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TITLE:  福岡市立中学校教員不適切発言事件 ――「反対やないかタコ」
AUTHOR: 羽山 健一
SOURCE: 2026年8月1日
WORDS:  4646文字

[注目の教育裁判例]

福岡市立中学校教員不適切発言事件
――「反対やないかタコ」

羽 山 健 一


1.事案の概要

本件は、中学生であった本件生徒の父母である原告らが、担任であった教諭が本件生徒に対して侮辱的な発言をした上、他の生徒によるいじめを防止すべき義務を怠ったために本件生徒が社交不安障害等を発症して不登校となり、その後も適切な復学支援をしなかったために社交不安障害等の症状が悪化して自殺に至ったなどとして、学校を設置する被告に対し、損害賠償を求める事案である。判決は、本件発言の違法性を認め被告市に計約55万円の支払いを命じたが、本件発言と自殺の因果関係や、学校側の対応の違法性については認めなかった。

【対象事件】福岡地裁令和8年5月27日判決 【事件番号】令和5年(ワ)第4055号 【事件名】損害賠償等請求事件 【結果】一部認容・一部棄却 【出典】裁判所ウェブサイト


2.認定した事実

本件生徒は、平成30年4月に中学校に入学し、C教諭は本件生徒が1年生のときの担任教諭であった。原告は、本件生徒の父母である。

本件生徒は、同年5月、クラス内で実施されたQ−Uアンケートを受け、その結果は、友人、学習、教師及び進路に関する意欲が低く、総合的に学級満足度の低い「要支援群」に属するというものであった。本件生徒は、同年6月頃から、同級生に容姿を揶揄され、給食の配膳を受け取ってもらえないなどのいじめを受けるようになった。

C教諭は、同年8月31日、学級活動の時間において、本件生徒がしおりの表紙を逆向きにしてホッチキス止めをしていたため、本件生徒に対し、同級生の面前で「反対やないかタコ」と発言した(以下「本件発言」)。その後、本件生徒は、同級生から「タコ」とからかわれるなどのいじめを受けるようになった(以下「本件いじめ」)。

本件生徒は、同年9月4日、原告Bに対し、同級生から本件いじめを受けており登校をしたくない旨を伝え、原告Bは、同日、その旨を学校に連絡した。C教諭は、9月5日、本件生徒の自宅を訪問して本件生徒と面会し、4名の同級生(以下「本件同級生ら」)から本件いじめを受けている旨を聴取した。C教諭及び生徒指導担当教諭は、9月7日、本件同級生らに対して事実の確認及び指導を行い、本件同級生らは、同日、本件生徒に対して嫌な思いをさせたことを直接謝罪し、二度と嫌がらせを行わないことを約束した。また、C教諭も、同日、本件生徒に対して本件発言を行ったことを直接謝罪した。

本件生徒は、9月12日頃以降、学校に登校せず、または、登校してもクラスに入室せずにステップルームで過ごすようになり、同年10月3日以降、不登校となった。本件生徒は、10月18日から、心療内科への通院を開始し、主治医であるE医師は、傷病名を社交不安障害、自閉症スペクトラム障害及び注意欠陥多動障害(以下「社交不安障害等」)として精神療法を実施し(なお、本件生徒及び原告らには上記の傷病名は伝えられていない)、原告らに対し、本件生徒に無理に登校をさせないように助言をした。

本件生徒は、同年12月頃以降、夜間にインターネットゲームに興じるなどして昼夜逆転の生活をするようになり、平成31年1月頃には学校からの電話を嫌がる様子がみられるようになったが、家庭内では落ち着いて生活をしていた。

本件生徒は、平成31年4月、2年生に進級し、令和2年4月、3年生に進級した。この間、担任となったD教諭は、本件生徒が登校をしたり、D教諭との間で話をするような状況にはないことから、週1回程度、原告Bに来校してもらい、本件生徒の生活状況等を確認していた。本件生徒は、令和2年○月○日、自宅で自殺した。


3.判決のポイント
(本件発言と自殺との関係についての争点を中心に紹介する)

(1)本件発言の違法性
公務員である教諭が児童に対してした行為については、その行為の目的及び態様等に照らして、教諭が児童に対して行うことの許される教育的指導の範囲を逸脱したものと認められる場合には、当該教諭が当該児童に対して負担する職務上の注意義務に違反するものとして、国賠法上違法となるというべきである。

C教諭は、本件生徒がしおりのつづり方を誤っていることを指摘する目的で本件発言をしたものと認められ、その誤りを指摘すること自体は教育的指導の一環であるとはいえるものの、それを超えて本件生徒を「タコ」と呼ぶ必要はなかったのであり、その内容も本件生徒を侮辱するものであって不相当なものであったと認められる。加えて、入学当初に行われたQ−Uアンケートの結果、本件生徒は学級満足度の低い「要支援群」に属するものと評価され、C教諭もそのことを認識していたこと、本件発言が授業の最中に同級生らの面前で行われ、その後に本件生徒をタコと揶揄するいじめを誘発する態様のものであったことを併せれば、C教諭が本件発言をしたことは教育的指導の範囲を逸脱したものであり、C教諭が本件生徒に対して負担する職務上の注意義務に違反するものとして、国賠法上違法であると認められる。

