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TITLE:  東京都公立中学校いじめ事件 ―― 加害生徒を追求「嘘つかないで!」
AUTHOR: 羽山 健一
SOURCE: 2025年6月9日
WORDS:  3800文字
[注目の教育裁判例]

東京都公立中学校いじめ事件
―― 加害生徒を追求「嘘つかないで!」

羽 山 健 一


事案の概要:

  第1事件は、当時中学生だったXが、クラスメイトのY1及びY2からいじめを受けたなどと主張して、Yらに対し、不法行為に基づく損害賠償として慰謝料の支払をそれぞれ求めた事案である。判決は不法行為の成立を一部認め、Yらそれぞれに対して各5万円の支払いを命じた。

  第2事件は、Y2が、中学校で行われたY2へのヒアリングの際に、Xの両親から脅迫、恫喝又は侮辱に当たる発言により一方的に非難されたなどと主張して、Xの両親に対し、共同不法行為に基づく損害賠償として慰謝料の連帯支払を求めた事案である。判決はヒアリングにおける言動が全体として違法なものとはいえないとして、不法行為には当たらないと判断した。第2事件は類似の事案が少ないので、本記事においては、第2事件を中心に紹介する。

【対象事件】東京地裁令和5年10月30日判決 【事件番号】令和2年(ワ)第28393号(第1事件)、令和3年(ワ)第5127号(第2事件) 【事件名】損害賠償請求事件 【結果】一部認容・一部棄却(控訴) 【出典】判例時報2611号51頁


認定した事実:

(1)前提となる事実
Xが不法行為として主張するYらによるいじめ行為は、2年次の平成29年12月25日から平成30年1月16日までの行為である。Xは、平成30年1月16日まではクラスに登校したが、翌17日以降、保健室の隣の別室で自習をするようになり、同年3月からは、中学校から紹介されたフリースクールに通い始めた。そして、同年4月末、本件中学校から転校した。Xは、この頃心身医療科等を受診し、同月10日、心的外傷後ストレス障害と診断された。

Xの両親の希望により、平成30年4月5日、中学校の一室において、クラスの担任教員及び学年主任の同席の下、Yらから、Xに対するいじめについてのヒアリングが行われた。本件ヒアリングは、Xの両親が、直接、Yらに対して質問する形で行われた。

Y2は1、2年次はほぼ無欠席であったが、本件ヒアリングの際にXの父親から言われたことにショックを受けたことが影響して体調が悪化し、中学3年次の2学期から欠席が多くなった。平成31年4月に高校に進学したが、進学後も同様の状況が続き、同年10月には通信制高校に編入した。令和3年2月15日、適応障害、心的外傷後ストレス障害傾向、ゲーム傷害などと診断された。

(2)Xの両親のヒアリングにおける言動
Y2に対する本件ヒアリングは約2時間20分にわたって行われ、Y2の母親が同席した。その大部分は、Xの両親が、Xから聞いた話や中学校がクラスで実施した聴き取り調査の結果(本件聴き取り)をもとに、Y2のXに対する言動について事実関係やその理由を質問する形で進められた。

  @ Y2が1年次にXに対して欠席した理由を何度も尋ねたという事実に関し、Y2が「1回しか聞いていない」と否定したのに対し、Xの母親は、「じゃあ、うちの子が嘘をついてるってことでいいんですね。」、「書いてあるよ。嘘つかないで欲しいんだけど」、「だめです。正直に答えてください。」などと発言し、Y2に事実関係を認めるように迫った。
  A Xの父親は、Xの認識と食い違う発言を繰り返すY2に対し、「そんなきょろきょろして考えないんだよ。あの、本当のことを言えばさ、目がまっすぐ前を向くからさ。いつもこうやって、こうやって考えてるじゃない、そうやって名前聞くたびに。違うんだよ。本当のこと言おうよ。」、・・・「この前、宮司殺した人いるでしょ。あれ、友達なんですけど、そっくりですよ。嘘ばっかりついて。あんたそういう風になるよ。そんなこと言って悪いけどさ。」と発言した。「人殺しになるってことですか。」とY2の母親が抗議したのに対し、Xの父親は「違う、違う。だからね、今ちゃんとしとかなきゃいけないってことよ。」と言い、さらにY2の母親が、「何ですか、その言い方は。」と抗議した。・・・Y2は、この発言を受けて、泣き叫びながら机を手で叩くなどし、帰ると言って席を立とうとしたが、Y2の母に引き留められた。

