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TITLE:  広島市立高校・家庭反省指導事件 ――「明日から学校に来させないでください」
AUTHOR: 羽山 健一
SOURCE: 2025年9月6日
WORDS:  6085文字
[注目の教育裁判例]

広島市立高校・家庭反省指導事件
――「明日から学校に来させないでください」

羽 山 健 一


事案の概要:

本件は、原告が在籍していた広島市立A高校の校長が、原告の母に対し、明日から原告を学校に来させないでほしい旨を告げたことについて、原告が、被告に対し、本件告知は適正な手続によらない違法な退学処分又は無期限の停学処分等に当たり、これにより転学を余儀なくされたなどと主張して、被告に対し、国家賠償法1条1項に基づく損害賠償請求として、慰謝料230万円等の支払を求めた事案である。判決は原告の請求を一部認め、被告市に20万円の支払いを命じた。

【対象事件】広島地裁令和7年5月27日判決 【事件番号】令和5年(ワ)第545号 【事件名】損害賠償請求事件 【結果】一部認容・一部棄却(控訴) 【出典】裁判所ウェブサイト


認定した事実:

原告は2年生に進学した令和4年6月頃から、遅刻をしたり、授業中に眠ったりするほか、同月23日には、教員に対して、殺したい、少年法があるから今ならやれるよ、といった趣旨の発言をするなど、問題行動をするようになっていった。7月4日には、原告の母と教員らとの間で面談が行われ、原告は同月8日から、指導無視、周囲に対する威嚇及び周囲への迷惑行為について、別室(生徒指導室)での指導を受けることとなった。原告に対する指導は、夏休みの期間も含め継続して行われ、原告は、夏休み中に3回登校し、高校の教師と面談をした。

高校は、原告が指導を受け入れて落ち着いてきたと捉え、2学期開始日である8月23日から原告を教室に復帰させることとした。原告は、2学期開始日以降、教師に怒られることなどがあってやる気をなくし、遅刻をするほか、授業中にタブレットでゲームをしたり、教師に対して「くそが」、「しね」、「鬼畜か」と発言するなど、再び問題行動を繰り返すようになった。

校長は、9月4日、原告の母と面談をし、これまでの指導を振り返った上で、夏休み明けの原告の状況を説明し、高校としては指導の限界を感じており、「明日から学校に来させないでください」と伝えた(本件告知)。校長は、本件告知をするに当たり、家庭で今後について話し合ってほしい旨を述べたが、具体的な期間及び期間を設けない理由や、話し合いの対象や、どのようにしたら被告高校での授業に復帰できるのか等については説明をしなかった。これに対し、原告の母は、校長に対し、停学ないし退学といった処分なのかと問うたところ、校長は、停学処分でも退学処分でもない旨説明した。

校長は、9月6日、原告の母に架電した。原告の母は、このとき、校長に対し、同月5日から学校に来るなというのは急ぎ過ぎなのではないか、などと9月4日の面談について納得できない旨を述べたが、校長は、まずは家族で話し合ってほしいと、上記面談時と同様の説明を繰り返した。

原告の母は、高校には戻れず、次の学校を探すしかないと考えるに至り、転学先を探した。原告は、9月5日以降、高校には登校せず、翌6日には、高校で転学のために必要な書類を受け取り、同月12日に転学届を提出し、10月1日に通信制の高校に転学した。


判決のポイント:

(1)家庭反省指導の合理性について
まず、本件告知の性質について検討すると、本件告知が退学ないし停学処分に当たるものであったとは認められず、その性質は、被告高校内規が定める家庭反省指導に止まるものと認めるのが相当である。

次に、本件において教育的指導として家庭反省指導を選択したことの合理性については、本件告知に至るまでの間、高校においては、相当期間をかけて原告に対する継続的な指導がなされたが、期末考査後から夏休みの指導を経て一旦原告の授業態度が改善されたものの、夏休み後には原告の授業態度等が再び悪化し、原告が指導に従って反省ないし改善する意欲を有していない状況に至っていたのであって、このような中で、高校において、学校内での指導ではなく、家庭での反省を指示することには、一定の合理性があったということができる。

(2)家庭反省指導についての適正な手順・配慮
家庭反省指導の意義やその前提に鑑みると、家庭反省指導については、@生徒の教育を受ける機会を相当程度制限することに見合う適正な手順・対応が求められるほか、A事実上強制の停学措置やこれを伴う自主退学勧告と受け止められないように十分に配慮して行う必要があるというべきである。

