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TITLE:  福岡市立小学校担任不適切指導事件 ―― 授業中の不公平な指導
AUTHOR: 羽山 健一
SOURCE: 2026年5月1日
WORDS:  5688文字
[注目の教育裁判例]

福岡市立小学校担任不適切指導事件
―― 授業中の不公平な指導

羽 山 健 一


1.事案の概要

本件は、福岡市立小学校)に在籍していた原告が、クラス担任であったD教諭から、過度な叱責や不公平な指導、教卓の下に入らせるなどの不適切な指導を受け、また、本件小学校の校長、教頭、及び福岡市教育委員会もこれに適切に対応しなかったため、心的外傷後ストレス障害(PTSD)を発症したなどと主張して、被告福岡市に対し、慰謝料等約406万円の支払を求めた事案である。判決は、D教諭に不適切な指導があったことを認め、被告に約114万の支払いを命じた。損害については、原告が主張するPTSDの診断基準は満たさないものの、D教諭の指導によって適応反応症を発症したと判断した。

【対象事件】福岡地裁令和8年1月20日判決 【事件番号】令和4年(ワ)第3712号 【事件名】損害賠償等請求事件 【結果】一部認容・一部棄却 【出典】裁判所ウェブサイト


2.認定した事実

(1)1学期における出来事
本件小学校は、令和2年4月1日から5月20日までの間、新型コロナウィルス感染症の蔓延による緊急事態宣言のため休校となっており、同月21日から児童が登校しての授業が開始された。原告の在籍するクラス(本件クラス)では、6月頃、複数の児童が授業中に騒いだり、席を離れたりするなどの行動をとることにより、教室内が騒がしくなり、授業の進行に支障が生じるようになった。原告やKは、授業中にうるさくするIに対し、「静かにしーよ」などと注意したり、マスクを着けるよう注意したりすることがあったが、Iは、「お前の方が声がでかい」、「お前もマスクが外れている」などと言い返し、原告とIとが口論になることがあった。このとき、原告及びIは、互いに、「うるせー」、「死ね」などの強い言葉を用いることもあった。

(2)2学期初め頃
8月20日から2学期が開始されたが、本件クラスでは、引き続き授業中に騒がしくなることが多く、D教諭は、同月末頃又は9月初旬頃、2日連続で児童らの前で泣いてしまうことがあった。D教諭は、9月頃、注意をするのは教諭の仕事であるから、児童同士で注意をし合うのはやめるというルールを決め、本件クラスの児童たちに話した。D教諭は、9月頃から、Iや他の児童が授業中に騒がしくしてもその場で注意せず、他方、これらの児童を注意した原告やKを前記のルールに違反したという理由で注意するという指導を日常的に行うようになった。

原告は、9月頃から、マスクのことで他の児童から注意を受けたときや、挙手してもD教諭から指名されなかったとき、自分が描いた絵をIから「へたくそ」と言われたときなどに興奮状態となり、自分で自分の頭を叩く、机に頭を打ち付ける、はさみを自分の首に向ける、自分の首を絞めるといった行動に及ぶようになったD教諭は、同月中旬頃から、原告が前記のような興奮状態になった際、原告に対し、教卓の下に入っても良い旨を伝えて教卓の下に入るように促し、これを受けた原告が教卓の下に入り、D教諭がそのまま授業を継続するということが複数回あった。

(3)原告の飛び降り未遂
原告は、10月13日、複数の児童からマスクがずれていると指摘され、「うるさい」と反論した。これに対し、Iが、「黙れ。お前がうるさい。」と発言したところ、原告は、「僕なんか死んでやる」などと言いながら本件クラスの教室の窓に向かい、窓の手すりに足をかけ、窓から頭が半分外に出た状態になった。原告は、同月14日にも、窓から飛び降りようとした。原告の母は、同日、本件小学校に電話連絡した。また、原告の母は、同日、福岡市教育委員会にも電話連絡し、原告が自傷行為をした旨を伝えた。

(4)11月以降
原告は、11月21日から、本件クラスの教室には入らず、専ら保健室で過ごすようになったが、保健室においても落ち着かない行動が多く見られ、机の上や引き出しにあるはさみを取り出したり、自傷行為(頭を机や壁に打ち付ける、筆箱で頭を叩くなど)に及んだり、母親の姿が見えないことに不安を訴えたり、机の下に繰り返し隠れたりするなどした。原告は、令和3年1月以降、自宅でリモート授業を受けたり、登校しても保健室等で過ごしたりすることが多くなった。原告は、同3年5月31日、本件小学校のスクールカウンセラーの勧めで医院を受診し、同病院のN医師の診察を受けた。N医師は、同年6月1日付けで、原告をPTSDと診断する旨記載した診断書を作成した。

