◆202212KHK251A1L0971M
TITLE:  注目の教育裁判例(2022年)
AUTHOR: 羽山 健一
SOURCE: 2023年1月28日
WORDS:  23679文字


注目の教育裁判例(2022年)



羽 山 健 一



  ここでは,公刊されている判例集などに掲載されている入手しやすい裁判例の中から,先例として教育活動の実務に参考になるものを選んでその概要を紹介する。詳細については「出典」に示した判例集等から全文を参照されたい。


判例タイムズ 1490号−1497号
判例時報   2496号−2519号
労働判例   1253号−1265号
裁判所web   2021.12.24−2022,08.15




  1. 静岡県立特別支援学校生徒心肺停止事件 ―― AEDを使用する義務
    静岡地裁沼津支部令和3年5月26日判決

  2. 私立高校教員パワハラ心身症事件 ―― 校長によるパワーハラスメント
    東京地裁令和3年9月16日判決

  3. 奈良市立小学校教員不適切指導事件 ――「うそをついたら先生とキスをする」
    奈良地裁令和3年10月6日判決

  4. 四條畷市立中学校教員暴力被害事件 ―― 生徒に殴られても転勤できない
    大阪地裁令和3年11月24日判決

  5. 山梨市立中学校ヘアーカット事件 ―― 保護者に確認する義務
    甲府地裁令和3年11月30日判決

  6. 大阪府立高校教員適応障害事件 ―― 校長の安全配慮義務
    大阪地裁令和4年6月28日判決

  7. ペンシルベニア州公立高校・部活動禁止処分事件 ―― SNSに「くたばれ学校」と投稿
    アメリカ連邦最高裁2021年6月3日判決








◆私立高校教員パワハラ心身症事件 ―― 校長によるパワーハラスメント

【事件名】損害賠償請求事件
【裁判所】東京地裁判決
【事件番号】令和元年(ワ)第29408号
【年月日】令和3年9月16日
【結 果】棄却
【経 過】
【出 典】ウエストロー・ジャパン2021WLJPCA09168021


事案の概要:
本件は,原告が,職場における上司や同僚からパワーハラスメントを受けて心身症と診断されるに至ったとして,学校法人である被告に対し,@パワーハラスメントが生じないような安全配慮義務に反したとの労働契約上の債務不履行責任,A心身症となった原告の業務負担を軽減するなど措置を講じるべきところ,それらの措置を講じなかったという労働契約上の債務不履行責任,B被用者のパワーハラスメントに関する使用者責任に基づき,慰謝料等の損害賠償を請求する事案である。判決は、パワーハラスメントの事実を認定することができないとして請求を棄却した。


認定事実:

原告は,平成27年度に3年A組の日本史Bを受け持った。同組の生徒は,年度当初から,原告の授業中に寝たり,他科目を勝手に自習したり,原告以外の教員が作成した資料を読んだりするなど,原告の授業進行に従わない者が多かった。また,同年6月には,原告の授業を参観した保護者から,原告の授業に対するクレームが本件高校に寄せられた。そのため,B校長は,同月18日,3年A組における原告の授業を見学した。

そのときに起こった出来事及びB校長の発言内容については当事者間に争いがあるが,原告は,このときのB校長の発言等がパワーハラスメントであるとして,ハラスメント防止対策委員会に対し申立てを行った。同申立ては,同委員会での調停手続を経て,同年12月22日付で,原告とB校長との間で「調停合意書」を交わして終了した。なお,この際,B校長は原告に対して上記の発言等に関して謝罪した。

その後原告は,被告の人事課に業務上の軽減措置の実施等を求めた。また,平成30年2月以降は,E校長に対し,パワーハラスメントによって原告は心身症となったと主張して,原告の業務の軽減,パワーハラスメントの加害者との接触機会をなくすような配慮等の措置を求めた。これに対し,被告は,平成30年度から,原告の担任業務を免除し,校務分掌の変更や職員室内での机の配置変更等を行ったが,週17コマの授業担当は維持した。


判決の要旨:

(1)原告は,平成27年6月18日に,B校長が原告の3年A組の授業を見学した際,生徒に「X先生が嫌いな人は手を挙げて」と言って挙手させることで,原告に対する生徒の反感を故意にあおったと主張する。確かに,校長という立場にある者が生徒に対して授業を担当する教員の好悪を尋ねたとすれば,そのような行為は軽率で不適切なものと言わざるを得ない。しかしながら,・・・B校長がその問題を解決するために,3年A組に赴き,生徒の意見を聞きながら解決策を考えようとしたこと自体は,校長という立場にある者として妥当な対応といえる。前記のような質問は,軽率で不適切ではあるものの,社会的相当性を欠く違法な行為と評価することはできない。

(2)また,B校長が,3年A組の担当から外す代わりに,他の教員の授業を見学し,そこから得た感想をレポートにまとめるよう指示したことは原告自身も認めるところであるが,生徒が原告の授業進行に従わない理由を,他の教員の授業を見ながら考えてまとめてみるよう指示することは,校長の指示として妥当なものということができ,これを原告の側に落ち度があったという形にして問題の解決を図ったと評価することはもとより,社会的相当性を欠く違法なパワーハラスメントと評価することは困難である。

(3)C教頭が,原告が3年A組の担当を外れたことにより外部講師への依頼を余儀なくされているので,これ以上の出費は困難であるとの発言をしたことは,被告も認めるところである。しかし,その限りにおいては,社会的相当性を欠く違法なパワーハラスメントと評価することはできないし,C教頭が,上記の発言の趣旨を超えて,原告のせいで被告に損害が生じたかのように原告を非難したとの事実を認定するに足りる証拠はない。

(4)被告が本件調停係属中原告に対して所定労働時間外に行っている部活動のために本件高校の施設を利用することを禁止したことは,当事者間に争いがない。しかしながら,被告は,当時,原告に関して,担任業務を免除し,校務分掌の変更を行うなどして,一定の業務負荷軽減措置をとっていたこと,原告は更なる職務上の配慮(業務負荷軽減)を求めていたこと,・・・は当事者間に争いがない。そうすると,被告が,更なる職務の負担軽減の前に,所定労働時間外に行っている部活動を行わせないこととしたことは妥当であって,これが社会的相当性を欠く違法なパワーハラスメントにあたるとか,本件調停の趣旨に反するなどと評価することはできない。


コメント:

本判決では,パワハラの法律上の定義を示していないが,一般的にパワハラとは,「職場において行われる@優越的な関係を背景とした言動であつて,A業務上必要かつ相当な範囲を超えたものにより,Bその雇用する労働者の就業環境が害される」ものであるとされる(いわゆる「パワハラ防止法」第30条の2第1項)。本判決は,パワハラに当たると主張された個々の具体的な事実を吟味し,そのすべてが違法なパワハラに該当しないとして,学校法人の安全配慮義務違反を否定した。

