◆200508KHK221A2L0530AB
TITLE:  規制改革と教育改革
AUTHOR: 羽山 健一
SOURCE: (2005年8月)
WORDS:  全40字×530行


規制改革と教育改革



羽 山 健 一



 はじめに


  近年の教育改革を主導しているのは、国家主義と市場主義の理念である。前者は共同体主義と相まって国家への貢献・奉仕を求め、市場主義による社会変革を補完するものであるが、これについては以前にまとめたのでここでは繰り返さない [1] 。後者の市場主義は、現在、経済財政の広範な分野で進行中のいわゆる構造改革の基盤となっている思想で、具体的にはサプライサイドの経済理論を指しているとみられる。今日の教育改革は、その審議過程から実施に至るまで、市場主義に基づいた構造改革の強い主導性の下に置かれており、ここ数年のあいだにその関係が明確になってきた。教育改革は、規制改革、地方分権改革、公務員制度改革等の一環として実施されているのである。ここでは、2001年から2005年の間に、規制改革に関する提言を取りまとめた総合規制改革会議ないし、規制改革・民間開放推進会議の答申を中心に、そこに現れた教育改革提言を概観したい。



1.規制改革、地方分権改革の経緯


  かつての第2次臨時行政調査会(1981〜1983年)は「許認可等の整理・合理化」を提言し規制緩和の論議を呼び起こした。その後、バブル崩壊後の経済混迷の中で、規制緩和による経済効果が期待されるようになり、1994年11月には行政改革委員会が設けられ、その中に規制緩和小委員会が設置された。その後、行政改革委員会の終了を受けて新たに規制緩和委員会が設置され(1998年1月)、それが規制改革委員会と改称された(1999年4月)。

(1) 規制改革委員会 (1999年4月〜2001年3月)

  規制改革委員会の検討対象は規制「緩和」に留まらない。同委員会の任務は、規制の緩和、撤廃及び事前規制型行政から事後チェック型行政に転換していくことに伴う新たなルールの創設、規制緩和の推進等に併せた競争政策の積極的な展開等について調査審議していくことであった。規制改革委員会は数次の見解を発表しているが、2000年の最終見解においては、教育の分野について初等中等教育に重点を置き、次のような提言を行った [2]
  @学校の個性化と学校選択の拡大(公立小・中・高等学校における通学区域の弾力化、学級編制と教職員配置の弾力化、障害児の就学決定、小・中学校の設置基準の明確化)、A個性・習熟度に応じた教育(習熟度別学習の導入、学習指導要領の性格、高校卒業段階における学力評価)、B教員養成、採用、評価等の改革(公立学校教員の養成・採用、公立学校教員の評価と処遇等、校長のリーダーシップの強化とその評価、条件附採用制度の運用改善)、C教育の情報化の促進。
  これらの提言の多くは現在までのあいだに実施に移されている [3]
  規制改革委員会は2001年3月に廃止されるが、その任務を受け継いで、同年4月、内閣総理大臣の諮問機関として内閣府に総合規制改革会議が設置された。2004年4月、それがさらに改称され、規制改革・民間開放推進会議となる。

(2) 地方分権推進委員会 (1995年7月3日〜2001年7月2日)

  地方分権推進委員会の役割は、@ 地方分権の推進に関する基本的事項について調査審議し、その結果に基づき、地方分権推進計画の作成のための具体的な指針を内閣総理大臣に勧告する、A 地方分権推進計画に基づく施策の実施状況を監視し、その結果に基づき内閣総理大臣に意見具申する、ことにある。同委員会は発足以来数回にわたる勧告(1次〜5次)、意見、報告(中間・最終)を提出しているが、その中で特に、機関委任事務の廃止、国庫補助負担金の整理、権限委譲、地方税源の充実、必置規制の見直し、市町村合併、等の提言が注目される。
  同委員会の提言のうち教育に関わるものは、中央教育審議会答申「今後の地方教育行政の在り方について」(1998年9月21日)に取り入れられ、その後の、いわゆる地方分権一括法(1999年7月16日公布)に盛り込まれ具体化された [4] 。このうち地教行法の改正については、教育委員会制度に関して、@教育委員6人制を可能とする、A委員長と教育長の兼任の禁止、B教育長を教育委員の中から任命することとし、文部大臣の承認制を廃止、C機関委任事務の廃止、D国による指導の任意性を明確化、などが盛り込まれた [5]
  地方分権推進委員会の役割は地方分権改革推進会議(2001年7月3日〜2004年7月2日)に引き継がれた。同会議は地方分権の一層の推進を図る観点から、内閣総理大臣の諮問機関として内閣府に設置されたものである。同会議は数回の意見を提出しているが、教育に関しては、2002年の意見において、@初等中等教育に関する国の関与の在り方、A義務教育費国庫負担制度の見直し、B国・地方の役割分担に応じた財政的措置の在り方、などを提言している [6] 。また、2004年の意見においては、@幼稚園・保育所の制度の一元化、A教育委員会の必置規制の弾力化、などについての提言を行っている [7] 。教育委員会の必置規制については、規制改革・民間開放推進会議において検討が続けられているので後述する。