そして、上記のような適正な手順・対応ないし配慮を著しく欠くような態様で家庭反省指導がされた場合には、対象となる生徒の教育を受ける機会を不当に制限するとともにその学校内の地位を著しく不安定にすることになることからすると、上記のような場合においては、当該家庭反省指導について、教育指導上の裁量権の範囲を逸脱ないし濫用するものとして、国家賠償法上違法となる場合があるというべきである。

(3)本件告知の違法性について
9月4日の面談時における校長の発言(本件告知を含む)は、少なくとも原告及び原告の母の主観において、転学をも選択肢として検討せざるを得ないと認識させるに足りる態様のものであり、また、校長においても、原告及び原告の母がそのような認識を持つことを十分念頭に置いてされたものであったと認めるのが相当である。

本件告知の前後にわたる校長の一連の対応を併せ考慮すると、本件告知は、保護者の理解を得て「当該生徒が保護者とじっくり話し合い、生活を振り返るための時間」を設けるなどの理由で行われる指導を行う趣旨でされたものとは到底評価できず、基本的に、事実上の無期停学状態にした上で、自主退学を促すことに主眼を置いてされたものというべきであって、家庭反省指導をするに当たり、教育を受ける機会の制限や懲戒との区別等との関係で履践すべき適正な手順・対応を欠くとともに必要な配慮を著しく欠き、教育指導上の裁量権の範囲を逸脱ないし濫用するものとして、国家賠償法上の違法行為であると認めるのが相当である。

(4)転学に要した費用
本件において、校長は、原告の母に対し、本件告知は停学処分ないし退学処分として行われたものではないと明示的に伝えており、高校において、原告が登校した場合の指導体制が整えられていたことに鑑みれば、客観的に原告が高校に通い続ける道が閉ざされたものであったとは認められない。・・・結局、最終的には原告ないし家庭の判断で転学に至ったものといえ、本件告知により原告が転学を余儀なくされたという関係があるとまでは認められない。したがって、転学に要した費用が、本件告知と相当因果関係のある損害であるとは認められない。

(5)慰謝料
本件告知は、事実上の無期停学状態にした上で自主退学を促すことに主眼を置かれてされたものであって、・・・原告は、このような状況の下で高校における生徒としての地位が著しく不安定な状態に置かれた上、短期間のうちに転学するか否かという重大な決断を迫られたことにより、相当程度の精神的苦痛を被ったものと認められる。他方で、本件告知の原因となった原告の問題行動に関しては、・・・改善する機会は十分に与えられていたにもかかわらず、原告自身において、反省を深めることなく、改善の意欲もなかったなどという事情がある。これらの事情に鑑みると、本件については、原告において、学校反省指導を超える特別な指導等を受けざるを得ない状況のほか、転学も含め学習環境を変えることが合理的な選択肢となり得る状況を自ら作出した面があったことも否定できない。・・・一切の事情を総合考慮すると、原告の精神的苦痛を慰謝するための金額としては、20万円とするのが相当である。


コメント:

(1)本件の概要と意義
本件判決は、学校が行った家庭反省指導の告知について、それが適正な手順や必要な配慮を欠いていたとして、教育指導上の裁量権の範囲を逸脱・濫用する違法な行為であると判断した。判決が、「適正な手順や配慮を欠いている」と指摘する理由は、@学校側が、家庭反省指導の意義、方法、具体的な期間や反省の内容などを説明せず、保護者が指導を受け入れるかどうかを判断するために必要な情報を提供しなかったこと、A生徒がどのようにすれば授業に復帰できるのかについて説明をしなかったこと、Bこの指導が停学処分ないし退学勧告と誤解されないようにするための配慮を欠いていたことなどである。

このような判断の背景には、判決中にも引用されている広島県教育委員会が発出した指導資料の存在がある。同資料は、問題行動への対応において、正式な懲戒処分によることなく自主退学等の措置がとられる事例が多発していることを踏まえて、自主退学勧告等について不適切な対応を未然に防止するために作成されたものである(「生徒指導資料No.25 高等学校における問題行動への対応について」平成16年10月改訂版)。本件判決は、学校がこうした教育委員会の指導に従わなかった事実を、違法性判断の重要な要素として捉えている。

学校の裁量行為についての違法性を審査するに当たって、本件判決は、従来の枠組みとはやや異なるアプローチを採り、「適正な手順や必要な配慮を欠く」という独自の観点からその違法性を導いた事例として注目される。

