◆ 高知市私立中学1年生いじめ自殺事件
【事件名】 損害賠償請求事件
【裁判所】 高知地裁判決
【事件番号】平成22年(ワ)第593号
【年月日】 平成24年6月5日
【結 果】 一部認容(控訴)
【経 過】 二審高松高裁平成24年12月20日判決(変更)、上告審平成25年12月19日決定(不受理)
【出 典】 判タ1384号246号
事案の概要:
原告らの子であるEは、被告学園の経営する私立中学校の1年生であり、ゴルフ部に所属していたが、自宅で自殺した。本件は、原告らが、@被告学園が、本件自殺の原因について調査し、原告らに報告する義務を怠ったことが、在学契約上の債務不履行にあたる、A被告学園が、本件自殺との関連が疑われる生徒がゴルフ部の参加した大会で活躍したという記事をブログに掲載したことが、原告らの心情を不当に害した不法行為にあたる、BEのクラス担任である被告Cやゴルフ部の顧問である被告Dが、原告らに対し不適切な言動をしたことなどについても、原告らの心情を不当に害した不法行為にあたる、などと主張して、慰謝料の支払いを求めた事案である。(本稿では@についてのみ検討する)
認定事実:
原告らは当初、本件自殺の事実を伏せておきたいと考え、被告学園も、その意向に沿った対応をしていたが、本件自殺後、高校2年生のゴルフ部員であったFがEについて「死んだらいい」という趣旨の発言をしたこと、中学1年生のゴルフ部員であったGがEの自転車の鍵を隠したことがあると話したこと、同級生であったHがEのノートに「Eがしぬ」と書いたものが発見されたことなど、Eが学校内でいじめや嫌がらせを受けていたことを疑うべき事情が次々と発覚したことから、原告らは、考えを変えて、関係者に対し本件自殺の事実を知らせたうえで、その原因について調査をすることを求めた。被告学園は、原告らの要求を一部受け入れて聴き取り調査をしたが、その対象は狭い範囲にとどまり、内容も対象者の説明を聞いただけにとどまった。原告らは、重ねて、全校生徒に対しで詳細な聴き取り調査をすることを求めたが、被告学園は、そのようなことをすると、不特定多数の生徒の精神的な健康に悪影響を及ぼすおそれがあり、特に自殺した生徒と仲の良かった者には強い悪影響が懸念されるから、これ以上の聴き取り調査は差し控えたいと述べて、結局原告らの要求を明確に拒否するに至った。
判決の要旨:
1.調査報告義務違反について
学校法人(私立学校)の経営主体は、・・・信義則上、在学契約に付随して、生徒が自殺し、それが学校生活上の問題に起因する疑いがある場合には、その原因が学校内のいじめや嫌がらせであるか否かを解明するために、他の生徒の健全な成長やプライバシーに配慮したうえ、必要かつ相当な範囲で、適時に事実関係の調査をして、保護者に対しその結果を報告する義務を負うというべきである。
自殺した生徒が、生前、クラス(学級)とゴルフ部のいずれにおいても、いじめや嫌がらせを受けていたと疑われる事情が指摘されていることを踏まえて、被告学園において、本件自殺が学校生活上の問題に起因する疑いがあることを真撃に受け止め、その原因が学校内のいじめや嫌がらせであるか否かについて事実関係の調査をして、保護者である原告らに対しその結果を報告する必要性は、相当程度高かったというべきである。
2.被告学園が行った調査が十分なものであったか否かについて
本件自殺の原因が学校内のいじめや嫌がらせであるか否かを解明するためには、調査の対象を、Eと仲の良かった同級生やゴルフ部員に限らす、全校生徒ないしそれに準ずる範囲の生徒まで広げるのが相当というべきである。したがって、被告学園は、全校生徒ないしそれに準ずる範囲の生徒に対し本件自殺の事実を知らせたうえで、・・・必要かつ相当な範囲で、適時に、本件自殺の原因について、学校内のいじめや嫌がらせの有無・程度等の聴き取り調査をすべき義務を負うと認められる。被告学園はこれを怠り、調査報告義務に違反したものというべきである。
3.原告らの損害
被告学園の本件自殺の問題に対する消極的な姿勢は、原告らの悲しみや絶望をより深める結果を招いたとみとめられる。・・・現在においては、被告学園が本件自殺の原因が学校内のいじめや嫌がらせであるか否かを解明することは、事実上不可能になってしまったといわざるを得ない。このような状況のまま、ただ日々を過ごすしかない原告らの精神的苦痛を慮ると、被告学園の調査報告義務違反は、取り返しのつかないものであった。これにより原告らが被った精神的苦痛を慰謝するに足りる額は、原告らそれぞれについて80万円ずつを相当と認める。
備考:
学校内のいじめによる自殺をめぐる裁判例は相当数ある。その多数は、学校側の安全配慮義務違反を問うもので、学校側の対応と自殺との間に相当因果関係が認められるか否かが主な争点となったものである。しかし、本件のように、自殺の原因がいじめにあったか否かを調査してその結果を両親に報告する、いわゆる調査報告義務の有無が問題になった事例は多くない。本判決は、学校側の調査報告義務違反を認めた数少ないものであったが、控訴審判決では、その判断が変更され、学校側の調査について、「十分だったとは言えないが、必要な義務は尽くしている」として同義務違反を否定し、上告審においてもそれが維持された。
本判決以外に、調査報告義務違反を肯定したものとして、埼玉県私立中学校事件(さいたま地裁平成20年7月18日判決)がある。反対に、調査報告義務違反を否定した事例としては、神奈川県津久井町立中学校事件(横浜地裁平成13年1月15日判決、東京高裁平成14年1月31日判決)、富山市立奥田中学校事件(富山地裁平成13年9月5日判決)、福岡県城島町立中学校事件(福岡地裁平成13年12月18日判決、福岡高裁平成14年8月30日判決)、神奈川県立高校吹奏楽部事件(横浜地裁平成18年3月28日判決)などがある。
いじめ自殺の例とはいえないものの、教員の行き過ぎた指導が自殺を招いたとされる事例で、調査報告義務違反を肯定したものとして、北海道遠軽町立小学校事件(札幌地裁平成25年6月3日判決、後掲)、また、校内の傷害事件につき学校側が被害生徒の親に虚偽の報告をしたことによる報告義務違反を肯定したものとして、札幌市立中学校事件(札幌高裁平成19年11月9日判決)がある。
この調査報告義務に関係して、いじめ防止対策推進法(平成25年法律第71号)が成立し、平成25年9月に施行された。同法28条には、「重大事態に係る事実関係を明確にするための調査」を行い、いじめを受けた児童等及びその保護者に対し、「必要な情報を適切に提供」することが規定された。そのため、同法施行後においては、いじめに関わる調査報告義務違反の存否については、同法の規定する要件に当てはめながら判断されることとなり、また、その調査の在り方については「いじめの防止等のための基本的な方針」(平成25年10月11日)等の定めによることとなろう。