◆202601KHK263A1L0172M
TITLE:  名古屋市立養護学校暴行事件 ―― 同僚の体罰を制止する義務
AUTHOR: 羽山 健一
SOURCE: 2026年1月1日
WORDS:  4490文字
[注目の教育裁判例]

名古屋市立養護学校暴行事件
―― 同僚の体罰を制止する義務

羽 山 健 一


1.事案の概要

本件は、被告名古屋市の設置する養護学校(現在の特別支援学校)に通学していた原告が、@本件学校の教員であった被告Aから、運動会の際に暴行を受けたほか、日常的に暴行及び暴言を浴びせられる虐待を受けていたところ、他の教員らが、被告Aによる虐待を制止しなかったとして、また、A校長及び被告市の教育委員会が、被告Aに対して適切な人事権を行使しなかったなどとして、被告らに対し、慰謝料等の損害550万円の連帯支払を求めた事案である。判決は、被告Aによる暴行を認定するとともに、他の教員及び校長の安全配慮義務違反を認め、請求を一部認容し165万円の支払いを命じた。

【対象事件】名古屋地裁令和6年1月30日判決 【事件番号】令和2年(ワ)第4014号 【事件名】損害賠償請求事件 【結果】一部認容・一部棄却(確定) 【出典】判時2622号99頁


2.認定した事実

原告は、知的障害の認定を受けた者であり、平成26年度に本件学校の中学3年生として転校してきた。被告Aは、原告が中学3年生であった平成26年度及び高校3年生であった平成29年度、原告の所属するクラスの担任を務めていた。

校長は、本件運動会の以前から、教員らからの申し出により、被告Aが生徒に対し、「あほ」、「ばか」等の言葉を使ったり、足で行動を促したりするなどの暴行及び暴言を行っていることを把握していた。校長は、これを受け、平成27年度から平成30年度にかけて、毎年、被告Aに対し、暴言等の不適切な指導について指導注意を行ったが、校長は、こうした指導がなかなか浸透せず、被告Aの生徒と触れ合う方法が変わらないものと認識していた。

原告の所属するクラスでは、平成29年11月16日午後0時50分頃から午後1時40分頃までの間の保健体育の授業において、ミニ運動会(運動会)が実施された。被告Aは、運動会の際、原告に対し、臀部付近を2回蹴る、右足首付近を足で踏みつける、右耳を左手でつかんで引っ張る、右大腿部を1回蹴る、木の棒を原告の顔面に近づけて威圧した(本件暴行)。本件暴行の際、被告A及び原告の周囲には、4人の教員と12人程度の生徒がおり、教員らは、生徒3人から4人程度に1人ずつ配置されるような形で、ほとんどが座った状態であった生徒を取り囲むようにして立っていたが、上記4人の教員らは、本件暴行を制止しなかった。

平成30年9月12日、本件暴行の写っている映像(本件映像)が、テレビ等のメディアにおいて報道された(なお、本件映像では、生徒の顔にモザイクがかけられていたが、後に原告と判明した。)。平成30年2月23日、学校は、報道機関から本件映像の放映に先立ち、問合せを受けた。これを受けて、校長は学校の教員らに対し聞き取り調査を行い、その結果を被告市の教育委員会に対して報告した。

被告Aは、本件映像に写っていた暴行を行ったことのほか、学校において、トイレの個室内にいた生徒を追い出す目的で個室の天井にホースで水をかける体罰を行ったこと及び日常的に複数の生徒に対し不適切な発言をし、侮蔑的な言葉で呼んでいたこと等を理由として、平成30年12月13日からの109日間、停職処分を受け、停職期間満了とともに定年退職した。被告Aは、平成31年3月14日、名古屋地方裁判所において、運動会の際、原告に対し暴行を加えたとして、暴行罪により、罰金30万円の有罪判決を受けた。


3.判決のポイント

(1)被告Aの暴行の有無

本件映像には、本件暴行の様子が明確に記録されており、被告Aが、運動会の際、原告に対し、蹴る、足で踏みつける、耳をつかんで引っ張る等の本件暴行の事実が認められる。また、被告Aの事情聴取の際の言動、他の教員からの聞き取り調査の結果、本件暴行時の他の教員らの反応、暴行を目撃したという教諭の証言等から、被告Aは、原告に対し、本件暴行を行ったほか、日常的に暴行を加えていたものと認められる。

被告Aによる本件暴行及び日常的な行動は違法な行為であり、不法行為に該当するから、被告市は、その履行補助者である被告Aが行った不法行為について、安全配慮義務違反による債務不履行責任を負う。

(2)他の教員らによる、暴行を制止すべき義務懈怠の有無

本件暴行時、・・・教員らの視界の妨げとなっているものはなく、教員らは他の教員らの行動を視認できる状況にあったと認められる。また、本件暴行が、1分以上の相当長時間にわたっていたこと、本件暴行の態様が、被告Aが原告の体に足を乗せる、棒状の木材を原告に近づけるといった動作の大きいものであったことに加え、教員らは生徒を監督・指導するとともに生徒の安全を確保すべき立場にあり、生徒の周辺で生じている出来事に注意を向けているはずであることも併せると、被告Aと原告の行動が、上記4人の教員らの視界に入っていなかったとは考えられない。・・・したがって、被告市は、本件暴行時に周辺にいた教員らが本件暴行を制止しなかったことについて、安全配慮義務違反としての債務不履行責任を負う。

