◆202312KHK252A1L1187M
TITLE: 注目の教育裁判例(2023年)
AUTHOR: 羽山 健一
SOURCE: 2023年12月30日
WORDS: 30344文字
注目の教育裁判例(2023年)
羽 山 健 一
ここでは,公刊されている判例集などに掲載されている入手しやすい裁判例の中から,先例として教育活動の実務に参考になるものを選んでその概要を紹介する。詳細については「出典」に示した判例集等から全文を参照されたい。なお、本稿の「認定事実」や「判決の要旨」の項目は、判決文をもとに、そこから一部を抜粋し、さらに要約したものであるので、判決文そのものの表現とは異なることをご了承願います。
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鹿児島市立中学校・吹奏楽部生徒適応障害事件 ―― 本人が練習したいと言っていても
福岡高裁宮崎支部 令和3年2月10日判決
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パイロット予備校教材売却事件 ―― いらなくなった教材をメルカリで転売
東京地裁 令和4年2月28日判決
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静岡県立高校・生徒叱責後飛び降り事件 ―― 課題研究の指導をめぐって
静岡地裁 令和4年5月26日判決
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熊本県立高校・部活動丸刈り事件 ―― 生徒が苦痛を感じる「伝統」とは
熊本地裁令和4年5月30日判決
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大川市立小学校ゴールポスト転倒事故 ―― 下敷きになった児童が死亡
福岡地裁久留米支部 令和4年6月24日判決
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私立大学コロナ禍オンライン授業事件 ―― 学費の返還請求
東京地裁立川支部 令和4年10月19日判決
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三木市立中学校・生徒転落死事件 ―― 持久走後の事故
神戸地裁令和4年11月30日判決
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大阪市・部活動指導員の再任用拒否事件 ―― 顧問と指導員が対立
大阪地裁 令和5年1月23日判決
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長崎県立高校ALTセクハラ被害事件 ―― 「家に来ないか」はセクハラ?
長崎地裁 令和5年1月24日判決
◆鹿児島市立中学校・吹奏楽部生徒適応障害事件
【事件名】損害賠償請求控訴事件
【裁判所】福岡高裁宮崎支部
【事件番号】令和1年(ネ)第108号
【年月日】令和3年2月10日判決
【結 果】原判決変更・請求一部認容(確定)
【経 過】一審鹿児島地裁平成31年4月16日判決(棄却)
【出 典】判例時報2526号50頁
事案の概要:
被告(鹿児島市)が設置する公立中学校に通っていた生徒である原告とその両親が、原告が適応障害と診断されたとして原告の所属する部活動(吹奏楽部)での練習の負担軽減等の配慮を求めたにもかかわらず、本件中学校の校長、教頭及び教諭らが配慮義務に違反したため、原告の症状が悪化して不登校となり、転校を余儀なくされるなどして精神的苦痛を被ったと主張して、被告に対し、国賠法1条1項又は債務不履行に基づく損害賠償を求めた事案である。第一審判決は原告らの請求をいずれも棄却したため、原告らが控訴した。控訴審判決は原告に対し慰謝料として55万円の支払いを命じたが、原告の両親の請求はいずれも棄却した。
認定事実:(控訴審判決及び原判決の前提事実・認定事実より作成)
原告は本件中学校に入学し吹奏楽部に入部した。部活の普段の練習については、学期中の平日は始業前に行う朝練、昼休みに行う昼錬、放課後に行う夕錬が行われており、土日にも練習(休日錬)が行われていた。原告は、練習が過酷だったことなどから体調を崩し、医師から適応障害(ストレス因により引き起こされる情緒面や行動面の症状で、社会的機能が著しく障害されている状態をいう。)の診断を受けたため、原告の父母は、校長らに対し診断書を提出し、部活動の負担軽減の配慮を求めた。これを受け、校長は、吹奏楽部の顧問に練習量を軽減するよう指示するとともに、生徒指導部会、職員会議において原告に対する配慮事項を検討し、教頭、担任及び顧問を中心に対処していくよう指示した。顧問は、これを踏まえ、原告の練習について、朝練は基本的に参加しなくてよく、夕錬は週3回の参加、土日の練習はいずれかのみの参加でよいこととした。
ところが、夏休み期間(7月20日から)になると、コンクールに向けた練習が本格化し、数日の休養日以外は活動が行われ、原告も、コンクールに出場することを強く希望し、夏休み期間中は数日欠席したほかは概ね練習に参加していた。原告は、9月に入ってからも平日の朝練に参加するなど、部活動に意欲的に参加していたことから、顧問は、次第に、原告の適応障害が回復したものと認識して、原告の希望通りに練習参加を認めるようになった。12月、顧問は原告の母から原告がまだ治療中であるとして配慮の継続を求められたことから、適応障害の診断が続いていることを認識したものの、充分な対応せずに、練習を無断欠席した場合に校舎階段昇降の罰則を課す対象から原告を除外するよう指示することもなかった。
3学期に入ると、原告に学習意欲の低下が見られたが、他方で、部活動についは積極的に参加していた。2学年になると、原告は中学校を欠席することや部活動に参加できないことが多くなったが、教諭らは、主治医や原告の父母に状態を聴取したり対応を協議したりすることがなく、原告に対して、練習を休むのであれば原告本人が申し出ること、他の生徒に迷惑を掛けないようにコンクールへの出場の可否を速やかに判断することなどを伝えた。結局、5月に原告は吹奏楽部を退部し、その後も不登校が続いて県外の中学校へ転校した。
判決の要旨:
(1)本件コンクールに向けた練習から退部までの状況について
顧問は、原告が本件コンクールに出場することを希望していたとしても、本件診断書に従った練習負担の軽減を行えば練習不足により本件コンクールへの出場が困難であることが予想される場合には、原告の両親と協議した上、本件コンクールへの出場を取り止めさせるなどの対応を検討すべきであった。また、原告に練習に参加したいとの気持ちがあったとしても、原告の両親を説得した上、原告の両親と協働して、練習への参加を断念させる方向での働きかけを行って、練習への参加を認めるべきではなかったというべきである。ところが、顧問は、本件診断書に従った負担軽減を図ることをせず、原告を本件コンクールに向けた練習及び本件コンクールに参加させる判断をした。
したがって、本件中学校の教諭らは、原告が適応障害の治療を継続中であることや本件診断書に従った練習負担の軽減が必要であることに配慮した対応を継続すべき義務があったにもかかわらず、主治医の意見を直接確認し、その協力を得て、主治医及び両親とともに、原告への学校及び家庭双方での対応を一貫したものとするための方策を協議して定めないまま、原告に対する本件部活での練習負担の軽減措置を継続せず、配慮義務を怠って原告に身体的、精神的負担を与え続けたことにより精神疾患を悪化させたものと認めるのが相当である。
(2)両親の意向について
被告側は、顧問が原告の両親と十分な連絡を取って原告の体調に配慮し、原告の両親も練習や行事への参加を認めていたとして、顧問らの対応に配慮義務違反はないと主張する。本件中学校の教諭らとしては、医師と臨床心理士である原告の両親が、原告に学業と部活を両立させたいという意向であり、原告の部活への参加を容認していたことから、主治医に直接意見を確認しないまま、原告の両親の意向を汲んだ対応をしたとも推測できるところである。
しかしながら、このような状況においても、教諭らは、原告の治療経過や病状、本件診断書に従った負担軽減が不要な状態であるかについて主治医の意見を直接確認し、その協力を得て、主治医及び原告の両親とともに、原告への学校及び家庭双方での対応を一貫したものとするための方策を協議して定めるべき義務があったというべきであるが、本件中学校の教諭らはこのような対応をとらなかったものである。
(3)損害の額について