  B Xの両親は、不登校になった当時にXが涙が止まらない状態にあったという点に触れ、「君は人をそうしてるんだよ。」、「君は怒るけど、人をそうしてるんだよ。」などと述べ、Y2が泣き叫ぶのに対し、「あんただよ。」、「何だよ」、「何が言いたいの」、「自分がやってることなんだよ」、「楽しかったんでしょ。」・・・などと畳みかけた。

  C Xの両親は、前記@の話題を再度持ち出し、Y2は重ねて否定したが、これに対し、「絶対許さないんだからね。言っとくけど」、「君のことは許さないんだよ」、「絶対に許しませんから」などと言い、もはやY2が返事をするのすら待たず、「言ってないよね」、「全否定ですね。すごい。」などと畳みかけ、「泣こうが、何しようが、あの絶対に許しませんから」などと、繰り返しY2を許さないと発言した。


判決のポイント:

(1)第1事件
当事者の陳述のほか、Xが書き留めていた日記及び本件聴き取りなどの証拠を踏まえると、Y2及びY1はXがトイレで手を洗わず汚いとの悪口を教室内で複数回にわたり繰り返し、また、Y1は平成30年1月、声色をまねて発言するなどしてXのものまねをしたことが認められる。本件悪口及びものまねは、悪質性が相当程度高いものであり、社会通念上許される範囲を超え、Xに対する不法行為に当たるというべきである。不法行為の成立は認められるものの、心的外傷後ストレス障害との因果関係までは認めることができず、慰謝料としては、Yらの各行為につき、それぞれ5万円を相当と認める。

(2)第2事件
全体として、Xの両親は、本件ヒアリングにおいて、Y2が事実関係を否定したにもかかわらず、それが虚偽であることを前提として話を進め、自身の望む回答を得ようとし、望むような回答が得られていないのに、いじめ行為があったという前提で責め立てる態度が顕著であったといえる。・・・加えて、Y2を犯罪者に例えたり、将来犯罪者になるかのように指摘する発言もあり、Y2にとっては、自分の人格や将来を否定されたように感じたとしてもおかしくはなく、不適切な発言と言わざるを得ない。そのことは、Y2が泣きながら机を叩き、退室しようとした様子からもうかがわれる。

以上を踏まえると、本件ヒアリングは、全体として、当時14歳の中学生であったY2に対して相当に威圧感を与え、恐怖感・不安感等の精神的苦痛を味わわせるものであったといわざるを得ず、事情聴取の態様として、不適切な面があったことは否定できない。

しかし、Xが当時既に不登校になっていたこと、Xからの話や本件聴き取りにおいてY2の名前や、その具体的ないじめ行為が挙がっていただけでなく、むしろY2がいじめ行為をしていた生徒の中でも主導的な立場にあったように指摘されていたこと、それにもかかわらず、本件ヒアリングにおいてY2がいじめ行為を否定する態度に終始していたことなどからすると、Xの両親の本件ヒアリングにおける質問の仕方が追及的になり、一部に不適切な発言があったからといって、直ちに違法と評価するのは相当でない。

以上に加えて、Xの両親の口調は基本的に冷静で、一部の場面を除き、声を荒げたりすることはなかったこと、本件ヒアリングにはY2の母親が同席しており、Y2の母親の介入により一定の抑止が働いていたことなども踏まえれば、前記不適切な発言を含めた本件ヒアリングにおけるXの両親の言動が、全体として、社会通念上許された範囲を超えた違法なものとまで認めることはできない。


コメント:

本件の第2事件は、いじめ被害生徒の親が、直接、加害生徒にヒアリングを行い、その際の言動が問題となったという、きわめて異例な事案である。

一般に「ヒアリング」という語は「聴聞」などと訳されるが、そもそも、本件ヒアリングの内容は、単なる事情聴取の域を超えるものであった。ヒアリングの様子は、録音データおよびその文字起こし(反訳書)により、かなり具体的に明かとなっているが、それによれば、被害生徒の親は、加害生徒に対していじめ行為を認めさせ、その責任を追求し非難することを目的として、本件ヒアリングを行ったものと見ることができよう。たとえ被害生徒の親といえども、他人の子どもに対してこのような行為を行う権限が認められるものではない。本件における被害生徒の親の言動には、明らかに常識の範囲を逸脱した違法な部分が含まれていると考えられる。

本件判決は、ヒアリングにおける被害生徒の親の言動に不適切な面があったことを認めながらも、加害生徒がいじめ行為を否認し続けたことを考慮すると、親の言動は社会通念上許される範囲内のものであり違法とはいえない、という論理を展開している。しかし、加害生徒がいじめ行為を否認する態度をとったことが、不適切な言動の違法性を否定する合理的な根拠となり得るとは、とうてい考えられない。


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