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◆200810KHK235A1L1140GM TITLE: 水泳部顧問のための法律教室 AUTHOR: 羽山 健一 SOURCE: 大阪教法研ニュース 第235号(2008年10月) WORDS: 全40字×1140行
羽 山 健 一
○明石市立大蔵中学校水泳部事件(神戸地裁1998年2月27日判決) 大蔵中学では、平成三年度末に当時の水泳部指導者が転勤となり、水泳部を存続させるか、どのような形で存続させるか等の問題が生じ、これに対し水泳部員の保護者からは存続の要望が出されていた。平成四年四月一日、二日の職員会議でこの問題につき討議し、専門的な指導をできる教諭がいない点、事故が起こった場合の責任問題の点等から、廃部すべきとの意見も出されたが、結局、要旨次のとおりの結論を出した。 @水泳部は、生徒の自主性を尊重し、生涯スポーツへの展望を図る上から、専門的指導はできないまでも、学校教育の一環として一般的な安全指導や生活指導をしながら、存続させる。A平成四年度の水泳部指導者を、平成四年四月から同年七月末まではK教諭、同年八月から平成五年三月末まではH教諭に依頼し、通年の試合等の引率要員をM教諭に依頼する。B水泳部の専門的指導は困難であることから、学校外のスイミングスクールに所属していない新二年生、三年生部員には転部を働きかけ、希望を受け入れる。新一年生については、学校外のスイミングスクールに所属している者のみに入部を認める。 右水泳部の存続問題について、平成四年五月一日、学校側から校長、K教諭、H教諭の三名が、保護者側から原告を含む二一名が出席して保護者会が開催され、当時の水泳部キャプテンの保護者から、@存続されることになって安堵している。A学校には、専門的な技術指導は要求しない。指導教諭は、練習に付き添って一般的な生活指導をしたり励ましてくれればよい。B事故のことに必要以上に神経質になることはない。等の意見、要望が出され、討議を経た結果、職員会議の結論のとおりに存続することで了承された。 日頃の練習では、K教諭が校内にいないときは、水泳部の練習を中止していた。K教諭が校内にいるときでも、水泳部の練習に常時立ち会っていたわけではなく、また立ち会っていたときも水泳の技術的な指導をすることはなかった。 |
○埼玉県立熊谷高校水泳部事件(浦和地裁1993年4月23日判決) 水泳の指導に当たる教師は一般的に生徒の身体の安全に対し十分な配慮を行い、事故の発生を未然に防止する高度の注意義務を負っているというべきであり、課外のクラブ活動であっても、それが学校教育の一環として行われるものである以上、その実施について、顧問の教諭には生徒を指導し、事故の発生を未然に防止すべ一般的な注意義務がある。 |
○東京都立高校水泳部事件(東京地裁2004年1月13日判決) 練習の終了後、N教諭は、水泳部員全員をプールサイドに集合させ、「明日は飛び込みスタートとターンの練習を行う。」と告げた。原告と甲山は二人で居残って逆飛び込みの練習をしようと思い、N教諭に対し、原告と甲山の二人が居残り練習をすることを申し出た。これに対し、N教諭は、居残り練習の内容や逆飛び込みについて特に注意や指示を与えることなく、居残り練習を許可した。自主練習の際、逆飛び込みを行ったところ、プールの底に頭部を衝突させ、頸髄損傷等の傷害を負い後遺障害が生じた。 課外のクラブ活動は、本来は生徒の自主性に委ねられるべき部分が大きく、まして本件のような居残り練習においては顧問教諭における時間的制約なども勘案すると、一般的には顧問教諭の立会による指導までは予定されていないし、そこまですべき義務はないというべきである。しかしながら、具体的状況の下で事故発生の危険性を予見することが可能な場合には、顧問教諭は、前記安全注意義務に照らし、上記のような居残り練習の場合といえども練習に立ち会うか、それに代わる適切な措置をとるべきである。 N教諭は、甲山と原告が居残り練習を申し出た時点で、原告が引き続き逆飛び込みの練習をすることは予見できたというべきであり、前記のような原告の技量、経験及び本件事故当日に同教諭が原告に対し特に安全指導や注意喚起をしていないことからみて、原告が顧問教諭の立会指導なしに逆飛び込みの練習をすれば未熟な飛び込み方法により事故が発生する危険性があることも認識可能であったと認められる。 |
