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TITLE:  長期研修命令の違法性について
AUTHOR: 羽山 健一
SOURCE: 大阪教法研ニュース 第224号(2006年2月)
WORDS:  全40字×173行


長期研修命令の違法性について



羽 山 健 一



  教員の教育活動を評価したうえで、指導力の不足する教員を認定し長期研修を受けさせるという制度が全国に整備されるようになった。この結果、学校現場を離れ長期間にわたり学校以外の教育関係施設での研修を受けさせられる教員が増加している。
  ここでは、長期研修制度がこれまでどのように運用されてきたか、あるいは悪用されてきたかを確認するため、訴訟になった事例から裁判所の認定した事実の概要と、裁判所の判断を紹介することにする。結論からいうと、これらの事例から、長期研修命令が本来の目的以外の不正な目的を達するための手段として多用されてきたことが分かる。これらは過去の事例であるが、新しく整備された指導力不足教員認定制度においては、このような研修制度の目的外利用が行われないという制度的保障はない。隠された不正な動機、裏の目的によって長期研修が行われていないかどうかを監視していく必要があろう。

(1) 島根県桜江町立中学校事件

  原告は組合専従の経歴をもち、当時分会長の地位にあった英語及び国語教育に携わってきた教員であるが、校長や教育長などに逆らい不遜と見られる言動にでることがあった。かねてより原告をけむたい存在と思い、桜江町から転出させることを強く希望していた教育長は、他市町村教委に対し原告の転任受入方を要請したが、受入を承諾するところがなかったため原告を転出させる見通しがつかなかった。そこで教育長は教育委員会にはかり、本人の研修参加の意向を確かめないまま、職務命令という形式で、昭和42年4月1日から1年間、島根大学において研修することを命じた。その際、原告は研修の目的及び理由、内容を告げられず、大学に行ってはじめて、それが養護教育の研究であることを知らされた。1年間の研修が終了した後、教育委員会は原告が将来特殊教育を担当するには十分ではないとの理由から、原告に対し更に1年間の研修を命じた。
  この研修命令の違法性について審議した松江地裁は、「命令の真の理由は、原告が校長及び教育長等上司にとつて極めてけむたい存在であり、しかも異動の対象となつている原告を、受入先がないため転出させられないので、窮余の一策として特殊教育振興の名を借りて養護教育の研修を命じ、原告を当該中学校から一時離れさせたものと考えるのが相当である」との事実を認定して、この研修命令が妥当な理由のない合理性を欠いた違法な処分であるとした。

(2) 東京都赤羽台東小学校事件

  東京都教育委員会は、昭和50年2月、満60歳に達した校長に退職を勧め、勧奨に応じない者は教諭に降任するという方針を定め、原告に対して退職を勧めたが、原告はこれに応じなかった。そこで都教委は、原告に対して現職校の校長職を解くとともに、校長としての身分と兼ねて教諭に補するという兼務命令を発した。その上で、都教委は原告に対し、1年間の長期研修を命じた。都教委としては、将来とも原告を校長として教育現場に復帰させる意向はなく、毎年研修命令を繰り返し、原告は長期研修生として5年目となっていた。本件は、都教委がなした教員兼任及び長期研修の命令につき、人事権の濫用であるとして取消を求めた事例である。
  東京地裁は、本件兼務命令は降任処分ではなく、校長としての身分及び給与は保障されているのであるから、校長の職を解かれたことをもって原告の意に反する不利益処分であるということはできないと判断した上で、長期研修命令の検討を行った。そこでは、「本件研修命令は、原告の校長ないし教育公務員としての地位に関連し、かつ、その能力に応じた内容についての研究であるということができるから、原告が再び小学校長として補職されることがないという理由のみで、直ちに同命令が違法となるものではない。」として、原告の請求を退けた。
  本件では、従来より退職勧奨を受けた者がそれに応じることが慣例となっていたようであるが、本件研修命令は、これに応じない者への制裁としてなされたことは疑いようがない。これまで校長職を務めその能力にも欠けるところがなかった校長に対して、再び校長職に就かせる見込みがないのにもかかわらず、長期研修を命令することは、研修命令権限の濫用である。この事例では、当初の方針どおり、原告に対して教諭への降任処分を行うべきであった。

