◆201012KHK237A1L0532M
TITLE: 注目の教育裁判例(2010年12月)
AUTHOR: 羽山 健一
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注目の教育裁判例(2010年12月)
羽 山 健 一
ここでは、公刊されている判例集などに掲載されている入手しやすい裁判例の中から、先例として教育活動の実務に参考になるものを選んでその概要を紹介する。詳細については「出典」に示した判例集等から全文を参照されたい。
- 平成19年度全国学力調査結果公開請求事件
大阪地裁 平成21年5月15日判決
- 藤沢市立中学校いじめ適応障害事件
横浜地裁 平成21年6月5日判決
- 認定就学者として中学校への就学指定を求めた事件
奈良地裁 平成21年6月26日決定
- 北九州市立小学校児童体罰後自殺事件
福岡地裁小倉支部 平成21年10月1日判決
- 神戸市立中学校柔道部暴行事件
神戸地裁 平成21年10月27日判決
- 江戸川学園取手中学・高校道徳教育事件
最高裁第一小法廷 平成21年12月10日判決
- 名古屋市立小学校4段ピラミッド転落事件
名古屋地裁 平成21年12月25日判決
- 福岡県立高校陸上競技部大会中負傷事件
福岡高裁 平成22年2月4日判決
- 杉並区立中学校補習事業「夜スペシャル」事件
東京地裁 平成22年3月30日判決
- 京都市立中学校いじめ転校事件
京都地裁 平成22年6月2日判決
- 大阪市立高校体操部頚髄損傷事故事件
大阪地裁 平成22年9月3日判決
◆ 平成19年度全国学力調査結果公開請求事件
【事件名】 公文書非公開決定処分取消請求事件
【裁判所】 大阪地裁判決
【事件番号】平成20年(行ウ)第22号
【年月日】 平成21年5月15日判決
【結 果】 棄却(控訴)
【経 過】
【出 典】 判例時報2065号31頁、判例タイムズ1306号246頁、判例地方自治324号46頁
事案の概要:
文部科学省が全国の小学校6年生及び中学校3年生を対象にして行った平成19年度全国学力・学習状況調査に関し、原告が枚方市情報公開条例に基づいて、同条例所定の実施機関である枚方市教育委員会の委任を受けた枚方市教育委員会委員長に対し、各中学校別平均点(全校分)の情報の公開を請求したところ、同教育長が、条例6条4号(いわゆる国等協力関係情報)該当を理由として本件情報を非公開とする決定をしたため、原告がその取消しを求めた。
判決の要旨:
本件情報を非公開としなければ、同調査の目的の達成に支障が生じるにとどまらず、同調査を実施する意義そのものを没却することにもなりかねないから、本件情報を非公開とすることは同調査を適切に遂行し、もってその目的を達成する上で、必要不可欠なものであり、かつ、教育基本法の定める義務教育の理念等にも沿う合理的なものということができる。
本件情報は、本件条例6条4号の「市が国、他の地方公共団体又はこれらに準ずる団体(以下「国等」という。)と協力して行う事務事業又は国等から依頼、協議等を受けて行う事務事業に関して作成し、又は取得した情報であって、公開することにより、市と国等との協力関係を著しく損なうと認められるもの」に該当するというべきである。
補足:
学力調査の結果を公開することについて、裁判所の判断は分かれている。本件と同じ、文部科学省実施の平成19年度全国学力・学習状況調査結果の市町村別・学校別情報について、鳥取地裁平成21年10月2日判決は、「当該情報の公開によって、国が実施する学力テストの適正な遂行に支障を及ぼすおそれがあるということもできないし、県教育委員会が学力テストの結果を活用して行う教育施策に支障を及ぼすおそれがあるということもできない」として、非公開決定の取消しを認めた。
全国規模の調査ではないが、枚方市立中学校の生徒を対象として実施した中学校学力診断テストに関する情報について、大阪地裁平成18年8月3日判決と大阪高裁平成19年1月31日判決は、非公開処分を違法として取消している。