○大阪教育大学付属池田高校事件(大阪地裁2001年3月26日判決) A教諭は、水泳授業中にクロール、平泳ぎ、背泳の中から種目を選択して二回のタイム測定を行うこと、残りの時間で各自横泳ぎ、潜水を練習すること、潜水は各自潜水できた距離を自已申告すること等、当日の授業実施内容を説明した。春子の動向は、第八コースから潜水で泳ぎ始める姿をC、Bに目撃されたのを最後に、明確には確認されることがなかった。A教諭は、九時三三分ないし三四分ころ、授業の終了を指示するため、生徒らに、「上がりなさい。」と声をかけた。生徒らがプールから上がり、プール全体の見通しがよくなったその時、A教諭は、第八コースのスター卜地点から八メートルほど離れた地点で、春子がうつ伏せで両手を下に曲げた状態で水中に浮かんでいるのを認めた。A教諭は、他の生徒たちに手伝わせながら春子を水から引き上げた。その後春子は救急先の病院で死亡した。 (安全配慮義務違反の有無について) 無理な息こらえや過換気を伴いがちな潜水にあっては、血液中の酸素濃度が低下することによって、意識が喪失し、意識喪失において生じる呼吸の反射によって自ずと気管内に水を吸引し、溺水に至る危険性、殊に、息こらえの前に過換気をすることによって血液中の二酸化炭素濃度が低下し、呼吸飢餓感のないまま血液中の酸素濃度が低下して意識が喪失し、もがくこともないまま溺水に至る危険性(ノーパニック症候群)も、報告されているところである。 以上のような潜水の危険性にかんがみれば、学校側は、潜水を授業として実施するにあたっては、生徒に対し、事前にこの危険性及び安全な潜水法を周知させた上で潜水の授業に臨ませ、かつ、授業中においても、潜水の上記危険を念頭に置いて、異常が生じた場合には直ちにこれを救助し得るよう監視すべき安全配慮義務が課されているというべきである。 A教諭にあっては、潜水した距離を評価の要素とし、正式な検定に加え、自由練習中に潜水距離が更新できたら、それも自己申告させて評価対象にするとの方針で授業に臨んでいたこと、さらに、事実上、潜水距離に制限を設けず、むしろ潜水可能距離をできるだけ伸ばすような指導をしてきた。してみると、生徒らの水泳の習熟度や、その理解度、生徒らの年齢を考慮に入れても、本件におけるA教諭らの指導内容は、水泳授業を実施する教諭としての生徒に対する安全配慮義務に違反していたというべきである。 |
○横浜市立中山中学校事件(最高裁第二小法廷1987年2月6日判決) M教諭は、中学校三年生の体育の授業として、プールにおいて飛び込みの指導をしていた際、スタート台上に静止した状態で頭から飛び込む方法の練習では、水中深く入ってしまう者、空中での姿勢が整わない者など未熟な生徒が多く、その原因は足のけりが弱いことにあると判断し、次の段階として、生徒に対し、二、三歩助走をしてスタート台脇のプールの縁から飛び込む方法を一、二回させたのち、更に二、三歩助走をしてスタート台に上がってから飛び込む方法を指導したものであり、被上告人Yは、右指導に従い最後の方法を練習中にプールの底に頭部を激突させる事故に遭遇したものであるところ、助走して飛び込む方法、ことに助走してスタート台にあがってから行う方法は、踏み切りに際してのタイミングの取り方及び踏み切る位置の設定が難しく、踏み切る角度を誤った場合には、極端に高く上がって身体の平衡を失い、空中での身体の制御が不可能となり、水中深く進入しやすくなるのであって、このことは、飛び込みの指導にあたるM教諭にとって十分予見しうるところであったというのであるから、スタート台上に静止した状態で飛び込む方法についてさえ未熟な者の多い生徒に対して右の飛び込み方法をさせることは、極めて危険であるから、原判示のような措置、配慮をすべきであったのに、それをしなかった点において、M教諭には注意義務違反があったといわなければならない。 |
