◆201112KHK239A1L0756M
TITLE: 注目の教育裁判例(2011年12月)
AUTHOR: 羽山 健一
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注目の教育裁判例(2011年12月)
羽 山 健 一
ここでは、公刊されている判例集などに掲載されている入手しやすい裁判例の中から、先例として教育活動の実務に参考になるものを選んでその概要を紹介する。詳細については「出典」に示した判例集等から全文を参照されたい。
- 福島県公立中学校柔道部練習中事故事件
福島地裁郡山支部 平成21年3月27日判決
- 埼玉県立高校柔道部合宿中事故事件
東京高裁 平成21年12月17日判決
- 山梨県立高校教諭刺殺事件
甲府地裁 平成22年1月29日判決
- 宮崎県町立中学校陸上部顧問セクハラ懲戒免職事件
宮崎地裁 平成22年2月5日判決
- 関ヶ原町立小学校統廃合反対署名者を戸別訪問した事件
岐阜地裁 平成22年11月10日判決
- 私立大学スキー部大会出場停止処分事件
東京地裁 平成22年12月1日判決
- 高校長が生徒の母親を名誉毀損により訴えた事件
長野地裁上田支部 平成23年1月14日判決
- 宮城県町立小学校教諭通信表修正命令事件
仙台地裁 平成23年1月20日判決
- 大分県立農業高校水泳授業中頚髄損傷事故事件
大分地裁 平成23年3月30日判決
- 京都朝鮮学校業務妨害事件
京都地裁 平成23年4月21日判決
- 横浜市立工業高校修学旅行中海難事故事件
横浜地裁 平成23年5月13日判決
- バイク運転者が小学生の蹴ったサッカーボールを避けようとして転倒受傷した事件
大阪地裁 平成23年6月27日判決
- 市立小学校清掃時間中衝突事故事件
東京地裁 平成23年9月5日判決
◆ 福島県公立中学校柔道部練習中事故事件
【事件名】 損害賠償請求事件
【裁判所】 福島地裁郡山支部判決
【事件番号】平成18年(ワ)第283号
【年月日】 平成21年3月27日
【結 果】 一部認容・一部棄却(確定)
【経 過】
【出 典】 判時2048号79頁、最高裁ウェブページ
事案の概要:
本件は、柔道部の部活動中に負傷して後遺障害を負った原告Aとその両親が、中学校の校長及び教員らには、生徒に対する安全配慮義務を怠った過失があるとして、被告市及び被告県に対し、国家賠償を求めるとともに、暴行を加えたとされる被告F及びその親権者に対しては、民法709条に基づく損害賠償を求めた事案である。
本件中学校の柔道部は、全国大会に出場するなど県内有数の強豪校であり、部長である被告Fのように、小学校から柔道を始めていて技術に優れた者もいたが、原告Aら1年生の部員は、1人を除いて初心者であった。原告Aは平成15年9月12日の練習で頭部を打撲し急性硬膜下血腫と診断され12日間入院治療した。顧問教諭はこのことを部員らに全く伝えていなかった。10月18日の練習で、被告Fは、練習を休んでいた原告Aを咎め、一方的に払い腰のような技をかけ、相当程度の強さで投げることを数回繰り返した。原告Aは意識を失うとともに呼吸困難となり倒れたため、病院に救急搬送され、急性硬膜下血腫と診断された。原告Aは一命を取り留めたが、意識は回復せず、遷延性意識障害(いわゆる植物状態)の後遺障害が残った。
判決の要旨:
判決は原告の被告市、被告県、被告Fに対する請求を一部認容した。柔道部の顧問である教諭には、原告Aが約1か月前の練習中に脳内出血の傷害を負ったことを認識したにもかかわらず、原告Aの安全に特に配慮を払わないまま漫然と通常の練習に復帰させ、本件当日の練習にもほとんど立ち会わなかったなどの過失がある。また、被告Fの行為は、明らかに部活動における練習や指導の範ちゅうを逸脱した暴行であるというべきであって、原告Aに対する不法行為にあたると認められる。しかし、被告Fが加えた暴行は、通常であれば重篤な傷害をもたらす程度のものではなく、被告Fは原告Aが負った重篤な後遺障害についてまでは責任を負わないとした。
備考:
この訴訟は判決の出される以前から報道され、「なぜ学校は隠すのか」、「市教委の再調査は裁判対策」などと、学校側の隠蔽対質が指摘されていた。判決では、本件事故後における中学校の管理職の対応について厳しく批判している。それは、@校長が作成し被告市教育委員会に宛てた事故発生報告書において、ある保護者が、原告Aの母親から、事故について「柔道部、柔道部員の責任でもないし、学校の責任でもない。」と電話で告げられた旨の記載があるが、母親自身がそのような発言を否定しているうえ、母親がそのような発言をしたなどとは到底考えられない。A教頭が、柔道部員から事故の状況を再聴取した際に、被告Fが原告Aを投げたことを告白した部員に対し、黒板などを叩いて威迫する行為を行った。判決は、これらの点に照らせば、管理職は、事故について責任逃れをしようとした疑いが強く、これは慰謝料の増額事由となるとした。
また判決は、原告側にも一定の過失があることを認めた。原告Aの両親は、@医師から年内は試合を避けるように指示されていたにもかかわらず、原告A自身が出場を希望したことなどから、10月11日に試合に出場することを止めず、A原告Aの病状について、顧問らと必ずしも十分に情報を共有しようとしなかった、B自らの判断で、柔道部の活動への参加を差し控えるなどして自ら結果の発生を回避する選択肢を採り得た。こうした点をもって、原告側の過失割合を2割とした。