(3) 経済財政諮問会議 (2001/01/06〜)

  経済財政諮問会議は、経済財政政策に関し、民間有識者の意見を政策形成に反映させつつ、内閣総理大臣がそのリーダーシップを十分に発揮することを目的として、2001年1月6日の省庁再編とともに、内閣府に設置されたものである。同年4月に成立した小泉首相の下で同会議の機能が本格化し、構造改革のグランドデザインや次年度予算編成の指針として、「経済財政運営と構造改革に関する基本方針」(いわゆる骨太の方針)の策定を行っている。この基本方針は、そのまま閣議決定され内閣の基本方針となる。同会議は、「改革なくして成長なし」というスローガンにみられるように、「長期にわたり低迷を続ける経済、金融機関の不良債権問題、大幅な財政赤字と膨張する政府債務など、経済財政全般の諸問題を構造改革を推進することによって克服する」ことを目指している(骨太の方針2002年) [8] 。そしてその構造改革の手法は、民間でできることは民間に委ね、政府機能を縮小し、自由な経済競争を促進しようとする、サプライサイドの経済理論に立脚しているとみられる。
  先にみた、総合規制改革会議、地方分権改革推進会議もこの2001年に発足しており、両会議とも、経済財政諮問会議の打ち出す基本理念に沿った政策提言を行っている。これらの会議は、いずれも内閣府に設置されており、民間委員に主導されて審議が行われ、その審議結果が内閣の基本方針となるという点で共通している。
  2002年の骨太の方針は、6つの戦略の1つに「人間力戦略」をあげて、教育についても具体的な改革提言を示している。そこでは、経済成長は結局は「人」に依存するから、個性や創造性のかん養を図る必要があるとして、そのために学校選択制度の推進、コミュニティ・スクールの導入、IT国民皆教育戦略、習熟度別少人数指導、英語が使える日本人の育成、教員評価制度の導入、奉仕活動・体験活動の推進などが必要であるとした。また、2004年の骨太の方針では、校長の権限強化と学校の外部評価の拡充、食育の推進などにもふれている。



2.規制改革・民間開放推進会議の教育改革提言


  2001年に設置された総合規制改革会議は2004年3月に終了し、4月1日、これにかわり、規制改革・民間開放推進会議が内閣府に設置された。同会議は2007年3月31日までの間、置かれることになっている [9] 。同会議は、構造改革を進める上で必要な事項を総合的に調査審議し、規制改革を一層推進するために設けられたもので、名称に「民間開放」という言葉が加えられたのは、医療・福祉・教育・農業などの公的関与の強い事業分野(官製市場)の民間企業への全面開放の必要性を強調するためであろう。
  ここでは総合規制改革会議(以下「改革会議」という)及び、規制改革・民間開放推進会議(以下「推進会議」という)が2001年から2005年までの間に提出した答申の中から、教育改革に関する提言を抽出しまとめてみる。両会議が発表した答申・提言は次のとおりである [10]
  これらの答申において提言された規制改革事項は、その着実かつ迅速な実施を図るために、政府によって「推進3か年計画」として取りまとめられ閣議決定される。そしてこの計画は新しい審議結果や実施状況を踏まえて毎年改訂されている [11]

(1) 基本認識

  規制改革を行うことの意義を整理すると次のようになる。@市場主義を徹底し、市場メカニズムを活性化させることによって、消費者が安価で質の高い多様な財・サービスを享受できるようにすること。A破綻状態にある財政や機能不全に陥った行政機構を立て直す行財政改革の実を上げること。すなわち、これは「官から民」「国から地方」というスローガンが意味するとおり「小さな政府」、「安価な政府」を実現することである。B経済活動を民間の自由な創意工夫に委ねることによって、需要が喚起され、また新規産業や雇用が創出されることをとおして、経済を活性化させること。
  答申において提言された規制改革事項は、おおむね次のような基本的認識に基づいている。

