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TITLE:  横須賀市立中学校教員体罰事件 ―― 発達障害のある生徒への暴力
AUTHOR: 羽山 健一
SOURCE: 2026年2月1日
WORDS:  5266文字
[注目の教育裁判例]

横須賀市立中学校教員体罰事件
―― 発達障害のある生徒への暴力

羽 山 健 一


1.事案の概要

本件は、原告が、被告(横須賀市)に対し、(1)被告が設置する学校の教諭が原告に体罰を加えて傷害を負わせたこと(本件事件)、(2)原告がいじめを受けたのに被告が適切な対応を採らなかったことを主張し、賠償金630万円の支払を求めて提訴した事案である。判決は、体罰には安全配慮義務違反があったとして33万円の限度で請求を認めるとともに、その余の請求を棄却した。

本稿では上記(1)の争点に限定して紹介する。また体罰の背景には教育現場の深刻な課題が影響しているので、やや長文になるが、体罰に至った経緯について、裁判所の認定した事実を引用する。

【対象事件】横浜地裁横須賀支部令和7年3月4日判決 【事件番号】令和4年(ワ)第84号 【事件名】損害賠償請求事件 【結果】一部認容・一部棄却 【出典】ウエストロー・ジャパン


2.認定した事実

(1)入学から本件事件までの期間

原告は、平成27年4月、横須賀市立a中学校に入学した。当時、A教諭は技術の担当教諭であり、週1回の技術の授業や当時原告が所属していたサッカー部の顧問として、原告に関与していた。・・・同年10月頃以降、原告はたびたび授業妨害等の指摘・指導を受け、・・・同年12月、スクールカウンセラーと面談し、ADHDの傾向といった指摘を受けた。同月頃から、原告が音楽や技術などの授業を受ける際に担当教諭以外の教諭1名を入れるとともに、職員会議で原告への指導時にできるだけ身体に触らないこと、丁寧な言葉遣いで指導すること、授業の担当教諭が注意した後は別の教諭が原告を指導し、担当教諭は授業を進めることなどが確認された。

平成28年以降も原告による授業妨害が複数回あり、学校は、同年2月12日、原告の母と面談した。その際、原告の母は、ADHDがあるとのスクールカウンセラーの話を伝え、対応を協議した。同月頃、学校の職員会議において、原告への指導方法を変更し、授業中原告が無断で物に触ったり、立ち歩いたり、物を投げたりするなどの迷惑行為があったら担当教諭が指導し、落ち着かせることができない場合に保護者に連絡して応援を頼むことなどの方針が確認された。なお、原告はこれまでもA教諭の指導に反発することが多く、原告とA教諭との関係の修復は難しいとみられていた。

平成28年4月に原告は2年生に進級した。同月14日、技術の授業中にA教諭から注意され、原告が同教諭を殴ることがあった。同月21日、原告の母が学校を訪れ、ADHDであるからそれを理解してほしいと学校に伝えた。

原告は、同月、横須賀市児童相談所(横須賀児相)で面談し、その後の検査を経て広汎性発達障害と告げられた。原告の母は、同年5月30日、学校を訪れ、心理判定員の報告内容(言語理解小1以下、集団の中で自分の動きがわからず、社会的ルールの理解が難しいこと等)を伝え、同年6月24日に学校を訪れた際、原告が広汎性発達障害であり、こだわりが強く、社会性・コミュニケーション能力が低いことなどを伝えた。

同月29日、原告は、クラスの担任教諭から注意を受けた際にトラブルとなった。学校の校長は原告やその保護者に別室での指導をする旨伝えたが、原告はこれを嫌がり、登校しない状態となった。同年7月から同年8月にかけて原告の両親と教育委員会で面談等を行い、横須賀児相なども交えて協議し、同月24日、原告は学校への登校を再開した。

(2)本件事件当日

平成28年9月15日、午前9時45分から、学校のパソコン室において、原告が属するクラスの30名程度の生徒を対象にA教諭による技術の授業が開始された。なお、原告への対応として、A教諭以外にもう一名のB教諭が授業に立ち会っていた。その日の技術の授業は、生徒が二人一組で発表用のパワーポイントを作り、相互に発表してコメントを記入するものであった。

