◆202412KHK253A1L1018M
TITLE:  注目の教育裁判例(2024年)
AUTHOR: 羽山 健一
SOURCE: 2024年12月29日
WORDS:  24604文字


注目の教育裁判例(2024年)



羽 山 健 一



ここでは,公刊されている判例集などに掲載されている入手しやすい裁判例の中から,先例として教育活動の実務に参考になるものを選んでその概要を紹介する。詳細については「出典」に示した判例集等から全文を参照されたい。なお、本稿の「認定事実」や「判決の要旨」の項目は、判決文をもとに、そこから一部を抜粋し、さらに要約したものであるので、判決文そのものの表現とは異なることをご了承願います。




  1. 熊本市立小学校教員体罰暴言事件 ――「お前はクソだ」との暴言
    熊本地裁 令和5年2月10日判決

  2. 幼稚園児の誤嚥窒息事故 ―― 意識のない幼児には心肺蘇生法を
    さいたま地裁 令和5年3月23日判決

  3. サッカーアカデミー監督パワハラ事件 ―― 高校と提携するサッカー教室で
    奈良地裁 令和5年5月26日判決

  4. 古河市立中学校教員うつ病自殺事件 ―― 部活動指導は生きがい
    水戸地裁 令和6年2月14日判決

  5. 吹田市立小学校いじめ不登校事件 ―― アンケートのやり方が違法
    大阪地裁 令和6年5月16日判決

  6. 東大阪市立中学校教員適応障害事件 ―― 代わりはいないので踏ん張ってほしい
    大阪地裁 令和6年8月9日判決

  7. さいたま市立中学校教頭パワハラ休職事件 ――「俺に恥かかせるんじゃねえ」
    さいたま地裁 令和6年10月30日判決








◆熊本市立小学校教員体罰暴言事件――「お前はクソだ」との暴言

【事件名】国家賠償請求事件
【裁判所】熊本地裁判決
【事件番号】令和3年(ワ)第215号
【年月日】令和5年2月10日
【結 果】一部認容・一部棄却(確定)
【経 過】
【出 典】判例時報2588号21頁


事案の概要:

本件は、原告が、当時6年生として通っていた被告市が設置する小学校において、原告のクラスの担任教諭から、(1)原告の腕を強く掴み正面から首元を掴んで教室の壁方向に押しやる行為(「本件行為」)を受けたこと、(2)同クラスの児童全員の前で、「お前ははっきり言ってクソだ。」などと言われたこと(「本件発言」)が、いずれも違法な行為であるなどと主張して、被告に対し、損害賠償等合計約275万円の支払を求める事案である。判決は、原告の請求を一部認容し、被告市に対し12万1000円の支払いを命じた。


認定事実:

(1)本件行為の経緯
担任教諭は、原告が、修学旅行の訪問先に持参する折り鶴を、10羽中7羽しか作成していなかったことから、令和2年10月12日の放課後、原告に対し、残りの折り鶴を折ってから帰るように指示した。しかし、原告は、担任教諭に対し、作成した折り鶴は探したがなくなってしまったと述べ、帰宅しようとした。そこで、担任教諭は、「ないわけないやろ、おまえがちゃんとさがさんけんた。」と叫び、原告に対し、折り鶴を探すように指示したが、原告は、なおも帰宅しようと教室の後ろ側(教壇と反対側)の扉から出て行こうとした。担任教諭は、原告が帰宅するのを制止しようとし、教室の扉付近にいた原告の背後から、右手で、原告の左手首を掴み、原告を教室に引き戻した上、原告と正対し、その首元を掴んだ上、原告を窓側にあった原告の席の近くまで5メートル程度の距離を押した。

(2)本件発言の経緯
担任教諭は、令和2年11月11日、女子児童2名が、原告からバレーボールの遊びに入れてもらえず仲間外れにされたと言い泣いていたため、空き教室に原告を呼び出し、原告から事情を聴取した。担任教諭は、当該女子児童らを仲間外れにしたのは原告であると判断し、6限目の授業中に、原告を含むクラスの児童全員の前で、原告に対し、@「お前は、はっきり言ってクソだ。」、A「もう学校に来なくていい。」と言い、同クラスの児童全員に対し、B「もう原告とは話すな。」「原告とは、関わるな。」「友達は選びなさい。本当にこの人といたら楽しい、安心できるという友達と過ごしなさい。」と言った後、さらに、原告に対し、C「親に言っても無駄だ。俺は撤回しないから。」と発言した。


判決の要旨:

(1)本件行為について
担任教諭による上記の行為は、原告の身体に対して危害を加える危険性のある有形力の行使であるとともに、原告を制止する必要まではないとはいえないとしても、その手段の必要性や相当性との関係では、翌日に他の児童の協力を得て、原告に折り鶴を折らせるなどの措置をとるなどの方法が考えられることからすると、当該時点において本件行為を行わなければならない必要性や相当性も乏しいから、生徒指導の一環である行為としては、行き過ぎたものであったといわざるを得ず、教諭が児童に対して行うことが許される教育的指導の範囲を逸脱したものと認められる。

(2)本件発言について
仲間外れがいけないことであるとの生徒指導を目的として6時限目の授業が開始されたとしても、遅くとも本件発言がされた時点においては、原告の態度に憤慨した担任教諭において感情の赴くままに本件発言に及んだものと認められ、その目的自体が不合理なものであるから、本件発言については生徒指導の一環としてされたものと評価することはできない。

そして、担任教諭の発言は、発言@が原告を侮辱する内容であり、発言A及びBが原告を小学校生活から排除する内容であり、発言Cが親権者らへの口封じを内容であって、これらの発言により、肉体的・精神的に未熟な小学生である原告の心を深く傷つけたであろうことは想像に難くないばかりか、クラス担任である教諭が、原告の同級生である児童らの面前で本件発言をすれば、当該児童らにおいて、原告に対して友人として接することが困難となり、原告自身がクラス全員から仲間外れにされる危険性もあったことからすると、本件発言が原告に対して及ぼす不利益が非常に大きなものであったことは明白であり、教諭が児童に対して行うことが許される教育的指導の範囲を逸脱したことは明らかである。


コメント:

本件は小学校の教員が感情的になって行った指導が違法と判断された事例である。判決は、教員が感情の赴くままに指導したのでは、それが教育的指導の範囲を逸脱した違法な行為になることがあると指摘している。

とはいっても、教員が行った指導について、子どもがその指導に人間的な感情を感じられない場合、あるいは「気持ちがこもっていない指導であった」場合、生徒の態度を改めさせることは難しい。子どもに「本気度」が伝わらなければ指導の効果はない。したがって、教員には豊かな感情とともに理性的な冷静さが求められるのであろう。

本件発言は、原告が女子児童を仲間外れにしたことを発端として、仲間外れがいけないことであると気づかせることを指導の目的としていたはずである。 それにもかかわらず、担任教員は、クラスの児童に対し、「もう原告とは話すな。」「原告とは、関わるな。」などと発言をして、原告が仲間外れにされる危険性のある呼掛けをした。これは、いかにも矛盾しており、担任は、発言の時点において、いささか感情的になりすぎて、冷静さを欠いた状態であったと言わざるをえない。







