◆202112KHK250A1L0630M
TITLE:  注目の教育裁判例(2021年)
AUTHOR: 羽山 健一
SOURCE: 2021年12月30日
WORDS:  全40字×630行


注目の教育裁判例(2021年)



羽 山 健 一



  ここでは,公刊されている判例集などに掲載されている入手しやすい裁判例の中から,先例として教育活動の実務に参考になるものを選んでその概要を紹介する。詳細については「出典」に示した判例集等から全文を参照されたい。

判例タイムズ 1478号−1469号
判例時報   2461号−2495号
労働判例   1231号−1252号
裁判所web   2020.12.25−2021.12.24




  1. 北海道公立高校教諭パワハラ自殺事件 ―― 自信を喪失させるような注意をする先輩
    仙台地裁 令和2年7月1日判決

  2. 岐阜県私立高校柔道部暴行事件 ―― 絞め技か暴力か?
    名古屋地裁 令和2年11月10日判決

  3. 東京都立高校教諭免職処分事件 ―― 女子生徒とのキスを理由とする懲戒免職
    東京地裁 令和2年12月11日判決

  4. 太宰府市私立高校生徒自殺事件 ―― 執拗ないじめによる自殺
    福岡地裁 令和3年1月22日判決

  5. 大阪府立高校頭髪指導事件 ―― 染髪禁止校則の違法性
    大阪地裁 令和3年2月16日判決

  6. 栃木県高体連登山専門部講習会雪崩事故事件 ―― 高体連の業務は公務か?
    宇都宮地裁 令和3年3月31日判決

  7. 埼玉県公立小学校教員時間外労働事件 ――「定額働かせ放題」に裁判所が苦言
    さいたま地裁 令和3年10月1日判決

  8. 大阪府立高校・不起立再任用拒否事件 ―― 「君が代」起立斉唱命令違反
    大阪高裁 令和3年12月9日判決








  9. ◆北海道公立高校教諭パワハラ自殺事件

    【事件名】損害賠償請求事件
    【裁判所】仙台地裁
    【事件番号】平成30年(ワ)第489号
    【年月日】令和2年7月1日判決
    【結 果】一部認容・一部棄却
    【経 過】二審仙台高裁令和3年2月10日判決(棄却・確定)
    【出 典】判例時報2465・2466号52頁,判例タイムズ1481号221頁


    事案の概要:

    原告らの子である亡Aは,平成25年4月1日付けで北海道教育委員会から北海道公立学校教員として任命され,a高校において定時制課程の英語担当教員として勤務していたが,平成27年7月28日,自殺した。本件は,原告らが,業務が過重化したこと及び先輩教諭Bにおいて亡Aに対しパワー・ハラスメントをしたことにより亡Aは精神的に追い詰められて自殺したのであり,校長及び教頭は労働環境を整備するという信義則上の安全配慮義務に違反したと主張して,国家賠償法1条1項に基づき,損害賠償金等の支払を求める事案である。判決は,校長及び教頭において亡Aのうつ状態を認識しながらBによる度重なる注意を防止する措置を講じなかったことが安全配慮義務に違反するとして,損害賠償請求を一部認容した。


    認定事実:

    亡Eは,平成27年5月15日,教頭に対して,F教諭が仕事を丸投げしてくるという悩みのほか,G教諭の担当するクラスの副担任としての仕事ぶりがG教諭の期待に添えておらず,G教諭を苛立たせてしまっているという悩みを相談した。教頭は,G教諭に対し,「あまり先輩教員として教員のあるべき姿を指導することは,本人のプレッシャーになるので多少控えた方がよいのではないか。」などと話して注意した。

    G教諭は,6月23日,亡Eの生徒への関与姿勢について,約36分間にわたり,「生徒の方見てるっつうのは答えひとつだべや。関わっていくしかねーベや,お前向いてねーって。うそつけって。おまえ向いてねえから答えでねえんだよ。」などと言って注意した。亡Eは,従来からのG教諭による度重なる注意とあいまって,教師として生きてゆく自信を喪失した。G教諭は,6月26日,亡Eが会議の終了を待たずに帰宅したことについて注意した。

    亡Eは,6月26日の夜,教頭に対して,教師として生きてゆく自信を喪失させるような注意をG教諭から受けたことについて相談した。教頭は,直ちに,G教諭に電話を架け,「先生の言い方が非常につらかったようで,E先生は教師に向いていないのではないかと悩んでいた。」などと伝えた。

    教頭は,6月29日,亡Eから,心療内科を受診し,うつ状態という診断を受け,薬を処方された旨の報告を受けた。そのため,教頭は,校長に対し,上記診断結果を報告した。校長らは,亡Eに対して,休暇を取ることを勧めたものの,G教諭に対しては亡Eがうつ状態という診断を受けたことを伝えることをしなかった。のみならず校長らは,亡EとG教諭の席を離したり,担任と副担任の関係を解消したりする措置を講じたこともなく,当該措置を執ることにつき,亡Eの意向を聴取することはなかった。

    G教諭は,7月27日午後1時30分頃,亡Eに対し,担当するクラスの生徒Aが午後4時頃に宿泊研修の同意書を提出するため登校することから,生徒が来たら,そのことを生徒会室に伝えに来てほしい旨依頼し,別の生徒と作文を書くため,生徒会室へ移動した。G教諭の依頼は,生徒会室で作文を書く生徒と生徒Aが鉢合わせることがないようにしたいという意図によるものであった。ところが,亡Eは,同日午後4時30分頃,生徒Aが登校したため,生徒Aを生徒会室へ同行した。生徒Aを帰らせた後,G教諭は,20分間にわたり,亡Eに対し,亡Eが生徒Aを生徒会室に同行したことについて,「なんでそうしたの。」,「こうするべきじゃないの。」などと述べて,亡EがG教諭の意図とは異なる対応をしたことを淡々とした口調で注意した。亡Eは,7月28日未明,自殺した。


    判決の要旨:

    (1)G教諭の行為の違法性
    職場で働く者が,職場内における優越的な関係に基づき,同じ職場で働く他の者に対し身体的又は精神的苦痛を与える行為は,業務上必要かつ相当な範囲を超える場合に,パワーハラスメントとして不法行為法上違法となると解するのが相当である。

    亡Eがうつ状態の診断を受けていたにもかかわらず,G教諭は,その事実を校長らから伝えられておらず,その後亡Eに対する注意を自制するよう指導を受けることすらなかったのであるから,亡Eの精神状態が客観的に極めて不安定であったこと及びその原因が自己の亡Eに対する執拗な注意にあることを的確に認識していなかったことが認められる。そうすると,7月27日のG教諭による亡Eに対する注意には,故意又は過失があったものと認めることはできない。したがって,G教諭の行為に不法行為は成立しない。

    (2)校長らの安全配慮義務違反の成否
    未だ勤務経験2年余りにすぎないAが教師として生きてゆく自信を喪失させないよう校長らは,業務の遂行に伴う疲労や心理的負荷等が過度に蓄積して亡Eの心身の健康を損なうことがないように,G教諭に対し,亡Eのうつ状態の原因が教師として生きてゆく自信を喪失させるようなG教諭の度重なる注意にあることを自覚させ,未だ勤務経験2年余りにすぎない亡Eが教師として生きてゆく自信を喪失させないように,亡Eにこれ以上の注意をしないよう自制を促すとともに,亡Eの意向を聴取するなどして亡Eの精神状態に配慮した上で,亡Eの意向に反しない限度で,G教諭が業務において亡Eに接触する機会を減らす措置を講じる義務を負っていたにもかかわらず,これを怠ったものというべきである。したがって,校長らは,亡Eの心理的負荷等が過度に蓄積してその心身の健康を損なうことがないよう注意する義務に違反したものと認めるのが相当である。

    (3)過失相殺及び素因減額
    加害行為と被害者の疾患とが共に原因となって損害が発生した場合において,加害者に損害の全部を賠償させるのが公平を失するときは,裁判所は,損害賠償の額を定めるに当たり,民法722条2項の過失相殺の規定を類推適用して,被害者の当該疾患を料酌することができるものと解するのが相当である。

    亡Eは,14歳の時及び31歳の時にも自殺を試みたことがあり,元来不安を感じやすい性格であったことが認められる。亡Eの自殺の原因は,過去2回自殺を試みた経過等を踏まえると,亡Eの不安を感じやすい性格が寄与していたというべきであり,亡Eの性格は,労働者の個性の多様さとして通常想定される範囲を外れるものであったと認めるのが相当である。

    したがって,亡Eの自殺は,G教諭による亡Eに対する注意と亡Eの上記性格とが共に原因となって発生したものと認めるのが相当であり,本件においては722条2項を類推適用して6割の素因減額を行うのが相当である。


    コメント:

    本判決は,職業人として生きて行く自信を喪失させるような注意をする先輩を新人から引き離すべき安全配慮義務の存在を認めた事例である。

    一昔前なら,先輩教員が新任教員を怒鳴りつけるような光景は普通に見かけられた。かつて熱血教師と呼ばれた先生は,生徒に対してだけでなく,教員に対しても,真剣に相手の将来ことを思い,熱心に指導し叱責した。しかし,現在では,このような行為はパワハラと受けとめられ,,新任がメンタルヘルスを損なうようなことがあれば,設置者は組織として責任を問われることになる。

    本判決では,教頭・校長の管理職が,うつ状態の診断をうけた教員に対して,相談にのり,休暇を勧めたり,加害者に対して注意を与えるにとどまり,防止するための具体的措置を講じないい場合は,安全配慮義務に違反すると判断した。具体的措置というのは,加害者と被害者を引き離すことであり,担当を替えたり席を替えたりして,明確に接触の機会を減らす必要がある。