○埼玉県立熊谷高校水泳部事件(浦和地裁1993年4月23日判決) 原告が昭和六〇年一二月二〇日、熊谷高校水泳部のクラブ活動として、行田市民体育館内室内プールにおいてH教諭立会の下、スタートダッシュの練習をした際、プールの底に頭部を打ち、頚髄損傷の傷害を負い、重大な後遺症が残った。 水泳が飛び込みによる重大事故発生の危険な一面を有し、このような重大事故が水泳の熟練者に発生することも少なくなく、H教諭自身このようなことについての一般的知識を有していたこと、本件プールが、高校生以上の者がスタート台から逆飛び込みをした場合、事故を起こす危険性が高いという点で瑕疵があったこと、本件プールはスタ−ト台直下の水深が熊谷高校のプールよりも満水時で二五センチメートル浅いこと、本件プールでのスタートダッシュの練習は昭和六〇年のシーズンオフに入ってからは初めてであったこと等を考慮すれば、H教諭には、本件事故発生について予見可能性があったものといわざるを得ない。 H教諭としては、スタートダッシュの練習を始めるに当たって、水泳部員に対し、各部員の度量、経験の度合に応じ、入水角度が大きくならないよう適切な飛び込み方法を具体的に指導すべき注意義務があったというべきである。 |
○福岡県公立小学校水泳クラブ事件(福岡高裁2006年7月27日判決) 本件小学校では、6年生の全員と5年生の希望者を対象に、放課後、水泳の練習を行う水泳クラブを設けていた。水泳クラブには選手コースと皆泳コースとがあり、7月19日の本件練習に参加した被控訴人Bは、皆泳コースを希望した。午後3時35分ころ、A教諭が児童に「残り5分間だけ自由に泳いで練習してよい」旨述べて最後の流し練習をすることとなった。スタート台から泳ぎ始めたBは、ゴール手前付近まで泳いで来ていた。Bの後を泳いでいた5年生男子児童はゴールに達した時、ゴール付近の水面にうつ伏せのまま失神状態で浮かんでいるBに気付いた。児童らは協力してBをプールサイドに引き上げる一方で、本件プール内から「先生」などと声を出して本件両教諭に、Bの異変を知らせた。Bは、プールサイドに引き上げられて救命措置を採られたものの、心肺停止の状態のまま救急車によって病院に搬送され、その後重篤な後遺障害が残った。 (監視上の注意義務違反の有無ついて) その児童数(65名)及び練習内容を前提とする限り、これらの指導及び監視のすべてを2名の本件両教諭で行うことには、態勢として無理があったというべきである。・・・児童によって呼びかけられるまで、この異変に全く気付かなかったというのである。その意味で、本件両教諭には、本件練習を行うに当たり、水泳中の児童らの動静に目を配り、その安全を図るべき注意義務を尽くさなかった過失があったものといわざるを得ない。この点、控訴人は、Bはもがくことなく水面にうつ伏せの状態にあったから、その異常を発見することは不可能であり、本件両教諭が児童らの監視を怠った事実はない旨主張する。しかし、溺水者が常に激しくもがく動作を行うとは限らないのであり、もがく動作が見られないことは溺水として特異なケースであるとまではいえないから、プール内で特に動くこともなく浮いている者についても、注意を払うべきであったことに変わりはないといわなければならない。 |
○千葉市立緑町中学校事件(千葉地裁1974年11月28日判決) 緑町中学校三年生の三時限目は水泳のテストであつた。テストは逆飛び込み、クロールであつたが、・・・T教諭は約一五メートルの間Aを観察して採点し、その後次次に後順位の生徒の採点を行なつていつたが、右採点中Aはスタート台から約二〇メートル行つた先き辺りで突然手足をバタバタさせて水中を浮き沈みした。これに気づいたのは、Aの前を泳いでプール端に着いていたOという生徒であつたが、同人は直ちにプールの中からT教諭に急を告げたので、同教諭はプールに飛びこみOその他の生徒らとAをプールサイドに引き上げた。Aはプールサイドにあおむけに寝かされたが、白眼をむき全身が激しくけいれんしていた。T教諭は、頬を叩いたり、大声で呼びかけたりなどしたが、Aの意識は戻らなかつた。