◆202611KHK273A1L0177M
TITLE:  鹿児島県立高校教員PTA会費返還請求事件 ―― 自動加入の不思議
AUTHOR: 羽山 健一
SOURCE: 2026年11月1日
WORDS:  4642文字

[注目の教育裁判例]

鹿児島県立高校教員PTA会費返還請求事件
―― 自動加入の不思議

羽 山 健 一


1.事案の概要

県立高校の教員が、同意のないままPTA会費を給与から引き去られたとして、校長とPTAに対し、6年分の会費計1万6560万円の返還を求めた事案。裁判所は、教員によるPTAへの入会の黙示の意思表示が認められるとして、返還請求を棄却した。

【対象事件】鹿児島地裁令和7年4月22日判決 【事件番号】令和6年(レ)第17号 【事件名】鹿児島県立B高等学校PTAに対する会費返還請求控訴事件 【結果】棄却(上告) 【出典】判タ1543号156頁 【経過】原審鹿児島簡裁令和6年8月27日判決(棄却)


2.認定した事実

(1)教職員によるPTA会費の支払方法
県は、教職員が勤務する学校のPTA会費を支払う方法として、県が教職員互助会の掛金や親睦団体の会費等とともに毎月の給与支給日に口座振替の方法により引き去り、これを各学校のPTAに交付するとの方法を取っており、教職員は、新規採用時等に勤務している学校に預金口座振替申込書及び預金口座振替依頼書を提出し、そのうち口座振替依頼書は金融機関に提出され、口座振替申込書は当該学校で保管されている。そして、当該教職員が他の県立学校に異動した場合、当該教職員が提出した口座振替申込書が異動先の学校に引き継がれ、特段の手続なく、異動先の学校に係るPTAへの入会の意思や会費の支払意思が確認されることもないまま、異動先の学校に係るPTA会費等が口座振替申込書等に記載された預金口座から引き去られ、支払われることとなっている(以下、このようなPTA会費等の支払に関する運用を「本件運用」といい、そのうちPTA会費等の支払方法を「本件支払方法」という。)。

(2)控訴人によるPTAの会費等の支払状況
控訴人は県立高校の教員であり、平成15年4月10日頃、着任したD高校に対し、自己名義の預金口座を記載した口座振替申込書等を提出した。その後、控訴人のD高校のPTA会費が、本件支払方法によって支払われたが、控訴人はこれに異議を述べることはなかった。

控訴人は、複数の県立高校での勤務を経て、平成29年4月、県立B高校(本件高校)に異動し、本件運用に従って、口座振替申込書が前任校から本件高校に引き継がれた。被控訴人は、本件高校のPTA(以下「本件PTA」)である。そして、平成29年4月以降、毎月の給与支給日に月額230円の本件PTAの会費等が本件支払方法によって支払われる一方、[その支払額の記載のある]給与支給明細書及びその他控除明細票の交付を受けていたが、控訴人は、令和5年5月11日頃まで、会費の支払に特段の異議を述べることはなかった。


3.判決のポイント

(1)黙示の意思表示
控訴人は、本件高校に着任するまでの間、自らが勤務先の学校に係るPTAに入会しているものと取り扱われ、本件支払方法によりPTA会費が支払われることを容認するとともに、本件運用により、特段の意思確認なく、異動先の学校に係るPTAについても上記の取扱いがされることを容認していた。

そうした中で、控訴人は、平成29年4月に本件高校に着任した後、給与支給明細書及びその他控除明細票の交付を受け、本件PTAに対する会費が本件支払方法により支払われること、その後、実際に同方法によりこれが支払われたことをいずれも認識しつつ、特段の異議を述べなかったものであり、そのような控訴人の対応によれば、控訴人は、特段の意思確認のないまま、それまでと同様に、本件運用により、自らが本件PTAの会員と取り扱われ、本件PTAに対して本件支払方法により会費が支払われることを容認したものと推認される。

加えて、控訴人の着任当時、本件高校では本件PTAに関する業務が校務分掌において教職員に割り当てられる業務の一つとして扱われており、控訴人を含む本件高校の教職員は、本件PTAの存在に加え、教職員らが本件PTAの入会資格を有していることを当然に認識していたと推認されることにも照らすと、控訴人は、遅くとも平成29年4月分の会費が本件支払方法により支払われ、これに異議を述べなかったことをもって、平成29年4月1日に遡って、本件PTAに入会する黙示の意思表示をしたものと認められる(以下「本件意思表示」)。

(2)意思表示の錯誤無効
控訴人は、本件高校の教職員が業務上本件PTAに入会し、本件PTA関係の業務に公務として従事すべき法的義務を負うものと誤信しており、本件意思表示はこの錯誤に基づくものであるから改正前民法95条により無効である旨主張する。

しかしながら、遅くとも本件意思表示がされた平成29年4月の時点では、PTAへの加入が任意であることが周知されるようになり、保護者の中にはPTAへの入会を拒否し、又は脱退する者が出てきていて、PTAの組織や活動のあり方、会費の徴収の適否について、様々な議論がされていることは公知の事実であり、控訴人も、そのような議論状況を認識していた可能性がある。・・・[そうすると、]控訴人が、PTAへの加入が任意であることを認識しつつ、消極的ながらも入会や会費の支払はやむを得ないものと判断して、本件意思表示をした可能性がないとはいえない。