    亡Eの死亡は公務災害の認定を受けられず,遺族は災害補償の支給を受けることができなかった。本判決は,そのような場合でも,民事訴訟で学校設置者の責任を問い,損害賠償を受けることができる場合があることを示した。








    ◆岐阜県私立高校柔道部暴行事件

    【事件名】損害賠償請求事件
    【裁判所】名古屋地裁
    【事件番号】平成31年(ワ)第66号
    【年月日】令和2年11月10日判決
    【結 果】一部認容・一部棄却
    【経 過】
    【出 典】ウエストロー・ジャパン


    事案の概要:

    本件は,大韓民国の国籍を有し,平成29年4月に被告学園の設置するa高等学校に入学して柔道部に所属していた原告が,柔道部の1年先輩である被告Y1から,@同月頃から継続的に暴力を受けるとともに,公然と「おい,コリアン」と呼ぶなどされた,A平成30年1月頃,絞め技の練習中に,不必要に頚部を絞め続けられた,B同年2月20日,寝技の練習中に,複数回連続して顔を膝蹴りされたと主張し,被告Y1,同人の父被告Y2及び母被告Y3に対しては不法行為(民法709条)に基づき,被告学園に対しては使用者責任又は債務不履行責任に基づき,それぞれ連帯して,損害賠償金等の支払を求める事案である。判決はY1への請求を一部認容し,Y2,Y3,学園への請求は退けた。


    認定事実:

    本件高校には,柔道スポーツコースがあり,柔道部においては,全国大会への出場及び優勝を目指し,レベルの高い練習が求められていた。同コースでは体育科目の授業においても,柔道の練習を行うことがあった。

    被告Y1は,平成29年4月以降,原告に対し,耳をこする,肩を叩く(いわゆる肩パンチ)をするなどの暴行を加えた。被告Y1は,原告のことを「コリアン」と呼ぶことがあり,他人の面前でもこのような呼び方をすることがあった(本件行為1)。原告の母は,柔道部顧問のC教諭に対し,原告が被告Y1からいじめられているなどど相談した。C教諭は原告及び被告Y1から事情を聴取したうえで,被告Y1に対し,後輩に対してはもう少し気を遣って練習するように,などと指示した。

    原告及び被告Y1は,平成30年1月18日,絞め技を含む寝技の研究をすることになり,被告Y1は,原告を頸部の防御をさせない状態(ノーガードの状態)にさせた上で,原告の頸部に対して絞め技をかけた(本件行為2)。絞め技は柔道における正式な技であり,防御側の選手が畳又は攻撃側の選手の体を2回叩く(これを「参った」という)か,防御側の選手が意識を失って気絶する(これを「落ちる」という)と,「一本勝ち」と判定される。

    原告の母は,同日夕方,顧問のF教諭に電話をし,原告が被告Y1に顔を絞められて目が充血したと訴えた。F教諭は,翌日,被告Y1から事情を聴取し,同日,原告の母に対し,被告Y1が原告に絞め技をかけ,その結果原告の目が充血したことを報告し,今後は原告と被告Y1を組ませないようにすると伝えた。

    平成30年2月20日,柔道の授業の終わり頃,原告は,被告Y1から相手をするよう言われ,寝技の乱取り(試合形式の練習)をした。原告は直ぐに「亀」の状態になって防御姿勢をとったところ,被告Y1は,原告に対し「三角」という技(上四方固め)をかける過程で,自身の右膝を,亀の状態になっている原告の左肩と顔の間に勢いよく4,5回入れ,原告の左顎付近に衝突させた(本件行為3)。原告は,同日,歯科を受診し,外傷性両側顎関節症,歯牙破折(外傷性),全治2〜3か月を要するとの診断を受けた。

    原告及び原告の母は,2月26日,高校を訪れ,本件行為3を含む被告Y1の行為について抗議し,厳しい処分をするように求めた。原告は警察に被害届を提出したものの,警察は,4月末頃,本件について事件性がないため立件しないとの判断をした。本件高校は,6月18日,被告Y1が1年生複数名に対して耳をこするなどにより耳を膨らませる行為や,叩くなどの行為をしたことについて,同日から6月26日までの間特別指導(停学)とする処分をした。


    判決の要旨:

    (1)本件行為1について
    本件行為1の暴行は,平成29年5月頃当時原告の身体にあざなどの異変がなかったことに照らし,原告が負傷するほど強度のものではなかったものの,何らの理由なく原告に暴行を加えるものであり,違法な行為であると認められる。また,他人の面前で,原告を「コリアン」と呼んだ行為についても原告が,以上のような暴行を受けていたことと相俟って,自身を侮蔑する意図を含む発言であると受け止めるのもやむを得ない面があり,違法な行為であると認められる。

    (2)本件行為2について
    本件行為2の違法性についてみると,頸部をノーガードの状態にさせた上で絞め技をかける練習が,通常の練習方法として想定されていたことに照らすと,被告Y1が,原告の目が充血する程強い力で絞め技をかけたことなど本件行為2の態様を踏まえても,本件行為2は,柔道の技の範疇にあり,正当行為として違法性を阻却されるというべきである。

    (3)柔道競技中の負傷事故と責任について
      この点,柔道は,相手の身体に対して直接攻撃をし,技を競い合う格闘技であるから,その性質上,競技中に負傷する危険性が内在する。そうである以上,柔道の競技に参加する者は,このような危険を一定程度は引き受けた上で競技に参加しているということができる。したがって,柔道の競技中において,一方が,故意又は過失により,相手方に有形力を行使し,その結果,相手方が負傷したとしても,そのような行為は,禁止事項に違反せず,かつ通常予想され許容された動作である限り,社会的相当性の範囲内の行為として,違法性を阻却されるというべきである。もっとも,上記の理は,柔道の技とは無関係に相手に対して有形力を行使する場合や,柔道の技として過剰である場合にまで妥当するものではない。

    (4)本件行為3について
    三角技においては,必ずしも,本件行為3のように,何度も勢いよく自身の膝を相手の顔に衝突させる必要があるとまではいえない。しかも,相手方の顔に向けて勢いよく膝を衝突させる行為が,重要な器官の存する頭部や顔面等に損傷を与えかねない危険性を有することは容易に理解できるところ,被告Y1は,寝技の練習中であったとはいえ,亀の状態になって防御姿勢をとっている一学年後輩の原告の顔に向けて,一方的に勢いよく複数回にわたって膝を衝突させ,その結果,奥歯の外側が破折したものである。そうすると,本件行為3は,寝技の練習における動作としては,質的・量的に過剰な面があったことを否めない。以上からすると,本件行為3は,三角技の過程で行われた動作であり,禁止事項に該当するものではないとはいえ,本件の具体的状況の下においては,通常予想され許容された動作を超えるものであり,違法性は阻却されないというべきである。

    (5)被告学園の責任について
    F教諭は,原告母からの抗議を受けて,原告と被告Y1を練習で組ませないこととしたところ,体育の授業担当のE教諭は,被告Y3が原告の母に謝罪したことから,原告と被告Y1の間の問題は解決したと判断した。かかるE教諭の判断は,本件高校が定めるいじめ防止基本方針におけるいじめの解消の定義等に照らし,やや安易な面があったことは否定できない。もっとも,本件高校の教諭らにおいて,被告Y1が原告に暴行を加えるなどすることについての予見可能性があったとはいえず,事前措置義務違反があるとまでは認められない。したがって,本件高校の教諭らについて安全配慮義務違反があるとはいえないから,被告学園は,不法行為責任又は債務不履行責任を負わない。


    コメント:

    今年(2021年)にはコロナ禍において東京五輪が行われ,スポーツへの関心がより一層高まった。今後,ますますスポーツを楽しむ人が増えると予想される。ところが,スポーツは一定の危険を内在しているため,事故を完全に避けることはできない。それでは,スポーツに参加する人はこの危険を知った上で参加しているのだから,スポーツでケガを負ったとしても,加害者に損害賠償等の責任を追求することができないのであろうか。

    一般に,スポーツの競技中に生じた加害行為については,それがそのスポーツのルールに反することがなく,かつ通常予測され許容された動作に起因するものであるときは,加害者の行為は違法性を阻却されると考えられてきた。たとえば,ママさんバレーボール中の事故につき責任を否定した裁判例として東京地判昭45年2月27日判決がある。ところが,近年では,ルールにしたがっていても,事故回避のための注意義務違反があれば責任を認める傾向にある。たとえば,バドミントンのダブルスプレー中のペア間の事故につき,加害者の責任を認めた裁判例として,東京高裁平成30年9月12日判決がある。本判決は,注意義務違反の有無を検討することなく,加害行為が「通常予想され許容された動作を超える」ものであるとして加害者の責任を認めた。








    ◆東京都立高校教諭免職処分事件

    【事件名】処分取消及び損害賠償請求事件
    【裁判所】東京地裁
    【事件番号】平成31年(行ウ)第137号
    【年月日】令和2年12月11日判決
    【結 果】一部却下・一部棄却
    【経 過】
    【出 典】ウエストロー・ジャパン 2020WLJPCA12118003


    事案の概要:

    本件は,被告から,生徒に対する性的行為等を理由とする懲戒免職処分及び退職金等の全部を支給しない旨の処分を受けた原告が,各処分の取消しを求めるとともに,管理職の職員が原告の過酷な勤務実態を認識しながら人員補充等の措置を講じないかったことによりうつ病及び双極性障害にり患したとして,国家賠償法1条1項に基づき賠償金580万円等の支払を求める事案である。判決は懲戒免職処分取消請求を却下し,その余の請求を棄却した。


