■ 学習指導要領一般編(試案) 昭和22年3月20日 文部省



学習指導要領 一般編(試案)
昭和二十二年度
文部省
(抄)

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目次

序論
 一、なぜこの書はつくられたか
 二、どんな研究の問題があるか
 三、この書の内容

第一章 教育の一般目標

第二章 児童の生活
 一、何故児童の生活を知らなくてはならないか
 二、年齢による児童生活の発達

第三章 教科過程
 一、教科課程はどうしてきめるか
 二、小学校の教科と時間数
 三、新制中学校の教科と時間数

第四章 学習指導法の一般
 一、学習指導は何を目ざすか
 二、学習指導法を考えるにどんな問題があるか
 三、具体的な指導法はどうして組みたてるべきか

第五章 学習結果の考査
 一、なぜ学習結果の考査が必要か
 二、いかにして考査するか
 附.予備調査及び知能検査
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 序 論

一 なぜこの書はつくられたか

 いまわが国の教育はこれまでとちがった方向にむかって進んでいる。この方向がどんな方向をとり,どんなふうのあらわれを見せているかということは,もはやだれの胸にもそれと感ぜられていることと思う。このようなあらわれのうちでいちばんたいせつだと思われることは,これまでとかく上の方からきめて与えられたことを,どこまでもそのとおりに実行するといった画一的な傾きのあったのが,こんどはむしろ下の方からみんなの力で,いろいろと,作りあげて行くようになって来たということである。
 これまでの教育では,その内容を中央できめると,それをどんなところでも,どんな児童にも一様にあてはめて行こうとした。だからどうしてもいわゆる画一的になって,教育の実際の場での創意や工夫がなされる余地がなかった。このようなことは,教育の実際にいろいろな不合理をもたらし,教育の生気をそぐようなことになった。たとえば,四月のはじめには,どこでも桜の花のことをおしえるようにきめられたために,あるところでは花はとっくに散ってしまったのに,それをおしえなくてはならないし,あるところではまだつぼみのかたい桜の木をながめながら花のことをおしえなくてはならない,といったようなことさえあった。また都会の児童も,山の中の児童も,そのまわりの状態のちがいなどにおかまいなく同じことを教えられるといった不合理なこともあった。しかもそのようなやり方は,教育の現場で指導にあたる教師の立場を,機械的なものにしてしまって,自分の創意や工夫の力を失わせ,ために教育に生き生きした動きを少なくするようなことになり,時には教師の考えを,あてがわれたことを型どおりにおしえておけばよい,といった気持におとしいれ,ほんとうに生きた指導をしようとする心持を失わせるようなこともあったのである。
 もちろん教育に一定の目標があることは事実である。また一つの骨組みに従って行くことを要求されていることも事実である。しかしそういう目標に達するためには,その骨組みに従いながらも,その地域の社会の特性や,学校の施設の実情やさらに児童の特性に応じて,それぞれの現場でそれらの事情にぴったりした内容を考え,その方法を工夫してこそよく行くのであって,ただあてがわれた型のとおりにやるのでは,かえって目的を達するに遠くなるのである。またそういう工夫があってこそ,生きた教師の働きが求められるのであって,型のとおりにやるのなら教師は機械にすぎない。そのために熱意が失われがちになるのは当然といわなければならない。これからの教育が,ほんとうに民主的な国民を育てあげて行こうとするならば,まずこのような点から改められなくてはなるまい。このために,直接に児童に接してその育成の任に当たる教師は,よくそれぞれの地域の社会の特性を見てとり,児童を知って,たえず教育の内容についても,方法についても工夫をこらして,これを適切なものにして,教育の目的を達するように努めなくてはなるまい。いまこの祖国の新しい出発に際して教育の負っている責任の重大であることは,いやしくも,教育者たるものの,だれもが痛感しているところである。われわれは児童を愛し,社会を愛し,国を愛し,そしてりっぱな国民をそだてあげて,世界の文化の発展につくそうとする望みを胸において,あらんかぎりの努力をささげなくてはならない。そのためにまずわれわれの教壇生活をこのようにして充実し,われわれの力で日本の教育をりっぱなものにして行くことがなによりたいせつなのではないだろうか。
 この書は,学習の指導について述べるのが目的であるが,これまでの教師用書のように,一つの動かすことのできない道をきめて,それを示そうとするような目的でつくられたものではない。新しく児童の要求と社会の要求とに応じて生まれた教科課程をどんなふうにして生かして行くかを教師自身が自分で研究して行く手びきとして書かれたものである。しかし,新しい学年のために短い時間で編集を進めなければならなかったため,すべてについて十分意を尽くすことができなかったし,教師各位の意見をまとめることもできなかった。ただこの編集のために作られた委員会の意見と,―部分の実際家の意見によって,とりいそぎまとめたものである。この書を読まれる人々は,これが全くの試みとして作られたことを念頭におかれ,今後完全なものをつくるために,続々と意見を寄せられて,その完成に協力されることを切に望むものである。

