◆200912KHK236A1L0816M
TITLE:  注目の教育裁判例(2009年12月)
AUTHOR: 羽山 健一
SOURCE: 大阪教法研ニュース 第236号(2009年12月)
WORDS:  全40字×816行


注目の教育裁判例(2009年12月)



羽 山 健 一



  ここでは、公刊されている判例集などに掲載されている入手しやすい裁判例の中から、先例として教育活動の実務に参考になるものを選んでその概要を紹介する。詳細については「出典」に示した判例集等から全文を参照されたい。


  1. 千葉県PTA情報等公開請求事件
    東京高裁 2007年6月6日判決
  2. 町立中学校わいせつ行為事情聴取事件
    鹿児島地裁 2007年8月28日判決
  3. 別居中の内妻に係る児童手当等の住所情報の公開請求事件
    大阪地裁 2008年1月16日判決
  4. 船橋市立中学校祝い金事件
    千葉地裁 2008年1月25日判決
  5. 私立中学3年生自殺事件
    さいたま地裁 2008年7月18日判決
  6. 埼玉県立高校3年生事情聴取後自殺事件
    さいたま地裁 2008年7月30日判決
  7. 京都府私立高校エアコン騒音事件
    京都地裁 2008年9月18日判決
  8. 私立女子高校暴力行為退学処分事件
    大阪地裁 2008年9月25日判決
  9. 京都市立中学校外国籍生徒退学届け提出事件
    大阪地裁 2008年9月26日判決
  10. 私立高校対教師暴力退学処分事件
    東京地裁 2008年10月17日判決
  11. 早稲田中学校成績一覧表提出事件
    東京地裁 2008年10月24日判決
  12. 千葉県立高校カヌー実習授業中溺死事件
    東京地裁2008年10月29日判決
  13. 熊本県天草市公立小学校「体罰」事件
    最高裁第三小法廷 2009年4月28日判決




◆ 千葉県PTA情報等公開請求事件

【事件名】 公文書非公開決定取消請求控訴事件
【裁判所】 東京高裁
【事件番号】平成18年(行コ)第286号
【年月日】 平成19年6月6日判決
【結 果】 棄却(上告、上告受理申立)
【経 過】 一審千葉地裁平成18年10月10日判決
【出 典】 判例タイムズ1264号214頁
事案の概要:
  X(千葉県住民)らは、Y(県教育委員会)に対し、Yが県立高校から受け取った学校調査に関する文書の公開を請求したところ、その一部について公開しない決定を受けた。Xらは、公文書の部分公開決定のうち、非公開部分の取消を求めて提訴した。Yが非公開としたのは、@高等学校の校地の個人たる貸主の住所、氏名、賃借料の有無・金額、APTA連合組織の活動に出席した各高校のPTA役員の氏名、職名、B学校内で開催された講演会の外部講師名、職名である。Yはこれらについて、千葉県公文書公開条例11条2号の「個人に関する情報」に該当することを非公開理由として主張した。
  第一審は、本件情報Bの一部について、非公開を不相当とした以外、すべて個人が識別され又は識別され得るものであり、非公開決定は相当であるとしてXらの請求の大部分を棄却した。

判決の要旨:
  上記各情報はいずれも個人情報に当たるとして非公開決定を維持した。情報@について、土地を貸与している当該個人は土地の賃貸業という事業を営んでいるとは評価できず、当該情報は個人情報に当たる。情報Aについて、当該PTA活動への出席は出席者個人の社会的活動ということができるので、個人情報ということができる。情報Bについて、当該講演は講演者個人の社会的活動ということができるので、個人情報ということができる。



◆ 町立中学校わいせつ行為事情聴取事件

【事件名】 損害賠償請求事件
【裁判所】 鹿児島地裁
【事件番号】平成14年(ワ)第417号
【年月日】 平成19年8月28日判決
【結 果】 一部認容、一部棄却
【経 過】
【出 典】
事案の概要:
  本件は、町立中学校の生徒であった被害者が校内でわいせつ行為の被害にあったことにつき、原告らが学校で事情調査を受け、さらに鹿児島県警察の警察官によって取調べを受けたものであるところ、原告らが被告町に対しては、中学校における事情聴取の方法、調査が中途で放棄されたこと、調査内容の警察への情報提供にいずれも違法があり、また、被告県に対しては中学校からの情報を信用してなした初動捜査、警察官の原告らの取調べにいずれも違法があるとし、かかる被告町及び被告県の違法行為により原告らは精神的損害及びこの回復に要する経済的損害を被ったとして、国家賠償法1条1項に基づいて損害の賠償を求めた事案である。