    認定事実:

    原告は,平成19年4月1日から東京都立b高校,c高校などの進学校において非常勤講師として情報科の授業を担当し,平成28年4月1日から被告の臨時的任用教員として本件高校で勤務し,平成29年4月1日付けで被告の正規職員となり,同日以降も本件高校で勤務し,情報科を担当した。原告は,平成29年度,第2学年5組の副担任であり,情報科を担当する教諭でもあったことから,情報科の学習指導,情報処理指導主任として,職員室の各教員のコンピュータに関する様々な業務に加え,教務部の担当職務を遂行していた。

    原告は,平成29年6月頃,本件生徒(第2学年に在籍する未成年)に対しLINEの連絡先を交換しようと提案をし,本件生徒とLINEの連絡先を交換した。原告は,平成29年6月頃から,原告の自宅,通勤途中の電車内等において,スマートフォンを利用して本件生徒に対し,「でも可愛いわー」,「まじまじ」,「じゃかまってあげなーい」,「明日さ顔観れる?」,「しょくいんしつウロチョロして笑」,「さみしーなー」,「(本件生徒の名前)の顔見たいわー」,「目でおっちゃう」,「あははりょ」,「今日よく(本件生徒の名前)みた」,「今日もっといてほしかったわー」「えー見たい」,「見たらすぐ消すからぁ」,「やっぱりお前との絡みは楽しいな」,「あの頭に癒される」,「なるべく本部にいてね」,「今さ1人?」,「どこいるん?」,「りょ声聞きたかった」,「聴きたくなった笑」といった内容のLINEのメッセージを送信した。

    原告は,平成29年9月頃から平成30年3月頃までの間,校舎5階にあるコンピュータ室において,本件生徒と2人きりで個別指導を行った際,少なくとも合計30回,本件生徒の唇にキスをした。原告は,平成30年4月21日午後2時頃,東日本旅客鉄道株式会社東京駅丸の内北口付近において,本件生徒と待ち合わせをした後,書店に行き,同日午後6時頃,付近の路上において,本件生徒の唇にキスをした

    本件生徒の親は,平成30年6月7日,高校に対し,原告が本件生徒に対し不適切な行動をしている旨申告をした。そこで,校長は,原告,及び,本件生徒に対して,事情聴取をし,その結果をまとめ,同年7月9日,都教育委員会宛に事故報告書を提出した。都教育委員会は,平成30年7月12日,原告に対する事情聴取を実施した。

    原告は,平成30年6月9日午後,クリニックを受診し,医師に対し,同月7日,保護者からのクレームがあり,そこからゆううつ感,不安感,意欲低下,食欲不振といった症状が出現した旨申告し,医師から「抑うつ状態」であり,3か月間の自宅療養・通院加療を要する旨の診断を受けた。また後に,同年12月31日まで療養期間を延長する旨の診断を受けた。なお,同病院の診療録には原告について気分障害(双極スペクトラムの疑い)との記載がある。

    東京都教育委員会は,平成30年9月25日付で,原告による非違行為があり,本件非違行為は全体の奉仕者たるにふさわしくない行為であって,教育公務員としての職の信用を傷つけ,職全体の不名誉となるものであり地公法33条に違反するとして,原告に対し,同法29条1項1号及び3号に基づき懲戒免職処分をし,また,職員の退職手当に関する条例17条1項に基づき,一般退職手当金等74万7489円の全部を支給しない処分をした。

    東京都教育委員会では,「教職員の主な非行に対する標準的な処分量定」(以下「本件処分基準」)を定め,非行の類型ごとに標準的な処分量定を記載しており,「児童・生徒に対する性的行為等」のうち「同意の有無を問わず,直接陰部,乳房,でん部等を触る,又はキスをした場合」については標準的な処分量定として「免職」としている。


    判決の要旨:

    (1)懲戒免職処分の取消しの訴えが適法か否か
    地公法51条の2,49条1項は,懲戒その他その意に反すると認める不利益な処分であって人事委員会に対して審査請求をすることができるものの取消しの訴えは,審査請求に対する人事委員会の裁決を経た後でなければ,提起することができない旨定めている。ところが,原告は,被告の人事委員会に対して本件懲戒免職処分を不服とした審査請求をせず同委員会の裁決を経ないまま,本件懲戒免職処分の取消しの訴えを提起している。したがって,本件懲戒免職処分の取消しの訴えは審査請求前置の要件(行訴法8条1項ただし書)を欠く不適法なものであるから,却下すべきこととなる。

    (2)不支給処分を取り消すべき違法性があるか否か
    東京都の「職員の退職手当に関する条例」17条1項は,懲戒免職処分を受けて退職した者について,退職手当等の全部又は一部を支給しないこととする処分を行うことができると規定している。また,本件条例の解釈及び運用方針では,「支給制限処分を行うに当たっては,非違の発生を抑止するという制度目的に留意し,一般の退職手当等の全部を支給しないことを原則とすること」とされ,退職手当等の一部を支給しない処分にとどめることができる非違の内容及び程度を限定列挙し,しかも,その場合であっても,公務に対する都民の信頼に及ぼす影響に留意して慎重な検討を行うものとする旨定めている。

    本件非違行為は,列挙されている事由のいずれかに該当すると認めることはできないから,本件連用方針によれば,本件において例外的に退職手当等の一部を支給しない処分にとどめる余地はないことになる。また,原告は教育公務員として高度の倫理性が求められる職務を担当する責任ある立場であるにもかかわらず,約7か月間にわたり,本件高校の教室内で個別指導の際,第2学年で未成年であった本件生徒に対しキス行為を少なくとも合計30回繰り返し,さらには路上でもキス行為をし,生徒との間の私的な連絡を禁止されていたにもかかわらず,本件生徒に対し不適切なLINEのメッセージを繰り返し送信したのであり,本作非違行為の内容及び程度は重大で,また,本件非違行為が公務に対する信頼に及ぼす影響は大きいといわざるを得ない。そして,被告での勤続期間が臨時的任用教員であった期間を含めても2年6か月にとどまることなどを併わせ考慮すると,本件不支給処分が社会通念上著しく妥当を欠き,東京都教育委員会の裁量権の範囲を逸脱し,又はその濫用があったということはできない。

    (3)管理職の「職務上の注意義務違反」があるか否か
    原告が,出退勤管理のためのカードの打刻時刻を超えて業務を遂行していたことを認めることはできず,平成29年9月頃の時点で原告の長時間労働が常態化していたとまでは認められない。また,平成30年6月7日以前に原告が抑うつ状態にあったことが認められず,かつ,原告が度々管理職に対して過酷な勤務実態の改善を強く訴えていたことも認められないことからすれば,平成29年9月時点で,本件高校の管理職の職員が原告の過酷な勤務状況を改善するため人員補充等の方策をとるべき職務上の義務があったということはできない。


    コメント:

    (1)性的行為についての処分について
    教員の生徒に対する性的行為について,裁判所は厳罰となる重い処分を許容する傾向にある。裁判官は,教員が一般の公務員に比べ,「高度の倫理性が求められる職務を担当する責任ある立場」にあると見ているからである。

    本件の原告は,不利益処分の取消を求めるなかで,@キス行為に関しては本件生徒の思わせぶりな行動があり,A本件生徒は成人に近い年齢であったなどの事情を参酌すべきと主張した。しかし,判決は,@について,仮にそのような事実があったとしても,高校の教員として本件生徒を指導する立場にあった原告においてキス行為を多数回繰り返したことを正当化する事情には到底なり得ず,参酌すべき事情といえない,Aについては,本件生徒は原告自らが指導する対象者であり,かつ未成年であることからすれば,本件生徒の年齢は判断を覆すに足りない,と判示した。

    このように,生徒の同意があった,あるいは,生徒から誘ってきた,成人に近い年齢であった等の主張は,処分を軽減するための主張として意味を成さない。こうした傾向は,2022年に成人年齢が18歳になっても変わらないと予想される。


    (2)訴訟手続きの難しさ
    懲戒処分の取消請求について,判決の要旨(1)でみたように,裁判所は法律上の要件を満たしていないとして,実質審議を行わないまま,機械的に請求を却下した。そもそも,懲戒処分の効力争うには,訴訟の提起に先立って,人事委員会に対して審査請求を行いその裁決を経ておく必要がある(地方公務員法51条の2)。この審査請求は,処分から3か月以内にしなければならない(地方公務員法49条の3)。

    ただし,この審査請求をしておいて,3か月が経過すれば,審査請求に対する裁決が出されていなくても,処分取消の訴えを提起することができる(行政事件訴訟法8条2項)。また,本事例に見るように,懲戒処分の取消請求が認められない場合でも,不支給処分の取消請求や損害賠償請求の訴えは適法に提起することができる。








    ◆太宰府市私立高校生徒自殺事件

    【事件名】
    【裁判所】福岡地裁
    【事件番号】平成28年(ワ)第3250号
    【年月日】令和3年1月22日判決
    【結 果】一部認容(控訴)
    【経 過】二審福岡高裁令和3年9月30日判決(賠償増額)
    【出 典】裁判所ウェブサイト


    事案の概要:

    本件は,被告が経営するα高等学校の3年生であった本生徒が平成25年11月14日に自死したことについて,(1)本生徒の同居の親族である原告らが,本生徒の自死は本高校の生徒らの集団暴力行為等のいじめに起因するところ,本高校の教員は集団暴力行為等を把握し,これを阻止する義務を怠り,その結果,自死を未然に防ぐことができなかったなどと主張して,被告に対し,債務不履行又は不法行為に基づき,損害賠償金等の支払を求めるとともに,(2)本生徒の相続人である原告X1及び原告X2が,被告の不作為により,本生徒の名誉が毀損されたと主張して,被告に対し,本生徒が生前有していた名誉回復請求権に基づき謝罪文の掲示を求める事案である。判決は損害賠償請求につき一部認容し,名誉回復請求については棄却した。