◆ 埼玉県立高校柔道部合宿中事故事件
【事件名】 国家賠償請求控訴事件
【裁判所】 東京高裁判決
【事件番号】平成20年(ネ)第2466号
【年月日】 平成21年12月17日
【結 果】 変更(確定)
【経 過】 一審さいたま地裁平成20年3月26日判決
【出 典】 判時2097号37頁
【参 考】 橋本恭宏・季教168号38頁
事案の概要:
X(原告、控訴人)は、被告県の設置する県立高等学校の1年生で柔道部の夏期合宿に参加していた。Xは平成14年7月31日、A教諭と立ち技乱取りを行い、A教諭から体落としにより投げられ背中から落ちたさい意識障害及び強直性の痙攣を起こし、運搬された病院で外傷性急性硬膜下血腫と診断され、手術を受けるなどしたが、後遺障害として遷延性意識障害、植物状態で推移している。そこでXの母親が被告県に対し、夏期合宿を指導していたA教諭らにXに対する指導上の注意義務違反があったなどと主張し、国家賠償法1条1項に基づき損害賠償の請求をしたが、原判決は、これを理由がないとして棄却した。これに不服として、Xが控訴した。
判決の要旨:
控訴審では、次のような事実認定をした。@Xは合宿2日目、乱取り中に頭部を打撲し、頭痛や嘔吐をおこした。AXは3日目、4日目にも頭痛や体調不良を訴え、嘔吐するなどした。BXは5日目の合宿最終日、頭痛が続いて練習を休んでいたところ、A教諭に促され練習に参加し、A教諭の体落としにより投げられた際、意識障害及び痙攣を起こした。C診療結果から、Xは最終日以前に急性硬膜下血腫が発症し、軽度の頭蓋内圧亢進の状態になっていたところ、A教諭の体落としにより、重篤な急性硬膜下血腫が発症したものと判断される。
こうした事実から、柔道部の顧問であるA教諭としては、Xが頭部打撲により軽度の急性硬膜下血腫の病変が生じている可能性を認識できたといえ、これによる重大な結果が生じるという事態を予見することが可能であったから、これを防止するため、直ちに練習をやめさせて医師の診察を受けさせるとともに、以後の練習への参加を取りやめさせるべきであったと判示し、顧問教諭らの過失を認め、県の責任を認めた。
備考:
本件は控訴審判決が原審判決を覆し、県の責任を認定したことから注目を受けた事例である。結論を分けたのは、事実認定の差であると考えられ、とくに、Xが顧問教諭に頭痛や嘔吐を訴えていたか、という点についての判断の差が、顧問教諭の予見可能性の有無の判断に大きな影響を及ぼし、結論を分けたものと考えられる。
一審のさいたま地裁は、学校側の主張を全面に受け入れ、「Xが頭痛を訴えていたという事実はない。高校生なら自分で伝えられるはずである。」と認定していた。しかし、東京高裁は、@救急搬送に付き添ったA教諭が、救急隊員に「頭痛及び嘔吐が続き、休んでいた」ことを説明したこと、A本件合宿において、練習を休むときは「どこどこが具合が悪いので休みます」というように理由を教諭に説明して休むことになっていたこと、理由を言わずに休むことを告げた場合には、逆に教諭から聞き返されたこと、B現に、Xが合宿1日目の夜に、教官室を訪れて顧問教諭に対し、足のくるぶしに痛みがあると申し出ていたことなどから、このようなXが、頭痛や嘔吐の事実などの自分の身体に現れた体調の明らかな変化について、顧問教諭に申告しないということは考え難いから、Xが顧問教諭らに頭痛を訴えていたと認定した。
スポーツに事故はつきものとはいうものの、柔道事故の件数や確率は他の競技に比べ、明らかに大きい(内田良「柔道事故の実態から『武道必修化』を考える」季刊教育法168号10頁などを参照)。柔道や剣道が全国の中学校で必修化される2012年度を目前に、児童生徒の命を守る早急な取り組みが求められている。
◆ 山梨県立高校教諭刺殺事件
【事件名】 公務外認定処分取消請求事件
【裁判所】 甲府地裁判決
【事件番号】平成20年(行ウ)第12号
【年月日】 平成22年1月29日
【結 果】 認容
【経 過】
【出 典】 最高裁ウェブページ
事案の概要:
本件は、県立高等学校の教諭であった亡Aが、昭和57年当時、担任する生徒(加害者)を自宅に泊めて指導したところ、その際に人工的に精神病にされたと加害者が妄想して逆恨みし、その後も妄想に基づく怨恨の情を持ち続け、平成18年に至って亡Aが加害者に刺殺されたため、亡Aの妻である原告が地方公務員災害補償基金・山梨県支部長に本件災害を公務災害と認定するよう求めたのに対し、同支部長がこれを公務外の災害と認定したことから、その取消しを求めた事案である。
同支部長(被告)の反論は次のようなものである。@高校教員の公務は一般的に災害の危険性が高いものではない。A高校教諭が生徒に恨まれて殺害されること自体が異常なことであるが、元教え子に約24年間恨まれ続けて殺害されるという事態は、更に異常性の強い偶発的な事態である。B加害者は、妄想性障害に基づく妄想に起因して亡Aを殺害しているが、この妄想は、いずれも加害者が一方的に抱いた事実無根の内容であり、加害者の怨恨は、亡Aの行った公務とは無関係である。したがって、公務と死亡等との間に相当因果関係(公務起因性)がない。
判決の要旨:
本件における相当因果関係とは、災害が公務に内在する危険の現実化といえるかどうかで判断されるべきであり、本件のような精神障害者の妄想に起因し殺害されるという特異な災害については、より具体的に、公務により本件災害が発生する可能性の大きさ、本件災害に至る経緯の異常性の大小などの観点から総合的に検討されるべきである。これを本件にあてはめると、加害者の症状は、妄想型統合失調症であり、@妄想性障害の発病率が低いことをもって相当因果関係を否定する論拠とはならない、A加害者が亡Aによる生徒指導という公務に起因して妄想を形成したという条件関係が認められることは明らかであり、B公務員は、不特定多数人に対し公務を提供すべき義務を負うものであるところ、たまたま対応した相手が精神疾患に罹患しており、その後妄想に基づく怨恨を生じさせ、長期間を経過した後に何らかの危害に及んだ際、これを公務災害の対象外とすることは災害補償制度の趣旨からみても相当でない。以上の諸事情を考慮すれば、亡Aの公務と本件災害の間には相当因果関係が認められ、本件災害は、亡Aの公務に内在する危険が現実化したものといえる。したがって、本件災害は公務災害と認定されるべきである。
備考:
亡Aが加害者を自宅に泊めて指導した経緯は次のようなものである。卒業式前に加害者が学生服を刃物で切り裂いて川に流すという奇行に及んだことがあり、これに対して亡Aは、卒業式に着用するための学生服を調達し卒業式への出席を促したり、精神的に不安定になっている加害者の相談に乗ろうとして、卒業式前日、加害者を自宅に招いたものである。このような行為は教職にあった亡Aの公務と評価できる。ところが、加害者は、この亡Aの行為を端緒として妄想を形成したものである。従来、教員の理想像として、親身になって生徒に共感し、生徒の立場に立って考え行動する姿が求められていたが、教員の職務には、生徒のために行う熱心な指導がその相手に何らかの恨みや不満を引き起こす危険性を孕んでおり、教員としてはそのことを認識しておく必要があろう。
◆ 宮崎県町立中学校陸上部顧問セクハラ懲戒免職事件
【事件名】 処分取消請求事件
【裁判所】 宮崎地裁判決
【事件番号】平成21年(行ウ)第6号
【年月日】 平成22年2月5日
【結 果】 棄却(確定)
【経 過】
【出 典】 判タ1339号97頁、判地自335号38頁
事案の概要:
本件は、町立中学校の教員である原告Xが、自分が顧問を務める陸上部に所属する女子生徒に対してセクハラ行為をしたとして、平成20年6月11日付けで宮崎県教育委員会から懲戒免職処分をうけたところ、本件セクハラ行為はしておらず、本件処分には事実誤認の違法があると主張して、被告県に対し、本件処分の取消しを求めた事案である。
判決の要旨:
Xは、次のようなセクハラ行為を行った。@女子生徒の自宅で、同生徒にキスをした、A職員室の前の廊下で、女子生徒にキスをした、Bコンピューター教室で、女子生徒にキスをし、女性生徒のウインドブレーカーの下を脱がせ、同生徒を短パンの状態にした。Xの本件セクハラ行為は、教育公務員の信用を失墜させるものとして地方公務員法33条に反するとともに、全体の奉仕者である公務員としてふさわしくない非行に当たるといえるから、Xには、地方公務員法29条1項1号及び3号に該当する懲戒事由が存する。
Xは、本件セクハラ行為を否定し、不合理な弁解に終始し、真摯に反省をしているとは言い難く、女子生徒に対し口止めと受け取られてもやむを得ないような行為に出るなど、自己中心的な行動に終始し、女子生徒やその父親に対し、誠意を尽くした対応を取っているとは認められないから、Xがこれまで懲戒処分を受けたことはなく、勤務態度にも格別問題があったとは認められないこと等、Xに有利な事情を考慮してもなお、本件懲戒処分が、社会観念上著しく妥当を欠き、裁量権を濫用したものであるとまでは認められない。
備考:
本件では、セクハラ行為の存否が主な論点となったが、本判決はこれを肯定する女子生徒の供述と、これを否定する原告Xの供述を丁寧に検討したうえで、本件セクハラ行為があったという事実認定を行った。原告Xは、セクハラ行為@について、「酔って寝込んでしまったので明確には言えない」、同Aについて「女子生徒の顔に自分の顔が触れたが、キスはしていない」、同Bについて、振り向いた瞬間、「女子生徒の顔に自分の口が当たった」などと弁明しているが、判決は、「一般に日常生活において、意図せずして顔と顔が接触するような状況が1日に2度も生じること自体、経験則に照らして極めて不自然、不合理といわざるを得ない」、また、事件以降の「原告Xの一連の行為は、同人自身本件セクハラ行為の事実を十分認識していたという前提に立たなければ、合理的に説明することができない」などとして、原告Xの主張を斥けた。
原告Xは、女子生徒は原告Xとの身体的接触を嫌がっていなかった以上、原告Xの行為はセクハラ行為には該当しないと主張した。これに対して、本判決は、本件処分が依拠した宮崎県教育委員会「教職員の懲戒処分に係る基準」(平成18年1月)は、セクハラの相手方が児童・生徒である場合には、相手方が成人である場合とは異なり、相手方の同意の有無を問わずセクハラに該当する旨を規定しており、これは「児童・生徒に対する性的な言動については、当該児童・生徒の同意の有無を問わず、一律に禁止する趣旨であると解される」から、本件基準には十分な合理性があるとして、原告Xの主張を斥けた。これまで、セクハラについての基本的な視点として、セクハラであるかどうかは、行為者の意図に関わらず、「児童生徒がどう受け止めるかによる」ということが重視されてきた。本件は、児童生徒が「不快」と感じない場合においてもセクハラが成立するという判断を示した例として参考になる。
