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TITLE:  桶川市立中学校吃音ハラスメント事件 ―― 教員が生徒の吃音を嘲笑
AUTHOR: 羽山 健一
SOURCE: 2026年9月1日
WORDS:  4319文字

[注目の教育裁判例]

桶川市立中学校吃音ハラスメント事件
―― 教員が生徒の吃音を嘲笑

羽 山 健 一


1.事案の概要

本件は、被告市の設置する中学校に在籍していた原告X並びにその父母である原告父及び原告母が、原告Xが同校の教員である被告Yからセクハラ行為やいじめ行為等を受けて原告らが損害を被った旨を主張して、被告らに対し、連帯して、約4400万円の損害賠償を求めた事案である。裁判所は請求の一部を認め、市に約110万円の支払を命じた。

【対象事件】さいたま地裁令和7年11月7日判決 【事件番号】令和4年(ワ)第1679号 【事件名】損害賠償請求事件 【結果】一部認容・一部棄却(確定) 【出典】ウエストロー・ジャパン2025WLJPCA11076003


2.認定した事実

(1)被告Yの原告Xに対する行為
原告Xは、平成31年4月、本件中学校に入学し、令和4年3月に卒業した。被告Yは、原告Xの所属するクラスの国語の授業を担当していた。

被告Yは、令和元年ないし令和2年、国語の授業中等に、原告Xに対し、その耳たぶを触ったり、複数回、好きな異性を聞いたり、肩や腹部を触ったり、耳元で話しかけたりした。(引用者記:「本件行為@」)

原告Xは、令和元年から国語の授業の音読の際に言葉のつかえが見られたところ、被告Yは、その頃から令和2年9月までの間、原告Xのクラスの国語の授業の音読の際、他の生徒よりも原告Xを多く指名して音読を行わせるとともに、原告Xが言葉につかえたときには、その様子をまねしたり、言葉がつかえたことを殊更に指摘したりすることを何度か行った。被告Yがこれらの行為をすると、原告Xのクラスの一部の生徒の間で笑いが起きていた。被告Yは、令和2年9月14日、原告Xが国語の授業の音読の際に「お、お、お」などと言葉を詰まらせたことに対し、「『お、お、お』じゃねえよ。」などと笑いながら指摘した。また、被告Yは、同月16日、原告Xのクラスの国語の授業において、原告Xの感想文を読み上げる際、その冒頭を「ぼ、ぼ、ぼ」と読み上げ、これによって原告Xのクラスの一部の生徒の間で笑いが起きた。(引用者記:「本件行為A」)

原告母は、令和元年7月頃から令和2年2月頃までの間に、当時の原告Xの学級担任に対し、被告Yが原告Xの身体に接触すること及び原告Xに異性に関する質問をすること並びに原告Xの言葉の詰まりの有無について相談した。もっとも、上記学級担任は、原告母から上記のような相談があったことについて、被告Yを含む他の教職員に共有することはなかった。

原告Xは、令和2年9月16日、本件中学校から自宅に帰宅した際、原告母に対し、泣きながら、同日の国語の授業の際に被告Yから吃音(きつおん)のまねをされたことや病院に行けと言われたので病院に行きたいことなどを伝えた。そこで、原告母は、同日中に本件中学校に電話をし、翌17日に被告Yらと面談を行った。このとき、被告Yは、同月16日の授業で原告Xの吃音のまねをしたことについて当初否定していたものの、最終的には、原告Xの感想文を読む際に「ぼ、ぼ、僕は」と読んだことについて認めるに至った。

(2)原告の通院状況
原告Xは、令和2年10月3日、何か言葉を発しようとすると「お、お、お」と繰り返し、発語が困難な様子であったことから、原告母と共に、順天堂医院の小児科を受診した。原告Xは、令和3年2月4日、原告母と共に言語聴覚士と面談し、吃音について相談したところ、同言語聴覚士から吃音は治らない旨を告げられたため、大きなショックを受けた。原告Xは、その頃から、国語の授業で被告Yやクラスメイトに笑われたことを思い出したり、同様の内容の悪夢を見たりすることが増加するとともに、希死念慮を抱くようになった。

原告Xは、令和3年6月17日、約2か月ぶりに原告母と共に順天堂医院の小児科を受診し、医師の診察において、症状がますますひどくなっていること、悪夢でうなされることが多く、不眠も続き、「死にたい」と言うことがあったことなどを述べた。上記医師は、同日、原告Xにつき、心的外傷後ストレス障害との診断書を作成した。同診断書には、原告Xは、男性教員から耳たぶを触られる、耳元で息を吹きかけられる、腹部を触られるなどの性的嫌がらせを受けていたことなどを契機として令和2年9月頃に吃音を発症したこと、令和3年1月頃からは夜間眠れないことが多くなったことに加え、頭痛、腹痛、下痢などの症状も加わり、中学2年生の3学期中は身体症状により登校ができない状況であったこと、現在は希死念慮も出現していること、上記男性教員の行為に係る問題が解決されていないことが、原告Xの症状を悪化させて身体症状を引き起こしていると考えられること等が記載されている。