判決の要旨:
  被告町に対しては、中学校教諭による事情聴取の方法や事情聴取後の対応について、不適切な点があるものの、原告らに対する国家賠償法上の違法事由は認られない。警察官の原告X3に対する「お前は、その年にして心が腐りきっている」との発言は、原告X3を侮辱し、人格を非難することが明らかであって、かかる発言を容認することはできず、違法というほかないとして、被告県に対する請求の一部を認容した。

補足:
  本件は中学校で女子生徒がわいせつ行為の被害にあった事件をめぐり、学校教員の行った事情聴取や警察官の行った取調べの違法性が争われた事例である。この事例において、被害生徒は知的障害を有しており、また、加害者など多数の生徒やその親が関係しているため、その事情聴取や取調べは難航した。
  本判決は、中学校での事情聴取の中で、P4教諭がP9(生徒)に対して、わいせつ行為をした者の全員の名前を挙げるように問い質し、平手でP9の左頬を叩いたという事実を認定し、この行為は「事情聴取の方法としては、P9に苦痛を与えその人権を違法に侵害することがないように配慮されておらず、違法な行為である」とした。ただし、P9は原告には加わっていないので、「P9に対する暴行による違法な事情聴取が、直ちに原告らに対する違法とはいえない」として、原告らに対する事情聴取の評価は、この行為とは別に判断されるとした。
  原告らは、「学校の調査は、その根拠が生徒の教育的観点にあるから、教育目的に限定して情報を利用することを想定していると解されるので、学校が得た情報は原則として外部に提供することはできない」と主張したが、本判決は、学内において重大犯罪が起こり、「警察によりその捜査が開始された場合において、中学校が得た情報を警察に提供することに格別原告らの主張する制約を加えるべき理由はない」として、学校が事情聴取によって収集した情報を警察に情報提供することを原則的に認めた。
  本判決は、警察官による取調べにおいて、「お前達の親は馬鹿やらよ」という発言、「自白すればすぐに終わる」と発言して自白を誘導したこと、本件わいせつ行為をしたと決め付けた発言など、「不適切な取調べがされていたことは散見されるものの」、これらは違法とまではいえないとした。



◆ 別居中の内妻に係る児童手当等の住所情報の公開請求事件

【事件名】 文書非公開決定処分取消等請求事件
【裁判所】 大阪地裁
【事件番号】平成18年(行ウ)第156号
【年月日】 平成20年1月16日判決
【結 果】 一部却下・一部棄却(控訴)
【経 過】
【出 典】 判例タイムズ1271号90頁、判例地方自治307号70頁
事案の概要:
  Xは、内縁の妻Aとの間に認知した娘Bがおり、Aがまだ幼いBを連れて姿を隠したため、Xは、Aを相手方として、Bとの面接交渉条件を定めることなどを目的とする調停を申し立てた。ところが、Aがその住民票の上の住所に居住しておらず、申立書の送達を行うことができなかったため、Xは調停申立てをいったん取り下げた。その上で、XはAの住民票の住所がある大阪狭山市(Y)の市長に対し、Aの住所(生活の本拠としての住所)を知ることを目的として、Aに係る児童手当等の受給者情報について、公文書公開請求をした。大阪狭山市情報公開条例は、個人に関する情報は原則として非公開情報に該当することを定めているところ、Y市長が、該当する公文書は個人情報に当たるとして非公開決定をしたため、Xは当該非公開決定処分の取消しを求めた。

判決の要旨:
  本判決は、@実施機関は、原則として本件公文書の存否を明らかにしないで本件請求を拒否すべきである、A本件情報は、当該個人の所得ないし財産状態等を推測させるものとして要保護性が高く、面接交渉権は一般的にこれらを上回る要保護性があるとまではいえないから本件情報は公益的開示情報にも該当しない、と説示してXの請求を棄却した。

