● 児童懲戒権の限界について 昭和23年12月22日 調査2発18



昭二三、一二、二二 調査二発一八
国家地方警察本部長官、厚生省社会局、文部省学校教育局あて
法務庁法務調査意見長官回答

    児童懲戒権の限界について

 本年六月一六日附及び七月二七日附、別紙高知県警察隊長の照会に対し、当職は左のとおり、意見を回答するから、同警察隊長に伝達方取り計られたい。

   第一問
 学校教育法第一一条にいう「体罰」の意義如何。たとえば放課後学童を教室内に残留させることは「体罰」に該当するか。また、それは刑法の監禁罪を構成するか。
   回 答
一 学校教育法第一一条にいう「体罰」とは、懲戒の内容が身体的性質のものである場合を意味する。すなわち
(1) 身体に対する侵害を内容とする懲戒−なぐる・けるの類−がこれに該当することはいうまでもないが、さらに
(2) 被罰者に肉体的苦痛を与えるような懲戒もまたこれに該当する。たとえば端坐・直立等、特定の姿勢を長時間にわたつて保持させるというような懲戒は体罰の一種と解せられなければならない。
二 しかし、特定の場合が右の(2)の意味の「体罰」に該当するかどうかは、機械的に判定することはできない。たとえば、同じ時間直立させるにしても、教室内の場合と炎天下または寒風中の場合とでは被罰者の身体に対する影響が全くちがうからである。それ故に、当該児童の年齢・健康・場所的および時間的環境等、種々の条件を考え合わせて肉体的苦痛の有無を制定しなければならない。
三 放課後教室に残留させることは、前記一の定義からいつて、通常「体罰」には該当しない。ただし、用便のためにも室外に出ることを許さないとか、食事時間を過ぎて長く留めおくとかいうことがあれば、肉体的苦痛を生じさせるから、体罰に該当するであろう。
四 右の、教室に残留させる行為は、肉体的苦痛を生じさせない場合であつても、刑法の監禁罪の構成要件を充足するが、合理的な限度をこえない範囲内の行為ならば、正当な懲戒権の行使として、刑法第三五条により違法性が阻却され、犯罪は成立しない。合理的な限度をこえてこのような懲戒を行えば、監禁罪の成立をまぬかれない。
 つぎに、然らば右の合理的な限度とは具体的にどの程度を意味するのか、という問題になると、あらかじめ一般的な標準を立てることは困難である。個々の具体的な場合に、当該の非行の性質、非行者の性行および年齢、留め置いた時間の長さ等、一切の条件を綜合的に考察して、通常の理性をそなえた者が当該の行為をもつて懲戒権の合理的な行使と判断するであろうか否かを標準として決定する外はない。

   第二問
 授業に遅刻した学童に対する懲戒として、ある時間内、この者を教室に入らせないことを許されるか。
   回 答
 義務教育においては、児童に授業を受けさせないという処置は、懲戒の方法としてはこれを採ることは許されないと解すべきである。
 学校教育法第二六条、第四〇条には小・中学校の管理機関が児童の保護者に対して児童の出席停止を命じ得る場合が規定されているが、それは当該の児童に対する懲戒の意味においてではなく、他の児童に対する健康上または教育上の悪い影響を防ぐ意味において認められているにすぎない。故に遅刻児童についても、これに対する懲戒の手段として、たとえ短時間でも、この者に授業を受けさせないという処置を採ることは許されない。

   第三問
 授業中学習を怠り、または喧嘩その他、ほかの児童の妨げになるような行為をした学童を、ある時間内、教室外に退去させ、または椅子から起立させておくことは許されるか。
   回 答
一 児童を教室外に退去せしめる行為については、第二問の回答に記したところと同様、懲戒の手段としてかかる方法をとることは許されないと解すべきである。ただし児童が喧嘩その他の行為によりほかの児童の学習を妨げるような場合、他の方法によつてこれを制止しえないときには、=懲戒の意味においてではなく=教室の秩序を維持し、ほかの一般児童の学習上の妨害を排除する意味において、そうした行為のやむまでの間、教師が当該児童を教室外に退去せしめることは許される。
二 児童を起立せしめることは、それが第一問回答一(2)および二の意味で「体罰」に該当しないかぎり、懲戒権の範囲内の行為として、適法である。