学校の校長は,教職員の良好な就業環境を整備し,そのメンタルヘルスの保持に努めるべき義務を負っている。その責務を果たすべき校長が,加害者となって教職員にパワハラを行い,教職員を精神的肉体的に追い詰めたとされる事例が散見される。次に挙げるのは,学校の教員が校長からのパワハラによって被害を受けたとして損害賠償を請求した事例である。

@三鷹市立中学校うつ病事件(東京地裁令和3年5月19日判決・棄却)
A東京都立高校事件(東京地裁令和2年1月23日判決・一部認容)
B甲府市立小学校うつ病悪化事件(甲府地裁平成30年11月13日判決・一部認容)
C那覇市立中学校うつ病退職事件(那覇地裁平成30年1月30日判決・一部認容)
D曽於市立中学校自殺事件(鹿児島地裁平成26年3月12日判決・一部認容)








◆奈良市立小学校教員不適切指導事件 ――「うそをついたら先生とキスをする」

【事件名】損害賠償請求事件
【裁判所】奈良地裁
【事件番号】平成31年(ワ)第28号
【年月日】令和3年10月6日判決
【結 果】一部認容・一部棄却
【経 過】
【出 典】ウエストロー・ジャパン2021WLJPCA10066004


事案の概要:

本件は,原告が通っていた市立小学校において,原告に対するいじめについて担任教諭及び校長が適切な対処をしなかったこと及び,担任教諭について不適切なセクハラ行為があったと主張して,被告奈良市に対し損害賠償を求める事案である。判決は,担任教諭の発言の一部が不法行為にあたるとして被告に11万円の支払を命じた。

認定事実:

(1)平成29年4月下旬の昼休み,児童Fが学級担任であるD教諭に対し,図書室で行われた前日5時間目の国語の授業において,原告がFの方へ消しゴムのかすを寄せてきたこと及びその日の下校時に原告に注意しようとして声をかけたが無視されたことを告げてきた。D教諭は,F及び原告から事情を聞き,消しゴムのかすについては,原告が転校前の小学校の捨て方(右側に寄せて床に捨てる)をしたと話したことから,先生からの指示を聞くようにということと,図書室をきれいに使用するため,ごみ箱に捨てるように話した。また,無視したという点については,原告が気づかなかったと述べたこと,原告と一緒に下校していた児童も声掛けに気付かなかったと述べたこと,Fからそんなに大きな声ではなかったと聞いたことから,無視されたわけではないということを指導した上で,声の掛け方や,声を掛けられたときにどう話すかを確認した。

(2)D教諭は,平成29年4月から5月ころ,2回程度,掃除道具を取るため,教室の女子の更衣場所(体育の授業に備えて更衣するためにカーテンで仕切られた箇所)に入った。・・・ただし,D教諭が入る前に入る旨声をかけていること,D教諭が向かった場所が掃除用具入れであることも認められる。

(3)D教諭は,平成29年5月初めころ,原告から誕生日プレゼントをもらった際,原告を軽く抱いた。

(4)平成29年6月7日,原告の保護者らが朝にa小学校へ来校し,D教諭に別紙メモを渡し,原告がいじめにあっている旨申し立てた。[申し立てを受けて]D教諭は,同日5時間目に,ひまわり教室にFを呼んで面談をした。Fは,反省しており,原告に謝罪したい,今後はクラスの一員として仲良くしたいと述べた。そのため,D教諭は,ひまわり教室に原告を呼んで,原告及びFと話をした。D教諭は,原告及びFに仲良くすることを約束させるため,指切りをすることにした。原告,F及びD教諭が小指を絡ませて,「針千本飲ます」と言おうとしたところ,Fが飲めないと言ったことから,D教諭は,嘘をついたら先生(D教諭)とキスをするという趣旨の発言をした。(その他の,申立てについての対応は省略)


判決の要旨:

(1)安全配慮義務違反の主張について

D教諭が児童Fの嘘に加担して原告を一方的に叱責したと認めることはできない。・・・D教諭は,保護者らから原告がいじめを受けている旨の話を聞いた後,すぐに対処をしようと考え,当日に原告,F及びGに事情を聞き,指導をしている。・・・同日からa小学校に原告の件でいじめ対策委員会が開かれていることからして,D教諭が学校側にこの件を報告し,継続して対処しようとしていたと考えられる。・・・以上によれば,D教諭に安全配慮義務違反があるとまでは認められない。

(2)セクハラ行為の主張について

D教諭が2回ほど女子の更衣場所に入ったことは認められるものの,それは清掃道具を取りに行くためであったと認めるのが相当であるし,その態様も声を掛けてから入っていると認められる。これらのことからすれば,当該行為はセクハラ行為と認めることはできない。また,D教諭が原告を抱きしめたとはいえるものの,その程度は軽く抱いたというものであり,プレゼントを原告から贈られたことに対して感謝の意を表すために行ったものであることを考えれば,違法性が認められる行為とまではいえないと解する。キス発言は,内容的にも状況(片方がいじめであると考えている問題を仲裁する場における発言)としても相当性を欠くものであるといえる。なお,回数はともかく不適切であることは被告も争っていない。

以上検討したところによれば,不法行為が認められるのは,E教諭の不適切なキス発言についてであると認められる。そして,これに本件において顕れた全ての事情を踏まえると,慰謝料の額は10万円とするのが相当である。


コメント:

小学生児童に対する「うそをついたら先生とキスをする」という発言が不適切であるということは言うまでもない。類似の事案として,小学校の5年生であった原告が,教員からセクシュアル・ハラスメントを受けたなどと主張して損害賠償を求めた,東京都区立小学校事件(東京地裁令和3年8月31日判決(棄却))がある。この事例では,担任の男性教員が,授業中に,女子児童の頭部を指で触る,また,「○○さん,かわいいですね。」と語りかけるなどした。おそらく,このようなレベルの不適切発言は,事件化されないだけで,相当数にのぼるのではないかと推測される。








◆四條畷市立中学校教員暴力被害事件 ―― 生徒に殴られても転勤できない

【事件名】損害賠償等請求事件
【裁判所】大阪地裁判決
【事件番号】平成31年(ワ)第1780号
【年月日】令和3年11月24日
【結 果】棄却
【経 過】
【出 典】ウエストロー・ジャパン2021WLJPCA11246009


事案の概要:

本件は,市立中学校の教員であった原告が,被告市に対し,@本件中学校の生徒の暴力により原告が負傷したことについて,本件中学校の当時の校長であったC及び市教育委員会には安全配慮義務に違反した違法があり,AC校長及びその後任のD校長並びに市教委には,本件傷害事件後直ちに原告を本件中学校から転任させなかったことについて,安全配慮義務に違反した違法がある等と主張して,損害賠償を求める事案である。判決は校長及び市教委に安全配慮義務違反は認められない等として,原告の請求を斥けた。


