● 生徒の校内暴力等の非行の防止について 昭和56年4月23日 文初中第314号



文初中第三一四号 昭和五六年四月二三日
各都道府県教育委員会教育長あて
文部省初等中等教育局長通知


    生徒の校内暴力等の非行の防止について


 先般各都道府県教育委員会から校内暴力等の非行事例について報告をいただきましたので、とりあえず、そのうちの若干を取り上げ、別添のとおり「校内暴力事件についての事例」を作成しました。生徒の非行防止の対策のためこれらの具体的な事例が参考となると思われます。
 生徒の校内暴力等の非行の防止のためには、直接生徒の教育に携わる各学校及びこれを所管する教育委員会において、その責任を十分認識し、教育内容の充実ときめ細かな指導を行うことが必要であります。学校及び教育委員会においてこの資料を活用して、生徒、学校及び地域の実態等に応じつつ、生徒の非行の防止のため適切な措置を講ずるよう格別の御指導をお願いします。


別添

校内暴力事件についての事例

まえがき

 最近、各地で校内暴力事件が発生しており、文部省としては、その実態を把握するため、各都道府県教育委員会に昭和五五年中の中学校及び高等学校における顕著な校内暴力事件等についての調査を依頼しました。
 この調査には、各都道府県教育委員会から校内暴力事件等の具体例が多数報告されました。これについていろいろの検討をし、その活用が図られなければなりませんが、とりあえず、報告された事例のうちのいくつかを取り上げて、校内暴力の状況、原因、学校や教育委員会の対応を紹介し、特に学校における非行の防止や指導の状況を取り上げて生徒指導上の参考に供することとしました。
 多数の事例を報告された都道府県教育委員会に感謝するとともに、事例を本資料に取り上げることを承諾された関係教育委員会に厚くお礼を申し上げます。
 各都道府県教育委員会においては、この資料を活用して市町村教育委員会及び学校に対して校内暴力等の非行の防止について一層指導に当たるようお願いいたします。また、市町村教育委員会及び学校においては、その職務を十分認識し、非行の防止のために積極的に取り組むことを期待する次第です。

昭和五六年四月
文部省初等中等教育局中学校教育課

I 校内暴力事件等の調査結果の概要

一 報告された事例の件数

 各都道府県教育委員会から報告された事例は全部で二三八件であり、そのうち校内暴力の事例は二一三件(中学校一五四件、高等学校五九件)、その他の事例は二五件である。
 中学校について報告された校内暴力の事例のうち、生徒間の暴力事件は七八件、教師に対する暴力事件は七〇件、学校の施設や設備の損壊は六件である。高等学校について報告された校内暴力の事例については、生徒間の暴力事件は四六件、教師に対する暴力事件は一三件である。また、校内暴力を未然に防止した事例は八件である。

二 校内暴力事件の原因と背景

 提出された校内暴力事件の報告によれば、その原因、背景等の主なものは、次のとおりである。

(一) 動機

 校内暴力事件では、その大部分に遠因と近因が見受けられる。教師に対する暴力の場合には、一見したところでは、教師から注意を受けた直後に発作的に暴力に走つたように見えるが、以前から指導に服さずに反抗的な態度を続けていて、これに対する教師の指導が適切を欠いたため、その不満が暴力行為という形で爆発しているように思われる。
 生徒間の暴力の場合には、ごく小さなことが積み重なつて対立が高じていく傾向がある。

(二) 生徒における問題点

 生徒の側の状況としては、次のようなことが指摘されている。

@ 気ままな生活を好み、他から規制されると反発する。自己顕示欲や自己中心性が強い。また、感情の揺れが激しく、責任感、自制心、忍耐力などに欠ける。
A 学習意欲が乏しく、必ずしも能力的に劣るとは限らないが、学力が低い。また、学業の目標や将来への見通しに欠ける。しかし、ばく然と進学を希望している場合が多い。
B 以前から、怠学、授業妨害、無断外泊、家出、喫煙、粗暴行為、窃盗、シンナー乱用などの問題行動が見られる。特に、教師に対する暴力を起こした生徒の場合には非行歴がある場合が多い。
C 数人の集団をつくつて行動する傾向が強い。
D 非行集団とのつながりを持つている者が多い。生徒間の暴力事件の場合には校内で非行集団をつくつて事件を起こしている場合が目立つが、教師に対する暴力の場合には非行歴のある卒業生や校外の非行集団と関係を持つている者が多い。特に、中学生による事件にこの傾向が強い。

