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TITLE:  取手市立中学校教員停職処分事件 ―― 自殺した生徒の担任への処分
AUTHOR: 羽山 健一
SOURCE: 2025年4月13日
WORDS:  4603文字
[注目の教育裁判例]

取手市立中学校教員停職処分事件
―― 自殺した生徒の担任への処分

羽 山 健 一


事案の概要:

本件は、取手市立中学3年の女子生徒がいじめを受け自殺した問題を巡り、茨城県教育委員会から懲戒停職処分を受けた担任教諭である原告が、茨城県に対し、処分の取り消しを求めた事案である。判決は原告の請求を認容し処分の取り消しを命じた。

【対象事件】水戸地裁令和6年1月12日判決 【事件番号】令和4年(行ウ)第6号 【事件名】懲戒処分取消請求事件 【結果】認容(控訴) 【経過】二審東京高裁令和6年10月31日判決(棄却、確定) 【出典】ウエストロー・ジャパン 2024WLJPCA01126004


認定した事実:

原告は、取手市の市立中学校に勤務しており、平成27年度は第3学年のクラスの担任であった。原告が担任をするクラスに在籍していた女子生徒(本件生徒)が、平成27年11月10日、自宅で自殺を図り死亡した。平成29年11月、被告県は「取手市立中学校の生徒の自殺事案に係る調査委員会」(本件調査委員会)を設置した。本件調査委員会は、調査の結果、@本件中学校において、本件生徒に対するいじめがあり、いじめと本件生徒の自殺との因果関係が認められる、A原告が適切な対応を怠ったために本件生徒に対するいじめを認知することができなかった、B本件クラスの担任教諭であった原告の学級運営や指導等における言動は、本件生徒に対するいじめを誘発し、助長したものであった、C原告の不適切な指導は本件生徒の孤立感や恐怖感を高めさせ、自殺の引き金にもなったなどと判断し、平成31年3月、調査委員会報告書(本件調査報告書)を作成してその一部を公表した。

県教育委員会(処分行政庁)は、原告に対し、令和元年7月25日、@本件生徒に対するいじめを認知し得る状況にありながら、適切な対応を怠り、本件生徒に対するいじめを認知することができなかったこと、A学級運営や生徒指導における本件生徒への言動により本件生徒に対するいじめを誘発、助長したこと、B進路指導において本件生徒に対し誤った情報を伝えるなどし、また、不本意に授業に遅刻した本件生徒を叱責して、本件生徒に進学に向けての不安感や焦燥感を与え、その心理状態に影響を与えたこと、C本件生徒が自殺を図った日に本件生徒の自殺の引き金となる不適切な指導をしたことを理由に、地方公務員法29条1項1号及び3号に該当するとして、停職期間を令和元年7月26日から同年8月25日までとする懲戒停職処分(本件処分)をした


判決のポイント:

判決は、本件処分の理由とされる非違行為の有無、及び、その懲戒事由該当性について、次のとおり述べて、本件処分が懲戒事由を欠く違法なものであると結論づけた。

(1)本件生徒の交友関係の変化について
本件生徒が第3学年に進級して以降、その交友関係に一応の変化があったことが認められる。そして、原告は、本件生徒の交友関係の変化について格別の対応はとっていなかったことが認められ、本件調査報告書中には、本件生徒が、性格の全く異なる女子生徒Bと一緒に行動していることについて違和感を抱いている教員が複数いたとの旨の記載部分がある。しかし、本件中学校においては、第3学年進級時にクラス替えが実施されており、本件生徒の交友関係に変化があったことは、それ自体不自然なことではない。また、・・・上記記載部分をもって、本件生徒の交友関係の変化が、原告において本件生徒に対するいじめの存在を疑い、格別の対応をとるべきであったといえる程に重大なものであったとまでは認めるに足りない。その他、本件生徒の交友関係の変化が、上記の程に重大なものであったことを認めるに足りる的確な証拠はない。したがって、被告が主張するように、原告がいじめの兆候を看過していじめの関係性を固定化させたとは認められない。

(2)学校評価アンケートにおける生徒らの回答に対する対応について
本件クラスの生徒3名が、本件アンケートの「いじめなどを心配しないで安心して生活している」との質問項目に対し、「あまりそう思わない」「そう思わない」と回答したこと、原告は上記3名の生徒に対し、本件アンケートへの回答の内容について個別に事情を聴取しなかったことが認められる。しかし、上記回答をした生徒らは、本件生徒とは別の生徒であり、・・・上記回答に対する原告の対応が、本件生徒に対するいじめを助長、誘発し、または、本件生徒に対するいじめの関係性を固定化させたとは認められない。

(3)本件生徒への進路指導について
本件調査報告書中には、@本件生徒及びその保護者が、原告からの併願受験の提案を受けて、私立高校と県立高校との併願受験を申し出たのに対して、原告は、私立高校を第一志望とする場合には県立高校を併願受験することはできないと伝えた、A原告は、三者面談において、本件生徒の単願受験を認めるかは今後の生活態度を見て決めるという趣旨の発言をしたとの旨の記載部分がある。・・・[しかし、]本件調査委員会がいかなる資料を根拠に本件調査報告書の上記記載部分を認定したのかは明らかではなく、かかる記載部分を裏付ける証拠はない。そうすると、原告の各供述部分及び記載部分に反する本件調査報告書の上記記載部分によっても、上記@、Aの事実を認めるに足りない。