認定事実:

原告は,平成25年12月12日,自身が担任を務める1年○組で給食指導を行っていたところ,本件加害生徒が,レールから外れていた扉を「直してやる。」などと言いながら教室内に入って来て,教室後方の扉を蹴り始めた。これを受けて,原告は,加害生徒に対し指導していたところ,加害生徒に顔面を殴打され,その後,揉み合う中で,加害生徒に両手首をつかまれ,鼻骨骨折及び両手関節TFCC損傷の傷害を負った(本件傷害事件)。原告は,地方公務員災害補償基金に対し,公務災害の認定を請求したところ,同基金は,同年4月7日付けで,原告の請求を認める旨の決定をした。

原告は,本件傷害事件を理由に,平成26年1月より病気休暇を取得した。加害生徒の母親は,公傷病欠勤中の原告が平成27年1月27日に実家近くのパチンコ店に出入りする様子を撮影した動画を,中学校に持ち込んだ。これを受けてD校長は,市教委担当者と共に,原告に対し,事実関係の確認のための聴取を行った。

原告は,平成27年10月,本件中学校に復職し,1年生の数学を担当することとなった。なお,1年には加害生徒の弟が在籍していたが,原告は加害生徒の弟の在籍するクラスの担当からは外れた。

加害生徒の母親は,平成28年2月16日の授業参観に際し,他の保護者に対し,「b社●●か▲▲ 検索して下さい」と記載されたメモ(以下「本件検索ワードメモ」)を配布した。なお,本件検索ワードメモに記載された文言をインターネットの検索サイトに入力すると,「本件中学校で,原告が本件加害生徒に激昂し,階段の上部から突き飛ばし,顔面を膝蹴りし,暴言を吐いた」旨の記事が表示されるようになっていた。

原告は,本件傷害事件以降,本件中学校からの転任を希望していたものの,平成28年度末まで転任希望は入れられず,平成28年度末をもって,本件中学校からc中学校に転任することとなった。


判決の要旨:

(1)C校長及び市教委の安全配慮義務違反

加害生徒は,平成25年9月頃より,学年主任であるFの指導への反発を強め,同年10月頃には,同学年の生徒と共に理科の講師に対して暴言を吐き,唾を吐きかけるという対理科講師暴言事件を起こし,本件傷害事件直前には,下靴のまま体育館に入ったことを教員のEから注意されたことに反抗的な態度をとるなど,本件中学校の一部の教職員に不遜な態度をとることがあったものの,本件傷害事件まで教職員に対する暴力事件はなかった。・・・このように,加害生徒は,一部の教職員に対する反発を強めていたとはいえ,教職員に対する直接的な暴力事件にまでは発展していなかったことに加え,原告との関係が取り立てて悪かったという事情もなかったことに鑑みれば,本件傷害事件発生前の時点で,加害生徒が,指導に当たった原告に対して暴力行為に及ぶことを具体的に予見することは不可能であったというほかない。・・・ 以上によれば,本件傷害事件の発生について,C校長及び市教委に安全配慮義務に違反した国賠法上の違法があるとは認められない。

(2)原告を転任させなかったことの違法性

本件傷害事件は,中学校における指導中に発生した事件であること,加害生徒は,本件傷害事件当時,中学校の1年生であったから,平成28年3月まで中学校に在籍すること,加害生徒の母親は.平成27年8月頃,療養中の原告がパチンコ店に出入りする様子が撮影された動画を中学校に持ち込み,平成28年2月16日の授業参観中に他の保護者に対して原告が加害生徒に対して暴行を加えた旨の記事が表示される記事につながる検索キーワードを記載した本件検索ワードメモを配布するなど,原告に対する反感を外部に表明していたこと,原告が中学校に復職した平成27年10月時点で,加害生徒の弟が本件中学校の1年に在籍していたことが認められ,これらの事実に鑑みれば,原告が,本件中学校で加害生徒やその母親に遭遇する危険や,検索ワードメモを契機として他の生徒から揶揄され業務に支障が生じる不安を感じ,他校への転任を希望することには相応の理由があり,一定の配慮を要する状態であったことは否定できない。

もっとも,県費負担教職員である原告の転任については,市教委に広範な裁量権があり,上記事情をもって,平成28年度末まで原告を転任させなかったことが直ちに安全配慮義務に違反するものとして国賠法1条1項の適用上違法と評価されるものではない。


コメント:

(1)職場復帰について

一般的に,休職した労働者の職場復帰については,慎重な支援が必要であると考えられている。その際の復帰先は,元の職場(休職が始まったときの職場)になることが多い。とくに,メンタルヘルスの不調で休職した労働者の職場復帰については,まずは元の職場に復職させることが原則となっている。その理由は,「今後配置転換や異動が必要と思われる事例においても,まずは元の慣れた職場で,ある程度のペースがつかめるまで・・・経過を観察した方がよい場合が多い」からであると説明されている(厚生労働省「心の健康問題により休業した労働者の職場復帰支援の手引き」2020年)。ただし,原則には例外がつきものであり,同手引きにおいても,「ただし,これはあくまでも原則であり,・・・他の適応可能と思われる職場への異動を積極的に考慮した方がよい場合がある。」ことを認めている。

本事案において,原告は公務員であり,また,メンタルの不調で休職したものではないので,同手引が直接に当てはまるものではないが,これと並ぶくらい丁寧な支援が検討されなければならない特殊な事例であると考えられる。原告は,生徒から暴行を受け負傷し,保護者から嫌がらせを受けて,強度の身体的・精神的ストレスを受けている。そのため,うつ病などの精神疾患を引き起こしても不思議ではない状態にあったものと考えられる。さらに,本件中学校には,加害生徒やその弟が在籍しており,職場復帰しても,こうしたストレスが解消される見通しはなかった。そのような職場に復帰させることは,原告の就労環境に悪影響がある上,原告の安全や健康に大きな危険が生じる可能性のある扱いである。

したがって,原告の職場復帰に当たり,元の職場ではなく,他の職場への復帰(転任)を積極的に検討すべきであったと考えられる。市教委側の判断は,教員の転任は年度末にのみ行われるものであり,年度末に休職中の者は転任の対象とならず,したがって,原告の場合,平成26年度末の転任の可能性はないというものであった。また,平成27年度途中の復職についても,それは元の職場に戻る以外の選択枝はない,というきわめて形式的な判断をしていた。原告の特殊性を考慮し,他の職場への転任あるいは復帰を検討したという形跡はまったく見あたらない。

