● 高等学校における政治的教養と政治的活動について 昭和44年10月31日 文部省


昭四四、一〇、三一 文部省

    高等学校における政治的教養と政治的活動について

 高等学校における政治的教養を豊かにするための教育については、平素から種々ご配慮のことと存じますが、最近、一部の高等学校生徒の間に違法または暴力的な政治的活動に参加したり、授業妨害や学校封鎖などを行なったりする事例が発生しているのは遺憾なことであります。このようなことを未然に防止するとともに問題に適切に対処するためには、政治的教養を豊かにする教育のいっそうの改善充実を図るとともに政治的活動に対する学校の適切な指導が必要であることが痛感されます。ついては、文部省としては、別添のとおりこの間題についての見解を取りまとめたので送付します。なお、貴管下の高等学校長ならびに関係機関等に対しても、この趣旨の徹底を図られるようご配慮願います。
 (各都道府県教育委員会教育長、各都道府県知事、附属高等学校をおく各国立大学長、各国立高等学校長あて 文部省初等中等教育局長より送付)

 (別添)高等学校における政治的教養と政治的活動について

 大学紛争の影響等もあって、最近、一部の高等学校生徒の間に、違法または暴力的な政治的活動に参加したり、授業妨害や学校封鎖などを行なったりする事例が発生しているのは遺憾なことである。このようなことを未然に防止するとともに問題に適切に対処するためには、平素から、教育・指導の適正を期することが必要であるが、特に高等学校教育における政治的教養を豊かにするための教育の改善充実を図るとともに他方当面する生徒の政治的活動について適切な指導や措置を行なう必要がある。
 これらのことについては、かねてより都道府県教育長協議会、都道府県教育委員会指導事務主管部課長会や全国高等学校長協会においても検討されているところであるが、これらの団体や高等学校PTA等多くの高等学校教育関係者から、問題の重要性と緊急性にかんがみ、統一的な見解ないし指導のよりどころとなる指針を求める声が強いので、文部省としても、上記諸団体や学識経験者の方々の協力を得て、関係者相互の共通の基本的理解のもとに、生徒に対し適切な指導が行なわれることを期待して次のような見解を取りまとめた。

 高等学校における政治的教養と政治的活動について
     目  次
第一 高等学校教育と政治的教養
第二 高等学校における政治的教養の教育のねらい
第三 政治的教養の教育に関する指導上の留意事項
  一 指導上の一般的留意事項
  二 現実の具体的な政治的事象の取り扱いについての留意事項
第四 高等学校生徒の政治的活動
  一 生徒の政治的活動が望ましくない理由
  二 生徒の政治的活動を規制することについて
  三 生徒の政治的活動に関する留意事項


第一 高等学校教育と政治的教養
一 教育基本法第八条第一項に規定する「良識ある公民たるに必要な政治的教養は、教育上これを尊重しなければならない。」ということは、国家・社会の有為な形成者として必要な資質の育成を目的とする学校教育においても、当然要請されていることであり、日本国憲法のもとにおける議会制民主主義を尊重し、推進しようとする国民を育成するにあたって欠くことのできないものである。
二 生徒の発達段階、高等学校の現状とりわけ高等学校への進学者の著しい増加および最近の社会情勢などを考慮すると、高等学校教育における政治的教養を豊かにするための教育(以下「政治的教養の教育」という。)がよりいっそう適切に行なわれる必要がある。
三 高等学校における政治的教養の教育を行なうにあたっては、次のような基本的な事がらについてじゅうぶん配慮する必要がある。
(一) 政治附教養の教育は、教育基本法第八条第二項で禁止している「特定の政党を支持し、又はこれに反対するための政治教育その他政治的活動」、いわゆる党派教育やその他の政治的活動とは峻別すること。
(二) 学校教育は、単に政治的教養のみならず、生徒の全人格的な教養の涵養を目的とするものであるので、政治的教養の教育にかたよりすぎることなく、他の教育活動と調和のとれたものであること。
(三) 政治的教養の教育は、生徒が一般に成人とは異なって、選挙権などの参政権を制限されており、また、将来、国家・社会の有為な形成者になるための教育を受けつつある立場にあることを前提として行なうこと。

第二 高等学校における政治的教養の教育のねらい
一 将来、良識ある公民となるため、政治的教養を高めていく自主的な努力が必要なことを自覚させること。
二 日本国憲法のもとでの議会制民主主義についての理解を深め、これを尊重し、推進する意義をじゅうぶん認識させること。
三 政治的事象を客観的に理解していくうえに必要な基礎的な知識、たとえば民主主義の理念、日本国憲法の根本精神、民主政治の本質等について正確な理解を得させるとともに将来公民として正しく権利を行使し、義務を遂行するために必要な能力や態度を養うこと。
 なお、その際、国家・社会の秩序の維持や国民の福祉の増進等のために不可欠な国家や政治の公共的な役割等についてじゅうぶん認識させること。

