◆201212KHK240A1L0290M
TITLE: 注目の教育裁判例(2012年12月)
AUTHOR: 羽山 健一
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注目の教育裁判例(2012年12月)
羽 山 健 一
ここでは、公刊されている判例集などに掲載されている入手しやすい裁判例の中から、先例として教育活動の実務に参考になるものを選んでその概要を紹介する。詳細については「出典」に示した判例集等から全文を参照されたい。
- 生駒市立中学校頭髪指導事件
大阪地裁 平成23年3月28日判決
- 市邨学園中学校いじめ自殺事件
名古屋地裁 平成23年5月20日判決
- 標津町立中学校グランド町民受傷事故事件
札幌地裁 平成23年7月27日判決
- 東京都公立小学校5年生ホール負傷事故事件
東京地裁 平成23年9月13日判決
- 岐阜県瑞浪市立中学校いじめ自殺事件
岐阜地裁 平成23年11月30日判決
- 横浜市立中学校3年生柔道部後遺症害事件
横浜地裁 平成23年12月27日判決
- 中津川レジャープール中学生逆飛込み負傷事件
岐阜地裁多治見支部 平成24年2月9日判決
- 民間スポーツ施設騒音事件
さいたま地裁熊谷支部 平成24年2月20判決
- 北海道立高校柔道部練習中事故事件
札幌地裁 平成24年3月9日判決
◆ 生駒市立中学校頭髪指導事件
【事件名】 損害賠償請求事件
【裁判所】 大阪地裁判決
【事件番号】平成20年(ワ)第17326号
【年月日】 平成23年3月28日
【結 果】 棄却(控訴)
【経 過】 二審大阪高裁平成23年10月18日判決(棄却)判地自357号44頁
【出 典】 判例時報2143号105頁
事案の概要:
公立中学校の2学年に在籍していた女子生徒X及びその両親が、同中学校の教員らがXに対して生徒指導と称して頭髪を黒色に染色するという体罰をしたなどと主張して、同中学校を設置管理する地方公共団体に対し、国賠法1条1項に基づく損害賠償を請求した事案。
この中学校では平成13年度以降,生徒が逮捕されるなどの事件が発生し、頭髪や服装の指導に力を入れるようになっていた。同校の服装規定には「極端な段カットやカール,パーマ,染髪脱色等はしない」と記載されており、これに基づき、生徒の頭髪指導が行われていたが、指導に従わない生徒に対しては、教員が校内で染髪行為を行うこともあった。Xは、平成18年4月ころから服装が乱れ始め、まゆ毛を細く剃ったり、化粧をしたり、頭髪を脱色するなどして同中学校の校則に違反し始め、これに対し、教員らは口頭指導を続けたが、Xは指導に応じず長期間にわたって校則違反をし続け、Xの両親も、Xの校則違反を指導・改善させることができなかった。再三にわたる指導の末、平成19年2月、教員らは学校で染髪することを決め、Xに対し、放課後、保健室に来るよう伝えた。Xは自ら保健室を訪れ、教員らはXの制服が汚れないよう黒いゴミ袋を被せるなどして、合計1時間程度の時間を要して、本件染髪行為を行った。
判決の要旨:
Xは本件染髪行為に同意し、これを受け入れていたと認められること、本件染髪行為の方法や態様を見ても、Xの身体を拘束したり肉体的な苦痛を与えたりするものではなかったことが認められる。本件染髪行為は、教員の生徒に対する有形力の行使ではあっても、その趣旨・目的、方法・態様、継続時間などに照らし、教員が生徒に対して行うことが許される教育的指導の範囲を逸脱したものとはいえず、国家賠償法一条所定の違法性を認めることはできないとして、Xらの請求を棄却した。
備考:
教員による有形力の行使が、すべて、学校教育法11条ただし書で禁止する「体罰」に該当するとはいえないと理解されている(最高裁第三小平成21年4月28日判決、文部科学省「生徒指導提要」平成22年3月)。本件では、染髪行為が教育的指導の範囲を逸脱したものとはいえず、また体罰にも当たらないと判示した。本件は、教員による染髪行為が常に体罰には該当しないと判断したものではなく、事案の態様によっては、染髪行為が体罰に当たる場合もある。また、たとえ染髪行為が体罰に該当しない場合であっても、それが生徒の人格権を侵害するもので、教育的指導の範囲を逸脱する違法行為となる場合もありうると考えられる。その際、染髪行為について本人の同意があったかどうかが決定的な意味を持つと考えられる。
近年、染髪についての価値観が多様化しているため、学校の指導方針や方法に異議を唱え、指導に従わない生徒や保護者が増えて、学校が頭髪についての指導を徹底することが、年々困難になってきた。これまでにも次に挙げるようなトラブルが起きており、学校が頭髪指導を維持しようとする限り、今後もその数は増加するものと予想される。
@ 宮城県の県立高校で、生まれつき髪が茶色なのに、教諭に黒色のスプレーを吹き付けられるなどして染めることを繰り返し強要され、自主退学を迫られたなどとして、1年生の女子生徒が、県に慰謝料などの支払いを求める訴訟を仙台地裁に起こした。(中日新聞2005年4月9日、後に和解)
A 埼玉県小鹿野町の町立中学校で、3年生の女子生徒が茶髪を理由に卒業式に出席させてもらえなかったことについて、埼玉弁護士会は、これを憲法の「教育を受ける権利」の侵害にあたるとして、同中学校に対し人権救済の勧告を行った。(毎日新聞2006年1月24日)
B 京都市の市立高校で、2年生であった生徒が茶髪を理由に学生証の写真撮影を拒否され、教員から黒染めスプレーを頭にふりかけられ、また、「再登校指導」と称して、髪を黒く染めるまで学校への立ち入りを拒否された事例で、京都弁護士会は、これらの措置は、生徒の人権を侵害するものであるとして、同高校に対して要望書を発出した。(要望書2006年2月9日、本会ニュース2007年4月)
C 兵庫県川西市の市立中学校で、3年の男子生徒が茶色に染めていた髪を、担任教諭らが髪染めスプレーで黒く染め直したことに対して、生徒と保護者が、市の第三者機関「子どもの人権オンブズパーソン」に人権救済を申し立てた。(読売新聞2007年12月6日)
◆ 市邨(いちむら)学園中学校いじめ自殺事件
【事件名】 損害賠償請求事件
【裁判所】 名古屋地裁判決
【事件番号】平成21年(ワ)第4773号
【年月日】 平成23年5月20日
【結 果】 一部認容・一部棄却(控訴)
【経 過】
【出 典】 判例時報2132号62頁
事案の概要:
高校2年の甲が自殺したのは、学校法人であるY1の経営する私立中学1年在学中に同級生であるA〜Hからいじめを受けていたのに、学校側がA〜Hの甲に対するいじめを放置し、講ずべき措置を怠ったため、解離性同一性障害に罹患し、自殺に至ったとして、甲の母親Xが、Y1に対して債務不履行又は不法行為に基づき、Y1の理事長であるY2、同中学校の校長であるY3、及び、担任教諭であったY4に対して不法行為に基づき、損害賠償を求める事案である。当初Y1らのほか、A〜H及びその親権者も被告とされていたが、1審の途中で和解が成立した。
判決の要旨:
@ 同級生A〜Hは、甲の靴に画鋲を入れる、甲の授業用具を隠す、甲のポスターを破る、甲をシカト(無視)する、甲に「ウザイ」、「キモイ」、「死ね。」などと言う、甲の容姿を中傷する、「毛が濃い」と言うなどの発言等を、約半年の間、多数回にわたり繰り返し行った。
A このような中学校1年の時のいじめと、中学校2年進級時に転校した後に発症した解離性同一性障害の罹患及び転校から3年4カ月後の自殺との間に因果関係がある。
B 母親XがY2(理事長)やY4(担任教諭)に電話で連絡し、対応を求めたことなどからすると、Y1らは、甲に対して行われた悪質な行為を認識していたか、少なくとも認識することが十分に可能であり、甲に対するそのような行為が継続するのを放置した場合には、甲の精神的意ダメージが生じるほか、場合によっては自殺という結果を招くおそれがあることを予見することが可能であった。
