● 児童生徒の自殺が起きたときの背景調査の在り方について 平成23年6月1日 23文科初第329号



23文科初第329号 平成23年6月1日
各都道府県教育委員会教育長、各指定都市教育委員会教育長、各都道府県知事、附属学校を置く各国立大学法人学長、小中高等学校を設置する学校設置会社を所轄する構造改革特別区域法第12条第1項の認定を受けた各地方公共団体の長 宛
文部科学省初等中等教育局長(山中伸一)


    児童生徒の自殺が起きたときの背景調査の在り方について(通知)


 児童生徒の自殺防止については、これまでも「児童生徒の自殺防止に向けた取組の充実について」平成19年6月26日付け初児生第13号初等中等教育局児童生徒課長通知)において、平成19年3月に「児童生徒の自殺予防に向けた取組に関する検討会」にて取りまとめられた「子どもの自殺予防のための取組に向けて(第1次報告)」を踏まえ、その取組の充実をお願いしたところです。また、第1次報告を踏まえ、平成21年3月には「教師が知っておきたい子どもの自殺予防」を、平成22年3月には「子どもの自殺が起きたときの緊急対応の手引き」(別添1)を作成し、各教育委員会及び学校に配付してきました。
 平成22年度は、児童生徒の自殺が起きたときの背景調査の在り方の検討や、米国における子どもに対する自殺予防教育の現況について調査を行う「児童生徒の自殺予防に関する調査研究協力者会議」(別紙1)を開催し、去る3月に「平成22年度児童生徒の自殺予防に関する調査研究協力者会議審議のまとめ」(別添2)が取りまとめられましたので、送付します。
 貴職におかれては、万が一児童生徒の自殺又は自殺が疑われる死亡事案が起きたときに、死亡した児童生徒が置かれていた状況について行われる背景調査の在り方に関して、本報告書の内容及び下記を踏まえ、域内の学校又は教育委員会等において適切に背景調査がなされるよう御指導いただくとともに、都道府県・指定都市教育委員会教育長にあっては所管の学校及び域内の市区町村教育委員会に対して、都道府県知事及び構造改革特別区域法第12条第1項の認定を受けた各地方公共団体の長にあっては所轄の学校法人及び学校設置会社に対して、国立大学法人学長にあっては設置する附属学校に対して周知を図るようお願いします。


                    記


1 基本的な考え方
(1)背景調査は、その後の自殺防止に資する観点から、万が一児童生徒の自殺又は自殺が疑われる死亡事案(以下「自殺等事案」という。)が起きたときに、学校又は教育委員会が主体的に行う必要があること。その際、当該死亡した児童生徒(以下「当該児童生徒」という。)が自殺に至るまでに起きた事実について調査するのみならず、できる限り、それらの事実の影響についての分析評価を行い、自殺防止のための課題について検討することが重要であること。

(2)自殺の要因は一つではなく、その多くは複数の要因からなる複雑な現象であることから、学校及び教育委員会は、背景調査において、当該児童生徒が置かれていた状況として、学校における出来事などの学校に関わる背景が主たる調査の対象となるほか、病気などの個人的な背景や家庭に関わる背景についても対象となり得ることを認識する必要があること。

(3)学校、教育委員会又は学校若しくは教育委員会が設置する 2(4)の調査委員会(以下「調査の実施主体」という。)は、背景調査に当たり、遺族が、当該児童生徒を最も身近に知り、また、背景調査について切実な心情を持つことを認識し、その要望・意見を十分に聴取するとともに、できる限りの配慮と説明を行う必要があること。また、在校生及びその保護者に対しても、調査の実施主体ができる限りの配慮と説明を行うことが重要であること。

(4)学校及び教育委員会は、調査委員会を設置して背景調査が行われる場合、調査委員会に積極的に協力することが重要であること。

(5)学校及び教育委員会は、児童生徒の自殺の防止に努めるのみならず、万が一自殺等事案が起きたときに備えて、平素から、事後の緊急の対応や背景調査を適切に行うことができるよう取り組む必要があること。