◆幼稚園児の誤嚥窒息事故 ―― 意識のない幼児には心肺蘇生法を

【事件名】損害賠償請求事件
【裁判所】さいたま地裁
【事件番号】平成30年(ワ)第1303号
【年月日】令和5年3月23日判決
【結 果】一部認容・一部棄却(控訴)
【経 過】
【出 典】判例時報2584号89頁


事案の概要:

本件は、幼稚園で園児が昼食中に誤嚥窒息を起こし、重篤な後遺症を負った事故につき、救護に当たった園長らには、@適時に心肺蘇生法(心臓マッサージや人工呼吸)を実施しなかった過失、A適切な異物除去措置を実施しなかった過失を主張して約5億円の損害賠償を求めた事案である。判決は、園長らの過失と後遺症との間の因果関係を否定したうえで、後遺症が残らなかった相当程度の可能性を侵害したとして、慰謝料等550万円の限度で支払いを命じた。


認定事実:

原告Xは、事故当時4歳で、被告学校法人が設置する幼稚園の年中組に在籍していた。平成28年11月17日、幼稚園の被告教諭その他の教諭3名は、2階ホールにおいて、年中組の園児約70名に昼食を取らせていた。その際、原告Xは、持参した弁当に入っていたウインナーを誤嚥して窒息し、呼吸困難に陥った。

原告Xの誤嚥後の事実経過は、次のとおり。@居合わせた被告教諭が救急車を呼ぶよう近くにいた職員に指示を出すとともに、原告Xの背中を叩いたり、口に指入れをしたりした、Aそうしているうちに原告Xが被告教諭ともう1人の職員では抑えきれないほどの力でのたうち回り始め、どうにかして背中を叩いた、Bのたうち回る状態が治まった後、被告教諭は再度原告Xの口に指入れをしたが、この時原告Xが指が抜けないほどの強い力で口を閉じてしまったので、スプーンで原告Xの口をこじ開け、被告教諭は自身の指の出血の処置のため原告Xのもとから離れた、C原告Xがぐたっとした様子であったところ、被告園長が駆け付け、周囲の他の職員らとも協力の上、強い力で原告Xの背中を4〜5回叩いたが、異物は出てこなかった、D被告園長は、消防隊や救急隊の到着を待つため原告Xを正門から近い階下の事務室に移動させた。

午後0時27分、消防隊が到着し原告Xに心肺蘇生法を開始した。原告Xは搬送された病院において治療を受けたが、同年12月20日、遷延性意識障害との診断を受け、後に、低酸素性虚血性脳症等の重篤な後遺症が残った。


判決の要旨:

(1)心肺蘇生法を実施しなかった過失等
本件においては、異物除去による気道確保のための措置が奏効しなかった時点で速やかに心臓マッサージを開始するべきであったといえる。もっとも前記対応は講学上において最良とされるものであるところ、…JRC(一般社団法人日本蘇生協議会)蘇生ガイドラインを含む各証拠の記載は、幼稚園職員を含む一般市民に対して、記載通りの対応をするべき義務を当然に課しているとまでは読み取ることができない。

事実経過Aの時点以降、被告園長及び被告教諭が医療従事者でないこと等の事情から、被告らが、講学上最良とされる救命措置を講じることができなかったとしても、それが直ちに法律上の過失等を構成するものではない。

その後の事実経過Cが終わった時点では、一貫して異物除去が奏功していなかったという経過や原告Xの意識・反応がない様子等に照らして、この時点に至っては、医療従事者でない被告園長にとっても、少しでも早く心肺蘇生法を実施すべき状況だったと認められる。したがって、この時点で、被告園長らには、原告Xに心肺蘇生法を実施しなかった過失等が認められる。

(2)過失等と重篤な後遺症との間の因果関係について
事実経過Cが終わった時点で、原告Xは短く見積もっても心停止から3分程度経過していた。この時点において、被告園長の過失等がなければ、原告Xに重篤な後遺症が残らなかった高度の蓋然性が存するとまでは認められないから、被告園長らの過失と原告Xに残存した後遺症との間の因果関係は、これを認めることはできない。

もっとも、仮に被告園長らが、2階ホールから原告Xを運び出す前に心肺蘇生法を実施していれば、原告Xに重篤な後遺症が残存しなかった相当程度の可能性があったことを推認することができる。したがって、被告らは、原告Xに重篤な後遺症が残らなかった相当程度の可能性を侵害したことによって、その限度で、原告Xに発生した損害を賠償する責任を負うというべきである。

(3)適時適切な異物除去措置を実施しなかった過失等
前掲JRC蘇生ガイドラインを含む各証拠の記載が、救護者個人に記載どおりの救護措置を講じるべき法的義務を課す趣旨であるとまでは読み取ることができず、被告らは医療従事者でないことなどから、最良の異物除去措置を講じることができなければ、直ちに過失等があるとまではいえない。

被告教諭の対応は、講学上最良の方法ではないとしても、不意に危機に直面したという状況にあって、原告Xの異物を除去するためにした対応として一定の合理性を有していたというべきであって、当時の状況に照らして不適切なものであったということはできない。したがって、被告教諭に適時適切な異物除去措置を講じなかった過失等を認めることはできない。


コメント:

2024年2月、福岡県みやま市の小学校の学校給食において、1年生の児童がうずらの卵を喉に詰まらせて窒息死する事故が発生した。さっそく、文部科学省は、各地の教育委員会宛に「学校給食における窒息事故の防止について」(令和6年2月27日事務連絡)を発出し、指導の徹底をはかるよう通知した。周知のように、学校等における誤嚥事故は頻発しており、裁判例も散見される。たとえば、大分地裁令和6年3月1日判決(大分県立特別支援学校)、東京地裁令和令4年10月26日判決(四街道市立保育所)、福岡高裁令和2年7月6日判決(久留米市立特別支援学校)。

本件は、誤嚥窒息状態にある園児に対して、教諭らが効果的な異物除去措置を行わず、園児の意識がなくなった後も心肺蘇生法を実施せず、ひたすら異物除去措置を継続したという対応について、過失等が問われた事例である。

前掲のJRC蘇生ガイドライン等には、幼児に誤嚥が発生した場合の対応として、「傷病者の意識や反応がある場合には、少なくとも傷病者の頭を下に向かせ、後方から手のひらの基部で左右の肩甲骨の中間あたりを力強く連続して叩く背部叩打法と、腹部突き上げ法を、一方で効果がなければ他方を実施する等して繰り返して実施し、傷病者の意識や反応がなくなった場合には直ちにCPR(心肺蘇生法)を開始する」べきことが記載されている。

本判決は、これらの記載は、「幼稚園職員を含む一般市民に対して法的義務を課すものではない亅として、被告教諭が効果的な異物除去措置を行わず、また、心肺蘇生法を実施しなかったことに過失はなかったと判断した。