補足:
  本事例は、学校教育に関するものではないが、学校教員が自校の在校生や卒業生に関して、その在籍の有無や住所、連絡先等について、外部からの問い合わせを受けることがあり、本判決はそうした際の対応を検討する上で参考になると思われる。



◆ 船橋市立中学校祝い金事件

【事件名】 地方自治法による住民訴訟事件
【裁判所】 千葉地裁
【事件番号】平成16年(行ウ)第30号
【年月日】 平成20年1月25日判決
【結 果】 一部認容(控訴)
【経 過】
【出 典】 判例タイムズ1281号213頁
事案の概要:
  本件は、船橋市の住民である原告が、平成14年度に、市立A中学校の校長は学校行事の参加者から祝い金として受領した合計37万2595円を市の会計に計上しないまま支出し、市に損害を与えたとして、主位的に、地方自治法242条の2第1項4号ただし書により、船橋市長である被告に対し、校長に賠償の命令をすることを、予備的に、地方自治法242条の2第1項4号本文により、被告に対し、校長に不当利得返還の請求をすることを求めた住民訴訟の事案である。

判決の要旨:
  本判決は、学校行事の参加者が持参した祝い金は、その外形からして、中学校に対する贈与に当たり、会計上、中学校に対する寄附金であり、市の収入に当たる。
  校長は、本件祝い金を法令の規定により保管していたものではなく、事実上保管又は使用していたにすぎないから、「その保管に係る現金」を「亡失し」たとは認められない。よって、原告の主位的請求には理由がない。
  校長が市の財産である祝い金を費消したことにより、法律上の原因なく、祝い金相当額のの利益を不当に得て、同額の損害を市に与えたから、市に対し、不当利得返還義務を負っており、市には同法242条の2第1項4号本文の「怠る事実」があるとして予備的請求を一部認容した。

補足:
  本判決は、校長が祝い金の支出により利得を得たとしながら、学校がその支出により利益を得たものについては、市の損失が発生していないとして不当利得の成立を認めなかった。そこで、校長が支出した各費目の性質・内容等について検討している。それによると、次の費目は公費から支出できないものであったり、個人が負担するべきものであるから、その支出により学校が利益を得たとはいえず、市の損失が発生するとした。@公務に使用した私物のプリンターのインク代、A退職する教師に送る花束・図書券代、B協議会等の会費の補助、会議後の懇親会費の補助、C茶菓子代、D学年運営費(臨時の出費に備え各学年に3万円ずつ支出)、E卒業証書代書料(講師に依頼)。そのうえで、校長が祝い金から支出した金額のうち、市に対し損失を及ぼしたと認められる金額を計算すると、その合計は8万3134円となった。このことから、校長は市に対し、同額の不当利得返還義務を負うとした。
  なお、同市では市立小中学校の祝い金を市に対する寄附金として取り扱わず、校長が、それを受領して管理し、裁量により支出することが広く行われていたが、平成15年度に同市教育委員会は、祝い金の収受を廃止したため、A中学校においても祝い金の性質をもつ金員を受け取らなくなった。



◆ 私立中学3年生自殺事件

【事件名】 損害賠償請求事件
【裁判所】 さいたま地裁
【事件番号】平成18年(ワ)第2513号
【年月日】 平成20年7月18日判決
【結 果】 一部認容
【経 過】
【出 典】 最高裁ウェブサイト
事案の概要:
  被告の経営する中学校の生徒であった亡Aの両親である原告らが、被告らは、Aが授業中に発生した盗難事件と関連して自殺した可能性が高かったのであるから、被告らは盗難事件を調査し、原告らに報告する義務があったにもかかわらずそれを怠り、原告らに精神的苦痛を与えたなどとして、被告らに対し、損害賠償を求めた事案。

