● アイヌ文化の振興並びにアイヌの伝統等に関する国民に対する知識の普及及び啓発を図るための施策に関する基本方針 平成9年9月18日 総理府告示第25号
平成九年九月十八日
総理府告示第二十五号
アイヌ文化の振興並びにアイヌの伝統等に関する国民に対する
知識の普及及び啓発を図るための施策に関する基本方針
アイヌ文化の振興並びにアイヌの伝統等に関する知識の普及及び啓発に関する法律(平成九年法律第五十二号)第五条第一項の規定に基づき、アイヌ文化の振興並びにアイヌの伝統等に関する国民に対する知識の普及及び啓発を図るための施策に関する基本方針を定めたので、同条第四項の規定に基づき、公表する。
記
平成九年九月十八日
一 アイヌ文化の振興等に関する基本的な事項
1 アイヌ文化の振興等の必要性
アイヌの人々は、少なくとも中世末期以降の歴史の中では、当時の「和人」との関係において北海道に先住していたと考えられており、独自の伝統を有し、日本語とは異なる言語系統のアイヌ語や独自の風俗習慣をはじめとする固有の文化を発展させてきた民族である。
アイヌの伝統及びアイヌ文化(以下「アイヌの伝統等」という。)は、アイヌの人々の民族としての誇りの源泉であり、歴史的遺産として貴重であるにとどまらず、これを現代に生かし、発展させることは、我が国の文化の多様さ、豊かさの証しとなるものであり、特に自然とのかかわりの中で育まれた豊かな知恵は、広く世界の人々が共有する財産となるものである。
しかし、歴史的には、松前藩による支配、明治以降我が国が近代国家としてスタートし、「北海道開拓」を進める中でのいわゆる同化政策などにより、アイヌの人々の社会や文化は決定的な打撃を受け、今日では、十分な保存、伝承が図られているとは言い難い状況にある。特に、アイヌ語を解し、アイヌの伝統等を担う人々の高齢化が進展し、これらを次の世代に継承していく上での重要な基盤が失われつつある。
一方で、国民一般の間では、アイヌの人々が長い歴史の中で民族としての独自の伝統や文化を培い、現在に至るまで伝えていることについて、十分な理解が得られていない状況にある。
アイヌの人々の民族としての誇りの源泉となっているアイヌの伝統等が置かれている以上のような状況を踏まえると、アイヌ語その他のアイヌ文化の振興を図る施策並びにアイヌの伝統等に関する国民に対する知識の普及及び啓発を図るための施策を推進することにより、アイヌの人々の民族としての誇りが尊重される社会の実現を目指すことが必要である。また、このことは我が国の多様な文化の発展にも寄与するものである。
2 基本方針の役割
この基本方針は、以上のような基本認識の下に、今後アイヌ文化の振興等を図るために必要な基本的な施策を定めるものであり、国、地方公共団体、法第七条第一項の規定により指定を受けた法人(以下「指定法人」という。)が施策を講ずるに当たっての共通の指針となるべきものである。
二 アイヌ文化の振興を図るための施策に関する事項
1 基本的方向
アイヌ文化は、自然とのかかわりの深い文化であり、イオマンテに象徴される儀礼等の特徴、アイヌ文様に示される独自の芸術性、ユーカラを始めとする口承伝承の数々、さらには独自の言語であるアイヌ語の存在などが主要な要素として挙げられる。
これらのアイヌ文化は、アイヌの人々の民族としての誇りの源泉であり、アイヌ語その他のアイヌ文化の振興は、アイヌの人々の民族としての誇りが尊重される社会を実現する上で極めて重要であり、国、地方公共団体及び指定法人が、各々の役割に応じ、幅広く取り組んでいくことが必要である。
2 推進方法
地方公共団体においては、アイヌの人々の居住の状況等当該地域の社会的条件に応じて、アイヌ語その他のアイヌ文化の振興のために必要な施策の実施に努める必要がある。特に法第六条第一項の規定により政令で定められた都道府県(以下「関係都道府県」という。)にあっては、基本計画を策定することによって、計画的にアイヌ語教室、アイヌ文化の鑑賞会の開催その他の当該区域内におけるアイヌ文化の振興を図るために必要な施策を実施することが必要である。
指定法人においては、アイヌ語については、アイヌ語の指導者の育成のための講座の開設等アイヌ語を継承するための事業を実施するとともに、その他のアイヌ文化の振興についても、各種の展覧会の開催やアイヌ文化に対する表彰等を通じて、アイヌの伝統的な文化にとどまらず、アイヌの伝統的な文化をもとに発展した創作芸術を含め、アイヌ文化の振興を図るために必要な施策を実施することが必要である。
国においては、地方公共団体が実施する施策を推進するために必要な助言その他の措置を講ずるよう努め、また、指定法人が進める活動に対する助成等の適切な支援を行うことが必要である。
三 アイヌの伝統等に関する国民に対する知識の普及及び啓発を図るための施策に関する事項
