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◆199201KHK114A3L0150J TITLE: パソコン導入の留意点 AUTHOR: 羽山 健一 SOURCE: 『月刊生徒指導』1992年1月号(学事出版) WORDS: 全40字×150行
羽 山 健 一
はじめに
「読み・書き・パソコン」と言われるように、学校におけるコンピュータ利用は今や「時代の趨勢」となっているといってもよい。授業をコンピュータとの対話によって進めるCAIや、授業を支援するためにコンピュータを利用するCMIといった形でその導入が進み、情報処理教育も行われ始めている。そのため教師もコンピュータについての知識や能力を身につけることが求められている。ところが、これまで、教育の場でいかにコンピュータを有効に活用するかということについて技術的に述べた著書や報告は多数書かれているが、コンピュータの導入に伴う諸問題について書かれたものは少ない。そこで、ここでは、教師が学校で組織的に、コンピュータとくにパソコンを導入して、成績処理その他の事務処理を行う上で留意すべき点を整理してみることにする。
パソコンの活用分野には次のような例がある。@入学者選抜事務 A学級編成事務 B授業時間割編成事務 C成績処理 D進路関係データ処理 E保健・運動関係データ処理 F図書貸出事務 これらの多くはパソコンで処理することによって事務の能率化が図ることのできる分野であると思われる。しかし、これらの分野で何を教師が行い、何をパソコン処理するかを見極めておかなければならない。どこまでパソコンにやらせるかについて、これまで技術的にのみ論議されてきた。おうおうにして、パソコンに精通した教師は、技術的興味から必要性の乏しい処理でもシステム(パソコン処理する事務の体系)に組み込もうとする傾向がある。パソコン処理してはいけないことがらや、望ましくないものもある。成績その他の能力について順位や偏差値を算出することは、手作業では困難であるが、パソコンを用いればいとも簡単にできる。しかし、その順位や偏差値が教育的に必要なものであるか、また有用なものであるかについて、あらためて検討しておく必要がある。
パソコン導入にあたり、その操作に慣れることも大切であるが、システムの基本設計の策定が先決問題である。それは、誰が何のために、何をどのように機械化していくかという、パソコン利用についての基本的な利用の哲学が検討されなければならないということである。そのうえで、誰がプログラムを開発し、どのような方式で入力し、どのような処理をパソコンに行わせ、どのようなデータを出力するかを判断していくことになる。その際パソコン導入に即応した校務分掌の再編成も必要となる。このシステムの基本設計について、教職員の間で、十分時間をかけて徹底的に協議し、その合意のもとにパソコンの導入をはかるべきである。これを抜きに、管理職と一部の教師によって、トップダウン方式で導入した場合には、後にみるような様々な問題が生じる。
コンピュータ処理の場合は、データを、大量、不可視、迅速に処理するために、システムがダウンしたり、誤ったデータが入力されたり、データが棄損したときには、マニュアル処理(手作業による処理)に比べ、他に及ぼす影響が大きい。そのため、パソコン処理を行うにあたっては、データの漏えい・破壊・改ざん・不正アクセス、システムの操作ミス・誤動作等から、データやその他のコンピュータ資源を保護し、システムの正常な機能を維持し安全性を確保しておく(コンピュータ・セキュリティ)対策を講じておく必要がある。この対策は多岐にわたるが(総務庁行政管理局編『情報システム安全対策ガイドライン』大蔵省印刷局)、学校においても、少なくとも次のような対策を講じておくべきであろう。
(1) 電算室の入退室管理
「わが校もパソコンを導入した」と誇り、それを示すために、校舎内の最も目だつ場所に電算室を設け、「電子計算室」といった表示をしている例があるが、セキュリティの観点からすれば、危険極まりない。パソコンやその関連設備の所在は明示してはならず、不特定多数の者が出入りする職員室などにパソコンを設置することも適切ではない。これは情報の漏えい・不正アクセスの原因ともなる。処理を行う部屋の入退室は教職員に限り、生徒及び部外者の入室を禁止するべきである。また、教職員以外の入室を未然に防止するため、「電子計算室」といった表示は避けるべきである。このような名称であれば、生徒でなくとも一度は入ってみたくなるものである。
(2) 磁気ファイルの管理
大量の情報が、3・5インチ、5インチといったひじょうに小さなフロッピーディスクに記録されていることが多い。「コンピュータ殺すにゃ刃物はいらぬ、強力磁石があればいい」と言われるように、このような磁性体は磁気に弱く、わずかな傷がついただけでも読み取り不能になることがある。学校において気を付けたいのは、マグネットを使用した文具である。ましてや、フロッピーディスクにお茶などをこぼせば、何時間もかけて作成したデータを一瞬のうちに失ってしまうことになる。また、廉価なハードディスク(固定ディスク装置)が出回っているが、これもその構造上、振動や衝撃に弱く安全性に問題がある。アメリカの諺では「コンピュータユーザーには2種類の人がいる。大切なファイルを失った人と、これから失う人」といわれている。つまりこれはファイルはなくなる運命にあるということである。したがって、セキュリティを考えるときに、まずやらなければならないのは、バックアップ(予備、控え)の作成であろう。
フロッピーディスクは簡単に持ち出せるだけでなく、瞬時のうちにコピーできる。また消去したはずのデータでも復元できることがある。したがって、ディスクの管理責任者を決め、その保管、受渡し、廃棄の方法を定めるとともに、その外部への持ち出し、コピー等についての制限を設けておくべきである。
(3) 入出力帳票の管理