午前10時05分頃、原告とそのペアの生徒の発表がされ、同生徒の発言に立腹した原告が同生徒をシャープペンで刺したため、B教諭が原告に近づき、刺したかどうかの確認や注意をした。しかし、原告は聞き入れず、B教諭の悪口をパソコンに書き込むなどした。B教諭と原告とのやり取りを見ていたA教諭は、原告に対し、今すべきことをするようにと伝えるとともに入力した上記のB教諭の悪口を消すように指示したが、原告は聞き入れなかった。

そのため、A教諭が原告に「黙れよデブ」などと言い、原告が「うるせー」などと言い返し、原告がパソコンを激しく開閉するなどしたため、A教諭はそのパソコンの電源を切った。原告は、パソコンの電源コードを投げ、それがB教諭やロッカー上部に当たるなどした。午前10時30分頃、B教諭は、他の教諭を呼ぶために職員室に行った。その間も原告は別のパソコンの画面を叩いたり、机に叩きつけたりし、電源コードなどをホワイトボード付近にいたA教諭に向かい投げつけるなどした。

A教諭は、教室内の他の生徒に退出を促し、原告に対して「もうやめなさい。」などと声を掛けたが、原告はA教諭に向かって行き、A教諭の頭をつかむなどしたため、A教諭は原告の頭を机に叩きつけ、そのまま両者はもみ合いとなって移動した。その最中原告に髪をつかまれたA教諭は身の危険を感じて原告を机の上に押し上げて原告の顔面や腹部を複数回殴った。

その後に呼ばれてきた別の教諭は、A教諭の髪を引っ張っていた原告を引き離したが、原告は鼻血を床に垂らして興奮して泣いていた。その直後の原告の状態として、左鼻血、右前頭部のこぶがあり、午前10時45分頃、保健室で養護教諭が原告を確認した際、頭痛、気分不良、めまいがなく、鼻を押しても痛くないようであり、微量となっていた鼻血を止め、頭を冷やして様子を見ていた。午後0時32分頃、2学年の主任教諭が原告を自宅まで送り、原告の母の希望で原告を病院に連れて行き、最終的に横須賀共済病院に受診し、CT検査などが実施されたが、原告に脳の異常は認められなかった。


3.判決のポイント

(1)安全配慮義務違反について

原告から、その頭部をつかまれるなどしたA教諭は身の危険を感じて原告の頭を机に叩きつけたり、その顔面や腹部を複数回殴ったりして、その結果、原告に対して左鼻血・右前頭部のこぶといった傷害を負わせ、原告は顔面打撲傷による全治約3日と診断されていることが認められる。すなわち、故意による身体の重要部分である顔面や腹部などに対する直接的な有形力の行使であること、全治3日といえ、傷害の結果を生じさせており、相応に重いものと評価できること、以上のとおり、故意による安全配慮義務違反があったといわざるを得ず、仮にこれが懲戒行為であるとするならば、「体罰」にほかならない。

(2)正当防衛の該当性について

被告は、従前から原告には授業妨害等の問題行為が多数あったこと、特に本件事件の発生直前に原告の問題(暴力)行為が繰り返され、A教諭は原告の問題行為に抵抗した結果、本件事件を起こしたものであって、正当防衛や正当業務行為に当たる旨主張する。

確かに、本件事件の直前に原告がペアの生徒に危害を加えたり、B教諭の指導に反発したりしてA教諭が指導したが、かえって激しく反発し、A教諭の頭部や頭髪をつかむなどの加害行為をしたことは認められる。しかしながら、本件事件直前の原告によるA教諭に対する加害行為は、その頭部等をつかむ行為であって、その有形力の行使の態様・程度等に鑑みると、原告の加害行為に対する防衛・反撃行為としては明らかに必要性・相当性を欠くものであるし、仮に原告の問題行為に対する懲戒の趣旨であるならば、学校教育法11条ただし書が禁止する「体罰」にほかならない。そうすると、正当防衛や正当業務行為はもとより過剰防衛などの防衛行為であるとも評価できず、被告の上記主張は採用できない。