(2)教員の転任について

原告の転任の希望は,平成26年度末,および,平成27年度末には容れられず,平成28年度末にようやく実現された。一般に教員の転任は,教育行政が一方的に命じることができるもので,教育行政に広範な裁量権限が認められており,転任が裁量権の範囲を逸脱しない限り,違法とされることはない。裁判例においては,転任について抽象的な人事行政上の必要性があれば,おおむね裁量権の範囲内とされ,教員の個人的事情(通勤時間の増大,健康状態,家族の介護,夫婦別居など)は,さほど重視されない傾向にある。そのため,教育行政は教員の個人的事情を軽視した転任を続けてきたといえよう。しかし,ワークライフバランスが求められる現在,仕事だけでなく個人の生活のあり方を重視する雰囲気が強くなってきたため,公務員の転任においても個人的事情を軽視し続けることは,もはや時代遅れと言えるのではないだろうか。

(3)教員を大切にしない人事のあり方

今日のように教員不足が顕在化するようになっても,教育行政は,依然として,管理や統制を優先して,教員の身体的・精神的健康や安全を重視しない人事を続けているように見える。教員が「大切にされない」「優しくない扱い」を受ける姿は,職業として魅力的に映るはずもなく,そうした教員は,生徒に対して優しく接する余裕も持てなくなる。教育行政が,とりわけ人事や長時間労働についての有効な打開策を打ち出せなければ,教員不足をさらに悪化させる悪循環が生まれるであろう。優秀な人材を得られない学校現場は諸課題に十分に対応できなくなり機能不全に陥る。そんな深刻な事態が目前に迫っていると考えられる。








◆山梨市立中学校ヘアーカット事件 ―― 保護者に確認する義務

【事件名】損害賠償請求事件
【裁判所】甲府地裁判決
【事件番号】令和元年(ワ)第403号
【年月日】令和3年11月30日
【結 果】一部認容・一部棄却
【経 過】
【出 典】ウエストロー・ジャパン2021WLJPCA11306001


事案の概要:

本件は,被告が設置する山梨市立a中学校に在学していた原告が,同級生からいじめられていることを教員が認識していたにもかかわらず適切な対応がとられず,かえって原告の体臭に問題があるとして衛生指導を受け,更に教員によって髪を切られたことにより身体的,精神的苦痛を受けたと主張して,被告に対し,慰謝料等の支払を求める事案である。判決は原告の請求を一部認容し,被告に対し慰謝料等11万円の支払いを命じた。


認定事実:

(1)原告に対するいじめ

原告は,5歳の頃,広汎性発達障害の診断を受けており,人の表情を酌み取るのが得意でない,冗談を真に受けるなどの発達特性を有していた。原告の担任であるE教諭は,原告が平成27年11月アンケートにおいて臭いと言われると回答したことを受けて,原告との個別面談を実施した。

E教諭は,平成28年1月から同年4月までのいずれかの時期に,原告から,生徒Gからにらまれていると感じると相談されたことを受けて,Gに対し,個別指導を行った。E教諭は,原告の体臭が気になるから見てしまう旨を述べるGに対し,原告の体臭が気になったときもできるだけ見ないように意識してほしいと述べた。

養護教諭のF教諭は,平成28年5月24日,原告の同級生3名から,原告の体臭で給食が食べられないと相談を受けたため,思春期は鼻が敏感になるので他人の体臭が気になることも多いことや原告自身も悩んでいるかもしれないことを伝えた。

原告は,平成28年6月アンケートにおいて,平成28年4月以降いじめられたことがあるかとの質問に対し「はい」と回答した上で,臭いと言われたなどと記載した。

(2)原告に対する衛生指導

学年主任のD教諭,E教諭及びF教諭は,平成28年6月6日放課後,保健室において,原告に対し,衛生指導を行った。そこで,E教諭は,原告に対し,「どうして臭いと言われるのか心当たりはあるか」と尋ねた。これに対し,原告は,風呂のボイラーが壊れていて,父が朝に薪で風呂を沸かしているが,朝は髪を乾かす時間がないので入らない旨を述べた。F教諭は,原告に対し,「髪が長いと大変だね」と述べると,原告から,今度髪型をベリーショートにしようと思っていると言われた。これらのやり取りの中で,D教諭が過去に生徒に頼まれて髪を切ったことがある旨を述べた。

(3)本件ヘアカット行為

原告は,本件衛生指導の翌日の平成28年6月7日夜,原告母に髪を切ってもらった。背中の真ん中くらいまであった原告の髪は,原告母が髪を切ったことにより,肩にかからないくらいの長さになったが,原告母は,原告の前髪を切っておらず,原告の前髪は目に掛かっている状態であった。

原告は,平成28年6月8日朝,D教諭に対し,原告母に髪を切ってもらったことや,原告母から続きをD教諭に整えてもらうよう言われたことを伝えた。原告は,同日午後3時頃,D教諭から,髪を整えるか尋ねられ,「はい」と答えた。D教諭は,2階の多目的室前の廊下に原告を案内し,原告に椅子を持ってこさせてその椅子に座らせ,底に穴をあけたポリ袋を頭から原告に被せ,鏡のない場所で,霧吹き,くし及び工作用のはさみを用いて原告の前髪及び毛先が飛び出している部分を切った。原告は,本件へアカット行為の間,笑顔を見せており,髪を切ることを拒絶するような言動をすることはなかった。

原告は,本件へアカット行為が終わった後スクールバスで帰宅したが,その際,先輩に「変ですか。」と尋ねると「うーん。」と言われ,同級生から「キモい」などと言われ,自宅近くの建物の鏡に映った自身の姿を見てショックを受けた。原告は,平成28年6月14日,本件中学校を欠席し,以後,ほとんど欠席するようになった。原告は,平成28年11月8日付けで,山梨県立北病院において,「適応障害(現在),急性ストレス反応(当時),特定不能の広汎性発達障害」と診断された


判決の要旨:

(1)いじめ指導について

原告は,E教諭が,平成27年11月アンケート,原告との個別面談,原告からの相談などから,原告がGにいじめられていることを認識していたにもかかわらず,・・・原告の発達特性への配慮や,女性教諭が面談を行う,原告母と二者面談を行うなどの配慮をしていないと主張する。・・・しかし,平成27年11月から本件衛生指導の前までのE教諭の行為が,いじめによる被害を解消するための指導等の措置を講じる注意義務に違反し,原告に対して負う職務上の法的義務に違反するとは認められない。また,原告が問題なく中学校生活を送れていたことなどを踏まえると,上記配慮をしなかったことが,原告に対して負う職務上の法的義務の違反を基礎付けるものであるとまでは認め難い。

(2)本件ヘアカットについて

女子中学生にとって,髪の毛をどのように切るかは容姿や個性にも関わる重大な関心事であり,また,一旦切った髪の毛はすぐには元に戻らないという意味で不可逆性を伴うことなどからしても,理美容師でもない教諭が,中学校で生徒の髪の毛を切ること自体,教育の過程においておよそ想定されていない行為である。