判決の要旨:
  被告学校法人に課せられているのは、生徒の自殺が学校生活に起因する原因があったのかどうかの判断に資する調査報告義務であるところ、被告学校法人は、生徒からの情報収集を全く行わないまま、学校生活上に何らの原因もないと判断したというのであって、学校に課された重要な責任を認識していなかったか、あるいは軽視していたといわざるを得ないから、被告学校法人には、この点に関する調査報告義務違反があったとして、請求の一部を認容した。
  なお、被告らは亡Aが定刻に登校しなかったことを認識しながら、早急に原告らに欠席確認をすべき義務があったのにこれを怠り(欠席確認義務違反)、そのために、原告らは自殺を防ぐことができなかったなどと主張したのに対し、本判決は「学校及び学校の教師には、生徒が欠席した場合、生徒の身に危険が発生するような事態を具体的に予見することが可能である場合を除き、法的義務としての欠席確認義務を認めることはできないというべきである。」として、被告らに欠席確認義務違反を認めることはできないとした。

補足:
  本件では、学校が保護者に連絡をして欠席理由等を確認することが、学校の義務であるか否かが争われた。本件中学校では、欠席確認に関する画一的な方針は定められていなかった。教師間では、生徒の欠席を確認したら、なるべく早めに保護者に連絡することが通例となっていたが、単に欠席届を翌日に提出させるだけの扱いをする場合もあった。大多数の学校の実態は、本件中学校と似かよったものであり、学校による欠席確認が原則的に学校の法的義務であるとするには無理があり、本判決の結論は現実的であるといえよう。



◆ 埼玉県立高校3年生事情聴取後自殺事件

【事件名】 損害賠償請求事件
【裁判所】 さいたま地裁
【事件番号】平成18年(ワ)第1206号
【年月日】 平成20年7月30日判決
【結 果】 棄却
【経 過】
【出 典】 最高裁ウェブサイト
事案の概要:
  埼玉県立高校の3年生であった原告の二男Aは、2時限目の物理の試験中、消しゴムに巻いたメモを見ているのを試験監督の教諭に見つかった。メモには1時限目の日本史の試験に関することが書かれており、このことについて、担任ら教諭5人が別室で約2時間にわたり事情を聴いた。同日夕、Aが新座市の立体駐車場で飛び降り死亡したことについて、原告が、高校の設置者である被告に対し、本件事実確認に関与した教諭らに、生徒に対する安全配慮義務違反があったと主張して、損害賠償を請求した。

判決の要旨:
  「一般的に高校生が思春期の多感な時期にあることを考慮すると、5人の教師が同時に立ち会ったことや、Aに休憩を全くとらせなかったことについては、結果としてみれば、配慮すべき余地がないとはいえないものの」、教諭らによる「事実確認が、教師の生徒に対する指導の一環として、合理的範囲を逸脱した違法なものということはできず、教諭らにAに対する安全配慮義務違反は認められない」として、原告の請求を棄却した。



◆ 京都府私立高校エアコン騒音事件

【事件名】 損害賠償請求事件
【裁判所】 京都地裁
【事件番号】平成18年(ワ)第316号
【年月日】 平成20年9月18日判決
【結 果】 一部認容
【経 過】
【出 典】 最高裁ウェブサイト
事案の概要:
  被告が設置管理する高等学校の隣地で居住している原告らが、同高校で使用しているエアコンの室外機から発せられる騒音が受忍限度を超えているとして、これらの室外機のうち原告方に近い19台の撤去を求めると共に、過去及び将来の騒音被害に対する慰謝料の支払を求めた事案。

判決の要旨:
  本件各室外機が発する騒音について、受忍限度判断の基準とすべき規制基準は、昼間において、騒音規制法上の規制基準である50デシベルであり、本件騒音は原告らの受忍限度を超えている。しかしながら、本件騒音を規制基準以下に抑えるためには、室外機の撤去だけではなく、防音壁の強化、騒音の小さな機種への更新、設定温度の変更等、様々な方法が考えられるところ、被告には、本件騒音を規制基準以下に抑える義務があるが、そのためにどのような方法を採用するかは、個々の方法に要する費用、個々の方法によって想定される効果、個々の方法が与える影響等を勘案して、被告において自由に選択することを容認するべきである。したがって、原告らの被告に対する差止め請求については、上記各室外機の撤去請求は許されず、原告方敷地に50デシベルを超える騒音の到達を差し止める、いわゆる抽象的不作為請求の限度で認容すべきであるとした。
  騒音規制法による特定工場等に該当する学校が、同法による規制基準を超える騒音を隣地に到達させたことは隣地居住者に対する不法行為に当たるとした。