急報を受けたS教諭はAに呼気蘇生法(マウス・ツウ・マウス法)を数回行うなどしたが、なにらの反応がなかつた。間もなく、救急車によって病院に搬送されたが、結局蘇生させることができなかつた。同病院における診断によれば、Aの死因は心不全であつた。 T教諭や学校側が蘇生法たる心臓マッサージを施用しなかつたことは、結果的に非難せられなければならない。しかしながら、心臓マッサージを施用した場合の蘇生率が相当程度の高確率であるとするならば、そこに当然因果関係の成立を認めなければならないが、このような確率を認むべき証拠はない。この点の認定ができないかぎり、心臓マッサージの不施用と死亡との間に因果関係を認めることはできないといわねばならない。即ち被告らが右措置をとらなかつたがためにAが死亡したということはできないのである。 ○愛知県岡崎市スイミングスクール事件(名古屋地裁2005年6月24日判決) スイミングスクールの生徒であるBは200m個人メドレーのタイムを測定する進級テストの途中のクロールの段階で、水泳を中断し立ち止まった。Yコーチは「大丈夫か」「上がるなら上がりなさい」などと声をかけていたが、Bが約25m歩いて移動したあと水没したため、ここでBを助け上げ救命措置を施した。 Bの死因が溺死であったと認めるには足りず、さりとて本件全証拠によってもBの死因を明確に特定することはできないものといわざるを得ないから、Bの死因については原因不明の突然死というほかない。 Bが水泳を中断した当初の時点においては、コーチとしての注意義務違反があったということは困難である。しかし、Bが水泳を中断した後、腕や足に異常が発生したことを示す兆候が生じた時点で、即座にプールから出す措置を採るべきであったといわなければならない。 Bの死因については原因不明の突然死であるといわざるを得ないことからすると、仮にYが上記の時点でBをプールから出す措置を採ったとしても、そのことから直ちにBを救出し得たものと認めることは困難であり、他に相当因果関係を認めるに足りる的確な証拠はない。 |
○千葉市立緑町中学校事件(千葉地裁1974年11月28日判決) 校医がかけつけるまでの間に、学校側は人工呼吸のみを行い心臓マッサージを施していない。被告Tの体育教師としての地位、責任から考えれば、同被告としては体育の授業中生徒が心臓発作に襲われる場合が起ることは皆無ではないのであるから、かかる場合にとるべき応急措置としての心臓マッサージについての知識、方法を当然に心得ていなければならないもので、本件事故当時(昭和四五年)においても、右知識方法は独り医師にのみ要求されるものではなく、体育教師にも要求されるものである。このことは校医がかけつけるまでにAの救護に当つた体育主任S、養護教諭Hらについてもいえることである。 ○神戸市立東落合中学校事件(神戸地裁1990年7月18日判決) 原告は、一般蘇生法と異なり、気道確保や人工呼吸をすることなく直ちに心臓マッサージを施した担当教諭の措置に救助義務違反の過失があったと主張するが、被害生徒のプールサイドから引き上げられた直後の容体は、呼吸が弱いながらも継続していることが確認されたものの、鼓動は確認できないほど衰微していたと認められ、これらの事情から判断して、担当教諭が蘇生法の第一段階として心臓マッサージを選択したことは、必ずしも不相当であったということはできない。 ○北海道手稲高校事件(札幌高裁2001年1月16日判決) 控訴人らは、T教諭は亡一郎をプールサイドに引き揚げた後に行った意識喚起行為に時間をかけ過ぎ、そのため、心肺蘇生術に入るのが遅れたと主張する。しかし、T教諭が亡一郎をプールサイドに引き揚げた後に行った行為は前記認定のとおりであって、心臓マッサージや人工呼吸に入る前にこれら意識喚起を行ったことが無駄であり、これらを措いて心臓マッサージや人工呼吸に入らなかったことが直ちに過失になるとは認めがたい。 控訴人らは、後から駆けつけたN教諭の過失を主張するところ、救助者が二人いる場合には、一人が心臓マッサージを、一人が人工呼吸を行うのが望ましいとされていることは控訴人ら主張のとおりである。・・・二人同時の施術に踏み切らなかったことが違法になるとまでは認めがたいところである。 人工呼吸法として、現在ではマウストゥマウス法の方がジルベスター法よりも一般に薦められている方法であることが認められる。しかしながら、ジルベスター法が無効な方法であるというわけではなく、・・・本件でこれを採用しなかったことが直ちに過失になるとまでは認められない。 |