原告は,本件ヘアカット行為当時14歳の中学生であり,一般的に教師に逆らえない立場にある上,発達特性やその場の空気を読んで行動してしまう側面等に起因して正確に意思を伝えられていない可能性があることをも考慮すれば,D教諭には,保護者である原告母に髪を切ることの当否を事前に確認する必要があったものと認められる。そして,本件へアカット行為に当たって連絡を受けることによって,原告母が本件へアカット行為の当否等の検討をする機会が与えられる利益は,本件へアカット行為の当事者である原告にとっても法的利益であるというべきである。

以上によれば,D教諭は,本件ヘアカット行為に先立ち保護者に原告の髪を切ることの当否を確認する義務を負っていたにもかかわらず,これを怠ったというべきであり,髪を切る方法や態様も適切であったとはいえず,原告に対して負う職務上の法的義務に違反したものと認められる。


コメント:

本事案において,原告は,教員が髪を切ることに同意しており,さらに,原告は,母から先生に髪を整えてもらうよう言われたと述べていた。しかし,判決は,このことを踏まえても,なお,教員の行為が違法であると判断した。それは,中学生が一般的に「教師に逆らえない立場にある」こと,さらに,原告の「発達特性やその場の空気を読んで行動してしまう側面等に起因して正確に意思を伝えられていない可能性がある」ことを考慮すれば,保護者に確認する義務があったにもかかわらず,これを怠ったからであると説明している。本件は,児童や生徒が,教員の行為に迎合的な態度をとったとしても,そのことが教員の行為の違法性を覆す理由にはならないと判断された事例として参考になる。








◆静岡県立特別支援学校生徒心肺停止事件 ―― AEDを使用する義務

【事件名】損害賠償請求事件
【裁判所】静岡地裁沼津支部
【事件番号】平成29年(ワ)第120号
【年月日】令和3年5月26日判決
【結 果】認容(控訴)
【経 過】二審東京高裁令和4年9月15日判決(賠償を増額・確定)
【出 典】ウエストロー・ジャパン2021WLJPCA05266009


事案の概要:

本件は,被告が設置,管理するa特別支援学校中学部在籍する生徒であった原告が,本件学校における歩行訓練中に意識を失って心肺停止となり,その後,救急搬送されて心肺蘇生したものの,低酸素脳症を発症して遷延性意識障害等となった事故につき,本件学校の教諭らには,@救急車を要請し,通信指令員に原告の状態に係る重要事項を説明すべき義務及びA原告に心肺蘇生法の実施及びAED(自動体外式除細動器)の使用をすべき義務を怠った過失があるなどと主張して,被告に対し,損害賠償金等の支払を求める事案である。


認定事実:

事故当時、原告は,身体障害者手帳(等級2級と判定されたもの)及び療育手帳(程度Aと判定されたもの)の交付を受けていた。原告は,小学校4年生頃から自分で歩くことができなくなり,歩行をするためには歩行器による補助が必要となっていた。

事故当日の平成26年12月11日、原告は,実母(「原告母」)と共に中学部に登校した。中学部のグループ長であるC教諭及びD講師が原告を車椅子から歩行器に移動させた上で,原告は、午前9時15分頃,D講師の付添いの下,中学部の教室から廊下を挟んで向かい側の図工室までの歩行訓練を開始した。

原告は,午前9時20分頃に突然歩行を中止した後,D講師及び原告母によって図工室から教室に運ばれ,教室内にあったマットの上に寝かせられた。教室内にはE講師及びF教諭も在室し,別の生徒らの対応をしていた。原告母及びF教諭は,原告に呼び掛けたものの、原告からの反応はなかった。D講師が、電話で管理職員と養護教諭を呼び出し,まず,C教諭が、午前9時23分頃、教室に到着し,次いで,G養護教諭が,午前9時25分頃,教室に到着した。

G養護教諭は、触診で原告の脈拍を確認できなかったため,原告の手指にパルスオキシメーターを装着して血中酸素飽和度と脈拍数の測定を開始した。G養護教諭は,原告を軽くたたき、声掛けをするなどして呼び掛けたものの、G養護教諭には原告の変化は分からなかった。パルスオキシメーターの画面には数値が出ていたものの,それらの数値は,いずれも低く,変動が大きかった。

中学部の主事であるH教諭が、午前9時26分頃,教室に到着した。H主事が,原告母に対し、原告の既往症であるてんかんの発作かどうか尋ねると,原告母は,H主事に対し,てんかんの発作ではないと回答した。H主事は、午前9時29分頃,原告の腕や頸動脈で脈拍を確認しようと試みたが脈拍を確認できず、目視で呼吸の有無を確認することも困難であったため、その頃、教諭らに対し、救急車を要請するよう指示した。そこで,C教諭は、午前9時30分頃,事務室から救急車を要請した。その際,C教諭は,通信指令員に対し,13歳の男性が顔面蒼白となっているなどと述べた。

救急車が学校に到着し,救急隊員が、午前9時40分頃、教室に入室して原告の状態を確認した。救急隊員は、直ちに心肺停止状態と判断し,午前9時41分頃,原告に対し、心肺蘇生法を実施した。なお、教諭らは、午前9時20分頃から救急隊員による心肺蘇生法の開始までの間,心肺蘇生法の実施及びAEDの使用をすることはなかった。原告は,搬送先の病院で心肺蘇生措置を受け,午前10時20分頃,自己心拍を再開した。原告は,事故後,寝たきりとなり,等級1級の身体障害者手帳の交付を受けた。


判決の要旨:

(1)心停止に関する医学的知見

日本救急医療財団と日本蘇生協議会は、「JRC(日本版)ガイドライン2010」と、「救急蘇生法の指針2010(市民用・解説編)」(「本件指針」)を取りまとめており、その中で、一般市民が行うべき救命処置について、心肺蘇生法を実施するまでの手順を示している。[次にその要点のみを引用する。]

@ 誰かが倒れているところを発見した場合、救助者は,肩を軽くたたいて大声で呼び掛けるなどしてその人の反応を確認する。傷病者に反応がない場合、救助者は,大声で叫んで周囲の注意を喚起し,119番通報とAEDの手配を依頼する。

A 救助者は,その後、傷病者の呼吸を見る。傷病者の呼吸を観察するためには,傷病者の口元に救助者の顔を近づけるなどして確認する方法よりも、傷病者の胸と腹部の動きを俯瞰的に見る方法の方が好ましく、救助者は、傷病者の胸と腹部が動いていなければ、呼吸が止まっていると判断し、胸と腹部の動きが普段どおりでなければ、心停止の徴候と判断する。