◆ 藤沢市立中学校いじめ適応障害事件
【事件名】 損害賠償請求事件
【裁判所】 横浜地裁判決
【事件番号】平成19年(ワ)第4220号
【年月日】 平成21年6月5日
【結 果】 一部認容・一部棄却(確定)
【経 過】
【出 典】 判例時報2068号124頁
事案の概要:
Y市立中学校の生徒であったXが、同級生のいじめを受けて適応障害及び心因性聴力障害等の症状を被ったのは、学校側の生徒に対する安全配慮義務に違反する不法行為によるものであるとして、Y市に対して国家賠償を請求した。本件いじめの中心となったのは、@通学用布製カバンを刃物で42か所切られ、17か所にいたずら書きをされたこと、A教室に置いていたXの通学用ビニール製カバンが刃物で切られたこと、BXのセーターの袖口が2か所切られた事件等である。
判決の要旨:
学校側の対応は、初動において問題の重要性が認識されず、学校全体で連携して対処すべき貴重な契機を失わせた。また、学校の対応には加害生徒特定のための努力や工夫が見られないだけでなく、貴重な手がかりとなる情報や、対質の機会を無為に終わらせている点で、裁量の範囲を逸脱したものである。いずれの事件についても学校側に安全配慮義務違反が認められる。
補足:
本件の事実認定においては、当事者の主張する事実が大きく食い違っており、また、加害者が誰であるかは特定されていない。判決文を読む限りでは、本件は全貌が見えないミステリーのような事例である。学校側は事件発生後、速やかに調査を行っているが、加害者の特定には至っていない。原告Xは加害者として怪しい生徒の名前をあげているが、それらの生徒が事件を起こしたと疑う合理的な証拠は見いだせない。
判決は、本件学校がいじめ行為の撲滅、防止のために、事態に応じた適切な措置を採っていないことを指摘しているものの、具体的にどのような措置を採るべきであったのかということは述べていない。いじめ事件の解決のためには、事件の全容を明らかにし加害者を特定することが不可欠であるが、こうしたことを実行する学校の調査能力は、減退しているように思われる。なお、原告は卒業後、警察署に@ないしB事件の被害届を提出し、これを受けて警察が捜査をしたが、加害者は不明のままであった。
◆ 認定就学者として中学校への就学指定を求めた事件
【事件名】 仮の義務付け申立事件
【裁判所】 奈良地裁決定
【事件番号】平成21年(行ク)第4号
【年月日】 平成21年6月26日
【結 果】 認容(抗告)
【経 過】
【出 典】 判地自328号21頁
事案の概要:
奈良県Y町に住所を有する申立人Xは、脳性麻痺による四肢機能の障害を有していた。Xの保護者らは、町立小学校卒業後、Xを地元の町立C中学校に就学させたいと考え、その希望をY町教育委員会に伝え、交渉をしていた。しかし、町教育委員会は、Xについて、認定就学者には該当しないと判断した。
これに対しXおよび保護者はC中学校への就学を強く希望しており、XはY町を被告として、町教育委員会が、Xの就学すべき中学校としてC中学校を指定することの義務付けを求める訴え(本案訴訟)を提起した。本件は本案訴訟に関して、行政事件訴訟法37条の5第1項に基づき、Xの就学すべき中学校につき町教育委員会がC中学校を仮に指定するよう求めたものである。
認定就学者というのは、学校教育法施行令5条1項1号に該当する障害者等のうち、同項2号に基づき「市町村の教育委員会が、その者の障害の状態に照らして、当該市町村の設置する小学校又は中学校において適切な教育を受けることができる特別の事情があると認める者」のことをいう。認定就学者については、市町村の教育委員会から、就学すべき小学校または中学校を指定されて、保護者に対して入学の通知がなされる。
判決の要旨:
本件指定が抗告訴訟の対象となる行政処分に該当し、申立人が本案訴訟について原告適格を有することは明らかであるところ、Y町教育委員会は、C中学校の現状の施設、設備及び教員の配置に固執したまま、現状においてとりうる手段や改善の余地等を検討することなく、申立人の障害の状態に照らして、同校において適切な教育を受けることができる特別の事情があるとは認められないと判断したものであって、申立人が認定就学者に該当するか否かにつき、慎重に判断したとは認め難く、著しく妥当性を欠き、特別支援教育の理念を没却するものとして、その裁量権を逸脱又は濫用したものとして違法というべきであるとして、申立を認容した。
Y町側は、C中学校での就学が困難である理由として、@施設の構造、設備等の問題(4階建てでエレベーターがなく、スロープもない。介助員と教員による車いすの昇降は危険など)、A専門性のある教員の確保困難性を主張していた。しかし、本件決定は、@につき各学年の教室を変更して階段の昇降回数を減らしたり、バリアフリー化のための国庫補助により整備できたり、可能な範囲でスロープを設置するなどで工夫を試みる余地はあると述べ、Aにつき、国の「特別支援教育支援員」配置への地方財政措置があること、専門性ある職員の必要性についても、Xは知的障害や精神疾患等が障害が認められず、教員による補助が必要なのは、専ら四肢機能を補うことに尽きるのであって、現在在勤のC中学校の教員らで対応可能であると述べて、Y町側の主張を斥けている。
補足:
かねてより、障害者を特別支援学校(障害児学校)に就学させるか、小学校・中学校(通常学校)に就学させるかについては議論の的となっていた。そこで、障害者に小学校・中学校に就学させる途を開いたのが認定就学者制度である。この制度は、社会のノーマライゼーションの進展などの状況の変化を踏まえて、「障害のある児童生徒一人一人の特別な教育的ニーズに応じた適切な教育が行われるよう就学指導の在り方を見直すため」に設けられたものである(「学校教育法施行令の一部改正について」文部科学事務次官通知平成14年4月24日)。そして平成19年3月、認定就学者の認定にあたり保護者の意見を聴取することが義務付けられることとなった(学校教育法施行令18条の2)。この制度の枠組みは、障害者の就学校の指定について、本人の教育的ニーズや保護者の意向を重視しながらも、その決定はあくまで教育委員会の裁量的判断に委ねるというものである。
裁判所は、教育委員会の行った認定就学者非該当の認定は、その裁量権を逸脱又は濫用したものであると判示したが、この裁判所の判断には、申立人が町立小学校を卒業したこと及び、申立人の障害が身体障害に限られることが大きく影響したものと考えられる。また判決は、本人や保護者の意向を受けて通常学校における就学を積極的に支持し、現状の設備や職員等の環境について、その改善の可能性に言及している点において、特別支援教育の理念を超えて、近年の国際的な潮流であるインクルージョン教育の理念を色濃く反映したものであると考えられる。
認定就学者の認定が争点となった事例として、気管支喘息による病弱者の特別支援学校への就学指定に関する大阪地裁平成19年8月10日決定、その控訴審大阪高裁平成20年3月28日決定、及び、アレルギー性皮膚炎等による病弱者の特別支援学校への就学指定に関する大阪地裁平成20年7月18日決定がある。これらは、平成20年度末をもって閉鎖を予定していた特別支援学校(養護学校)への就学指定を求めた義務付け訴訟に係る仮の義務付け申立事件であるが、いずれも申立を認容した。
◆ 北九州市立小学校児童体罰後自殺事件
【事件名】 損害賠償請求(甲事件)、共済給付金請求(乙事件)事件
【裁判所】 福岡地裁小倉支部判決
【事件番号】平成19年(ワ)第243号・平成20年(ワ)第1012号
【年月日】 平成21年10月1日
【結 果】 一部認容・一部棄却(控訴)
【経 過】
【出 典】 判例時報2067号81頁、判例タイムズ1321号119頁
事案の概要:
本件は、被告北九州市が設置する小学校5年在学中に自殺したAの両親である原告らが、被告北九州市に対し、Aは、Aの担任であったB教諭による違法な体罰等が原因となって自殺した等と主張して、国家賠償法1条1項に基づき、損害賠償を求め、被告センターに対し、Aの死亡は、「学校の管理下において発生した事件に起因する死亡」に該当する旨主張して、独立行政法人日本スポーツ振興センター法に基づき、災害共済給付金の支払いを求めた事案である。