しかし、幼稚園教諭は、業務として幼児の保育をつかさどる立場にあり、医療従事者ではないとしても、たまたま傷病者に居合わせた通りすがりの「一般市民亅とは同一視できるものではない。したがって、幼稚園教諭には一般市民に課せられる義務に比べ、より高度の救急措置を講じる義務が課せられると考えられる。

とりわけ、近年、保育所や幼稚園、支援学校等で誤嚥事故が頻発して注目されるようになり、救命措置についての知見が広く一般にも認識されるようになってくると、学校教員等が、こうした知見に従った適切な対応を行わなければ、過失を問われる状況も遠からず訪れそうである。







◆サッカーアカデミー監督パワハラ事件 ―― 高校と提携するサッカー教室で

【事件名】損害賠償請求事件
【裁判所】奈良地裁判決
【事件番号】令和2年(ワ)第249号
【年月日】令和5年5月26日
【結 果】一部認容
【経 過】
【出 典】ウエストロー・ジャパン2023WLJPCA05266003


事案の概要:

被告会社は、奈良県立a高等学校との合意等に基づき、サッカーアカデミーを運営していた。アカデミーに入校した選手は、a高校に通い、同校サッカー部員として活動し、そのほとんどは、寮において集団生活をしていた。本件は、被告会社が運営するサッカーアカデミーの選手であった原告らが、同アカデミーの監督である被告Yから違法なパワーハラスメント(「パワハラ」)を受けたなどと主張して、被告Yに対しては不法行為に基づき、被告会社に対しては使用者責任に基づき、それぞれ慰謝料等の連帯支払を求める事案である。判決は請求の一部を認め、原告X2に対して6万円を支払うよう命じた。


認定事実:

(1)被告Yは、元Jリーグ選手であり、平成30年4月から週2回コーチとして指導するようになり、同年7月15日、監督に就任した。原告らは、平成29年4月、a高校に入学するとともに、アカデミーに入校し、寮における生活を開始した。被告Yは、サッカー選手としての成長のためには「自主自立」が重要であるという考えに基づき、部員らに対し、何でも保護者に判断を委ねるのではなく、高校生として自ら判断できる事柄は自ら解決するようにすべきであるという趣旨で、「親離れ」をするように指導をしていた。

(2)平成30年8月22日から23日までの間、原告X2は、実母に対し、「そろそろまじでサッカー辞めたいねんけど」、「頼むからやめさいてほしい」などとメッセージを送り、実母から「Yさんに何言われてるん?」、「選手から言われてるん?」などと尋ねられると、「選手からわ言われてない 理由はサッカーも私生活も俺はもー限界 やしYさんについていかれへん」などと答えた。

(3)同年8月24日の練習中、原告X2は、自らのミスが重なったことなどが原因で、守備に行かないなど、他の部員らにも認識できる程度に練習態度が悪化した。被告Yは、他の部員らに悪影響が及ぶことを懸念し、原告X2に対し、一時プレーを中断してコート外に出るように促したものの、原告X2が冷静になるどころかボールに八つ当たりするなどしたため、「荷物をまとめて帰れ」などと言った。
  同日夜、被告Yは、X2父と電話で話をするとともに、原告X2とも面談をするなどし、結果的に、原告X2は自宅に戻ることになり、翌25日、原告X2は、X2父に連れられて自宅に帰った。

(4)同月27日は学校登校日であったため、原告X2は、a高校に登校し、寮に戻った。同日、部員らは、自宅に戻る前の練習中に原告X2がチームに迷惑を掛けたことについて話合いをし、その結果、原告X2が寮のトイレ掃除を毎日することになり、原告X2は、退寮するまでの間、10日間以上にわたり、毎日一人でトイレ掃除をしていた。

(5)寮に戻った後、原告X2は、アカデミーにおける練習に参加し、練習試合にも出場するなどしていたものの、結局、同年9月8日、X2父に連れられて大阪府八尾市内の自宅に帰宅した。その後、原告X2は、アカデミーを自主退校し、同市内からの通学は困難であったことから、結局、a高校も退学するに至った。


判決の要旨:

(1)被告Yの原告X2に対するパワハラ行為について
[原告X2は、被告Yから、1週間に3〜5回程度、他の部員らが集合している際に、「お前の父親はいつもこうやから、お前は成長できへんねん」などとX2父の悪口を言われ続けたなどと主張しているところ、]原告X2が被告Yから言われた内容としては、サッカーに関することのほか、私生活に関して他の部員らと比較されたというものであったことは認められるが、その具体的な内容は明らかではなく、それらが違法なパワハラ発言であったものとは認められない。・・・原告X2の[実母に向けた]メッセージに記載された内容を前提とすると、それが違法なパワハラ行為であるとはいえず、その他各証拠によっても、被告YがX2父の悪口を言い続けるなどのパワハラ行為をしたものと認めることはできない。

(2)「荷物をまとめて帰れ」という指導について
被告Yは、8月24日の練習中、原告X2に対し、「荷物をまとめて帰れ」などと言い、これを受け、原告X2は寮を出て自宅に戻ることを希望し、また、被告YとX2父及び原告X2との各話合いを経て、原告X2はX2父に連れられて自宅に戻っている。しかし、被告Yが原告X2に対して「帰れ」などと言ったのは、原告X2の練習態度が他の部員らに対して悪影響を及ぼすことを避けるためであったのであり、その方法の当否はともかくとして、スポーツにおける指導の域を超えた違法なハラスメントであったと評価することはできない。

(3)トイレ掃除について
原告X2は、寮に戻った8月27日以降、他の部員らの話合いにより、毎日一人でトイレ掃除をさせられることになったところ、被告Yは、そのような状況を認識しながら、何らの介入もせずに放置していた(なお、上記話合い自体に被告Yが関与していたものとは認められない。)。この点について、被告Yは、指導者である被告Yがトイレ掃除を命じることはパワハラとなるものの、部員らが自主的な話合いによって決定した結果であれば尊重すべきものであると認識していたかのように供述する。しかし、指導者が理由を説明した上で一定の範囲内で選手に罰を科すことについては、本人の自覚を促し、又はチーム内の規律を維持するなどのために許容される余地があり得るとしても、他の選手らに罰を科させることは、選手間の信頼関係を破壊し、特定の選手を疎外・排除するなどの結果につながりかねないものであって、特に高校生の指導者としては、積極的に介入してやめさせるべきものである。ところが、被告Yは、同月24日の自らの指導を契機として部員らが原告X2にトイレ掃除をさせていることを認識しながら、何らの介入もせずに放置していたのであって、アカデミ一における指導が高校教育の一環である部活動としての指導であることにも鑑みると、(それがいわゆるパワハラと呼ぶべきものであるかはともかくとして、)そのような被告Yによる対応は、原告X2との関係で不法行為を構成するものというべきである。


コメント:

本件判決は、監督のパワハラは否定したが、部員が1人でトイレ掃除するのを黙認したことを不法行為と認定し、請求の一部を認め、監督と運営会社に計6万円の賠償を命じた。

本件の運営会社は、監督との関係は雇用ではなく業務委託ではあるので、監督の不法行為についての使用者責任を負わないと主張したが、本件判決は、監督の不法行為が、サッカーに関する専門技術的な指導以外の場面で行われたものであるので、運営会社は使用者責任を負うと判断した。本件事例においては、学校設置者(県)は訴えられておらず、その責任は争われていないが、具体的な事実関係によっては、その責任が問われる場合もあると考えられる。本件事例は、部活動の地域移行をめぐる法的責任を考える上で参考になると思われる。







◆古河市立中学校教員うつ病自殺事件 ―― 部活動指導は生きがい

【事件名】損害賠償等請求事件
【裁判所】水戸地裁判決
【事件番号】令和2年(ワ)第176号
【年月日】令和6年2月14日
【結 果】認容
【経 過】
【出 典】ウエストロー・ジャパン2024WLJPCA02146003


事案の概要:

原告の夫である亡Aは、被告が設置する中学校において教員として勤務していたが、平成29年2月24日、自殺を図り死亡した。本件は、原告が、亡Aは本件中学校において、校長の注意義務違反により極度の長時間労働や連続勤務に従事すること等を余儀なくされた結果、うつ病エピソードを発症して自殺するに至ったと主張し、損害賠償を請求した。判決は校長には安全配慮義務違反が認められるとして,損害賠償等請求を認めた。


認定事実:

亡Aは、平成4年、茨城県に教員として採用され、平成25年4月、本件中学校に赴任し、国語科教員として勤務しつつ、本件吹奏楽部の顧問を務めた。亡Aは、 顧問として、吹奏楽コンクールの全国大会で金賞を獲得することを目標に活動していた。平成27年11月8日には、日本管楽合奏コンテスト全国大会において、本件吹奏楽部が最優秀賞を受賞した。

亡Aの妻である原告は、教員としての勤務経験は無かったものの、平成27年9月頃から週に1回程度、外部講師として本件吹奏楽部の活動に関わるようになった。原告が本件吹奏楽部の活動に関わる頻度は徐々に増え、土日も含め週に四、五日は練習に参加するようになった。

亡Aは、平成28年度も引き続き吹奏楽部の顧問を勤めた。同年度、亡Aは進路指導主事から生徒指導主事に担当が変更となり、また学級担任からは離れることとなった。

吹奏楽部の副顧問Fは、産休代替の音楽の常勤講師であった。副顧問Fは、平成28年6月、副校長に、本件吹奏楽部の活動において原告から厳しく指導されることや、吹奏楽部の練習や準備で休日がない状態に耐え難い等の理由から、本件吹奏楽部の副顧問を辞めたい旨を相談し、7月に副顧問を辞めた。また、平成28年10月に本件吹奏楽部の部長となった2年生の部員が、平成29年2月、吹奏楽部を退部した。

亡Aは、平成28年6月に、初めて病院を受診した。カルテの初診時診断の欄には「N(注:神経症を意味すると考えられる。)」等の記載がある。

平成29年2月14日夜、亡Aは自宅を飛び出した後、自殺を図ったが未遂に終わった。亡Aは、2月16日に休暇を取って本件病院を原告を伴って受診し、うつ病と診断され、担当医師からは1か月程度休むことを勧められたが、亡Aは、休めない旨返答した。亡Aは、2月24日、自動車内で自殺を図り死亡した。


判決の要旨:

(1)中学校の安全配慮義務違反の有無について
亡Aの業務負荷は、発症前3週間について約124時間、発症前1か月について約178時間、発症直前の連続した2か月ないし3か月間に1月当り約137ないし138時間[の時間外勤務]であったというのであり、厚労省認定基準及び理事長通知の基準を上回る極度の長時間労働であったというべきであるところ、・・・これらの時間外勤務の状況のみをもってしても、亡Bの心理的負荷は極めて強度のものであったというべきである。したがって、亡Bは、本件中学校における長時間の時間外労働によりうつ病を発症したものと認めるのが相当である。

校長については、亡Aの長時間労働を知り又は容易に知り得る状況下にありながら、亡Aの健康状態を具体的に把握する方策も、長時間にわたる労働時間を具体的に軽減する方策も講じておらず、その結果亡Aは長時間にわたる時間外労働を余儀なくされ、うつ病エピソードを発症したものであり、校長には安全配慮義務違反が認められるといわなければならない。

(2)吹奏楽部の高い目標設定について
被告は、亡Aの勤務時間が長時間に及んでいる大きな要因は、吹奏楽部において全国大会での金賞受賞という高い目標を設定していたことにあるが、かかる目標は学校側が課したものではなく、亡A自らが生徒らと話し合って決めていたものであって、学校側が長時間の活動を強いていたものではないと主張する。

諸般の事情を併せ考慮すると、吹奏楽部については、亡Aが顧問となる以前から、後援会の意向や活動と相まって、高いレベルを目指した組織として機能しており、吹奏楽コンクールの全国大会に出場し金賞を獲得するという目標は、単に亡Aと部員との間で設定した目標というにとどまらず、校長をはじめとする管理職も含めた本件中学校全体で掲げる方針であったものであって、顧問である亡Aや当時の部員において覆すことは極めて困難であったものと認めるのが相当である。そうすると、全国大会出場を目指した高いレベルの活動、ひいてはそのような活動にふわさしいレベルにまで部員のレベルを上げるため練習等を行うよう部員に指示し指導するという業務は、吹奏楽部においては事実上顧問として行わなければならない業務の一環として組み込まれており、これを校長も容認していたのであるから、もはや校長において黙示の業務命令があったというべき事態にまで至っていたというべきである。

(3)吹奏楽部が亡Aの生きがいであったことについて
被告は、平成29年2月まで、亡Aの健康状態が悪化している様子は見受けられず予見可能性はなかった、亡Aにとって吹奏楽部の活動は生きがいであり、この活動によって健康状態が悪化するおそれがあることを認識することができなかった旨主張する。

しかしながら、校長は亡Aの勤務状況を認識し得る立場にあり、かつ、実際にも、亡Aの極めて長時間にわたる時間外労働時間及びかかる状態が継続していたことも容易に認識し得る状況にあったのであって、これらの状況から直ちに亡Aの健康状態の悪化を具体的に予見することができたというべきであるから、安全配慮義務違反があったとの上記認定説示は左右されない。

仮に被用者にとって当該業務について生きがいともいえるような、それこそ時間外勤務を重ねても従事しなければならない重要性の高いものとの認識があったとしても、それが業務である以上、雇用者は被用者の業務が過重なものとならないように注意を払うべきことに何ら変わりはないところ(むしろ、生きがいといえるほど重要性の高い業務との認識であれば、被用者が自己の健康等を無視して当該業務にのめりこんでしまい、心身を害することになりかねないことは、そのことを認識している雇用者にとってはより容易に認識し得るとすらいえる。)、本件においては、極めて長時間にわたる時間外勤務が行われたのであって、その内容、程度も勤務密度が極めて低いとはいえないことに照らせば、その業務内容が被用者にとって生きがいともいうべきものであったとしても、その業務の量的過重性を大幅に減殺させるものとは到底ならないというべきである。