もっとも、原告に対する練習負担の軽減を図るには、原告の両親が原告に対して練習への参加やコンクールへの出場を認めないなどの協力も不可欠であったにもかかわらず、かえって原告の部活への参加の希望に沿う対応をとったといえるから、慰謝料の算定にあたっては、この点も酌して定めるのが相当である。一切の事情を総合考慮すると、原告が被った精神的苦痛を慰謝するには50万円が相当である。
コメント:
本件は、部活動のストレスにより適応障害を発症した生徒につき、その発症自体についてではなく、発症後に負担軽減等の措置を求められた学校側の対応に関して配慮義務違反が主張されたものであり、きわめて珍しい事案である。
本件では、原告の父親が小児科及び精神科の医師であり、原告の母親が臨床発達心理士であったことから、教諭らとしては、専門的知見を有する父母が部活動への参加を容認していたことを重視し、主治医の意見を聴取することなく対応したことが窺われる。それにも関わらす、本判決は、原告が治療継続中であることや、適応障害の患者は無理をしすぎて症状を悪化させる傾向があることを伝えられていたこと、他方、原告の両親は、医師と臨床心理士であるとしても、原告の親でもあり、専門家としての意見よりも親としての願望や希望が強く表明されることもあり得ることなどからすると、教諭らには、父母だけでなく主治医を含めた協議を行う慎重な対応をすべき配慮義務があったと判断した。
◆静岡県立高校・生徒叱責後飛び降り事件
【事件名】損害賠償請求事件
【裁判所】静岡地裁判決
【事件番号】令和元年(ワ)第746号
【年月日】令和4年5月26日
【結 果】一部認容・一部棄却
【経 過】二審東京高裁令和4年12月7日判決(棄却・確定)
【出 典】ウエストロー・ジャパン
事案の概要:
県立高校に通っていた女子生徒が、無料通信アプリ「LINE」で男性教諭から執拗に自主退学を迫られたほか、電話で繰り返し罵倒されるなどの精神的苦痛を受け、校舎3階から飛び降りて両手首を骨折し1カ月ほど入院する重傷を負ったとして、県と男性教諭に対し、合わせて550万円の損害賠償を求めた事例。
認定事実:
(1)10月1日夜から2日未明にかけて
本件高校の理数科では、2年次の生徒が理数科課題研究を正課として履修することとされ、原告の所属する△△班では、10月3日午後5時30分に、その研究活動の一環としてb大学を訪問することになっていた(本件研修)。原告は、10月1日午後8時37分に、理数科課題研究の指導担当教諭である被告Y2に対し、LINEで、本件研修を欠席してもよいかと尋ねた。被告Y2は、原告に対し、「質問の意図が分かりません。」、「上記質問をすること自体、おかしいと思いませんか。」、「本当に困るか厳しい指導を受けないと理解できないようですね。」など返信した。
次に原告は、自分が間違っていたと返信した後、午後9時25分に、被告Y2に対し、本件研修を同月3日午後6時30分に早退してもよいかと尋ねた。被告Y2は、午後9時29分、原告に対し、「これまで、このような非常識かつ失礼な質問を受けたことはありません。」、「中止にします。」などと本件研修を中止にするかのような内容の返信をした。なお、この際、被告Y2は、実際には、本件研修を中止する意図を有していなかった。原告は、午後9時48分頃、被告Y2に対し、謝罪をした上で、本件研修の中止を取り消すよう懇願するメッセージを返信した。
被告Y2は、午後11時09分、原告に対し、「誰のために、何のために行く必要があるのか、もう一度、メンバー全員でよく話し合って結論を出してください。現状では、勤務時間以外付き合うつもりはありません。」と返信した。原告は、11時58分、当日は最後まで時間いっぱい勉強させていただきたいと伝えるとともに、被告Y2に対し再度謝罪と反省をする旨のメッセージを返信した。
被告Y2は、10月2日午前0時02分、原告に対し、「訪問に際し相当量の事前学習をしておくことが条件でしたから、本来なら必須なはずです。行けないというのはおかしくないですか。」、「社会一般の常識では通用しないどころか、逆に来るなと言われます。」、「現状では私は行くつもりはありませんし、このレベルで訪問するのは先方にも失礼なので断りを入れるつもりです。」などと厳しい言葉を送信した。原告は、午前0時50分には、被告Y2に対し、同月3日の原告の用事をなくしたため、本件研修を同日に実施してほしい旨メッセージを送信した。
その後も、被告Y2は「3日はとても責任が持てません。」などと本件研修を中止にするかのようなメッセージを送信し、こうしたLINEでのやり取りは、2日午前3時46分まで続いた。さらに、この間にも被告Y2は、2日午前2時16分頃、原告の携帯電話に架電し、20分間程度通話した。その後、被告Y2は、原告の携帯電話の電源が切れている間にも、合計9回架電した。また、2時50分頃、被告Y2は、LINEの通話機能を利用して再度原告に架電し、51分間にわたり原告と通話した。
(2)10月3日昼休みの出来事
原告を含む△△班の班員らは、10月3日の朝、職員室を訪れ、被告Y2から昼休みに生物準備室に来るよう指示された。被告Y2は、昼休み、生物準備室に来た班員らに対し、本件研修への参加に向けて班で意思統一をすること、大学の先生方が班員らのために用意して待っていることを話した。その後、被告Y2は、班員らを、昼食を摂らせるために教室に戻したが、原告に対してだけ、午後0時40分に再び職員室に来るように指示をした。
被告Y2が、訪れた原告に対し「今回のことはなんだ」と尋ねると、原告が「優先順位がつけられなかったからです。」と答えたところ、被告Y2は、優先順位をつけられないなら、部活も生徒会活動もやめるよう厳しい口調で伝えた。これに対して、原告は「嫌です。」と即答したところ、被告Y2は、「それはお前が決めることではないだろう。」と叱責した上、「それなら私から顧問に伝えて辞めさせるからな」、「それができないなら理数科や学校をやめるか」などと厳しい口調で言った。被告Y2は、午後0時50分に予鈴が鳴ったことから、原告に対し、「7限が終わったらもう一度、どうするか決めて来い」と伝えて、教室に戻るよう指示をした。
原告は、2年○組の教室に戻ると、同教室の窓から外側のひさし部分に出た。教員や他の生徒らが原告に戻るよう声をかけていた時、被告Y2が、2年○組の教室に駆けつけ原告を上記ひさし部分から引き上げるよう言った。原告は、自殺を図る目的はなかったものの、被告Y2の声が聞こえた瞬間、被告Y2から逃げたいという思いから上記ひさし部分から地上に飛び降り、花壇の上に落下した(本件事故)。
判決の要旨:
(1)被告Y2の行為の違法性判断について
被告Y2による本件各行為は、理数科課題研究への従前の原告の関わり方を念頭に置きつつ、本件研修への参加について指導をするという懲戒権の行使(学校教育法11条本文)として行われたものというべきである。したがって、本件においては、公権力の行使に当たる公務員である被告Y2による本件各行為が、その目的、態様、継続時間等から判断して、教員が生徒に対して行うことが許される教育的指導の範囲を逸脱するものであり、被告Y2が負っている職務上の法的義務に違背していたといえるか否かが問題となる。
もっとも、理数科課題研究において、大学等を訪問することは、指導要領上、単位の認定に必須のものではなかった上、本件研修は放課後に実施予定であったこと、本件研修につき当初予定された平成28年9月30日の日程自体、1週間前にb大学側の差支えを理由として、同年10月3日に変更されていたこと、原告を除く班員らでb大学を訪問することも可能であったことなどからすると、正課の授業自体を欠席しようとする場合とは異なるのであるから、本件研修へ参加するよう指導するという上記目的のために許される教育的指導の範囲は、おのずと狭まるものといわざるを得ない。
(2)10月1日夜から2日未明における被告Y2の言動
1日午後9時25分の段階で、原告が本件研修に部分的にでも参加する状況となっていたのであるから、指導する目的は概ね達成されていたというべきであり、被告Y2において、本件研修を中止するなどと自身も意図しない事由を告げて原告を困惑させたり、LINEで同日の深夜から未明にかけて叱責を続けたりする必要性は乏しかった。
2日午前0時50分には、原告が、同月3日の私用を中止したとして、本件研修の実施を改めて要望する旨メッセージを送信していたことからすると、同時点において、原告が本件研修に最後まで参加し得る状況となったのであるから、指導の目的は達成されていたというべきであり、同時刻以降のLINEメッセージや電話での指導について上記目的との関係で必要性や相当性が認められる余地は殆どなくなったといえる。それにもかかわらず、被告Y2は原告を精神的に追い詰めたものと認められるから、少なくとも、2日午前0時50分以降にLINEのメッセージ及び電話により指導した被告Y2の行為は、教育的指導の範囲を逸脱したものであると言わざるを得ない。
(3)10月3日昼休みにおける被告Y2の言動