原告Xは、令和5年3月2日、約1年9月ぶりに原告母と共に順天堂医院の小児科を受診し、令和5年11月2日、同病院の医師が、原告Xにつき複雑性PTSD(心的外傷後ストレス障害)であるとの診断書を作成した。同診断書には、原告Xは、被告Yから性的な嫌がらせや吃音のまねを繰り返してされたこと等によって精神的ストレスを受けて、複雑性PTSDを発症したこと等が記載されている。

(3)PTSD(心的外傷後ストレス障害)に係る医学的知見
PTSD(心的外傷後ストレス障害)は、ほとんど誰にでも大きな苦悩を引き起こすような、例外的に著しく脅威を与えたり破局的な性質をもった、ストレス性の出来事又は状況(例えば、自然災害又は人工災害、激しい事故、他人の変死の目撃、拷問、テロリズム等)に対して遅延ないし遷延した反応として生ずる疾患である。複雑性PTSDは、長期間に及ぶ家庭内暴力や幼少期からの虐待等の逃れがたい状況で、繰り返し顕著な脅威や恐怖を感じる出来事の体験後に生ずる疾患である。


3.判決のポイント

(1)本件行為@の違法性
被告Yの「本件行為@」の行為は、教員と生徒との間のコミュニケーションとしてあり得る態様のものであることを否定し難く、それを原告Xが不快に感じていたとしても、証拠上、原告Xにおいてその不快感を被告Yに態度で示していたことはうかがわれず、被告Yにおいて原告Xが嫌がっていることを認識しながら殊更に上記の行為をしたとまではいえないのであって、直ちにこれが社会通念上相当性を欠く違法な行為であるとは認められない。

(2)本件行為Aの違法性
被告Yの「本件行為A」の行為は、公教育の場面において教員として生徒の指導、教育を託され、時には生徒を守るべき立場にある被告Yが、生徒である原告Xに対し、原告X自身ではいかんともし難い症状を嘲笑ないし愚弄し、これによって他の生徒までもが原告Xを嘲笑するような雰囲気を形成したものであって、教育目的とはおよそ無関係な行為というべきものであり、これにより原告Xの尊厳を傷つけ多大な精神的苦痛を与えるのも当然のことであるから、社会通念上相当性を欠くものとして違法性を帯びるものというべきである。

(3)原告らが被った損害及びその額
原告らは、被告Yの違法行為により原告Xが複雑性PTSDを発症した旨を主張し、これに沿う医学的意見書がある。しかしながら、被告Yの違法行為の態様は、国語の授業の度にまねをしていたというものでもなく直ちに長期間に及ぶ家庭内暴力や幼少期からの虐待等に準ずる性質のものであるとまではいい難い。・・・などを併せ考慮すると、被告Yの違法行為によって原告Xが複雑性PTSDを発症したとする上記各意見書を直ちに採用することはできず、他に、被告Yの違法行為によって原告Xが複雑性PTSDを発症したと認めるに足りる的確な証拠もない。したがって、原告らの上記主張及びこれを前提とした損害の主張は採用することができない。

他方で・・・、被告Yがその行為によって他の生徒も原告Xを嘲笑するような雰囲気を形成し、原告Xの学校生活に少なからず影響を与えたと考えられる上、原告Xが被告Yの令和2年9月16日の行為の後から本件中学校を欠席・遅刻・早退することが増加し、吃音症状の悪化により通院を余儀なくされたという経緯等をも併せ考慮すると、これ自体についての原告Xの精神的苦痛に対する慰謝料の額を100万円と認めるのが相当である。


4.コメント

本件は、中学校教員の生徒に対する不適切な指導について、その違法性を認めた事例である。ここでいう「不適切な指導」とは、体罰を伴わない不適切な言動を指しており、近年、このような教員の不適切な指導について違法性が問われる事例は増えている。

本件で問題となった指導とは、教員が授業中の音読の際に、他の生徒よりも原告を多く指名したうえ、原告が吃音よって言葉に詰まる様子やその話し方をまねて嘲笑したというものである。

教員が生徒の吃音を嘲笑するなどした行為について、裁判所が明確にその違法性を認めた判断は珍しい。本件の特徴は、教員の言動が、教員の立場にある者としてきわめて不適切なものであり、また、生徒の名誉感情や人格を傷つける行為として、その違法性が著しく顕著であった点にある。

本判決も、教員の行為が授業中に行われたものであっても、それを教育上の「指導」であるとは評価しておらず、「教育目的とはおよそ無関係な行為」ととらえ、社会通念上相当性を欠く違法行為であると判示し、厳しい法的評価を下している。

本件のように、吃音のある生徒に対して不適切な言動がなされる背景には、教員の吃音に関する知識や理解が十分でないという実態があると考えられる。本件は、このような認識不足が生徒の人格や尊厳を傷つける結果につながり得ることを示した。その意味で、本件は、吃音のある生徒に対する指導・支援のあり方に関する適切な知識や専門的知見を教員が身につけることの重要性を示唆するものとして、教育現場においても意義を有すると考えられる。



注目の教育裁判例
この記事では、公刊されている判例集などに掲載されている入手しやすい裁判例の中から、先例として教育活動の実務に参考になるものを選んでその概要を紹介しています。詳細については「出典」に示した判例集等から全文を参照してください。なお、「認定した事実」や「判決のポイント」の項目は、判決文をもとに、そこから一部を抜粋し、さらに要約したものですので、判決文そのものの表現とは異なることをご了承願います。



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