(4)亡Aと原告との夫婦関係について
被告は、亡Aが妻である原告を本件吹奏楽部の外部講師として関与させ続けたこと自体及び亡Aと原告との夫婦仲がうまくいっていないことが亡Aの大きなストレス要因となっており、原告がストレス要因として主張する副顧問Fの問題や部長の退部問題についても原告の上記関与が原因となっている旨主張する。

そこで検討すると、そもそも亡Aの時間外労働の時間という量的な要素のみをとってみても、うつ病エピソードの発症に至るには十分なストレス要因となるのは上記認定説示のとおりである。

また、亡Aが、本件病院の担当医師に対して夫婦間の問題がある旨を説明していることからすれば、亡Aと原告との夫婦関係も亡Aのストレスの原因となっていたものとも考えられるが、この出来事は厚労省認定基準が出来事の強度として「V」とするものに当てはまる又はこれに準ずるものとは到底いえないのであって、うつ病エピソード発症と長時間の時間外労働との相当因果関係を否定するには足りない。


コメント:

近年、「生きがい詐欺」という言葉を耳にすることがある。これは、仕事に生きがいを感じている人を、低賃金で際限なく働かせ、その労働力を搾取するということであろう。児童生徒の成長を願い、長時間労働も顧みず献身的に業務に取り組む教員の姿は、まさにこの詐欺にあっているかのように見える。

本件事例においても、過労自殺した遺族からの賠償請求に対し、被告側は「本人が業務に生きがいを感じて、自ら望んで長時間労働をしていた」、「学校が長時間の活動を強いていたものではない亅などと主張して、自殺したのは、校長などの管理職の責任ではなく、本人の責任であったという立場をとっている。

こうした被告側の主張は、訴訟における法律上の反論というよりは、学校現場の管理職の認識に近いと考えられる。すなわち、「管理職が長時間労働を強いたわけではなく、本人が好きでやっていたのだ」という認識である。つまり、現在の学校管理職には、自分が職員の労働時間を適切に管理し、職員の心身の健康を守らなければならないという当事者意識が薄いと考えられるのである。

本判決は、安全配慮義務の内容について、「使用者は、業務の遂行に伴う疲労や心理的負荷等が過度に蓄積して労働者の心身の健康を損なうことがないよう注意する義務を負う」と示したうえで、その業務が被用者にとって生きがいともいうべきものであったとしても、「それが業務である以上、雇用者は被用者の業務が過重なものとならないように注意を払うべきことに何ら変わりはない。」として被告側の主張を明確に斥けた。







◆吹田市立小学校いじめ不登校事件 ―― アンケートのやり方が違法

【事件名】損害賠償請求事件
【裁判所】大阪地裁判決
【事件番号】令和3年(ワ)第9132号
【年月日】令和6年5月16日
【結 果】一部認容・一部棄却(控訴)
【経 過】
【出 典】ウエストロー・ジャパン


事案の概要:

本件は、原告児童が本件小学校でいじめに遭い、不登校になったことにつき、(1)被告市には不登校防止義務違反や不登校解消義務違反があったなどと主張して、被告市に対し、国賠法1条1項に基づき、損害賠償を求め、(2)原告児童が被告児童から虚偽の事実を流布され精神的苦痛を被ったなどと主張して、 被告児童に対し、民法709条に基づき、損害賠償を求める事案である。判決は、被告市に対する請求を50万円の限度で認め、被告児童に対する請求を棄却した。


認定事実:

(1)原告児童の不登校
原告児童は、原告父と原告母の子であり、平成30年度、本件小学校の6年○組に在籍していた。5月中旬頃から、ドッジボールをする際、児童A及び児童Bが中心となって、原告児童をドッジボールに入れないことがあった。

原告児童は、6月28日、担任教諭に対し、ドッジボールに入れてもらえなかったという被害を訴えた。担任教諭は、児童Aを呼んで事情を聴いた。児童Aは、原告児童がボールに当たったのに当たっていないと主張するなど「せこい」ことをするので「それだったら出ていけ」と怒ったと主張した。担任教諭は、ボールに当たったか当たっていないか分からないこともあるから、それで仲間外れにするのはよくないことだと指導した。

10月15日朝、原告児童は、教室に帽子を取りに行ったところ、別の児童が、原告児童に対し立腹している旨の発言をし、児童Aも怒って怒鳴った。原告児童は、同日夜、両親に対し、自身が仲間外れにされていると告げ、同月16日以降、不登校の状態となった。その後原告児童は、平成31年1月21日以降、登校を再開したが、相談室への登校にとどまり、教室へ復帰することができないまま、3月18日に小学校を卒業した。

(2)被告児童の発言
担任教諭は、平成30年10月18日の朝の健康観察の際、6年○組の児童に対し、原告児童が同日学校を欠席することを伝えた。原告児童の欠席が3日連続であったこともあって、どこからともなく原告児童の欠席理由を推測する者が出て、その中で、被告児童は「受験勉強ちゃう」と発言し、また、学級内では「早すぎる」「さぼり」などの発言も出た。担任教諭は、これらの発言をした児童がいたことは認識しつつも、発言をした児童が誰なのかを特定することはできなかった。

校長及び担任教諭は、10月29日午前11時30分頃、6年○組の児童に対し、原告児童の欠席理由がいじめによるものであることを説明した。その上で、苦しんでいる本人をより傷つけることになりかねないため、休んでいる理由を憶測で口に出してはいけないことなどを指導した。

原告児童は、自身が児童Aらからのいじめによりつらい思いをしたことをつづった手紙を書いた。この手紙には、「クラスのみんなが、ぼくがずる休みをしているというようなうわさをしていたことを聞いて、とても嫌な気持ちになりました」「学校にも行きたくありません。」などとつづられていた。原告父は、10月29日、上記の手紙を小学校に持参した。

(3)11月アンケート
小学校は、11月19日、6年○組の児童に対し、不登校重大事態の調査の一環として、11月アンケートを実施した。11月アンケートには、「3 〜くんが受験をするというような話を聞いたことがありますか」「4 長く休んでいる理由を『受験勉強のために休んでいるのだ』と誰かから聞きましたか。」「6 長く休んでいることを『さぼりだ』と言った言葉を聞きましたか」等の設問があった。

小学校は、11月アンケートを実施するに際し、上記3の設問の「〜」の部分はアンケート実施時に小学校側が原告児童であることを明確にしたが、他方、6年○組の児童及び保護者に対し、調査の結果を原告児童と保護者に提供する場合があることは説明しなかった。また、小学校は、原告らに対し、アンケート調査の様式、聴取の方法・手順を説明することはもとより、そもそも11月アンケートを実施すること自体を説明せず、アンケートの内容に対する希望等も聴取しなかった。

11月アンケートの結果、原告児童が受験勉強で休んでいると発言した児童として、被告児童を含む3名の児童の名前が挙がった。もっとも、上記3名の児童からの聴き取りによっても、原告児童が受験勉強で休んでいると言い始めたのが上記3名の児童であることや、さぼり等と発言したかまでは確認することができなかった。