○福島県立石川高校事件(福島地裁白川支部2008年3月21日和解) (本件は高校3年の男子生徒が、水泳授業の潜水テスト中にプールで溺水死亡した事故で、原告側は、学校側が被害生徒の溺水に気づいてから救急車を呼ぶのに手間取り、時間がかかりすぎたことに救護義務違反があると主張した。以下は原告側の主張する事実である。) @ 保健室から毛布を持ってくるように指示された生徒らは、保健室にかけつけ、養護教諭に救急車を呼んでほしいと頼んだ。しかし、養護教諭は「様子がわからなければむやみに救急車は呼べない」として、救急車を手配する事を躊躇した。 A 養護教諭は、生徒らに案内されてプールサイドまで行き、プールサイドにいた別の教師から、重体である、との説明を受け、ようやく事態の重大性に気づいたが、それでも、自らは救急車の手配をすることなく、救急車の手配を学年主事に求めた。救急車の手配は学年主事の判断で行われた。 B 連絡を受けた救急車が石川高校に到着したのは、午後1時5分であった。生徒らが被害生徒の異常を認め、プールから引き上げてから既に15分が経過し、異変が生じてからは20分近くが経っていた。 |
○愛媛県丹原町立徳田小学校事件(松山地裁西条支部1965年4月21日判決) 昭和三五年七月一五日の第二時限目、徳田小学校は正規の体育授業として、六年生六〇余名を対象に水泳練習を本件プールで実施した。ところがその後一五分間の休憩時間を経て第三時限の授業が始まつた際、Wの机が空席で衣類だけが置いてあつたので大騒ぎとなり、直ちに教師児童らがプールに駆けつけ捜索が行われたが、水底が見透せなかつたため、しばらくは果してプールの底に沈んでいるものか否かも分らず、やがて来合わせた教師数人がプールに入り横一列に手をつないで端から足で探つていつた結果、捜索開始から約五分後、境界斜面近くの深部水底に頭を斜面の方向にして仰臥しているWを発見したのであるが、すでに呼吸も脈博も止つており、その後プール脇において約三時間に亘り施された人工呼吸法、カンフル剤注射等の手当も甲斐なく、Wは遂に蘇生しなかつた。 本件プールを管理するに当つては、彼等に深部と浅部の境界を認識させ、深部は危険であるからこれに近寄らないよう周知徹底させる手段を講ずべきことはいうまでもないところであるが、更に小学生程度ではまだ十分な注意力をこれに期待できないから、常時とは云わないまでも、少くとも浅部を使用すべき小学生を泳がせる際には、遊泳中彼等が誤つて深部に赴くことを防止するに足る方法(例えば境界水面にロープを張り渡すなど)を講じておくべきこともまた当然の要請といわなければならない。 水泳プールには衛生上はもちろん、危険防止の見地からも少くとも水底を透視できる程度に澄んだ水を使用すべきものであり、且つ一般にそうしているものであることは明らかである。しかるに本件プールの水が混濁していたこと及びその混濁の程度が著るしかつたことは証拠のとおりであり、しかも前日新しく入れ換えたばかりの水にしてすでにそうなのであるから、この点においても本件プールは練習用プールとして通常備うべき安全性を欠いた瑕疵があるといわなければならない。 |