◆ 私立女子高校暴力行為退学処分事件

【事件名】 損害賠償請求事件
【裁判所】 大阪地裁
【事件番号】平成19年(ワ)第4595号
【年月日】 平成20年9月25日判決
【結 果】 一部認容・一部棄却(確定)
【経 過】
【出 典】 判例時報2057号120頁
事案の概要:
  原告Xは、Y1学校法人の経営する高校の3年に在籍していたが、同級生Aに暴力行為を行ったことを理由に、学校長であるY2から退学処分を受けた。そこでXは、本件退学処分は事実誤認又は社会通念上著しく妥当性を欠くものであって、裁量権の逸脱ないし濫用に当たるなどと主張し、Y1とY2に対して不法行為に基づき損害賠償を請求した。

判決の要旨:
  被告らは、原告がAの頭髪を両手で掴んで前後に揺さぶり、制止されて左手は離したが、右手でさらに15秒ほどAの頭髪を掴み続け、これらの暴行によりAが机に頭をぶつけて頭部打撲の傷害を負った旨を主張する。しかし、本件診断書が書証として提出されていない上、目撃生徒からの事情聴取によっても、当該事実は確認できなかったことからすると、本件暴力行為によってAが頭をぶつけて頭部打撲の傷害を負ったとの事実を認めることはできない。
  本件暴力行為は、軽微なものとはいえないから、懲戒処分に付したことには十分な理由がある。しかし、退学処分は、他の懲戒処分とは異なり、学生の身分を剥奪する重大な措置であることにかんがみ、他の処分に比較して特に慎重な配慮を要するというべきであり、当該生徒に改善の見込みがなく、これを学外に排除することが教育上やむを得ないと認められる場合に限って退学処分を選択すべきである。
  本件暴力行為は被告の主張するように一方的かつ執拗なものであったとは認められないこと、原告は本件暴力行為に及んだその日のうちに、自発的にAに謝罪をして反省の態度を見せていること、過去に原告に対する懲戒処分はなく、暴力行為に対する指導歴は存在しないこと、原告の出席日数及び成績は、教育、指導を継続する上で著しい支障を生ずるものとはいえないこと、などからすれば、Y2による本件退学処分は、社会通念上著しく妥当性を欠くものといわざるを得ず、学校長の裁量権を逸脱した違法なものであると判断して、損害賠償請求を認容した。

補足:
  本判決は私立高校の退学処分を違法と判断した稀な事例であるが、その違法を導くためにどのような事実が考慮されたかが参考になると思われる。



◆ 京都市立中学校外国籍生徒退学届け提出事件

【事件名】 損害賠償請求事件
【裁判所】 大阪地裁
【事件番号】平成18年(ワ)第1883号
【年月日】 平成20年9月26日判決
【結 果】 一部認容・一部棄却(控訴)
【経 過】
【出 典】 判例時報2027号42頁、判例タイムズ1295号198頁
事案の概要:
  在日韓国人X1が京都市立中学校に在籍していたが、同校のA校長らがX1の母親X2に対して、「義務教育の学校には原則として退学は考えられないが、外国籍生徒の就学については、民族学校等への就学の権利を保障するため、義務教育学校への就学の義務はなく、退学の意思表示をされた場合には除籍扱いになる」旨の発言をした(除籍発言)。また、A校長はX2が提出したX1の退学届けを受理し、「復学の希望があればいつでも受け入れる」旨を伝えた。その翌年、X1が同中学校に復学した後、X2が2度目の退学届けを提出し、B校長がこれを受理した。校長によるこれらの行為が、X1の義務教育を受ける権利を侵害する違法行為又は在学関係に基づく信義則上の義務違反に当たると主張して、X1及びX2が京都市に対して、国家賠償法1条または債務不履行に基づき損害賠償を求めた。

