―― 食事量が極端に少ない児童
羽 山 健 一
事案の概要:
本件は、市立小学校に通学していた原告児童(当時小学5年生の女子)が、当時の担任教諭により給食を完食することを強要されたこと、校長が教諭に対する不適切な指導をしたことなどにより、精神的な苦痛を受けたと主張して、小学校の設置者である被告(さいたま市)に対し、損害賠償金の支払を求めた事案である。判決は、原告の請求を一部認容し、被告に33万円の支払いを命じた。また、原告児童の父母も固有の損害賠償を請求したが、判決は、これらの請求についてはいずれも棄却した。
【対象事件】さいたま地裁令和5年10月25日判決 【事件番号】令和3年(ワ)第1398号 【事件名】損害賠償請求事件 【結果】一部認容・一部棄却 【出典】判時2621号65頁 【経過】(控訴)
認定した事実:
(1)担任教諭の給食指導と原告児童の食事量
担任教諭は、原告児童の小学4年時の担任から、原告児童の食事量が少なく食事量に関し配慮が必要であることを伝えられた。担任教諭は、教室の後ろにある黒板の中央にチョークで、「給食完食連続記録」と記入して、児童が食缶を空にすることを目標にし、達成できた場合には、担任教諭が日数を書き換えていた。担任教諭は、給食当番が配膳した後に、食缶の中身が残っている場合には、一人一口運動として、児童一人一人に残った給食を配膳していた。
原告児童は、幼少期から食が細く、平成29年4月当時には、同級生に比べて極端に食事量が少ない傾向にあり(同級生の1割程度)、さらに、牛乳は同じメーカーのものでないと飲むことができず、食べたことのないものは食べない一方で、ネギトロ丼、手巻き寿司、カレー、焼きそばが大好きで、通常の児童と同程度食べることができるものがあるなど偏食の傾向があった。
(2)原告らと担任教諭の給食に関するやり取り
原告児童の母親(以下「母親」)は、4月12日、担任教諭に宛てて、連絡帳に、原告児童は、かなり少食のため給食の量を減らしてほしい旨を記載した。担任教諭は、母親からの連絡や前年度の担任からの引継ぎを受けて、原告児童の食事量を平均的な生徒の6割から7割程度と考えていたため、原告児童が給食当番の児童から配膳してもらう給食の量を少ないと思い、原告児童に「これぐらいは食べられるよね、もっと多くていいでしょ」と申し向けて、他の児童の6割程度まで給食の盛り増しを行うことがあった。
原告児童は、4月20日から、配膳された給食のうちご飯やパンなどを、担任教諭の隙を見て給食袋に隠すようになり、1週間に一度、金曜日に、残飯を家に持ち帰るようになった。母親は、4月21日に開催された保護者会の後、担任教諭に対し、原告児童が給食を持ち帰っていることを伝え、原告児童の給食の量を減らすように再度申し入れた。担任教諭は、母親からの申し入れを受けて、原告児童への配膳量を平均的な生徒の5割程度とした。
(3)異臭騒ぎ
6月になると気温が上がり、原告児童が給食袋に隠していた残飯が、6月9日(金)に異臭を発した。複数の男子児童が異臭を嗅ぎ付けて、原告児童を「汚い」「臭い、あっちいけ」などと揶揄する事件(「本件異臭騒ぎ」)が起きた。母親は、6月12日(月)、直接教室に行って、学年主任の立会のもと、担任教諭に対し、原告児童の食事の量が極端に少ないこと、給食を減量するようにすることを依頼した。担任教諭は、母親に対し、これ以上の対応は難しい旨を述べた。原告児童の両親は、6月13日、本件小学校に赴いて、校長及び教頭に対し、原告児童の食事量が極端に少ないこと、担任教諭が給食の量を減らしてくれないこと、本件異臭騒ぎが起こったことなどを説明した。校長は、給食の配膳等については、原告児童が安心して給食が食べられるようにすることを約束した。
母親は、自宅における原告児童の食事量をスマートフォンで撮影して、6月16日(金)の面談時に、担任教諭に同写真を見せて原告児童の食事量が通常の児童の1割程度であることを説明した。担任教諭は、上記の面談以降、6月19日(月)から同月21日(水)までの給食につき、原告児童の給食の量を平均的な児童の一、二割程度にするなど配慮するようになった。しかし、原告児童は、同月22日以降は、下痢などの影響で欠席するようになり、7月3日からは、不登校になった。
(4)原告児童の体調
原告児童は、5月頃から腹痛や下痢を訴えるようになった。原告児童は、本件異臭騒ぎで友達に悪口を言われた後に「死にたい」と頻繁に言うようになり、1学期の間は、母親に対し、「臭いし、汚いんだから、やらなくてもいいでしょ。どうせ死ぬんだから」と言っていた。また、その頃から、原告児童は、母親に対し、幼少期にまで遡って、弟が生まれて、弟がお昼寝する際に「静かにして」と言われたのが嫌だった、我慢していたことがたくさんある、母親が希望どおりにしてくれないために「私はいらない存在なんでしょ」などと言うようになった。
判決のポイント:
文部科学省の「食に関する指導の手引」によれば、小学校における給食指導は、楽しく食事をすること、健康に良い食事の取り方、自然への恩恵の感謝等を学ぶことを目的とし、高学年からは、残さず食べようとする心を育てることができるようにすることが目的とされ、学校でも積極的に食事を残さずに完食するという食育に取り組むことが課題とされている。そのため、担任教諭は、常に児童の食べたいもの、食べたい量を尊重すべきということはできないため、原告児童の全ての要望に常に応じる必要があるとまではいえない。担任教諭が5年2組において給食完食連続記録を掲示していたことについても、掲示したこと自体が食育として通常行われる範囲の態様・程度を逸脱したとみることはできない。
しかしながら、同じく「食に関する指導の手引」には、食に関する健康課題を有する児童生徒に対しては、教員と保護者が連携して、個別の事情も応じた対応や相談指導を行うことが重要であるとの指摘があり、教員が個々の児童の事情を把握し、指導をする必要性が指摘されている。そして、担任教諭は、原告児童の給食を他の児童の6割程度まで盛り増ししていたことが認められるところ、担任教諭は、原告児童について食事量が少なく配慮が必要である旨の引継ぎを受けていたほか、母親から4月に二度、原告児童の給食の減量をするように申入れがされたほか、原告児童が給食を食べ切れずに自宅に持ち帰っていることを伝えられていること、原告児童が給食当番に告げて配膳してもらう給食の量が極めて少量であることや、原告児童が給食の時間内に給食を完食できないことを認識していたことから、遅くとも平成29年4月末頃までに、原告児童が完食できる量が他の児童の1割程度であることは容易に知り得たはずである。にもかかわらず、担任教諭は、原告児童については他の児童の6割程度の食事量で足りると認識したままに、6月19日頃まで原告児童の給食を盛り増しして完食できない量を配膳し続けたのであり、この間、原告児童の適正な食事量を把握しようとした事実は認められず、原告児童に対する配慮を欠いていたことは否定できない。
・・・以上によれば、担任教諭において、原告児童の給食を盛り増しし、給食を完食するよう指導したことは、食育の一環として原告児童の偏食を改善する目的が含まれていたとしても、給食の量について特別な配慮を要する原告児童に対する配慮を欠いて、適正な食事量を把握しようとしないまま、食べられない量の給食を盛り増しし、事実上完食を強要するものであり、担任教諭として許される程度を超えて行われた指導として、原告児童の人格権を侵害する違法行為であると言わざるを得ない。
コメント:
本判決は、学校における給食指導が「食育」の一環として重要な教育活動であることを認めつつも、その指導方法によっては、不適切な指導として違法と判断される場合があることを示している。
本件に類似する事例として、大阪市立小学校事件(大阪地裁平成17年11月4日判決)がある。同事件では、教員の給食指導が原因で児童がPTSDを再発し不登校になったとして、損害賠償が求められた。裁判所は、給食指導の違法性の有無を判断するにあたり、次のような一般的な枠組みを示している。
すなわち、「学校の教師は、学校における教育活動により生じるおそれのある危険から児童・生徒を保護すべき義務を負うところ、個々の児童に対する給食指導は、当該児童の発達段階、実態、特性などに応じた配慮がなされるべきであるが、具体的にどのような指導が適切なものであるかは、当該事案の具体的事情のもとに、個別具体的に判断すべきである。」としている。
本判決もこの判断枠組みを踏まえ、児童の特性や家庭の意向など個別事情に応じた配慮がなされていたかを具体的に検討したうえで、担任教員の指導を違法と判断した。この点において、本判決は学校現場における給食指導の限界を考えるうえで参考になる裁判例であると思われる。
近年、学校給食に対する価値観は大きく変化しており、「無理に食べさせない」という指導方法が一般的になりつつある。かつての「好き嫌いをしない」、「残さずに食べる」という考え方は、もはや普遍的な美徳とは言えなくなったように思われる。このような状況のもとでは、教員が画一的な給食指導を行うことは許されない。児童の偏食をどのように指導するか、また、食べ残しをどの程度認めるかといった点について、その最終的な決定権は、教員ではなく児童の保護者にあると見るべきであろう。
偏食に対する指導について、文部科学省は「食に関する指導の手引」(2019年・第二次改訂版)において、「給食指導においては、児童生徒自身が苦手な食品についてその日食べる量を決定し、完食することを目標とした個に応じた指導を継続的に行う」と述べている(243頁)。これは、食べる量を決めるのは児童自身であり、児童が食べるかどうかを選択し、教員が食べることを強制してはならないことを明確にしたものといえる。
注目の教育裁判例
この記事では,公刊されている判例集などに掲載されている入手しやすい裁判例の中から,先例として教育活動の実務に参考になるものを選んでその概要を紹介しています。詳細については「出典」に示した判例集等から全文を参照してください。なお、「認定した事実」や「判決のポイント」の項目は、判決文をもとに、そこから一部を抜粋し、さらに要約したものですので、判決文そのものの表現とは異なることをご了承願います。
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