 @ 民間参入の拡大、新規事業の創出
  「民間でできることは、できるだけ民間に委ねる」という規制改革の基本原則の重要性は、次のように理解されている。すなわち、公共サービスの提供についても、民間事業者にゆだねていくことにより、今まで以上に消費者の多様なニーズに対応した良質で安価なサービスを提供することができ、さらに、このような民間参入の拡大は、行政の簡素化、効率化に資するとともに、新たなマーケットの創出による日本経済の活性化にも貢献する、と考えられている。そのことから、公的主体の行っている業務(官業)について、可能な限り民間事業者が担い得るよう、参入を妨げる規制の撤廃を行う必要があるとしている。また、サービスの提供主体が一定の法人に限定されている等の公的関与の強い分野(官製市場)についても、民間企業への全面開放をすすめるべきであるとする。

 A 事業者間競争の促進
  参入規制の撤廃によって、多様な経営主体が事業を展開するようになると、経営主体間の競争条件の格差を解消する必要が出てくる。これも規制改革の一環と位置づけられている。たとえば、従来の公的助成が既得権となっていると適正な競争が行われず、民間参入の意義が損なわれると考えられている。

 B 事前規制型から事後チェック型の行政への転換
  規制改革の基本原則は、行政の機能を「事前規制」型から「事後監視・監督」(事後チェック)型へと移行させることにあるとされる。民間事業者の自由な経済活動を阻害する事前規制を撤廃すると、社会的弱者に何らかのリスクが発生したり、サービスの質が低下するなどの問題が起こることが懸念される。そこで事後チェックルールの整備が必要となるのである。それには、「情報開示の義務付け、ルールの遵守やサービスの質の確保等の監視体制(違反者に対する罰則適用を含む。)及び事後的な紛争処理体制の整備、さらにはセーフティネットの充実等」が含まれるとされる(改革会議第2次答申)。

 C 情報公開と第三者評価の促進
  適切な情報提供があって初めて消費者は適切な選択ができるものであり、情報公開は、消費者の的確な選択及びその選択の自由の裏付けとなる自己責任原則の確立に不可欠な要素であるとされる。また、Bの事後チェックが効果的に行われることで、市場規律が維持強化され、サービスの質の向上がもたらされるのであるが、情報公開はこの点においても重要な役割を担っている。事業者による情報公開のみでは消費者が財・サービスの的確な評価を行い難い分野においては、専門家による継続的な評価の結果を公表することにより、消費者に適切な判断材料を提供するべきであるとしている。

  これまで、情報通信、金融、運輸等の分野における規制は、大幅に緩和されてきたが、医療、福祉・保育、人材(労働)、教育、環境などの各分野(官製市場)については相対的に改革の遅れが目だっている。そして、これらの分野においては、「これまで公的主体が、サービスの主たる担い手として市場を直接管理し、市場原理には馴染みにくいものとされてきた。この結果、本分野には『規制』や『官業構造』が多々みられ、こうした供給側の問題から、コストの合理化や生産性の向上があまり進まず、サービスの質的向上・量的拡大も妨げられる」(改革会議第1次答申)などの弊害が目立つようになってきたため、これら官製市場の規制改革・民間開放が急務であるとしている。

(2) 教育改革の施策

  教育は規制改革の主な対象分野の一つであって、教育改革についても上にみた基本認識がそのまま適用される。推進会議は、教育分野について、「教育サービスの消費者である生徒・保護者たちにとって、真に望ましい義務教育体系とすることこそ、中心に据えられるべき視座であり、生徒・保護者たちこそが、義務教育改革の「主役」であるべきものと考える」(緊急提言)として、「義務教育を受けることは教育サービスの消費である」とする認識を明確に示し、生徒・保護者を「消費者」と位置づけている。その上で、消費者が多様で良質な教育サービスを選択できるようにするためには、教育主体の多様性を認め学校間の競争を促進する必要があると考えられている。推進会議はその一方で、経済の活性化の観点から、経済戦略として独創性や創造力を備えた人材の育成をめざす必要があると述べ、前述の「人間力戦略」という言葉が示すように、教育を経済戦略の重要な柱として位置づけている。