(三) 家庭における問題点

 校内暴力事件を起こした生徒の家庭には、次のような問題が報告されていることが多い。

@ 経済的には比較的安定している家庭であつても、養育態度が放任、甘やかし、過保護である。
A 親が子どものしつけに自信を失い、教育力に欠ける。
B 母親は教育熱心で口やかましいが、父親は母親に子どもの教育を任せている。
C 父母の離婚、父親の飲酒癖、母親の家出などで家庭内に問題がある場合が少なくない。

 教師に対する暴力を起こした生徒の家庭は、特に放任の傾向が強く、また、経済的には恵まれないことが多い。

(四) 地域社会における問題点

 校内暴力事件がしばしば発生する地域には、次のような特徴が指摘されることが多い。

@ 都市化に伴う周辺地の住宅化が進んでいる地域で、地域社会における住民の連帯感が欠けている地域
A 地域の住民の変動に伴い、新旧住民間に教育観のずれが生じている地域

(五) 学校における指導の問題点

 学校における指導体制に何らかの欠陥があることが指摘されている。例えば、教師の間で生徒指導への取組に足並みの乱れがあつたり、規制や禁止の指導に偏りがちであつたり、注意の仕方が生徒の心情を無視したものであつたりした場合があげられている。
 また、事件の初期の段階でささいな暴力を安易に考え、十分な指導を行わなかつたために、次の段階の大きな暴力を生むという場合が見られる。

(六) 教育委員会の指導等の問題点

 教育委員会は、種々の指導に努めているが、中には、校内暴力事件についての教育委員会の指導が時期を失したり、適切な指導助言が行われていなかつた場合も指摘されている。
 また、学校によつては、教職員の年齢構成に偏りなどがあつて、校内の指導体制を整えることに問題を生じていることも少なくなく、人事行政の上でも問題が見られるとしている。

三 学校における措置

 報告された事例の中で、各学校において生徒の問題行動の防止のためにとられた対策や問題行動の発生後、生徒の立直りを図るためにとられた措置として次のようなことがあげられている。

(一) 生徒指導

@ 生徒指導の基礎の重視
 生徒指導に当たつては、基礎的なことを重視する。このため基本的な生活習慣の定着を図るように努める。例えば、あいさつ運動を重視する、時間を守る、服装をきちんとする、環境の整備を図るなどのことが行われている。
 また、生徒の小さな問題行動にも注意し、これをとらえて指導を始める。例えば、身近かなことのきまりを守るように指導を強化する。

A 教師と生徒間の好ましい人間関係の育成
 生徒指導については、教師と生徒間に好ましい人間関係を育成していくことが最も重要である。このため、日ごろから生徒の心情を踏まえた対話を重視し、継続的に指導を行う。
 特に学級担任の教師が対話により心のつながりを深めていくことが必要であるが、校長以下全教師も、例えば機会あるごとに声をかけるように努めるなど、生徒指導に心掛ける。
 また、問題行動が発生する場合には、単に問題行動を直接起こした生徒のみならず、その背景に一般の生徒の間に非行を黙認するような雰囲気がみられることが少なくないので、生徒全体の気持ちを立ち直らせるようにする。このためにも、全教師が真剣に生徒のために取り組み、その姿勢を生徒に示して教師が生徒の信頼を得るように努める。

B 教師の生徒への接触の態度
 学級担当の教師等が生徒の指導をするに当たつては、生徒の心情に触れる共感的な立場に立つて一対一で話し合い、生徒の気持ちを受入れて、心情的な面で触れ合うように努める。

C 生徒の非行の防止
 学校内での生徒の非行を防止するため、具体的には、教師は生徒が授業から離脱することのないよう出欠を厳重にとることや授業時間に当たつていない教師が交替で校内を巡視したり、昼休みや下校時等に生徒を観察したりして指導する。

