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TITLE:  個人情報にご用心
AUTHOR: 羽山 健一
SOURCE: 『月刊生徒指導』1991年11月号(学事出版)
WORDS:  全40字×205行

 

個人情報にご用心

 

羽 山 健 一 

 

●話題●

A「今度のソフトを使えば、教務部のデータと進路部のデータをリンクして、一人の生徒の入試から卒業までのすべてのデータを、まとめて把握できるようになるんだ。これで、その生徒の成績の特徴や在学中の変化がよく分かるようになるよ。」

B「確かに便利かもしれないけど、なんだか、国民総背番号制の学校版みたいで、感心しないなあ。」

A「今まで集めていたデータを一カ所にまとめるだけだから、別に問題はないよ。」

B「でもね、最近はプライバシーについての意識も高まってきたし・・・・、それに先日大阪では、審査会が内申書を見せるように答申したそうじゃないか。」

C「えっ、本当ですか。それじゃ教師のエンマ帳なんかも見せなければならないの?」

 

●どう考えたらよいか●

  情報化社会の進展とともに、本人の予期しない形で、個人情報が収集・利用等されることによって、各種の被害が生じるに至っている。そこで、憲法一三条に規定された幸福追及権の一つとして、プライバシー権が認められるようになり、さらに現在では、このプライバシー権は単に「自己の情報を公開されない権利」としてだけではなく、より積極的に「自己に関する情報の流れをコントロールする権利」として把握されるようになってきた。この自己情報コントロール権は具体的には、自己の情報が予期しない形で収集・蓄積・利用又は提供されることを防止し、さらに情報の主体である本人が自己情報を閲覧し、必要な場合には訂正ができる権利として位置づけられる。以上のことは学校教育においてもあてはまることで、学校は自己情報コントロール権の保障という観点から、生徒・親の個人情報を慎重に取り扱う必要がある。ここでは、行政管理庁「プライバシー保護研究会」のプライバシー保護の基本原則に依拠しながら、学校に於ける個人情報の取扱上の留意点を整理しておくことにする。

 

 一 個人情報の収集

生徒に関する個人情報を収集する際には、何のために収集するのかという目的を明確に定めておくとともに、収集する情報の内容も、収集目的の達成に必要な範囲内に限定すべきである。また、情報の収集は適正かつ公正な手段によらなければならない〔収集制限の原則〕。学校は実に様々な情報を収集しているが、教育が「人格の完成」をめざして行われるものである以上、これらの情報の中には、生徒や親のプライバシーに触れるものも多い。これらは、包括的に「教育」という漠然とした目的で収集されており、指導に熱心なあまり、必要以上に多くの個人情報を収集する傾向もみられる。

(1) センシティブ(特に慎重な取扱を要する)データ

  情報の性質上、思想・信条・宗教等、個人の内心の自由に関する情報や、プライバシー侵害のおそれの大きいセンシティブな情報は、原則としてその収集、利用等が禁止される。このような観点から、家庭環境調査票や生徒指導個表等について、不適切な項目が含まれていないかどうか再点検してみる必要がある。

  日常の教科指導においても、この点から留意しなければならない場合がある。例えば、作文を書かせる際には、思想・信条等を調査すると誤解されないよう、出題するテーマの設定についての配慮が必要である。また、本人や家庭の宗教・宗派名、購読している新聞名を聞いたり、あるいは新聞の切抜きを課題とする際には、他人に知られることを望まない生徒への配慮が必要である。

  最近増加している性格テストについても問題が多い。多くの場合、本人や親の明示の同意をとることなく、授業時間中に一斉に実施され、事実上受けることが強制されている。性格テストが優れたものであればある程、生徒は、心の中をさらけ出すことになり、プライバシーの告白を強制されるのである。生徒が知られたくないと思っている心の奥底をのぞくことは、教師といえども許されない。