◆ 関ヶ原町立小学校統廃合反対署名者を戸別訪問した事件
【事件名】 損害賠償請求事件
【裁判所】 岐阜地裁判決
【事件番号】平成19年(ワ)第996号
【年月日】 平成22年11月10日
【結 果】 一部認容・一部棄却(控訴)
【経 過】
【出 典】 判時2100号119頁
事案の概要:
Y町の町長はB・C小学校の統廃合案を唱えていたところ、これに反対する考える会は署名活動を行い、その署名簿の作成は、原則としてY町住民を戸別訪問し、住所、名前を署名してもらう方法で行った。これに対して、町長は本件署名簿には一見して同一筆跡によると見える署名が多数存在しているところから、町職員に対して本件署名簿により署名者を戸別訪問して調査することを命じた。本件は、Xら住民8人がY町に対して、この調査が表現の自由や請願権などの侵害に当たるとして国家賠償を求めた事案である。
判決の要旨:
署名は、署名活動をする者らの政治的表現行為に賛同するという趣旨でなされるものであるから、かかる署名行為も一定の政治的な態度表明ということができ、表現の自由(憲法21条)によって保障される。また、署名は、署名活動をする者らが官公署に署名簿を提出することに参加する意味を有するので、かかる署名活動は請願権(憲法16条)によって保障される。何人も、請願をしたためにいかなる差別待遇も受けない(請願法6条)が、それには、請願を実質的に萎縮させるような圧力を加えることも許されないとの趣旨が当然に含まれると解される。
町長が署名者に対し、署名の真正や3つの要望事項のすべてに請願する趣旨かを確認するため、署名者の同意を得た上で、回答を強要することのない態様で戸別訪問を行うこと自体は許されるというべきである。しかしながら、本件戸別訪問調査は、これに留まらず、「署名活動は、誰が頼みに来られましたか。」「その際に署名活動の趣旨について、どのような説明がされましたか。」「町が開催した説明会には参加しましたか。」「署名をした時と、統廃合に対する考え(反対)に今も変わりはないか。」といった署名の真正や請願の趣旨の確認という目的を超えた質問も行われており、本件戸別訪問調査を受けた署名者や署名活動者に対して不当に圧力を加えるものであったと認められる。そうすると、町長は、違法に原告らの請願権及び表現の自由を侵害したもので、過失があると認められる。
備考:
本件は、署名者や署名活動者の表現の自由及び請願権の侵害が争われた、先例の見当たらない事案であり、その署名簿を使用して戸別訪問により調査することの許される範囲と許されない範囲を判別したことは注目される。
◆ 私立大学スキー部大会出場停止処分事件
【事件名】 理事会決議無効確認等請求事件
【裁判所】 東京地裁判決
【事件番号】平成22年(ワ)第7705号
【年月日】 平成22年12月1日
【結 果】 却下(確定)
【経 過】
【出 典】 判タ1350号240頁
事案の概要:
原告は私立大学を設置運営する学校法人であり、被告は社団法人・全日本学生スキー連盟である。被告は全日本学生スキー選手権大会(いわゆるインカレ)を始めとする学生スキー競技会を開催していた。原告大学のスキー部は被告に所属する会員として、被告が開催する競技会に出場していた。同大会は男子について4部校制がとられ、原告スキー部男子は1部校としての資格を有していた。ところが被告スキー部所属の男子部員が、平成19年10月、強姦傷害事件により逮捕された。被告はその事実やその後の原告スキー部の対応等に問題があったとして、平成20年7月、原告スキー部男子の同大会への出場を無期限に停止する処分、及び、原告スキー部の卒業生を被告の役員及び専門委員に推薦する権利を無期限に停止する懲戒処分(本件各処分)をした。これにより原告スキー部男子は同大会に出場できずに最下位の扱いを受け、平成21年1月の大会で2部校に、平成22年1月の大会で3部校にそれぞれ降格とされた。
本件は、原告が、@被告から受けた本件各処分の各無効確認、A原告スキー部男子が同大会において1部校としての資格を有することの確認を求めた事案である。
判決の要旨:
被告は、一般社会とは異なる特殊な部分社会を形成しており、本件各処分は、被告が団体の内部規律を維持するために定款に基づいて行った懲戒作用であり、被告団体内部の問題であって、一般市民法秩序と直接の関係を有するものではないから司法審査の対象とならない。また、1部校としての資格を有することの確認請求に係る訴えについて、同大会における1部校の資格は、会員の社会生活上の利益にかかわるものとはいえるが、同大会の参加資格が直ちに会員と被告との間の権利義務ないし法律関係にかかわるとは認められず、「法律上の争訟」に当たらず不適法である。
備考:
本件は、@男子部員が婦女暴行事件で逮捕されたこと、A大学が連盟に虚偽報告をしたことを理由に厳しい処分が行われたことから、マスコミでも報道された。高校の例では、部員や監督の不祥事によって大会出場を辞退した事件が、マスコミで取り上げられている。たとえば、ラグビー部員の暴行事件を理由に大会出場を辞退したもの(東京地裁平成14年1月28日判決)、野球部員の喫煙と暴力事件等を理由に甲子園大会出場を辞退したもの(2005年)などが見られる。本判決は、スポーツ競技団体の内部における紛争が争われたものであり、その出場停止処分が司法審査の対象とならないことを判示した珍しい事例である。