○大阪市立泉尾工業高校水泳部事件(大阪地裁1981年2月25日判決) 本件取水口のそばに立つたとしても、足を吸い込まれる事態はおこらない。本件取水口に足を挿入すると、閉塞比が七〇%程度までは足を吸い込まれる事態はないが、七五%をこえると吸引力が急速に高まり、足が吸い込まれて全閉塞状態に至る危険がある。全閉塞状態になれば、自力で足を引抜くことは不可能である。Kは事故当日午後三時五分ころまで本件プールで水泳部の水泳練習をし、それに引続いて同プール内に遊んでいるうちに同日午後三時二〇分ころ本件取水口の深さに興味をもち、左足を太ももまで本件取水口に挿入したところ、吸引力が増したため左足を吸い込まれ右取水口を太ももで全部密閉したため、足を引抜くことができなくなり溺死した。 本件プールの使用者が高校生であるとしても、本件被害者のように義務教育修了直後で中学生と大差のない者もおり、かつ精神的発達には個人差が大きい点からすると、右の危険のある本件取水口に足が挿入できないように防護柵を設けなかつた点は、本件プールの設置に瑕疵があつたと認められる。さらに、本件取水口の危険について格別警告することなく本件プールを使用させた点に管理の瑕疵があつたと認められる。 |
○大阪府立成城工業高校事件(大阪地裁1995年2月20日判決) 本件は、原告の長男Nが成城工業の第三学年に在籍し、平成元年九月一三日の五時間目、同校に設置されているプールにおいて、体育担当教諭の指導の下、水泳の授業を受けて飛び込みの練習をしていた際、本件プールの底に頭を打ちつけて死亡したため、Nの母親である原告が、体育教諭の指導上の過失又は本件プールの設置管理上の瑕疵を理由に、損害賠償を求めたものである。 本件プールは本件事故当時に適用されていた一九八七年改定の水泳連盟の公認規則には適合しているけれども、同規則は一九九二年に改定され、水深一・二〇メートル未満の場合にはスタート台(飛び込み台)の設置が禁止されることになった。一九九二年に改定された公認規則の評価は本件事故当時についてもあてはまるというべきである。本件プールは、満水時においても飛び込み台から前方二メートルの地点で水深が一・一四メートルであるから、一九九二年改定の公認規則に定める基準を充たしていない。 以上によれば、本件プールは、成城工業の生徒が普通に平泳ぎやクロールなどの泳法の授業を受けている限りにおいては、人身事故が発生するといった危険性は低いといえるけれども、立ち飛び込みで飛び込みをする場合には、人身事故発生の危険が存在するのであるから、本件授業で(授業内容として)立ち飛び込みが行われていたという点において、本件プールは、そのような方法により使用されるプールとして通常有すべき安全性を欠いていたものであり、本件プールには設置管理上の瑕疵があったというべきである。 |
水 深 | スタート台の高さ(水面上) |
1.00〜1.10m未満 | 0.25m±0.05m |
1.10〜1.20m未満 | 0.30m±0.05m |
1.20〜1.35m未満 | 0.35m±0.05m |
○明石市立小学校事件(神戸地裁明石支部2003年3月26日判決) 本件は、原告が被告明石市が設置管理する小学校在学中にプールの清掃作業を行った際に、被告日本曹達が製造販売するハイクロンの水溶液で右手首から肘にかけてやけど様の傷害を負ったとして、その損害賠償を請求した事件である。 原告の症状は基本的にはハイクロンによる接触性皮膚炎であるが、原告の体質及び原告が金たわしで患部付近を擦ったことが影響している可能性が大きい。 被告明石市は、ハイクロンが本件事故のように化学熱傷を起こすことの予見可能性がなかった旨主張するが、化学熱傷についての予見可能性はないとしても、ハイクロンの比較的高濃度(プール水の消毒に使用する場合の濃度との比較)の水溶液に直接素手で触ることが皮膚に影響を与えることは、予見可能性があるというべきである。 被告日本曹達作成のリーフレットには、「プールの清掃」との表題のもと、同溶液は強い酸化漂白作用があるので、目や身体、衣服にかからないように注意し、かかれば速やかに水洗いすること、清掃中は長靴、ゴム手袋を着用することが明記されているのであるから、これにしたがっていれば、本件事故の際のように、水着でビーチサンダル、素手でたわし等で作業を行うといったことはなかったのであって、更に身体にかからないように作業するように児童に事前に注意してさえいれば、腕や足にかかることも殆どなかったと考えられ、本件事故は発生していないものと考えられる。 |
