◆202508KHK258A1L0188M
TITLE:  私立高校剣道部監督解雇事件 ―― 還暦祝いで解雇に
AUTHOR: 羽山 健一
SOURCE: 2025年8月8日
WORDS:  5008文字
[注目の教育裁判例]

私立高校剣道部監督解雇事件
―― 還暦祝いで解雇に

羽 山 健 一


事案の概要:

本件は、被告学校法人と期間の定めのある雇用契約を締結し、高校の剣道部監督をしていた原告が、剣道部員から集めた金員等を還暦祝いや誕生祝いとして受領したこと、支援団体から受領した諸経費を清算しなかったことなどが解雇事由に当たるとして解雇されたが、同解雇は無効であり、雇用契約は更新されていると主張して、被告法人に対し、@雇用契約上の地位にあることの確認、A雇用契約に基づく未払賃金の支払、B不法行為に基づく損害賠償を求める事案である。

判決は、祝い金等の受領は社会的儀礼の範囲を逸脱するものとは認められず、諸経費の未清算についてはあくまで保護者会の会計処理上の問題であるなど、解雇を相当とするやむを得ない事情に該当するとはいえないなどとして、地位確認請求及び未払賃金支払請求を認容したが、精神的損害が生じたとまでは認められないとして、不法行為による損害賠償請求を棄却した。

【対象事件】東京地裁令和6年2月15日判決 【事件番号】令和3年(ワ)第31368号 【事件名】地位確認等請求事件 【結果】一部認容・一部棄却(控訴) 【出典】ウエストロー・ジャパン 【経過】二審東京高裁令和6年8月判決(棄却、確定)


認定した事実:

  原告は、昭和57年に被告法人に雇用され、令和2年3月31日に定年退職するまでの間、本件高校の体育教諭及び剣道部の監督として勤務してきた。定年退職後は、被告法人との間で、期間1年の有期雇用契約を締結し、引き続き、本件高校で勤務していた。本件剣道部は、高等学校の剣道界において、主要な大会に出場する強豪校であった。原告と被告法人は、令和3年4月1日に有期雇用契約を更新した(本件雇用契約)。

令和2年1月、複数のメディアが、原告の誕生祝い名目で剣道部の部員から現金が集められたことなどを報道した。令和2年2月22日に開催された原告の還暦祝いの席上で、剣道の胴が、剣道部の保護者及び部員一同からの記念品として原告に贈呈された。原告は、令和2年2月26日頃、5000円の竹刀を29本購入し、返礼品として部員29名に交付した。

前記報道や投書を受けて、被告は、令和2年3月13日に第三者委員会を設置し事案解明を委嘱した。第三者委員会は令和3年3月3日付けで調査報告書を作成し、解雇理由が認定できると結論付けた。被告法人は、令和3年4月16日付けで原告を解雇した。解雇理由は、@還暦祝いの金品の受領、A誕生祝いの現金の受領、B支援団体からの諸経費の未清算金の存在、COB会費の支払いの督促、の4点である。


判決のポイント:

被告の主張する解雇理由A及び解雇理由Cについて、それらの事実を認めるに足りる的確な証拠はなく、それらが解雇を相当とする理由とはならない。

(1)解雇理由@について
本件剣道部の保護者会は、原告の還暦祝いに合わせて記念品を贈ることを企図し、保護者が負担することを想定して部員から一人当たり5000円集金することを決定し、会長から男子のキャプテンにこの方針が伝達され、合計14万5000円が集金された。そして、原告は、集金の事実や保護者会の企図を認識した後に、いったん受領を固辞する意向を示しながらも、保護者の意向を踏まえ、部員及び保護者会から還暦祝いの記念品として代金14万5000円の胴を受領し、部員に対して返礼品として5000円(計14万5000円)相当の竹刀を贈った。