第三 政治的教養の教育に関する指導上の留意事項
一 指導上の一般的留意事項
(一) 政治的教養の教育は、教科においては、社会科での指導が中心となるが、政治的教養の基礎となる生活態度を身につけさせるためには、ホームルームその他の特別教育活動・学校行動等においても適切な指導を行なうこと。
(二) 指導にあたっては、学習指導要領に基づいて、指導のねらいを明確にし、系統的、計画的な指導計画を立てるとともに学習の内容と関係のない問題を授業中みだりに取り扱わないようにすること。
(三) 特別教育活動および学校行事等における指導にあたっては、本来のねらいを逸脱することなく国家・社会の一員として共同生活を営むうえに必要な生活態度が身につくように、特に次のような事項について配慮すること。
 ア ホームルーム、生徒会活動などにおける討論を通じて自己の意見を正しく表明するとともに、他人の意見にじゅうぶん耳を傾け、これを尊重するという態度を身につけさせるようにすること。
 イ ホームルーム、生徒会などの集団活動に生徒が積極的に参加し、活動することを通じて望ましい人間関係が育成されるようにすること。

二 現実の具体的な政治的事象の取扱いについての留意事項
 政治的教養の教育については、上述した教育のねらいおよび指導上の留意事項をふまえて適切な指導を行なうことが必要であるが、特定の政党やその他の政治的団体の政策・主義主張や活動等にかかわる現実の具体的な政治的事象については、特に次のような点に留意する必要がある。
(一) 現実の具体的な政治的事象は、内容が複雑であり、評価の定まっていないものも多く、現実の利害の関連等もあって国民の中に種々の見解があるので、指導にあたっては、客観的かつ公正な指導資料に基づくとともに、教師の個人的な主義主張を避けて公正な態度で指導するよう留意すること。
 なお、現実の具体的な政治的事象には教師自身も教材としてじゅうぶん理解し、消化して客観的に取り扱うことに困難なものがあり、ともすれば教師の個人的な見解や主義主張がはいりこむおそれがあるので、慎重に取り扱うこと。
(二) 上述したように現実の具体的な政治的事象については、種々の見解があり、一つの見解が絶対的に正しく、他のものは誤りであると断定することは困難であるばかりでなく、また議会制民主主義のもとにおいては、国民のひとりひとりが、種々の政策の中から自ら適当と思うものを選択するところに政治の原理があるので、学校における政治的事象の指導においては、一つの結論をだすよりも結論に至るまでの過程の理解がたいせつであることを生徒に納得させること。
 なお、教師の見解そのものも種々の見解の中の一つであることをじゅうぶん認識して教師の見解が生徒に特定の影響を与えてしまうことのないよう注意すること。
(三) 現実の具体的な政治的事象は、取り扱い上慎重を期さなければならない性格のものであるので、必要がある場合には、校長を中心に学校としての指導方針を確立すること。
(四) 教師は、その言動が生徒の人格形成に与える影響がきわめて大きいことに留意し、学校の内外を問わずその地位を利用して特定の政治的立場に立って生徒に接することのないよう、また不用意に地位を利用した結果とならないようにすること。
 なお、国立およぴ公立学校の教師については、特に法令でその政治的行為が禁止されている。
(五) 教師は、国立・公立および私立のいずれの学校を問わず、それぞれ個人としての意見をもち立場をとることは自由であるが、教育基本法第六条に規定されているように全体の奉仕者であるので、いやしくも教師としては中立かつ公正な立場で生徒を指導すること。

第四 高等学校生徒の政治的活動
 最近、一部の生徒がいわゆる沖縄返還、安保反対等の問題について、特定の政党や政治的団体の行なう集会やデモ行進に参加するなどの政治的活動を行なったり、また政治的な背景をもって授業妨害や学校封鎖を行なうなど学園の秩序を乱すような活動を行なったりする事例が発生している。
 このような事態にかんがみ、上述したねらいや指導上の留意事項等に基づいた政治的教養の教育が平素より適切に行なわれるようにすることが必要であるが、しかし当面しているこのような事例に適切に対処するためには、これに加えて、生徒の政治的活動に関し、下記のような事項についてじゅうぶん配慮する必要がある。