C Y1らには、いじめを解消するための、状況に応じた適切な措置を講ずべき義務があった。Y4は、甲の担任教諭でありながら、甲や同級生らから詳細な事情聴取を行わず、一般的な注意を与えるにとどまったもので、これは右義務に違反するもので不法行為に当たる。 Y1はY4の使用者であるから使用者責任を負うとともに、Y2及びY3は、Y1に代わって事業を監督する者としての責任を負う。
D 本件自死が甲の転出から3年以上経過し、専ら母親Xが監護養育する中で生じたものであることからすると、被害者側の過失割合を7割とするのが相当である。
備考:
本件は、被害生徒がいじめを受けて転校してから3年以上という期間が経過してから自殺した場合にも、学校側の自殺についての予見可能性を認め、損害賠償責任を肯定したという点で先例的意義を有する。
いじめ自殺事件について、かつては、自殺することは通常予測できないという認識から、学校の自殺についての予見可能性を否定し、いじめによる精神的苦痛に対する損害賠償義務のみを認める裁判例が多かった。ところが、近年は、ひどいいじめを受けた場合には、心身に異常をきたし自殺念慮が現れることは一般的に認識されるようになった。そのため、学校側の過失判断に際して、いじめが被害生徒の「心身に重大な危害を及ぼすような悪質重大ないじめがあることの認識が可能であれば足り、必ずしも被害生徒が自殺することまでの予見可能性があることを要しない」とする裁判例がみられるようになった(いわきいじめ訴訟・福島地裁いわき支部平成2年12月26日判決)。本件においては、いじめ行為が継続するのを放置した場合には、「被害生徒の精神的負担が累積、増大し、被害生徒の心身に大きなダメージが生じるほか、場合によっては自死という結果を招くおそれがあることを予見することも十分可能であった」として、自殺そのものについての学校側の予見可能性を肯定した。
本件は、いじめを受けた女子生徒が、母親とカナダ人の父親との間に生まれた子どもであり帰国者であったこと、また、母親が、当時、被告学校法人の設置する大学の助教授であったことなどに特徴がある。
◆ 標津(しべつ)町立中学校グランド町民受傷事故事件
【事件名】 損害賠償請求事件
【裁判所】 札幌地裁判決
【事件番号】平成22年(ワ)第465号
【年月日】 平成23年7月27日
【結 果】 一部認容・一部棄却(確定)
【経 過】
【出 典】 判例時報2141号96頁、判例タイムズ1373号167頁
事案の概要:
町民Xは、Y町立中学校のグランドに入り込み鉄棒で前回りをした際、鉄棒が支柱から外れ落ち落下し受傷した。この事故について示談が成立していたが、Xは12年後に症状が悪化し、手術を受けたが後遺障害が残った。そこで、Xは、右鉄棒の設置又は管理に瑕疵があったとして、Yに対して、国賠法2条に基づき損害賠償を請求した。
これに対し、Yは、Xの後遺障害と転落事故との間に因果関係はない、Xには、受診が遅れたという過失がある、Xは無断で学校のグランドに入り込んだ過失があるとして、5割の過失相殺を主張した。
判決の要旨:
本判決は、Yの鉄棒の設置管理の瑕疵に基づく損害賠償責任を肯定した上、Xの後遺障害と転落事故との因果関係を認めた。
Xは医師から受診するよう指示助言を受けていたというのであればともかく、原告において、何らかの神経症状を認識した場合には速やかに病院を受診する信義則上の義務があったということはできない。また、本件事故当時、Yが中学校グランド内への町民の立入りを禁止、制限していた形跡はないし、一般に、町民が町立中学校のグランドに立ち入って鉄棒を使用することは、これが危険であるとの理由で差し控えるべきものであるということはできない。これらの点においてXに過失があるとするYの主張は採用できない。
備考:
本件中学校では、この鉄棒を体育の授業等に使用しておらず、また、町民に対してグランド開放もしていなかった。他方、原告は、何らの利用許可を取ることもなく勝手にグランドに入り込み、自ら鉄棒の安全性を調べることなく漫然とこれを使用して受傷したものである。本件判決は、このような場合であっても学校設置者の責任が問われることがあることを示したものである。学校側は、少なくとも、「立入禁止」の警告を掲げ、門扉を閉じておく等、一般住民の立ち入りを禁止、制限する外形を整えておく必要があったと考えられる。
◆ 東京都公立小学校5年生ホール負傷事故事件
【事件名】 損害賠償等請求事件
【裁判所】 東京地裁判決
【事件番号】平成22年(ワ)第19510号
【年月日】 平成23年9月13日
【結 果】 棄却(控訴)
【経 過】
【出 典】 判例時報2150号55頁
事案の概要:
当時小学5年生であった原告が、休憩時間中に、小学校の多目的ホール又はエントランスホール(以下「本件ホール」)で、同級生に投げ飛ばされ、床に落下したために傷害を負った事故について、@本件ホールの設置又は管理に瑕疵があった、A右小学校の校長は、児童の生活の安全確保に配慮するため、本件ホールの床の材質を変えるなど事故の発生を防止するための措置を講ずべき義務があったにもかかわらずこれを怠ったなどと主張して、右小学校を設置し運営する地方公共団体である被告に対し、国家賠償法2条1項、同法1条1項又は安全配慮義務違反による債務不履行に基づき、損害賠償を求めた。
判決の要旨:
@本件ホールの設置・管理の瑕疵について。本件ホールの材質は、国土交通省が定めた公共建築工事標準仕様書や、文部科学省が定めた小学校施設整備指針に規定されている床材等の要件を満たしていることが認められる。本件ホールの使用実態を考慮に入れても、その床の材質が他の小学校で用いられているものに比べて安全性の面で有意な差があるとの事実を認めるに足りる証拠はない。
A事故防止措置を講ずべき義務について。被告又は小学校の校長が、本件ホールの床の材質を変えるべき義務を負っていたとは認められない。
備考:
原告は、本件ホールは、フローリング敷きであって滑りやすいため、転倒して頭部を床に打ちつけ負傷する可能性が高い場所であるので、床の素材は、固い素材を避けて、カーペット状のタイルなど、衝撃を吸収するような素材を採用するべきであった、と主張した。これに対して、判決は、本件事故は、通常想定される行動によって生じた結果とはいえず、仮に、床の材質が弾力性、衝撃吸収性の高いものであったとしても、本件事故による原告の傷害の結果を避け得たかどうかは不明である、として原告の主張を斥けた。
◆ 岐阜県瑞浪(みずなみ)市立中学校いじめ自殺事件
【事件名】 損害賠償請求事件
【裁判所】 岐阜地裁判決
【事件番号】平成22年(ワ)第321号
【年月日】 平成23年11月30日
【結 果】 棄却
【経 過】 二審名古屋高裁平成24年12月19日判決
【出 典】
事案の概要:
当時中学生であった甲が自殺したのは、同学年の生徒らのいじめが原因であるとして、甲の父母である原告らが、生徒ら及びその父母を被告として、生徒らに対しては共同不法行為に基づき、父母らに対しては教育及び監督監護義務違反による不法行為に基づき、損害賠償を請求した事案。
瑞浪市立中学校2年の女子生徒甲はバスケットボール部の部員であったが、練習についていけないことがあり、同級生4人から大声で厳しく注意されることがあった。2006年10月23日、甲が自宅で首をつって死亡し、同29日に甲の父母が報道陣に公開した便箋1枚の甲の遺書には、「部活のみなさん、特に、(4人の名前)、本当に迷惑ばかりかけてしまったね。これで、お荷物が減るからね。もう、何もかもがんばる事に疲れました」などと書いていた。当初中学校はいじめを否定したが、同31日には、無記名アンケートなどの調査から、いじめを認める方向に転じ謝罪した。11月1日には瑞浪市教育委員会もいじめが自殺の原因と認めた。2007年10月12日、岐阜地方法務局が人権侵害にあたると認定。甲の父母は2010年3月4日、謝罪がなかったなどとして4人とその両親に損害賠償を求め提訴した。