(3) 福岡県中間市立中学校事件

  原告は市立小学校の校長であったが、市教育委員会より同和地区住民に対する差別投書事件の嫌疑をかけられ委員会の席に呼び出された。そこで原告はその嫌疑を否定したが、市教委はその時の原告の不遜な言動に激怒し、学校財務の処理、学校施設の管理及び学校運営の状況をも総合勘案した結果、原告に校長としての修養を積ませ、かつ、原告の学校経営の能力を研くため、原告を教育センターにおいて長期研修させること、教育センターの受入態勢が整わないことをおもんばかって学校付校長とすることに決定し、県教育委員会に対し、原告に対する転任処分を内申した。県教委は、昭和53年4月1日、原告に対し市立中学校への転任処分を発令したが、同時に原告の校長としての職を解き、訴外Cを同中学校校長に任用した。市教委は、教育センターの受入れを確認のうえ、原告(当時、54歳)に対し、昭和53年10月5日から翌54年3月31日までの長期研修命令を発した。ところが原告が、この研修命令に従わなかったため、県はこれを欠勤とみなして給与の減額措置を行い、県教委は懲戒処分をなした。
  その後、原告は教育センターに出勤するようになり、本件研修命令の期間も満了したが、研修期間が短く、研修実績も十分ではなかったため、昭和54年4月1日、(第2次)研修命令の発令を受けた。ところが市教委は、その後も原告の研修成果が不十分であるとして、昭和55年4月1日、(第3次)研修命令を発令し、更に、翌56年4月1日、(第4次)研修命令を発令した。
  この事件で、福岡地裁は原告の請求を一部認めた。研修の性格について「研修といえども、当然、当該教育公務員の能力に相応する限度で許容され、しかも、右研修が、教育公務員としての職責遂行上の手段にすぎない以上、研修の目的及びその程度として要求されるものは、完全無欠性ではありえず、当該教育公務員の職務内容等の諸般の事情を斟酌して、相対的に決定されるというべきである」とした上で、「原告は、遅くとも、本件第3次研修命令による研修の修了によつて、原告の能力に相応する程度の研修を達成し、校長現職に復帰しても、十分その職責を遂行することが可能となつたというべきである」から、「第4次研修命令は、原告の能力を越えるか、又は、その職務の遂行上不必要な研修を命ずるものであり、違法の謗りを免がれないというべきである」と断じた。
  裁判所の認定した事実だけを読み直しても、この事例は、差別文書の嫌疑に端を発し、それに原告の不遜な態度に対する不快感が加わって、原告に対する処分が計画されたものであり、懲戒ないし分限免職に代わる手段として、原告に対し長期研修命令を発したことは明らかである。裁判所は第4次研修命令のみを違法であるとしたが、その結論を導いた背景には、不正な目的のために研修を利用したという事実関係があり、裁判所がそれを認識していたことが結論に影響を与えたことは容易に推測できる。

(4) 大阪市立矢田中学校事件

  原告は大阪市立中学校の教諭であり、教職員組合の組合員であった。原告は、昭和44年3月に行われた組合支部役員選挙に立候補した際のあいさつ状の内容が差別的なものであるということで、部落解放同盟から糾弾をうけた。この事件への対応を迫られた市教育委員会は、このあいさつ状は差別文書であるとの見解を表明し、現場の混乱を鎮めるために原告に対し、研修所において同年8月末日まで研修することを命令した。さらに同年9月、研修の効果が上がっていないとして原告を同和教育推進校に転任させた。そこでも原告は問題を生じがちであったことから、市教委は昭和46年2月に、原告に対し研修所における研修を命じ、これ以降、昭和52年4月まで6年間の長期にわたり研修命令を更新した。原告はこの長期研修命令や配転処分が不法行為であるとして損害賠償を請求したのが本件である。
  大阪地裁は、本件各処分が、処分権者の裁量権の範囲を逸脱してなされたものとして違法であると判断した。本件各処分の真の目的はあいさつ状を差別文書と認めさせることにあったのであり、人事異動や命令研修の本来的目的も存在しないことが裁量権の濫用の根拠とされた。地裁はさらに、当該処分が外部団体の圧力に応じて行なわれたもので、それは「教育の自由を侵し公教育の中立性を侵害する不当な支配に屈したものというべきであって」、さらに「原告らの思想、信条の自由、内心の自由を侵すものであり、教育の本質に反し」ているとまで断じている。このように、教育の自由や教員の内心の自由を正面から認めた判決は数少ない貴重なものである。この事例は最高裁まで争われたが、本件各処分が違法であるとする判断は維持された。
  この事例では、そもそも市教委は原告に実質的な研修を行わせる意図を持っておらず、原告を嫌悪し学校現場から引き離すための目的で長期研修を悪用したのである。処分本来の目的を逸脱し、あるいは他事考慮をなしたとして裁量権の濫用に当たることは当然といえよう。