◆ 高校長が生徒の母親を名誉毀損により訴えた事件
【事件名】 損害賠償等請求事件
【裁判所】 長野地裁上田支部判決
【事件番号】平成21年(ワ)第140号
【年月日】 平成23年1月14日
【結 果】 一部認容・一部棄却(控訴)
【経 過】
【出 典】 判時2109号103頁
事案の概要:
高校1年生のAはたびたび家出をしたり、登校をしないことがあったところ、平成17年12月自宅で自殺した。この自殺につき、本件高校の校長X(原告)は記者会見を行い、その席上「不登校や自殺につながるようないじめや暴力はなかった。Aの母親Y1と認識に違いがある。Aは8月下旬の家出の他に5月下旬にも家出をしたことがあり、その際、Y1の財布からAがお金を抜いたと疑われ、それについて多分お母さんから相当怒られたのでしょう。」などと発言をした。
そこで、Y1は代理人弁護士Y2を介して、平成18年1月、警察に告訴状を提出したが、その概要は、@校長Xがうつ病のAに登校を強要したことが未必の故意による殺人罪にあたる、AAがY1の財布から2万円を盗んだことで叱られ家出したことを、校長Xが記者会見で述べたことは、Aに対する名誉毀損罪にあたるというものである。また、同日Y2は告訴したことにつき、県庁で記者会見を行い、校長Xが在学中のAを自殺に追いやり、虚偽の事実でAの名誉を毀損した旨の説明をした。その結果として多くの新聞で本件告訴の事実が報道され、校長Xは同窓会やPTAの会合で説明を求められた外に、本件高校には校長Xらを一方的に非難する匿名電話が300回以上かかってきた。また、Y1らはブログに3年間にわたり、校長Xに対する殺人罪及び名誉毀損罪に関する捜査がなされていることや、校長XがAを自殺に追いやったこと等の記載を続けた。
しかし、校長Xに対する告訴は、殺人容疑については「罪とならず」、名誉毀損容疑については「嫌疑不十分」の理由で検察庁で不起訴処分となり、また、Y1らが校長Xらに対して、Aの自殺につき校長Xらに責任があるとして提起した損害賠償請求訴訟は請求棄却の判決を受け、Y1は控訴したが取り下げにより確定した。
本件は、Aの自殺につきY1及びY2が、@校長Xを、亡Aに対する殺人罪及び名誉毀損罪で告訴し、A本件告訴に関して記者会見を開き記者にこれを説明し、Bブログに告訴状の内容を掲載して、校長Xの名誉を毀損し多大の精神的苦痛を与えたとして、校長XがY1らに対して共同不法行為による損害賠償金と謝罪広告の掲載を求めた事案である。
判決の要旨:
本件告訴状記載のような、校長Xの殺人罪及び名誉毀損罪の嫌疑をかけうる客観的根拠は認められないから、これらの事実を確認せずになした本件告訴は違法であり、Y1らの行為は共同不法行為と評価することができる。したがって、Y1らの不法行為により被った校長Xの精神的苦痛に対する慰謝料請求が認められる外に、名誉回復の措置として新聞紙上に謝罪広告の掲載が必要である。
備考:
本判決は、自殺した高校生の母親が、高校側の対応に不満をもってなした行為について、それが行き過ぎた行為であると評価したものであるが、告訴をしたことが不法行為に当たるとした事例はきわめて珍しく、先例として注目される。
◆ 宮城県町立小学校教諭通信表修正命令事件
【事件名】 懲戒処分取消等請求事件
【裁判所】 仙台地裁判決
【事件番号】平成20年(行ウ)第17号
【年月日】 平成23年1月20日
【結 果】
【経 過】 棄却
【出 典】 最高裁ウェブページ
事案の概要:
町立小学校の教諭であった原告は、担任する児童の通信表の作成に際し、同校の校長及び教頭から下書きの事前提出及び記載内容の修正を指示されたにもかかわらずこれに従わなかったこと、及び、通信表のコピーを無断で校外に持ち出したことを理由に、被告代表者から、地方公務員法29条1項1号及び2号に基づく懲戒処分として戒告を受けた。
本件は、原告が上記指示は教師の教育の自由を侵害する違法なものであり、また、通信表のコピーを無断で校外に持ち出したのはA県教職員組合に相談するためであり正当な理由があったなどと主張して、本件処分の取消しを求めるとともに、上記指示が違法なものであることを認識したにもかかわらず被告代表者が適切な対応を取らなかったことを理由として、国家賠償法1条1項に基づく損害賠償を請求した事案である。
判決の要旨:
校長が通信表の下書きの提出を求めたことは、原告に対する職務命令に該当し、原告は同職務命令に違反したものと認められる。ただし、その違反の程度、態様と懲戒処分が原告に与える不利益を勘案すると、それのみでは本件処分の違法性を基礎付けるには足りないものといわざるを得ない。
原告が、通信表所見欄の記載内容を修正するよう命じた職務命令に違反したことを、本件処分を基礎付ける事由とすることはできない。
通信表に記載された情報は児童の氏名、性別、生年月日、成績、生活状況等の所見、保護者の氏名等であり、これらは一般にプライバシーとして保護する必要性が高いことから、校長に無断で通信表を校外に持ち出し、そのコピーを教職員組合の役員に交付したことを主たる理由として、教師を懲戒(戒告)処分としたことは適法である。
備考:
(1) 教師の教育活動の自由と職務命令の関係について、本判決は次のように述べた。「教師の教育活動は、教育の創造性、専門性、自主性という本質に照らし、その裁量が十分に尊重されなければならないことから、個別具体的な教育活動の性質によっては、不当な上司の職務命令や公権力行使から法的に保護されるべき領域があるものと解される」。そして、「通信表所見欄に児童の学習状況や生活状況を記載する権利ないし自由(原告主張の権利)は、不当な上司の職務命令や公権力行使から法的に保護されるべきものであると解するのが相当である」。しかしながら、原告主張の権利は児童の学習権を充足することを目的として法的に保護されるものということができるから、「原告主張の権利が子供の学習権と矛盾、対立するような場合には、本件小学校校長らが、子供の学習権を充足することを目的として合理的な手段、方法をもって原告の上記権利ないし自由に対する制約を加えることも、原告主張の権利に内在する制約として許容されるというべきである」。
(2) 本件校長が、通知表所見欄のなかで、修正を命じた記載内容は次のようなものである。@国語的使用方法に関するもの(ミニトマトの「生長」を「成長」に修正)、A当用漢字表に関するもの(「台詞」「訊く」「沢山」は常用漢字表にないからルビを振るか、別の字に修正)、B表現の分かりやすさに関するもの(稚魚を「握り締める」を、「さわる、触れる」等のより優しい表現に修正)、Cその他(「理解を深めたようです」を「理解を深めました」と修正)。これらについて本判決は、修正を命じた職務命令が、「子供の学習権を充足するという目的に照らして合理的な手段、方法であると認めるに足りない」ものであるから、原告が当該職務命令に違反したことを、本件処分を基礎付ける事由とすることはできない、と判示した。
(3) 本判決は、通信表のコピーを校外に持ち出したことが、職務上の守秘義務違反に当たり、懲戒処分の対象となることを認めた。そして、「その情報が当該児童の教育に関わる教師以外の第三者に知られないことは、児童及びその保護者と、学校及び教師との信頼関係の基礎形成する上で極めて重要な意義を有し、これが、当該児童及びその保護者の意思によらず、教師の一存で第三者に開示されることが認められるとすれば、そうした信頼関係が損なわれるとともに、当該児童が必要以上に傷つき、その健全な成長発達を阻害されることにもつながり得る」として、本件守秘義務違反の重大性を強調した。
◆ 大分県立農業高校水泳授業中頚髄損傷事故事件
【事件名】 損害賠償請求事件
【裁判所】 大分地裁判決
【事件番号】平成21年(ワ)第610号
【年月日】 平成23年3月30日
【結 果】 一部認容・一部棄却
【経 過】
【出 典】 最高裁ウェブページ
事案の概要:
本件は県立高等学校の生徒であった原告が、水泳実習における自由練習中に、スタート台からプールに飛び込んだところ、プールの底に頭部を衝突させ、頚髄損傷の傷害を負い、第7頚椎節以下完全四肢麻痺等の後遺障害が生じたとし、担当教諭に指導上の注意義務違反があったと主張して、被告県に対し、損害賠償を求めた事案である。
判決の要旨:
被告は安全配慮義務違反を免れないというべきであるが、他方、原告は成人に近い判断能力を有する高校3年生であり、教諭より許可のない飛び込みを禁止されていたにもかかわらず、同人の監視が届かなくなったことを見計らって、危険な態様での飛び込みを始めたこと等の事情に鑑みると、原告の過失を7割と認めるのが相当であるとし、請求を一部認容した。
備考:
本件授業を担当するA教諭は、授業の冒頭で生徒らに対し、許可なくプールに飛び込むことがないように注意指導を行っていた。自由練習の時間にA教諭は、シャワーの水が出しっぱなしになっていることに気づき、附属棟のシャワー室に入って水を止めた後、排水溝のゴミを取り除く作業を行っていたところ、原告は、A教諭が附属棟に入っていったのを見て、監視が解かれたものと考え、助走をつけてプールに飛び込むなどして遊び始めた。本件事故は、そのわずかな間に起こったものである。このような事故の経緯について、本判決は、「A教諭においてプールサイドを離れなければならない事情がある場合には、それが短時間であったとしても、監視を解く前に、生徒らに対しあらためて飛び込み等の危険行為を厳重に禁止したり、あるいは臨時の監視係を置くなどして、事故を未然に防止するための措置を講じるべき注意義務があったというべき」であるから、A教諭には、この注意義務に違反した過失があるとした。
◆ 京都朝鮮学校業務妨害事件
【事件名】 威力業務妨害、侮辱、器物損壊、建造物侵入被告事件
【裁判所】 京都地裁判決
【事件番号】平成22年(わ)第1257号、第1641号
【年月日】 平成23年4月21日
【結 果】 有罪
【経 過】
【出 典】 TKC速報判例解説・刑法No.60
事案の概要:
第1事件。平成21年12月4日、被告人ら4名ほか11名が、京都朝鮮第一初級学校南側路上および公園において、同校校長らに向かってこもごも怒声を張り上げ、拡声器を用いるなどして、「日本人を拉致した朝鮮総連傘下、朝鮮学校、こんなもんは学校でない」「ろくでなしの朝鮮学校を日本から叩き出せ。なめとったらあかんぞ。」などと怒号し、もって威力を用いて同校の業務を妨害するとともに、公然と同校を侮辱し、公園内において、京都朝鮮学園が管理するスピーカーに接続された配線コードを切断した。