 @ 新規事業創出を担う人材の育成
  改革会議はこれまでの教育について「行き過ぎた平等主義・画一主義に陥り、新しい価値を創造して人々を牽引するリーダーの輩出を妨げる傾向があった」(第2次答申)と指摘し、次の推進会議も同様に、経済界の指摘を引用して次のように述べている。
  「戦後の教育行政は、全国均一に教育機会を提供することに主眼を置いてきた。・・・しかし機会均等は、生徒・学生の個性や能力を無視した教育内容の均質化を招き、多様でしかも変化の激しい社会には通用しなくなっている。・・・学校や教員が、生徒の多様性を認識し、同質性・均質性を重視した教育から転換することが必要である」(緊急提言) [12]
  推進会議は、将来の経済発展のためには、新規事業を起こす起業家やそこでのリーダーとなるような創造性の豊かな人材を育成することが必要で、そのためには「義務教育段階から多様な教育が提供されるべきである」と考えている。こうした認識のもとに示されている具体的な改革項目には次のようなものがある。
 (a) 教育プログラムの多様化(学習指導要領の弾力的取扱、各学校段階間の連携)、
 (b) 教員評価の導入による教員資質の向上、
 (c) 外国語指導助手の正規教員への採用、
 (d) 加配教員制度の改善、市町村費による教職員配置、
 (e) 教科書採択地区の小規模化、
 (f) 飛び入学制度、
 (g) 学校選択制度の導入

 A 教育運営主体の多様化
  推進会議は、教育サービス提供主体について、既存の公立学校や学校法人の改革を進めるとともに、外部からの新規参入者の拡大を通じて、主体の多様化を促進する必要があるとしている。それは、教育主体の多様化によって、消費者の選択肢が拡大し、主体間の競争を通じて教育の質的向上が図られると考えるからである。それとともに、主体において自主的な意志決定を行うことができるようにガバナンスを強化する必要があるともしている。この認識のもとに示されている具体的な提言項目には次のようなものがある。
 (a) 私立学校の参入促進(小・中学校設置基準の明確化、設置認可要件の緩和、私立学校審議会の見直し)、
 (b) インターナショナル・スクールの制度整備、
 (c) 株式会社等の参入、
 (d) コミュニティ・スクールの導入、
 (e) 教育への外部資源の活用(アウトソーシング、PFI)、
 (d) 借入金による大学等の設置の容認

 B 情報公開の促進
  規制改革により全国一律の画一的な教育システムが変革され、教育サービスの選択肢が広がると、利用者が自己責任において適切に教育サービスを選択できるようにするためには、情報公開や第三者評価は不可欠である。またそれらは、教育の質と適正な競争を担保するための仕組みとしても重要である。こうした認識のもとに示されている具体的な改革項目は次のようなものである。
 (a) 学校法人における財務情報の開示促進
 (b) 学校法人会計制度の見直し
 (c) 自己点検評価と情報開示、外部評価の導入



3.構造改革特区


  改革会議は、2002年の第2次答申において、特区制度の創設を提言した。その制度の目的は「特定地域に限定して、その特性に注目した規制改革を実施することにより、全国的な規制改革につなげ、我が国全体の経済活性化を図ること」とされた。当初「規制改革特区」と呼ばれていたものが「構造改革特区」に変わり、2002年7月に構造改革特区推進本部が設置され、同年12月には構造改革特別区域法が国会で可決された。特区制度は、「構造改革を加速させるための突破口となるもの」で、「地域を限定した社会的実験を行って、一定期間後に改めてその全国展開の可否に関する評価を行うもの」である(第3次答申)。そして「明確な弊害」がないと判断されるものについては、速やかに全国展開を推進することになっている。
  構造改革特別区域法の規定に基づき、2003年1月に閣議決定された「構造改革特別区域基本方針」はその後たびたび変更されているが、その「別表1」には、構造改革特区において実施することができる特例措置、「別表2」には、全国において実施することが時期、内容ともに明確な規制改革事項が列挙されている。つまり、「別表1」に掲げられ実施されたものの中から、全国展開が可能と判断されたものが「別表2」に列挙されることになる。執筆時点で最新の「構造改革特別区域基本方針」(2005年4月22日 一部変更 ) [13] では、文部科学省関連の特例措置は次の27項目で、そのうち全国展開を予定されているものが13項目ある。

