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◆199404KHK141A1L0189E TITLE: 大阪公立中学校の丸刈り強制廃止を求めて AUTHOR: 松浦 米子 SOURCE: 大阪高法研ニュース 第141号(1994年4月) WORDS: 全40字×189行
松 浦 米 子
93年4月、公立中学校に私服で通学をはじめた生徒が、学校から閉め出されたり、別室に隔離されたりしたことから、この生徒の親をはじめ7人のグループで、学校現場における子どもの人権問題に取り組む会を発足させることとなった。
その直後に「学校に不満をもっている中学生の会」(Junior-highschool Community −略称JHC−) が夏の交流集会を開催することとなり、急遽「JHCを支援するおとなの会」の名称で陰の協力をすることになった。この集会の案内が新聞に報道されたことで、問い合わせの電話が数本あり、その中に「市立桜宮中学校」男子生徒グループの「丸刈り強制廃止要求」があった。これをきっかけとして、市内の丸刈り強制中学校全廃を目標とする運動に取り組むこととなった。
8月9日、JHC夏の集会には桜宮中学校3年生男子グループ12人が、丸刈り強制の校則を廃止し、頭髪自由化を求める225人の生徒の意見を集めたノートをもって参加し、丸刈り拒否の理由と違反した場合に先生がバリカンで丸刈りにするなど体罰の実態を訴えた。
225人の署名の内訳は、3年生男子がほぼ2分の1、2年生男子と3年生女子が残る2分の1づつとなっている。意見の内容は、「校外でハゲとからかわれるのでいやだ」が圧倒的に多く、単に「ハゲ」と言われることから「恐喝」の対象とされることまで含まれている。「丸刈り」が非行防止の役にはたたないばかりか、かえって「服装」に関心が移るから頭髪以外に自己主張の場をつくることになると指摘している。つづいて、「散髪代や帽子代など余分な費用がかかる」「伝統だからというが、時代遅れである」「丸刈りを強制するなら先生も丸刈りに」などがあり、少数であるが、「髪形は自由だ、強制はいじめと同じ、人権侵害だ」と書いている。
男子生徒が短い言葉で怒りをぶつけているのに対して、女子生徒は比較的長い文で説得力のある意見を記している。
「丸刈りが良いという理由は何もない。納得いく説明をせよ」「女子との差をどう説明するのか」「外出する時に帽子で自分を隠さねばならないことをどう考えるか」「生徒を信頼してほしい。非行と丸刈りは関係ない」「生徒の意見を聞いて校則を見直すべき」「男子がいかに嫌がっているか、気持ちをわかってほしい。いやがることを強制するな」など伝統や校則による丸刈り強制を批判している。
これら全体の意見からは、中学生の人権感覚がそれほど充分に育っていないことが推測されるのではないだろうか。人権意識の芽はあるものの、それが学校生活の中で育てられないばかりでなく、抑圧されている。丸刈りを校則で強制し、校則に違反するとして教師がバリカンで丸刈りにすることを人権侵害であると捉えている生徒が少ないことは、家庭における人権感覚もさることながら、学校現場の人権感覚に影響されていると考えられる。このことは、桜宮中学校だけでなくすべての中学校の問題である。
私たちは、私服登校の場合の制服強要に加えて、丸刈り強制と校則違反に対する体罰としての丸刈りを学校生活における生徒の人権侵害と捉え、まず、大阪市内の丸刈り強制中学校をなくすことを目標に運動をすすめることにした。
折しも、JHCの赤松文相への要望書がマスコミを通じて大きく話題になったことが、この運動に相乗効果を発揮した。大阪府内の丸刈り強制中学校は15校あり、その内の13校が大阪市立中学校に集中していた。これは、市内23行政区で129校の市立中学校の内の約1割にあたり、想像以上に古い体質が残っていることに驚いた。
13校は、市内の9行政区にまたがり、いずれも古い居住地域の学校であることが共通していた。しかし、そのうちの半数近い学校が在日外国人の通学や同和推進など、人権教育が強調されている学校であることが2重の驚きであった。それ以外の学校は、都心部に近い場所にありながら3世代通学もある地域で、校長自身の出身校もあった。
13校の校長宛に会の趣旨と訪問の要望を記した書簡を発送し、電話で意向を打診した上で数人づつで合計9校を訪問し、校長に面談した。訪問しなかった4校は、実際に長髪が認められている1校、それほど厳しい強制でない学校が2校と、訪問時間のとれなかった1校である。
大阪市内の中学校では、「校則」という表現はあまり使われず、生徒手帳の「生徒心得」あるいは「学校生活のきまり」に記されていることを根拠としている。頭髪に関する記載は、「丸刈りとする。丸刈りを原則とする」が圧倒的に多く10校で、内1校が内規で「3枚刈り」となっている。他に「2枚刈り以内とする」の記述が1校、残る2校は、頭髪に関する文言が明記されていないが、入学式に校長の説明で丸刈りにしている学校と、生徒手帳のイラストを根拠にしている学校であった。