B 救助者は,心停止と判断した場合、直ちに胸骨圧迫から心肺蘇生を開始する。AEDが到着してからは,救助者はAEDの電源を入れて傷病者に装着し,音声メッセージに従って操作する。

(2)教諭らの過失の有無について

学校の教諭らは、教育活動である歩行訓練中に発生した事故について、原告の生命・身体に対する損害の発生又は拡大を防止すべき事後措置を執る義務を負っていたと認められる。

午前9時20分の時点で,教諭らが,直ちに養護教諭に救急対応の措置を執らせるのを相当と判断して119番通報をせず,養護教諭及び管理職員を呼んだことが、職務上の義務に違反する行為に当たるとまでは認められない。

G養護教諭は原告の反応がないことを認識し得たことからすれば,G養護教諭には、午前9時25分の時点で,救急車を要請すべき義務、心肺蘇生法を実施すべき義務、及び、AEDの使用をすべき義務があったにもかかわらず,これらをしなかったのであるから、G養護教諭には、これらの義務に違反した過失があったと認められる。

(3)原告母の過失について

被告は,原告母が、救急車の要請やAEDの使用についても教諭らに積極的に要請することがなかったとして、これらの事情を原告母による過失として過失相殺をすべきと主張する。[しかしながら、]学校内で傷病者が発生した場合には救急処置などを実施することが養護教諭に期待されていたこと,事故が学校内で発生した以上,G養護教諭を含む教諭らの方が,原告母よりも安全管理体制や危機管理体制をより的確に把握していたものと認められることからすれば,被告の主張する事情をもって,過失相殺を認めて賠償額を減額するのは相当ではない。


コメント:

事故当時、男子生徒が意識を失ったにもかかわらず、救急車要請が遅れたほか、AEDが使用されず、救急隊が到着するまで心肺蘇生措置も行われなかった。このことが養護教諭の過失に当たると判断した事例である。養護教諭は、他の教員に比べてより重い事後措置義務を負うとした点が注目される。

教員らの対応が、本件指針に照らして、その手順を踏まえていたかどうかが過失の有無を判断するうえでの重要な決め手となった。教員らは本件指針が示す次のような手順に従っていなかったものと判断される。

(a)呼び掛けに対して反応がない場合、救助者は,119番通報とAEDの手配を依頼する。(b)呼吸の確認において、約10秒かけても判断に迷う場合は、呼吸がないものと判断して、速やかに心肺蘇生法を開始する。(c)心停止確認のために、頸動脈の脈拍の有無を判定することは非常に困難であるため、市民は脈拍の触知を行うべきではなく、呼吸の確認に専念することとする。

本件指針の基になったJRCガイドラインは、数年ごとに改定されており、心肺蘇生法を実施するまでの手順についても重要な変更が繰り返されている。直近の「JRC蘇生ガイドライン2020」では、(a)意識の確認において、「反応の有無についての判断に迷う場合」にも、119番通報とAEDの手配を依頼する、(b)呼吸の確認において、「普段どおりの呼吸か」どうか判断に迷う場合、又はわからない場合も、心停止と判断して胸骨圧迫を開始する、などの変更が加えられている。

こうした医学的知見の更新の状況をふまえると、心肺蘇生法やAEDの使用法を学ぶための講習についても、その知識技能の維持向上のため、2年から3年毎に受講する必要があるとされている(たとえば、大阪市消防局主催の普通救命講習の場合)。教員の心肺蘇生に関する認識も、こうした講習を受講することにより、遅滞なく更新される必要がある。

本件事例における学校においても、事故の起こる半年前に、心肺蘇生法に関する研修が実施され、ほぼ全ての教職員が参加していた。とくに、G養護教諭は,本件指針を自ら購入して読んでいた(第3 争点に対する判断 1認定事実)。それにもかかわらず、本件学校の教員らは、手順を誤ったのである。このことは、実際に緊急事態を目の当たりにした場合に冷静な判断ができなくなる、というような対応の難しさを物語っているように思われる。








◆ペンシルベニア州公立高校・部活動停止処分事件 ―― SNSに「くたばれ学校」と投稿
【事件名】マハノイ地区学校区対BL(マハノイ事件)
     Mahanoy Area Sch. Dist. v. B.L., 141 S.Ct. 2038 (2021)
【裁判所】アメリカ連邦最高裁
【事件番号】(差止等請求事件)
【年月日】2021年6月3日判決
【結 果】上告棄却(原判決認容)
【経 過】
【出 典】141 S.Ct.2038 (2021)
【評 釈】大林啓吾・判例時報2494号104頁


事案の概要:

生徒が学校外でSNSを使って学校や部活を冒涜する投稿をしたことに対し、学校が1年間部活動を停止する処分を行うことは表現の自由を侵害するとされた事例


認定事実:【前掲大林氏の評釈から抜粋します。】

ペンシルベニア州マハノイ地区の公立高校1年生のBL(Brandi Levy)は、学校のチアリーディング部(チア)の2軍に所属しており、来年度1軍に入るためのテストを受けた。しかし、BLはテストをパスできず、もう1年2軍で活動することとなった。1軍に上がれなかったことに納得がいかなかったBLは週末に友人らとコンビニに立ち寄った際に、スマートフォンからスナップチャットを通して2つのスナップをストーリ(1時間後自動的に消去)にアップした。1つは、BLが友人とともに中指を立てている写真に、「くそったれ学校、くそったれソフトボール、くそったれチアリーディング、何もかもくそったれ」(Fuck school fuck softball fuck cheer fuck everything)というコメントを付け、もう1つは笑っている絵文字が上下する構図の中で、「どうして私たちがもう1年2軍にいなきゃならないのさ?みんなもおかしいと思わない?」というコメントを付けたものであった。

BLのフレンドグループには250名ほどの友人が参加しており、その一部の者がそれをスクリーンショットで撮影して拡散したため、翌日にはそのスナップが学校中に知れ渡ることになった。そのスナップに憤りを感じたチアの生徒や他の生徒らはコーチに苦情を言い、コーチは校長と話し合った結果、BLが部活動を冒涜し、学校のルールに違反したとして、1年間チア活動を停止する処分を下した。

そのため、BLとその両親は当該処分が表現の自由を侵害するとして処分の撤回などを求めて訴訟を提起した。連邦地裁は、処分の撤回を命じる判断を下した。連邦高裁は、学校は学校外の表現を取り締まることができないとして、表現の自由を侵害すると判断した。そのため、学校側が上告した。


判決の要旨:【前掲大林氏の評釈から抜粋します。】

(ブライヤー裁判官の法廷意見)生徒は学校内においても表現の自由を行使できるが、それは学校の特性に応じた制約を受ける。学校の監督権は生徒が学校外にいるからといってまったく及ばなくなるわけではない。