(2) 本人収集の原則

  個人情報を収集する手段も適正かつ公正でなければならない。このことから、個人情報を収集するときは、原則として、本人から収集しなければならないことになる。従って、例えば生徒が任意で校外の模擬テストを受験し、その結果がテスト業者から学校に送られてきた場合には、本人外からの情報収集となるため、本人の同意がない限り、そのテスト結果を本人に返却することが適当であろう。また、警察で生徒の免許取得状況を調査したり、学校での集団献血に伴う検査結果を問い合わせたりすることは、許されない。

 

 二 個人情報の利用・提供

  個人情報の利用は、原則として、収集目的の範囲内に限定すべきである〔利用制限の原則〕。この原則の例外となるのは、情報主体の同意がある場合と法律の規定による場合である。従って、学校が不当な利用・提供を行おうとする場合、生徒はそれを中止させ、取扱の是正を求めることができると考えられる。

(1) 学校内部での目的外利用の禁止

生徒の個人情報を学校内部で利用していても、教育目的の範囲内とはいえない利用の仕方をしている場合がある。例えば次のような例がある。@定時制高校で、クラス全員の成績と欠席時間数を、名前入りの一覧表にして全員に配り、成績の悪い生徒、休みがちな生徒に退学を勧めた。A中学校で、非行や校則違反の事実を実名入りでプリントにして生徒に公表し、生徒の前で謝らせた。B高校で、卒業文集の締切日までに作文を提出しなかった女子生徒につき、作文のかわりにその通知表を掲載した。

(2) データベース

  たとえ広い意味で教育目的に利用する場合でも、当初の収集目的外に利用することは、目的外利用として原則的に禁止される。今後注意を要するのは、データベース計画である。これは、学校にあるパソコンを利用して、これまで各分掌でバラバラに収集していた成績記録、保健記録、進路記録、生徒指導記録、運動能力記録、図書閲覧記録、家庭環境記録等を結合して、個々の生徒のあらゆる情報が集積されたデータを作成し、その管理を一元化するものである。これらのデータは、進学推薦者や就職斡旋者の校内選考にも利用されることにもなる。確かに、データを一元化すれば、効果的な指導を行うための有効なデータとなりえる。しかし、他方においては、このように集積・加工されたデータの存在は生徒・親の側にとって不明であり、自己情報コントロール権の保障上問題となる。また、教育という名目のもとに、生徒の人格を管理することにもなりかねない。さらに、もし、外部に漏出した場合、プライバシー侵害の危険性は計り知れない。

(3) 学校外への提供の禁止

生徒との信頼関係の中で収集した個人情報を、生徒と直接の教育関係にない第三者や他校に提供することも、原則として禁止される。外部からの問い合わせや、情報提供依頼に対しどのように対応するかを定めた内規を備えている学校は稀で、問題のある学校外提供の例が後を断たない(拙稿「生徒のプライバシーをどう保護するか」季刊教育法七九号エイデル)。例えば、学校警察連絡協議会や中学高校連絡会を通して、生徒の成績や生活指導に関する情報を提供したり、受験産業や就職情報誌に生徒の名簿・成績・進路希望の資料を提供するという事例がみられる。またマスコミの取材や身元調査に対し、指導要録を見ながら生徒の在学中の成績その他の情報を知らせたという事例まである。

  見過ごされがちなのが、PTAへの情報提供である。PTA名簿を作成するために学校の保有する家庭環境調査票などを利用することがあるが、これも生徒・親に無断で利用することは許されない。

  中学校では、現在、高校入試に際し調査書の評定の適正を証明するため、生徒の受験校に学年全体の成績を記載した一覧表を提出している。そこでの問題は、成績一覧表に、当該高校を受験しない生徒の氏名・成績が記載されている事例があるということである。少なくとも氏名の記載は削除する等の改善が必要である。