D 生徒の校外生活の指導
 生徒の校外生活の指導を重視し、教師が校外のパトロールを行い、生徒の登下校の態度を観察して指導する。
 また、生徒の行動の範囲も広域にわたるので、学校間の連携を図ることも必要である。さらに、PTAとの連携を密にし、日常的、具体的な問題について話し合つたり、教師が父兄等と合同して校外パトロールを行い、生徒の校外生活面での指導を行う。

E 生徒間の人間関係の育成
 生徒が孤立して問題行動に走ることのないよう、学級内において係の仕事を分担させたり、学級の生徒に友人として認め合うように指導したり、さらに場合によれば、同じ学級の生徒に話して友人となるように依頼するなどして、学級全体として温かく受け入れるようにする。

F 非行集団の解体
 非行集団を形成している生徒には、集団の解体を図り、一人一人の生徒の個別指導を徹底する。
 また、問題ある他校生や上級生とのつながりを断つよう強く指導する。場合によれば、学校間で話し合う。

G 教育相談
 学校として校内の教育相談を重視するが、これのみでなく、教育センターの教育相談、児童相談所での相談など専門的な教育相談の場を活用する。

(二) 生徒指導体制

H 生徒指導体制の整備
 すべての教師がそれぞれの立場で歩調を合せて問題生徒の指導に当らなければならないが、各学年に問題行動を起こす生徒から特別に信頼されるような教師をつくるようにする。更に、生徒指導主事等に生徒の信頼もあり、生徒指導に情熱のある適材を充て、生徒の動きを察知して初期の問題行動に対しても全教師が一致して、速かに的確な対処ができるような体制を確立しておく。

I 教師の研修
 生徒指導について教師が研修会を持ち、具体的な事例に即して生徒への接し方、生徒の心理の理解の仕方、相談の仕方等について実践的な研究を行う。

(三) 学習指導

J 授業の改善
 学校生活の中心は授業であるから、教師は分かる授業を展開することが肝要である。このため教師は、授業研究、指導方法の改善等に努め、生徒の能力・適性等に応じた適切な指導を行う。特に問題を起こしがちな生徒に対しての具体的な指導の対策を立てる。
 また、主として生徒の自発的、自治的な活動である生徒会活動やクラブ活動、さらには、部活動も行われるので、これらの活動の充実を図り、生徒が積極的に参加するようにする。
 なお、生徒の家庭での生活を充実するため、家庭学習等についての個別的な指導を行う。

K 指導内容の充実
 生徒に対し、朝礼、生徒集会、学級の時間等を活用して暴力の否定や公共物の大切さ、友情の大切さなどを日ごろから徹底する。

(四) 家庭との関係

L 家庭との連絡の強化
 家庭との連絡を密にする。このため、学級通信、授業参観日等を活用するが、問題行動を起こした生徒の家庭には、積極的に家庭訪問を行つて、直接親と話し合うようにし、親との接触をきめ細かく行い、ねばり強く、学校の指導方針についての理解と学校への協力を求める。
 また、電話連絡等によつても家庭との連絡を密にし、生徒の学校での生活を率直に知らせるとともに問題行動と思われることについては、そのつど連絡する。

M 家庭教育への依頼
 家庭においては、親子間の話し合いを行うよう指導する。親の教育態度の確立について理解を求め、親が子供の服装、頭髪、持ち物などに注意を持ち、服装や頭髪などの乱れは、親の責任であることをはつきりと意識させる。
 さらに、家庭においても日ごろから子供の相手の友人の家庭と連絡をとり合つて、無断外泊や深夜交友をさせないよう注意するように依頼する。

N 親の関心の向上
 父母が学校教育や子供の教育に対して関心を高めることが大切であり、授業参観の機会を多くしたり、PTA、父母会等の場を活用して、中学生に対する親の関心を高め、中学生の心理への理解を図る。

(五) 関係機関・団体との関係

O 関係機関・団体との連携の強化
 学校は、青少年の健全育成に関係するPTA、警察、児童相談所等と連絡会をもち、地域の実情に応じて、日ごろから情報の交換、事例の研究を行う。また、このような会議以外にも個別に関係の機関・団体と連絡をとり、協力の要請を行つておく。例えば、警察と連絡をとり、問題行動の発生の多い場所や時期に巡視を依頼する。
 また、児童相談所、民生委員等に問題生徒を持つ家庭への指導を依頼する。
 PTAと具体的・日常的な問題について連絡を密にし、また、地区ごとにPTA懇談会を開催し、教師と父母が相互に意見を交換する。