BLの表現は低俗ではあるが、喧嘩言葉やわいせつ表現ではなく、学校等に対する批判的表現であり、大人になれば表現の自由として強く保護される類のものである。また、BLは学校外で、学校が休みの時に当該表現を行い、学校を特定したり個人を特定したりして野卑な言葉を浴びせたわけでもない。したがって、学校がそれに対して規律する利益は少ない。

学校側の利益としては、@マナーを教えたり低俗な言葉を使うと罰を受ける結果になることを教えたりする利益がありうるが、それは学校の休みの日に学校外で行う場合にはほとんど認められない、A課外活動においても秩序を維持する利益がありうるが、本件ではティンカーテストを満たすような秩序を実質的に乱すおそれがない、Bチームモラルの維持という利益がありうるが、深刻なチームモラルの低下が生じるとは考えられない。したがって、学校が表現の自由を侵害していると判断し、原審の判断を認容する。


コメント:

(1)学校内外の区分について

本判決は、生徒の表現を学校内と学校外に分け、学校内においては、生徒の表現が学校の特性に応じた制約を受けるとし、また、学校外の表現であっても規制が認められる余地があるとした。そして、表現内容やその方法、当該SNSの特性など、個々具体的な事実を吟味したうえで、生徒の利益と学校の規制利益を比較衡量して判断するというアプローチをとった。本事例のようなSNSでの表現については、物理的に学校内外を区分することの意味はほとんどなく、判決のような、利益衡量のアプローチがきわめて妥当であると考えられる。

(2)ネット上の生徒の表現が問題になる場合

@ネット上のいじめ
生徒の表現が、他の生徒への権利侵害やいじめに当たる場合、学校は対応を迫られる。学校は、いじめに対処することを義務付けられているため、それがネット上で行われたものであっても、適切な対応をしない場合はその責任を問われることになる。この点について、文部科学省は対応方法などを具体的に説明している(「ネット上のいじめ」に関する対応マニュアル・事例集(学校・教員向け)平成20年11月 https://www.mext.go.jp/b_menu/houdou/20/11/08111701/001.pdf)。

A学校や教員に対する誹謗・中傷
本事例のように、生徒は、教員の指導や学校の処分などに不満をもつとき、ネット上にその不満を表現することがある。そして、その表現内容が教員を侮辱し、学校の社会的評価を低下させるものに及ぶこともある。これらの行為は、学校の教育環境や紀律に対して害を及ぼすだけでなく、名誉棄損や侮辱に該当する場合もある。とくに、実名で教員や学校を中傷する場合には、学校としては、そのような表現を放置するわけにはいかなくなるであろう。








◆大阪府立高校教員適応障害事件 ―― 校長の安全配慮義務

【事件名】損害賠償請求事件
【裁判所】大阪地裁判決
【事件番号】平成31年(ワ)第1644号
【年月日】令和4年6月28日
【結 果】認容(確定)
【経 過】
【出 典】裁判所ウェブサイト


事案の概要:

被告(大阪府)の設置、運営する高校に世界史担当教諭として勤務していた原告が、過重な業務により長時間労働を余儀なくされ適応障害を発症したとして、被告に対し、国家賠償法1条1項または債務不履行(安全配慮義務違反)に基づく損害賠償請求として、約230万円の支払を求める事案である。地裁判決は、校長の安全配慮義務違反を認定し、被告に約230万円の支払いを命じた。


認定事実:

原告は、本件高校において、平成28年度は世界史の授業を担当すると共に、生徒会部に所属し、国際交流委員会の委員や、卓球部顧問、ラグビー部副顧問等を務めた。平成29年度は、世界史の授業を担当するとともに、1年生のクラス担任を務め、生徒指導部に所属し、国際交流委員会の主担当者、ラグビー部顧問等も務めた。

平成29年6月27日、原告は、K校長に宛てて以下の内容のメールを送信した。
「K校長先生、先日も申し上げたように適正な労務管理をしてください。あまりにも偏りすぎています。断らない若手を徹底的に使うにしても限度を考えていただかないと、このままでは本当に死んでしまう。なぜ運動部の主顧問でもなく土日しっかり休める人間や教材研究の蓄えがたっぷりある人間よりも、土日もなく日々の教材研究に追われている立場の人間にプラスαの仕事がどんどんふりかかるのでしょうか。。。。。もう限界です。精神も崩壊寸前です。春から何度もお伝えしている体調不良も悪くなる一方で慢性化しています。家庭も犠牲にしています。病院に行きたくても行く時間もない。国際交流前任者がいない つぶれる。」

原告は、同年7月21日、本件高校の産業医であるG内科クリニックを受診し、G医師に対して「ここ3〜4カ月頭痛と胸の痛みがある」と言い、「不安感、イライラ、仕事のことが頭から離れない」などの症状を訴えた。G医師は、原告に対し、「病名慢性疲労症候群」「上記疾患のため平成29年7月22日から1ケ月(8月20日まで)間の、自宅療養(就労不可)の必要を認める」旨の診断書(「7月診断書」)を作成、交付した。原告は、同年7月20日頃、遅くとも7月21日までに、適応障害を発症していた。

原告は、同年7月24日、K校長に対し、7月診断書を提出した。原告が、自分はこういう状態なのでオーストラリア語学研修から帰ってきたら休ませてくれるように伝えると、K校長は、L教頭とX事務長を交えて話をし、原告に対し、オーストラリア語学研修に行かせることはできないと言った。[これに動揺した]原告は、同日中に、K校長、L教頭を同行して本件クリニックに赴き、7月診断書をG医師に返却した。G医師の診療録には、「診断書撤回とする。本人も研修に対する希望有り。やっていけるとのこと…。」との記載があった。

原告は、同年7月25日から8月7日朝、オーストラリア語学研修に同行し、生徒の引率等にあたり、帰国後、年休及び夏期特別休暇を取得し、8月21日から出勤した。その後、原告は病名を「慢性疲労症候群」とする診断を受け、9月25日から12月15日まで病気休暇を取得し、さらに、平成30年2月には「適応障害」との診断をうけ、平成30年2月6日から3月31日までの間、病気休暇ないし病気休職の扱いとなった。原告は、平成30年4月1日に職場復帰をした。


判決の要旨:

(1)原告の本件時間外勤務時間

本件発症前6か月間における、原告の在校時間及び休日校外で部活動指導等の業務に従事した時間から、所定の休憩時間及び業務外の活動を行っていた時間並びに法定労働時間を差し引いた時間(以下「本件時間外勤務時間」)は、以下のとおりである。
ア 平成29年6月21日〜同年7月20日 112時間44分
イ 平成29年5月22日〜同年6月20日 144時間32分
ウ 平成29年4月22日〜同年5月21日 107時間54分
エ 平成29年3月23日〜同年4月21日  95時間28分
オ 平成29年2月21日〜同年3月22日  50時間58分
カ 平成29年1月22日〜同年2月20日  75時間52分