Aは体育と図工の授業を除き、最初の5分ないし10分しか授業に集中できず、B教諭より注意されても素直に聞き入れず、反抗することも多かった。自殺事件当日、教室内でAが新聞紙を棒状に丸めたものを振り回し、聴覚障害のある児童の顔にあてたことにつき、B教諭はAの行為を戒める必要性から、座っているAの胸ぐらを両手で掴みゆすった。そのためAはこれに抵抗し、いすから床に倒れた。Aが「帰る。」と言うと、B教諭は「勝手に帰んなさい。」と大声で言い返した。Aは教室後方の出入口付近から、水が半分程度入った500mlのペットボトルをB教諭に投げつけ、教室を飛び出した。Aは帰宅後に自室においてひもで首を吊って自殺した。B教諭は上記の教室での出来事を原告らに連絡せず、Aの自殺を知るまで、管理職にも報告していなかった。
判決の要旨:
B教諭は、信義則上の安全配慮義務として、Aの精神的衝動を和らげる措置を講ずるべき義務を負っていた等として、B教諭において過失があったこと、B教諭の過失とAの自殺との間に相当因果関係があったことを認定しつつ、被告北九州市の賠償すべき金額の算定にあたって、Aの心因的要因がAの自殺に相当程度の寄与をしていたとして9割の減額を行い、被告センターに対する原告らの請求を一部認容した。
補足:
一般的に生徒の自殺を予見することは困難であるが、判決は「Aは衝動的な行動に陥りやすい児童であり、B教諭はAが衝動的に自殺を含めた何らかの極端な行動に出る可能性は認識し得たというべきである」としてB教諭の過失を認めた。
Aの両親らは、Aが当日の出来事だけで自殺したとは考えにくいと思っていたようである。そこで、両親は、当日の懲戒行為の他にも、Aは学校において理不尽な叱責や指導を受けていたに違いないと考え、真相究明に躍起になる。事件数日後から、校長に対して事実解明を申し入れ、同級生やその保護者たちから事件当日の出来事やAの様子、B教諭の指導についての情報を集めはじめる。6カ月後には情報公開条例に基づき小学校が作成した事故報告書の開示請求を行いその開示を受けた。また、学校は事件翌日に5年生の児童を対象に「こころの健康調査票」と題するアンケートを実施したが、両親らはこの用紙についても開示請求を行ったものの、請求は認められなかった。こうした動きに対して、学校側は、事故報告書を見せたがコピーをとることを認めず、また、アンケート用紙を見せないまま廃棄した。両親らはこのような学校側の不誠実な対応に憤慨し、裁判のなかで「学校側はAの死因に関する事実を隠ぺいし、原告らの知る権利を侵害した」と訴えている。裁判所はアンケート用紙の廃棄を「およそ配慮が足りない」と諫めたが、この訴えは認めなかった。こうした経緯は、事故発生後における学校側の情報提供のあり方を考える上で参考になろう。
◆ 神戸市立中学校柔道部暴行事件
【事件名】 損害賠償請求事件
【裁判所】 神戸地裁判決
【事件番号】平成18年(ワ)第1905号
【年月日】 平成21年10月27日
【結 果】 一部認容・一部棄却(控訴)
【経 過】
【出 典】 判例時報2064号108頁
事案の概要:
Xは神戸市立中学校の1年生で柔道部に所属していたところ、柔道部の活動が終了し、柔道部顧問の教諭が柔道場を立ち去った後の更衣時間中に本件事故が発生した。同級生のAが両足でXに飛び蹴りをしかけ、柔道場の壁に後頭部を強打したXが反撃したことから、AがXを押し倒して手拳で数回殴打したことにより、Xに外傷性低髄液圧症候群等の傷害を与えた。XはAの両親に対して、親権者としての指導、監督を怠ったとし、また、中学校の教員らがAの日常的な暴力行為を放置した過失によるものであるとして、Aの両親に対して監督者責任に基づき、神戸市に対し国賠責任に基づき、損害賠償を求めた。
判決の要旨:
(Aの両親の監督義務違反の有無) Aは中学入学後、本件事故までに、傷害事件や暴行事件を数回起こしており、その都度担任の教諭から母親に連絡があり、厳重に注意するように要請されていたが、母親はAに対して喧嘩をしても手を出さないように注意するのみであり、また、父親においては、特段の注意指導をしたことが認められないことからすると、両親は、親権者としてAに対する適切な指導監督義務を懈怠したと言わざるを得ない。したがってAの両親はXの被った損害につき民法709条に基づく損害賠償責任を負う。
(神戸市の損害賠償責任の有無) 本件事故は課外のクラブ活動に付随する時間中に発生した事故であり、それまでに柔道部活動の前後にAの粗暴な行動があり、これを知っている本件顧問教諭としては、クラブ活動の終了後も立ち会ってAの下校まで見届ける義務があり、更衣時間に立ち会わなかった点において顧問教諭に過失があり、その結果、本件事故が発生したものと認められるから、神戸市はXに対して国賠法上の損害賠償責任を負う。
◆ 江戸川学園取手中学・高校道徳教育事件
【事件名】 教育債務履行等請求事件
【裁判所】 最高裁一小判決
【事件番号】平成20年(受)第284号
【年月日】 平成21年12月10日
【結 果】 破棄自判
【経 過】 一審東京地裁平成18年9月26日判決、二審東京高裁平成19年10月31日判決
【出 典】 民集63巻10号2463頁、判例時報2071号45頁、判例タイムズ1318号94頁
事案の概要:
学校法人Yが設置する中学校又は高等学校(本件各学校)に在籍していた生徒の親であるXらが、Yは、本件各学校の生徒を募集する際、学校案内や学校説明会等において、論語に依拠した道徳教育の実施を約束したにもかかわらず、子の入学後に同教育を廃止したことは、XらとYとの間で締結された在学契約上の債務不履行に当たり、また、Xらの学校選択の自由を違法に侵害したものとして不法行為を構成するなどと主張して、Yに対し、債務不履行又は不法行為に基づく慰謝料の支払い等を求めた。
1審は、Yに不法行為の成立は認められないとして、Xらの請求を棄却した。Xらが控訴したところ、原審は、Yの行為は親であるXらの学校選択の自由を侵害するものであり不法行為が成立するとして、慰謝料請求を一部認容した。これに対し、Yが、敗訴部分を不服として上告受理申立をした。
判決の要旨:
学校による生徒募集の際に説明、宣伝された教育内容等の一部が変更され、これが実施されなくなったことが、親の期待、信頼を損なう違法なものとして不法行為を構成するのは、当該学校において生徒が受ける教育全体の中での当該教育内容等の位置付け、当該変更の程度、当該変更の必要性、合理性等の事情に照らし、当該変更が、学校設置者や教師に教育内容等の変更につき裁量が認められることを考慮してもなお、社会通念上是認することができないものと認められる場合に限られるというべきであるところ、Yが論語に依拠した道徳教育を廃止したことをもって、社会通念上是認することができないものであるとまではいえない。
補足:
判示のように、教育内容や方法について、学校や教師が裁量権を有するというのは妥当なことである。しかし、学校がその裁量に基づいて決めた教育内容について、その実施を生徒募集に際して志願者や保護者に約束し、そして、現に実施されてきたにもかかわらず、それを廃止する(それも年度途中で)ことが、原則的に債務不履行に当たらないとする結論にはいささか無理があるように思われる。とくに、本件道徳教育は「他校に例を見ない独自のもの」で、本件各学校における「教育の基礎となっている」と説明されているから、在学契約の重要な要素と考えられるものである。
◆ 名古屋市立小学校4段ピラミッド転落事件
【事件名】 損害賠償請求事件
【裁判所】 名古屋地裁判決
【事件番号】平成20年(ワ)第5921号
【年月日】 平成21年12月25日
【結 果】 一部認容・一部棄却(確定)
【経 過】
【出 典】 判例時報2090号81頁、判例タイムズ1333号141頁
事案の概要:
