきである。この通報義務は、私法秩序の一部をなすものとして法による強制が要請される条理に基づく作為義務である。



◆ 京都市職員個人情報漏洩事件

【事件名】 損害賠償請求事件
【裁判所】 京都地裁
【事件番号】平成19年(ワ)第3205号
【年月日】 平成20年3月25日
【結 果】 一部認容
【経 過】
【出 典】 最高裁ウェブサイト

事案の概要:
  本件は、原告が、被告市の職員である被告Aは、平成17年8月3日当時、その職務執行に際して原告の婚姻歴を知ったことから、同日、原告の元妻であるBに原告の婚姻歴を漏洩したことによって損害を被ったとして、被告市に対しては国家賠償法1条1項に基づき、被告Aに対しては不法行為に基づき、損害賠償を求めた事案である。

判示事項:
  地方公共団体の職員が職務において知った個人情報を知人に漏洩したことが不法行為にあたるとして同職員に対する損害賠償請求が一部認容された事例。
  地方公共団体の職員が職務において知った個人情報を知人に漏洩したことが職務を行うについてなされたものとはいえないとして地方公共団体に対する損害賠償請求が棄却された事例。

判決の要旨:
  本件漏洩行為は、被告Aがその職務を終えて自宅に帰宅した後にBに電話をかけて行った行為であり、被告Aの被告市における職務と時間的・場所的関連性が乏しく、少なくとも、職務と時間的・場所的に密接に関連しているといえないことは明らかであるなど、本件漏洩行為が職務執行要件を満たすとはいえない。
  本件漏洩行為が原告のプライバシーを侵害することは明らかであるから、原告は、被告Aに対して、プライバシー侵害そのものにかかる精神的苦痛についての慰謝料を請求することができるというべきである。

補足:
  公務員が個人情報の漏洩を理由に懲戒等の処分を受ける事例は、これまでにもみられたが、本件は、公務員が個人情報を知人に漏洩したことについて、公務員個人が民事上の責任を問われたもので、稀な事例である。また、公務員による漏洩が職務とは関係なく行われたことから、地方公共団体の責任が否定された点にも特色がある。本件は学校教員に関する事例ではないが、学校教員においては、生徒の親の離婚歴などプライバシーに関する情報を取り扱うことが多いので参考になろう。



◆ 私立高校バスケットボール部熱中症による記憶喪失事件

【事件名】 損害賠償請求事件
【裁判所】 大分地裁
【事件番号】平成19年(ワ)第116号
【年月日】 平成20年3月31日判決
【結 果】 一部認容
【経 過】
【出 典】 最高裁ウェブサイト

事案の概要:
  被告大学が経営する高校の女子バスケットボール部に所属していた原告Aが、同部の練習終了直後に熱中症によって倒れ、その後健忘の症状が生じたことについて、原告Aが、同部の監督である被告Fは、気温35度を上回る場合は練習を中止すべき注意義務があったのにこれを怠り、原告Aに解離性健忘を生じさせたとして、被告らに対し不法行為(被告大学に対しては使用者責任)に基づき、損害賠償を求めた。

判決の要旨:
  被告Fとしては、本来ならば練習を控え、あるいはその内容を比較的軽微なものにし、かつ部員に対して十分な水分及び塩分を補給させるよう努めるべき注意義務があったのにこれに違反し、この注意義務違反と原告Aの熱中症により生じた損害との間には相当因果関係があるといえる。
  被告らは、解離性健忘が生じることを予見することができなかったから、その結果回避義務は存在しないと主張するが、解離性健忘を予見できると否とにかかわらず、熱中症により失神したときに適切な応急措置を取らなかった場合は、熱中症が重症化することは容易に予見することができるから、応急措置を取るべき結果回避義務が存在していることは明らかであり、被告らの上記主張は採用できない。



◆ 千葉県公立小学校自習時間中ベスト振り回し負傷事故事件

【事件名】 損害賠償請求事件
【裁判所】 最高裁第二小法廷
【事件番号】平成19年(受)第1180号
【年月日】 平成20年4月18日判決
【結 果】 破棄自判
【経 過】 原審東京高裁平成19年4月11日判決
【出 典】 判例時報2006号74頁、判例タイムズ1269号117頁