第2事件。平成22年4月14日、被告人ら3名ほか16名が、あしなが育英会等に寄付するとして集められた募金の中から四国朝鮮初中級学校に支援金を渡したことを糾弾する目的で、徳島県教職員組合事務所に乱入し、約13分間にわたり、組合書記長および組合書記の2名を取り囲み、同人らに対し、拡声器を用いるなどして、「詐欺罪じゃ」「朝鮮の犬」「売国奴読め」「国賊」などと言いながら、同書記長の両腕や手首をつかむなどして同人が110番通報するのを妨げ、「政治活動をする日数組を日本から叩き出せ」などとシュプレヒコールした上、机上の書類等を放り投げ、拡声器でサイレン音を吹鳴させるなどし、事務所内を喧噪状態に陥れて同組合の正常な業務を不能ならしめた。
判決の要旨:
被告人らの各行為は、いずれも許容される余地のない態様のものであり、正当な政治的表現の限度を逸脱した違法なものであると認められるから、威力業務妨害、侮辱、器物損壊にあたる。
備考:
本件で、弁護人は、本件各行為は正当な政治的表現として違法性がないと主張した。これに対して本判決は、仮に政治的表現と評価される一面があるとしても、その行為の具体的態様を認定し、その違法性を判断するという立場をとり、本件各行為が「許容される余地のない態様」であるとして弁護人の主張を斥けた。したがって、本判決は、悪質な差別的表現が表現の自由としての保護を受けることができるか否かについての、憲法学上の論点については触れていない。
オて浜にいるのが嫌で、自分たちだけでいたい」「うちらはここで入ろう」と決め、護岸堤防を越えて海に入った。被害生徒2名と生徒Aは沖の方に進み、足の着かない場所で砂浜に引き返そうとしたが、沖向きの流れが強く沖に流され、生徒Aは地元住民により救助されたものの、被害生徒2名は溺れ死亡した。
判決の要旨:
引率教員としては、海に入る予定のニシ浜及びその周辺に関し、官公署に問い合わせるなどして、危険箇所の有無、及び、沖縄で海に入る場合の注意点等の情報を収集した上、これを基に十分な実地調査を行う義務がある。この調査を行えば、ニシ浜の一角にリーフカレントが発生しやすい危険な場所である本件事故現場が存在することを把握することができたのであって、両教諭には、危険な場所が存在することを生徒に対し適切に注意喚起すべき義務があったと解される。被告は、本件事故現場が本来の活動場所からかなり離れており、その場所について事前調査義務を負わないと主張するが、事故現場は本来の活動場所である浜辺とつながった同じニシ浜の一角で、互いに見渡すことの可能な位置関係にあり、200m程度の距離であったことからすると、生徒が本来の活動場所から外れて本件事故現場の海に入る可能性があったというべきである。被害生徒らは危険な場所であることを知らずに海に入り、リーフカレントによって沖へ流された可能性が高いことからすれば、引率教員らに事前調査義務及び注意喚起義務に違反した過失があり、この義務違反と被害生徒の死亡には因果関係が認められる。
被害生徒らは「先生のいるところで海に入ること」等の指示に反して、事故現場の浜辺が、指示された活動場所ではないことを十分認識しながら、そこで海に入ったものである。そこで、損害賠償額については、引率教諭らと被害生徒らの各過失の内容及び程度に照らすと、被害生徒らの過失割合は4割と認めるのが相当である。
備考:
リーフカレントとは、リーフ(珊瑚礁の環礁)内の海水がリーフの切れ目から外洋に流れ出す際に生じる沖向きの強い流れであり、珊瑚礁海域特有の現象である。本判決は、事故当時、リーフカレントの危険性についての周知度は極めて低かったとしながらも、引率教諭らには、「周知されている危険についてのみ調査すれば足りるのではなく、目的地特有の危険はないかを調査すべき」義務があるから、生徒を珊瑚礁内で水遊びさせる以上、リーフカレントの危険性を承知の上で対応することが求められると判示した。
そもそも、本件の事故は生徒らが教員の指示に従って行動していれば、避けることのできたものである。判決も、「被害生徒らの行動には、年齢に相応して備わっていることが期待される判断能力に照らし、かなり軽率な面があったことは否定できない。」と指摘している。しかし現実には、旅行中、教員の指示を聞いていない生徒がいたことも事実で、本判決は、「事故当日、B教諭がニシ浜で撮影した写真を見る限り、『海にはTシャツを着て入ること』という教員の指示は守られていない」ことを確認している。したがって、本件のような場合、引率教諭はこのような教員の指示を聞かない生徒がいることを想定して、安全保持の指導や対応を行わなければならない義務を負うことになる。
◆ バイク運転者が小学生の蹴ったサッカーボールを避けようとして転倒受傷した事件
【事件名】 損害賠償請求事件
【裁判所】 大阪地裁判決
【事件番号】平成19年(ワ)第1804号
【年月日】 平成23年6月27日
【結 果】 部認容・一部棄却(控訴)
【経 過】
【出 典】 判時2123号61頁
事案の概要:
本件は、小学校の校庭で、6年生の児童Y1(当時11歳11か月)が蹴ったサッカーボールが隣接する道路に飛び出し、同道路をオートバイで通行中のA(当時85歳)がこれを避けようとして転倒し、その際の傷害が原因で死亡した事故につき、Aの遺族が、Y1及びその両親Y2らに対して損害賠償を求めた事案である。
判決の要旨:
判決は、Y1の過失を認めた上で、遺族らの請求のうち両親Y2らに対する請求を認めたが、Y1に対する請求はこれを棄却した。その理由は次のとおり。
Y1としては、ボールの蹴り方次第でボールが道路上まで飛び出し、道路を進行中の車両が、これを回避するために急な運転動作を余儀なくされ、転倒等の事故が発生する危険性があることを予見することは十分に可能であるから、Y1には不法行為上の過失がある。