Y市の設置する小学校の6年に在籍していたXは、小学校の運動場において、組み立て体操(組体操)の練習をしていたが、4段ピラミッドの最上段から落下し、左上腕骨外顆骨折の傷害を負った。そこで、Xは、組体操の練習の指導監督に当たっていた教員に過失があったとし、Yに対して、国家賠償法に基づき損害賠償を請求した。
判決の要旨:
本判決は、クラス担任の教員は、4段ピラミッド付近に教員を配置し、組立てを途中で中止するか、落下するXを受け止めたりすることによって、Xの負傷を防ぐことができたにもかかわらず、このような措置を採らなかったとして、その過失を認め、Yの責任を肯定した。
本件において、Yは、Xは立ち上がりのポーズをとるまで安定した状態にあり、しゃがもうとした際にバランスを崩し、背中の方に意図的に跳躍するという突発的な行動に出たのであるから、担任教員に過失はないなどと主張した。裁判所は、教員の合図によって、Xが4段ピラミッドの最上位で立ち上がったところ、3段目以下の児童の体が動くため、足場が安定せず、バランスを保てなくなり落下したと、事実認定した。そして、教員らは、@Xに対して、落ちそうになった際の対応など、危険を回避・軽減するための指導を十分に行っていなかった、A3段目以下の児童が不安定な状況にあったのに、これを把握しないまま漫然と合図を出した、B教員を本件4段ピラミッドの近くに配置していなかったのであるから、注意義務を怠った過失があるとした。
補足:
本件では、事故の発生が生徒本人の不注意によるものか、あるいは、教員の不適切な指導によるものかが争われた。その中で、学校側は、教員らの保身のために殊更に虚偽の事実を主張するなど誠意のない対応をとっており、本判決はそのことをを考慮して、Yに対して慰謝料の支払を命じた。その学校側の対応は、そのまま裁判所に対しても不誠実な対応となっており、具体的には、@事故発生時の教員の立ち位置について虚偽の主張をし、また、それに沿うかたちで当該教員も虚偽の証言をした、A教頭が児童への事情聴取をする際に、Xが跳び降りたか否かを聞き取ることなしに、これを前提として聞いていることなどである。本判決は、こうした学校側の対応を、「本件小学校は、教員らの保身のために、本件事故の状況について、学校側の責任が軽くなるように意図的に工作している」と厳しく非難している。本件は、事故後における学校側の不誠実な対応が、生徒・保護者の不信を生み、問題をよりいっそうこじらせ、訴訟においても、その不誠実な対応についての責任が問われた事例として参考になろう。
◆ 福岡県立高校陸上競技部大会中負傷事件
【事件名】 損害賠償請求控訴事件
【裁判所】 福岡高裁判決
【事件番号】平成21年(ネ)第684号
【年月日】 平成22年2月4日
【結 果】 変更(上告・上告受理申立)
【経 過】 一審福岡地裁平成21年7月17日判決
【出 典】 判例時報2077号46頁
事案の概要:
Yの設置する高校の2年生に在籍するXは、陸上部に所属していたところ、平成16年8月13日、陸上部の棒高跳びの練習中に、跳躍に失敗し、左足関節前脛腓靱帯損傷の傷害を負い、外科病院の診察、治療を受けた。そして、Xは、同年9月5日、高校新人陸上競技大会に出席し、棒高跳びの競技に出場したが、空中でバランスを崩してマットに落下し、第6頚椎脱臼骨折等の傷害を負った。そこでXとその両親は、Xを右競技大会に出席させた顧問教諭に安全確保義務違反の過失があったとし、Yに対して損害賠償を請求した。
1審は、Xの8月の負傷は医師によっても著明に改善し、右競技大会への出場も禁止されない程度に回復していたのであるから、右競技大会に出席したとしても何らかの危険性があると具体的に予見することができたと認めるに足りる証拠はないとし、顧問教諭の過失を否定して請求を棄却した。そこでXらは、1審判決を不服として控訴した。
判決の要旨:
本判決は、Xは右競技大会の約3週間前に左足首をひねるという負傷を負っていたこと、その直後の国体選考会への出場を棄権したこと、右競技大会の前日、顧問教諭と相談の上、幅跳び及びリレーを棄権したことなどを総合すれば、顧問教諭としては、Xが右競技大会に出場すれば、安全にかかわる事故が発生する危険があることを具体的に予見することが可能であったとし、しかるに顧問教諭はXを右競技大会に出場させた過失があったとして、Yの国家賠償責任を肯定し、1審判決を変更した上、Xらの本訴請求を認容した。
補足:
本件において、Xを大会の1週間前に診断した医師は、「症状が著明に改善し、腫れも圧痛もないない」と診断し、本件大会への出場を止めなかった。また、Xは自らも、体調に不安はあるものの、棒高跳びを跳ぶことができるという自信があったことから、出場を希望していた。これらの事実からすれば、顧問教諭の過失の有無の判断は微妙であり、そのため1審、2審で判断が分かれたというよう。1審・2審の判断を分けたひとつの要因は、Xの判断能力についての評価の違いである。1審は、Xが3年間の競技経験を有し、高い競技能力や技能を備えており、大会出場時には必要に応じて自ら棄権を申し出ていたことからすると、顧問教諭がXの判断を調査・確認する必要はないとした。これに対し2審は、Xは当時まだ高校2年生で、判断能力等の点において未熟であったため、大会に参加するかどうかの判断をXに委ねるべきではない、としている。
◆ 杉並区立中学校補習事業「夜スペシャル」事件
【事件名】 目的外使用許可処分違法確認等請求事件
【裁判所】 東京地裁判決
【事件番号】平成20年(行ウ)第380号
【年月日】 平成22年3月30日
【結 果】 一部却下・一部棄却(控訴)
【経 過】
【出 典】 判例時報2087号29頁
事案の概要:
本件は、東京都杉並区立和田中学校の生徒の学力を更に伸ばすことを目的として、いわゆる任意団体である和田中学校地域本部が、進学塾から講師の派遣を受けて実施する有料の特別補習事業「夜スペシャル」のためにした、学校施設(4教室)の目的外使用許可の申請に対し、杉並区教育委員会がその使用許可処分及び使用料免除処分をしたことについて、東京都杉並区の住民である原告らが、本件使用許可処分及び本件使用料免除処分に関し、これらが公益性・公共性のない中学校地域本部に対する要件を欠く処分であって違法・無効であり、かつ、本件許可処分がされたことが財産の管理を怠る事実に当たるとし、区教育委員会らに対し、右処分の無効確認等を求めた事案である。
判決の要旨:
区教育委員会が地方自治法238条の4第7項及び教育財産管理規則16条に基づいて本件許可処分をするについて、同項及び同条8号の要件の存在を肯定する区教育委員会の認定に重大かつ明白な瑕疵があったとは認められず、本件許可処分が当然に無効であるということはできないとし、一部を却下し、一部を棄却した。
補足:
原告らは、「夜スペシャル」の実体は私塾への丸投げの収益授業であり、一部の生徒だけの有料授業を学校施設を使って実施すれば、生徒間に格差や差別感を生じて公教育としての場が破壊されるなどと主張し、区教育委員会の政策に問題を投げかけた。
◆ 京都市立中学校いじめ転校事件
【事件名】 損害賠償請求事件
【裁判所】 京都地裁判決
【事件番号】平成20年(ワ)第2207号
【年月日】 平成22年6月2日
【結 果】 一部認容・一部棄却
【経 過】
【出 典】 判例タイムズ1330号187頁
事案の概要:
本件は、京都市が設置する中学校に在学していたXが、同級生であったYから嫌がらせを受け、不登校となり、転校せざるを得ない状況に追い込まれ、精神的かつ肉体的な苦痛を被ったとして、Y、その親権者及び京都市に対し、損害賠償を求め、原告Xの両親が、上記転校に伴い生じた転居費用等について、Yらに対し、損害賠償を求めた事案である。
同級生YはXに対し、肩パン(肩付近をパンチすること)をするなどの嫌がらせを繰り返していたが、合唱練習時に他の生徒の前でXを何度も歌わせるという嫌がらせをしたことをきっかけに、Xは学校に登校しなくなった。そのため、Xの父親は、学校に対し、Xを転校させるように要望した。当初学校は、転校させずに問題を解決することを目指したが、父親からの要望が強かったため、京都市教育委員会はXの区域外就学を認めることとし、転校先となる中学校を提示した。ところが、父親は、同中学校への通学経路にはY宅のある地域がある上、同中学校には校内暴力があるなどとして拒否し、Xを他の中学校の学区内に転居させ、その中学校に転校させた。