1 基本的方向
アイヌの人々が長い歴史の中で培い、伝えてきたアイヌの伝統等について、国民一人一人が理解を深めることは、アイヌの人々の民族としての誇りが尊重される社会を実現する上で極めて重要であり、国、地方公共団体及び指定法人が、各々の役割に応じ、一に記載した基本的事項を踏まえ、幅広くアイヌの伝統等に関する知識を国民に対して普及啓発していく必要がある。
2 推進方法
国においては、各種の広報活動の充実を通じて、アイヌの伝統等に関する国民の理解を深めるとともに、地方公共団体が実施する施策を推進するために必要な助言その他の措置を講ずるよう努め、また、指定法人が進める活動に対する助成等の適切な支援を行うことが必要である。
地方公共団体においては、アイヌの人々の居住の状況等当該地域の社会的条件に応じて、当該地域における住民への広報活動等当該区域内におけるアイヌに関する知識の普及及び啓発を図るために必要な施策の実施に努める必要がある。特に、関係都道府県にあっては、基本計画を策定することによって、計画的に広報活動、啓発資料の作成その他の当該区域内におけるアイヌに関する知識の普及及び啓発を図るために必要な施策を実施することが必要である。
指定法人においては、アイヌの歴史や文化等を紹介したリーフレット及び小・中学校向けの副読本の作成、インターネットによるアイヌ文化等に関する情報の提供、北海道外に居住するアイヌの人々の文化活動等の拠点となるとともに国民一般がアイヌの伝統や文化等に触れる交流の拠点となる場の設置等を通じてアイヌの伝統等に関する知識の普及及び啓発を行うことが必要である。
四 アイヌ文化の振興等に資する調査研究に関する事項
1 基本的方向
上述のとおりアイヌの伝統等については、歴史的経緯の中で失われたものも多く、十分な保存、伝承が図られているとは言い難い状況にあることから、アイヌ文化の振興等を図る上で、施策の基礎となる調査研究を推進する必要がある。特に、アイヌの伝統等に関する研究は、民族学、法律学、社会学、考古学、歴史学、言語学等と多岐にわたっており、また、研究成果を施策に適切に反映させる必要があることから、アイヌの伝統等についての施策の基礎となる総合的かつ実践的な研究を推進し、その充実を図ることが必要である。
2 推進方法
指定法人においては、アイヌ文化の振興等の基盤となる総合的、実践的な調査研究の実施や研究者への助成を行うとともに、出版物の作成経費を助成する等により、研究成果の公開を促進するよう努めることが必要である。
国においては、指定法人が進める活動に対する助成等の適切な支援を行うことが必要である。
なお、指定法人が研究を推進するに当たっては、大学等においてアイヌに関して研究を行っている者との連携を図りつつ進めることが必要であるとともに、将来的には、我が国におけるアイヌの伝統等に関する総合的かつ実践的な研究の拠点となる研究体制を整備することも重要である。
五 アイヌ文化の振興等を図るための施策の実施に際し配慮すべき重要事項
1 アイヌの人々の自発的意思及び民族としての誇りに対する配慮
今日においては、アイヌの人々一人一人は様々な生活を選択しているという状況があることから、国、地方公共団体及び指定法人がアイヌ文化の振興等を図るための施策を実施するに当たっては、これらの者を本人の意思にかかわらず、一律に施策の対象とすることは避け、アイヌの人々の自発的意思を尊重するよう配慮することが必要である。
また、国、地方公共団体及び指定法人がアイヌ文化の振興等を図るための施策を実施するに当たっては、その民族としての誇りを尊重するよう配慮することが必要である。
2 国、地方公共団体及び指定法人の連携
アイヌの人々の民族としての誇りが尊重される社会の実現を図るためには、国、地方公共団体及び指定法人が各々の立場で必要な施策を実施することが重要である。このため、国、地方公共団体及び指定法人はアイヌ文化の振興等を図るための施策を推進するに当たっては、必要な連携を図ることが望ましい。
特に関係都道府県は、基本計画に基づき総合的に施策を実施するものであることから、施策の実施に当たっては、国と密接な連携を図るとともに、指定法人を効果的に活用することが望ましい。
3 関連施策との連携
アイヌ文化の振興等を円滑に推進するためには、法に基づく各施策を所掌する北海道開発庁及び文部省は、必要に応じて関係行政機関と適切に連携することが望ましい。
アイヌの伝統等に関する国民に対する知識の普及及び啓発は、国等が人権擁護活動として実施するアイヌに係る啓発活動とその内容上関連性が深いものであることから、国、地方公共団体及び指定法人がアイヌの伝統等に関する知識の普及及び啓発を実施するに当たっては、人権擁護機関と密接な連携を図り、効果的に実施することが望ましい。
Copyright© 執筆者,大阪教育法研究会