Y1は当時11歳の小学生であったから、未だ、自己の行為の結果、どのような法的責任が発生するかを認識する能力がなかったため、本件事故による損害について民法712条により賠償責任を負わない。しかし、両親Y2らはY1を監督すべき義務を負っていたから、民法714条1項により賠償責任を負うというべきある。
Aの受傷とその死亡との間の因果関係について、Aは事故前は妻と二人で生活し、移動にはバイクを運転し、日常生活自立度は正常であったが、本件事故により左脛骨・腓骨骨折等の傷害を負い、治療のため入院したところ、骨折部位の仮骨形成が進まず、寝たきりの状態となり、仮性球麻痺による嚥下傷害が発生し、それにより誤嚥性肺炎を繰り返し死亡したものであり、本件事故とAの死亡との間には因果関係が存在する。
Aの仮性球麻痺は、長期入院等が発症の契機として寄与したものであるが、当時85歳と高齢であったAが有していた既往症である脳病変の進行・憎悪により発生したものとみるのが相当である。AとY1の寄与度を比較すると、Aの方が重く、Aの損害については民法722条規定を類推適用して、その6割を減額するのが相当である。
備考:
本件小学校を設置管理する今治市は、補助参加人として次のように主張した。「事故発生当時、本件校庭は、少年野球チームが市の許可を受けて使用しており、Y1ら少年の動静を監視するなどの管理監督責任を負っていたのは、当該少年野球チームであり、市ではない。したがって、市は、本件事故につき、何ら責任を負わない」。これについて、遺族側は、「学校の責任を問うことで争点を増やし、審理が長期化するのは避けたい」として、訴訟の被告を少年と両親とに限定した模様である。このため、学校側の責任は問われず、判決にも触れられなかった。仮に、本件事故が、校庭開放を行っていないときに発生したのであれば、小学校側の過失が問われ、市は責任を免れなかったであろう。
◆ 市立小学校清掃時間中衝突事故事件
【事件名】 損害賠償請求事件
【裁判所】 東京地裁判決
【事件番号】平成21年(ワ)第30289号
【年月日】 平成23年9月5日
【結 果】 棄却(控訴)
【経 過】
【出 典】 判時2129号88頁
事案の概要:
X1は、平成13年3月当時、Y市立A小学校の4年に在籍していたところ、同月1日、教室内で清掃中、同級生のBにぶつかられて頭部を打ちつけ、頭部打撲、脳座傷等の傷害を負った。そこで、X1とその父母X2らは、A小学校の教諭らに安全配慮義務の違反があったと主張し、Y市に対して、国家賠償法1条に基づき、損害賠償を請求した
判決の要旨:
本判決は、担任教諭の安全配慮義務違反を否定して、X1らの請求を棄却した。その理由は次のとおり。
一般的に、小学校の担任教諭は、その職務の性質及び内容から、担任として、保護監督すべき各児童に対して注意力を適正に配分してその動静を注視し、危険な行為をする児童を制止したり厳重な注意を与えるなど適切な指導を行い、児童を保護監督して事故を未然に防止する注意義務があると解される。
本件事故は、小学校における清掃時間中に起きたものであるところ、清掃行為自体は家庭においても行われる日常的な行為であって、児童が行う場合でも特段の危険を伴う性質のものとは認められないものであるが、学校内で行われる作業として児童に危険を生ずることのないように必要な注意指導が行われるべきものと言うべきである。
本件クラスの担任教諭は、日常的に、学校内で危険な行動をとることがないように注意指導していた上、事故当時も、本件クラスの児童が複数の清掃場所の清掃を担当しているという状況下で、その一つである南校舎階段の清掃区域において清掃活動中の児童に対する清掃指導を行っていたというのであるから、同教諭において、前記の注意義務を果たしていたというべきである。
本件教室内にいる児童を指導監督するために、本件教室に在室し、あるいは本件教室に立ち寄るなどして、本件事故の発生を防止するための措置を講じなければならないという具体的な注意義務を負っていたということはできない。
本件事故当時の状況に照らせば、本件においては、X1が負傷するという事態を予見すべき特段の事情を認めることができない。
備考:
本判決は、清掃活動自体は危険な活動ではないから、担任教諭は、一般的には在室義務や立ち寄り義務を負っていないが、危険な事態が予見される特段の事情がある時には、そうした義務を負うという判断を前提として検討を行っている。原告は、本件クラスでは「人にぶつかっていって、そのぶつかった相手の子を倒す、または、人にぶつかっていって、そのぶつかった子をほかの子にぶつけて倒すというような、将棋倒しのようなこと」が流行っていたのであるから、担任教諭は事故当時、教室内にいて、このような遊びをしないように児童らを監視指導すべき義務を負っていたと主張した。これに対して判決は、担任教諭がこのような遊びを現認したことはないと供述しており、また実際に、このような行動によってけがを負う児童が出ていたとも認められないから、このような危険な態様の行為(遊び)が頻繁に行われているような状況にあったとは認め難いとする事実認定を行った。このことが、担任教諭において、安全注意義務を果たしていたという判断に結びついたものと見られる。
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