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TITLE:  電気通信大学非常勤講師の雇止め事件 ―― 授業中の不適切な発言が問題に
AUTHOR: 羽山 健一
SOURCE: 2025年7月1日
WORDS:  4613文字
[注目の教育裁判例]

電気通信大学非常勤講師の雇止め事件
―― 授業中の不適切な発言が問題に

羽 山 健 一


事案の概要:

本件は、電気通信大学を設置・運営する国立大学法人である被告との間で有期労働契約を締結し、同大学の非常勤講師として勤務していた原告が、被告による有期労働契約の更新の申込の拒絶(雇止め)が、労働契約法19条に違反し無効であると主張して、労働契約上の権利を有する地位にあることの確認等を求める事案である。判決は、雇止めには客観的に合理的な理由があり、社会通念上も相当であるとして地位確認等の請求を棄却した。

【対象事件】東京地裁令和5年4月14日判決 【事件番号】令和3年(ワ)第8152号 【事件名】地位確認等請求事件 【結果】棄却(控訴) 【出典】労判1327号48頁 【経過】二審東京高裁令和5年10月23日判決(棄却)、上告審最高裁一小令和6年5月27日決定(棄却・不受理)


認定した事実:

(1)不適切とされた原告の発言
原告と被告は、委嘱期間を平成28年10月1日から平成29年3月31日までとし、担当科目をE論(後学期、毎週2時間、年間32時間)とする本件労働契約を締結した(本件労働契約)。本件労働契約は、委嘱期間を平成29年4月1日から平成30年3月31日までとし、担当科目をE論(前学期集中講義32時間、後学期毎週2時間年間32時間)として更新された。

本件大学のハラスメント防止・対策委員会は、平成29年6月21日原告から事情聴取を行った。その際、原告は、平成28年度後学期のE論の授業中に、次のように話したことを認めた。

@ 都立高校のトイレで高校生が性行為をした事案や、仙台の高校生がいわゆるラブホテルから出るときに見つかって退学になった事例を取り上げて、「18歳でそういうこと(性行為)やると気持ちいいですね。」という話をした(発言1)。
A 「性格悪いから彼女いないんでしょ。」、「(E論とかH論が固い内容のため、マリリン・モンローがどうだという話も入れながら)マリリン・モンローさんも知らない、だから君は彼女いないんだよ。」という話をした(発言2)。
B 「街の中歩いているきれいな女性に道聞かれるとね、目的地まで案内したいんだけど、そうじゃない女性に聞かれるとまっすぐ行けばあるんじゃないですか、と言いたくなるんじゃない、普通、男だったら。」、「かわいい子に道聞かれると目的地まで案内したくなる、そうじゃない女性だと、まっすぐ行けばあるんじゃないですか、だいたい男はそう思ってるんじゃない?」と話した(発言3)。
C 「女子力、ただの女子じゃだめよ、美人じゃないと、美人力って言葉がある。」、「どちらかというと美人じゃないと損するんだよということ。」と話した(発言4)。

原告は、発言1は、E論において、実際に学生がその場にいた場合はどうするのかという趣旨で述べた、発言3は、女性蔑視的な表現になり、発言してからまずいと思った、発言4は、学生に表現力、思考力、判断力の話をしながら出た発言であるが、その場では、原告がしたかった出会いを大切にしなければならないという話まではできなかったなどと述べた。

(2)学生による授業評価
被告では、毎年2回、原則として授業の最終回(学生に対する成績評価前)に、学生による授業評価を実施し、その集計結果を授業担当教員にフィードバックしている。・・・平成28年度後学期の原告のE論に対する授業評価集計表(回答者49名)には、良かった点として、原告の人柄が面白い、学生の意見を取り入れた授業である旨の記載、改善すべきと思う点として要旨、「先生を替えるか選択肢を増やしてほしい。雑談や下ネタが多く聞くのが辛かった。後輩に私が経験した嫌な思いをしてほしくない。」、「言葉遣いがひどすぎる。平気でバカ、アホ、というのは聞いていて、気分が良くない。」、「女学生に対しての配慮に欠けると思う」「下ネタ多すぎ。女子に変な絡みしすぎ。」旨の記載があった。

(3)本件アンケートの実施
原告が実施した平成28年度後学期のE論を受講し、不可(不合格)となった学生が、成績評価の異議申立てをし、これに原告が対応しなかったと主張して、本件大学の教務課に相談をした。そこで、被告は、平成29年5月1日から同月6日までの間、異議申立てに対する対応を調査するため、平成28年度後学期のE論を受講した学生を対象に教職関連アンケート(本件アンケート)を実施した。本件アンケートは、回答者数が58名であり、本件アンケートにおける、「この授業についてのあなたの意見や気づいた点などを記述して下さい。」との問いに対し、記述1ないし10が存在するほか、肯定的意見や否定的意見などが記述されていた。

1 セクハラになりうるような発言が非常に多かった。私は特に気分を害さなかったが、女性にとっては嫌な気持ちになった人も多いのではないかと思う(記述1)。
2 先生との相性によって授業への参加しやすさがかなり変わると思いました。というのも、先生の口がかなり鋭く、コンプレックスを抉られるからです。例:「彼女いないでしょ」。他にも、人によってはセクハラにとらえても仕方のないこともおっしゃっていたように思います。(実際コメントペーパーにそのように書いた人もいたようです。)(記述2)
3 あくまで自分が思ったことなのですが、先生のセクハラに近い発言や暴言がかなり多かったような気がします(記述3)。
4 授業と関係のない話(しかもその内容は全然面白みのない、恋人がいるとかいないとかを含む低俗な話)が多い(記述4)。
5 不快な言動が目立った。暴言と取れるようなことや下品なことを平気で言うなど、モラルに欠けていると感じた(記述5)。
(記述6ないし10略:引用者)