(2)業務の量的過重性の有無について

本件時間外勤務時間は、発症前2か月間が概ね1か月当たり120時間程度であり、発症前6か月間の本件時間外勤務時間の平均が1か月当たり概ね100時間程度となるような長時間に及んでいたことは、原告の心身健康を害する程度の強度の心理的負荷であったと評価するのが相当である。

勤務時間管理者である校長の注意義務(安全配慮義務)履行の判断に際しては、本件時間外勤務時間をもって業務の量的過重性を評価するのが相当であり、本件時間外勤務時間が、校長による時間外勤務命令に基づくものではなく、労働基準法上の労働時間と同視することができないことをもって、左右されるものではない。

(3)業務の質的過重性の有無について

原告は、平成29年度にはクラス担任を務めた上、国際交流委員会の主担当者として、オーストラリア語学研修の準備に当たったこと、同研修は、20人の生徒を引率してオーストラリアにある姉妹校(B高)を訪問させ、B高の関係者宅にホームステイをさせるというもので、原告は主担当者として参加希望者の募集や抽選、滞在中の日程やプログラムの決定、費用の設定、しおりの作成等を取り仕切り、生徒らを安全に引率し、費用面を考慮しつつより有益な研修とするために種々の調整を要したことが窺えること、本件発症前3か月間の本件時間外在校時間が長時間に及んでいる時期がオーストラリア語学研修の準備が本格化した時期と重なっていることなどからすれば、原告はこれら業務を所定労働時間外に行わざるを得なかったものと認められる。したがって、原告は、客観的にみて、質的にも加重な業務に従事していたものと評価するのが相当である。

(4)校長に注意義務(安全配慮義務)違反があったか

K校長は、平成29年4月から同年5月にかけて、新学期である上、国際交流委員会関連業務も立て込んでいることが原因で原告の退勤時間が遅くなっていることを把握してその体調を気遣っており、また、遅くとも平成29年6月1日の目標設定面談の際までには、原告の1月当たりの時間外等実績が80時間を超えたことを知って、同面談の際に、適正把握要綱の定める[勤務時間管理者としての]ヒアリングも行っていた。

K校長としては、平成29年5月中旬頃から、遅くとも同年6月1日までの間には、原告の長時間労働が生命や健康を害するような状態であることを認識、予見し、あるいは認識、予見すべきであったから、その労働時間を適正に把握した上で、事務の分配等を適正にするなどして勤務により健康を害することがないよう配慮すべき注意義務を負っていたものと認められる。

[にもかかわらず、]K校長は、漫然と身体を気遣い休むようになどの声掛けなどをするのみで抜本的な業務負担軽減策を講じなかった結果、原告は本件発症に至ったものと認められるから、K校長には注意義務(安全配慮義務)違反が認められる。

コメント:

本件は、教員の過重な業務につき、校長が抜本的な負担軽減策を講じなかった結果、適応障害を発症させたとして、校長の安全配慮義務違反を認め、教員の損害賠償請求を認容した事例である。被告(大阪府)は控訴を断念したため、地裁判決が確定した模様である。

(1)勤務時間の捉え方について(「本件時間外勤務時間」の概念)

本判決は、校長の注意義務(安全配慮義務)違反の有無を判断するに際しては、「本件時間外勤務時間」をもって業務の量的過重性を評価するのが相当であるとしている。

この「本件時間外勤務時間」は、おおむね次のようにして算出される。@出勤打刻時間から退勤打刻時間までの時間を基礎とし、A土日や休日に部活指導等の業務を行った時間及び校外に出張した時間を加える。B所定の休憩時間(45分)及び業務外の活動を行っていた時間を差し引く。C以上の時間から法定労働時間(週40時間)を差し引く。

こうした勤務時間の捉え方は、文部科学省が作成した「公立学校の教師の勤務時間の上限に関するガイドライン」(2019年)の趣旨に沿ったものであり、同ガイドラインにおいては、上記@からBの総時間は「在校等時間」と定義されているものである。

この「本件時間外勤務時間」という捉え方は、校長の明示・黙示の時間外業務命令があったかどうか、また、業務が労働基準法上の労働時間に相当するかどうかに関わらず、勤務時間を外形的に算出することができ、教員の勤務の実態をより適切に把握するために有効な手法であると評価できる。

教員の長時間労働に関する訴訟では、本件とは別に、時間外勤務手当などの未払賃金請求事件等の形式をとるものがある。たとえば、近年では埼玉県公立小学校事件(さいたま地裁令和3年10月1日判決)がある。そこでは、教員の行った業務が、労働基準法上の労働に当たるか、また、校長の指揮命令に基づいて行われた業務といえるかどうかについて、個別に厳密に審議され、その結果、時間外勤務時間がきわめて短く算出され、教員の勤務の実態からかけ離れた判断となった。

(2)教員の業務の自主性尊重について

被告は、長時間労働の責任が教員側にあるとして、次のように主張する。すなわち「教諭である原告の業務の自主性・創造性から、業務の内容についても自ら調整すべきである」、「原告は自らの負担を軽減できたはずである」、「原告は校長らに対して業務負担軽減を求めるのであれば具体的な提案をすべきである」。これに対し判決は、「教育職員である原告の業務の自主性・創造性を尊重すべきことと、当該職員が・・・過重な業務に従事して、精神的に追い詰められた様子を示し、労務管理を求めている際にこれに応える義務があることとは別の問題である」として、被告の主張を斥けている。

近年、教員の長時間労働の解消が、重要な課題の一つとして認知されるようになり、また、労働安全衛生法などにより,教育委員会や校長に求められる勤務時間管理の責務が明確化されてきた。それにもかかわらす、教育委員会や校長には、この解決が重要課題であるとする認識は、充分にあるとはいえない。先述のような被告の主張は、教育委員会や校長の正直な認識を表現したものであると考えられ、現在の教育委員会や校長には、労務管理の当事者としての自覚が稀薄であることを示している。

この点につき、文部科学省の審議会は、教員の負担軽減のためには、教員が、より短い勤務時間でより多くの成果を上げられるような働き方をするよう、教員一人ひとりの意識改革が必要であると指摘している(中央教育審議会答申「新しい時代の教育に向けた持続可能な学校指導・運営体制の構築のための学校における働き方改革に関する総合的な方策について」2019年1月25日)。このように、国の政策において、教員の意識改革が強調される半面、教育委員会や校長自身が、教員の業務に優先順位を付けて優先度の低い業務を廃止するなどして、具体的に時間外業務を縮減させるための施策を実行することは必ずしも強調されているとは言えない。こうした、いわば「教員任せ」という政策的動向が、教委委員会や校長の意識に影響を与えているのではないだろうか。







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