別表1 構造改革特区において実施することができる特例措置
802構造改革特別区域研究開発学校設置事業
803(818)不登校児童生徒等を対象とした学校設置に係る教育課程弾力化事業
805IT 等の活用による不登校児童生徒の学習機会拡大事業
806三歳未満児に係る幼稚園入園事業
807幼稚園における幼稚園児及び保育所児等の合同活動事業
808市町村採用教員に係る特別免許状授与手続の迅速化事業
809市町村採用教員に係る免許状授与手続の簡素化事業
810市町村費負担教職員任用事業
811校地面積基準の引き下げによる大学等設置事業
813国有施設等の廉価使用の拡大による研究交流促進事業
814国有施設等の廉価使用の拡大による研究交流促進事業
815国有施設等の廉価使用の拡大による研究交流促進事業
816学校設置会社による学校設置事業
817学校設置非営利法人による学校設置事業
819構造改革特別区域研究開発学校における教科書の早期給与特例事業
820(801-2)校地・校舎の自己所有を要しない小学校等設置事業
821(801-1)校地・校舎の自己所有を要しない大学等設置事業
823幼稚園と保育所の保育室の共用化事業
824高等学校等における外国留学時認定可能単位数拡大事業
825学校設置非営利法人が不登校児童等の教育を行う学校を設置する場合における教員配置の弾力化事業
826高等学校全日制課程において不登校状態にある生徒に対するIT 等の活用による学習機会拡大事業
828運動場に係る要件の弾力化による大学設置事業
829空地にかかる要件の弾力化による大学設置事業
830市町村教育委員会による特別免許状授与事業
831保育所と合同活動を行う場合の幼稚園の面積基準の特例事業
832インターネット等のみを用いて授業を行う大学における校舎等施設に係る要件の弾力化による大学設置事業
833校地・校舎の自己所有を要しない専修学校等設置事業

別表2 全国において実施することが時期、内容ともに明確な規制改革事項
803不登校児童生徒等を対象とした学校設置に係る教育課程弾力化事業
804高等学校等における学校外学修の認定可能単位数拡大事業(措置済)
805IT 等の活用による不登校児童生徒の学習機会拡大事業(平成17年度中に措置)
807幼稚園における幼稚園児及び保育所児等の合同活動事業(平成17年5月実施予定)
808市町村採用教員に係る特別免許状授与手続の迅速化事業(平成18年度)
809市町村採用教員に係る免許状授与手続の簡素化事業(平成18年度)
810市町村費負担教職員任用事業(平成17 年度中に措置)
812校舎面積基準の引き下げによる大学院設置事業(措置済)
813国有施設等の廉価使用の拡大による研究交流促進事業(一部措置済)
814国有施設等の廉価使用の拡大による研究交流促進事業(一部措置済)
823幼稚園と保育所の保育室の共用化事業(平成17年5月実施予定)
827就学時健康診断の実施期限の延長(措置済)
831保育所と合同活動を行う場合の幼稚園の面積基準の特例事業(平成17年5月実施予定)

  このうち特に注目されるものには、研究開発学校設置事業(802)、市町村費負担教職員任用事業(810)、学校設置会社や非営利法人による学校設置事業(816,817)などがある。802は学習指導要領によらない教育を認めるもので、小学校における英語教育の要望が強い。810は市町村の費用負担で少人数学級編成を行おうとするものである。また816,817は株式会社やNPOに学校設立を認めるものである。
  いずれにしても、構造改革特別区域推進本部には、規制に縛られずに独自の教育を行いたいとする提案が多く寄せられている。これは、現行の政府・文部科学省の規制が過度に及んでいるという認識が広く存在していることの表れでもある。



4.今後の重点課題


  推進会議の提言の多くが既に実施に移されてきたが [3] 、ここでは、審議されながらも現在のところ未だ実施されていないもの、また実施案を検討中のものの中から、注目される改革項目についてその審議の経緯を整理してみる。

(1) 教員養成のための専門職大学院

  2004年8月文部科学大臣は「義務教育の改革案」を発表したが、その中で、教員の資質向上策として専門職大学院の設置と、教員免許更新制の導入を掲げた [14] 。これに対し、推進会議はすぐさま反応し同年11月30日、これらの改革案はともに「不適当」であるとする緊急提言をとりまとめた。
  推進会議は専門職大学院について、「実社会での経験を積むことなく、大学院で二年間を費やすことは、教員の固定的な教育観の醸成につながる懸念があり、生徒の創造的で多様な個性を育成する教育を目指すべきとする当会議の考え方に逆行する。」と述べ、特に、専門職大学院の修了を、教員免許や教員採用の要件、あるいは優遇条件とすることは、「本来適切な資質を持つ者をかえって排除する悪しき参入規制そのものであり」、「厳に慎むべきである」としている。
  これに対し文部科学省側は、中央教育審議会(中教審)に「今後の教員養成・免許制度の在り方について」の諮問を行い(2004年10月20日)、中教審はこれを受けて審議を行っているが、緊急提言の意向をまったく無視し、修了者の処遇について例示的に、「修了者のうち新人教員について、一定の条件の下に、通常より簡便な方法による採用選考を行う」、「修了者について、給与面で処遇する」ことなどについて検討している [15]
  文部科学省がこの審議経過を推進会議側に説明しなかったことから、推進会議側は文部科学省に照会状を送り抗議した [16] 。推進会議は、第2次答申「中間とりまとめ」において、文部科学省が狙ような採用・給与面での優遇措置を排除することを盛り込む模様である。