・・・また、被告は、原告の受傷の程度(顔面打撲傷による全治3日の傷害)がA教諭の受傷の程度(頭部挫傷等により2週間の加療を要する。)と比較して軽いことをもって本件事件が防衛行為であるなどと主張する。しかしながら、本件事件の発生直前の原告の加害行為は、A教諭の頭部や頭髪をつかんだ行為にとどまり、この行為から直ちにA教諭が上記傷害を負ったとは認められず(A教諭による暴行傷害行為に対する原告の反撃等によりA教諭が上記受傷に至った可能性も否定できない。)、単に受傷結果の程度の比較のみをもって防衛行為であるとも評価できず、この点に関する被告の主張も採用できない。

(3)過失相殺について

被告は、従前から原告による度重なる授業妨害があり、本件事件の発生直前には原告による問題行為が繰り返され、特にA教諭は原告の暴力行為に抵抗したものであって、過失相殺が認められるべき旨主張する。

しかしながら、原告は広汎性発達障害と判定され、原告の母がそのことをたびたび学校に伝えており、学校もそのことを当然認識し、実際にそれに沿った対応が求められていた。また、従前から原告がA教諭の指導に反発することが多いなど、A教諭と原告との関係は悪く、そのことをA教諭も当然認識し、かつ、学年主任などから原告を強く指導しないようにとの助言を受けていた。それ故に、学校の職員会議において、原告に対して複数の教諭での指導を行うことなどの配慮がされていたものである。

そうすると、A教諭はもとより学校において、原告さらには原告以外の生徒が参加する各授業の円滑な実施のために必要な態勢を構築すべき義務(例えば、A教諭が担当する技術の授業において、A教諭が原告に直接の指導をすることがないように複数の教諭を配置し、原告に問題行為があった場合には直ちに退出させるなどの取り決めをし、これが円滑に実施されるような連絡態勢を取るなど)があったというべきである。それにもかかわらず、学校が必要な態勢の構築を怠り、その結果、本件事件を招いたものと評価せざるを得ず、A教諭のみならず、被告にも安全配慮義務を怠った過失がある以上、原告の問題行為による過失相殺を認めるべきではない


4.コメント

本件は、学校教員による生徒への暴力行為が安全配慮義務違反に当たると判断された事例である。報道等においては、暴行を行った教員に対して、「いまだに体罰を振う呆れた教師がいる」、「もはや教師とは思えない言動である」などと強い非難が見られる。しかし、本判決で注目すべき点は、当該教員個人の責任にとどまらず、被告市についても安全配慮義務違反を認めた点にある。

つまり判決は、問題行動を繰り返す発達障害のある生徒が在籍するクラスについて、学校には「各授業の円滑な実施のために必要な態勢を構築すべき義務」があるにもかかわらず、これを怠った結果として本件事件が発生したと認定し、学校の対応の不備を指摘して被告市の責任を認めた。授業中に特定の生徒による問題行動が生じる可能性があるにもかかわらず、生徒本人や他の生徒の安全を確保する態勢が整備されていないことは、きわめて深刻な状況であるといえる。

そして判決は、学校が取るべき安全確保の態勢について、具体例を挙げている。すなわち、「例えば、A教諭が担当する技術の授業において、A教諭が原告に直接の指導をすることがないように複数の教諭を配置し、原告に問題行為があった場合には直ちに退出させるなどの取り決めをし、これが円滑に実施されるような連絡態勢を取る」ことなどである。事件当時、A教諭の授業にはB教諭が立ち会っていたものの、安全配慮義務を果たしたとはいえないと判断された。

もっとも、判決が示すような授業中の安全保持の態勢を整備することは、現行制度の下ではきわめて困難である。各学校に配置される教員定数は柔軟に増員できるものではなく、校長が限られた人員の中で教員をやり繰りし、授業に立ち会わせるほかないのが実情である。そのため、十分な態勢を恒常的に確保するには限界がある。判決が想定する「複数の教諭の配置」を持続的に可能とするためには、個々の学校の努力だけでなく、制度的な手当が不可欠であるといえよう。


注目の教育裁判例
この記事では,公刊されている判例集などに掲載されている入手しやすい裁判例の中から,先例として教育活動の実務に参考になるものを選んでその概要を紹介しています。詳細については「出典」に示した判例集等から全文を参照してください。なお、「認定した事実」や「判決のポイント」の項目は、判決文をもとに、そこから一部を抜粋し、さらに要約したものですので、判決文そのものの表現とは異なることをご了承願います。



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