◆202610KHK272A1L0245M
TITLE:  私立中高一貫校いじめ自殺事件 ―― 学校がいじめ報告書を拒否
AUTHOR: 羽山 健一
SOURCE: 2026年10月6日
WORDS:  6435文字

[注目の教育裁判例]

私立中高一貫校いじめ自殺事件
―― 学校がいじめ報告書を拒否

羽 山 健 一


1.事案の概要

私立高校2年の男子生徒が自殺したのは、学校がいじめ対策を怠ったのが原因として、遺族が約3200万円の損害賠償などを、同校を運営する学校法人に求めた事例で、裁判所は、いじめの一部は未然に防止できたとして、330万円の支払いを命じた一方、自殺に対する賠償請求は退けた。

本件では、第三者委員会が「いじめが自殺の主たる要因」とする調査報告書をまとめたが、学校側が受け入れを拒否するという異例の展開をたどった。そこで本稿では報告書の調査結果についての学校側の対応や裁判所の判断を中心に事案を紹介する。

【対象事件】長崎地裁令和8年6月8日判決 【事件番号】令和4年(ワ)第267号 【事件名】損害賠償等請求事件 【結果】一部認容・一部棄却(控訴) 【出典】裁判所ウェブサイト


2.認定した事実

(1)経過

被告は、中高一貫校であるD中学及びD高校を設置する学校法人である。Cは、平成25年4月、D中学に入学した。

Cは、中学3年時、クラスメイトからCのお腹の音が鳴ることについて愚痴を言われたり、椅子を引く音などの周囲の音を、Cのお腹の音と決め付けられて愚痴を言われたり、椅子を引く音などがした際に、クラスメイトからのど鳴らしをされるといういじめ行為を受けていた。Cは、お腹が鳴ることを警戒する余り、休憩時間に下駄箱付近の掃除道具入れの小部屋(「本件小部屋」)に頻繁に閉じ籠もって間食を取るようになったところ、クラスメイトからは、Cが本件小部屋に閉じ籠ることに関しても、大勢で付いて来られたり、無理やりドアを開けられるなどのいじめ行為すら、受けていたものである。

Cは、平成28年4月、D高校に内部進学し、高校2年時の平成29年4月20日、市内の公園において自死した。

(2)第三者委員会の調査報告書

被告は、Cの本件自死を受けて、平成29年同年7月24日、�@いじめの有無・内容、�Aいじめと自死との因果関係の存否、�B学校側の対応(自死後の対応を含む)の問題点の検討、�C再発防止策の検討を行うことを目的として、外部の弁護士等の委員5名で構成される第三者委員会(「本件委員会」)を設置した。

本件委員会は、平成30年11月19日付けで調査報告書(「本件報告書」)を取りまとめた。本件報告書の概要は、次のとおりである。
〈ア〉いじめの有無・内容
Cに対しては、�@中学3年時、クラスメイトによるCのお腹が鳴ることに対するからかい、及び椅子の音などがした時にその音をCが出したものとしてからかいや「のどならし」をする行為、�A複数の生徒によるCが休み時間などに閉じ籠っていた本件小部屋の扉を無理やり開けようとした行為、�B高校1年時にも、Cのお腹の音に結び付けたからかいや「のどならし」といった行為があったと認められ、これらはいじめ行為に該当する。
〈イ〉いじめと自死との因果関係
中学3年時から高校進学後にかけて行われたいじめがCの自死の主たる要因であることは間違いない。・・・Cの本件自死の要因を1つに特定することは困難であるが、本件委員会としては、少なくとも、中学3年時以来のいじめを主たる要因としつつ、これに起因した心理的な孤独・音に対する過敏な心理状態、教師からの理不尽な指導、学習に対する悩みや焦りなどが相互に作用し合って自死に繋がっていったものと考える。
〈ウ〉Cの自死に至る過程についての学校側の対応の問題点
本件学校においては、�@生徒のほとんどが認識していたCの本件小部屋における言動について、教師の誰も認識していなかったという生徒・教師間のコミュニケーション不足、�A教師の生徒に対する観察力不足、�B生徒・学園のいじめに対する認識不足、�Cいじめ対策委員会を中心とした本件学校の「いじめ防止基本方針」に基づいた具体的活動が一切行われていなかったことなどの問題があった。

(3)本件報告書による提言等を受けた被告の対応等

本件報告書の内容につき、被告は、現在に至るまで、いじめの具体的行為が特定されていない上、具体的事実関係の裏付けが示されないまま中学3年時以来のいじめがCの本件自死の主たる要因であると断定される等、論理に飛躍があり全体的に説得力を欠く報告となっていると評価しており、被告としては、本件報告書の内容は受け入れ難いという姿勢を一貫して示している。