判決の要旨:
  外国人であるX2及びX1には、憲法上はもちろんのこと、教育基本法及び学校教育法上の就学義務規定の適用もなく、公立中学校においても自主退学することができるというべきであるから、A校長が、X2に対して、X1が退学できる旨の除籍発言をしたこと自体が法的に誤っているということはできない。
  憲法26条の規定する教育を受ける権利が外国人に及ぶかという問題は措くとしても、X1は、引き続き同中学校に在籍し続け、あるいは、転学に当たっては指導要録等の引き継ぎを受けるなどして、卒業の際には卒業認定を受けるべき法的利益を有していたと認めるのが相当である。
  A校長及びB校長の2度にわたる退学届けの受理について、1度目の退学届けの受理を理由とする損害賠償請求権は、その消滅時効が完成している。2度目の退学届けについて、B校長が退学届けを受理したこと自体を違法ということはできないものの、B校長による退学届けの受理当時、X1は中学3年生であり、年齢に応じた理解力があったと考えられ、高校への進学希望を明確にして教諭に相談していること等からすると、B校長としてはX2による退学届けの提出がX1の意に反していないか、X1が退学と転学の違い及び退学による不利益を十分に理解しているか否かを直接確認すべき義務を負っており、これを怠ったことにより、X1は卒業の際に卒業認定を受ける法的利益等を違法に侵害された。X1はB校長からの説明を受けられなかった結果、退学により被る不利益について十分に検討できず、退学届けの提出に主体的に関与できなかったことにより精神的苦痛を被ったとして慰謝料請求が認められた。

補足:
  本判決は、外国籍の生徒の親権者が提出した退学届けを、校長が生徒本人の意見を聞かないまま受理したことが違法であるとした事例である。外国籍の生徒が中学校に就学し卒業認定を受けることは、法的保護に値する利益であることを明確にした点に意義があると思われる。本件で問題とされた、退学届けの受理に伴う校長の義務が、公立学校以外、中学校以外、外国籍の生徒以外の事例など、どのような範囲で妥当するかは明確ではない。


◆ 私立高校対教師暴力退学処分事件

【事件名】 卒業認定等請求事件
【裁判所】 東京地裁
【事件番号】平成18年(ワ)第3751号
【年月日】 平成20年10月17日判決
【結 果】 棄却(控訴)
【経 過】
【出 典】 判例時報2028号50頁
事案の概要:
  Xは、Y学校法人が設置する中学・高校一貫教育のA高校の生徒であったが、高校2年の時、停学3日間と停学5日間の懲戒処分を受けていた。Xは平成17年3月当時、選挙管理委員長であり、ホームルームの時間に選挙を行おうとしたところ、C組主任が教壇で通知票とテストの返却準備をしていたため、C組主任が邪魔であると考え、突然背後からC組主任の左足付け根あたりを蹴りつけた。このためA高校は、同年4月、補導会議を開催し、Xを無期停学処分に付した。A高校は同年5月、再び補導会議を開催し、家庭の教育力が不十分であること、真摯な反省が認められないこと等を理由として退学処分とすることを決定し、校長室において、D教員がX及びXの父に対して、退学処分に処す旨とその理由を告げるとともに、退学届けの提出を受けた場合には、自主退学をした旨の取扱いをしていることを告げた。その後、Xは退学届けを提出しなかったため、Yは平成18年12月頃、本件退学処分により除籍とする手続を行った。そこでXは、Yに対し、退学処分又は自主退学勧告の無効を主張し、主位的に卒業認定を請求し、予備的にA高校の生徒の地位を有することの確認を求めるとともに、債務不履行又は不法行為に基づき損害賠償を請求した(納入済みの平成17年度の学費については不当利得返還請求も選択的に主張した)。

判決の要旨:
  本判決は、本件の事情の下では退学処分には相当の理由があったとし、校長が裁量権を逸脱したものとはいえないとし、主位的請求、予備的請求を棄却した。
  Yが退学処分を告知した後、他校への転学の便宜のためにXの在学関係を証する書面を交付していることについて、Xに対する配慮から、Xが退学届けを提出すれば、自主退学との処理をするためであって、自主退学勧告の存在を裏付けるものではない。
 学費の返還請求については、学則の不返還特約が在学契約の解除に伴う損害賠償額の予定又は違約金の定めの性質を有するとし、納付された授業料等の学費が消費者契約法9条1号所定の平均的な損害額を超えるものではなく、信義則違反も認められないとし、損害賠償請求、不当利得返還請求を棄却した