入力用の原票、プリントアウト(印字出力)した帳票の、受渡し、廃棄等の取扱方法を定め、遵守することが必要である。また、プリントアウトしたデータの様式・内容が間違えていないかを確認する手続きを定めておくことも重要である。これに関連して、以前、会計監査院職員約一二〇〇人分の給与明細書が捨てられているものが見つかったことがある(一九八七年一〇月)。これは、給与明細書の作成を委託されたコンピュータ会社の元社員が、明細書のミスプリントをメモ用紙にと持ち帰って捨てたものであった。ミスプリントの処置についても注意が必要である。
(4) オペレーション管理
学校ではどの教職員でもパソコン処理ができるようにするため、ディスクを入れれば、プログラムが自動的に起動するように設計していることが多いが、これは不正アクセスを招く危険性がある。そこで、パスワード(利用者コード)を設定する等の対策が必要である。パソコンをめぐるトラブルで圧倒的に多いのが操作ミスやである。この操作ミスによって大量のデータを一瞬のうちに失うことがある。パソコンに不慣れな教師が操作を行う場合には、プログラム開発者が想像もできないようなミスを犯すことがある。操作ミスといえばユーザー(操作者)が悪いとされがちであるが、必ずしもユーザーの責任に帰するだけでは解決しない問題も多い。教師が操作ミスを犯すのは当然のことであると考えなければならない。操作に慣れている教師についても、データ入力作業のミスは避けられない。専門のパンチャーは同じデータをそれぞれ別の人が打って比較し、これらがマッチして初めて更新をかけるためにパンチミスはほとんどないと言われている。学校で入力専門職員を雇うことは困難であるので、OCR(光学文字読み取り装置)などのを用いて機械入力することが最善である。手作業による入力しかない場合には、入力データの正確性を確認し、入力作業のミスをチェックする機能や手続きを設けておかなければならない。
パソコンによる処理が進むにつれて、生徒の個人情報が漏えいしたり、盗用されたり、誤った情報によって生徒が被害を被る機会が増えることは否定できない。このようなプライバシーの危機に対して、「自己に関する情報の流れをコントロールする権利」としての現代的プライバシー権の保障が、パソコン導入にあたっての課題とされなければならない。プライバシー保護対策のあり方については、OECDの八原則や行政管理庁プライバシー保護研究会の五原則が有名であるが(拙稿「個人情報にご用心」月刊生徒指導一九九一年一一月号、学事出版)、ここでは簡単にその要点のみを揚げておく。
@どのような情報が収集・保管されているかを公示する、A収集目的の明確化、Bセンシティブデータ収集の原則禁止(センシティブデータには、思想・信条・宗教に関する事項の他に、人種・門地・身体・犯罪歴・病歴などの社会的差別の原因となる事実に関する事項、政治的権利の行使に関する事項などがある)、C本人から直接に収集するという原則、D目的外利用・外部提供の禁止、E個人情報のオンライン結合による提供の禁止、F適正保管の原則、G情報の委託処理の制限、H自己情報の開示請求権・訂正請求権・目的外利用等の中止請求権の保障。近年、生徒のデータベースを作り、これまで各分掌でバラバラに収集していた生徒の情報を結合したり、それを用いて各種の因子分析を行うパソコンの活用例が報告されている。しかしこれは、生徒の自己情報コントロール権の保障上問題が多い。
自己情報に関する権利については、昨年、個人情報保護審査会において、内申書の開示を認める答申(高槻市)や、体罰自己報告書の訂正請求を一部認める答申(川崎市)が出されている。
機械は故障するのが必然であり、したがってパソコンも故障する。また、プログラムは一度作れば永久に使えるというものではない。学校では毎年学級編成が変わり、転入や転出・退学等の変動もある。さらに、学習指導要領等の法令・例規が改正されたり、教育課程が改訂されることもある。これらの変動に対応して、プログラムの修正追加(メンテナンス)が必要となる。この他に、@パソコンの使い方を改善する、Aパソコン処理の範囲を拡大する、B新規事務処理を加える、C高性能の新機種に置き換える等の場合にもメンテナンスが必要である。これらの変動が生じないときにも、ソフトウェアにはバグ(プログラムミス)が付きものであり、常にバグの発見と除去に努めなければならない。このようにプログラムは開発すれば終わりというのではなく、恒常的なメンテナンス体制をとらなければならない。
ところが現実には、学校のOA化は、コンピュータについての知識を持った特定の教職員によって支えられている場合が多い。そしてOA化に関する業務が彼らの個人的な意欲や興味などに負っているのである。一般にシステムの稼働には、@SE、Aプログラマー、Bオペレーター、Cキーパンチャー、Dスケジューラー、Eライブラリアン、等の各種の要員を必要とする。これらの大半の役割をごく小数の教職員が引き受けているのである。このままでは、石川島播磨重工のコンピュータ関連職員の集団スピンアウト(流出)の例を挙げるまでもなく、特定の教職員の転勤によって、たちまちパソコンは「役に立たない高価な箱」になってしまう。こうした事態を回避するためには、システムの開発を組織的に行い、開発したプログラムをブラックボックスとせず学校内でプログラムを読むことができる能力を持った要員を確保することが必要である。要員の育成をはかるためには、体系的なコースを用意した研修を継続的に実施する必要がある。そしてそこには、先に述べたセキュリティやプライバシー保護についての研修を含めるべきである。それとともに、組織的な体制が整わない間は、複雑なプログラムは作らないようにしたい。本来プログラムの開発、研修制度の整備は教育委員会が行うべきものであり、人事制度においても、コンピュータ要員の定着に格別の配慮を行わなければ、この問題の解決は困難であろう。
<参考文献>
貝沼・高村編『自治体情報政策の展開上下』自治体研究社
野中貞亮『OAの導入と展開』日本経営出版会
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