(5)D教諭に対する処分等
D教諭は、令和2年11月24日、心療内科でうつ状態と診断され、同月25日から病気休暇を取得し、本件クラスの担任を交代することとなった。福岡市教育委員会服務指導課は、令和4年3月30日、D教諭に対し、@令和2年9月中旬頃から、原告が落ち着かなくなった際、教卓の下に入るように促し、原告が教卓の下に入ることがあったこと、原告が教卓の下に入った際、複数の児童が8まで数字を数えることがあったが、D教諭がこれを制止しなかったこと、A同年9月から同年11月中旬にかけて、授業中に騒いだ児童にその場で注意せず、騒いだ児童に注意をした原告らに対して静かにするよう注意するなど公平性を欠く指導を多く行ったこと、B原告が窓の方に向かったのを制止しなかったこと等を理由に、D教諭の指導方法が適切ではなかったとして、文書訓戒の処分(服務上の処分)をした。


3.判決のポイント
(D教諭による指導が違法であるかという争点について)

(1)違法性の判断枠組みについて
国家賠償法1条1項の「違法」とは、公務員が、国民に対して負担する職務上の法的義務に違反することをいうものと解されるところ、公務員である教諭が児童に対してした行為については、その行為の目的、態様等に照らして、教諭が児童に行うことの許される教育的指導の範囲を逸脱したものと認められる場合に、当該教諭が当該児童に対して負担する職務上の法的義務に違反したものとして、国家賠償法上違法と判断されるものというべきである。

(2)原告を注意した行為について(指導@及びE)
D教諭は、Iら授業中に騒がしくした児童を注意した原告を注意するという指導を行っていたこと(本件指導E)が認められるが、これは、本件クラスでは令和2年度1学期に複数の児童が授業中に騒いだり、席を離れたりするなどの行動をとることにより、教室内が騒がしくなり、授業の進行に支障が生じるようになったこと、授業中にうるさくするIに対し原告やKが注意することにより口論に至ってしまっていたこと等を踏まえ、D教諭は、2学期の開始後の9月頃、注意するのは教諭の仕事であるから、児童同士で注意し合うのはやめるというルールを定め、このルールに従って、児童同士で注意をし合った原告に対する指導を行ったものと認められ、その目的自体は必ずしも不適切なものとはいえない。

また、D教諭は、原告のマスクがずれている状態であることを認識した場合には、原告を注意していたことが認められるが(本件指導@)、これについても、新型コロナウィルス感染症を予防する目的で行っているものと解されるから、その目的自体は適切なものというべきである。

しかしながら、D教諭は、9月頃から、Iや他の児童が授業中に騒がしくしてもその場で注意しない一方で、これらの児童を注意した原告に対してはその場で静かにするように注意し、また、Iが原告にマスクのずれを注意してもやはりその場でIを注意することはなく、原告のマスクのずれを自ら認識した際には他の児童の前でも原告を注意するという指導を日常的に行っていたことが認められる。こうした指導は、原告からみれば著しく公平性を欠き納得し難いものであり、自分ばかりが責められているという感覚を抱かせ、ひいては原告の自尊心を傷つけるものである。

そうすると、D教諭の本件指導@及びEは、その目的自体は必ずしも不適切なものとはいえないものの、その態様において、上記のとおり、児童である原告にとって、著しく公平性を欠き納得し難いものであり、ひいては原告の自尊心を傷つけるものであること、こうした指導を目の当たりにした他の児童にも「原告は注意をしてもよい対象である」という誤解を生じさせる危険もあるものであって、現に原告は他の児童から注意を受けるようになり、クラスの中で、「言う立場」と「言われる立場」という構造が作り出されてしまったものであることなどから、明らかに不適切なものというべきであって、教諭が児童に行うことの許される教育的指導の範囲を逸脱したものといわざるを得ない。