校長らは、11月27日、原告ら代理人と面談し、11月アンケートを実施したことを告げた。その際、F校長は、11月アンケートの設問や児童の回答を開示しなかった。また、原告母と原告ら代理人は、同月29日、校長らと面談した。その中で、原告母は、原告児童が欠席しているのは受験勉強のためであるかのような発言をした児童が特定されているのかを尋ねたが、F校長はこれに回答しなかった。


判決の要旨:

(1)アンケート実施についての違法性
本件小学校の教職員が、原告らに対し、11月アンケートを実施することを伝えず、事前説明を要する事項の説明を行わず、調査を求める事項等につき聴き取りをせず、調査方法についての要望も受けないまま、かつ、調査対象者である他の児童及びその保護者に対し、予め、アンケートによる調査の結果を原告らに提供する場合があることを説明しないまま、11月アンケートを実施したことは、国賠法1条1項所定の違法な行為であり、かつ、調査の主体となった本件小学校の教職員には過失もある。

(2)アンケート結果を情報提供しなかったことの違法性
本件小学校には、推進法28条2項により、原告児童が受験勉強で休んでいる旨の発言を誰がしたかといった不登校重大事態に係る基本的な事実関係についての調査結果を原告らに提供すべき義務があり、11月アンケートの結果を回収した時点で、少なくとも被告児童を含む3名の児童が、原告児童が受験勉強で休んでいる旨の発言をしていたことを把握し、かつ、平成30年11月末に原告母から上記の事実関係の調査の要望までされたにもかかわらず、その後の合理的な期間内にその把握していた情報を原告らに提供しなかったのであるから、調査結果の提供の時期・方法につき裁量があることを踏まえても、本件小学校(の教職員)には上記義務に違反した過失があるのみならず、その情報を提供しなかったことは裁量を濫用又は逸脱したものというべきであり、国賠法上も違法である。

(3)被告児童への請求に対する判断
被告児童が「受験勉強ちゃう」と発言したことは、上記のとおりである。他方、被告児童が、原告児童の欠席理由につき受験勉強が原因であると断定的な発言をした事実や被告児童自身が「ずるい」「さぼり」といった否定的な評価を伴う発言をした事実は、本件全証拠をもってしても認めるに足りない。これまで継続して登校していた同級生が、3日間連続して欠席した場合に、その欠席理由について関心を持ち、欠席理由を推測して会話を行うこと自体は違法な行為ではなく、被告児童の発言も「受験勉強ちゃう」というものにとどまっていることからすれば、この発言を捉えて違法であるということはできない。


コメント:

いじめに関わる調査をめぐってはトラブルが絶えない。たとえば、被害者側が調査のやり方に不満をもったり、調査結果が適切に被害者側に提供されない、また、被害者側が調査結果に納得しないなどのケースがある。

具体的にどのような調査を行うかは、学校側の裁量に委ねられているとはいうものの、実施方法や実施結果の取り扱いについては、いじめ防止対策推進法(推進法)や関連の行政文書に、様々な規定が設けられている。本判決は、これらの規定から、学校や設置者が、いじめ調査を実施するに際して、次のような法的義務を負うものと判断している。

(1)いじめ調査実施義務
推進法は、第28条第1項において、いじめの「重要事態」には「速やかに、当該学校の設置者又はその設置する学校の下に組織を設け、質問票の使用その他の適切な方法により当該重大事態に係る事実関係を明確にするための調査を行うものとする。」と規定している。

そして、いじめの「重大事態」は次のように定義されている。すなわち、「一 いじめにより当該学校に在籍する児童等の生命、心身又は財産に重大な被害が生じた疑いがあると認めるとき」、「二 いじめにより当該学校に在籍する児童等が相当の期間学校を欠席することを余儀なくされている疑いがあると認めるとき」。そして、同項第2号の「相当の期間」については年間30日を目安とすることとされる(「いじめの防止等のための基本的な方針亅)。

本件事例においては、11月13日、市教育委員会は原告児童の不登校が約1か月に及んだことから、推進法28条1項2号の重大事態に該当すると認定し、本件小学校は重大事態の調査として11月アンケートを実施した。

(2)情報提供義務
推進法第28条第2項は、いじめ「重大事態」の調査結果の扱いについて、「学校の設置者又はその設置する学校は、前項の規定による調査を行ったときは、当該調査に係るいじめを受けた児童等及びその保護者に対し、当該調査に係る重大事態の事実関係等その他の必要な情報を適切に提供するものとする。亅として、情報提供義務を規定している。
本件判決は、学校側が合理的な期間内に調査結果を提供しなかったとして、学校側の義務違反を認定した。

(3)調査方針の説明義務
文部科学省が定めた「いじめの重大事態の調査に関するガイドライン亅(2017年3月)は、調査方針について、「調査実施前に、被害児童生徒・保護者に対して以下の@〜Eの事項について説明すること。亅として、次の6項目をあげている。すなわち、@調査の目的、A調査主体、B調査時期、C調査事項、D調査方法、E調査結果の提供。

この規定は法律によるものではないが、本件判決は、この事前説明を行わず調査を実施したことが国賠法上違法であると判断した。







◆東大阪市立中学校教員適応障害事件 ―― 代わりはいないので踏ん張ってほしい

【事件名】損害賠償請求事件
【裁判所】大阪地裁判決
【事件番号】令和5年(ワ)第2395号
【年月日】令和6年8月9日
【結 果】一部認容(確定)
【経 過】
【出 典】裁判所ウェブサイト


事案の概要:

中学校に理科担当教師として勤務している原告が、長時間労働を余儀なくされ、適応障害及びうつ病を発症したとして、国家賠償法に基づく損害賠償請求として、被告らに対し、連帯して330万円の支払を求めたところ、裁判所は中学校の校長に注意義務違反が認められるとして、220万円の限度で原告の請求を認容した事案。


認定事実:

原告は、令和3年度、1コマ45ないし50分の理科の授業を週20コマ担当し、さらに、道徳及び総合学習の授業をそれぞれ週1コマずつ担当していた。また、原告は、中学3年生の学年主任、進路指導主事及び学力向上委員の校務を担ったほか、野球部の主顧問としての業務に従事した。本件発症前6か月間の各月における原告の時間外勤務時間数は少なくとも次のとおりである。
令和3年10月 136時間13分
   同年9月 155時間53分
   同年8月  85時間47分
   同年7月 165時間55分
   同年6月 159時間11分
   同年5月 148時間52分

原告は、令和3年9月下旬頃、不眠症状や焦燥感を覚え、仕事に集中できなくなった。そこで、原告は、その頃、B校長に対し、その状況を伝え、担当する授業のコマ数を減らすか、進路指導主事から外してほしい旨申し入れた。B校長は、代わりはいないので踏ん張ってほしいと回答し、原告の授業数や進路指導主事の立場に変化はなかった。原告は、その後、不眠症状、集中力の欠如などの症状が強まったと感じ、令和3年11月1日、再度B校長と面談し、仕事に全然集中できず限界である旨伝えた。B校長は、原告に対し、同月8日の保護者説明会まで業務を継続してほしい旨回答した。