3.判決のポイント

(1)いじめについての安全配慮義務

学校の設置者等は、私立学校の場合には在学契約に付随する安全配慮義務として、学校における教育活動及びこれに密接に関連する生活関係における生徒の安全に配慮すべき義務があり、特に、生徒の生命、身体、精神、財産等に大きな悪影響ないし危害が及ぶおそれがあるときには、その危害の現実化を未然に防止するため、その事態に応じた適切な措置を講じる一般的な義務(安全配慮義務)があるところ、いじめが、生徒の生命又は心身に重大な危険を生じさせ得る行為であることからすれば、いじめが確認された場合は、いじめをやめさせ、その再発を防止するために必要な措置を講ずべき義務(いじめ適正対処義務)を負うというべきである。

また、学校の設置者等には、いじめを早期に把握することができるように、当該学校におけるいじめを早期に発見するための体制を構築すべき義務(いじめ早期発見体制構築義務)があるというべきである。

(2)被告の安全配慮義務違反の有無について

被告は、いじめ防止対策推進法の公布・施行を受け、平成26年、本件学校の「いじめ防止基本方針」及び「いじめの防止等における取り組み」を制定した(これらを併せて「本件基本方針等」)。・・・本件学校において、当時から既に多数の生徒により認識されるに至っていたCが本件小部屋に籠るという異様な状況について、本件学校の教員らが認識・把握できなかったのは、当時、本件基本方針等が全く周知徹底されておらず、いじめは理事会が決める、当事者間で解決させるといった不適切な方針がとられていたことも相まって、本件基本方針等の定める各種取組が講じられていなかったことに起因するものと指摘せざるを得ない。・・・以上によれば、被告にはいじめ早期発見体制構築義務違反及びいじめ適正対処義務違反があったと判断される。

(3)いじめ又は安全配慮義務違反と本件自死との因果関係の有無について

少なくとも、本件いじめ行為がなければ、Cが本件自死に至らなかったという意味において、本件いじめ行為と本件自死との間には、事実的因果関係が認められるというべきである。

〈ア〉本件いじめ行為は、客観的にみた場合、当時のCの年齢等を踏まえても、それ自体が直ちに自死に繋がるようないじめ行為とは、多分に様相を異にするものであった。Cが、高校進学後1年以上が経過した後に本件自死したものであることも併せ考えると、Cの本件自死の理由が本件いじめ行為のみであったとは認められない。
〈イ〉そして、中学3年時から高校進学後にかけてのCには、本件いじめ行為以外にも様々な心理的負荷を受ける要因があった。殊に、Cが遺書を遺していることからすると、Cは、中学3年時の本件いじめ行為に起因する音に対する過敏な心理状態や孤立感のみならず、中学3年時から高校進学後にかけてのCを取り巻く様々な複雑な要因が相互に作用し合って本件自死に至ったものと認めるのが相当である。
〈ウ〉そうすると、Cについては、本件いじめ行為のみならず、本件いじめ行為以外の他の複数の要因により、いじめ行為が認められない高校1年時から2年時にかけて、Cの精神状態が自殺に追い込まれるまで悪化したという可能性も払拭することができないというべきである。
〈エ〉以上によれば、本件自死は、本件いじめ行為によって通常招来される事態であるとはいえない。

(Cの本件自死に関する予見可能性について)
日頃からCを身近で最もよく観察していた原告ら家族でさえ、Cが中学3年時のみならず、高校進学後についても、Cの様子に特段変わった点は見受けられず、異変を全く感知できなかったのであって、学校の教員らは、C自身からも、原告ら保護者からも、自死の前兆とみるべき異変について何らの申告等を受けていなかったのであるから、ましてや学校の教員らにおいて、安全配慮義務を果たすことで認識し得た中学3年時のいじめの内容やCの心理状態等からCの本件自死を予見することは、極めて困難であったといわざるを得ない。

以上によれば、被告の安全配慮義務違反と本件自死との間に相当因果関係があるとは認められず、本件学校の教員においてCの本件自死につき予見可能であったとも認められないから、被告は、Cの死亡に係る損害については責任を負わない。

(4)調査結果尊重義務違反について

原告らは、被告が、本件報告書の内容を受け入れるべきであるにもかかわらず、これを受け入れず、もって遺族の支援を行うとともに再発防止等の対策を推進すべき調査結果尊重義務に違反していると主張する。

しかし、被告としては、本件報告書の内容が、全体的に説得力を欠く納得できない内容であると判断したものであるところ、Cの本件自死に関しては、その直前に、それ自体から直ちに生徒の自死に繋がるようないじめ行為が外形的に確認されていなかったことや、C自身が自ら残した遺書において「死因 いじめなどでは決してない」などと書き残していることなどの事情があったことが認められる。また、前判示のとおり、本件いじめ行為とCの本件自死との間には事実的因果関係は認められるものの、相当因果関係があるとまではいえないことなどの事情を踏まえると、学校事故に関し、第三者委員会を設置した学校の設置者等において、同委員会の調査結果を尊重すべき義務があるかはともかく、本件において、被告が独自の判断をもって本件自死の原因がいじめであることを争うことが違法とまではいえない。


