■ 国定修身教科書(日の丸・君が代・靖国神社) 1920〜1942年 文部省




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尋常小学修身書 巻四 1937(昭和12)年 文部省発行
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[注: 戦前「君が代」に国歌という呼称がついた唯一の教科書。第4学年用]


第二十三 國歌

「君が代は、
  干代(ちよ)に
  八干代(やちよ)に、
   さざれ石の
 いはほとなりて、
  こけの
   むすまで。」

とほがらかに歌ふ聲が、おごそかな奏樂(そうがく)と共に、學校の講堂(かうだう)から聞こえて來ます。
今日は紀元節です。學校では今、儀式(ぎしき)が始まって、一同「君が代」を歌つてゐる所です。
どの國にも、國歌といふものがあつて、其の國の大切な儀式などのあるときに、奏樂に合はせて歌ひます。「君が代」は、日本の國歌です。我が國の祝日(しゆくじつ)や其の他のおめでたい日の儀式には、國民は、「君が代」を歌つて、天皇陛下の御代萬歳をお祝ひ申し上げます。
「君が代」の歌は、我が天皇陛下のお治めになる此の御代は、千年も萬年も、いや、いつまでもいつまでも續いてお榮(さか)えになるやうに。」といふ意味(いみ)で、まことにおめでたい歌であります。私たち臣民が「君が代」歌ふときには、天皇陛下の萬歳を祝ひ奉り、皇室の御榮を祈(いの)り奉る心で一ぱいになります。外國で「君が代」の奏樂を聞くときにも、ありがたい皇室をいたゞいてゐる日本人と生まれた嬉しさに、思はず涙が出るといひます。「君が代」を歌ふときには、立って姿勢(しせい)をたゞしくして、静かに眞心をこめて歌はねばなりません。人が歌ふのをきいたり、奏樂だけをきいたりするときの心得(こころえ)も同様です。
外國の國歌が奏せられるときにも、立つて姿勢をたゞしくしてきくのが禮儀です。




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初等科修身 二 1942(昭和17)年 文部省発行
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[注: 国民学校初等科修身 第4学年用]


 二 「君が代」

君が代は
  ちよにやちよに
    さざれ石の
いはほとなりて
  こけのむすまで

この歌は、
「天皇陛下のお治めになる御代は、千年も萬年もつづいて、おさかえになりますやうに。」といふ意味(いみ)で、國民が、心からおいはひ申しあげる歌であります。
 「君が代」の歌は、昔から、私たちの先祖(せんぞ)が、皇室のみさかえをおいのりして、歌ひつづけて来たもので、世々の國民のまごころのとけこんだ歌であります。
 祝日(しゅくじつ)や、おめでたい儀式(ぎしき)には、私たちは、この歌を聲高く歌ひます。しせいをきちんと正しくして、おごそかに歌ふと、身も心も、ひきしまるやうな氣持になります。
 戰地で、兵隊さんたちが、はるかに日本へ向かつて、聲をそろへて、「君が代」を歌ふ時には、思はず、涙が日にやけたほほをぬらすといふことです。
 また、外國で、「君が代」の歌が奏されることがあります。その時ぐらゐ、外國に行つてゐる日本人が、日本國民としてのほこりと、かぎりない喜びとを感じることはないといひます。




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尋常小学修身書 巻四  1920(大正9)年 文部省発行
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 第三 靖國神社

靖國神社は東京の九段坂の上にあります。この社(やしろ)には君のため國のために死んだ人々をまつつてあります。春〔四月三十日〕と秋〔十月二十三日〕の祭日には、勅使をつかはされ、臨時大祭には天皇・皇后両陛下の行幸啓(ぎょうかうけい)になることもございます。君のため國のためにつくした人々をかやうに社にまつり、又ていねいなお祭をするのは天皇陛下のおぼしめしによるのでございます。わたくしどもは陛下の御めぐみの深いことを思ひ、こゝにまつつてある人々にならつて、君のため國のためにつくさなければなりません。




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初等科修身 二 1942(昭和17)年 文部省発行
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 三 靖國神社

 東京の九段坂の上に、大きな青銅の鳥居が、高く立つてゐます。その奥に、りつぱな社が見えます。それが靖國神社です。
 靖國神社には、君のため國のためにつくしてなくなつた、たくさんの忠義な人びとが、おまつりしてあります。
 毎年春四月三十日と、秋十月二十三日には例大祭があつて、勅使が立ちます。
 また、忠義をつくしてなくなつた人々を、あらたにおまつりする時には、臨時大祭がおこなはれます。その時には、天皇陛下が行幸になり、皇后陛下が行啓になります。
 お祭の日には、陸海軍人はいふまでもなく、参拝者が引きもきらず、あの廣いけいだいが、すきまのないまでになります。
 君のため國のためにつくしてなくなつた人々が、かうして神社にまつられ、そのおまつりがおこなはれるのは、天皇陛下のおぼしめしによるものであります。
 私たちの郷土にも、護國神社があつて、戦死した人々がまつられてゐます。
 私たちは、天皇陛下の御恵みのほどをありがたく思うふとともに、ここにまつられてゐる人々の忠義にならって君のため國のためにつくさなければなりません。




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初等科修身 一 1942(昭和17)年 文部省発行
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 十六 日の丸の旗

 どこの國でも、その國のしるしとして、旗があります。日本の旗は、日の丸の旗です。朝日が、勢よく、のぼって行くところをうつした旗です。
 若葉の間にひるがへる日の丸の旗は、いかにも明かるく、海を走る船になびく日の丸の旗は、元気よく見えます。
 青くすんだ空に、高々とかかげられた日の丸の旗は、いかにもけだかく、雪のつもった家の、軒先に立てられた日の丸の旗は、何となく暖く見えます。
 日の丸の旗は、いつ見ても、ほんたうにりっぱな旗です。
 祝祭日に、朝早く起きて、日の丸の旗を立てると、私どもは、
 「この旗を、立てることのできる國民だ。」
 「私たちは、しあはせな日本の子どもだ。」
と、つくづく感じます。
 日本人のゐるところには、かならず日の丸の旗があります。どんな遠いところに行ってゐる日本人でも、日の丸の旗をだいじにして持ってゐます。さうして、日本の國のおめでたい日や、記念の日には、日の丸の旗を立てて、心からおいはひをいたします。
 敵軍を追ひはらって、せんりゃうしたところに、まっ先に高く立てるのは、やはり日の丸の旗です。兵士たちは、この旗の下に集まって、聲をかぎりに、「ばんざい。」をさけびます。
 日の丸の旗は、日本人のたましひと、はなれることのできない旗です。



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<参考文献>
歴史教育者協議会編『新版 日の丸・君が代・紀元節・教育勅語』地歴社(1981年)
村上重良『靖国神社』岩波ブックレット57号23頁(1986年)





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