(3)原告を教卓の下に入れる行為について(本件指導F)
D教諭は、9月中旬頃から、原告が興奮状態になった際、原告に対し、教卓の下に入っても良い旨を伝えて教卓の下に入るよう促し、これを受けた原告が教卓の下に入り、D教諭がそのまま授業を継続するということが複数回あったものと認められる。D教諭は、興奮状態になった原告に対処するためにこのような本件指導Fを行ったものと解され、原告が興奮状態にあるのであれば、原告を落ち着かせるための対応を行う必要があったものというべきであるから、その目的自体は不適切なものとはいえない。

しかしながら、その指導の態様をみるに教卓の下の空間は、当然ながら本来は人が入るべきものではなく、椅子や机がないことはもちろん、その狭さゆえに足を折り曲げるなどの窮屈な姿勢を強いられることとなる空間である。このような空間に原告を入れるという行為は、それ自体懲罰的な色彩を帯びるものであるし、これが他の児童の注目を集める中で行われたことも加味すると、原告に羞恥心を抱かせるものであったともいえる。しかも、教卓の下からは黒板を見ることができず、D教諭は原告に教科書を持ち込ませることもしなかったというのであるから、原告が授業を受ける機会を奪うという側面も有し、懲罰的要素が更に付加されているともいえる。加えて、原告は当時、本件クラスにおいて「言われる立場」となっており、・・・上記指導はこのような原告の立場を更に固定化し、原告の自尊心を一層傷つけかねないものであったというほかない。

そうすると、D教諭の本件指導Fはその目的自体は不適切なものとはいえないものの、その態様において、上記のとおり、人が入るべきではない狭い空間での窮屈な姿勢を強いるものであり、懲罰的な色彩を帯びるものであること、これが他の児童の注目を集める中で行われたことで原告に羞恥心を抱かせるものであったこと、原告が授業を受ける機会を奪うという側面も有すること、本件クラスにおいて「言われる立場」となっているとの原告の立場を更に固定化し、原告の自尊心を一層傷つけかねないものであることなどから、明らかに不適切なものというべきであって、教諭が児童に行うことの許される教育的指導の範囲を逸脱したものといわざるを得ない。

(4)その他の争点について
D教諭による本件指導AからDまでの違法性は本件の結論を左右するものではないから、この点については判断の必要性がないこととなる。・・・また、E校長、F教頭及び、福岡市教育委員会の義務違反についても、本件の結論を左右するものではないから、これらの点についても判断の必要性がない。


4.コメント

本件は、小学校児童が、教員による違法な指導によって被害を受けたとして損害賠償を請求した事案である。判決は、教員の具体的な言動を詳細に検討したうえで、その一部について国家賠償法上の違法性を認め、請求を一部認容した。本件の特徴は、授業中に児童を静かにさせるという、教員にとって日常的な指導行為が違法と評価され得るかが争点となった点にある。この意味で本件判決は、教員の指導におけるどのような言動が違法と評価され得るのかを考えるうえで、実務上の重要な参照事例となるであろう。

ところで、本件のD教諭は、コロナ禍にあった2020年4月に新任の教員として採用され、直ちにクラスの担任を務めていた。このような状況の下で、学校の管理職はこの新任教員に対してどのような指導助言を行っていたのであろうか。

判決では、管理職がD教諭に対する指導監督の義務を果たしていたかどうかについての検討は行われていない。そのため、校長や教頭が具体的にどのような指導を行っていたのかは、判決文からは明らかではない。ただし、結果として不適切な指導を抑止できなかったことを踏まえると、指導監督体制が十分に機能していたとは言い難い。

こうした事情を踏まえると、本件を単に一教員の資質の問題として片付けるべきではない。むしろ、その背景には、新任教員の育成体制という教育現場が抱える構造的課題が存在すると捉えるべきである。

実際、全国的にみても、採用後1年未満で離職する新任教員の数は増加傾向にある。文部科学省の調査によると、その人数は2014年度の323人から、2024年度には897人へと、10年間で約3倍に急増している(公立学校教職員の人事行政状況調査における「正式採用とならなかった人数」)。離職する理由は多様であるものの、この傾向は、新任教員の育成体制に構造的な課題があることを示唆していると考えられる。


注目の教育裁判例
この記事では,公刊されている判例集などに掲載されている入手しやすい裁判例の中から,先例として教育活動の実務に参考になるものを選んでその概要を紹介しています。詳細については「出典」に示した判例集等から全文を参照してください。なお、「認定した事実」や「判決のポイント」の項目は、判決文をもとに、そこから一部を抜粋し、さらに要約したものですので、判決文そのものの表現とは異なることをご了承願います。



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