これを措くとしても、控訴人主張の錯誤は、表意者が法律行為の基礎とした事情についてのその認識が真実に反する錯誤、すなわち動機の錯誤に当たる(現行民法95条1項2号参照)ところ、・・・その動機が本件意思表示の内容になっていたことを認めることはできないから、本件意思表示が、改正前民法95条により無効であるとはいえない。そうすると、控訴人は、本件期間を通じて本件PTAの会員であったと認められるから、・・・本件PTAが、控訴人に対し、会費の返還義務を負っているとはいえない。


4.コメント

本件は、PTAへの入会の意思を明確に確認されないまま会員として扱われ、会費を徴収されていた教員が、PTAへの入会の有効性を争った事案である。従来、多くのPTAでは、入会が任意であることを十分に説明することなく、また、入会申込書などによって本人の意思を確認することもないまま、保護者や教職員を会員として扱い、会費を徴収するという運用が行われてきた。こうした入会のあり方に疑問が呈され、入会の有効性を争う訴訟も提起されている。その一例が、熊本市立小学校PTA事件(熊本地裁平成28年2月25日判決・棄却、控訴後和解)である。ただしこの事件は保護者の入会の有効性が争われたものである。これに対し、本件は教職員の入会の有効性が争われた事案であり、これを判断した裁判例はほかに見当たらない。その意味で、本判決は貴重な事例といえよう。

また、本判決からは、PTAの入会手続きや学校との関係について、裁判所がどのように認識しているかを読み取ることができる。以下では、特に注目すべき三つの点を取り上げたい。

第一に、PTAが任意加入の団体であり、入退会は自由であるという認識が広まりつつあることである。この認識は、前掲の熊本市立小学校PTA事件の控訴審における和解条項でも確認されており、現在では、PTAのあり方を考えるうえでの基本的な前提になっていると考えられる。

本件において、控訴人である教員が、PTAに入会すべき義務があると誤信していたと主張したのに対して、裁判所は、当時、PTAへの入会が任意であることが周知されるようになっていたことに言及したうえで、控訴人もPTAが入退会自由であることを認識していた可能性があり、入会すべき義務があるとの錯誤に陥っていたかは疑問があるとして、控訴人の主張を信用しなかった。ここからは、裁判所も、PTAへの入会が任意であるという認識が社会に広まりつつあることを踏まえて判断していることがうかがえる。

第二に、入会が任意であるという認識が広まりつつある一方で、入会の意思を明確に確認するための手続きを整備するという運用の改善が進んでいないことである。このような状況について、本判決は、付言という形で、「PTAへの入会に関する周知や意思確認のあり方を含め、関係者の間で今後議論が深められていくことを期待する」と述べている。これは、入会の任意性を周知し、本人の入会意思を適切に確認するための手続きについて、今後の改善を促す趣旨のものと受け止めることができる。

もっとも、これまでの裁判所の判断は、こうした運用の改善を積極的に促すものになっているとは言い難い。本件でも、前掲の熊本市立小学校PTA事件でも、裁判所は入会の有効性を肯定している。また、両事件では、入会する義務があると思い込んでいたという主張がなされたが、裁判所は、具体的な事情を踏まえたうえで、そうした主張によって入会の有効性が否定されることはないと判断した。

さらに本判決は、「PTAや学校側が、入会が任意であることを周知したり、PTAへの入会の意思を明確に確認すべき信義則上の義務その他の法的義務を負っているものとは解し難い」と述べている。つまり、裁判所は、従来の入会手続きが不適切なものであったとしても、違法とまで判断することはできないという認識なのである。こうした裁判所の判断が、結果として従来の運用を維持する根拠として受け止められ、入会手続きの改善が進まない一因である可能性は否定できない。

第三に、PTAの業務が、学校教職員に割り当てられる職務の一つとして扱われていることである。

本判決は、こうした扱いを事実として認定し、その事実を、控訴人が自ら会員として扱われていることを認識していたと推認する根拠の一つとして用いている。ところが、PTAの業務を教職員の職務として扱うことは、学校の職務とPTAの活動との区別を曖昧にし、保護者や教職員に、PTAが学校組織の一部であるかのような誤解を生じさせるおそれがある。それにもかかわらず、本判決は、こうした扱いが、入会を義務であると誤解させる状況を生み出した可能性については、検討を加えていない。

仮に、PTAの業務処理が教職員によって担われ、その運営が教職員に依存している実態があるとすれば、そのPTAは、学校から独立した自主的な任意団体であるといえるのか、疑問である。そのような状況のもとでは、保護者や教職員がPTAへの入会を義務であると受け止めたとしても、無理からぬことであろう。

このように、本件が提起している問題は、PTAへの入会時における意思確認の方法にとどまらず、学校とPTAの関係、さらには任意団体としてのPTAの運営のあり方にまで及んでいると考えられる。



注目の教育裁判例
この記事では、公刊されている判例集などに掲載されている入手しやすい裁判例の中から、先例として教育活動の実務に参考になるものを選んでその概要を紹介しています。詳細については「出典」に示した判例集等から全文を参照してください。なお、「認定した事実」や「判決のポイント」の項目は、判決文をもとに、そこから一部を抜粋し、さらに要約したものですので、判決文そのものの表現とは異なることをご了承願います。



Copyright© 執筆者,大阪教育法研究会