「丸刈りを原則とする」と記しながら全員に丸刈りを強制しているところ、「丸刈りとする」と記しながら、実際には長髪の生徒が通学している学校も3校あった。2校は学校側が理由を認めて許可しているケース(各1人)であったが、他の1校はいわゆるつっぱりグループであった。これらの矛盾や問題点も生徒側にとっては納得できないことであろう。
生徒手帳の「丸刈り、スポーツ刈りを原則とする」で、文字通り「原則」に留めている学校があり、私たちの取組みを機に学校側で調査したところ、スポーツ刈り60%、丸刈り20%、長髪20%であったとの報告を受けた。ちなみに、この学校ではほとんどの男子生徒がスポーツクラブ(部活動)に入っている。
「学校は集団の場である。集団生活にはルールが必要。ルールを無視して自分の都合を通すのはわがままである。まず、学校のきまりを守ることが先。守った上で意見を述べよ」が校長の共通した言い分であった。
丸刈りの強制は、単に丸刈りに留まらず「帽子着用」「ツメ襟学制服」と3点セットで守らされる。阪本秀夫氏が指摘されているように、これに合わせて「靴」「鞄」「靴下」「シャツ」が決められ、毎朝「遅刻」「あいさつ」と共に生活指導の対象となって校門でチェックされ、違反には指導、時には体罰が行われる。校長は、校門でのチェックと指導が学校の規律を守るために不可欠と考え、自ら生活指導担当の教師らと共に校門に立っているところも数校あった。
ここ10年ほどの間に、まず通学鞄(皮製)がスポーツバッグに変わり、夏冬兼用の通学帽を生徒が着用しなくなったことと相俟って多くの中学校では自然に長髪に変わっていったようであるが、生徒や親からというよりは教師集団から声が出されなかったところが現在まで残っていたのではないだろうか。現に、鞄や体育のジャージなどを決めていったのは体育や生活指導(同一人の場合が多い)の教師たちである。
校長は口を揃えて「地域の伝統であり、地域や保護者の要求を一方的に変えられない」というが、具体的な名前はでてこなかった。校長の言う「地域」は「地域振興会(町内会)の連合会長」「PTA会長OB」「議員」、あるいはその団体のことを指すようであるが、多少そういう場合があるにしても決定的な影響力ではないと考えられる。
上に述べたように、生活指導の熱心な学校ほどその方向転換が難しい。それまで一致団結して、校門で生徒の髪を指で挾み「長いぞ!」「伸びてるぞ!」と指導し、注意が重なると「反抗的」であると体罰を加えられたり、教師にバリカンで刈られたりしていることを、翌日から急に掌を返す指導はできないという校長もあった。校長の一言で丸刈り廃止にできる学校も数校あるようであったが、教師集団、とくに生活指導担当が大きく鍵を握っていると思われた。校長は大義明文があれば、いつでも生徒や保護者などとは関係なく変更できることは明らかであった。
従って、教師集団が生徒の人権尊重の立場から丸刈り強制廃止をすすめれば、また、生徒の自治を養成し、自主的な意見や行動を民主的に結実するよう助力すれば、丸刈り強制をまじめになって守らせることはないと考える。要は教師集団の人権感覚のありかたが丸刈り強制を支える大きな要素であった。
訪問した9月末の時点で各校の丸刈り強制見直しに対する姿勢は、「近い内に自由化する」が8校、「いまのところ丸刈りを廃止する気はない」が5校であった。廃止する必要がないと考える理由に、「生徒も親も納得しているので、違反者がない、自主的に丸刈りにしてくる。学校との信頼関係が確立している。中学校の3年間は丸刈りと認めている」などであったが、校長の一方的な思い込みか口実であり、生徒の思いを把握していないことが明らかであった。また、校長が「個人的に丸刈りが好き」も1校あった。
2学期に入り生徒会の後期役員立候補者の中には、丸刈り廃止を演説に盛り込む生徒もあった。問題の桜宮中学校では、民主的な手続きをということで、あらためて生徒会とPTAで意識調査が行われた。問題提起したグループからも生徒会の委員長に就任している。
しかし、せっかく集めた225の署名が生かされなかったことは、生徒の自治を考える上で問題ではないかと思う。225の署名をもって校長に丸刈り廃止を要求した時には、校長は「君たちの要求は生徒会に挙げるのが筋だ」と指示したものの、夏休み前の定例生徒会は2回とも開かれず、要求した生徒たちは「先生は口でうまいことを言ってあしらうだけ」と学校の対応に不信をもち、JHC集会の参加で学校の外へ訴えたものである。
マスコミの大々的な報道もあって、丸刈り強制に対する社会の批判的なムードも高まる中で、廃止への手続きがすすめられていった。