(5) 埼玉県宮代町立中学校事件

  町立中学校の教頭であった被控訴人は、生徒の学力向上、教職員規律の厳正化、業者との癒着の排除など、数々の校内改革を図ろうとしたが、その方法が独断的で校長と反目するようになった。このため、被控訴人は昭和54年3月、同町立の別の中学校教頭に転補されたが、被控訴人はこれが意に反する不利益処分であるとして、埼玉県人事委員会にその取消しを求める審査請求をし、これ以降、校長の命令に従わなくなった。このような事態にたいして、町教育長や県教委は被控訴人を町外へ転出させるよう努めたが、どこからも受入れの承諾が得られずこれを実現できなかった。そこで、県教委は、この機会に被控訴人に、教頭としての職務と責任についての研究と修養をさせるため現職のまま長期研修をさせることが必要であると判断し、これにもとづき町教育長は、町教委の委任を受けて被控訴人に対し、昭和55年1月16日から昭和56年3月31日までの間、センターにおいて「教育公務員(特に教頭として)の職務と責任の遂行のための研究と修養」を研修目的として研修することを命じた(第1次研修命令)。被控訴人は、この研修命令を不当な措置であると考え、研修を受けつけなかったため、研修の成果は全く上がらなかった。この間、県教委は被控訴人を県下の他地域へ転任させることを試みるが実現できず、被控訴人に対する長期研修命令を更新し、昭和58年3月31日までの3年余に亘り研修を命じた。本件は当該教頭(被控訴人)が研修命令を違法としてその命令の取消等を求めた訴訟の控訴審である。
  第一審の浦和地裁は町教委は長期研修命令を発する権限を有しないとしてこの研修命令を違法としたが、第二審の東京高裁はこれを覆し、町教委は命令権限を有するとして、研修命令が裁量権を逸脱するものかどうかを検討した。そこでは、被控訴人が「校長を助け、校務を整理するという本来の教頭としての職務を殆んど行わなかったものであり、・・・・教育長が・・・・本件各研修命令を発令したことは、やむを得ない措置であって、相当の合理性があったものというべきで」、裁量権を逸脱した違法はないと結論づけた。
  この事例では、強制異動を受けた教頭が異動先の職場で、校長の命令に従わず職務を怠ったことが長期研修命令の根拠になっているが、このような教頭の態度は、職務命令違反ないし職務専念義務違反にあたり懲戒処分の対象となるものである。したがって、町教委は本来懲戒処分を行うべきところ、これにかえて町外への転任を企てたり、これも不可能となると研修命令を悪用したものであるといえる。このような研修命令はもはや本来の意味の研修とは言えない違法なものというべきである。


【 注 】
(1)島根県桜江町立中学校事件
松江地裁、昭和44年3月5日判決、判例時報574号74頁
(2)東京都赤羽台東小学校事件
東京地裁、昭和55年1月29日判決、判例時報971号114頁
(3)福岡県中間市立中学校事件
福岡地裁、昭和57年3月19日判決、行裁例集33巻3号504頁
(4)大阪市立矢田中学校事件
大阪地裁、昭和54年10月30日判決、判例時報963号111頁、最高裁第一小法廷、昭和61年10月16日判決、労働判例484号11頁
(5)埼玉県宮代町立中学校事件
浦和地裁、昭和61年3月17日判決、判例タイムズ607号81頁、東京高裁、平成元年8月21日判決、判例時報1336号89頁

(2005/11/29)


追記  この原稿は、指導力不足教員と認定され長期研修の後に分限免職処分とされたI氏を支援する会のニュースに投稿したものです。ところが、そのI氏が人事委員会での不服審査係属中の、2006年1月6日に急逝されました。長期研修の非人道性や処分の不当性を訴えようと意欲を示していた時だけに、きわめて無念の死であったと思います。心よりご冥福をお祈り申し上げます。


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