    認定事実:

    本生徒は優しく穏やかな性格であり,原告ら家族の中ではいつも明るい様子であった。本生徒と原告らとの関係は良好であり,特にトラブルはなかったが,本生徒は,自死に至るまで,自身が本高校において嫌がらせ等を受けていることを原告らに相談したことはなかった。

    本生徒は,本高校入学後,特に2年生時から自死に至るまで,加害生徒らから,他の生徒の前で,殴られたり,蹴られたりする暴力や,セロハンテープで何重にも巻かれて椅子に縛り付けられたり,ゲームと称して失神させられたりする暴力のほか,使い走りをさせられたり,「アゴ」という身体的特徴を揶揄する呼び方をされたりするなどの多様な嫌がらせを一方的かつ継続的に受けていたことが認められる。

    本生徒は,2年生時の平成24年同年6月28日,原告らにも伝えず本高校を無断欠席し,紐で首をくくって自殺をしようとしたことから,首の周りに幅1cmほどの赤い痣ができた。原告X2は,同日夕方に帰宅した本生徒の首に痣があるのを見て,痣の原因を尋ねたが,本生徒は,保育の実習中に子供から引っかかれてできた旨説明した。

    原告X1は,翌29日,本生徒を高校に連れて行き,甲教諭と面談をした。甲教諭は,本生徒の首の痣を確認し,本生徒が自殺をしようとしたのではないかと疑い,痣の原因を強く問いただしたが,本生徒は,友人と遊んだ時にロープが引っかかって怪我をしたと説明するのみであった。甲教諭は,本生徒が大きな悩みを抱えていると考えたものの,ひとまず注意深く見守ることとし,この出来事については副担任に報告したのみで,教頭や他の教諭への情報提供や生徒からの聞き取り等は行わなかった。

    本生徒に対するいじめは,特に,本生徒が自殺する直前の平成25年10月頃からは,複数人が,何らの理由なく,一方的に,殴ったり,足蹴りしたりする暴力を日常的に行うようになり,その態様も,深呼吸を繰り返させ酸欠状態に陥らせて胸を押して失神させたり,体育館で何度も足払いをして床に転倒させたり,調理実習で調理し熱せられた麻婆豆腐を無理やり本生徒の口の中に流し込んで火傷をさせたり,堅いパンが砕けるほどの力で顎を殴って,その様子を動画撮影したりするという相当に苛烈なものであった。

    平成25年11月5日に調理実習が行われた際,加害生徒らは本生徒に火傷を負わせるとともに,本生徒に食べさせるために,豆板醤を大量に練りこんだテニスボールほどの大きさの白玉団子を作成した。乙教諭は,白玉団子や麻婆豆腐に大量の豆板醤が入れられていることに気付き,生徒B及び生徒Dを注意指導したが,本生徒などから事情聴取をしたり,他の教師に情報提供をしたりすることはなかった。

    本生徒は,同年11月13日の夜,市内のマンションに立入り,携帯音楽プレイヤーに,「生徒Aだけは絶対に許さない。殺したい。」,「さよなら。」などとメモを残し,翌日午前3時30分頃,非常階段から投身した。

    本高校では,毎年5月頃及び9月頃に,全校生徒を対象として,記名式で「学校生活アンケート」(以下「本件アンケート」)を実施していた。本件クラスでは,平成25年9月21日に実施された本件アンケートにおいて,「あなたのクラスに,仲間はずれにされている人がいますか。」という質問に対して,「すこしある」と回答した生徒が2名おり,「あなたのクラスに,いやがらせをされている人はいますか。」という質問に対して,「とてもある」と回答した生徒が1名いた。甲教諭が,この「とてもある」と回答した生徒に事情を聴いたところ,その被害者は本生徒ではない生徒であった。本生徒は,これらの質問に対して「全くない」,「あまりない」と回答した。


    判決の要旨:

    (1)被告及び教員の具体的な義務違反の有無
    被告及び本高校教員らには,生徒の生命・身体を保護するための具体的な義務として,特定の生徒に対するいじめの兆候を発見し,又はいじめの存在を予見し得た時には,教員同士や保護者と連携しながら,関係生徒への事情聴取,観察等を行って事案の全体像を把握した上,いじめの増長を予防すべく,本生徒に対する心理的なケアや加害生徒らに対する指導等の適切な措置を取る義務があるものと解される。

    (甲教諭について)
    本生徒は一度自死を試みているところ,甲教諭は,本生徒が不審な傷を負っていることについて副担任のみに報告し,その後しばらく本生徒の様子を注意深く見守ったというだけで,長期間にわたる継続的な観察をすることもなく,副担任以外の教員との間で情報共有も行なわなかった。甲教諭において,本件アンケートの結果に基づいて広く生徒から事情を聴くなどの調査をした事実は認められず,また,本生徒の無断欠席についても,本生徒自身からの事情聴取はおろか,原告らへの連絡すら行った形跡がない。したがって,甲教諭には,本生徒にかかるいじめの兆候を発見したにもかかわらず,なすべき情報共有や調査等を適切に行わなかったという点において,安全配慮義務違反が認められる。

    (乙教諭について)
    乙教諭は,平成25年11月5日に行われた調理実習の際,生徒B及び生徒Dに注意をしただけで,本生徒やその周囲の生徒に事情を聴くなどの調査を行わず,他の教員にかかる出来事を報告することもなかったのであるから,乙教諭にも上記義務違反があったといわざるを得ない。

    (被告学校法人について)
    平成22年の本高校における生徒の自死を契機に行われるようになった「いじめ」防止の取組等にもかかわらず,被告には,教員間で情報共有し調査態勢を構築する義務や,いじめ問題への対処につき教職員に対し十分な指導を行うべき義務の違反が認められる。

    (2)名誉回復請求権行使の可否
    加害生徒らのいじめは主に身体的暴力によるものが多く,本生徒の客観的な評価を低下させるような言辞があったものとは認められない。かかるいじめを阻止できなかった被告の不作為によって,本生徒の「名誉」(民法723条)が毀損されたとは認められず,同条に基づく原状回復請求は認められない。


    コメント:

    本件は,私立高校の生徒のいじめ自殺について,学校・教員の指導に安全配慮義務違反が認められるとして,被告学校法人の損害賠償責任を認めた事例である。学校におけるいじめ自殺事件は1980年代に社会問題として注目されるようになって以来,約40年を経た現在においても,その発生は後を絶たない。

    政府は,文部科学省(当時は文部省)を中心に,数々の対策を打ち出してきた。2013年には,「いじめ防止対策推進法」が公布施行され,いじめの防止対策の基本事項が法定された。それにもかかわらず,対策による成果が表れているとは言い難い状況である。(事例で紹介した生徒の自殺は,ちょうどこの2013年の11月に起きたものである。)

    裁判例においては,学校・教員が,注意義務を果たせば,いじめ自殺は防ぐことができた,という関係性を前提に,学校・教員の責任の有無を判断してきた。そこでは,教員の安全配慮義務の内容が具体化され,いじめ防止指導,生徒の動静把握,情報の共有,組織的対応,保護者との連携などが,教員の法的義務とされた。

    政府の対策においても,こうした関係性を前提として,学校・教員を啓発し,意識改革をすすめ,法律によって行動の変容を迫ることによって,学校・教員のいじめ対処能力を一層高めることを狙ってきた。

    しかしながら,こうした対策にもかかわらず,何十年もの間,この問題が解決に向かわないということは,政府の対策に十分な実効性がなく,何らかの問題点なり欠陥があると考えるべきではないだろうか。

    たとえば,学校・教員を法で縛り,徹底した指導や完全な取組をさせるという一辺倒の手法に問題はないだろうか。というのは,現在の学校は,いじめ以外にも数多くの諸課題を抱えており,それに対応しきれていない機能不全の状態にあると考えられるからである。教員の指導は不完全であり,学校の対応能力には限界があることを前提に,いじめ対策の制度設計をするという視点が欠けているように考えられる。

    こうした視点からは,いじめ防止対策として,少人数学級の実現は不可欠であろう。ちなみに,本件において自殺した生徒が属していた3年次のクラス人数は44名であった。この人数では,本生徒のような,支援が必要な生徒が複数名いる場合には,担任・副担任が業務を分担したとしても十分な対応は難しい。この点,今年(2021年)3月,小学校の学級規模について法改正が行われ,今後5年間かけて計画的に40人から35人に引き下げることが決まった。しかし,中学校,高等学校の学級規模は現状の40人のままである。先進国の中で40人学級を放置しているという異常性は,はからずも,昨年から今年にかけてのコロナ禍における感染対策のなかで露呈した。

    また,学校に教員以外の専門性をもったスタッフを増員することも必要である。たまに学校を訪れるようなスクールカウンセラーの配置では足りず,各学校に常駐の,スクールカウンセラーや,スクールソーシャルワーカー,スクールロイヤー,いじめ対策専門員等を配置すること,さらに,養護教諭の複数配置拡充などが考えられる。








    ◆大阪府立高校頭髪指導事件

    【事件名】損害賠償請求事件
    【裁判所】大阪地裁
    【事件番号】平成29年(ワ)第8834号
    【年月日】令和3年2月16日判決
    【結 果】一部認容(控訴)
    【経 過】二審大阪高裁令和3年10月28日判決(棄却)
    【出 典】裁判所ウェブサイト