補足:
  学費の返還について、Yは、年間約63万円の学費を、4月、9月、1月に分けて、口座引き落としにより受け取っている。しかし、Yが退学処分を申し渡した平成17年5月以降は、在学契約が存在しなくなっているから、Yは学費を取得する根拠を失っている。したがって、Yが同年度の9月、1月に学費を受け取ったことは信義則に反しているといわざるを得ない。



◆ 早稲田中学校成績一覧表提出事件

【事件名】 損害賠償請求事件
【裁判所】 東京地裁
【事件番号】平成18年(ワ)第29949号
【年月日】 平成20年10月24日判決
【結 果】 一部認容
【経 過】
【出 典】 判例時報2032号76頁
事案の概要:
  原告が、被告学校の運営する中学校に在籍していた当時、都教委教育長が定めた要綱に基づき、原告の評定等が記載された書面が、中学校校長から区教委が設置した本件調査委員会に提出され、その後、同書面が調査委員会から区教委に、区教委から都教委に順次提出され、原告のプライバシーが侵害されたなどとして、被告らに対し、損害賠償を求めた。

判決の要旨:
  中学校における生徒の評定は、その内容により、学習指導要領の実現状況、学習態度、技能等の当該生徒の外面のほか、学習意欲及び資質等の当該生徒の内面をも推知することができ、当該生徒固有の情報を推知し得る情報であるから、いわゆるプライバシーに属する情報に当たり、生徒はかかる評定をみだりに開示等されない利益を憲法13条により保障されているとし、請求を一部認容した。

補足:
  本判決は、私立中学校に在籍する生徒の氏名や成績評定の記載された書面が、成績一覧表調査委員会、新宿区教育委員会、東京都教育委員会教育長に提出されたことについて、当該学校法人、新宿区、東京都について、生徒のプライバシー侵害の共同不法行為の成立を認めた事例である。



◆ 千葉県立高校カヌー実習授業中溺死事件

【事件名】 損害賠償請求事件
【裁判所】 東京地裁
【事件番号】平成18年(ワ)第12649号
【年月日】 平成20年10月29日判決
【結 果】 一部認容(控訴)
【経 過】
【出 典】 判例タイムズ1298号227頁
事案の概要:
  本件は、Y5県立A高校の生徒であったBが同校の授業として実施されたカヌー実習の最中に転覆事故により溺死したところ、Bの相続人(親)であるXらが、Bの死亡は、A高校からカヌー実習での生徒らへの指導を委託されたY1株式会社のカヌーインストラクターであるY2ないしY4、並びにカヌー実習を企画、実施し、生徒らへの指導をY1に委託したA高校の教諭らの過失によるものであると主張して、Y1、Y2ないしY4、Y5(県)に対し損害賠償を請求した。

判決の要旨:
  Y1ないしY4の責任について、本判決は、インストラクターらは、カヌー実習において生じ得る種々の危険から生徒らの生命、身体等を保護し、事故を未然に防ぐべき義務を負うとした上で、転覆事故の危険性の高い場所をコースとして選んだこと、コースの下見と生徒らの指導に過失があったとした。
  Y5(県)の責任について、本判決は、Y5はA高校の設置者として事故防止のための措置を講じるべき義務(安全配慮義務)を負うとした上で、A高校からカヌー実習を委託されたY1はY5の安全配慮義務に係る履行補助者に当たるから、Y5はY1のインストラクターの過失について責任を負うとした。

補足:
  本件におけるカヌー実習はA高校の正課の授業であった。A高校では、平成5年度から「スポーツ健康コース」を設置し、その1年生及び2年生の正課の授業として、体育の教科に各1単位の「野外活動」という科目を設けていた。本件事故のあった平成17年度の「野外活動」は、9月6日から9日までの間、新潟県南魚沼郡において、カヌー、サイクリング及びハイキングの各実習を行う予定で企画された。
  高校教育の多様化路線の進展により、新しい学校、新しい学科、科目、教科等が設置され、これまでになかった教育活動が始められている。このうち教諭が担当できないものについては、その実施を外部に委託するようになってきた。本判決は、その外部委託によっても、生徒の安全保持についての最終的な責任は学校設置者が負うことを明示した。
  損害賠償額について、Xらは、損害として主張する金額から、受領済みの災害共済給付金2800万円と旅行傷害保険金1000万円を控除した金額を請求したが、本判決は、損害額から災害共済給付金相当額を控除しつつ、旅行傷害保険金相当額を控除しない金額の請求を認めた。