以上のように、原告は、記念品として胴を贈呈する保護者会側の計画を最終的には受け入れ、代金14万5000円で購入された胴を受領したものである。そして、原告が一度は固辞したにもかかわらず胴を受領したのは、保護者会の強い意向によるところが大きく、こうした好意を拒み切れなかった原告を強く非難することはできないうえ、原告は受領した胴と同額の支出をして返礼品を部員に贈っており、実質的には経済的利得を受けていない。そうすると、原告が本件剣道部員を指導すべき立場にあることや、原告の金品受領を問題視する報道がされた状況下で行われたことを踏まえても、原告が還暦祝いとして胴を受領したことは、社会的儀礼の範囲を逸脱するものとは認められないというべきである。 そうすると、解雇理由@が本件解雇を相当とする「やむを得ない事由」に該当するとはいえない。

(2)解雇理由Bについて
保護者会から原告に対し、A会名義の預金を原資として交付された毎月10万円(年額120万円)につき、その支出や原告の用途の裏付けとなる領収書等の資料は、原告や保護者会が作成した領収書綴りや会計報告添付の通帳写しが存在するものの、その全額を逐一確認するに足りる資料が揃っているとはいえない。また、保護者会から原告に対し、B会の会計から、平成26年から令和元年度の間、全国大会等の際に諸経費又は激励金として1大会につき10万円〜20万円が交付されたところ、これについても、B会の領収書綴り等の資料のみからは、その支出や原告の使途につき全額を逐一確認することはできない。これは、平成28年2月に行われた被告法人の原告に対する指導ないしその趣旨に反する行為と評価することができる。

しかしながら、これらの預金口座からの支出の主体はあくまで保護者会であり、会計処理を行っているのは保護者会の担当者である。そして、A会口座から原告に交付された毎月10万円の金員について、原告は部活動中の部員の飲み物代等の日常的用途に充てており、これが保護者会の金員交付の趣旨に沿うものであったことがうかがわれる。また、B会口座からの支出についても、保護者会が部員の大会遠征時における現地での支出に対応するため原告に現金を預託したという原告の主張に沿わない使途をうかがわせる領収書等の存在は認められず、保護者会から原告の支出について疑義を呈する意見が呈された事実をうかがわせる証拠も見当たらず、原告による私的流用の疑いもない。そもそも、会計処理の主体である保護者会が、原告に対して支出を裏付ける全ての領収書等を徴求するなどの対応をした事実は認められないし、部活動に伴う支出や部員への小遣いの支給につきそのような対応を求めることはおよそ現実的ではない。

さらに、被告法人も平成28年3月の監査において、全国大会出場の際に原告が保護者会から現地での支出に対応すべく現金の手渡しを受けているという実情を把握していながら、そのような不明朗な会計の原因となる取扱い自体は特に是正を求めることもなく、以後も何らの指摘をしていない。

以上のとおり、上記の点はあくまで保護者会の会計処理上の問題であること、保護者会から現金を預託された原告が全ての支出について領収書を取得することは部活動の実情に照らして非現実的であること、被告法人もこうした保護者会の会計処理上の問題と原告の関与について実情を把握しながら適切な監督を行わなかったこと等を勘案すると、上記の点をもって本件解雇を相当とする「やむを得ない事由」に該当するとはいえない。


コメント:

(1)保護者からの金品の受領は解雇理由に当たるか
本件の争点の一つは、私立学校の教員が生徒の保護者から金品を受け取ったことが、解雇の理由に該当するかどうかという点である。本件判決は、「社会的儀礼の範囲を逸脱するものとは認められない」と判断して、金品を受領したことを解雇理由とは認めなかった。この事例判断は、社会的儀礼としての贈答が許容される範囲を考える上で、たいへん参考になるものである。

