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TITLE:  高松市立中学校教員時間外労働事件 ―― 勤務時間の割振りの違法性
AUTHOR: 羽山 健一
SOURCE: 2025年12月5日
WORDS:  5076文字
[注目の教育裁判例]

高松市立中学校教員時間外労働事件
―― 勤務時間の割振りの違法性

羽 山 健 一


事案の概要:

元教員の男性が、中学校の実施した宿泊学習(合宿)中、休憩時間が計画されておらず、また、緊急の対応が必要になる夜間の就寝時間は時間外労働として扱われず、肉体的、精神的苦痛を被ったなどとして、県に対して141万円の損害賠償を求めた事案で、裁判所は、県が労働基準法(労基法)に違反したと認定し計5万円の支払いを命じた。

【対象事件】高松地裁令和7年3月25日判決 【事件番号】令和4年(行ウ)第4号 【事件名】香川県人事委員会判定取消事件 【結果】一部却下・一部棄却・一部認容 【出典】労働判例ジャーナル163号52頁 【経過】控訴


認定した事実:

原告は、平成31年4月から教諭の職に再任用され、合宿当時において本件中学校の教諭であった。本件中学校は、令和元年10月27日から同月29日まで合宿を実施し、原告はこれに同行した。

校長は、合宿実施前に、合宿に同行する教育職員らに対し、「令和元年度五色台集団宿泊学習における勤務時間の割振り」と題する書面を提示した。同書面には、合宿1日目の正規の勤務時間が7時から23時まで、2日目の正規の勤務時間が、6時15分から23時まで、3日目の正規の勤務時間が、6時15分から16時35分までであり、超過勤務時間が合計19時間50分である旨記載されていた。その他、本件合宿実施期間中、1日あたり1時間を休憩時間とするものとして、前記超過勤務時間から、合計3時間の休憩時間を控除した16時間50分が、正規の勤務時間に割り振るべき時間(加算される勤務時間:引用者注)である旨記載されていた。

合宿1日目の職員打合せは、23時50分頃に終了し、2日目職員打合せは、翌0時15分頃に終了した。校長は、これらの終了時刻につき、正確に記録していなかった。

<参照条規>
・義務教育諸学校等の教育職員の給与等に関する特別措置条例 (以下「給特条例」)
第7条 任命権者は、教育職員について、4週間を平均して1週間の勤務時間が人事委員会に協議して教育委員会規則で定める時間を超えない範囲内で、特定の日において7時間45分又は特定の週において当該教育委員会規則で定める時間を超えて勤務させるよう正規の勤務時間を割り振ることができる。
・義務教育諸学校等の教育職員の正規の勤務時間に関する規則 (以下「特例規則」)
第2条 条例第7条に規定する人事委員会に協議して教育委員会規則で定める時間は、38時間45分とする。


判決のポイント:

(1)判断枠組み(労基法違反と国賠法上の違法性について)
被告は、教育職員の職務の特殊性等を踏まえると、被告が国賠法1条1項に基づく損害賠償責任を負うのは、給特法が、時間外勤務を命ずることができる場合を限定して、教員の労働時間が無定量になることを防止しようとした趣旨を没却するような事情が認められる場合に限られる旨主張する。

確かに、教育職員の職務は、児童生徒への教育的見地から、自律的な判断による自主的、自発的な業務への取組みが期待されるという職務の特殊性が認められる。そして、教育職員の業務は、その自主的で自律的な判断に基づくものと校長の指揮命令に基づくものが日常的に渾然一体として行われているため、これを峻別することは通常困難であり、管理者たる校長において、その指揮命令に基づく業務に当該教育職員が従事している時間を特定して、厳密に管理することは不可能である。このような労働時間の管理上の問題がある場合には、教育職員の勤務実態が労基法等に違反していることをもって、常に国賠法上の違法性が認められると考えることはできない・・・。