    事案の概要:

    本件は,被告大阪府の設置,運営する大阪府立A高校に在籍していた原告が,本件高校の教員らから,頭髪指導として,繰り返し頭髪を黒く染めるよう強要され,授業等への出席を禁じられるなどしたことから不登校となり,さらに不登校となった後も名列表から原告の氏名を削除され,教室から原告の机と椅子を撤去されるなど不適切な措置を受けたために,著しい精神的苦痛を受けるなどの損害を受けた旨主張して,被告に対し,国家賠償法1条1項又は債務不履行に基づく損害賠償等の支払を求める事案である。判決は,染髪を禁じる校則及びこれに基づく頭髪指導は高校教員らの裁量の範囲内で適法であるとする一方,生徒名簿からの氏名の削除等は教育環境を整える目的でされたものではなく,手段の選択も著しく相当性を欠くなどとして,原告の国家賠償請求を一部認めた。


    認定事実:

    本件高校の生徒心得には「ジェル等の使用やツーブロック等特異な髪型やパーマ・染髪・脱色・エクステは禁止する。」という記載がある(「本件校則」)。本件高校では,頭髪検査の結果,校則に違反していることが認められた時は,原則として,4日以内に手直し(地毛の色に染め戻すこと)をしなければならないこととされ,それがされない場合や不十分な場合は,さらに4日以内に手直しをしなければならないこととされている。また,染髪した髪を地毛の色に染め戻しても,色落ちした場合で,それが看過できないような状態にあると認められたときは,再度,地毛の色に染め戻すよう指導することとされている(「本件指導方針」)。

    原告は,入学後,複数の教員から,複数回にわたり,頭髪を黒く染めるよう指導を受けた。原告は,いずれも指導に従って頭髪を黒色に染めていた。

    原告は,2年生の夏休み期間中の平成28年7月27日,頭髪を明るいオレンジがかった茶色に染め,部活動のために登校した。教員らは,夏休み中であっても染髪は許されない旨を告げ,直ちに頭髪を黒く染め戻すよう指導した。原告は,8月22日の始業式の日,頭髪を染め直して登校したが,複数の教員から,染め戻しが不十分であるとして,頭髪を黒く染めて登校するよう指導を受け,さらに,同月26日,同月30日にも同様の指導を受けた。さらに,原告は,9月6日及び8日,F学年主任らから指導を受けた際,頭髪指導に従わないのであれば,別室指導となり,普通に教室で授業を受けたり,他の友人と共に文化祭に参加したりすることはできない旨告げられた。原告は,9月9日以降,本件高校に登校していない。

    教頭は,9月下旬頃,原告や原告の母に対し,原告が頭髪指導に従わない場合には,修学旅行に参加しても他の生徒とは別行動にする旨及び修学旅行に参加しない場合はキャンセル料の発生期限が迫っている旨を告げた。原告は,10月15日から同月18日まで実施された修学旅行に参加しなかった。

    本件高校は,10月頃以降,原告に対して課題を交付し,原告が3年生に進級するための出席の代替措置を講じた。原告は,これらの課題を達成し,平成29年4月,3年生に進級した。

    原告,原告の母及び原告代理人は,平成29年6月15日,事前に校長に連絡をしたうえ,登校回復に向けて教員との面談を行うために本件高校を訪れた。その際,原告は,玄関に設置されていた名列表の3年生の欄に原告の氏名の記載がなく,教室にも原告席が設置されていないことを認識した。原告は,本件高校には戻るべき場所がなくなったなどと言って意気消沈した。

    原告は,登校しない状態が継続したが,学習課題を履修するなどし,本件高校は,平成30年3月末日,原告に対し,卒業認定を行った。


    判決の要旨:

    (1)本件校則及び本件指導方針の違法性について
    高校は,法律上格別の規定がない場合であっても,その設置目的を達成するために必要な事項を校則等によって一方的に制定し,これによって生徒を規律する包括的権能を有している。

    華美な頭髪,服装等を制限することで生徒に対して学習や運動等に注力させ,非行行動を防止するという目的は,学校教育法等の目的に照らしても正当な教育目的であると言い得る。そして,中学校以下の学校教育の場合とは異なり,生徒は自ら高等学校の定める規律に服することを前提として受験する学校を選択し,自己の教育を付託するのであるから,当該学校に在籍する期間に限って本件校則のような制約を生徒に課すとしても,その事が生徒に過度な負担を課すものとはいえず,それが社会通念に反するともいえない。以上のような諸点に鑑みれば,本件校則における頭髪規制は,正当な教育目的のために定められたものであって,その規制の内容についても社会通念に照らして合理的なものと言い得る。

    本件指導方針においては,染髪した髪を地毛の色に染め戻しても,色落ちした場合で,それが看過できないような状態にあると認められたときは,再度,地毛の色に染め戻すよう指導することとされている。染髪した髪を一旦地毛の色に染め戻した場合には,その後色落ちすることがあっても当該生徒に対して何らの頭髪指導を加えないとすると,外形上頭髪が生来の色と異なる色合いをしている生徒のうち,一部については頭髪指導を行ってその是正を求める一方,一部については何らの頭髪指導を行わないという状態を招来することになる。このような状態に陥った場合には,頭髪指導の対象となった生徒に不公平感を生じさせ,あるいは他の生徒に対して本件校則に違反しても許容される場合があるという誤った認識を与え,結果として本件校則の目的が達成できなくなるおそれが生じることは否定できない。以上によれば,本件指導方針は,校則の目的を達成するための指導方針として,社会通念上も合理性のあるものと認められる。

    (2)本件校則に基づく頭髪指導について
    原告は,原告の頭髪の色は生来茶色であり,教員らもそのことを認識していたうえ,入学してから2年生の一学期終了までの間,染髪したことはなく,校則違反はしていなかったにもかかわらず,教員らが原告に対して黒染めを強要したことは違法である旨主張する。[しかし]教員らは,中学校における頭髪指導の経過や本件高校における頭髪検査の結果等といった合理的な根拠に基づいて,原告の頭髪の生来の色は黒色であると認識していたことが認められる。このような認識は,原告の頭髪を撮影した写真によっても,原告の頭頂部の毛髪の生え際付近の色が,その先の部分と比較すると黒色に近いと認められることとも整合する。

    2年生の夏休み以降の頭髪指導について,従前と同様の態様で頭髪指導を続けたとしても,原告本人による自発的な改善の見込みは極めて低く,原告の母親による家庭内での指導,改善に期待することも困難であったと言わざるを得ず,原告は別室指導を避けるための再考の機会を与えられながらも頭髪指導には従わない旨の意思を表明していたのであるから,教員らが,別室指導というより強制力の強い指導方法を選択したことには合理的な理由があったというべきである。

    (3)原告が登校をしなくなった以降の措置について
    被告は,名列表に原告の氏名を記載し,教室に原告席を置けば,原告が勝手に欠席を続けているにも関わらず3年生に進級したことが他の生徒にも明らかになり,他の生徒が原告席にいたずらをし,あるいはSNS等に原告の心情を傷つけるような無責任な噂が拡散される可能性があったことから,本件措置は,かかる事態により原告の登校回復が困難になることを避ける目的で行った合理的な措置である旨主張する。

    しかし,そうであれば,原告らに対して本件措置を取ること及びその理由が十分に説明されるべきであったところ,教員らは,本件措置を取ったこと自体を原告,原告の母及び原告代理人に何ら説明しなかった。したがって,本件措置が,不登校の状態にあった原告の心情に配慮してされたものとは言い難く,真に原告の登校回復に向けた教育環境を整える目的をもってされたものであったと評価することはできない。


    コメント:

    (1)本件では,原告の生まれつきの髪(地毛)の色も争点の1つであった。本件校則は,「染色・脱色」を禁止するものであり,茶髪そのものを禁止しているわけではない。したがって,原告の地毛が茶色であれば,校則に違反していないことになる。この点について,原告及び母親は「髪の色が生まれつき茶色いのに学校から黒く染めるよう強要された」と主張したのに対し,学校側は「原告の地毛は黒色であり,校則に反して茶色に染めていたため指導しただけで,違法性はない」と反論した。判決は,「教員らは生徒の生来の頭髪の色が黒色であると合理的な根拠に基づき認識し,頭髪指導をしており,黒染めを強要したと評価はできない」として,違法性を否定した。判決は明確な表現を避けているものの,原告の生まれつきの髪の色が黒色であるという教員らの認識を是認した。こうした議論の前提には「生まれつき茶色い頭髪を黒く染めさせる指導には違法性がある」という認識があり,教員側もこの認識を共有しているといえよう。

    (2)判決は,別室指導を選択したことには合理的な理由があったとしている。しかし,他の生徒から引き離し隔離して学習指導を行う別室指導や,文化祭,修学旅行への参加を躊躇させるような学校側の措置が,生徒の学習権を侵害しないかについて,深い検討がない。校則違反の程度,他の生徒に及ぼす影響,生徒の心身に及ぼす影響,学習権制限の程度等,総合的な考慮が必要であるが,とりわけ学習に及ぼす影響についての考察が重要であろう。それは,学習は個別学習のみで足りるものではなく,自主的な集団活動や,いわゆる「協働的な学び」による学習効果も軽視できないからである。

    (3)判決は,名列表に原告の氏名を記載せず,教室に原告席を置かないという措置について,原告が受けた心理的打撃の程度は相当に強いものであったとして慰謝料請求を認めた。しかしながら,この措置は,原告が登校できるようになる時期が予測困難であることから,当面の取扱いとしてとられたものである。これに気付いた原告が,戻る場所がなくなったと感じたことは事実であるにしても,原告が登校する気になれば,名列票の名前も,教室の机も容易に追加することができ,現実には,原告が学校に戻ることができなくなるという状況にはなかった。