(4)本件雇止め
ハラスメント防止・対策委員会による上記事情聴取を受け、委員長は、平成29年8月10日、原告に対し、口頭で厳重注意を行った。

C教授及びF教授は、平成29年12月1日、原告と面談し、原告に対し、次年度(平成30年度)に本件労働契約を更新しない旨を伝えた(本件雇止め)。被告は、平成30年11月22日付け通知書において、本件雇止めの理由について「E論の授業について、履修した学生から成績評価に関する苦情があったため、学生を対象に調査を実施した。その結果、成績評価に関する苦情の他に、授業中に性的に不適切、不快な発言に及んだとの指摘が相当数あり、指摘に相当する発言があったものと認めるべき事情を把握するに至った。このことから、情報理工学域代議員会における議論を踏まえ、本学の非常勤講師として適格性に欠けると判断した。」と記載して通知した。


判決のポイント:

(1)契約更新の合理的期待があるか
被告の非常勤職員就業規則上、非常勤職員の雇用期間は、発令の日の属する年度の3月31日までの範囲内で定めるとされ、被告の原告に対する委嘱状にも委嘱期間が明示されており、更新を原則とする旨の定めはされていない。そして、本件労働契約の更新回数は1回であり、原告の通算の雇用期間も1年6か月で長期間であるとはいえない。

もっとも、原告が担当したE論が必修科目であること、また、本件大学の教職課程担当の非常勤講師について平成20年から平成29年までの間、労働契約の更新が・・・2回以上更新された非常勤講師が相当数いることからすると、原告は、本件労働契約が更新されることについて一定の期待を有していたと認めることができる。

そうすると、原告が非常勤講師として本件労働契約が更新されると期待することについて、一定程度の合理性があると認められるものの、その合理的期待の程度が高いということはできない。

(2)雇止めに合理性・相当性が認められるか
原告が、平成28年度後学期のE論の授業中、本件各発言をしたことが認められる。発言1は、性的に不適切な発言であり、発言2は、学生のプライバシーにかかわる発言で、交際相手がいるか否かを気にすることも多い学生に対し、交際女性のいないことを揶揄するような発言であり、発言3は、女性を外見で評価する趣旨の発言である。発言4について、被告(ママ)は女性の内面を含めた表現として「美人力」という言葉を用いたと述べるものの、少なくとも「どちらかというと美人じゃないと損するんだよ。」との発言は、女性を外見で評価すると受け止めること(ママ)できる発言である(原告の説明においても、性格が美人であるという趣旨でない発言が含まれている。)。本件各発言は、その内容からすれば、E論において発言する必要性がなく、不適切である。

本件各記述を含む本件アンケートの内容からすれば、原告のE論の不適切な発言で不快感を抱いた学生が複数存在しており、・・・本件各発言の内容と本件各記述に係る学生の意見が整合していることからすれば、本件各発言が学生に与えた影響は相応のものであったと推認できる。また、被告がハラスメント防止宣言をし、ハラスメント相談窓口を設けるなどの取組をしていながら、原告は、授業において学生に対し本件各発言を行っており、このような原告の行為は、被告に相当程度の影響を及ぼすものといえる。

被告において、学生に対するハラスメントは厳に慎み、学生に対する悪影響を防止する必要があり、原告が性的に不適切な発言を複数回行っていること、・・・原告の本件労働契約更新の合理的期待の程度が高いといえないことも踏まえると、・・・被告が、本件労働契約を更新しないとの判断に至ったことは、客観的に合理的な理由があり、社会通念上も相当であると認められる。


コメント:

本件は、契約更新が1回、通算雇用期間が1年6か月であった非常勤講師に対して行われた雇止めの有効性が争われた事案である。特徴的な点は、講師が授業中に性的に不適切、不快な発言に及んだことが雇止めの理由とされたことである。

本件判決は、まず、講師に契約更新への合理的期待があったことを比較的あっさりと認めつつも、その期待の程度は高いとはいえないと判断した。そのうえで、当該発言の内容や影響を考慮し、雇止めの合理性・相当性を検討した結果、雇止めが有効であると認めた。

このような判断枠組みに従えば、契約更新に対する合理的期待の程度が高くない非常勤講師については、比較的軽微な非違行為であっても、それを理由とする雇止めが正当化される恐れがあるといえる。

近年では、大学において、学生に対するセクハラやパワハラが発生した場合、大学側の法的責任が厳しく問われる傾向にあり、経営にまで悪影響を及ぼすリスクもある。こうした状況を踏まえれば、大学側が、セクハラと受け止められる不適切な言動に対して、厳正に対処しようとすることには一定の理解ができる。

しかしその一方で、労働者の立場からすれば、授業中の不適切な言動が雇止めの理由となり得ることについて、事前に、具体的な注意喚起や指導がなされるべきであって、そのような手続を経ることなく、直ちに雇止めを行うという対応は、過酷に失し不当であると判断されるであろう。


注目の教育裁判例
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