(2) 教員免許更新制

  前述のように、推進会議は緊急提言の中で、文部科学大臣が掲げる教員免許更新制の導入を不適切であるとした。その緊急提言によれば、現行の教員免許制度は、「優れた資質を持つ多様な社会人の任用に対して抑制的に機能して」おり、創造的で多様な教育の実現を阻害しているのであって、「教員免許更新制の導入は、免許の強化につながるものであって重大な問題を抱えている」として、現行制度自体の抜本的な見直しを求めている。
  文部科学省はこの問題を中教審に諮問し(2004年10月20日)、その中教審は推進会議の意向をまったく無視する形で、更新制の導入の必要性を説いている。かつて中教審は2002年の答申で、更新制に慎重な姿勢を示したが [17] 、ところが今回は、そこで「指摘された課題を解決しつつ、どうすれば更新制が有効に機能するのかという観点から検討を行う」べきであるとしている。中教審は更新制導入の意義として、@教員の自己研鑽の促進、A教員として不適格な者の早期発見と問題事象発生の未然防止、B専門性の向上、を掲げて、導入の必要性を強調している [18]
  推進会議は、教員免許によらない教員採用の拡大、校長・同僚教員・生徒・保護者の評価を踏まえて本採用を判断する条件付き採用制度の導入をめざす立場から、文部科学省に質問状を送り、その姿勢を問いただしている [19]

(3) 教育委員会必置規制の廃止

  地方分権改革推進会議は、その2004年の意見の中で、教育委員会の必置規制の弾力化について、「教育の政治的中立性を確保しつつ、各地域の実情に応じて地方公共団体の判断で教育委員会制度を採らないという選択肢を認めるべきである」と述べていた。そして、制度の問題として@教員出身者が事務局組織の主な役職についている、A合議制であるため機動性・弾力性に欠ける、B公立教育と私学教育の一体的推進、初等中等教育と高等教育の一体的推進、生涯学習・社会教育行政の一元化、幼保一元化を推進するうえで支障になっている、C教育委員会の所管に属さない私立学校の割合が高まっていること等をあげていた [7]
  改革会議は教育委員会必置規制について、教育の中立性を担保するための方策を講じた上で、特区において、「教育委員会の必置規制を廃止し、市町村長や学校長が教職員に関する人事権や学校の管理・運営等に関する一定の権限を行使すること等を可能とすべきである。」と述べている(第3次答申)。
  文部科学大臣は、中教審に対し「地方分権時代における教育委員会の在り方について」の諮問を行い(2004年3月4日)、これを受けた中教審は「教育委員会に対して指摘されている問題点については、可能な運用の改善と必要な制度改革により、教育委員会制度をより良く活用していくことで解決を図るべきであり、問題点を理由に制度が不要であるとすることは適当でない。」として、教育委員会制度の必要性を強調している [20]

(4) 学校に関する「公設民営方式」の解禁

  公設民営方式とは、地方公共団体等の設置した施設について、これを株式会社・NPO等に対し包括的に管理・運営委託させる方式のことで、改革会議は、これが「学校に限って導入できない合理的理由はない」として、義務教育を含めた学校一般について、公設民営方式の全面解禁を主張し、当面構造改革特区での実施を迫った(アクションプラン)。
  特区での公設民営方式についての諮問を受けた中教審は、義務教育諸学校の管理運営を包括的に委託することについては特に慎重でなくてはならないが、その対象を幼稚園・高等学校に限って検討することは適当であるとする答申を示した [21] 。文部科学省はこの答申をもとに、「公私協力学校法人」方式による公設民営学校の構想を提案する。これは、幼稚園・高等学校を対象として、学校法人・株式会社・NPO法人等と地方公共団体が共同して設立する新たなタイプの学校法人(公私協力学校法人)を構造改革特区において制度化するというものである。
  この文部科学省からの提案については、@公私協力学校法人に限定した運営委託は、株式会社やNPOに対する純粋な民間委託にはならない、A義務教育を含めた教育一般について全面解禁をするべきある、等の批判があったものの [22] 、おおよそ文部科学省提案の形で推進会議の第1次答申に盛り込まれた。その答申には、「基本的に、校地・校舎を地方公共団体が提供し、また、運営に必要な経費についても必要に応じて地方公共団体が負担を行う一方で、民間事業者等が主体となって地方公共団体が定める大枠に沿った学校運営が行われることとなるものである」として、民間のイニシアチブや創意工夫の発揮が強調されている。