しかし、教育職員の業務の中には、校外学習や修学旅行等の引率業務も含まれるところ、これらの業務は、校長等が、事前にカリキュラム等を検討した上で、各時間帯における教育職員の業務内容や生徒指導の態様につき、詳細な指揮命令を発出した上で実施されることが少なくない。このような業務であれば、教育職員による自律的な判断を要する場面は少なく、教育職員は、専ら校長の指揮命令に従って業務に従事するものといえる。加えて、校長においても、教育職員がその指揮命令に基づく業務に従事している時間を特定して管理することは容易であるから、このような場合には、被告が主張する上記の理は妥当せず、服務監督者及び費用負担者の国賠法上の責任を限定的に捉えることはできない。

(2)正規の勤務時間の割振りについて
給特条例7条及び特例規則2条は、任命権者たる香川県教育委員会が週当たり平均勤務時間が38時間45分を超えない範囲内で、特定の日において7時間45分又は特定の週において、38時間45分を超えて勤務させるよう正規の勤務時間を割り振ることができる旨規定している。したがって、高松市教育委員会教育長から権限の委任を受けた各学校校長は、正規の勤務時間を割り振る場合は、週当たり平均勤務時間が38時間45分を超えない範囲で割り振らなければならない職務上の義務を負う。

校長は、合宿等に関して、割り振るべき正規の勤務時間が合計16時間50分である旨教育職員に通知した。原告は、これを受けて、その後の勤務日の正規の勤務時間を充当する(勤務時間を減算する:引用者注)旨の申請を行い、校長からの承認を得ていたものの、これを含めても、令和元年9月29日から同年11月23日までの期間における週当たり平均勤務時間は、いずれも38時間45分を超過していた。校長の正規の勤務時間の割振りは、給特条例7条及び特例規則2条に違反したというほかなく、職務上の義務を怠ったといえる。

この点につき、被告は、令和元年当時の本件中学校においては、正規の勤務時間の割振りは、教育職員に自主的に行わせていたため、校長が、正規の勤務時間の割振りにつき給特条例7条及び特例規則2条の要件を充足しているか否か認識することは困難であるから、国賠法上違法性はない旨主張する。しかし、校長は、本件合宿や1年団会議の実施によって、割り振るべき正規の勤務時間が大幅に加算されることを認識していたのであるから、事前に割振りの計画を立てたり、教育職員に対し指導するなどして、適法に正規の勤務時間が割り振られるよう注意を払うこともできた。しかし、校長は、割り振るべき正規の勤務時間を通知したのみで、その余は教育職員の自主的な割振りに一任し、これらの措置を講じていない。前記の職務上の義務を果たしたとはいえず、過失があったというほかない。被告の主張は採用できない。

給特条例7条及び特例規則2条は、・・・教育職員に対し、無定量の時間外労働が課され、過重な肉体的・精神的苦痛が生じることを防止するために、週当たり勤務時間の上限を定めたものと考えられる。そうであれば、給特条例7条及び特例規則2条の規定の限度を超過して長時間労働を命じられない権利は、教育職員にとって法律上保護された重要な利益というほかない。前記の違法な正規の勤務時間の割振りにより、原告のかかる権利が侵害され、肉体的・精神的苦痛を被ったことが認められる。

(3)休憩時間について
地方公務員法及び給特法は、労基法34条の適用を除外していないところ、学校勤務時間条例7条1項は、1日の勤務時間が8時間を超える場合には、1時間の休憩時間を置かなければならない旨規定しており、学校勤務時間規則7条1項は、各学校校長が、学校勤務時間条例7条の規定により休憩時間を置いた場合には、適当な方法により速やかにその内容を明示すべき旨規定している。したがって、各学校校長は、1日の勤務時間が8時間を超える場合には、1時間の休憩時間を付与し、その内容を明示する職務上の義務があったといえる。

労基法32条の労働時間とは、労働者が使用者の指揮命令下に置かれている時間をいうところ、その反面として、休憩時間に該当するためには、当該時間に労働から離れることが保障され、使用者の指揮命令下から離脱していることを要する。