    教諭らも,原告が学校に復帰しても学習についていけるように,日常的に,課題を与えたり,出張授業を行ったりして,原告が学校に戻れる環境を整えようとしていた。原告はこうした指導を直接に受けていたのであるから,原告の学校復帰をめざす教諭らの姿勢は,原告の立場からも容易に認識できるものである。したがって,原告の受けた精神的損害は金銭的に慰藉すべき程度のものではないと考えられる。








    ◆栃木県高体連登山専門部講習会雪崩事故事件

    【事件名】公務外認定処分取消請求事件
    【裁判所】宇都宮地裁
    【事件番号】令和2年(行ウ)第3号
    【年月日】令和3年3月31日判決
    【結 果】認容
    【経 過】
    【出 典】ウエストロー・ジャパン 2021WLJPCA03316003


    事案の概要:

    本件は,県立高校に教諭として勤務する原告が,栃木県高等学校体育連盟主催の講習会に,勤務する県立高校登山部の顧問として自校生徒を引率して参加し,本件講習会の講師として他校生に対して雪上歩行訓練を実施中,突如発生した雪崩に巻き込まれ傷害を負ったことについて,本件災害は,地方公務員災害補償法1条所定の「公務上の災害」に当たるものとして,同法に基づく公務災害認定請求をしたところ,処分行政庁が公務外認定処分をしたことから,原告が本件処分の取消しを求めた事案である。判決は,講師として他校生を指導して起きた事故も公務上の災害に当たると判断し,公務外認定処分の取消を命じた。


    判決の要旨:

    (1)高体連関連業務は「公務」であるか
    地方公務員の負傷が地公法に基づく公務災害に関する補償の対象となるには,それが「公務上」のものであることを要し,そのための要件の一つとして,当該地方公務員が任命権者の支配管理下にある状態において当該災害で発生したこと(公務遂行性)が必要である。

    高体連それ自体は,栃木県内に所在する高校の職員・生徒によって組織された任意の団体であって,地方公共団体の一組織でないことはもとより,これに準じる公的な団体であるとも解されない。したがって,本作講習会のような高体連が主催する業務(高体連関連業務)は「公務」としての法的性格を有するものではなく,当該公務員がかかる業務を行うことがあったとしても,「任命権者(職務命令権者)によって,特に勤務することを命じられた場合」を除き,その業務遂行は,「公務遂行性」の要件を満たさない。

    原告に対して発出された旅行命令は,講習会に参加するため,原告が部活動の一環として生徒を引率して出張し,泊を伴う指導業務に行ったことに対する教員特殊勤務手当を支給する前提として発出されたものであって,(明示的に)それ自体に,高体連関連業務への従事を「特に勤務」として命じる趣旨を含むものとは解されない。

    (2)原告の負傷は「公務上の災害」に当たるか
    原告は,単に同校登山部の生徒を引率するだけでなく,講習会に講師として参加し,他校の生徒だけから構成される班を率いて雪上歩行訓練の指導を行っていたものであって,かかる原告の一連の行動は,客観的にみて,本件旅行命令が発出される時点で,当然想定されていたものというべきであるから,学校長は,旅行命令を発出するに際して,これとは別に,講習会に講師として参加し,一連の行動をとることについて黙示の職務命令を発していたものと認めるのが相当である。

    原告が本件講習会の講師として行っていた指導訓練は,上記黙示の職務命令の範囲を逸脱するものではない。本件災害は,任命権者の支配管理下にある状態において発生した災害であるということができるから,公務遂行性の要件を満たし,・・・地公法所定の「公務上の災害」に当たる。


    コメント:

    判決は,高体連関連業務が公務ではなく,明示的な職務命令もなかったとしながらも,「黙示的な職務命令」によって高体連の業務が行われたとして,原告の請求を認めた。本件は,部活動指導ではない高体連の業務に従事する顧問の労災認定を認めた事案として参考になる。

    本件の争点とは別に,本件事故は,死亡者8名,負傷者40名という被害の甚大さから,「那須雪崩事故」とよばれ,注目をあびた。事故後,再発防止の観点から,数々の検討がなされている。たとえば,「那須雪崩事故検証委員会」報告書(2017年10月15日)においては,運動部活動のあり方についても分析が行われ,顧問について「教員の多忙化や生徒の減少に伴い,登山部顧問のなり手が減り,顧問の経験が継承されない事態が生じている。」などと指摘されている。

    部活動のあり方について,スポーツ庁は,「学校の働き方改革を踏まえた部活動改革」(2020年9月)を発表し,「令和5(2023)年度以降,休日の部活動の段階的な地域移行を図るとともに,休日の部活動の指導を望まない教師が休日の部活動に従事しないこととする。」として,部活動改革の具体的スケジュールを示している。

    もともと部活動は,安全管理や顧問の過重労働の問題だけでなく,少子化によって,その存続が危うくなっている。今後,学校の部活動の種類が減り,地域活動の整備も不十分であることから,子どもたちが,安価で手軽にスポーツに参加できる選択肢がなくなるような事態が懸念される。

    今後,部活動が地域活動に移行したとき,仮に教員が希望してその指導に従事したとしても,それは,「公務」とは無関係の業務であり,そこでの疾病や障害につき「公務上の災害」としての補償は受けられなくなる。








    ◆埼玉県公立小学校教員時間外労働事件

    【事件名】未払賃金請求事件
    【裁判所】さいたま地裁
    【事件番号】平成30年(行ウ)第33号
    【年月日】令和3年10月1日判決
    【結 果】棄却
    【経 過】
    【出 典】裁判所ウェブサイト


    事案の概要:

    本件は,埼玉県○○市立小学校の教員である原告が,平成29年9月から平成30年7月までの間に時間外労働を行ったとして,主位的には,労働基準法37条による時間外割増賃金請求権に基づき,予備的には,本件請求期間に原告を同法32条の定める労働時間を超えて労働させたことが国家賠償法上違法であると主張して,被告埼玉県に対し,時間外割増賃金又はその相当額の損害金242万2725円等の支払を求める事案である。地裁判決は原告の請求を棄却した。その一方で,給特法について「教育現場の実情に適合していないのではないか」と付言し,国に同法の見直しなどを求めた。


    参照条文:

    (教員の時間外勤務についての概要) 給特法6条1項及び平成15年政令は,教育職員に対しては原則として時間外勤務を命じないものとし,時間外勤務を命ずる場合には,超勤4項目に従事する場合であって臨時又は緊急のやむを得ない必要があるときに限るものとしている。これを前提として,同法3条は,教育職員に対しては教職調整額を支給し(1項),時間外勤務手当及び休日勤務手当を支給しないこと(2項)としており,同法5条1項及び同項による読替え後の地公法58条2項により,教育職員には労基法37条を適用しないものとしている。

    ○公立の義務教育諸学校等の教育職員の給与等に関する特別措置法(給特法)
    第3条1項 教育職員には,その者の給料月額の百分の四に相当する額を基準として,条例で定めるところにより,教職調整額を支給しなければならない。
    2項 教育職員については,時間外勤務手当及び休日勤務手当は,支給しない。
    第6条1項 教育職員を正規の勤務時間を超えて勤務させる場合は,政令で定める基準に従い条例で定める場合に限るものとする。

    ○公立の義務教育諸学校等の教育職員を正規の勤務時間を超えて勤務させる場合等の基準を定める政令(平成15年政令第484号)
    一 教育職員については,正規の勤務時間の割振りを適正に行い,原則として時間外勤務を命じないものとすること。
    二 教育職員に対し時間外勤務を命ずる場合は,次に掲げる業務に従事する場合であって臨時又は緊急のやむを得ない必要があるときに限るものとすること。
      イ 校外実習その他生徒の実習に関する業務
      ロ 修学旅行その他学校の行事に関する業務
      ハ 職員会議(設置者の定めるところにより学校に置かれるものをいう。)に関する業務
      ニ 非常災害の場合,児童又は生徒の指導に関し緊急の措置を必要とする場合その他やむを得ない場合に必要な業務

    ○労働基準法(労基法)
    第32条1項 使用者は,労働者に,休憩時間を除き一週間について四十時間を超えて,労働させてはならない。
    2項 使用者は,一週間の各日については,労働者に,休憩時間を除き一日について八時間を超えて,労働させてはならない。
    第37条1項 使用者が,第33条又は前条第1項の規定により労働時間を延長し,又は休日に労働させた場合においては,その時間又はその日の労働については,通常の労働時間又は労働日の賃金の計算額の二割五分以上五割以下の範囲内でそれぞれ政令で定める率以上の率で計算した割増賃金を支払わなければならない。


    判決の要旨:

    (1)労基法37条の適用の有無について
    給特法は,教員の職務の特殊性を踏まえ,一般労働者と同じ定量的な労働時間の管理にはなじまないとの判断を基礎として,労基法37条の適用を排除した上で,時間外で行われるその職務を包括的に評価した結果として,教職調整額を支払うとともに,時間外勤務命令を発することのできる場合を超勤4項目に限定することで,同条の適用排除に伴う教員の勤務時間の長期化を防止しようとしたものである。このような給特法の構造からすると,同法の下では,超勤4項目に限らず,教員のあらゆる時間外での業務に関し,労基法37条の適用を排除していると解することができる。・・・以上によれば,労基法37条に基づいて時間外割増賃金の支払を求める原告の主位的請求は,理由がないといわなければならない。