今日では、生徒の保護者が教員に中元・歳暮などの贈答をする習慣は、「虚礼廃止」の風潮の中で一般的に廃れてきたといえる。ところが、本件のような部活動の指導においては、教員が私的時間を割いて、勤務時間の枠を超え熱心に指導する場面も多く見られ、そのため、保護者がその労に報いるため、感謝の意を込めて、社会的儀礼として贈答を行う慣行が一部に残存している現状がうかがえる。

もっとも、教員が職務に関連して、保護者や学校の関係者から不正に金品を受領した場合、それが懲戒処分の対象となるのは当然であり、公立学校においては収賄罪に問われることもあり得る。

この点に関し、学級担任教員が保護者から金品を受領したことが問題となった事件として、和歌山大学附属中学校[収賄]事件(最高裁昭和50年4月24日判決)がよく知られている。この事例では、贈答が「賄賂」に当たるのか、あるいは「社会的儀礼」にすぎないのかが争点となった。一審、二審はいずれも賄賂性を認めたが、最高裁は、「贈答は慣行的社交的儀礼の趣旨ではないかとみる余地がある」として審理を差戻し、最終的に大阪高裁で無罪が確定した。

同判決において最高裁は、教員への贈答について、「学校教員にあつては、その重要な社会的使命を自覚するならば、みだりに父兄等からの度重なる金品の贈与に慣れて廉潔心が鈍麻し、人の師表として世の指弾を浴びることのないよう、厳に自ら慎しむべきであることは、その職業倫理からしても当然であろう。」と述べて、贈答が直ちに賄賂に該当しないとしても、教員には職業倫理上の自制が求められるということを強く戒めている。

(2)預託金の使途が一部不明であることが解雇理由に当たるか
本件のもう一つの争点は、保護者会から預託された金銭の使途につき、すべての支出を確認できる資料が揃っていないことが、解雇理由に該当するかどうかという点である。本件判決は、「原告が全ての支出について領収書を取得することは部活動の実情に照らして非現実的である」などとして、この点をもって解雇理由には当たらないと判断した。また、会計処理の不備について、それは、あくまで保護者会の問題であるから、「その会計処理の問題を原告の解雇事由にすることは相当でない」と述べている。

しかしながら、部活動に関連して預かった金銭について、教員が学校法人の指導に反して、適切な会計処理を行わなかった場合、はたして、その点を理由に懲戒処分(解雇を含む)を行うことは許されないのだろうか。

本件のように、保護者会が教員に現金を渡して、部員に必要なものを購入するよう依頼し、教員がそれを受けて、その趣旨に沿うかたちで支出を行うという関係は、民法上の委任契約、あるいは、それに準ずる法律関係と捉えることができる。民法643条は、委任契約を「当事者の一方が法律行為をすることを相手方に委託し、相手方がこれを承諾することによって、その効力を生ずる」と定義している。また、受任者が部活動の顧問教員であるとすれば、その教員は「委任の本旨に従い、善良な管理者の注意をもって、委任事務を処理する義務を負う」(民法644条)ことになる。

さらに、その事務が学校の部活動の一環として行われるものである以上、その事務処理を行うに当たっては、教員は当然のことながら、校長等の指揮監督を受ける立場にある。仮に、預かった現金が盗難等により失われたという場合には、教員が債務不履行あるいは不法行為に基づく損害賠償責任を負う可能性があるだけでなく、学校法人も民法715条に基づく使用者責任を問われることになる。

このように考えると、教員が行う金銭の管理や支出について、学校法人が指揮監督の権限を有することは当然であり、会計処理の不備があれば、その内容によっては懲戒事由となることも否定できない。


注目の教育裁判例
この記事では,公刊されている判例集などに掲載されている入手しやすい裁判例の中から,先例として教育活動の実務に参考になるものを選んでその概要を紹介しています。詳細については「出典」に示した判例集等から全文を参照してください。なお、「認定した事実」や「判決のポイント」の項目は、判決文をもとに、そこから一部を抜粋し、さらに要約したものですので、判決文そのものの表現とは異なることをご了承願います。



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