   第四問〔略〕

   第五問
 ある学童が学校の施設もしくは備品、または学友の所有にかかる物品を盗み、またこわした場合に、これに対する懲戒として、この者を放課後学校に留め置くことは許されるか。
   回 答
 盗取、毀損等の行為は刑法上の犯罪にも該当し、従つて刑罰の対象となり得べき行為でもあるが、同時にまた、懲戒の対象となり得べき行為でもある。刑罰は、もちろん、私人がこれを課することはできないが、懲戒を行うことは懲戒権者の権限に属する。故に懲戒のために所問のごとき処置をとることは、懲戒権の範囲を逸脱しないかぎり、さしつかえなく、これについては第一問回答の三、四と同様に解してよい。

   第六問
 第四・五問のような事故があつた場合に、誰がしたのかをしらべ出すために、容疑者および関係者たる学童を教職員が訊問することは許されるか。また、そのために、放課後これらの者を学校に留め置くことは許されるか。
   回 答
一 所問のような、学校内の秩序を破壊する行為があつた場合に、これをそのまま見のがすことなく、行為者を探し出してこれに適度の制裁を課することにより、本人ならびに他の学童を戒めてその道徳心の向上を期することは、それ自体、教育活動の一部であり、従つて、合理的な範囲内においては、当然、教師がこれを行う権限を有している。従つて、教師は所問のような訊問を行つてもさしつかえない。ただし、訊問にあたつて威力を用いたり、自白や供述を強制したりしてはならないことはいうまでもない。そのような行為は、強制捜査権を有する司法機関にさえも禁止されているのであり(憲法第三八条第一項、第三六条参照)いわんや教職員にとつてそのような行為が許されると解すべき根拠はないからである。
二 上記のような訊問のために放課後児童を学校に留めることは、それが非行者ないし非行の内容を明らかにするために必要であるかぎり、合理的の範囲内において許される。もつとも、これは懲戒権の行使としてではなく、前記のごとき教育上の目的および秩序維持の目的を達成する手段として許されるのである。どのくらいの時間の留め置きが許されるかは、第一問回答の四に準じて考えられるべきである。

   第七問
 学童に対する懲戒の方法として、その者に対して学校当番を特に多く割当てることは許されるか。
   回 答
 懲戒として学校当番を多く割当てることは、さしつかえない。ただし、この場合にも、懲戒権の行使としての合理的な限度をこえてはならないのであつて、その限度をこえて、不当な差別待遇、または児童の酷使にわたるようなことは、もちろん、許されない。

   第八問
 遅刻児童を防止するため、遅刻者を出した部落等の区域内の学童に、誘い合わせの上隊伍を組んで登校することを命じることは許されるか。
   回 答
 遅刻防止のため一定の区域内の児童に対し、誘い合わせて一緒に登校するように指示することは、さしつかえない。もつとも、軍事教練的色彩をおびないように注意すべきである。(昭和二〇年一二月三〇日発体一〇〇号文部省体育局長発通牒「学校体練科関係事項ノ処理徹底ニ関スル件」参照。)



(別紙)