(3)校長による、人事権を行使すべき義務懈怠の有無

被告Aは、学校の生徒に対し、日常的に暴行を加え、暴言を吐いていたことが認められる。そして、校長は、本件暴行以前から、ある程度抽象的であったとはいえ、学校の教諭らによる情報提供により、被告Aが生徒に対し日常的に暴行及び暴言を行っていたことを認識しており、平成27年度から平成30年度にかけて、毎年、被告Aに対し、暴言等の不適切な指導について指導・注意を行ったが、こうした指導がなかなか浸透せず、被告Aの生徒と触れ合う方法が変わらないものと認識していたというのである。このような状況に照らすと、遅くとも運動会までの時点において、被告Aによる不適切な指導は、校内における対応のみでは改善しない可能性が生じていたものといわざるを得ない。

・・・検討によれば、校長は、遅くとも運動会までの時期に、被告Aによる学校の生徒に対する暴行及び暴言について情報収集を行い、被告市の教育委員会に対し報告するべき義務があったのに、これを漫然と怠ったものと認められる。そして、被告Aによる不適切な指導が少なくとも4年間という長期にわたり継続し、校長もこのことを認識していたこと、本件暴行の発覚前に校内で情報収集をすることが可能であったこと、被告Aの暴行及び暴言の内容が極めて不適切であると評価できることに鑑みれば、校長の報告が遅れたことは、被告市の在学契約に基づく安全配慮義務に違反し、違法であるといわざるを得ない。


4.コメント

本件事例は、教員による生徒への体罰(暴行)が日常的に行われ、しかもそれが教育現場において黙認されてきたという実態が、現在においてもなお存在していたことを示した点で重要である。

本件判決は、暴行を行った教員だけでなく、その周囲の教員らが暴行を制止しなかったことによる安全配慮義務違反を認めた点に特徴がある。すなわち、教員は一般に生徒の生命・身体の安全を確保すべき安全配慮義務を負うところ、暴行を目撃していた教員には、その義務の具体的内容として暴行を制止すべき作為義務があることを前提に、これを怠ったことは制止義務懈怠に当たると認定した。もっとも、本件では、当該教員らはいずれも公務員であるため、その職務行為に関する不法行為責任は公共団体が負うとされた(国家賠償法1条1項)。その結果、個々の教員の責任は否定され、被告市に損害賠償責任が認められている。

確かに、教育現場において問題行動が黙認される風土は、その解決を困難にし、事態を深刻化させる。教員による生徒への暴行・暴言、パワーハラスメント、不適切な接触やセクシュアル・ハラスメント、さらには生徒間のいじめといった問題について、周囲の教員が注意や介入を行わず、見逃し、黙認することが、問題の温床となっているとの指摘は妥当であろう。問題行動を目撃した者がこれを制止することによって、被害の拡大や再発を抑止し得ることも当然である。

しかしながら、暴行等を目撃した教員に対し、その場で制止する義務を課すことが妥当であるかについては、慎重な検討を要する。本件判決は、教員が「生徒の安全を確保すべき立場にある」ことを理由に、さしたる説明もなく、「暴行を制止すべき義務懈怠」を認定しているが、制止義務の範囲や限界について十分な検討が尽くされているとは言い難い。

実際には、暴行をその場で制止することは、状況によっては相当の困難を伴う。制止行為が新たな対立や混乱を招く可能性や、その後の人間関係の悪化、教員間の協力体制の崩壊などが懸念され、必ずしも容易に実行できるものではない。

そもそも、教員の教育活動を把握し、不適切な行動を行う教員を指導する権限と責務は、一義的には校長に帰属する。一般の教員には、他の教員を指導する権限はなく、原則として、他の教員の不適切な行動を直接制止すべき一般的義務があると解することには無理がある。

一般の教員に課すことができる義務としては、問題行動を認識した場合に、これを校長等の管理職に報告することが中心であり、それを超えて常に現場での制止行為まで求めることは、過度の負担を課すものと考えられる。もっとも、目前で重大な被害が発生しようとしている場合など、例外的・限定的な状況においては、制止義務を肯定し得る余地はあるであろう。

本件事例においては、運動会の数年前から、教員らが被告Aによる暴力や暴言について校長に繰り返し申し立てを行っており、少なくとも報告義務については果たしていた。さらに、本件判決自身も認めているとおり、運動会当日に教員らが暴行を制止しなかった背景には、「被告Aによる暴行が常態化しており、他の教員らにとってもこれが日常の光景として見慣れたものになってしまっていた」事情があった。これは、教員らが以前から校長に問題を訴えていたにもかかわらず、校長が適切な対応を取らなかった結果、暴力行為が是正されず常態化したことを意味する。このような状況の下では、現場の教員らがその場で暴行を制止しなかったことを、直ちに非難に値する義務違反として評価することには、なお疑問が残るといえよう。


注目の教育裁判例
この記事では,公刊されている判例集などに掲載されている入手しやすい裁判例の中から,先例として教育活動の実務に参考になるものを選んでその概要を紹介しています。詳細については「出典」に示した判例集等から全文を参照してください。なお、「認定した事実」や「判決のポイント」の項目は、判決文をもとに、そこから一部を抜粋し、さらに要約したものですので、判決文そのものの表現とは異なることをご了承願います。



Copyright© 執筆者,大阪教育法研究会