● 東京都中野区の「中野区教育委員候補者選定に関する区民投票」条例について 昭和55年7月15日 文初地第265号



文初地第二六五号 昭和五五年七月一五日
各都道府県教育委員会あて
文部省初等中等教育局長通知


    東京都中野区の「中野区教育委員候補者選定に関する区民投票」条例について


 東京都中野区においては、昨年五月、教育委員会の委員の選任に当たり、区長は区民投票を行い、その結果を尊重して委員候補者を選定しなければならないこととする内容の標記条例を公布しましたが、文部省としては、標記条例は、地方教育行政の組織及び運営に関する法律の選定によつて与えられている区長の専属的な権限である委員候補者の選定権の行使について議会が条例によつて法的な制約を加えるものであり、同法の規定に違反すると解され、また、委員の選任について区民投票制度を導入することは、教育行政の政治的中立性を強く要求している同法の予想するところではなく、同法の趣旨に反するものと考えられるので(別添一文部省見解参照)、かねてより東京都教育委員会を通じ同区が適切に対処するよう要請してきたところであります。
 先般、同区は、標記条例について、別添二のとおり@法票方法を郵便投票方式に改める、A「区長は・・・区長が実施する区民の投票の結果を尊重しなければならない」とあつたのを「区長は・・・区民の投票を実施し、その結果を参考にしなければならない」と改める、B二年ごととしていた区民投票を四年ごとの実施に改める、C本年一〇月としていた第一回目の区民投票の時期を来年二月末日までに実施すると改めるなどの修正を行いました。
 しかしながら、文部省としては別添三に明らかにしておりますように、今回の標記条例の内容の修正によつても、区長の専属的な権限である委員候補者の選定権の行使について条例で法的な制約を加えるという点において標記条例の基本が変わつたとは解し難く、依然として違法な内容をもつたものであり、また、教育行政の政治的な中立性の点についても問題が残つていると考えております。
 ついては、各都道府県教育委員会におかれても、前記の趣旨を十分理解され、法令にのつとつた適切な運営に配慮されるとともに、管下の市町村教育委員会に対しこの旨の周知を図られるようお願いいたします。


別添一

「中野区教育委員会候補者選定に関する区民投票条例」に対する文部省見解

一 東京都中野区において問題になつている「中野区教育委員候補者選定に関する区民投票条例(案)(以下「本件条例案」という。)の骨子とするところは次のとおりである。
 すなわち、区長が議会の同意を求めるべき教育委員候補者(以下「教育委員候補者」という。)の選定に当たり区民の自由な意志が教育行政に反映されるよう民主的な手続を確保するため(第一条)、区長は、教育委員候補者の選定にあたつては、区民投票を実施し、その結果を尊重しなければならないものとし(第二条)、その区民投票は、区長の被選挙権を有する者で、教育委員候補者になろとする旨を区長に届け出たものについて教育委員の定数を二人と三人に分けて二年ごとに(第三条)、区の選挙人名簿に登録されている者が行う(第七条)というものである。

二 本件条例案についての問題点は、次のとおりである。

(一) 地方教育行政の組織及び運営に関する法律(以下「地教行法」という。)第四条第一項は、教育委員会の委員の任命につき、「委員は、・・・・・地方公共団体の長が、議会の同意を得て、任命する」と規定し、教育委員候補者の選定権を含む教育委員の任命権は、地方公共団体の長(以下「長」という。)の権限に属せしめ、右任命についての同意権を議会の権限に属せしめている。
 この趣旨は、教育委員の任命手続のうち、教育委員候補者の選定及びその者について議会の同意が得られた場合の任命は、地方公共団体の機関である長がその権限と責任において自主的に行うべきことを法律が定め、長が選定した教育委員候補者に対する同意は、地方公共団体の機関である議会がその権限と責任において行うべきことを法律が定めていることを意味するものである。そして、この場合の議会の権限は、長が自主的に選定した教育委員候補者に対して、その者を教育委員に任命することに同意するかどうかの議会の意思を決定する権限にとどまるものであつて、それ以上に、教育委員候補者をいかなる方法によつて選定すべきかという長の選定権行使の方法について決定する権限には及ばないのである。
 いいかえれば、教育委員候補者の選定権は、長に与えられた専属的な固有の権限であつて、議会がこのような長の教育委員候補者の選定権の行使について条例で法的な制約を加えることはできないというべきである。
 本件条例案についていえば、区長が教育委員候補者の選定に当たり、第一に、区民投票を実施しなければならないこと、第二に、区民投票の結果を尊重しなければならないことを条例上の義務として定めようとするものであるが、このことは、地教行法第四条第一項の規定によつて与えられている区長の専属的な固有の権限である選定権の行使について、区議会が条例によつて法的な制約を加えるものであり、地教行法第四条第一項の規定に違反するものと解される。

(二) 地教行法は、教育行政の政治的中立性を確保するため、旧教育委員会法当時の教育委員のいわゆる公選制から、地方公共団体の長が議会の同意を得て任命するいわゆる任命制に改めるとともに、教育委員の任命に当たつて教育委員の定数の過半数が同一の政党に所属しないように定め(地教行法第四条第三項)委員のうち過半数が同一政党に所属することとなつた場合には、一定の委員を罷免することを定め(同法第七条第二、三、四項)、また、教育委員は、政党その他の政治的団体の役員となり、又は積極的に政治運動をすることを禁止している(同法第一一条第五項)。
 本件条例案は、教育委員候補者となろうとする者について届出制を採用し、届け出た者について区民投票を行うこととしており(第三条)、したがつて、当然のことながら教育委員候補者になろうとする者がそのための投票勧誘運動を行うことを予定しているといつてよい。このようなことを内容とする区民投票制度は、教育行政の政治的中立性を強く要求している地教行法の予想するところではなく、同法の趣旨に反するものと考えられる。

(三) 以上により、本件条例案は、現行の地教行法の趣旨に反するのみならず、同法第四条第一項の規定に違反する内容をもつたものと考える。

別添二〔略〕
別添三〔略〕




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