(5) 株式会社、NPO法人等により設置された学校に対する私学助成

  推進会議の基本認識は、多様で良質な教育サービスの提供を促進するためには、多様な主体の教育事業への参入を促すとともに、経営形態の異なる事業者間の競争条件を同一化することにより適正な競争を促進する必要があるというものである。経営形態の異なる学校の問題は、@国公立と私立、A私立と株式会社立の間に顕著に現れるが、推進会議は、第1次答申において、「当面の措置として、少なくとも構造改革特区によって認められた、株式会社等により設置される学校については、学校法人と同様に私学助成等の対象とすべきであると考える。」と述べている。
  これに対して文部科学省は、@収益の私的分配が行われる株式会社立の学校に対し公的助成を行うことは国民の理解が得られない、A公金を支出するためには「公の支配」に属していなければならないという憲法上の要請、を理由に否定的主張をしている。このうちの憲法上の問題については、内閣法制局が、規制の具体的な組み合わせ如何によっては、憲法第89 条の要請する「公の支配」の形態はあり得るという見解を示している(推進会議第1次答申)。

(6) 教育バウチャー制度の導入

  改革会議・推進会議の答申の中で教育バウチャーについての明確な定義はなく、諸外国の実施例においてもその形態は多様である。ひとまずここでは、バウチャーとは個人が政府から受け取る、使途が限定された利用券、と理解しておく。改革会議は第2次答申において「公立学校と私立学校との間の生徒の負担の平等を確保するための教育切符制の導入」を早急に特区制度の対象とすべきことを提言した。次の第3次答申においては、事業者間の競争条件の均一化の観点からいっそう詳しい検討を行い、次のように述べた。「特定の機関に限定した補助方式では、利用の実態に応じた補助は行いにくく、また利用者の運営主体選択がもたらす競争の結果としての運営効率化や利用者便益への配慮という効果も期待しにくい。したがって、このような問題を解決し、併せて、利用者の選択肢拡大、自由な競争を促進する観点からも、海外事例などを勘案しつつ、機関補助から利用者補助(バウチャー制度)への転換について検討を行うべきである」。このように、教育バウチャー制度は、経営形態の異なる学校間の競争条件の格差を是正する切り札として期待されている。
  この課題は継続して検討が進められ、推進会議と文部科学省の間で活発な論議が重ねられている。このうち文部科学省の主張には次のようなものがある [22] 。@アメリカにおけるバウチャーの導入の背景については、「社会経済的に困難な地域に特にみられる学校間格差の拡大、伝統的に学区による通学校の指定により学校選択の幅が狭かったこと、さらに、私立学校に対して公的補助は行わないといったことなどがある」ため、日本とは社会状況や教育制度が大きく異なる。A義務教育は憲法の要請であり、機関補助としての義務教育費国庫負担制度は、国がその責任を担保する制度である。B仮に、機関補助の代わりにバウチャーを導入した場合、(a) 児童生徒数が少ない小規模校では教育水準が低下し、憲法が保障する教育の機会均等などが確保されなくなる、(b) 学校における予算(来年度の事業収支等)の見通しがつきにくいことから、学校経営の基盤が不安定となり、持続的な教育活動の実施が困難になるなどの恐れがある。
  実施を迫られた文部科学省は「効用が明確でなく、反対論も強い」と反論したが、推進会議側から、その実例や具体的な弊害を示すよう求められたため、2004年9月、省内に教育バウチャーについての研究会を設置するとともに、民間のシンクタンク(日本総合研究所)に諸外国における教育バウチャーの実施状況についての調査を依頼した。