II 校内暴力事件等の事例〔略〕

III 都道府県教育委員会の非行防止に関する対策

 都道府県教育委員会は、児童生徒の非行の防止のため各種の施策を講じている。昭和五五年における主な施策の実施状況は次のとおりである。

一 非行防止に関する通知

 児童生徒の非行の防止について、直接担当するのは学校や学校を所管する教育委員会であり、都道府県教育委員会としても、いろいろな機会に通知を発して指導している。
 通知は、夏季、冬季、学年末等のそれぞれの長期休業期間を控えて出されたり、文部省からの通知を受けたり、顕著な事件の発生を契機として出されている。
 通知の内容としては、通知が出された契機や時期によって、生徒指導に関する一般的な指導、シンナー等有機溶剤の乱用防止、暴走族に対する対策など具体的な内容の指導がある。
 また、年度当初などに市町村教育委員会に対して出される一般的な教育指導の重点事項の一つとして生徒指導が取り上げられている。

二 指導資料の作成配布

 指導資料の内容としては、広く一般的に各種の生徒指導上の問題について解説しているもの、万引の防止、校内暴力の防止、登校拒否、教育相談等の具体的な問題について資料を取りまとめているものがある。一般的な解説書のほか、指導事例集、生徒指導講座研修集録、実務ハンドブツクのような形で出されている。
 これらの指導資料は、単行本としてまとめられているほか、小冊子、ビラとして、あるいは定期刊行物を利用して学校や教員に徹底されるとともに、ビラなどの場合には父母にも配布されている。

三 研修講座等の開催

 教職員が生徒指導について深い理解を持つことが最も重要であり、この面での教員の資質の向上のため、都道府県の実情に応じて各種の研修が行われている。
 文部省の委嘱による生徒指導講座のほか、都道府県独自で教育相談講座、生徒指導担当教員研究協議会、生徒指導担当者会などが開催されている。これらの研修会は、都道府県内で地区別に開催されたり、学校段階別に開催されたりしている。
 また、管理職研修会、新任教員研修会、女子教員研修会など一般的な教員研修において生徒指導に関する内容が取り上げられている。

四 生徒指導研究推進校、生徒指導研究推進地域等の指定

 生徒指導研究推進校については、多くの都道府県で、文部省が指定するもののほか、独自に指定して研究を推進している。
 また、生徒指導研究推進地域についてもいくつかの県では、文部省が指定するもののほか、独自に生徒指導研究推進地域を設け、地域ぐるみで生徒の健全育成の推進を図っている。
 これらの推進校や推進地域での実践的な研究の成果は、更に各地での生徒指導上の参考に供されている。

五 連絡協議会等の設置

 青少年の健全育成を図るため、学校や地方公共団体の機関、民間団体等の連絡協議会が設置されている。
 連絡協議会の組織としては、次のような事例が多くみられる。

@ 中学校間、高等学校間の生徒指導連絡協議会
A 中学校と高等学校との間の生徒指導連絡協議会
B 小学校と中学校との間の生徒指導連絡協議会
C 高等学校生徒指導連絡協議会(高等学校、PTA、地域の関係機関)
D 学校警察連絡協議会(学校、警察署)
E 校外指導連絡会(学校、地域住民)
F 青少年補導連絡協議会(教育委員会、地方公共団体の青少年対策部局、警察等)
 これらは、全県的に組織されている場合や市町村ごと、教育事務所ごとに組織されている場合がある。

六 非行に関する教育相談

 都道府県では、教育研究所、教育センターなどで教育相談部(室)を設け、教師、保護者、更には生徒等について教育相談に応じている。このような教育相談部では、保護者や生徒に対して電話相談活動を行っている場合が多い。
 更に、職員を学校や地域に派遣して巡回相談を行っている県も見られる。また、教育委員会として、学校カウンセリング講座や各種の生徒指導の研修会において教員に対して教育相談についての理解を深めさせ、学校における教育相談活動の充実を図っている。




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