地裁判決の要旨:
岐阜地裁判決は、「被告生徒らによるいじめ行為の存在を積極的に推認させる事実はない」として、原告らの請求をいずれも棄却した。
@所属していたバスケットボール部で、大声で叱責したり、一緒に行動しなかったりしたことが、ただちにいじめ行為にあたるとは言えない、A甲の残した遺書からはいじめの事実はうかがえない、B学校が全校生徒に実施したアンケートでいじめを目撃したとの回答が複数あったことについて、学校のアンケートは無記名で、いじめがあったとされる部活の練習中には、厳しく注意や指導することがあり、その行為を他の生徒がいじめと思い込んで回答した可能性は否定できないため、証拠能力に欠ける。Cアンケート結果を受けて、いじめがあったとして謝罪した学校側の対応を「慎重に判断すべきで、到底理解できない」とした。
高裁判決の要旨:
名古屋高裁も「違法ないじめ行為があったとはいえない」として、一審判決を支持し控訴を棄却した。
@遺書には、4人からどのような精神的苦痛を受けたのか、具体的な事実をうかがわせる記載がない、Aアンケート結果は、新聞報道の影響があり匿名での記述であることから信用性が疑問視される、B一審判決が、いじめがあったと早急に認めた学校や市教委の判断を「理解できない」と非難した点を修正し、「教育関係者の間では本人が身体的、精神的に苦痛を感じていれば、いじめとみなされる」とした、C甲が「同級生からうざい、きもいと言われた」と話したとする母親の証言を採用し、甲が4人に不信感や不満を持ち、4人の態度を嫌がらせと考えていたことがうかがわれると認めた。D学校や市教委がいじめを認めたからといって、直ちに民法上の不法行為に該当するとみることはできないとした。(中日新聞2012年12月19日より作成)
備考:
この事件では、いじめの存在や自殺との因果関係について、学校や教育委員会の判断が二転三転した。判断材料となったアンケートについても決定的な証拠とはいえず、学校側の判断は、マスコミや法務局など外部からの批判を受けて変更されたものとみられる。本件では学校は被告とはされていないものの、そもそも、学校は事件や事故の当事者であることが多く、また、学校には、いじめの調査を行う独自の権限も専門的な能力も備えていないため、学校側の判断は関係者から信用されていないといっても過言ではない。したがって、調査能力をそなえた第三者的な機関の制度化が必要であろう。
高裁判決は、学校がいじめの存在を認めても、それが直ちに民法上の不法行為に該当するとはいえないとした。これは「いじめ」という不確定な多義概念によって、議論が混乱するのを避ける上で重要な指摘である。いじめがあったかどうかの判断は、文部科学省の定めた定義に照らして行われるところ、いじめの定義は、1985年に定められてから、2006年に変更されており、現在は、「一定の人間関係のある者から、心理的・物理的な攻撃を受けたことにより、精神的苦痛を感じているもの」とされている(「生徒指導提要」平成22年3月)。もとより、この定義は、文部科学省が実態把握や対策等を行うにあたり、教育行政内部の統一性、整合性を確保するために定められたもので、法的責任についての裁判所の判断を拘束するものではない。したがって、司法上の審理にあたっては、いじめとされる行為が「いじめ」に該当するか否かという論議にとらわれることなく、その行為の態様や程度、結果等を個別具体的に検討して、その違法性が判断されることとなる。
◆ 横浜市立中学校3年生柔道部後遺症害事件
【事件名】 損害賠償請求事件
【裁判所】 横浜地裁判決
【事件番号】平成19年(ワ)第4884号
【年月日】 平成23年12月27日
【結 果】 一部認容・一部棄却(確定)
【経 過】