  生徒の個人情報は一定、教育委員会へ提供されることが予定されている。しかし、たとえ教育委員会といえども、その提供は必要範囲内に限定されるべきである。この点で問題になる可能性があるのが、オンライン結合である。これは学校のパソコンと教育委員会のコンピュータを通信回線を用いて結合し、教育委員会が随時、学校の保有する情報にアクセスできる状態にするものである。これによって学校は無意識のうちに生徒の個人情報を提供することになるため、これを実施するには何等かの規制を設けておく必要がある。

 

 三 個人情報の管理

  収集・蓄積した個人情報は、正確かつ最新なものとして管理するとともに、その紛失、破壊、改ざん、不当な流通等の危険に対して、合理的な安全保護措置を講じるべきである〔適正管理の原則〕。また、プライバシー保護に関して管理者等が負わなければならない責任の内容を明確にする必要がある〔責任明確化の原則〕。地方自治体あるいは教育委員会は、文書管理の適正をはかるため、文書の取扱上の注意・保管・保存・廃棄等について「文書管理規定」を定めている。これによると、校長が毎年度「ファイル基準表」を作成し、文書管理が適正に行われているかを点検しなければならない、とする例が多い。

(1) 漏えい

個人情報の管理上の問題でたびたび起こっているのが漏えいである。教師が答案用紙を校外で紛失したり、生徒の成績資料をうっかり教卓に置き忘れる等の例が報告されている。その他にも次のような例がある。@進路指導の手引等で、特定の個人が識別できるような方法で卒業生の成績が記載されている。A学校図書館において、ブックカードに利用者の氏名を記入する方式を採っているため、他の生徒の目にふれる。B授業料未納者への督促、あるいは授業料減免者への通知が、第三者に分かるようなかたちで行われる。

(2) データ・セキュリティ

学校で取り扱う生徒の個人情報は、これまでのところ、マニュアル処理(手作業による処理)をされているものが多いが、パソコンの普及と共に、成績処理をはじめとして順次コンピュータ処理をされるようになってきている。コンピュータ処理の場合は、データを、大量、不可視、迅速に処理するために、誤ったデータが入力されたり、データが棄損したときには、マニュアル処理に比べ、その及ぼす影響が大きい。そのため、コンピュータ処理を行うにあたっては、データの漏えい・破壊・改ざん・不正アクセス、システムの操作ミス・誤動作等から、データやシステムを保護するデータ・セキュリティ対策を講じておく必要がある(兼子・堀部他編『データセキュリティ・プライバシー保護』労働旬報社)。生徒のプライバシー権保護の観点から、少なくとも次の点に留意するべきである。@電算室の入退室管理−−処理を行う部屋の入退室は教職員に限り、生徒及び部外者の入室を禁止するべきである。A個人情報ファイルの管理−−大量の情報が、3・5インチ、5インチといったひじょうに小さなフロッピーディスクに記録されていることが多い。これは簡単に持ち出せるだけでなく、瞬時のうちにコピーできる。また、消去したはずのファイルでも復元できることがある。従って、ディスクの管理責任者を決める等の対策が必要である。Bオペレーション管理−−学校ではどの教職員でもコンピュータ処理ができるようにするため、ディスクを入れれば、プログラムが自動的に起動するように設計していることが多いが、これは不正アクセスを招く危険性がある。そこで、パスワード(利用者コード)を設定する等の対策が必要である。

(3) 外部委託

学校では、物品の配送や印刷、あるいは旅行の手配のために、名簿等の個人情報を業者に引き渡すことがある。この際には、業者がその個人情報を他に流用したりすることのないよう、業者が講ずるべき個人情報保護のための措置を契約において義務づけておく必要がある。

(4) 廃棄

  当然のこととして、保存期間の終了した文書は、廃棄をしなければならない。ところが、例えば指導要録の保存期間は二〇年であるにもかかわらず(学校教育法施行規則一五条)、二〇年を超えても廃棄せず、創立時からの指導要録を保存している例もある。永年保存していることによって、その紛失・漏出等によるプライバシー侵害の危険が常に付きまとうことになる。

 