前記のとおり、原告について本件研修に参加するよう指導するという目的は既に達成されていたものであり、被告Y2は、原告に対し、部活動や生徒会活動を辞めることを迫ったり、理数科や本件高校自体を辞める選択肢を提示して原告を精神的に追い詰めたものである。そうすると、被告Y2の行為は、指導の目的との関係で必要性・相当性を欠く行為であるというべきであるから、被告Y2の行為は、その目的、態様、継続時間等から判断して、教員が生徒に対して行うことが許される教育的指導の範囲を逸脱したものと認められる。
よって、被告Y2の本件各行為は、公務員の職務上の義務に反するものとして国家賠償法上違法と評価される。そして、これを原因とする原告の急性ストレス反応により、本件事故が発生するなどし、原告は精神的苦痛を被ったと認められるから、被告県においては、被告Y2の違法行為により生じた損害について賠償する責任を負うものというべきである。
コメント:
本件事例における事故は、理数科の課題研究の授業の一環として、大学を訪問する行事(本件研修)への参加をめぐって発生したものである。そして、この「理数科」、「課題研究」、高校と大学の連携などという事項は、学習指導要領の改訂を始めとする近年の教育課程改革の中で、新しく創設されてきたものである。つまり、本件事故は従来では見られなかった、きわめて現代的な教育活動の指導のなかで生じたという側面を有している。
ところで、本件研修の開始時刻は午後5時30分であり、これは教員の標準的な勤務時間外に設定されいる。したがって、この教育活動は、教員の時間外労働によって支えられていたといえる(校長は勤務時間の割振り等の手続きを行っていたかもしれないが、判決文からは明らかではない。)。つまり、教育改革によって教育の中味が新しくなっても、教員の労働環境は改善されず古い体質のままなのである。本件研修を欠席したいという生徒に対し、教員Y2が「自分がこれだけ、勤務時間を顧みず、献身的に熱意を注いで指導しているのに、簡単に休もうとする生徒の姿勢は許せない」という強い怒りの感情を抱いたということは容易に推測できる。そして、この怒りの感情が、深夜に及ぶ不適切な指導につながったのではないだろうか。
◆熊本県立高校・部活動丸刈り事件
【事件名】国家賠償請求事件
【裁判所】熊本地裁判決
【事件番号】令和1年(ワ)第692号
【年月日】令和4年5月30日
【結 果】棄却
【経 過】
【出 典】ウエストロー・ジャパン
事案の概要:
本件は、被告が設置する熊本県立a高等学校に在学していた原告が、本件高校の応援団の新入生らに対する○○の斉唱、△△の唱和等の指導及び男子口口部の上級生部員の新入生部員に対する丸刈り等の指示が強制的で違法なものであり、それらを本件高校の教員らが容認していたことなどにより、原告がうつ状態に陥って不登校となり最終的に転学を余儀なくされた旨主張して、被告に対し、1円の損害賠償を求める事案である。判決は原告の主張を斥け請求を棄却した。
認定事実:
(1)校歌等指導について
本件高校においては、明治15年の開校時から、人材育成の指針として△△が定められ、また、明治45年から、校歌として○○が位置付けられている。本件高校では、入学式、卒業式等の式典、学校行事等で生徒が集合した際には、全生徒で△△の唱和と○○の斉唱を行うことが慣習となっている。そのため、毎年4月に南校舎の屋上で応援団の新入生に対する、〇〇の斉唱及び△△の唱和等の指導(以下、「校歌等指導」)が行われており、新入生のほぼ全員が参加している。
応援団員は、平成29年4月20日の昼休み、原告のクラスの教室に行き、新入生数名に対して「○○と△△を覚えてきたか」、「本件高校に入学した理由は何か」等の質問をし、回答させるとともに、同日の放課後に南校舎の屋上で校歌等指導をするので集合するよう指示した。応援団員は、同日の放課後、本件高校の南校舎の屋上で、新入生2クラスの生徒をクラスごとに横1列に裸足で並ばせ、新入生の前に立って校歌等指導を行った。同日の校歌等指導の時間は約1時間から1時間半程度であった。応援団員らは指導の間、新入生に対して、大声で「もっと大きな声を出せ」、「腹から声を出すように歌え」、「まじめにやれ」等と言ったり、〇〇を十分覚えていない生徒の近くに行き、模範として大声で○○を歌ったりする等の指導を行った。
(2)口口部における丸刈りの指示について
平成27年から平成29年まで、口口部の部員は全員、毎年5月に行われる県高校総体予選の前までに自主的に丸刈りにしており、4月の時点で在籍していた2年生部員7名、3年生部員7名は全員丸刈りであり、同月入部した原告を含む新入生部員5名も全員丸刈りとなった。原告は、平成29年4月26日に口口部に正式入部する前に数日間体験入部をしていた。原告は、正式入部後、バリカンを所持していた3年生部員に丸刈りを依頼し、練習終了後の午後7時頃に丸刈りにしてもらった。
判決の要旨:
(1)校歌等指導について
4月20日の昼休みの出来事について、応援団員の質問に新入生の人格を否定するような不適切な内容は含まれていないし、質問の目的は、新入生に一定の緊張感を持って校歌等指導に臨んでもらうためであると考えられるから、応援団員が新入生に上記質問をして回答させたことが社会通念上相当性を欠き、違法であるとは認められない。同日放課後の校歌等指導について、原告を含む新入生らの中には、大きな圧迫感や緊張感を感じたり、応援団員の態度を不快に感じたりした者もいると考えられる。しかし、校歌等指導の目的は、本件高校に入ったばかりの新入生が、明治時代に作られた難解な○○斉唱及び△△の唱和ができるようにして生徒の団結力や愛校心を高めることにあり、そのためには新入生らが緊張感を持って集中的に合同で練習する場を設けることが有益であると考えられる。
さらに、校舎屋上での校歌等指導は新入生らが声を合わせて歌っている中で行われることから、指導する側の応援団員の声量が大きくなったり、新入生に一定程度近づいて指導することにはやむを得ない面があるといえる。校歌等指導の終了時刻が決められておらず休憩を挟まずに行われるなど改善の余地があることを踏まえても、応援団らによる放課後の南校舎屋上での校歌等指導が社会通念上相当性を欠き、違法性があるとは認められない。
本件高校の教員らは、事前に応援団と校歌等指導の流れ、指導方法及び指導に際しての注意事項について情報共有を行った上で、南校舎屋上での校歌等指導が行われる当日も、南校舎屋上に隣接する管理棟4階のベランダから複数の教員らが練習の様子を見守り、体調不良の新入生が見られるなどした場合に応援団に合図して指示を出せるようにするなど参加する新入生らの安全に配慮する態勢を構築しており、本件高校の教員らの応援団の校歌等指導に係る指導監督は、その裁量権を適切に行使した妥当なものであったというべきであり、本件高校の教員らに安全配慮義務違反があったものとは認められない。
(2)口口部の丸刈り等について
原告は、口口部に入部後、上級生部員から、複数の部員がいる中で、「丸刈りはみんなやるから」、「丸刈りしろ」、「時間と金の節約」などと言われて強制的に丸刈りにされた旨主張をし、それに沿う陳述・供述をする。しかし、原告の上記陳述・供述を裏付ける客観的証拠はなく、原告の上記主張を採用することはできない。原告は、口口部に正式入部する前に、同部に体験入部していたのであり、当時同部の上級生部員らがいずれも丸刈りにしていたことから、部員間で自主的に丸刈りにしようという合意があることは知っていたものであり、それを前提として口口部に正式入部し、3年生部員に丸刈りを依頼していることからすれば、原告が自らの意思に反して強制的に丸刈りにされたということはできない。
口口部の丸刈り等が社会通念上の相当性を欠き、違法性があるとは認められないし、口口部における丸刈りは部員間での自主的取り決めにすぎず、D顧問は、毎年4月頃、口口部の部員に対して丸刈りを自主性の範囲内でやるように指導しており、D顧問に安全配慮義務違反があったとは認められない。
(3)教員がいじめ防止対策推進法上の義務を怠ったか
原告は、本件高校の教員らは、応援団による原告への校歌等指導がいじめ防止対策推進法2条の「いじめ」に該当し、それによって原告が欠席を余儀なくされている疑いがあることを認識できたのであるから、原告への「いじめ」に適切かつ迅速に対処し、同法28条1項2号に基づく調査を行うべき義務があったと主張する。しかし、応援団による校歌等指導が社会通念上相当性を欠く違法なものであるとはいえず、同法2条の「いじめ」に該当するものとも認められない。
コメント:
(1)事実上の強制について