【出 典】 判例時報2140号28頁
事案の概要:
横浜市立中学3年生の生徒Xが、柔道部の指導教諭Yと乱取り練習中に、投げ技をかけられる等して、記憶力が著しく低下する等の高次脳機能障害を負った事故につき、Xとその父母が、横浜市に対して国賠法1条1項に基づき、神奈川県に対して同法3条1項に基づき、また、指導教諭Yに対して民法709条に基づき、各損害賠償請求を求めた。
Xは柔道部の練習においてYと乱取りを行い、互いに投げ技をかけ合った後、Yから絞め技をかけられ、いわゆる「半落ち」の状態になり意識を失った。YはXを覚醒させた上で乱取りを再開し、背負い投げ、体落とし等の技をXにかけ、さらにXがかけてきた一本背負いをつぶし、そのまま絞め技をかけようとしたが、うまくかからなかったことから手を離した。その際、XはYの指示でほどけた帯を直そうとした最中に、突然けいれんを起こして倒れ意識不明となり、大学病院に救急搬送され緊急開頭手術を受けたが、高次脳機能傷害の後遺障害が残った。
判決の要旨:
Yとしては、Xが半落ちの状態から意識を取り戻したばかりのもうろうとした状態のまま乱取を再開すれば、Xに重大な障害が生じ得ることは予見できたといえるから、この場合乱取を中止し、休憩を取らせ、Xの意識が正常化するまで待つべき義務があったにもかかわらず、これを怠った過失がある。
Yは公権力の行使に当たる公務員で、その職務を行うについて過失により違法にXに損害を与えたものであるから、Y個人としては損害賠償責任を負わない。横浜市は国賠法1条1項に基づき、神奈川県は同法3条1項に基づき損害賠償責任を負う。
Xの両親はXが後遺障害を負ったことにより死亡に比肩すべき精神的苦痛を受けたとは認められないから、両親の慰謝料請求は容認できない。
備考:
学校における体育の授業や、部活動中に柔道に関わる事故が相次いで発生している。本件では、いわゆる「半落ち」の危険性が指摘された。「半落ち」の状態とは、頸動脈を一時的に閉塞させ、脳虚血を生じさせ、意識障害を発生させている状態である。判決はこの「半落ち」の危険性について、「たとえ意識を取り戻しても、完全には意識は回復していないため、通常時よりも受け身がとりづらく、また首の固定が十分ではないため、頭部に回転力が加わりやすい状態にある」から、そのような状態で乱取りを続ければ、重大な傷害の結果が生じる危険性があるとした。
熟練した柔道の指導者が、生徒を「半落ち」の状態にする場合、それは過失によるものではなく、生徒をいたぶったり制裁を与える目的で故意に行われるものであると考えられる。そもそも、指導者が、生徒を「半落ち」にするような指導方法が妥当なものとは考えられず、まして、生徒を「半落ち」にして、意識のもうろうとした状態でさらに投げ続けるというような行為は、指導の一環であっても、決して許されるものではない。
◆ 中津川レジャープール中学生逆飛込み負傷事件
【事件名】 損害賠償請求事件
【裁判所】 岐阜地裁多治見支部判決
【事件番号】平成22年(ワ)第266号
【年月日】 平成24年2月9日
【結 果】 棄却(控訴)
【経 過】
【出 典】 判例時報2147号93頁
事案の概要:
Xは、2008年8月当時中学3年生で、中学1年当時から水泳部に所属し、学校プールで水泳競技の練習をするほか、小学5年生ころから毎年2、3回、Yの経営するプールを利用してところ、同年8月18日、本件プールのプールサイドを小走りし、プールに逆飛び込みをしたところ、プールの底部に頭部をぶつけたため、頸髄損傷の傷害を負い、重篤な後遺障害が残った。そこで、Xは、本件プールを設置しているYとしては、本件プールでの逆飛び込みを制止できるような監視要員を配置したり、物理的にこれを阻止できる設備を設置するなどの措置をすべきであるのに、これらの措置をとっていなかったとし、安全保護義務違反を理由として、Yに対し、8000万円の損害賠償を請求した。
判決の要旨:
@本件プールは純粋にレジャーのためのものであること、A本件プールの周囲には「飛込禁止」の看板が複数設置されていたこと、B本件プールの周辺には2名の監視員を配置していたことなどからすれば、Yは、本件プールの利用者に対して安全配慮の義務を尽くしていたものと認められる。
備考:
近年、自治体では、予算削減を目的に多くの業務をアウトソーシング(外部委託)したり民営化しているが、プールの運営業務も例外ではなく、請負契約や指定管理者制度などさまざまな方式を用いて、その業務の一部や全部が民間に委ねられるようになった。いずれの方式においても、利用者の健康や安全が保てるかどうか、安全管理の責任の所在が曖昧になるのではないかという疑念が持たれている。2006年のふじみ野市営プール事故や、2011年の泉南市立小学校プール事故は、プールの管理業務を民間業者に委託するなかで起きた死亡事故である。また、2007年の出雲市立健康施設プール事故では、NPOが指定管理者となり管理業務を行っていた。本件において、被告Yは、自治体が建設する施設の管理運営業務の受託を主たる目的とする、いわゆる第三セクターとして設立された株式会社であった。いずれの管理方式が採られるにしても、利用者の安全が十分に保持されなければならず、また、事故が起きた際の責任は、管理方式の形態によって差があってはならない。
◆ 民間スポーツ施設騒音事件
【事件名】 騒音防止等請求事件
【裁判所】 さいたま地裁熊谷支部判決
【事件番号】平成19年(ワ)第298号
【年月日】 平成24年2月20日
【結 果】 棄却(確定)
【経 過】
【出 典】 判例時報2153号73頁、判例タイムズ1383号301頁
事案の概要:
本件は、Yが管理運営するスポーツセンターの施設(本件施設)から発生する騒音により精神的苦痛を受けたとして、同施設付近に居住するXら6名が、Yに対して不法行為に基づく慰謝料等の支払いを求めるとともに、人格権に基づき本件騒音の差止め及び一定の時間帯(日曜日は終日、それ以外の日は午後8時から午前10時までの間)における同施設の使用差し止めを求めた事案である。
判決の要旨:
@Yは日系ブラジル人の幼稚園から高等学校までの年齢に相当する子どもを対象とする学校を開設し、本件施設はその一環として、第一種住居地域に建てられたものである。本件施設は本件学校の体育の授業やサッカー大会等の行事のほか、フットサル場として一般に貸出し使用されていた。
A本件施設から発生する騒音は、フットサルに使用される際の掛け声や歓声,拍手,ホイッスルの音,シューズが床に擦れるキュッという音,ボールを蹴る音やボールが壁や柱に当たる音などであった。
B騒音規制法に基づく埼玉県生活環境保全条例及び同施行規則によると、第一種住居地域における規制基準は、昼間(午前8時から午後7時まで)については55デシベル、夕(午後7時から午後10時まで)については50デシベルと定められている。ただし、騒音規制法の規制の対象は特定工場等及び指定騒音工場であり、本件施設はその適用を受けない。
C環境基本法16条1項に基づく「騒音に係る環境基準について」(平成10年・17年の環境省告示)によると、第一種住居地域における環境基準は昼間(午前6時から午後10時まで)においては55デシベル以下と定められている。環境基準は維持されることが望ましい騒音の基準であるが、本件施設からXら自宅への騒音は58デシベルであり、環境基準と比較してもわずか2ないし3デシベル超過しているにすぎず、本件騒音のレベルは普通会話と同程度であるとの指摘もあり、少なくとも日常生活に重大な影響を及ぼす程のものとはいえない。
DYは、騒音を低減するため本件施設に壁を取り付け防音工事をし、大きな大会の開催は取りやめたり、施設の使用終了時間を繰り上げ、来訪者に施設内外で大声を出さないように注意する看板を設置する等の措置を講じていた。
EXら以外の住民からは、Yに対して本件騒音に対する苦情が述べられていない。