 四 個人情報の開示・訂正

  個人が自己に関する情報の存在及び内容を知ることができ、かつ、必要な場合には、その情報を訂正させることができるなどの手段を保障すべきである〔個人参加の原則〕。そこで、個人情報の存在を知らせるために、個人情報目録あるいは前述のファイル基準表を公示する必要がある。学校の保有する個人情報は、すべて公示する必要があり、学校には公示の例外に当たるようなものはないと考えられる。その上で、自己の情報の内容を知るための手段として、開示請求権が保障されなければならない。

(1) 教育評価情報の開示

  プライバシー保護の観点からは、自己情報の流れをコントロールする上で必要であることから、教育評価情報といえども開示してゆくことが原則となる。ところが、教育評価情報、とりわけ指導要録・調査書については従来から本人非開示の取扱をしてきた。そのため、各地で個人情報保護条例等に基づいて中学校の作成する調査書の開示請求事件が起こっている。この中で、大阪府高槻市の事例では個人情報保護審査会が「全面開示」の答申を出し、さらに市議会が「開示を求める決議」を可決した。それにもかかわらず教育委員会が非開示処分を行ったため、その処分取消訴訟が提起さている(一九九一年六月二〇日)。そして、これまで調査書の開示を拒み続けてきた文部省自身が、教育情報の管理・公開のあり方の見直しを検討し始めた(毎日新聞一九九一年五月一六日)。今後は、教育評価情報についても、取り扱い・記載内容および記載方法等に関して、本人開示の方向で、具体的方策を検討して行かなければならない。

(2) 教師の私的な記録

アメリカのバックレイ法(a項四号B(i) )には、「教員の付属物であって、作成者のみに所持され、他のいかなる者にもアクセス不可能または漏示されない記録」は開示の対象となる個人情報から除外される、という規定がある。これは、教師の個人としてのプライバシーを保護し、このような記録のもつ教育上の効果を保持するために必要なことである。従って、いわゆる「教務手帳」、指導メモ、覚え書きの類は、個々の生徒に関するものであっても、開示請求の対象とはならないと考えられる。ただし当初は私的な記録であったものでも、それがそのまま職員会議に提出されたような場合には、もはや当該教師のプライバシー侵害の問題は生じず、開示請求の対象となり得るであろう。

(3) 訂正・削除請求権

生徒は自己の個人情報を閲覧した結果、誤りや不正確な記録を発見したときは、その訂正あるいは削除を請求することができると考えられる。これは、自己情報コントロール権からの当然の帰結である。記録の誤りによって、その情報の主体である個人が大きな損害を被ることもある。例えば、高校の作成する調査書の出席の記録欄に、誤って「自立神経失調症」(漢字も間違っている)と書かれたために、受験した大学の医学部にことごとく不合格となった例がある。

  教師の行った評価に対して、生徒がその訂正を請求する場合には、教師の評価権を侵害する可能性もあり、非常に複雑な問題を引き起こす。明かな誤りは別として、評価の前提となる事実に誤認があった場合や評価権の乱用に当たる違法な教育評価でない限り、訂正は認められないであろう。ただし、その際にも、その記録に生徒側の見解を併記し、あるいは添付するような措置が考えられるべきである。

< 参考文献 >

○ 神奈川県教育委員会『個人情報保護ハンドブック』 (一九九一)
○ 行政管理庁プライバシー保護研究会「個人データの処理に伴うプライバシー保護対策」(一九八二)
○ 近畿弁護士連合会『高度情報化社会とプライバシーの保護』(第一九回大会第一分科会基調報告書)
○ 目黒区立学校個人情報保護制度調査委員会答申「目黒区立学校個人情報保護のあり方」(一九八八)
○ 森田明・奥津茂樹『先生、プライバシーを返して』 三省堂(一九九〇)
○ 堀部政男「教育とプライバシー (1)〜(10)」文部省高等教育局学生課『大学と学生』一九八号〜二〇七号(一九八二〜一九八三)

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