校長は、合宿実施前、各日において1時間ずつ休憩時間を付与する旨通知しているものの、別紙3の「職員の動き」列には、休憩時間に関する記載はない。したがって、本件合宿において、教育職員が労働から解放される時間が確保されていたとはいえず、休憩時間の付与及び明示があった(と)はいえない。校長は、前記の職務上の義務に違反したというほかない。原告は、合宿実施前、1年団会議に合計4回出席しているところ、出席した日の正規の勤務時間はいずれも8時間を超えるにもかかわらず、付与された休憩時間は45分に留まる。校長が、前記職務上の義務に違反したことが認められる。

(4)労働時間を把握する義務について
労働安全衛生法66条の8は、事業者に対し、業務上の過重負荷による過労死を防止するため、1月当たりの時間外労働が80時間を超える労働者につき、医師による面接指導を行うことを義務付けており、同面接指導の実施のために、労働者の労働時間を適正に把握する義務を課している。かかる義務は、教育職員を指揮監督する各校長にも課されているといえるから、校長は、教育職員の労働時間を適正に把握する職務上の義務があった。本件において、時間帯乙(職員打合せ:引用者注)の終了時刻は記録されていなかったから、校長が前記の職務上の義務に違反したことが認められる。〔しかし、校長の義務違反によって、原告が、医師による面接指導を受ける利益を侵害されたとはいえず、被告は国賠法上の賠償責任を負わない。〕


コメント:

本判決は、教員の超過勤務に基づく損害賠償請求事件において、勤務時間の割振り及び休憩時間の付与に関して労基法違反を認め、損害賠償の支払いを命じたものである。とくに、教員に深刻な健康被害が生じていない事案において請求が認められた点で注目される。

もっとも、本判決は、教員の長時間労働一般を違法としたものではない。本判決が労基法違反と認定したのは、「指揮命令に基づく業務を特定して管理することが容易」と評価される宿泊学習の引率業務に関してである。したがって、その射程は限定的であり、宿泊学習や修学旅行など特定の場面にしか直接的な影響は及ばないと考えられ、教員の長時間労働全般に直ちに波及する判断とは言えない。そのため、裁判例として過大評価すべきではないとの見方もある。しかしながら、本判決には、教員の長時間労働を法的に問題にしてゆくにあたり、実務上も活用し得る重要な判断が多数示されている。

とりわけ、勤務時間の割振りを適正に行うことにより、限度を超過して長時間労働を命じられない権利は、教員にとって「法律上保護された重要な利益」であることを明確にした意義は大きい。また、割振りの実施にあたり、校長が「割り振るべき勤務時間を通知したのみで、その余は教育職員の自主的な割振りに一任」しただけの対応では、職責を尽くしたことにならず、適正な勤務時間の割振りが確保されるよう必要な措置を講じるべきであると判示したことも重要である。この点は学校現場において実務的に大きな影響を及ぼすと考えられる。

現状において、勤務時間の割振りが適正に行われていない実態は、宿泊学習に限らず広く存在する。多くの学校行事に伴う業務は、校長の指揮命令に基づくものが中心となっているところ、土日・祝日に実施される行事について、それが学校全体の行事でない場合には、勤務時間の割振り(振替)を各教員の申請に委ねる運用が一般的である。しかし今後は、このような業務についても、校長が責任をもって、勤務時間の割振りを適正なものとするために必要な措置を講じることが求められるであろう。


注目の教育裁判例
この記事では,公刊されている判例集などに掲載されている入手しやすい裁判例の中から,先例として教育活動の実務に参考になるものを選んでその概要を紹介しています。詳細については「出典」に示した判例集等から全文を参照してください。なお、「認定した事実」や「判決のポイント」の項目は、判決文をもとに、そこから一部を抜粋し、さらに要約したものですので、判決文そのものの表現とは異なることをご了承願います。



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