(2)いじめ防止義務違反について
C教諭が原告Bから本件いじめの事実について連絡を受けるよりも前に上記事実を知っていたこと又はこれを知り得たことを認めるに足りる証拠はない。かえって、上記連絡を受けたC教諭が速やかに本件いじめをやめさせ、その再発を防止するために必要な措置を採ったと認められることからすると、C教諭は、上記連絡によって初めて本件いじめの事実を知ったものと認められる。そして、C教諭が上記措置を採った後に本件いじめが再発したことはうかがわれない。以上によれば、C教諭において、本件いじめがされていることを知り又は知り得たにもかかわらず、これを防止しなかったということはできず、その対応に国賠法上の違法があったとは認められない。

(3)本件発言と社交不安障害等の発症等との相当因果関係について
本件生徒には平成30年8月に本件発言がされるよりも前の時点から社交不安障害等の発症の兆候ないしその要因があったというべきである。そして、本件生徒の診療録には、初診時である平成30年10月18日の欄に「いじめがあった 謝罪されたが行けない」という記載がある一方、本件発言に関しては上記診療録に全く記載がない上、家庭内での原告らとの会話や心療内科での精神療法の過程においても本件発言について本件生徒が言及した事実はうかがわれないことからすると、本件発言が本件生徒に精神的苦痛を与えるものであり、本件いじめを誘発するものであったとしても、これが本件生徒にとって社交不安障害等を発症させる引き金となるほどの心理的な衝撃をもたらすものであったのかは必ずしも判然としない。以上に加え、・・・本件生徒は、入学当初より抱えていた進路選択に対する不安や恐れを高校進学が近づくにつれてさらに募らせ、これにより社交不安障害等の症状を悪化させた可能性があることを直ちに排除することができないというべきである。以上を総合すれば、本件発言と社交不安障害等の発症及び悪化との間に相当因果関係があることを認めることはできない。

(4)本件発言と自殺との相当因果関係の有無について
本件発言の内容及び態様に加え、自殺が発生したのは本件発言がされてから2年以上が経過した後であることも併せれば、本件発言と自殺との間に直接的な因果関係があるということはできない。また、一般に社交不安障害等は自殺の危険因子になるとされているものの、本件発言と社交不安障害等の発症等との間に相当因果関係があるとはいえないことは上記に説示したとおりであり、本件発言が社交不安障害等の発症等を介在させて間接的に自殺の発生に寄与したとみることもできない。以上によれば、本件発言と自殺との間に相当因果関係があることを認めることはできない。


4.コメント

本件は、教員の教育的指導の中で発せられた不用意な発言について、国家賠償法上の違法性が争われた事例であり、本判決は、教員の発言が教育的指導の範囲を逸脱する違法なものであると判断した。本判決は、教員の発言が体罰を伴わないものであったとしても、その内容や態様等によっては、国家賠償法上違法と評価され得ることを示した点に意義がある。

教員の懲戒行為の違法性について判断を示した先例として、天草市小学校事件(最高裁第三小法廷平成21年4月28日判決)がある。最高裁は、教員が男子の胸元をつかんで壁に押し当て、大声で叱った行為が、「その目的、態様、継続時間等から判断して、教員が児童に対して行うことが許される教育的指導の範囲を逸脱するもの」ではなく、学校教育法11条ただし書にいう体罰に該当せず、国賠法上違法とはいえないと判示した。

最高裁はその判断過程において、教員の行為の目的、態様、継続時間等を総合的に考慮し、教育的指導の範囲を逸脱するか否かによって違法性を判断するという枠組みを示した。天草市小学校事件は体罰該当性が主な争点となった事案であるが、この判断枠組みは、その後、体罰や懲戒の事案に限らず、教育的指導一般に関する事案においても、教員の行為や発言の違法性を判断する枠組みとして用いられており、先例として一定の意義を有すると解される。

本判決も、この最高裁の判断枠組みを踏襲している。近年の下級審裁判決においても、同様の判断枠組みを用いる例がみられる。たとえば、体罰に至らない有形力の行使と不適切な発言とが問題となった、熊本市立小学校暴言事件(熊本地裁令和5年2月10日判決)において、裁判所は、教員が児童の首元をつかんで押した行為、及び、「お前は、はっきり言ってクソだ」などと発言したことが、いずれも教員に許される教育的指導の範囲を逸脱する違法なものであると判断した。

また、福岡市立小学校不適切指導事件(福岡地裁令和8年1月20日判決)は、小学生が、担任教員から過度な叱責や不公平な指導、教卓の下に入らせるなどの不適切な指導を受けた結果、心的外傷後ストレス障害を発症したと主張して、慰謝料等を請求した事案である。裁判所は、担任教員による一部の指導について、教員に許される教育的指導の範囲を逸脱する違法なものであると判断した。

もっとも、この判断枠組みはあくまで違法性判断のための枠組みにすぎず、「教育的指導の範囲」の内容を一義的に明らかにするものではない。そのため、この枠組みを採用したとしても、教員の行為が違法であるか否かを画一的に判断できるものではない。最終的には、個々の事案に即して、教員の行為の内容、教育上の目的、態様などの諸要素を総合的に考慮して判断するほかない。



注目の教育裁判例
この記事では、公刊されている判例集などに掲載されている入手しやすい裁判例の中から、先例として教育活動の実務に参考になるものを選んでその概要を紹介しています。詳細については「出典」に示した判例集等から全文を参照してください。なお、「認定した事実」や「判決のポイント」の項目は、判決文をもとに、そこから一部を抜粋し、さらに要約したものですので、判決文そのものの表現とは異なることをご了承願います。



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