一 生徒の政治的活動が望ましくない理由
 学校の教育活動の場で生徒が政治的活動を行なうことを黙認することは、学校の政治的中立性について規定する教育基本法第八条第二項の趣旨に反することとなるから、これを禁止しなければならないことはいうまでもないが、特に教育的な観点からみて生徒の政治的活動が望ましくない理由としては次のようなことが考えられる。
(一) 生徒は未成年者であり、民事上、刑事上などにおいて成年者と異なった扱いをされるとともに選挙権等の参政権が与えられていないことなどからも明らかであるように、国家・社会としては未成年者が政治的活動を行なうことを期待していないし、むしろ行なわないよう要請しているともいえること。
(二) 心身ともに発達の過程にある生徒が政治的活動を行なうことは、じゅうぶんな判断力や社会的経験をもたない時点で特定の政治的な立場の影響を受けることとなり、将来広い視野に立って判断することが困難となるおそれがある。したがって教育的立場からは、生徒が特定の政治的影響を受けることのないよう保護する必要があること。
(三) 生徒が政治的活動を行なうことは、学校が将来国家・社会の有為な形成者として必要な資質を養うために行なっている政治的教養の教育の目的の実現を阻害するおそれがあり、教育上望ましくないこと。
(四) 生徒の政治的活動は、学校外の活動であっても、何らかの形で学校内に持ちこまれ、現実には学校の外と内との区別なく行なわれ、他の生徒に好ましくない影響を与えること。
(五) 現在一部の生徒が行なっている政治的活動の中には、違法なもの、暴力的なもの、あるいはそのような活動になる可能性の強いものがあり、このような行為は許されないことはいうまでもないが、このような活動に参加することは非理性的な衝動に押し流され不測の事態を招くことにもなりやすいので生徒の心身の安全に危険があること。
(六) 生徒が政治的活動を行なうことにより、学校や家庭の学習がおろそかになるとともに、それに没頭して勉学への意欲を失なってしまうおそれがあること。

二 生徒の政治的活動を規制することについて
 基本的人権といえども、公共の福祉の観点からの制約が認められるものである。さらに、生徒は、主として未成年者を対象とする高等学校教育を受けるという立場にある以上、高等学校教育の目的を達成するために必要なかぎりにおいて、その政治的活動は次のような種々の制約を受けるものである。なお、定時制課程等には成年に達した生徒も在学しているが、これらの生徒については成人としての権利を行使する場合等において他の生徒と異なった取り扱いがなされる場合もあるが、高等学校教育を受けるという立場においては学校の指導方針に従わなければならない。
(一) 教科・科目の授業はいうまでもなく、クラブ活動、生徒会活動等の教科以外の教育活動も学校の教育活動の一環であるから、生徒がその本来の目的を逸脱して、政治的活動の手段としてこれらの場を利用することは許されないことであり、学校が禁止するのは当然であること。なお、学校がこれらの活動を黙認することは、教育基本法第八条第二項の趣旨に反することとなる。
(二) 生徒が学校内に政治的な団体や組織を結成することや、放課後、休日等においても学校の構内で政治的な文書の掲示や配布、集会の開催などの政治的活動を行なうことは、教育上望ましくないばかりでなく、特に教育の場が政治的に中立であることが要請されていること、他の生徒に与える影響および学校施設の管理の面等から、教育に支障があるので学校がこれを制限、禁止するのは当然であること。
(三) 放課後、休日等に学校外で行なわれる生徒の政治的活動は、一般人にとっては自由である政治的活動であっても、前述したように生徒が心身ともに発達の過程にあって、学校の指導のもとに政治的教養の基礎をつちかっている段階であることなどにかんがみ、学校が教育上の観点から望ましくないとして生徒を指導することは当然であること。特に違法なもの、暴力的なものを禁止することはいうまでもないことであるが、そのような活動になるおそれのある政治的活動についても制限、禁止することが必要である。

三 生徒の政治的活動に関する留意事項
 学校は、平素から生徒の政治的活動が教育上望ましくないことを生徒に理解させ、政治的活動にはしることのないようじゅうぶん指導を行なわなければならない。その際、次のような点について留意する必要がある。
(一) 学校は、平素から生徒の希望等に耳を傾け教師と生徒との意思の疎通を図り、人間関係を深めるとともに生徒の動向を的確にはあくし、生徒がその本分に反するような行動を行なうことのないよう全教師が協力して指導にあたること。
(二) 一部の生徒が自らの主義主張を実現するために他の生徒の授業を妨害したり、教室や学校を封鎖したり、またその他暴力的な行動や学園の秩序を破壊するような行動を行なったりすることは、たとえどのような理由があっても許されないことを生徒に認識させること。
 なお、学校は平素からこのような事態が発生した場合に対処する方針を確立しておくことが必要である。万一不測の事態が起こった場合には、学校は毅然たる態度で生徒にのぞむとともに、一部の生徒のために学校の正常な授業の運営が阻害されるようなこととならないよう努力すること。
(三) 家庭との連絡を密にし、生徒の政治的活動に対する学校の指導方針について保護者の理解と協力を求めるとともに、適切な機会を通じて絶えず家庭や関係各方面との連携を図ること。
(四) 学校が教育上望ましくないとして指導したり、制限したり、禁止したりしたにもかかわらず、生徒が政治的活動を行なった場合、その活動の実態、状況に即して判断した結果、指導だけではもはや教育上の効果が期待できない場合には適切な措置をとること。
 なお、懲戒には本人に対する教育作用の面と他の生徒への影響や学校の秩序維持の面があることにじゅうぶん留意して、適切な措置を講ずることが必要である。この場合、国家・社会の法や秩序に違反するような活動や暴力的な行動については、常に厳然たる態度で適正な処分を行なうべきであることはいうまでもない。



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