二 どんな研究の問題があるか

 いま述べたように,教育をその現場の地域の社会に即し,児童に即して,適切なものにして行くためには,いったいどんなことを研究して行ったらよいであろうか。
 まず第一に考えられることは,教育がその目標に達するように学習の指導をしようとすれば,わが国の一般社会,ならびにその学校のある地域の社会の特性を知り,その要求に耳を傾けなくてはならない。ここに一つの研究問題がある。
 次に問題になるのは現実の児童の生活である。このことはだれでもすでに知っているように,児童は身ぢかな見なれたことを基にして新しいことを学びとって行くものである。また学習が十分な効果をあげるには,児童が積極的にみずからこれを学ぶのでなければならない。だから児童の生活から離れた指導は,結局成果を得ることはできない。この意味において,教師が児童の指導をするにあたって,その素材を選ぶためには,児童の興味や日常の活動を知ることが欠くことのできないところである。本書ではこの点を考えて,児童の活動や興味についての手がかりを得ることができるように,後に見るように,児童生活のあらましについてのべることにした。しかし,これはまだ決して完全なものではなく,一つの試みとしてのべたに過ぎないのであるし,そのうえ児童の生活は地域地域によって多かれ少なかれ違ったものを持っている。だから教師各位は,これにとらわれることなく,その地域の児童の生活の実情について,これをつかまえることに努力してもらいたい。そしてその適確なもの―すなわち児童の指導にあたって効果をあげるに役立ったもの―については,これを大小となく報告をされたい。これによってわれわれは近い将来において児童の発達に応じた活動を豊かにこの書におりこむことができるようになると思う。ここにまた一つの研究問題がある。
 このようにして,教材についての研究が進められたとしても,学習指導の研究がそこに止まってならないことはいうまでもない。すなわち次にはこれらをどうしたら児童がよく学んで行くことができるかを研究してみなくてはならない。たとえ教材が適切であっても指導の方法がよろしくなければ,とうていその効果をあげることはできない。そこで教師は学校の設備や教具について考え,その地域の児童の生活を知って,それらの上に方法を工夫しなければならない。これまでわが国の学校で行われていた指導法は,ともすると単純できまりきっていて,豊かな児童の生活の動きや,その地域の自然や社会の特性や,学校の設備などが生かされていないうらみがあった。われわれは,もっといきいきした豊かな方法を地域に即し,学校に即し,児童に即して研究しなくてはならない。ここにも研究の問題がある。この書は,このような工夫の参考にと思って指導方法の一般的なものについて述べたが,もとより完全なものではない。教師各位は現場の経験にもとづいていっそう適切な指導法を工夫することがたいせつである。
 このようにして,教材の研究も方法の研究もきわめて必要であるが,それが単なる思いつきや主観的なものであってはならないことはもちろんである。その研究がいつも確実な基礎を持った科学的な考え方でなされなくてはならない。それには特に指導の結果を正確にしらべて,そこから教材なり指導法なりを吟味することがたいせつである。つまり正確な指導結果の考査によって教材や指導法の適不適をしらべる材料を得て,これによって進めていくことが必要なのである。しかもこの考査によって,児童もまた,自分が学習の目的にどの程度近づいたかを知って,みずからの学習について反省の資料を得ることができるのである。ここでわれわれはどうしたら学習の結果を正確にしらべることができるかを研究する必要がある。この書はこの点についても一応その方法を述べたのであるが,教師各位はこれを参考にされて,もっと適切な方法を工夫して指導をいっそう効果あるようにする資料とされたい。

三 この書の内容

 以上のような趣旨でこの書は上に述べたような研究への手びきとなるためにつくられたのである。
 そこで次にまずその一般論として,今日のわが国の社会のありさまからみて,どんな教育の目標が考えられるべきかを述べ,新しい教科課程をかかげ,それとともに児童生活の発達と指導方法の一般ならびに指導結果の考査法とを,概説することとした。
 各教科の指導要領ではそれぞれの教科の指導目標と,その教科を学習して行くために働く児童の能力の発達を述べ,教材のたての関係を見るための単元の一覧表をかかげ,その教科の指導法と指導結果の考査法とを概説することにした。そして各学年の指導内容については単元を分けて,その目標,指導方法,指導結果の考査法について参考となる事項をあげておいた。
 これまでもしばしば述べたように,この書は不完全ではあっても,このようなことについての現場の研究の手びきとなることを志したのであって,その完成は今後全国の教師各位の協力にまたなくてはならない。そのために別に現場の経験や意見を報告していただく報告票を刊行することになている。各位はこれによって本書の改訂に協力していただきたい。この幼い研究の手引きが,各位の協力によって将来健康に成長することを確信して,この書をお手もとにとどける。切に熱心な研究と協力とを望む次第である。