本件高校は旧制中学から続く伝統校で、「バンカラ」な校風だと認識されていたと報道されている。そしてそこでは、礼儀や紀律を乱す行為は厳しく指導され、その指導は「シメ」という隠語で呼ばれていた。原告は、この「シメ」と呼ばれる校歌指導や丸刈り指導が、強制的で違法なものであると主張した。これに対し判決は、校歌等指導について、圧迫感を感じた者もいるかもしれないが、暴力や暴言はなく、社会通念上の相当性を欠くものではないとし、また、丸刈り指導についても強制はなく、ともに違法ではないとした。しかしながら、これらの指導には、身体的な強制はなかったものの、原告が指導を拒否できる状況にはなく、心理的な強制は伴っていたのであり、原告は多大な精神的苦痛を感じていた。判決は、この精神的苦痛についての検討が充分ではないと考えられる。
なお、丸刈り校則については、いくつかの裁判例がある。まず、熊本県の町立中学校事件において、原告が丸刈り校則の無効確認を請求したのに対し、地裁は「校則に従わないからといって強制的に切除することは予定していなかったのであるから、憲法違反の主張は前提を欠く」と判示した(熊本地裁昭和60年11月13日判決)。また、兵庫県の市立小野中学校事件において、丸刈り校則の違法確認請求に対し最高裁は、「これに違反した場合の処分等の定めが置かれていないから、この校則を定める行為は抗告訴訟の対象となる処分には当たらない」と判示した(最高裁第一小法廷平成8年2月22日判決)。どちらの事例においても、丸刈り校則は強制力を伴わないことなどから、訴えを不適法として斥けた。本件判決は損害賠償請求であるが、上記2事例と同様に、指導に強制力を伴わないことが判断の決め手となっている。
(2)いじめ該当性について
原告は上級生による校歌指導などが、いじめ防止対策推進法第2条にいう「いじめ」に該当し、教員はいじめを防止すべき安全配慮義務を怠ったと主張した。同条によると、いじめとは、「児童等が行う心理的又は物理的な影響を与える行為(インターネットを通じて行われるものを含む。)であって、当該行為の対象となった児童等が心身の苦痛を感じているものをいう。」と規定している。そして、この定義を本件事例にあてはめると、校歌指導などは「心理的又は物理的な影響を与える行為」であり、原告は「心身の苦痛を感じている」のであるから、校歌指導などはいじめに該当しそうなものである。ところが、本件判決は、校歌指導などが違法なものではないので、いじめに該当しないと結論づけている。この箇所の説明はきわめて不十分であり、説得力を欠く判示であると言わざるを得ない。なお、同法第2条の規定に対しては、いじめの定義として過度に広範で、多くの事案がいじめに該当してしまうという問題点が指摘されている(たとえば、日本弁護士連合会意見書2018年1月18日)。
◆私立大学コロナ禍オンライン授業事件
【事件名】損害賠償請求事件
【裁判所】東京地裁立川支部判決
【事件番号】令和3年(ワ)第1588号
【年月日】令和4年10月19日
【結 果】棄却
【経 過】
【出 典】ウエストロー・ジャパン
事案の概要:
本件は、被告が設置するa大学の経営学部の学生である原告が、被告に対し、原告との間の在学契約に基づき、面接授業(対面授業と同旨)を実施し、大学施設等の利用をさせる義務を負っているにもかかわらず、これらを怠っていると主張し、主位的に債務不履行に基づき145万円(令和2年度の学費の半額相当である55万円と慰謝料90万円の合計額)の支払を求めるとともに、予備的に不当利得返還請求権に基づき、55万円の支払を求める事案である。判決は原告の主張を斥け請求を棄却した。
認定事実:
日本政府は、令和2年4月7日、新型コロナウイルス感染症の流行を理由に、東京都を含む7都府県に新型インフルエンザ等対策特別措置法に基づく緊急事態宣言を発出した。本件大学は、令和2年4月8日には、新型コロナウイルス感染症感染拡大防止のため、同月6日から同年5月5日まで、学生に対し、原則として構内への立ち入りを禁止することを明らかにし、同年4月20日、同月22日からオンライン授業を行うことを伝え、また、同月28日、同月11日から同年6月2日まで図書館及び資料図書館を臨時休館としたことを伝えた。
本件大学の経営学部が開講した科目については、令和2年度前期及び後期を通して、面接授業(対面授業)ではなく、遠隔授業により実施された。なお、遠隔授業は、「Zoom」というアプリケーションを利用したオンライン授業や、在学生と教職員の専用サイトである「○○」を利用し、アップロードされた録画授業を閲覧する方法や、同サイト上で教員に対して質問をする方法などによって実施された。
判決の要旨:
(1)大学設置基準とその弾力的運用について
大学設置基準は、25条1項において、「授業は、講義、演習、実験,実習若しくは実技のいずれかにより又はこれらの併用により行うものとする。」と規定している。その規定の文言によれば、授業は、主として教室における対面の授業である面接授業を想定しているということができる。
大学設置基準の所管庁である文部科学省が発出した一連の事務連絡等は、新型コロナウイルス感染症が拡大する中、授業を休講することなく実施するための特例的措置として、大学設置基準25条1項の規定を弾力的に運用し、遠隔授業を積極的に取り入れたものと理解することができる。かかる弾力的な運用が全国の大学・高等専門学校において、当時の新型コロナウイルス感染症の感染状況等に応じた適切な対応として、広く受け入れられたと認めることができる。したがって、同規定は、授業の全部又は一部を面接授業で実施することが困難な場合にまで、必ず面接授業を実施しなければならないというものとは解されない。
(2)債務不履行責任の有無について
本件大学が、新型コロナウイルス感染症の感染拡大を考慮し、学生及び教職員の生命及び身体の安全確保を最優先とするため、令和2年度前期及び後期に、原則として遠隔授業を実施したことは、全国の大学・高等専門学校における授業の実施状況に照らして、本件大学のみ突出した選択をした不合理なものではない。
また、大学においては、学問の自由や大学の自治が認められ、施設の管理についてのある程度自主的な秩序維持の権能や、教授の具体的内容及び方法についてのある程度自由な裁量が認められ、本件大学が実施した遠隔授業が、面接授業に相当する教育的効果を有するものではなかったことを認めるに足りる的確な証拠はない。
原告にとって遠隔授業は全く満足できるものではなかったことが認められるが、Zoomによる講義では、学生が発言できる機会のあるものがあり、○○サイトを利用した講義においても、チャットを使って教授に質問する手段が設けられており、毎回、レポートの課題が出されるものもあったというのであるから、本件大学としては、遠隔授業にも教育的効果が得られるよう様々配慮していたことがうかがえる。
以上によれば、本件大学の経営学部の1年生が受講し得る科目について、大学構内での面接授業を実施せず、被告において面接授業に相当する教育効果を有すると大学において認める遠隔授業のみを実施したことが著しく不合理であるとはいえず、被告が本件在学契約に基づく債務の履行を怠ったといえない。
(3)原告の主張に対する判断
これに対し、原告は、社会通念上、面接授業を実施せず遠隔授業で代替することが許容されるのは、@十分な感染対策を講じても面接授業を実施することが困難である場合に限られ、その場合であっても、A学生に対し、合理的な説明を丁寧に行うこと、B遠隔授業の受講に終始するような学生が生じないようにすることなどの配慮が求められるというべきであるところ、これらの検討や義務の履行を怠った旨を主張する。しかし本件において、@遠隔授業を継続することにした理由も、本件大学の学生数、本件大学への交通手段、授業再開後の学生の行動様式などに照らし首肯し得るもので、原告が想定する面接授業中の感染対策など、本件大学の努力だけで払拭することができないことも、明らかといえるし、A本件大学が□□サイト(修学支援システム、全学生が閲覧可能なサイト)を通じ複数回にわたり、相応の説明をしたことは否定できず、B交流会を設定したり、学内のPCルームの開放や遠隔授業を受講するための教室を用意する措置を講じたり、図書館の利用に工夫をこらしたりするなど、遠隔授業の受講に終始するような学生が生じないようにすることなどの配慮をしたことが認められるから、原告の前記主張は採用することができない。
◆三木市立中学校・生徒転落死事件
【事件名】損害賠償請求事件
【裁判所】神戸地裁判決
【事件番号】平成28年(ワ)第2430号
【年月日】令和4年11月30日
【結 果】一部認容・一部棄却(確定)
【経 過】
【出 典】ウエストロー・ジャパン
事案の概要:
三木市立中学校の1年生だった男子生徒(以下「生徒B」)が体育の授業で持久走をしたあと校舎4階の教室から転落し死亡した事件をめぐり、原告遺族が市に約8150万円の損害賠償を求めた事案。判決は、生徒Bはインフルエンザウイルスに罹患し、意識障害に陥っていたと認定し、学校側の過失を一部認め、市に計約2070万円の支払いを命じた。
認定事実:
本件持久走は、平成26年1月9日の2限目(午前9時50分から午前10時40分まで)の体育の授業で行われ、その内容は、1周が約780mの本件中学校の外周を反時計回りに4周(約3km)走るというものであった。授業を担当していたのは、体育教諭(以下「教諭C」)と臨時講師の2名であった。
生徒Bは、男子の最後尾を走り、最も早い生徒とは周回遅れで、すぐ前の生徒からも半周程度は遅れていたが、午前10時30分を過ぎて外周の南西角付近でゴールした。教諭Cはゴールした生徒Bと南西門付近まで歩き、「大丈夫か」と声をかけた後、午前10時40分頃、生徒昇降口(昇降口)付近に戻り、生徒B以外の生徒らと授業終了の挨拶をした。午前10時45分頃、教諭Cは、生徒Bが昇降口に向かって歩いているのを見て、同人に対し、「大丈夫か」と声をかけ、体調が悪ければ保健室に行くように指示した。
生徒Bは、その後、普通教室棟4階の本件教室に戻った。生徒B以外の生徒らは、3限目の音楽の授業に向かうため、別棟4階の音楽室に移動し、午前10時52分以降、本件教室には生徒Bが一人残った。生徒Bは、午前10時52分から午前10時55分頃までの間に、床からの高さ122cmの転落防止用の手すりを乗り越え、窓の外側に出て下の階の窓の庇に足を着けるなどした後、中庭に転落した。校務員が、午前10時59分頃、119番に通報し、生徒Bは救急車で病院に搬送されたが、午後零時頃、死亡が確認された。
判決の要旨:
本件髄液検査の結果、インフルエンザウイルス生徒B型が陽性となっていることに加えて、H医師の意見書の記載内容によれば、当時の生徒Bの状態や本件血液検査及び本件教諭CT検査の各結果は、本件事故発生当時、生徒Bがインフルエンザウイルスに罹患していたとして矛盾しない。・・・生徒Bはインフルエンザウイルスに罹患し、これによる発熱で約41.1℃まで体温が上昇し、高熱による異常行動を起こして本件事故に至ったと認めるのが相当である。
(1)教諭Cの過失判断における予見可能性
本件事故は、生徒Bが手すりを乗り越えて、窓の外に出るという異常行動によって発生しており、通常このような事故が発生することを予見するのは困難である。本件で原告らの主張する結果回避義務の内容は、意識障害の生じている生徒Bを一人にせず、保健室に連れて行き養護教諭に引き渡すというものであるところ、学校教諭において、生徒に意識障害が生じていることが認識できれば、当該生徒を一人にして、その行動を監視し得ない状況下に置けば、当該生徒が障害された意識の下で出歩く等して転倒したり、階段等から転落したりするほか、不穏な行動等をとって、その生命・身体に危険の及ぶ事態が発生する可能性が当然に想定されるといえる。そうすると、教諭Cにおいて、生徒Bが窓から転落する可能性という具体的な本件事故の発生を予見することまでは不要であり、生徒Bに意識障害が生じており、このまま一人にすれば、その生命・身体に危険の及ぶ可能性があるという程度の認識で足りると解される。
(2)生徒Bの意識障害の有無
生徒Bは、教諭Cが南西門付近を離れた後に、体操服が汚れるのを意に介さず、雨でぬかるんだグラウンドに仰向けやうつぶせで寝そべって、着ていた体操服の半袖シャツ等を泥まみれにし、南西門付近から真っ直ぐ昇降口には戻らずに、体育館、金工室及び職員駐車場付近を歩くなど、遠回りをして、午前10時45分頃に昇降口に戻っており、昇降口付近では、生徒Bは、他の生徒から体操服が泥まみれであることを指摘されると、「気づいたらこうなった」と答え、ぶつぶつ独り言を言ったり、薄笑いを浮かべたりし、その後、上履きを履かずに本件教室に戻っている。・・・以上によれば、生徒Bには、昇降口付近で教諭Cと会話をした時点で、発熱に伴う意識障害が生じていたと認めるのが相当である。
(3)保健室に連れて行く義務があったか否か
昇降口付近で教諭Cと生徒Bが会話をした時点で、生徒Bには既に発熱による意識障害が生じていて、同人が自らの体調を適切に判断して独力で保健室に行くことは難しい状態にあったものである。そして、通常の体育教諭であれば、そのような生徒Bの心身の状態を認識することが可能であり、また、そのような状態の生徒Bを一人にすれば、その生命・身体に危険が生じる可能性があることを予見できたと認められる。そうすると、教諭Cには、上記時点において、生徒Bを一人にせず、同人を保健室に連れて行き、養護教諭に引き渡すという注意義務があったと認められる。にもかかわらず、教諭Cは、生徒Bを保健室に連れて行くことはしなかったものであるから、上記注意義務に違反した過失が認められる。
そして、教諭Cが生徒Bを保健室まで連れて行き、養護教諭に引き渡していれば、生徒Bが本件教室の窓の外に出るという異常行動を起こすことはなかったと認められるから、上記教諭Cの過失と本件事故発生との間には相当因果関係が認められる。
◆大阪市・部活動指導員の再任用拒否事件
【事件名】損害賠償請求事件
【裁判所】大阪地裁判決
【事件番号】令和2年(ワ)第11531号
【年月日】令和5年1月23日
【結 果】棄却
【経 過】
【出 典】ウエストロー・ジャパン
事案の概要:
原告は、大阪市の非常勤嘱託職員である部活動指導員として採用され、中学校のバスケットボール部の部員の指導等の職務に従事していたところ、再任用されることなく任期を終えたため、本件不再任用が違法であると主張し逸失利益や慰謝料の支払いを求めた事案。判決は、本件不再任用が違法であるとはいえないとして、原告の請求を棄却した。
認定事実:
原告は、平成31年3月1日付けで非常勤嘱託職員である部活動指導員として採用された。原告は、大阪市立a中学校に配置され、同年4月1日以降、同校において、バスケットボール部の部員の指導等の職務に従事していた。バスケットボール部の顧問は、D教諭及びE教諭が務めていた。D教諭は、指導中に当該部員が所持していたかばんを蹴り上げたほか、部員に体育館に入館させない旨を告げ、その結果、当該部員が数時間にわたって体育館の前で立ったままになることがあったなどの不適切な行為に及んだりしていた(「本件各不適切行為」)。原告は、こうしたD教諭の部員に対する対応に問題があると考え、指導の在り方をめぐってD教諭と対立するようになった。
令和2年1月20日、話合いが行われ、原告は校長らに対し、D教諭の体罰等について学校として対応するよう求め、それができない場合には公益通報をする旨述べた。校長は、D教諭による本件各不適切行為については、既に当該生徒の保護者にも説明して理解を得ている旨説明した上で、原告に対し、D教諭との関係を修復することができるか否かを尋ねたところ、原告は、それはできない旨回答した。これを受け、校長は、これ以上原告がD教諭と連携・協力して指導を継続していくのは困難であると判断した。
原告は、令和2年1月下旬頃、大阪市総務局監察部、大阪府総務部法務課及び厚生労働省大臣官房総務課行政相談室に対し、申出書等を送付し、D教諭及びE教諭の体罰等を通報した。原告は、令和2年3月、学校に対し、翌年度も再任用の上で本件学校に継続して配置されることを希望する旨の記載を含む部活動指導員自己評価票を提出したが、同年4月1日以降再任用されなかった。
判決の要旨:
(2)再任用される権利の有無
原告は、労働契約法19条2号の適用又は類推適用により、再任用される権利、再任用を要求する権利又は再任用されることを期待する法的利益を有する旨を主張する。しかしながら、原告は、地方公務員法3条3項3号所定の特別職に当たる非常勤の嘱託職員として、任用期間を1年と定めて採用されたものであって、本件勤務関係が公法上の任用関係であることは明らかであって、私法上の雇用契約類似の関係とみることはできない。そして、労働契約法21条1項は、地方公務員について同法の適用を排除しているから、本件勤務関係に同法19条が適用される余地はなく、明文の規定に反して類推適用されるとも解し難い。
だとすれば、本件勤務関係は、定められた任用期間が満了すれば、再度の任用がされない限り、当然に終了するというべきであって、原告が任用期間の満了後に再任用される権利、再任用を要求する権利又は再任用されることを期待する法的利益を有するものと認めることはできない。
(3)再任用に係る期待権侵害の有無
もっとも、任命権者又は補助者が、任用期間満了後も任用を続けることを確約又は保障するなど、任用が継続されると期待することが無理からぬとみられる行為をしたというような特別の事情がある場合には、職員がそのような誤った期待を抱いたことによる損害につき、国賠法に基づく賠償を認める余地があり得るので、以下、上記「特別の事情」があるといえるか否かについて検討する。