10月20日に、2校が丸刈り強制廃止になったことを皮切りに、11月1日には桜宮中学校が自由化になり、3学期を迎えた94年1月10日には1校が移行措置としてスポーツ刈りに、1校が自由化になった。さらに、2月1日に1校が丸刈り廃止になり、以上13校中約半数の6校が卒業式に間に合って、3年生の男子を喜ばせた。 残る7校の内、94年4月から廃止が5校、95年4月からの予定が2校となった。(3月30日電話で各校長に確認)
廃止の手続きとして、生徒会や保護者にアンケートをとっている学校が7校、生徒会で規定の文言や禁止事項などを決めたところは5校となっている。校長の裁量で廃止にしたところが2校。
改正後の生徒手帳の頭髪に関する記載は、「中学生らしい髪型にする」が2校、「長髪を認める(可とする)」が2校、内1校が「パーマ、染色、極端な長髪を禁止」と禁止事項が入っている。その他「勉強や運動のしやすい清潔な髪型にしよう」が1校、生徒手帳に記載はないが「清潔に」ということに合意して丸刈り廃止にした学校がある。
「頭髪は自由とする」と改正された学校はただ1校で、この学校は校長の裁量で決定している。「退職に際し、新学年の生徒たちに校則を守ったご褒美として自由化した」とのことであった。校長が、校則の内容を最終決定することの証しである。
1年後の95年4月に丸刈り廃止する予定の内1校は、95年4月から生徒数減少のため隣接2中学校が統合されることになっており、相手校が長髪のため95年4月を期に廃止にするということである。残る1校は、「髪型は個人の自由である」と個人的には言い、「うちの学校の生徒は丸刈りに対して無関心である。桜宮中学校のように生徒自身が意思表示をすれば考える」と訪問時に話した校長の学校で、地域から丸刈り強制反対の署名運動も起っているところである。
以上で、大阪市内から丸刈り強制中学校がすべて姿を消すことになったが、取組みを通して学校における教師側(管理職はもとより一般教員も)の人権意識が低いことが問題の解決に致命的であることを痛感した。
マスコミが文相の発言をとりあげるなど、報道を通じて批判的なムードが高まる反面、反対運動への批判や丸刈りを支持する論調も現れてきた。私たちの運動は、丸刈りを支持する人をけしからんといっているのではない。混乱の原因は、マスコミの報道が正確さに欠けたからであり、マスコミの人権感覚も問われるところである。
運動への批判として活発に出現したのは、大阪市立中学校の生活指導担当でもあり美術の教諭である河原巧氏であった。河原氏もまた運動の本質を取り違えている。「丸刈りは本音のところでは親が望む」からだと言い、この場合「ノイジー・マイノリティでなくサイレント・マジョリティの親の意向」であるが、「見直しのきっかけは校長や教師からで、生徒からの声ではない」と記している(「学校は甦るのか」JICC出版局)。子どもが自発的に何かをやるということはないと考えている。JHCの集会に対しても、当日参加もしないで「新聞に参加者が子ども20人おとな40人とある。これでは子どもが自主的ということに疑問である」とNHKに出演して話している。「教育基本法には、教育は国のための国民の育成を目的としているとうたっている。そのための集団教育」「文部大臣にいいつけて何とかしてくれというのは学校で強制されるのと同じではないか」「丸刈りを廃止しようとするなら、親はPTAの総会で発言して総会で決めるべき」などと発言している。
マスコミ報道は文部大臣の発言を引き出した効果はあったものの「ぞっとする」ばかりが印象に残り、丸刈りの是非に問題が歪曲されてしまった。極めつけは、毎日新聞12月2日「記者の目」の記事である。現場への取材もなく、文部省の代弁をし、河原巧氏の著書から「丸刈り廃止はこの学校の生徒なら大丈夫だと地域の信頼があってこそ」と引用して支持している。
また、国会の文教委員会で自民党の議員が「ぞっとする」発言で、スポーツ少年が落ちこんでいるから訂正してほしいと文相に要望した件にしても、「文相は前言を撤回し陳謝」したと報道され、丸刈り強制反対運動の盛り上がりに水をさすような記事になっている。これも議事録と比較してみると、正確でない。
河原氏の発言や著書は、現場の教師だから現場のことを最も理解しているとして管理職や生活指導の教師たちに大きく影響している。なぜ、教師たちは(管理職も教育委員会も)個人や家庭で決める範囲のものにまで踏み込んで一律の価値感を強制し支配することに心が傷まないのであろうか。どんな権限や権利があって、他人の服装や髪型を指定するか。生活指導と称して、生徒の身体や精神を傷つける権利があるのか。「丸刈りは生徒の人権を無視した校則だ。丸刈りを強制するのはいじめと同じだ」という桜宮中学校の署名の叫びをまじめに考えてほしい。 (以上)
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