○大商学園高校事件(大阪地裁1996年12月25日判決) 原告は、本件学園で保健体育科の教諭として勤務する一方、本件学園の水泳部の顧問として同部に対する水球指導に当たっていた。原告の実施する水泳の授業で、リレー競争で負けたグループに対する罰ゲームとして潜水を課すこととし、同学級の水泳部員に模範を示してもらうことを考えて水泳部員を捜したところ、同学級中唯一の水泳部員である生徒Eが授業を見学していることに気が付いた。生徒Eが水着を所持していない旨申し述べたところ、原告は、これに立腹して同人を叱りつけると共に、所持していたスタート用ピストルで同人の前額部を二、三回叩き、水着なしで泳ぐように強く指示した。このため、生徒Eは、級友の注視する中、全裸の状態で、プールの横幅を潜水泳法のままで往復した。 本件事件に関して生徒Eには特段責められるべき事情が見当たらない以上、本件事件は、そもそも、生徒Eの非違行為に対する制裁というべき性質を有するものですらなく、またその動機、手段、態様及び結果のいずれに徴しても許容の余地はない。ゆえに、被告が、本件事件をもって原告に対する何らかの懲戒を発動する理由となし得ることは明らかである。 原告は、自己の感情ないし立腹に任せて、ほしいままに、従属的な立場にある無抵抗の生徒Eに義務なきことを不当にも強制したとみるのが自然であり、・・・本件事件について教育的意図ないし配慮を云為する余地は全くなく、また、本件事件の態様、ことにそれが思春期の少年にとり、はなはだ屈辱的なものであったことに徴すると、生徒Eの被った精神的損害は極めて重大であって、それが軽微であったというべき余地はない。 |
○米子高専事件(鳥取地裁2004年4月20日判決) 本件は、米子高専において、セクハラ被害を受けたとの投書をきっかけに厳重注意処分を受けた原告体育教官が、同処分や教官会議、新聞取材及び全校集会における校長発言は名誉棄損の不法行為であるとして慰謝料等を請求した事案である。 校長は厳重注意の理由について、要旨、次のとおり説明した。 (ア) 柔軟体操の補助の指導の際、男女同等に指導したという口実で、女子学生に上半身を密着させて補助を行ったのは、いささか配慮に欠ける。 (イ) 水泳の授業で出席を取っている時、見学の申し出に生理の詳細を聞くことは、現在ならセクハラ行為であるとされる。 (ウ) 廊下で抱きついた件については、目撃証言もあり、なんらかのセクハラを思わせるような行為があったと認めざるをえない。 校長は、セクハラ委員会での検討の結果、女子学生の投書内容のうち、その一部を認定し、セクハラと疑われる事実と判断し、本件厳重注意処分を行うことが相当であると判断し、これを言い渡したものであるが、同処分は適法、相当であったということができる。 |
○保善高校事件(東京地裁2002年1月28日判決) 本件は、平成11年当時、高等学校のラグビー部に所属していた原告らが、同校を設置する学校法人N及び当時の教頭兼ラグビー部部長であったPを被告として、被告らが、平成8年に発生した同校ラグビー部員間の暴行事件に関して、同11年9月29日に、東京都高等学校体育連盟に対し同校ラグビー部の公式戦の出場を1年間辞退するとの届出をしたことは、学校長及びラグビー部部長の裁量権を逸脱した不合理、不当な行為であり、これによりラグビー公式戦に出場するという法的利益を侵害されたなどとして、不法行為に基づき、損害賠償を求めている事案である。 学校長は、学校教育法に基づき教育課程を編成し執行する権限ないしクラブ活動における具体的活動に対して権限を有するのであって、これらは、教育的見地からの学校長の裁量事項ということができる。そうだとすると、クラブ活動の一つである本件ラグビー部の具体的活動に対し、S校長は権限を行使することができ、本件決定等は、まさにS校長の権限行使に当たる。 本件決定等は本件ラグビー部の暴力的体質を改善する目的でなされたものである。本件決定等は、平成8年の本件暴行等事件後の調査により発覚した本件ラグビー部員間による継続的な暴力行為の存在と、平成11年1月に発生した本件ラグビー部員間の暴力行為といった経緯を踏まえて、検討され、決定されたものであって、合理性のあるものと解するのが相当である。 |
[1] | 河北新報社2008年7月22日、読売新聞2008年7月29日 |