原告は、令和3年11月12日、Cクリニックを受診し、適応障害、抑うつ状態(「本件発症」)の診断を受け、令和4年7月、うつ病と診断された。原告は、令和3年12月10日から令和4年5月まで、数回にわたり病気休暇を取得し、令和4年5月23日、病気休職を命じられ、令和5年3月頃まで休職状態であった。

なお、本件中学校では、東大阪市立学校安全衛生協議会が教職員に対して実施する産業医による健康相談が周知され、令和3年度、同健康相談が11回行われたが、原告は、本件発症に至るまで同健康相談を受けていない。

判決の要旨:

(1)校長の安全配慮義務違反が認められるか
B校長は、原告を含む本件中学校の教師に疲労や心理的負荷等が過度に蓄積して、心身の健康を損なうことがないように権限を行使すべき注意義務を負うと解される。・・・B校長は、令和3年度、本件中学校の校長として、原告の公務の内容、本件管理簿及び本件実績簿から、原告の勤務時間及び原告に対する負担の増加を認識することができたといえる。また、B校長は、令和3年9月下旬頃、原告から、不眠症状等の状況や、業務量を減らしてほしい旨の要望を伝えられていた。にもかかわらず、B校長は、原告の勤務時間を減少させ、校務の分担を軽減するなどといった具体的な措置を執っておらず、むしろ、従来どおり公務を続行するよう指示した。したがって、B校長は、遅くとも令和3年9月下旬頃、著しく過重であった原告の公務を軽減するなどして、原告に疲労や心理的負荷等が過度に蓄積し、心身の健康を損なうことがないようにすべき職務上の注意義務に違反したといえる。

(2)過失相殺の可否
原告は、本件発症に至るまで、産業医による健康相談を受けていない。しかし、原告には不眠症状等を自覚した令和3年9月下旬まで上記健康相談を受ける具体的契機があったとはいえず、むしろ、被告東大阪市の教育委員会及びB校長において、原告に対する産業医による面接指導を適切に実施することが求められるところ、原告が令和3年9月下旬頃にB校長に自覚症状を伝え、業務量の軽減を求めても、B校長から公務の続行を命じられたという経緯に鑑みれば、原告が上記健康相談を受けなかったことをもって原告に過失があったということはできない。したがって、被告東大阪市の過失相殺の主張は採用できない。


コメント:

本件判決は、教員が適応障害に罹患した「府立高校事件」(大阪地裁令和4年6月28日)に続き、教員の心身の健康についての校長の安全配慮義務違反を認定した。ただし、本件においては、先の府立高校事件でみられた「教員の長時間労働は自主的な活動で校長に責任はない」という主張は、被告側から行われなかった。教員の長時間労働による心身の不調に対して、校長や教育委員会は、適正な労務管理を行っていたかどうかの責任を問われるという当たり前の判断が明確になったといえる。しかし、こうした裁判事例の動向にもかかわらず、現在も月80時間を超えるような長時間労働の実態は、いっこうに改善していないし、心身の不調から精神疾患を発症する教員も増加している。

先の府立高校事件判決においては、教員が「適正な労務管理をしてください・・・もう限界です。」などと訴えたのに対して、校長は抜本的な業務負担軽減策を講じなかったとして、注意義務違反が認められた。本件でも同様のやり取りがあって、原告が業務量を減らしてほしい旨の要望を伝えたにもかかわらず、校長は「代わりはいないので踏ん張ってほしい」と回答し、原告の勤務時間を減少させ、校務の分担を軽減するなどといった具体的な措置をとっていない。

それではなぜ、この2つの事例において、校長は、教員の授業時間数を減らしたり、担任や部長の担当から外すなどして、具体的な業務量軽減の措置をとらなかったのであろうか。それは、これを行うには、当該教員の業務を他の教員に割り振る必要があるが、他の教員にそれを引き受ける余裕がなく、また、他にとり得る適切な措置が考えられなかったからであろう。かといって、当該教員の業務を担当させるため、新たに追加の人員を手配することはいっそう困難である。病気休暇や休職の手続きがとられた場合でさえ、直ちに代替教員を配置できないこともある。

長時間労働している教員の業務の改善について、働き方改革に関する中教審の答申は、「力量のある一部の教師に業務が集中し,その教師の長時間勤務が常態化することのないよう,・・・業務の偏りを平準化するよう校務分掌の在り方を適時柔軟に見直す」ことを、提唱している(中央教育審議会答申「新しい時代の教育に向けた持続可能な学校指導・運営体制の構築のための学校における働き方改革に関する総合的な方策について」平成31年1月25日)。しかし、業務の絶対量が過大で、それに対応する人員が足りないために、長時間労働が発生している学校現場では、業務の平準化によって長時間労働を回避することは難しい。

したがって、実際に、長時間労働によって心身の不調を訴え、精神疾患を発症させる危険のある教員を把握した場合に、直ちに、当該教員の業務量を軽減してその健康を確保することを可能にするため、校長がとり得る施策を整備しておく必要があるだろう。







◆さいたま市立中学校教頭パワハラ休職事件 ――「俺に恥かかせるんじゃねえ」

【事件名】損害賠償請求事件
【裁判所】さいたま地裁判決
【事件番号】令和5年(ワ)第1596号
【年月日】令和6年10月30日
【結 果】一部認容(確定)
【経 過】
【出 典】裁判所ウェブサイト


事案の概要:

さいたま市立中学校の教頭であった原告が、勤務校の校長からパワハラを受けたことにより精神疾患等を発症して休職せざるを得なくなったなどと主張して、被告市に対し約920万円の損害賠償を求めた事案で、裁判所はパワハラを認定し、被告市に約480万円の支払いを命じた。


認定事実:

原告は、校長Aが本件中学校に着任する1年前に教頭の地位に就いていた。令和4年度に着任した校長Aは、自身の考える問題点を早急に是正するよう指示する必要があると考え、その着任当初から、校長室や職員室で原告を大声で頻繁に叱責するようになった。具体的には、校長Aは、原告を1日に多い時で四、五回も校長室に呼び出し、原告に対し、「お前の責任があるだろう。」などと教頭としての責任を問いただし、その時間は短くても20分、長いときには1時間以上に及ぶこともあり、その際、原告に「君はすぐ泣くからな」などと告げることもあった。校長Aの原告に対する叱責の大声は校長室のドアを閉めた状態でもその隣室である職員室にいた教職員らによく聞こえるほどであった。

4月ないし5月当時には次のような言動があった。校長Aは、本件中学校の入学式が行われた4月8日、新入生に配るしおりに記載されていた校歌が一部欠けた状態であったことについて、原告に対し、「俺に恥かかせるんじゃねえ」などと告げた。また、校長Aは、校長室での保護者の話合いの中で、これに同席していた原告が途中で口をはさんだことに立腹し、原告に対し、「お前には聞いていない、口をはさむな、校長室から出てけ。」などと告げた。