判決の要旨:
本判決は、YのXに対する嫌がらせ行為の存在を認め、Yの不法行為責任を肯定したが、Yの親権者は本人の問題行動に対して適宜誠実に対処していたとして、その不法行為責任は否定した。また、京都市に対する請求については、Xが不登校になるまでについては、担任教諭らがYの問題行動を認識する度に注意し指導していたこと、担任教諭が合唱練習においてYによる嫌がらせが行われると予見することはできなかったことなどからすると京都市の不法行為責任ないし安全配慮義務違反は認められないとした。
転校に関する対応については、そもそも、原告らの主張する「安心して勉学できる環境を提供する義務」は、漠然かつ抽象的であるとして斥け、何らかの法的義務が認められるとしても、中学校や教育委員会のとった対応は合理的なものであるとして、安全配慮義務違反はないとした。
補足:
本件の特徴は、原告らが転校することを要望しているにもかかわらず、学校側が転校先を速やかに提示しなかったこと、また、適切な転校先を提示しなかったことについて、原告がその責任を追及していることである。生徒間で嫌がらせや悪ふざけ等の問題行動が生じた場合に、直ちに転校等によって、加害生徒と被害生徒を引き離す形で問題を解決することが望ましいかどうかは、諸般の事情を考慮して事例ごとに判断するほかないが、保護者の強い要望にどう対応するかは、難しい問題である。
◆ 大阪市立高校体操部頚髄損傷事故事件
【事件名】 損害賠償請求事件
【裁判所】 大阪地裁判決
【事件番号】平成20年(ワ)第14195号
【年月日】 平成22年9月3日
【結 果】 認容
【経 過】
【出 典】 最高裁ウェブページ
事案の概要:
本件は、大阪市立高校に在籍し体操部に所属していた原告Xが、被告職員である体操部顧問教諭の指導の下で、同校体育館で平行棒の技(C難度の「後方抱え込み2回宙返り下り」)の練習中に、着地の際に床で頭部を強打して、後遺障害が生じた事故につき、本件事故は顧問教諭が果たすべき注意義務を怠った結果起きたとして、Xらが、大阪市に対し、国家賠償法1条1項に基づき、損害賠償を求めた事案である。
判決の要旨:
本判決はまず、顧問教諭の義務違反を検討する前提として、次の事実を認定した。@原告Xの本件技の習熟度は、事故時において未だ高い状態に達していたとはいえない、A顧問教諭は、本件高校体操部を14年間にわたり指導していたが、器械体操の競技経験がなく、指導方法については独学で学んだのであり、平行棒のC難度の技を一から指導した経験はなく、補助者としての十分な技能を有していなかった。
その上で、顧問教諭の義務違反を検討し、本件事故は、Xが着地したマット上で静止することができず、そのまま前方に倒れてマットの敷かれていない床に前頭部を強打して発生したものであるところ、顧問教諭は、前方の十分な範囲にマットを敷設することで事故を防止する義務があったにもかかわらず、それを怠る注意義務違反があるとした。
補足:
スポーツ競技には、事故の発生する危険性が内在しており、通常の事故防止措置を講じたとしても、事故の発生を完全に避けることはできない。本件では、予見される危険性に対して、できる限りの防御措置を講じたかどうかが厳しく問われた。競技者が前方に飛び出す危険性について、学校側は、これを考えられないことであると主張したが、判決は、顧問教諭の専門的技能の不足を指摘した上で、これを十分に予見できることであるとした。本件は、重大事故が起こった際に、顧問教諭の当該競技に関する技能レベルが細かく問われた事例として注目される。
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