4.コメント

(1)いじめ行為と自殺との因果関係

本件は、いじめを受けた生徒が自殺したことについて、学校側が生徒に対する安全配慮義務を怠ったとして、賠償責任を問われた事案である。本件では、学校側の設置した第三者委員会が、いじめが自殺の主たる要因であると認める調査報告書を作成していた。これに対して本判決は、「さまざまな要因が相互に作用して自殺に至った」とした上で、いじめ行為と自殺との間には、事実的因果関係が認められるものの、相当因果関係は認められないと判断し、自殺についての学校側の賠償責任を否定した。

ここでの、事実的因果関係とは、「いじめ行為がなければ、生徒が自殺に至らなかった」という関係をいう。これに対して、相当因果関係とは、いじめ行為から自殺が発生することが社会通念上相当であると認められる法律上の関係を意味する。学校側に自殺についての賠償責任を負わせるためには、その前提として、いじめ行為と自殺との間に相当因果関係が肯定される必要がある。

本件では、第三者委員会がいじめを自殺の主たる要因と認定しているにもかかわらず、本判決が学校側の賠償責任を否定したことからすると、裁判所が、因果関係を判断するにあたって、第三者委員会の調査報告書を考慮事項としてどのように評価したのかが問題となる。本判決には、この点について詳しく説明する部分は見当たらない。そこで、これを理解する手掛かりとして、本件とは事案を異にするものの、堺市立小学校いじめ事件判決(大阪地裁堺支部令和7年9月18日)が参考になる。

同判決は、いじめ重大事態調査委員会の報告書について、「一連の事象の事実関係、その背景にある事情の究明、再発防止に向けた提言を目的とするものであって、民事責任の所在を明らかにするものではない。」とした。そして、調査報告書が教員らの対応に種々の問題点を指摘しているとしても、そのことから直ちに、教員らの対応に国家賠償法1条1項にいう違法があったとはいえないと判断した。

同判決が示しているのは、調査報告書が重要な指摘を含むものであっても、それが民事責任の有無に直ちに結び付くものではないという考え方である。あくまでも、法的責任が認められるかどうかは、裁判所が法的基準に照らして判断することになる。本判決も、基本的にはこのような立場から、第三者委員会の認定をそのまま法的責任の判断に結び付けることはせず、いじめ行為と自殺との因果関係について、独自に法的評価を行ったものと考えられる。


(2)予見可能性について

本判決は、いじめ行為によって自殺に至ることが通常生ずべき結果であるとはいえず、また、生徒が自殺することについて学校側に予見可能性が認められないことから、自殺によって生じた損害について学校側は賠償責任を負わないと判断した。

本判決は、予見可能性について、いじめの態様や自殺に至るまでの経緯などを検討して、「生徒の本件自死を予見することは、極めて困難であった」と述べている。これは、「いじめを受けた生徒が自殺することは、極めて特異なできごとであり、一般的に他の者がこれを予見することは極めて困難である」という旧来の自殺についての認識を基礎とした判断であると考えられる。

しかし、今日では、いじめを受けた生徒が自殺することは、重大な社会問題として報じられ、その一部は訴訟として提起され、裁判所による判断も積み重ねられてきた。したがって、少なくとも現在の社会状況において、いじめと自殺との結び付きが極めて例外的なものとして捉えられることには、疑問がある。

この点で重要なのが、2013年に制定された「いじめ防止対策推進法」である。同法1条は、いじめについて、「いじめを受けた児童等の教育を受ける権利を著しく侵害し、その心身の健全な成長及び人格の形成に重大な影響を与える」だけでなく、「その生命又は身体に重大な危険を生じさせるおそれがあるもの」と明記している。この規定は、いじめが被害者の生命・身体に重大な危険を及ぼし得るものであるという知見の存在を明確に示して、それを一般に周知させたといえる。

今日の学校現場においては、いじめを受けた生徒が深刻な心理的影響を受け、場合によっては自殺に至ることがあり得るという認識は、相当に広く共有されていると考えられる。このような社会状況を踏まえると、学校現場において形成されてきた「いじめが生徒の生命に重大な危険を及ぼし得る」という認識と、裁判所における「いじめによる自殺は極めて特異なできごとであり、予見することは困難である」という旧来の考え方との間には、一定の緊張関係が生じているように思われる。

もちろん、いじめが存在したというだけで、学校側に自殺についての予見可能性が当然に認められるわけではない。しかし、いじめ自殺に関する社会的認識が大きく変化しているにもかかわらず、旧来の「いじめによる自殺は極めて特異なできごとであり、予見することは困難である」という認識を出発点として、予見可能性を否定する判断を重ねることには、慎重な検討が必要であろう。



注目の教育裁判例
この記事では、公刊されている判例集などに掲載されている入手しやすい裁判例の中から、先例として教育活動の実務に参考になるものを選んでその概要を紹介しています。詳細については「出典」に示した判例集等から全文を参照してください。なお、「認定した事実」や「判決のポイント」の項目は、判決文をもとに、そこから一部を抜粋し、さらに要約したものですので、判決文そのものの表現とは異なることをご了承願います。



Copyright© 執筆者,大阪教育法研究会