原告は、@再任用を希望した場合には、適格性を欠くと判断された場合を除き、再任用されるのが実務上の取扱いとなっている、A人材バンクへの登録者数及び実際の配置人数が増加傾向にあり、登録者数のうち配置人数が七、八割を占めていて、需要があれば任用されている、B継続配置を希望した部活動指導員のうち継続配置されなかったのはごくわずかにすぎない、C仮に再任用を拒否されるのであれば、令和2年3月中にはその旨が通知されるはずであるが、それがなかった、などの事情を指摘する。
しかしながら、被告は原告に対し、その任用期間が令和2年3月31日までである旨を明示していたものであり、原告は、同日をもって任用期間が満了することを十分に認識していたということができる。また、市教委又は本件学校の職員らが、原告に対し、令和2年度以降も原告の任用が継続されると確約又は保障するような言動をしたとは認められないばかりか、それに及ばないものの、その旨の期待を一定程度生じさせると評価し得るような言動をした事実すら認めることはできない。
さらに、原告指摘の事情についてみても、@及びBについては、継続配置を希望したにもかかわらず、継続配置されなかった例もあることからすると、原告主張の実務上の取扱いがあったということはできず、再任用が保障又は確約されていることを示すものともいえない。A及びCについては、仮に原告主張の事情をもって原告が任用継続への期待を抱いたとしても、これが無理からぬものであるとはいえない。
その他、全証拠を精査しても、上記の「特別の事情」があったものと認めることはできないから、仮に、原告が任用継続への期待を有していたとしても、これが法的保護に値するものとはいえない。
(4)本件不再任用に係る判断の合理性
原告は、本件不再任用は原告が通報をしたことを理由とするものである旨主張するが、これを認めるに足りる的確な証拠はない。
そもそも、部活動指導員は、部活動指導を担当する教員の長時間勤務の解消を図ること等を目的として配置されるものである(本件実施要項)。顧問であったD教諭は、平成31年度において進路指導等も業務に含まれる3年生の学級担任を受け持っており、被告が部活動指導員を配置したのは、その業務負担を軽減しようという意図もあったものと推認される。しかしながら、同人は、令和2年度には3年生の学級担任から外れることとなったため、これにより、同人の担任業務の負担が軽減されるものと見込まれた。その結果、原告を引き続き本件学校の部活動指導員として配置しなければならない必要性は低いものと判断したと推認され、このような判断が不合理なものとはいえない。また、原告とD教諭との関係の著しい悪化を踏まえ、それを理由に継続配置が相当ではないと判断したとしてもやむを得ないというべきであって、不合理なものとまでいうことはできない。
コメント:
本件事案に登場する部活動指導員の制度は、教員の負担軽減や部活動の質的向上を目的として、2017年4月に導入されたものである(学校教育法施行規則 第78条の2)。従来から導入されていた部活動の外部指導者は、技術指導のみを行い、大会への生徒の引率ができないなど、職務上の制約があったので、部活動指導員の制度は、そうした制約を緩和するものとして新設された。
部活動指導員は、生徒の指導だけでなく、活動計画の作成、保護者への対応など、部活動にかかわる広範な職務を担うことができる。そして、「校長は,部活動指導員に部活動の顧問を命じることができる」と定められており(スポーツ庁次長等通知 平成29年3月14日)、部活動指導員が顧問教諭と同等に近い職務内容や権限を持つことが可能である。
当然のことながら、そうした関係性の下では、顧問教諭と部活指導員が、指導方針や方法をめぐって対立することも予想される。本件事例もそのような紛争の一例として捉えることができるであろう。
◆長崎県立高校ALTセクハラ被害事件
【事件名】損害賠償請求事件
【裁判所】長崎地裁判決
【事件番号】令和2年(ワ)第213号
【年月日】令和5年1月24日
【結 果】一部認容・一部棄却
【経 過】
【出 典】ウエストロー・ジャパン 2023WLJPCA01246002
事案の概要:
県立高校の外国語指導助手(ALT)だったアメリカ人女性が、別の県立高校のイギリス人男性ALTや担当校の教頭からセクハラを受けたとして、県に慰謝料など計200万円の損害賠償を求めた事案。判決は、男性ALTの行為について、セクハラに当たるとした上で、県側の対応が不十分だったとして50万円の支払いを命じた。一方、教頭の行為については、セクハラに当たるとしたものの、県側の対応に問題はなかったとの判断を示した。
認定事実:
原告は、被告に任用されたALTであり、平成28年8月4日から平成30年3月当時にかけて、長崎県立a高校に在籍し、平成28年9月以降、週に1日、長崎県立b特別支援学校の英語の授業を担当していた。
(1)B教頭の行為について
平成28年10月16日午後5時30分から、原告及びB教頭らb特別支援学校の教職員による文化祭の打ち上げが行われ、ここには全教職員49名中半数程度が出席した。その後、二次会が行われ、ここには約10名が出席した。二次会では、カラオケが行われており、B教頭も歌を歌ったが、その際、同人の顔を、原告の顔に約20〜30センチメートル近づけた(本件行為@)。また、B教頭は、二次会の席で、原告に対し、「Do you want to come home with me?」(本件発言)又はこれに類する発言をした(本件行為A)。
(原告の主張)
本件発言の直訳は、「私と一緒に帰りたい?」というものであるが、婉曲表現・スラングとして、「私とセックスしたい?」(Do you want to have sex with me?)との意味で使われている。原告は、本件発言をセックスの誘いとして解釈し、非常に不快に感じた。
(被告の主張)
B教頭は、本件発言の直訳の意においても、スラングの意においても本件発言の語句を知らない。また、B教頭は、自宅において、妻及び子2人と同居しており、原告を誘う状況もない。したがって、B教頭による本件発言の事実は認められない。仮に本件発言の事実が認められるとしても、日本においてはスラングとして通用するものではないから、セクハラ行為と認定することはできない。
(2)c高校に所属する男性ALT(以下「C」)の行為について
イングリッシュセミナーは、f高校が開催する行事で、f高校以外に所属するALTがイングリッシュセミナーに参加することは慣例となっていた。原告は、Cと、歌の出し物をすることになった。原告は、平成30年3月3日、C宅において、イングリッシュセミナーの出し物の練習をした。原告は、午後4時頃に練習を終え、Cと別れのハグをした。Cは、その際、原告の首にキスをして、噛み、「あなたの犬もこんなふうにするのか。」といった発言をした。そして、Cは、原告の口にキスをしようとしたので、原告は、キスをされないように顔を背けた。Cは、原告を抱えてベッドに連れていき、「I still want to do what I want with you.」と発言した上、手で、同人の肩を押さえ付けながら、同人の首にキスをした。これに対して、原告は、恋人がいる旨を伝えたが、Cは、「それは知っている。だけど、今は忘れよう。」と言い、原告の口にキスをしようとした。しかし、原告は、Cを押しのけC宅を出た。
判決の要旨:
(1)Cの行為のセクハラ該当性
本件Cの行為は、職務関連性が認められるから、「職場において行われ」たものといえる。そして、同行為は、原告の意に反して、同人に対してキスをしたり、同人を抱え上げてべッドに運び、同人の肩を押さえ付けて、さらにキスをしようとしたりしたというものであり、原告の人格権(性的自由)を侵害し、精神的な苦痛を与えるものであるから、原告の「意に反する性的な言動」(性的な関係の強要・必要なく身体に触れること)といえる。この結果、原告は、イングリッシュセミナーへの参加を見送ることとなったのみならず、睡眠障害が生じ、自殺を考えるほどであったのであるから、「就業する上で看過できない程度の支障が生じ」たといえる。したがって、本件Cの行為は、「環境型セクハラ」に該当する。
これに対し、被告は、原告とCとの関係は良好で、Cは原告が自分に好意を持っていると思っていた等として、本件Cの行為はセクハラに該当しない旨主張する。しかし、暴行又は強迫、職場における上司・部下等の関係に基づく影響力の行使や、相手方の意に反することの認識は、措置指針において、セクハラの要件とはされていない。
[※編注]環境型セクハラとは「職場において行われる労働者の意に反する性的な言動により労働者の就業環境が不快なものとなったため、能力の発揮に重大な悪影響が生じる等当該労働者が就業する上で看過できない程度の支障が生じること」。(厚生労働省告示「事業主が職場における性的な言動に起因する問題に関して雇用管理上講ずべき措置等についての指針」(「措置指針」)2(6))
(2)B教頭によるセクハラ行為の有無