(2)なくならない自主退学を迫る指導
本件の家庭反省指導において、学校は保護者に対し「明日から学校に来させないでください」、「家庭で今後について話し合ってほしい」と告知した。しかし、その説明はきわめて曖昧であり、指導の趣旨や内容は不明確であった。判決は、この告知を「事実上の無期停学状態にした上で、自主退学を促すことに主眼を置いてされたもの」と認定した。この理解は、事案の実質を的確に言い当てていると考えられる。まさに学校側は、生徒の指導に限界を感じて、家庭反省指導という形式を装いながら、実質的には停学処分や退学勧告を行って、自主退学を迫ったのである。

かつては、問題行動を起こした生徒に対して、学校側が「やめてもらうことになりました」と告げ、保護者が「たいへんご迷惑をおかけしました」と退学願を出すという光景が見られた時代もあった。しかし、その後、しだいに生徒の権利意識が高まり、こうした自主退学を迫る指導はその問題性が指摘さるようになった。それにもかかわらず、本件のような事例がいまなお続いているのである。

類似の事例として比較的古い時期のものは、1980年に起きた広島県立高校事件である(広島地裁昭和56年1月16日決定、判例時報1003号122頁)。この事件では、暴力事件を理由に「家の方で反省させて下さい」と言い渡された生徒が授業を受けられない状態になり、親は担任から「申立人は、○○高等学校で学べないという事になりました」、「就職を希望するのなら自分から退学する形の方がいいだろう」などと告げられ退学を迫られたことから、授業を受ける権利の妨害禁止等を求めて、仮処分を申し立てた。これに対して裁判所は、この言い渡しは、「その実質的内容は停学と異らず、公権力の行使に当たるので、民事訴訟法に規定する仮処分をすることができない」として、訴訟手続き上の問題から申請を却下する決定を行った。そのため、学校の指導の適否については判断されなかった。

本件判決は、広島県立高校事件から40年以上を経てもなお、同様の不適切な指導が温存されている実態を明らかにし、さらには、その違法性を認めた点において、きわめて示唆に富んでいる。

(3)自主退学へ誘導する不適切な手法
学校側が「退学勧告」や「進路変更指導」などの名目で、生徒に自主退学を促すことは珍しいことではない。これに対して、生徒が自由意思に基づいて退学を選ぶのであれば、問題は生じない。ところが実際には、強制的な誘導や詐欺的行為を伴う場合がある。裁判例をみると、以下のような事例が確認できる。

(a) 私立中高一貫校・転校強要事件(神戸地裁平成元年5月23日判決)
校長が保護者に対し「学費について不満があるなら、たくさん学校があるからそこを選べばいい。(系列の)Y高校には推薦できない。」と転校を迫った。
(b) 私立高校パーマ禁止校則事件(東京地裁平成3年6月21日判決)
教諭が、退学勧告に際して、「退学処分になると指導要録に記載される場合があり、転校先が引き受けてくれない場合が多いが、自主退学だと転校がしやすい」と説明した。
(c) 私立高校男女交際禁止校則事件(東京地裁令和4年11月30日判決)
教諭が「退学勧告に応じなければ、謹慎処分になると考えられるが、謹慎している間は受験をすることができず、原告が現役で大学に進学するためには、早急に高校を退学して通信高校等に編入する必要がある」と説明した。

これらはいずれも生徒を自主退学に誘導する説明であるが、それだけでは直ちに違法とされるものではない。しかし、そこに強制や欺罔が含まれる場合は、自主退学の任意性を侵害するものとして違法行為と判断されると考えられる。とはいうものの、何が強制や欺罔に当たるかを判断することは容易ではなく、結局のところ、個々の事例における具体的な事実関係により判断するしかない。

具体的には、以下のような場合は違法と判断される可能性が高いと考えられる。@職員会議で決定していないのにもかかわらず、「退学処分が決定した」と説明する、または、拒絶できない措置と誤信させる。A「自主退学をしない場合は退学処分となる」と誤信させる説明をする。B自主退学をするまで、家庭謹慎や学校謹慎などを続け、事実上の停学状態に置く。

以上のとおり、学校が生徒対して自主退学を勧めること自体は、教育的指導として許される場合もあるが、強制や欺罔行為を用いて生徒を自主退学に追い込むことは断じて許されない。


注目の教育裁判例
この記事では,公刊されている判例集などに掲載されている入手しやすい裁判例の中から,先例として教育活動の実務に参考になるものを選んでその概要を紹介しています。詳細については「出典」に示した判例集等から全文を参照してください。なお、「認定した事実」や「判決のポイント」の項目は、判決文をもとに、そこから一部を抜粋し、さらに要約したものですので、判決文そのものの表現とは異なることをご了承願います。



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