原告は、校長Aとの対応に長時間を費やしたり、校長Aから前年度にはなかった多数の職務を指示されたりしたことにより通常の勤務時間内で自身の仕事を処理することができなくなり、平日は夜遅くまで残業したり、休日もほとんど全て出勤したりするようになった結果、原告の4月における出勤日は29日間、その時間外在校等時間は195時間27分に及んだ(原告の令和3年4月期の時間外在校等時間は120時間程度であった)。

校長Aは、5月初旬頃、原告の4月の時間外在校等時間が上記のとおりであることを知り、原告に対し、職務を文書処理のみにして早く帰るよう指示したことはあったが、それ以上に具体的な方策を講ずることも、原告との話合いの機会を設けたりすることもしなかった。かえって、校長Aは、原告に対し、からかうように「早く帰って、体弱いんだから」などと笑いながら告げたこともあった。

原告は、左耳が聴こえにくくなり、また、目まいの症状も出たとして、5月16日、C耳鼻咽喉科を受診したところ、メニエール病の診断を受け、外来加療を受けることとなった。また、同月31日にDクリニックを改めて受診したところ、適応障害の診断を受けた。 原告は、同日以降休職し、その後も復職することができないまま、令和5年9月30日付けで退職した。

教育委員会は、令和5年2月に原告から校長Aによるパワハラの調査依頼を受け、同年3月、校長Aを含む本件中学校の教職員に対し、パワハラに関する調査を実施した。その結果、教育委員会は、原告がつらい思いをし、教職員も不快な思いをし、本件中学校の職場環境が良好でなかったことを認めつつ、関係当事者の見解の相違等を理由に原告の調査依頼のあった事案はパワハラの認定には至らないと判断し、校長Aに対し指導するにとどめた。

判決の要旨:

校長Aは、原告を1日に何度も校長室に呼び出し、原告に教頭としての責任を長時間にわたって執拗に追及したり、校長の教頭に対する指示、指導という体裁ではあっても、原告を大声で過度に厳しく叱責したり、原告を罵倒ないし侮辱したり、原告の人格を否定したりするなど、校長としての職務遂行上、明らかに必要性のない言動やその遂行の手段として不適切な言動を日常的に繰り返していた。このような校長Aの言動は、校長Aの校長としての職務、原告の教頭としての職務の持つ各特性を考慮しても、社会通念上許される職務上の指示、指導の範ちゅうを大きく逸脱しており、職務上必要かつ相当な範囲を超えたものであったといわざるを得ない。

そして、校長Aの原告に対する言動は、原告をして、年度初めの繁忙期にありながら、校長Aとの対応に長時間を費やさせ、校長Aの指示に基づく新たな職務を負担させ、校長Aから見ても健康を害するような長時間の時間外労働に従事することを余儀なくさせるなど、原告の職務遂行に当たって看過できない程度の支障をもたらすものであって、労働者の就労環境を著しく害するものであった。

以上のような事情を総合すると、校長Aの原告に対する言動は、パワハラに当たるというべきである。したがって、被告は、国賠法1条1項に基づき、公務員である校長Aがその職務を行うについて原告に加えた違法行為により原告が被った損害を賠償すべき責任を負うというべきである。


コメント:

(1)校長によるパワハラの事例
この数年、教員の精神疾患による休職者数は、過去最多を更新している。その要因として、児童生徒の問題や保護者対応が考えられるが、それらと並んで、校長によるパワハラも軽視できない事態となっている。教員が校長・副校長からのパワハラに対して、損害賠償を求めた事例には次のようなものがある。

○ 広島県立高校教諭事件、広島高裁平成25年6月20日判決(労働判例ジャーナル18号29頁・請求棄却)
○ 曽於市立中学校教諭自殺事件、鹿児島地裁平成26年3月12日判決(判例時報2227号77頁・認容)
○ 那覇市立中学校教頭うつ病退職事件、那覇地裁平成30年1月30日判決(ウエストロー・ジャパン・認容)
○ 甲府市立小学校教諭うつ病事件、甲府地裁平成30年11月13日判決(労働判例1202号95頁・認容)
○ 東京都立高校チャレンジスクール新任教諭事件、東京地裁令和2年1月23日判決(ウエストロー・ジャパン・認容)
○ 三鷹市立中学校教諭指導力不足事件、東京地裁令和3年5月19日判決(ウエストロー・ジャパン・棄却)

(2)校長権限の強化に関わる出来事
校長によるパワハラ事例が増加している背景には、校長の権限が強化されてきたことが考えられる。近年は、校長の強いリーダーシップの下でトップダウン型の学校運営が提唱されて、様々な教育改革が実施されてきた。次に挙げるように、校長の権限は、この20年ほどの間に驚くほど強化されてきた。

(a)2000年の学校教育法施行規則の改正により、職員会議の法制化が行われ、「校長の職務の円滑な執行に資するため、職員会議を置くことができる。」(第48条)と明記された。これは、職員会議について、校長の権限行使を補佐する補助機関としての位置付けを明確化したもので、教員が職員会議において、校長の権限を制約するような活動を行うことを封じるねらいがあった。

(b)2001年、地方教育行政の組織及び運営に関する法律の改正により、「指導力不足教員」の認定制度を創設し(第47条の2)、免職に至る手続等を整備した。ここでは、指導の不適切な教員について、所属長である校長が教育委員会に対し「指導力不足教員」の認定申請を行うこととしている。

(c)文部科学省は、2004年に発表した「学校の組織運営の在り方について」(平成16年12月20日)において、「校長のリーダーシップのもと教職員が一致協力し組織的、機動的な学校運営が行われるようにする必要がある。」として、校長の意思が徹底して実現されるような学校組織を生み出すことが喫緊の課題であるとされた。

(d)大阪府では2004年に、教員の新しい人事評価制度が導入され(評価・育成システム)、さらに2006年度からは、この評価成績が昇給、賞与の査定に反映されることとなった。当然ながら、教員を評価するのは校長である。

(e)文部科学省は、2014年の通知において、学校内の様々な意思決定について、教員が校長の権限を制約することのないようにするため、詳細な指示通達を出している。たとえば、「校内人事の決定に当たり、教職員による挙手や投票等の方法によって、選挙や意向の確認等を行うことは・・・、法令等の趣旨に反し不適切であり、行うべきでないこと」と規定し、また、人事以外の決定についても、「職員会議において、挙手や投票等の方法により、」行ってはならないという指示を行った(「校内人事の決定及び職員会議に係る学校内の規程等の状況について」平成26年6月27日)。この結果、教員が職員会議で、意見の傾向を確認するために挙手を求めることもできなくなった。

近年、学校は、かつてのような、自主性・創造性が重視される非権力型の組織から、上意下達型の官僚組織へと大きく変貌してきたといえよう。こうした学校組織の変革は、その中で働く教員の精神的ストレスを増大させてきた。教員は、学校の組織目標の達成を強く求められ、その貢献度が評価され給与にも反映される。また、職員会議での意見表明の制限は、職場内のコミュニケーション不足を招いている。その結果、現在の学校の職場環境には、パワハラが起こる組織的要因が揃っていて、きわめてパワハラが起こりやすい状態になっている。教員や管理職はそのことの危険性に留意するべきであろう。







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