そもそも、本件発言は、「come」、「home」等の簡単な単語で構成されているのであり、B教頭が、これらの単語の意味を知らなかったとは考えられない。・・・本件発言は、直訳すると「あなたは私と一緒に家に来たいか?」という意味のものであり、それだけを見れば、性的な意味を有するものではない。しかし、本件行為Aそれ自体を単体として評価すべきではなく、それがなされた状況や経過、具体的には、夜の酒席の場での発言であること、異性間のやり取りであること、B教頭は、原告の顔に自身の顔を近づけるという行為(本件行為@)もしていたこと等も考慮すると、本件行為Aは、B教頭の原告に対する性的な誘いを暗示させる発言をしたものとして受け止められ得るものと評価できる。
本件二次会は、出欠確認がなされた文化祭の打ち上げ(一次会)の後に引き続き行われたものであることや、参加者は全員がb特別支援学校の教職員であるという参加者の構成などからすれば、本件行為Aは「職場において行われ」たものとして、職務関連性が認められる。
そして、本件行為Aの評価は上記のとおりであって、そうすると、これは「性的な言動」(性的な内容の発言)に当たるといえる。原告にとっては上司にあたる管理職であるB教頭による言動であることなども考慮すれば、不快感にとどまるのみならず、恐怖や不安感をも感じさせるものであるし、現に原告に対し職員室の席替え等の措置が取られていることも考慮すれば、原告の「意に反する」ものであって、「労働者が就業する上で看過できない程度の支障を生じさせる」ものであるといえる。したがって、本件行為Aは、「環境型セクハラ」であると認められる。
(3)事前措置義務・事後措置義務違反の有無(B教頭の行為について)
b特別支援学校では、「県立学校におけるハラスメントの防止等に関する要綱」(長崎県教育委員会)の周知徹底を図ること等がなされていたし、日常的な職員への注意喚起等もなされていて、ハラスメント又はハラスメントに起因する問題が職場に生じることがないよう配慮されていたということができるから被告に事前措置義務違反は認められない。
G校長は、B教頭に対し、事実確認を行った上で、本件二次会の各行為について、B教頭に対する指導を行っており、迅速かつ正確な事実確認がなされ、行為者に対する適正な措置及び再発防止に向けた措置がなされたといえる。また、G校長が仲介する形で、B教頭の原告に対する謝罪もなされた。・・・これらからすれば、必要な措置がなされたということができるから、被告に事後措置義務違反は認められない。
これに対し、原告は、b特別支援学校からの異動を認めなかった点において、事後措置として不十分であると主張する。しかし、本件行為Aは、原告に対する直接の身体的接触を伴うものではなく、他の職員も多数参加し、女性の英語科教諭も同席する席上での発言であること、本件二次会限りのもので反復継続して行われていたものではないこと、B教頭の原告に対する謝罪も行われていることなどを考慮すれば、b特別支援学校で実施された席替え等によって必要かつ十分な措置がなされたといえるのであって、異動までもが必要であったとはいえない。
コメント:
日本社会では、酒の席での失敗に対して、「記憶がない」と言えば許されるような風潮が残っている面もあるが、殊に、セクハラやパワハラについては、酔っていたからといって、加害者に有利に働くことはない。本件法廷において、B教頭は、問題の発言の存在自体を否定する証言をしたが、裁判所は、「B教頭は二次会時には酒に酔っていたことからすれば、B教頭の供述の信用性は低い。」と一蹴した。
◆パイロット予備校教材売却事件
【事件名】違約金支払請求事件
【裁判所】東京地裁判決
【事件番号】令和2年(ワ)第24179号
【年月日】令和4年2月28日
【結 果】一部認容・一部棄却(控訴)
【経 過】
【出 典】判例時報2545号86頁
事案の概要:
航空大学校受験を目的とする予備校の受講生が同予備校の教材をネットで売却したことが受講規約の譲渡禁止条項に違反するとして、予備校が受講生に対し規約の違約金条項に基づき500万円を請求した事案につき、前記規約における譲渡禁止条項及び違約金条項は消費者契約法10条に該当するとはいえないが、違約金額は高額に過ぎ公序良俗違反であるとして100万円の限度で有効と認められた事例
認定事実:
原告Xは、航空大学校受験を目的としたパイロット予備校の運営等を目的とする株式会社である。被告Yは、2015年10月31日、本件予備校の講座である「パーフェクト航大合格パック(第3期)」の受講を申し込み、受講料訳27万円を支払って受講契約を締結した。Xは、本件予備校の講座の受講を申し込む際の規約として、次の内容を定めている。
禁止事項及び罰則について(第8項)
@本件予備校が受講生に提供する教材及び情報に関する著作権、商標権等の一切の権利は、本件予備校に帰属する(2号)。
A本件予備校教材は、著作権法で定める個人の私的目的以外に使用することはできない(3号)。
B受講生又は第三者が本件予備校の許諾を得ないで本件予備校教材を複製、頒布、譲渡、貸与、翻訳、再利用することは、いかなる方法においてもできない(4号。以下、本件譲渡禁止条項)。
C配信授業、セミナー等において受講内容等を収録(録画、録音等)することはできない(5号)。
D上記に違反した場合は、直ちに差止めを求め、退会処分とする。当該コース正規受講料の10倍の料金又は500万円のより高額な方を違約金として申し受ける。加えて、民事上の措置(損害賠償等)・刑事上の措置(著作権法)を取る。(6号。以下、本件違約金条項)
Xは、2015年11月、Yに対し、本件受講契約に基づき、本件教材を送付した。Yは、2020年5月1日、インターネットフリーマーケットサービスであるメルカリにおいて、本件教材を5つに分けて出品した。しかし、メルカリの当該出品ページのコメント欄に、本件規約に違反している旨のコメントがされたことを受けて、Yは、当該出品をすべて取り消した。Yは、5日後に、本件教材を5つに分けて再びメルカリに出品し、この内2つにつき、譲渡が成立した(以下、本件譲渡)。Yは、Xから電話で本件教材の出品が本件規約違反である旨を伝えられ、譲渡が成立していなかった残り3つの本件教材の出品を取り消した。Yは、2020年5月22日、出品者名を変更し、譲渡が成立していなかった残り3つの本件教材をメルカリに出品した。Xは、2020年7月20日、Yに対し、本件譲渡が本件規約に違反すること、違約金の一部である80万円の支払いによって示談を検討できることなどを記載した内容証明郵便を送付した。しかし、Yが応じなかったため、本件訴訟を提起したものである。
参照条文
消費者契約法 第10条(消費者の利益を一方的に害する条項の無効)
第10条 消費者の不作為をもって当該消費者が新たな消費者契約の申込み又はその承諾の意思表示をしたものとみなす条項その他の法令中の公の秩序に関しない規定の適用による場合に比して消費者の権利を制限し又は消費者の義務を加重する消費者契約の条項であって、民法第1条第2項に規定する基本原則に反して消費者の利益を一方的に害するものは、無効とする。
判決の要旨:
(1)教材は誰のものか
Yは、本件教材は、Yが対価を支払って取得したものであり、Yの所有物である教材の処分を禁止した本件譲渡禁止条項は、消費者の利益を一方的に害する不当条項であり無効であると主張する。
しかしながら、本件教材は、XからYに貸与されたものと認めるのが相当である。本件予備校では、受講生に配布する教材にID番号を付しており、受講生に教材を譲渡するのであれば、かかるID番号を付する必要はなく、本件教材が貸与されているものであると強く推認される。
(2)本件譲渡禁止条項、違約金条項の有効性について
Yは、本件教材を第三者に譲渡転売されたとしてもXはそれにより損害を受けないにもかかわらず、本件違約金条項は受講者であるYの利益を一方的に害する不当な条項であり消費者契約法10条により無効である、と主張する。
しかしながら、本件教材は貸与されたものであるから、Yが本件教材を自由に処分する権利を本来的に有するとはいえないうえに、Yは、航空大学校の入学試験に合格するために本件受講契約を締結し、本件教材の貸与を受けたのであるから、本件教材を第三者に売却できないことによって何らかの利益が害されるとは言い難い。また、本件教材が第三者に譲渡されれば、第三者にXのノウハウが流出するというべきであり、営業上の利益が侵害されるといえることから、本件譲渡禁止条項は合理性がないとはいえず、消費者契約法10条に該当するものではない。
(3)違約金条項の公序良俗違反について
本件違約金条項の目的が受講生による教材の売却等を防止し、Xが営業上の損害を被らないようにするという点にあるのであれば、かかる目的を達成するために必要な限度を超えた違約金を設定すると、受講生の負う負担と比して不均衡となるから、必要な限度を超えた違約金の範囲については、公序良俗に反して無効と認めるのが相当である。上記事情その他本件に現れた全ての事情を総合考慮すれば、本件違約金条項は、100万円の限度で有効と認めるのが相当である。