 児童懲戒権の限界について

昭二三、六、一六高捜発一六一 高知県警察隊長から法務庁法務局長官あて照会

 従来生徒教育法において、受持教師が児童を教育する場合、主観的にその必要と認めたる際、受持児童に対し軽微なる殴打、放課後一定時間校留等を実施し何等問題を惹起せず却つて良き教育の成果を挙げて来た処近時民主主義思想の普及に伴い学校教職員においても民主主義教育に真摯なる努力を払つていると認められる処であるが一部職員中には民主主義教育の真意を解せず、父兄の顔色を跼蹐として窺知しあるいは児童そのものに阿付迎合する者無しとせず為に児童の不良化を促進せしむる結果を招来していることは洵に遺憾な事である。
 斬る風潮を看過するにおいては之等少年達の将来に大きな不安を感ぜざるを得ない折柄最近県下某校において発生した一教官の生徒暴行事件を繞つて学校側と父兄側と対立しこれが紛争解決については余断を許さざるものありかてて加へ社会も多大の注視をしつつあるので、この機会に学校職員の真摯なる児童懲戒権を確立し、以て及ばざるはこれを及ぼし過ぎたるはこれを匡正し真に民主主義的教育が普遍的に実施され所謂民主主義国家として立つ我国の次代の国民育成の指針と致したく御迷惑乍ら左記に対する事項御研究の上何分御教示賜りたく稟申致します。
      記
一 学校教職員の受持児童に対する懲戒権の限界について(具体的な引例により詳細(適否)御教示賜わられたし)


 児童懲戒の実例について

昭二三、七、二七防統発一八六 高知県警察隊長から法務庁調査意見第二局長あて照会

 七月一六日付貴発第六号を以て報告方御教示受けた標記の件つぎの通り報告致します。
     記
 児童懲戒権の限界が問題となつた直接動機
 近時新聞紙上に各府県の学校教職員の学童に対する暴行事件の記事が散見せられ、亦学校教職員においても徒らに学園の自由の声に脅へ受持不良児童に対して必要と思われる懲戒手段も加へ得ない傾向にあつて心身両面より最も重視さるべきこれら成育期の学童の放縦と不良化を矯正す為の見地より識者教職員中には「学童に対する必要な懲戒行為は是認されるべきである」との説を唱える者があるが一方父兄等の中には「学童と雖も人権を尊重さるべきであるから教職員の懲戒行為は違法となる」との見解を持するものあり「民主主義教育と懲戒権」の問題は目下厳重に論議されて居るのであるが警察当局としてもこれに対する与論ならびに学校教職員の態度如何によつては青少年の防犯並に補導上尠からず影響があると認められるのでつぎの具体的問題について指示を仰ぎたい。
1 学校教育法第一一条の学校長は云々
 学生生徒に懲戒を加えることが出来る。
 但し体罰は不可……云々
 とあるが此処に謂う体罰の解釈
(例えば放課後学童を教室内に残留さすことが刑法上の監禁罪を構成し所謂体罰と解してよいかどうか)
2 始業時間に遅刻した学童を受持教師が教室内に入れずその授業時間中又は数分間授業を受けしめない事の適否
3 授業中学習を怠け又は喧嘩その他の行為により自他の学習に妨げある児童を場外に退出若しくは椅子から起立せしめ、その儘数分間乃至その授業時間中放置して置くことの適否
4 校舎建物及び付属物その他学校備品等を故意に盗取又は毀損した場合懲戒のため学校建物内に放課後最大時限夕飯時頃迄留め置くことの適否
5 4の場合学友の物であつた事に基因する時の可否
6 4及び5の事実を認識するため教職員がその児童及び証人等の児童を放課後訊問すること及びそれがため一定時間(最大時限夕食時頃迄)帰宅を遅れさすことの適否
7 234の事実があつた場合その児童に対し時に学校当番を多く(回数又は分担)振り当てる事の可否
8 遅刻児童を防止する為遅刻児童を生じた部落大字その他一定区域の学童に誘い合せの上隊伍を組んで登校するよう指示する事の適否
(隊伍の引率者として上級生又は学友中統御の実力ある者を充当する場合)
 前例はいずれも教職員が主観的に受持学級全体の規律又は学習が極めて静粛裡にせられなければならないという教室の秩序維持のため若しくはその学童の矯正のため真に必要と認めた場合にとるべき真摯なる意見によつた時である。
一 参考事項
 新憲法公布後学校教育法第一一条により学生生徒の懲戒が体罰を除くこととなつた為そめような事例は多発しなかつたと思惟されるが旧憲法下においては小学校令第四七条により「児童の身体を傷つけその健康を害するが如き結果の発生を防止した場合にはたとえ暴行監禁等にわたることがあつても懲戒権の範囲内であつた」と解された為前記の1〜8の各例題のような行為や傷害の程度に至らない暴行が受持教職員によつて相当行われていた事は事実である。





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