    (2)国家賠償法上の違法性の判断基準について
    給特法は,労基法37条の適用を排除する一方で,同法32条の適用を除外していないので,教員についても,同法32条の規制が及ぶことになる。・・・ 校長の職務命令に基づく業務を行った時間が日常的に長時間にわたり,時間外勤務をしなければ事務処理ができない状況が常態化している場合には,・・・校長において,教員の労働時間について,労基法32条に違反していることの認識があり,あるいは認識可能性があるものとして,その違反状態を解消するために,業務量の調整や業務の割振り,勤務時間等の調整などの措置を執るべき注意義務があるといえる。そうすると,これらの措置を執ることなく,法定労働時間を超えて当該教員を労働させ続けた場合には,前記注意義務に違反したものとして,その服務監督者及び費用負担者は,国賠法1条1項に基づく損害賠償責任を負うというべきである。

    (3)原告の時間外勤務における労働時間の算出
    労基法32条の定める労働時間とは,労働者が使用者の指揮命令下に置かれている時間をいうところ,・・・原告の在校時間すべてを直ちに労働時間に当たるということはできないので,原告の労働時間を算出する。

    [A]原告が自主的かつ自律的に行った業務については,本件校長の指揮命令に基づいて行ったとはいえず,これに従事した時間は労働時間に当たらないことになる。労働時間を算出するために,原告の行った業務のうち,本件校長の指揮命令に基づいて従事した部分を特定する。[B]終業時刻後の本件事務作業の中には,本件校長の指揮命令に基づく業務であっても,原告が所定勤務時間内に自主的な業務を行ったことで終業時刻後に行わざるを得なくなったものも含まれていると考えられるため,終業時刻後に本件事務作業に従事した時間すべてを労働時間として認めることはできない。

    [上記[A]及び[B]の調整の結果,始業時刻前,休憩時間中,終業時刻後において,原告の主張する約660時間の時間外勤務のうち,135時間48分を労働基準法上の労働時間に該当すると認定した。]([ ]内は引用者による注釈。以下同様)

    (4)国賠法上の損害賠償請求は認められるか
    [公務員の所定労働時間(7時間45分)と法定労働時間(8時間)の間には15分の差があるので,この分を調整して計算した結果,上記の時間外勤務135時間48分うち,労基法32条の定める法定労働時間を超えて労働した時間は,32時間57分であると認定した。] 本件請求期間(11か月間)のうち過半数の6か月は法定労働時間内にとどまっている。また,法定労働時間を超過した5か月を見ると,12月が5時間8分,2月が5時間47分,3月が4時間48分,4月が2時間26分,7月が14時間48分である。・・・こうした事情に照らすと,本件校長の職務命令に基づく業務を行う時間が日常的に長時間にわたり,そのような時間外勤務をしなければ事務処理ができない状況が常態化しているとは必ずしもいえない状況にあった。・・・そうすると,本件において,原告の労働時間が労基法32条の規制を超えているとしても,本件校長に職務上の注意義務違反があったとはいえず,また,原告の法律上保護された利益が侵害されたということもできないから,国賠法上の違法性を認めることはできない。したがって原告の国賠法に基づく損害賠償請求は理由がない。


    コメント:

    本件は,原告が,月あたり約40時間〜80時間の時間外労働に対し賃金が支払われていないとして,時間外割増賃金又はその相当額の損害損害金の支払を請求した事例で,判決は,教員には割増賃金を定める労基法37条は適用されない,また,校長には注意義務違反がなかったとして,いずれの請求も棄却した。結論として本件判決は,これまでの裁判例と変わらないものの,給特法について「教育現場の実情に適合していないのではないか」と付言し,給特法や給与体系の見直しなどを求めたことは,問題提起として一定の意義があったと考えられる。また,判決は,原告の時間外業務の中に,校長が命じたと評価できる業務が含まれているとして,判例上はじめて「労基法上の労働時間」として認定した。この点も重要な意義があると考えられる。その一方で,以下のような問題点を見逃すことはできない。

    (1)指揮命令に基づく業務の限定について
    判決は,教員の行った時間外業務を,その一つ一つについて,自主的・自律的に行った業務と,校長の指揮命令に基づいて行った業務に峻別しているところ,この作業において,かなり,杜撰な判断をしていると考えられる。たとえば,次の業務は,校長の指揮命令による業務とは言えず,これに要した時間は労働時間には当たらないとした(判決 別紙4 終業後の業務の労働時間該当性及びその時間)。

    (始業時刻前)読書会の準備,配布物の確認,児童の出迎え,朝マラソンの付添,(休憩時間中)連絡帳やドリル・音読カードの確認,(終業時刻)教室の整理整頓,掃除用具の確認,落とし物の整理,発表物や作文・ノートの添削,提出物の内容確認,ドリル・プリント・小テストの採点,授業参観の準備,特定児童の保護者と月1回の面談,学級児童向けの賞状の作成,

    これらの業務をすべて自主的・自律的なものと分類することは妥当ではない。そのほとんどは学校教育上,必要不可欠な業務である。仮に校長が命令しない業務を行わないこととすれば,学校運営は1日たりとも成り立たない。

    判決は,教員の日常業務には「自主的・自律的な判断に委ねられ,自発的に行うもの」が多分に含まれているという認識を示している。しかしながら,この認識こそがそもそもの誤解であると考えられる。給特法制定当時においては,そのような傾向があったことは否めないが,近年では,教員の業務のほとんどがトップダウン式に決定され,校長の主催する職員会議で周知徹底され実行されるようになっている。たとえば,大阪府立学校の人事考課制度において,教員は,校長の定めた組織目標に基づいて,自分の担当すべき業務を自己申告して,校長がその進捗状況を定期的にチェックすることになっている。また,校長による評価は教員の賃金に反映される(大阪府教育委員会規則「府費負担教職員の評価・育成システムの実施に関する規則」等)。さらには,教員が下手な授業や指導を行なっていると,指導不適切教員と認定され,研修によっても改善されない場合は,免職処分の対象とされる(地方教育行政の組織及び運営に関する法律 第47条の2,教育公務員特例法 第25条,第25条の2)。このような,人事管理制度の下では,教員が自主的・自立的に判断して業務を行うという裁量の余地は極めて限られている。したがって,教員の行う業務のほとんどすべてが,明示的あるいは黙示的に命令された業務であると考えるべきであろう。

    (2)業務にかかる所要時間について
    また,判決は,校長の指揮命令による業務と判断されたものについては,労働時間を特定するために,その業務を行うための所要時間を認定している。たとえば,教室の掲示物の管理は週に2分,学年便りの作成は月に50分等である。ところが,その中には,あまりにも非現実的な判断が含まれている。その一つ,授業の準備に必要な時間は「1コマにつき5分間」とされていて,その認定の理由は次のように説明されている(前掲 別紙4)。

    「H教材研究,翌日の授業の準備
      まず,翌日の授業準備については,授業という教員の本来的業務を円滑に実施するために必要不可欠な準備行為といえるから,同業務に従事した時間は労働時間に当たる。もっとも,実際にどの程度の授業準備を行うかについては,各教員の教育的見地からの自主的な判断に委ねられているから,最低限授業準備に必要と認められる限度でこれを認定すべきところ,その時間としては,1コマにつき5分間と認めるのが相当である。
     他方,教材研究は,授業のための準備という側面があることは否定できないが,教材に対する理解を深めるという自己研さんの側面も多分に含むものであるから,その実施の要否や方法,所要時間については,各教員の教育的観点からの自主的な判断に委ねられているといわざるを得ない。そして,本件校長が原告に対して教材研究を義務付けていたとの事情も見受けられない以上,これを本件校長の指揮命令に基づく業務の従事として認めることはできないから,教材研究に従事した時間は,労働時間には当たらないというべきである。」

    (3)校長の注意義務違反について
    判決は「職務命令に基づく業務を行う時間が日常的に長時間にわたり,そのような時間外勤務をしなければ事務処理ができない状況が常態化している」状況にはなかったので,校長が労基法32条違反を認識し,認識可能性があったとはいえないから,是正措置を講じなければならないという注意義務は生じておらず,校長に注意義務違反はなかったとして過失を否定した。

    しかしながら,この判断は教育現場の実態からかけ離れた空論といわざるを得ない。一般的に,校長は,職員会議や人事考課制度を通じて,教員の行う業務を把握しており,一つ一つの業務に明示的な命令を出すことなく,教員に学校経営上必要な業務を行わせていて,それが勤務時間外に及ぶことも黙認している。そして,多くの学校現場において「時間外勤務をしなければ事務処理ができない状況が常態化している」というのが実態であり,本件事例における小学校も,このような状況にあったと考えられ,これは,さほど突出した極端な事例ではないと考えられる。自らも,長らく教員生活を送った経験のある校長にとって,教員の勤務の実態を理解することは困難なことではなく,多くの校長が「労基法32条違反」の実態を認識しており,そのうえで,時間外業務によらなければ学校経営が成り立たないという実態に,心を痛めつつも黙認せざるを得ない状態にあると想像される。したがって,本件判決において,校長が「労基法32条違反」を認識せず,認識可能性もなかったという判断には,とうてい支持ができない。








    ◆大阪府立高校・不起立再任用拒否事件

    【事件名】損害賠償請求控訴事件
    【裁判所】大阪高裁判決
    【事件番号】令和3年(ネ)第100号
    【年月日】令和3年12月9日
    【結 果】原判決変更(一部認容)
    【経 過】第一審大阪地裁令和2年11月26日判決(棄却)
    【出 典】裁判所ウェブサイト


    事案の概要:

    控訴人は,大阪府立高校の入学式や卒業式での君が代斉唱時に起立しなかったことによる懲戒処分歴がある教員であった。控訴人は,平成29年3月31日に定年を迎えるに当たり大阪府教育委員会(府教委)に再任用の選考を申し込んだところ,(1)同年1月24日,府教委から勤務校の校長を通じて,卒業式又は入学式における国歌斉唱時の起立斉唱を含む上司の職務命令に従うかどうかの意向確認を受け(本件意向確認),(2)府教委により再任用選考を「否」とされ,同年4月1日付けの再任用がされなかった(本件不採用)。

    本件は,控訴人が,(1)及び(2)について,本件意向確認は控訴人の思想良心の自由(憲法19条)を侵害し,かつ,地方公務員法13条,15条,大阪府個人情報保護条例6条2項に違反する点で,違憲かつ違法なものであり,本件不採用は府教委が採用選考における裁量権を逸脱・濫用した違法なものであると主張して,被控訴人(大阪府)に対し,国家賠償法1条1項に基づき,約550万円の損害賠償等の支払を求めた事案である。

    原審は,控訴人の請求をいずれも棄却したので,これを不服とする控訴人が本件控訴を提起した。控訴審は,原審判決を変更し,再任用の不採用は府教委の裁量権の逸脱や濫用にあたり違法として約315万円の支払いを命じた。


    認定事実:(原判決及び控訴審判決による補正)

    (1)高年齢者等の雇用の安定等に関する法律(高年法)の改正
    高年法は,8条及び9条において,平成16年の改正により,「定年を定める場合には60歳を下回ることができず,65歳未満の定年を定めている事業主は,@定年の引上げ,A継続雇用制度の導入,B定年の定めの廃止のいずれかを講じなければならない」旨定めていたが,平成24年の改正により,事業主が労使協定で定める基準により継続雇用制度の対象となる高年齢者を限定できる仕組みが廃止された。これは,定年に達し,継続雇用を希望する者全員の雇用確保を図り,高年齢者が少なくとも年金受給開始年齢までは働き続けられる環境を整備することなどを目的としている。

    (2)本件閣議決定,及び,本件通知
    内閣は,平成25年3月26日,次の内容の本件閣議決定を行った。「定年退職する職員が公的年金の支給開始年齢に達するまでの間,再任用を希望する職員については再任用するものとすることで,国家公務員の雇用と年金を確実に接続することとする。」

    総務副大臣は,本件閣議決定を受けて,平成25年3月29日,各都道府県知事及び各指定都市市長に対し,地公法59条及び地方自治法245条の4に基づき,「地方公務員の雇用と年金の接続について」と題する本件通知を発した。その内容は,次のとおりである。「地方公務員の雇用と年金を確実に接続するため,各地方公共団体において,本件閣議決定の趣旨を踏まえ,能力・実績に基づく人事管理を推進しつつ,地方の実情に応じて必要な措置を講ずるよう要請する。」

    (3)本件意向確認
    原告は,平成29年1月24日,勤務校の校長から,「再任用に関連して,今後,卒入学式における国歌に対する起立斉唱を含む上司の職務命令に従うか」との質問を受けた(本件意向確認)。これに対し,原告は,「これが再任用に関わる質問であるなら,生徒の就職面接でもそのような質問には答えないよう指導しているため答えることはできない」と答え,これを受けて校長から,「意向確認はできなかったことになるがよいか」と質問されると,「今の回答でそう伝えるというのなら仕方がないが,なぜ答えないかと言うことをきちんと伝えるように」と答えた。

    被告商工労働部労政課は,平成29年2月1日,原告が所属する団体から,本件意向確認が違反質問や差別選考に当たり,本件意向確認の結果を再任用の合否材料としないよう行政指導を求める旨の要請を受け,同月3日,府教委教職員人事課に対し,事実確認を行った。

    (4)再任用教職員採用審査会の議事
    1回目の審査会における控訴人に関する審査結果は,「平成23年度及び平成25年度の卒業式における国歌斉唱時の不起立により戒告処分。この件にかかる研修終了後の意向確認において,意向確認書の文言を『地方公務員法に定める上司の職務命令に従います。ただし,今回の研修では十分な説明が得られなかったため,憲法その他の上位法規に触れると判断した場合はこれを留保します。』と修正して提出。その後,再度,意向を確認したが,『入学式や卒業式等における国歌斉唱時に起立斉唱を含む上司の職務命令に従う』との意向確認ができなかった。上司の職務命令や組織の規範に従う意識が希薄であり,教育公務員としての適格性が欠如しており,勤務実績が良好であったとはみなせない。以上により総合的に判断して,再任用選考結果を『否』とする。」というものであった。


    判決の要旨:

    (1)意向確認が憲法19条に違反するか(原判決の引用)
    起立斉唱行為を求める職務命令はもとより,かかる職務命令に従うか否かを問う本件意向確認もまた,特定の思想を持つことを強要したり,これに反する思想を持つことを禁止したりするものではなく,特定の思想の有無について告白することを強要するものということもできない。したがって,上記職務命令及び本件意向確認は,原告の思想及び良心の自由を直ちに制約するものではない。

    上記職務命令及び本件意向確認は,外部的行動の制限を介して原告の思想及び良心の自由についての間接的な制約となる面はあるものの,その目的及び内容並びに上記の制限を介して生ずる制約の態様等を総合的に較量すれば,上記の制約を許容し得る程度の必要性及び合理性が認められるものというべきである。よって,上記職務命令及び本件意向確認は,控訴人の思想及び良心の自由を侵害するものとして憲法19条に違反するとはいえない。

    (2)不採用に裁量権の逸脱・濫用があるか
    [府教委において,雇用と年金の接続を図るという本件通知の趣旨に沿う対応がなされているという実情からすると],遅くとも,控訴人が再任用を希望した平成29年度の再任用教職員採用選考の頃には,再任用を希望する教職員には,再任用されることへの合理的期待が生じていたと認められ,この合理的期待は,法的保護に値するものに高まっていたと解することができる。そして,このように法的保護に値する合理的期待を有することからすると,再任用希望者は,再任用選考において他の再任用希望者と平等な取扱いを受けることについて強く期待することができる地位にあったと認められる。

    平成29年度再任用教職員採用審査会における選考においては,過去に戒告処分を受けたにとどまる控訴人が再任用を「否」とされ,生徒に対する体罰を繰り返し戒告処分より重い減給1月の懲戒処分を受けた事案の教員Aが再任用「合格」とされており,過去の懲戒処分の軽重と再任用の選考結果とが逆転した状態が生じている。

    加えて,(ア)本件不採用の頃には,再任用や再任用更新を希望する者がほぼ全員採用される実情にあったこと,(イ)選考要綱に基づく校長の内申では評価が「適」であったこと,(ウ)控訴人は,再任用により得られるはずの給与が得られず,年金も支給されないという状態に陥ったこと,(エ)控訴人は,起立斉唱の命令以外の職務命令には従う意向を示しているとみられ,また,控訴人の勤務に関し,特に問題点が指摘されたことは窺われないこと,(オ)公立学校の式典における国歌斉唱時の起立斉唱等に関する職務命令に従わなかった事例における懲戒処分の選択に関し,事案の性質等を踏まえた慎重な考慮が必要となる旨が判示されたところ(最高裁平成24年1月16日),本件事案の懲戒処分歴の扱いについても,定年退職前の懲戒処分の選択と同様に事案の性質等を踏まえた慎重な考慮が望まれるべきことからすると,府教委の本件不採用の判断は,客観的合理性や社会的相当性を著しく欠くものとして,裁量権の逸脱又は濫用に当たり,違法というべきである。


    コメント:

    本件は,国旗国歌についての起立斉唱命令違反を理由とする再任用の拒否が,違憲ではないものの,任命権者の裁量権の範囲を逸脱する違法なものであるとされた事例である。本件判決の背景には,2013年(平成25年),地方公務員の雇用と年金の接続を求める通知(本件通知)が出され,その趣旨に則り,府教委は2014年に再任用制度の見直しを行ったことがあった。判決は,本件事案が2014年以降のものであることに注目し,控訴人に再任用への期待権を認め,それゆえ裁量権の範囲は一定の制限を受けるとして,再任用拒否の違法性を認めた。

    再任用,再雇用,非常勤など,定年後の再就労制度のもとで,起立斉唱命令違反を理由とする採用拒否の違憲違法が争われた事例において,最高裁は2011年の4つの判決で違憲性を否定し決着をつけた。また裁量権逸脱の違法について,最高裁は2018年の判決で,その違法性を否定している(最高裁第一小法廷平成30年7月19日判決)。この2018年判決は,原告の期待が法的保護に値するかどうかについて触れることなく,「任命権者が有する裁量権の範囲が,再任用制度等の目的や当時の運用状況等のゆえに大きく制約されるものであったと解することはできない」として,採用拒否が裁量権の範囲内であるとした。しかし,2018年判決の事案は,本件通知以前のものであるので,本件事案はこれとは別に論じるべきであろう。したがって,本件の上告審において,2018年判決と同じ論法で適法の判断を下すことは不合理であると考えられる。

    そもそも,任命権者の裁量権の範囲がどのように設定されようとも,国旗に向かって起立し国歌を斉唱することを命じる職務命令に違反したことだけを理由に,再任用をしないことは適法と認められるものではないと考えられる。起立斉唱命令に違反することが,重大な非違行為であり,採用の判断において他の何よりも重視すべき要素であると評価することが任命権者の裁量権の範囲内であるとはとうてい考えられない。司法が,こうした不採用の判断を追認することは,任命権者の恣意的判断を許し,あからさまな思想弾圧の意図を是認することに等しい。






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