(4)個別アルバムの書き込みへの対応について
女子生徒B及びDは、本件生徒の個別アルバムに、「きらーい」などの書き込みをしたことが認められる。原告が、本件生徒の個別アルバムへの書き込みの内容を認識していなかったことは、当事者間に争いがない。・・・この点、個別アルバムは、学校行事の思い出を記録するために生徒同士がメッセージの書き込みをし合うなどして作成されるものであることに鑑みれば、人格非難にわたる記載がされることは通常想定し難い性格のものであると考えられ、担任教諭において、常に、個別アルバムの回収後に内容を確認し、それに基づく指導をするべきであるということはできない。そして、本件中学校の第3学年の担任教諭において、生徒から回収した個別アルバムの内容を全て確認することとはされていなかったことが認められる。・・・したがって、原告が個別アルバムの書き込みを通じた本件生徒へのいじめの存在を疑い、回収した個別アルバムの内容を全て確認し、あるいは、本件生徒の個別アルバムの内容を特に確認するべきであったということはできない。

(5)遅刻指導について
原告は、本件生徒が女子生徒B及びCと共に授業に遅刻した際に、本件生徒のみに対してその場で遅刻指導を行ったことがあったことが認められる。しかし、・・・原告は、授業に遅刻した上記3名の生徒に対して教室の前方に来るように指示したものの、女子生徒B及びCがこれに従わずに着席したことから、本件生徒にのみ教卓前において遅刻指導をする結果となったのであって、殊更に本件生徒のみを対象として教卓前に来るよう指示して指導をしたものではない。また、授業中の遅刻指導は授業の中断を伴うものであることからすれば、原告の指示に従わなかった生徒に対し重ねて指示をして授業中に遅刻指導を続行することよりも、授業の続行を優先させたことは不合理なことではない。そうすると、原告が教室で本件生徒に対してのみ遅刻指導をしたことは、その経緯に照らして、不適切な指導であったとはいえない。加えて、・・・原告の指導により本件生徒が不公平感を感じたとしても、これにより原告の指導が懲戒事由に該当する程に不適切なものであったと評価されるものではない。

(6)ガラス破損事件時の指導について
原告は、本件生徒、女子生徒B及びCに対し、ガラス破損事件後に指導をしたことが認められる。そして、本件調査報告書中には、上記指導において、原告がガラスの弁償の話をした際に、女子生徒Bが、「私が割ったので弁償します」と答えたが、原告はガラスの破損は上記3名の連帯責任であると考えていたため、上記3名に対し、弁償については各生徒の保護者に確認すると伝えたとの旨の記載部分がある。しかし、原告はかかる事実を否認しているところ、女子生徒Bがガラスを割ったことを認識していた原告が、女子生徒Bが弁償する旨申し出たにもかかわらず、あえて上記3名の生徒に対して、弁償についてはそれぞれの保護者に確認すると伝えるべき格別の理由はうかがわれず、上記記載部分は、その内容に照らして、必ずしも自然なものではない。また、本件調査委員会が、上記記載部分につき、いかなる資料を根拠に認定したのかは明らかでなく、上記記載部分を裏付ける証拠はない。・・・したがって、原告の指導が、ガラス破損についての事実確認を怠り、本件生徒に対して不当に心理的影響を与える不適切な指導であったということはできない。

(7)小括
原告の各行為は、信用失墜行為及び全体の奉仕者たるにふさわしくない行為に当たるとは認められない。・・・したがって、本件処分は、地方公務員法29条1項1号及び3号の懲戒事山を欠くものであるから、違法な処分であって、取消しを免れない。


コメント:

本件は、生徒のいじめ自殺に関連し、適切な対応を怠ったことを理由とする担任教諭への停職処分が取り消された事例である。行政訴訟において、懲戒処分が取り消されるケースはそれほど多くない。なかでも、本件のように全面的に処分の違法性が認定される例は稀であるといえる。

本判決は、教育委員会が懲戒事由として示したすべての行為について、いずれも非違行為と評価されるべきものではないとして、そもそも担任教諭には処分されるべき事実がなかったと判断した。つまり、処分の正当性が完全に否定されたのである。それだけでなく、本判決は、調査委員会についても、「裏付け証拠なしに事実を認定した」として、その報告書の客観性や信憑性についても痛烈に指弾している。

本判決の指摘を前提とすれば、調査委員会は、担任教諭が、いじめを誘発、助長し、さらには自殺の引き金を引いたとする独自のシナリオを描き、それに沿うかたちで、推測にもとづき虚偽の事実認定を行ったということになる。そして、教育委員会も、そのシナリオに則って、調査委員会の作成した報告書を根拠に処分を行った。こうした教育委員会や調査委員会の対応からは、生徒の自殺という重大事態の責任を担任教諭に押し付けて、事態の収拾を図ろうとする思惑が透けて見えるようである。

このように本件は、単に懲戒処分が取り消された一事例というにとどまらず、本来は公正中立であるべき調査委員会の報告書、そして教育委員会の懲戒処分そのものの信頼性を大きく失墜させた事例といえよう。


注目の教育裁判例
この記事では,公刊されている判例集などに掲載されている入手しやすい裁判例の中から,先例として教育活動の実務に参考になるものを選んでその概要を紹介しています。詳細については「出典」に示した判例集等から全文を参照してください。なお、「認定事実」や「判決の要旨」の項目は、判決文をもとに、そこから一部を抜粋し、さらに要約したものですので、判決文そのものの表現とは異なることをご了承願います。



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