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第一章 教育の一般目標

 わが国の教育の根本的な目的は,教育基本法のはじめに示されているとおりである。われわれは教育のすべての営みによって,このような目的を逹することに努めなくてはならないのである。ただここで当面している,学習の指導といった問題に関係してみると,これをもっと具体的な形で,しかも今日の社会状態に応じてこまかく考える必要がある。このような意味において国民一般の教育について具体的な教育の目標を考えると,次のようなことがあげられる。

一 個人生活については

1.人の生活の根本というべき正邪善悪の区別をはっきりわきまえるようになり,これによって自分の生活を律して行くことができ,同時に鋭い道徳的な感情をもって生活するようになること。
2.自然と社会とについての見方考え方を科学的合理的にし,いつもこれらについて研究的に学んで行こうとする態度を持ち,またこれによって科学的知識を豊かにして行くようになること。
3.国語を正しくよく話し,かつきくことができるとともに,また正しくよく読み,綴り,書く能力を持つようになること。
4.宗教的な感情の芽ばえをのばして行くこと。
5.文学,芸術,あるいは自然の美を感ずることができるとともに,これらについての表現力を持ち,高雅な趣味を持つようになること。
6.勤労することを喜びかつこれを尊び,みずから進んでこれにうちこむ態度を持つようになること。
7.健康を保ちかつ進めるための進歩した生活の習慣と態度とを養い,そのために必要な考え方と知識とを持ち,また公衆衛生についての理解と態度とを持つようになること。

二 家庭生活については

1.家族を敬愛し,家庭生活の倫理的秩序を重んじ,これを維持し,かつ進歩させる態度を持つこと。
2.家庭生活について,清らかな理想を持ち,これを実現するにつとめる一方,その生活を民主的にし,かつ楽しく明るくして行く態度を持つようになること。
3.家庭生活の営みを科学的合理的に考え,これを能率的にする知識と技能とを身につけ,これによってその生活を向上させることができるようになること。

三 社会生活については

1.広く人類を愛し,他人の自由を尊び,人格を重んずるとともに,他人をゆるしその意見を尊重する態度を持つようになること。
2.人間はみな社会の一員として社会生活を営んでいることを理解し,社会のなりたちと理想とをわきまえるようになること。
3.社会生活を発展させる根底となる責任感を強くし,何事についても,まず生活をともにする人々のことを考え,力を合わせてともに働き,またともに楽しむ態度を持つようになること。
4.礼儀は社会生活の基礎であることを自覚し,これを重んじみずから実行するようになること。
5.社会正義とはどんなことであるかを理解し,これについて敏感になるとともに,そのために努力するようになること。
6.政治とはどんなことであるか,いかにあるべきかを理解し,ことにその根本を示す新憲法の精神を理解するようになること。
7.社会進歩の基になる伝統がどんなものであるかを知り,これを尊び,その保持につとめる一方,進んで国家社会の進展につくすようになること。
8.法律を尊びこれをどこまでも守って行くようになること。
9.広く世界の歴史,地理,科学,芸術,道徳,宗教などの文化についてその特性を理解し,世界とともに平和をきずき,国際的に協調して行く精神を身につけること。

四 経済生活および職業生活については

1.経済生活を営んで行くために必要な知識を身につけると同時に,経済生活を良心的に営む態度を持つようになること。
2.新しい日本の産業の発展につくすことができるような科学の応用力と,これを発展させないではおかない熱意とを持つようになること。
3.社会に生活するものにとって,意義ある職業を営むことが欠くことのできないことを理解し,その貴さを自覚し,これにうちこむ態度を持つようになること。
4.職業にはどんなものがあるか,それらの職業についてどんなことが要求されているか,それを営むにはどのようなことがたいせつか,などについて理解するようになること。
5.職業生活を営む上に必要な知識,技能を身につけ,これについての研究的な態度を持ち,これによってその能率を高めて行くことができるようになること。
6.消費生活の規準を知り,生計を工夫し,物をたいせつにし,これによって生活が苦しくてもこれにうち勝って行くことができるようになること。

 およそこれらの目標はこの書の編集委員会が,いまわが国の社会の状態と,これから向かって行くべき方向について,いろいろ考え合わせて,その規準となるべきことをあげてみたものである。これらについてはなお補足すべきことがあるかもしれない。ことに地方の実情によっては,これらのうちで特に重んずべきものがあろうし,また加えなくてはならないことがあろうと思う。これらについてはよく考えをめぐらし,また地方の有職者の意見をきいて,これを吟味してそこによりいっそう地方の実情に即した目標を定めて,教育の内容や方法を考えて行く出発点とすべきである。






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