事案の概要:
  上告人の設置する公立小学校の教室で、3年の児童Aが朝自習の時間帯に離席して、落ちていたベストのほこりを払おうとして、頭上で同ベストを振り回した際、これが児童X1の右眼に当たり負傷した事故について、X1及びその両親である被上告人らが、上告人に対し損害賠償を求めたところ、請求が一部認容されたため、上告人が上告した。

判決の要旨:
  本件事故は、朝自習の時間帯に、教室入口付近の自席に座っていた担任教諭の下に4、5名の児童が忘れ物の申告をするなどの話をしに来ており、被上告人X1自身も、教科書を机に入れたりした後、ランドセルをロッカーにしまおうとして席を立ったという状況の下で発生したのであるが、朝自習の時間帯であっても、「用もないのに自分の席を離れない」という学級の約束は、児童にとって必要な行動まで禁じるものではなく、児童が必要に応じて離席することは許されていたと解されるし、それは合理的な取扱いでもあったというべきである。そして、Aが日常的に乱暴な行動を取っていたなど、担任教諭において日ごろから特にAの動静に注意を向けるべきであったというような事情もうかがわれないから、Aが離席したこと自体をもって、担任教諭においてその動静を注視すべき問題行動であるということはできない。また、前記事実関係によれば、Aは、離席した後にロッカーから落ちていたベストを拾うため教室後方に移動し、ほこりを払うためベストを上下に振るなどした後、更に移動してベストを頭上で振り回したというのであり、ベストを頭上で振り回す直前までのAの行動は自然なものであり、特段危険なものでもなかったから、他の児童らに応対していた担任教諭において、Aの動静を注視し、その行動を制止するなどの注意義務があったとはいえず、Aがベストを頭上で振り回すというような危険性を有する行為に出ることを予見すべき注意義務があったともいえない。したがって、担任教諭が、ベストを頭上で振り回すという突発的なAの行動に気付かず、本件事故の発生を未然に防止することができなかったとしても、担任教諭に児童の安全確保又は児童に対する指導監督についての過失があるということはできない。



◆ 三重県津市立小学校大音量音楽授業事件

【事件名】 損害賠償請求事件
【裁判所】 大阪地裁
【事件番号】平成17年(ワ)第9128号
【年月日】 平成20年5月2日判決
【結 果】 一部認容・一部棄却
【経 過】
【出 典】 最高裁ウェブサイト

事案の概要:
  本件は、津市立の小学校に在籍していた当時5年生の原告が、被告市、被告A(校長)、被告B(担任)、被告C(音楽担当)に対し、被告Cが音楽の授業中に大音量で音楽を流したことを抗議した原告を、被告Aらが、物置部屋に閉じこめたり、クラスから孤立させようとしたこと及びその結果心的外傷後ストレス障害(PTSD)及びデスノス(DESNOS:その他に特定しようのない極端なストレス性障害)に罹患させたことにつき、被告市については国家賠償として、被告Aらについては共同不法行為に基づく損害賠償を請求した事案である。

判決の要旨:
  被告Cの音楽の本件クラスでの授業は以前から騒がしく、楽しい授業はできていなかったのであるから、当日も騒がしく、教師の十分な説明が聞こえない状態のままで、CDを大音量でかけることが適切であったとは認められない。
  被告Cは口頭で謝罪はしたものの、本件授業について疑問を持っている児童もいた。被告Aらは、結果的には、原告がいつまでも納得しないことから、本件授業をめぐる原告との話合いにおいて、狭い相談室の中で長時間に渡り原告を留め置き、原告が興奮し泣きわめいたりしているにもかかわらず、話合いを中断せず相談室の外に出さず、原告を始終興奮させることになり、原告を音楽の授業への出席させようとして言い争いのようになったこと、原告が早退しようとするところを止めようとして、原告の体を押さえるなどしたことなどが認められる。さらに、平成14年11月に度々開かれた学級会において、本件クラスの児童に対して、原告について行ってはいけないと言ったり、原告の発言を遮るような行動を是認するなど、本件クラスの大多数の意見を代弁しているつもりであった原告を孤立させる結果となったことが認められる。
  被告Aらの行為は一連のものであって、教師の児童に対する指導という域を超えて、不適切な行為であり、被告Aらには、小学校の教師としての職務執行上の過失が認められるから、被告市は、原告に生じた損害について、国家賠償法上の損害賠償責任を負う。
  原告のPTSD及びDESNOSに罹患したとの主張を認めるに足りる十分な証拠があるとはいえない。






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