F本件施設は単なる営利目的の施設ではなく、一定程度の社会的価値が認められる。
以上の諸要素を総合的に考慮すると、本件騒音は、受忍限度内にとどまると解すべきであり、XらのYに対する施設使用禁止請求と損害賠償請求のいずれも理由がない。
備考:
騒音をめぐるトラブルは、音の受け止め方に個人差があり、騒音と感じるかどうかは主観的、感情的な要素に左右されるため、当事者間での紛争解決がきわめて難しい。本件は、騒音レベルが環境基準をわずかに上回るにすぎず、日常生活に重大な影響を及ぼす程のものではないことから、本件騒音は受忍すべき限度にとどまると判断したものであるが、その判断に際して、Yが相応の費用負担をして防音対策をとったこと、本件施設が日系ブラジル人の地位向上などのために役立っていることが考慮されている。このように、受忍限度内かどうかの判断において、騒音低減のための努力が為されたかどうか、また、施設が単なる営利施設か公益性を持つ施設かどうかという社会的価値についての判断が考慮事項となるとした点が注目される。
◆ 北海道立高校柔道部練習中事故事件
【事件名】 損害賠償請求事件
【裁判所】 札幌地裁判決
【事件番号】平成22年(ワ)第368号
【年月日】 平成24年3月9日
【結 果】 一部認容・一部棄却(控訴)
【経 過】
【出 典】 判例時報2148号101頁
事案の概要:
Xは、平成2007年、被告北海道Yの設置する高等学校に入学した女子生徒である。Xは同年6月ころから、柔道部の選手として部活動に参加していたところ、複数の学校合同の夏期合宿に参加中の2008年8月8日、他校の柔道部員との練習を行った際、対戦相手に大外刈りをかけられて後頭部を強打し、四肢不全麻痺及び高次脳機能障害の重篤な後遺障害が残った。そこで、Xとその母及び祖父は、柔道部の顧問教諭及び学校長に安全配慮義務を怠った過失があるなどと主張し、Yに対し、国家賠償法1条1項に基づき、損害賠償を請求した。
判決の要旨:
Xは本件事故前の5月にも練習で負傷し、T病院での精密検査の結果、急性硬膜下血腫及び脳挫傷が生じていることが判明し、Xは同月21日、顧問教諭に対し、「傷病名:急性硬膜下血腫、脳挫傷」、「約2週間の安静を要する」との記載のある診断書を提出していた。顧問教諭においては、Xに急性硬膜下血腫が生じたことを認識した以上、本件事故当時において、Xが頭部に衝撃を受けた場合の危険性が格別に高いことを当然に認識すべきであった。
Xを本件練習試合に出場させた場合、対戦相手から、Xが十分に対応できない技を仕掛けられて頭部を打ち付けるなどする可能性が相応にあり、Xが頭部を打ち付けた場合には、Xに重篤な結果が生じる危険性は、格別に高いものであったといえ、本件顧問教諭らもかかる危険性を予見し得たといえる。したがって、本件顧問教諭らは、少なくともXを本件練習試合に出場させるべきではなかったにもかかわらず、これを怠り、漫然とXを本件練習試合に出場させた過失がある。
備考:
医学的知見によれば、急性硬膜下血腫とは、外傷により脳と硬膜の間に血腫が広がった病態であって、重症の場合はスポーツに復帰することは不可能であり、軽症の場合にも血管が通常の強度を回復するとは限らず、短期間でスポーツに復帰することは、いわゆるセカンドインパクトシンドロームを惹起する可能性がある。セカンドインパクトシンドロームとは、一度衝撃によりダメージを受けた脳に対して2回以上の同様のダメージを受けることによって、軽症であった患部のダメージが広がり致命的になる症候群をいう。
本判決は、Xが本件事故前に練習で負傷していたことを重視し、Xが再び頭部に衝撃を受けた場合には、重大な事故につながる可能性が高いのであるから、顧問教諭にはこうした事態を招かないようにする注意義務があるとした。
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