コメント:
本件は、予備校の元受講生が転売禁止条項にもかかわらずこれを無視してメルカリを利用して転売しようとして出品し、これに対して、規約違反になるとの警告がなされたにもかかわらず、警告を無視して前後3回にわたりメルカリに出品し、違反行為について予備校からの80万円による和解の提示も無視した結果、違約金条項に基づいて500万円の違約金請求訴訟を提起された事案である。
インターネットで不要になった物を手軽に売れるフリマサービス・アプリの利用者は増え続けている。書籍なども自由に売買が行われており、多数の各種教科書や教材が出品されている。そのような状況の中で、本判決は、特約等で転売が禁止されているものを転売した場合においては、一定の限度内で、違約金あるいは損害賠償金が発生することを認めた事例として参考になる。
◆大川市立小学校ゴールポスト転倒事故
【事件名】損害賠償請求事件
【裁判所】福岡地裁久留米支部判決
【事件番号】令和元年(ワ)第382号
【年月日】令和4年6月24日
【結 果】一部認容(確定)
【経 過】
【出 典】裁判所ウェブサイト、判例タイムズ1506号181頁、判例時報2556号85頁
事案の概要:
(1)小学校のフットサルゴールポスト(以下「本件ゴールポスト」)が転倒し児童が死亡した事故について,小学校の校長にはゴールポストを固定しなかった過失があるとし,児童がゴールポストにぶら下がった点について過失相殺を否定した事例。(2)上記事故について,保護者に対する調査報告義務違反が認められないとされた事例。
認定事実:
亡Cは、福岡県大川市立D小学校に在籍していた小学4年生(身長135cm)であった。本件小学校の運動場において、平成29年1月13日午前9時40分頃、4年生の体育科の合同授業として、サッカーが実施されていた。亡Cは、運動場のコートで、ゴールキーパーとしてサッカーに参加していた。サッカーの途中、亡Cは、味方がゴールを決めたことに喜び、運動場に設置されていた自陣の本件ゴールポスト(幅約3.0m、高さ約1.99m、奥行き約1.15m、重さ68.1kgの鉄製のもの。)の上部から垂れ下がったゴールネットのロープにぶら下がったところ、本件ゴールポストが倒れ、亡Cは、本件ゴールポストの下敷きになった。亡Cは、救急搬送されたが、同日午後1時54分、背部打撲による出血性ショックのため死亡した。
判決の要旨:
(1)安全配慮義務違反の有無
本件事故以前から,ゴールポストが転倒しないよう配慮すること,固定状況について点検を実施すること,本件と同様の死亡事故が生じていることを文部科学省が通知しており,校長はこの通知を認識していたのであるから,本件事故の発生は容易に予見できたといえる。したがって、本件校長には、このような予見可能性を前提に、ゴールポストの固定状況について点検し、ロープで結ぶなどして固定しておくべき注意義務があったというべきである。にもかかわらず、本件校長は、上記義務を怠り、その結果、本件ゴールポストの左右土台フレームはいずれも固定されていなかったというのであるから、本件校長には、国賠法1条1項の過失が認められる。
(2)過失相殺の要否
ゴールポストの安全基準によれば,亡Cがゴールポストにぶら下がったことは通常の使用方法を逸脱したものであることは否定できないところである。しかし、校長を除く教員らには,ゴールポストが危険で不安定であるという認識がなく,危険性を児童に指導することもなかったというのであるから,本件小学校の児童が、本件ゴールポストが転倒するといった危険性を認識していたとは到底考えられない。そのような亡Cにつき過失相殺を認めることは、指導を行わなかった教員らとの関係においてかえって公平さを欠く。
また,亡Cは、味方がゴールを決めたことに喜んで自陣のゴールポストにぶら下がったというのであり,このような行為は突発的なものであって,小学校4年生の児童についてそもそも非難し得る程度の低いものである一方,ゴールポストが固定されていないことを見逃した被告の過失の重大性に鑑みると,亡Cの過失を斟酌すべきとはいえない。
(3)調査報告義務違反の有無
学校設置者である地方公共団体は、学校内での事故について十分な調査を行い,その結果を報告する義務があるものの,調査委員会の委員の人選や,調査委員会による具体的な調査の内容及び方法等については,事故の内容や調査の目的,学校及び地方公共団体の実情等に応じて,学校設置者や、専門的知識及び経験を有する委員によって構成される調査委員会の判断に委ねられる。
調査に関して保護者の意向を確認し、調査内容及び方法等について保護者と協議する義務や、必要かつ相当な調査が尽くされているかどうかについて保護者の意向を確認し対応すべき義務はいずれも認められない。
原告らは、本件委員会の委員の人選について、前教育長や体育協会会長、小学校長、中学校長といった委員が選任されており、第三者性に疑問があって、公平性、中立性が確保されているとはいえないと主張する。しかし、調査委員会の構成について利害関係を有しない学校関係者を委員に選任することは必ずしも排除されておらず、公平性・中立性が確保されていないとはいえない。結論として,調査報告義務違反があったとはいえない。
コメント:
ゴールポストが転倒し児童生徒が死傷する事故は、古く、昭和の時代から続いている。訴訟に発展したものも多く見られる。たとえば、@岐阜地裁昭和54年2月28日判決(中学校、棄却)、A福岡地裁昭和55年6月30日判決(中学校、棄却)、B岐阜地裁昭和60年9月12日判決(幼稚園、一部認容)、C千葉地裁木更津支部平成7年9月26日判決(中学校、棄却)、D鹿児島地裁平成8年1月29日判決(運動公園、一部認容)、E札幌地裁平成15年4月22日判決(小学校、棄却)。つまり、ここ数十年にわたって同様の事故が繰り返されているのである。これは、過去の事故の教訓が生かされていないと言っても過言ではない。それでは、これまでの事故防止対策によって事故発生を効果的に抑止できなかったのは何故であろうか。
事故が起こるたびに、国や教育委員会は通達を発出し、事故の事実を周知するとともに注意を換気し、再発防止措置を呼びかけてきた。近年においては、事故の原因究明や再発防止のために第三者委員会が組織され、その調査結果が報告書としてまとめられることも多い。その結果、学校現場では安全管理の徹底が頻繁に指示され、マニュアルがより詳しくなり、校内研修の機会も増えた。
本件事故の第三者委員会はその報告書の最後の部分で、「大切なことは本件事故を踏まえて、各学校の教職員が当事者意識を持って日々の学校生活を営むことである。また、教育委員会は、二度と同様の事故を起こさないという強い意識を持って各学校を指導・助言をしていかなければならない。」と述べている。つまり、教員の当事者意識や、教育委員会の危機意識が弱いことが根本的な問題であるとの認識を示している。
たしかに、事故の直接の原因は、教員が安全点検をせず、ゴールポストを固定しなかったことであり、教員の危機意識が足りないことは言うまでもない。しかし、対策を考えるうえで、より重要なことは、なぜ安全点検が実施されなくなったのか、背景事情は何かといった点についての考察である。原告も、第三者委員会の調査ではこの点が明らかにされていないことを指摘していた。
これまでの対策が有効に機能しない背景には、教員の業務の多忙性についての配慮が尽くされていないことがあると推測される。教員には、日常業務が忙しすぎて、直ちに事故に結びつくとは考えられないような安全点検については、「やる余裕はない」という認識がある。こうした教員の認識は全面的に肯定できるものではないにしても、多忙な業務の実情についての理解なしに、教員の危機意識が低いという単純な批判に基づいて、教員に些末ともいえる安全点検の業務を徹底して履行させようとする対策を設けても、それは、とうてい実効性があるものにはならない。
教員の多忙性について配慮するなら、学校の施設設備の安全管理の業務を全面的に学校や教員に任せてしまうのではなく、教員が行うべき業務を精選し、それを確実に行えるよう、教員を支援していくような施策が求められる。たとえば、教育委員会に学校の施設設備の安全管理を専門に行うスタッフを置き、定期的に、各学校をまわって、実際に施設設備を点検し、管理上の課題を各学校に報告する。各学校では、指摘された課題について対応する、というような仕組みが考えられる。つまり、安全管理業務の実施を現場の教員に丸投げするのではなく、真っ先に予算や人員を投入することが重要であり、組織的に稼働する制度を導入するよう検討すべきであろう。
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