[2] | 山形新聞2008年7月25日 |
[3] | スポーツ事故をめぐる訴訟事件を種目別にみると、水泳関係の事件が全体の2割を占める。日本水泳連盟編『水泳プールでの重大事故を防ぐ』78頁、ブックハウス・エイチディ(2007年) |
[4] | たとえば、福岡地裁小倉支部1984年1月17日判決、熊本地裁1970年7月29日判決など |
[5] | 「水泳等の事故防止について」2003年6月2日 15文科ス109 文部科学省スポーツ・青少年局長通知 |
[6] | 沖縄県金武町立中学校事件 最高裁第二小法廷1983年2月18日判決 |
[7] | 横浜市立中山中学校事件 横浜地裁1982年7月16日判決 |
[8] | 授業中に教員が禁止していた飛び込み方法(パイクスタート)を行ったことによる事故につき、指導教員の過失を否定した事例として大東市立四条北小学校事件(大阪地裁1986年6月20日)がある。 |
[9] | 「中国・昆明の高地トレで死亡 両親が日体大を提訴へ」朝日新聞2008年2月3日 |
[10] | 日本水泳連盟編「水泳コーチ教本(第2版)」98頁、117頁、大修館書店(2005年) |
[11] | 武藤芳照「水泳の医学」159頁、ブックハウス・エイチディ(1982年) |
[12] | 森浩寿「溺水事故防止策の検討」季刊教育法139号61頁、注(3) |
[13] | 独立行政法人日本スポーツ振興センター「学校における水泳事故防止必携(新訂二版)」121頁(2006年) |
[14] | 日本水泳連盟編「水泳コーチ教本(第2版)」475頁、大修館書店(2005年) |
[15] | 独立行政法人日本スポーツ振興センター「学校における水泳事故防止必携(新訂二版)」103頁(2006年) |
[16] | 業務上過失致死被告事件について、さいたま地裁2008年5月27日 |
[17] | http://www.swim.or.jp/11_committee/13_tools/pdf/guideline050706.pdf |
[18] | 部員を全裸にさせる例は時折散見される。私立高校野球部監督が全裸によるランニングを強要し強要罪に問われたものとして、岡山地裁倉敷支部2007年3月23日判決、市立中学校サッカー部の事例として、「顧問教諭は停職に PK外して全裸ランニング」朝日新聞2007年9月14日 |
[19] | 「公立学校等における性的な言動に起因する問題の防止について」1999年4月12日 文教地129 |
[20] | 大阪府教育委員会「教職員による児童・生徒に対するセクシュアル・ハラスメント防止のために」1999年3月26日 |
[21] | 判決は「学校教育法43条、51条、28条3項、同法施行規則57条、57条の2等」に照らして、「学校長は、学校教育法に基づき教育課程を編成し執行する権限ないしクラブ活動における具体的活動に対して権限を有する」としている(条文は事件当時のもの)。まず、本件のラグビー部は学習指導要領に定める「クラブ活動」ではなく、いわゆる「部活動」であるので、判決文中に本件ラグビー部が「クラブ活動の一つである」として、「クラブ活動」という文言を用いているのは正確ではない。次に、根拠法令としてあげられている法条のうち、学校教育法28条3項以外は部活動とは関係がないものである。すなわち、学校教育法43条は学科教科に関する事項、51条は準用規定、同法規則57条ないし57条の2は教育課程に関する規定である。一般的に部活動は正規の教育課程に位置づけられていない。したがって、これらの法条から、「学校長は、学校教育法に基づき教育課程を編成し執行する権限」を有するということはできるが、学校長が部活動に関する権限を有するという結論を導き出すことはできない。だた一つ、学校教育法28条3項には、「校長は、校務をつかさどり、所属職員を監督する。」とあるので、校務に部活動が含まれるとすれば、同条から、校長が部活動に関する権限を有するという解釈は可能である。 |
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