◆ 熊本県天草市公立小学校「体罰」事件

【事件名】 損害賠償請求事件
【裁判所】 最高裁第三小法廷
【事件番号】平成20年(受)第981号
【年月日】 平成21年4月28日判決
【結 果】 破棄自判
【経 過】 二審福岡高裁平成20年2月26日判決
【出 典】 判例時報2045号118頁、判例タイムズ1299号124頁、判例地方自治319号10頁
事案の概要:
  Xは公立小学校の2年生の男子であり、Cは同小学校の3年3組の担任であり、Xとは面識がなかった。Cが、1時限目終了後の休み時間に、校舎1階の廊下で3年生の児童を指導していたところ、Xは同級生の男子とともに、そこに通りかかった6年生の女子数人を、じゃれつくようにして蹴り始めたため、Cはこれを制止して注意した。その後Xは、後ろからCのでん部付近を2回蹴って逃げ出した。Cは、立腹してXを追い掛けて捕まえ、Xの胸元を右手でつかんで壁に押し当て、大声で「もうすんなよ。」と叱った。
  一審(熊本地裁)は、本件行為は学校教育法で禁じられている体罰に該当すると判断して、Xの請求を一部認めた。原審(福岡高裁)も、@胸元をつかむという行為は、けんか闘争の際にしばしば見られる不穏当な行為であること、ACとXの年齢差や身長差、B他により穏当な方法が可能であったことを理由に、本件行為は社会通念に照らして教育的指導の範囲を逸脱するものであって、体罰に該当すると判断したが、損害額については一審の認定額を大幅に減額した。

判決の要旨:
  本判決は「Cの本件行為は、児童の身体に対する有形力の行使ではあるが、他人を蹴るというXの一連の悪ふざけについて、これからはそのような悪ふざけをしないようにXを指導するために行われたものであり、悪ふざけの罰としてXに肉体的苦痛を与えるために行われたものではないことが明らかである。...本件行為は、その目的、態様、継続時間等から判断して、教員が児童に対して行うことが許される教育的指導の範囲を逸脱するものではなく、学校教育法11条ただし書きにいう体罰に該当するものではないというべきである。」と判断した。

補足:
  本判決は、教師が児童生徒に有形力を行使した場合であっても、学校教育法により禁止されている「体罰」に該当しない場合があり得ることを示したものであり、基本的に、水戸五中事件の東京高裁1981年4月1日判決(判例時報1007号133頁)の考え方を踏襲したものと思われる。
  改正教育基本法に「学校生活を営む上で必要な規律を重んずる」(第6条2項)ことが新たに規定されると(2006年12月施行)、文部科学省は「問題行動を起こす児童生徒に対する指導について」という通知を発出し、懲戒及び体罰に関する解釈運用の指針として「学校教育法第11条に規定する児童生徒の懲戒・体罰に関する考え方」を示した(2007年2月5日、18文科初第1019号)。この指針は、水戸五中事件の東京高裁判決の考え方を採用し、「個々の懲戒が体罰に当たるか否かは、単に、懲戒を受けた児童生徒や保護者の主観的な言動により判断されるのではなく」、「体罰に当たるかどうかは、当該児童生徒の年齢、健康、心身の発達状況、当該行為が行われた場所的及び時間的環境、懲戒の態様等の諸条件を総合的に考え、個々の事案ごとに判断する必要がある。」、「児童生徒に対する有形力(目に見える物理的な力)の行使により行われた懲戒は、その一切が体罰として許されないというものではな」いと述べて、生徒指導の一層の充実を図るべきことを指示した。本判決は、この通知に見るような「学校の規律を保持するために、軽微な有形力の行使は許容される」という流れに沿った判断であるといえよう。






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