 おわりに


  近年の規制改革関連の答申に現れた教育改革の提言内容を辿ってきたが、そこでの改革事項のほとんどが3か年計画の形で着実に実施に移されている。この事実は、これまで教育政策に主導権を握ってきた文部科学省の政策立案権能が大きく後退し、その主導権が官邸側に移っていることを物語るものである。前に述べたように、2001年の中央省庁改編により、内閣府が設置されて各省庁の上に位置づけられた。その内閣府に設置された総合規制改革会議ないし規制改革・民間開放推進会議の提言は直ちに閣議決定され政府の方針となる。この方針に対して文部科学省が異を唱えることは困難で、中央教育審議会に諮問して時間稼ぎをしたり、微修正に持ち込む程度の抵抗ができるにとどまっている。
  このように規制改革路線がダイレクトに教育改革に反映することには、大きな疑問を感じているが、本稿では検討することができなかった。そこで、その項目のみを挙げておく。
  第1は、「人間力戦略」という言葉が象徴するように、経済活性化という目的のために教育を手段として利用することについての疑問である。これは、教育政策をめぐる伝統的な議論であるが、産業界の求める人材の育成を優先する教育と、個人の幸福をめざす教育とをどのように調和させることができるかという問題でもある。
  第2は、教育の市場主義化ないし民営化に対する疑問である。これは、利潤の最大化をめざして営まれる供給者の行動が、社会の最適化を実現するという経済的自由主義の楽天的な発想をそのまま教育の分野に当てはめて良いのかという疑問である。教育というサービスは一般の商品とは本質的に異なる。とりわけ、教育がもともと有している格差拡大機能を野放しにすれば、深刻な階層化の危機という「市場の失敗」がもたらされる。この問題点についての認識が希薄なのである。
  サプライサイド(供給者側)重視の立場で構築された教育改革を、教育の受け手である子どもや保護者の視点から見た場合に、どのような問題があるかについての検討は今後の課題としたい。



【 注 】

[1] 羽山健一「教育改革論議における公共論と愛国心」大阪教法研ニュース第209号(2003年8月)
[2] 規制改革委員会「規制改革についての見解」2000年12月12日
[3] それぞれの改革項目の法制化の状況については、羽山健一「教育改革に関する改正諸法令」大阪高法研ニュース第201号(2002年4月)、羽山健一「教育改革に関する改正法令(2001年〜2004年)」大阪教法研ニュース第219号(2005年4月)を参照。
[4] この分権改革の評価については、竹内俊子「地方教育行政改革の問題点と課題―『教委行政における地方自治』の観点から―」神長勲他編『公共性の法構造 室井力先生古稀記念論文集』325頁(2004年)
[5] 「地方分権の推進を図るための関係法律の整備等に関する法律における文部省関係法律の改正について」1999年8月11日 文教地203号
[6] 地方分権改革推進会議「事務・事業の在り方に関する意見−自主・自立の地域社会をめざして−」2002年10月30日
[7] 地方分権改革推進会議「地方公共団体の行財政改革の推進等行政体制の整備についての意見−地方分権改革の一層の推進による自主・自立の地域社会をめざして−」2004年5月12日
[8] 「経済財政運営と構造改革に関する基本方針2002」2002年6月25日閣議決定 経済財政諮問会議 http://www.keizai-shimon.go.jp/cabinet/
[9] 内閣府本府組織令第40条の2、附則第9条
[10] これらの答申はホームページに掲載されている。規制改革・民間開放推進会議 http://www.kisei-kaikaku.go.jp、(旧)総合規制改革会議 http://www8.cao.go.jp/kisei/
[11] 最新のものは「規制改革・民間開放推進3か年計画(改定)」2005年3月25日閣議決定。その「III 措置事項−8教育・研究関係」にはそれぞれの改革項目について、「措置内容」、「実施予定時期」などが整理され表にまとめられているので、教育改革の全体像や進捗状況が一覧できる。
[12] 推進会議が引用したのは、日本経済団体連合会「21世紀を生き抜く次世代育成のための提言」2004年4月19日
[13] 構造改革特別区域推進本部 http://www.kantei.go.jp/jp/singi/kouzou2/
[14] 文部科学大臣河村建夫「義務教育の改革案」2004年8月10日
[15] 中央教育審議会・初等中等教育分科会教員養成部会・専門職大学院ワーキンググループ「教員養成分野における専門職大学院の活用について(審議経過 素案)」2005年6月6日
[16] 規制改革・民間開放推進会議 教育ワーキンググループ「教員養成分野における専門職大学院の活用の件」2005年6月22日
[17] 中央教育審議会「今後の教員免許制度の在り方について(答申)」2002年2月21日
[18] 中央教育審議会・初等中等教育分科会教員養成部会・教員免許制度ワーキンググループ「教員免許制度の改革、とりわけ教員免許更新制の導入について(議論のたたき台)」2005年6月24
[19] 規制改革・民間開放推進会議 教育ワーキンググループ「義務教育制度改革に関する質問」2005年7月15日
[20] 中央教育審議会 教育制度分科会地方教育行政部会「地方分権時代における教育委員会の在り方について(部会まとめ)」2005年1月13日
[21] 中央教育審議会「今後の学校の管理運営の在り方について(答申)」2004年3月4日 第3章 公立学校の管理運営の包括的な委託の在り方について
[22] 規制改革・民間開放推進会議 第3回教育ワーキンググループ資料 2004年11月26(「文部科学省提出資料」2004年11月8日)

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