2 背景調査を行う際の留意事項
(1)万が一自殺等事案が起きたときは、学校又は教育委員会は、速やかに遺族と連絡を取り、できる限り遺族の要望・意見を聴取するとともに、その後の学校の対応方針等について説明をすることが重要であること。また、当該児童生徒が置かれていた状況について、できる限り全ての教員から迅速に聴き取り調査を行うとともに、当該児童生徒と関わりの深い在校生からも迅速に、かつ、慎重に聴き取り調査を行う必要があること。なお、在校生からの聴き取り調査については、遺族の要望や心情、当該在校生の心情、聴き取り調査について他の在校生等に知られないようにする必要性等に配慮し、場所、方法等を工夫し、必要に応じ後日の実施とすることも検討することが重要であること。

(2)学校又は教育委員会は、2(1)の全ての教員や関わりの深い在校生からの迅速な聴き取り調査(以下「初期調査」という。)の実施後、できるだけ速やかに、その経過について、遺族に対して説明する必要があること。なお、その際、予断のない説明に努める必要があること。

(3)学校又は教育委員会は、遺族に初期調査の経過を説明した後、次の場合は、より詳しい調査の実施について遺族と協議を行う必要があること。
 ア 当該児童生徒が置かれていた状況として、学校における出来事などの学校に関わる背景がある可能性がある場合
 イ 遺族から更なる調査の要望がある場合
 ウ その他、更なる調査が必要と考えられる場合

 アの場合、学校又は教育委員会は、在校生へのアンケート調査や一斉聴き取り調査を含む詳しい調査(以下「詳しい調査」という。)の実施を遺族に対して主体的に提案することが重要であること。

(4)詳しい調査を行うに当たり、事実の分析評価等に高度な専門性を要する場合や、遺族が学校又は教育委員会が主体となる調査を望まない場合等においては、具体的に調査を計画・実施する主体として、中立的な立場の医師や弁護士等の専門家を加えた調査委員会を早期に設置することが重要であること。なお、学校又は教育委員会が主体となる調査を行う場合においても、適切に専門家の助言や指摘を受けることが望ましいこと。

(5)詳しい調査を行うに当たり、調査の実施主体は、遺族に対して、調査の目的・目標、調査委員会設置の場合はその構成等、調査の概ねの期間や方法、入手した資料の取扱い、遺族に対する情報提供の在り方や調査結果の公表に関する方針など、調査の計画について説明し、できる限り、遺族と合意しておくことが重要であること。また、在校生及びその保護者に対しても、調査の計画について説明し、できる限り、その了解と協力を得つつ調査を行うことが重要であること。なお、詳しい調査の過程において、必要に応じて随時、遺族に対して、調査の状況について説明することが重要であること。

(6)背景調査においては、自殺等事案が起きた後の時間の経過等に伴う制約のもとで、できる限り、偏りのない資料や情報を多く収集し、それらの信頼性の吟味を含めて、客観的に、また、特定の資料や情報にのみ依拠することなく総合的に分析評価を行うよう努める必要があること。したがって、調査で入手した個々の資料や情報は慎重に取り扱い、調査の実施主体からの外部への安易な提供や公表は避けるべきであるとともに、外部に提供又は公表する方針がある場合は、調査の実施に先立ち、調査対象となる在校生やその保護者に説明し、できる限り了解を得ることが重要であること。

(7)上記のほか、背景調査における資料や情報の収集、調査結果の外部に対する説明や公表等に当たり、調査の実施主体は、当該児童生徒、遺族、在校生及びその保護者など関係者のプライバシーや心情にできる限り配慮するよう努める必要があること。ただし、資料や情報の収集、調査結果の適切な説明等に支障が生じないよう努める必要があること。

3 学校及び教育委員会における平素の取組に関する留意事項
(1)学校及び市区町村教育委員会は、万が一自殺等事案が起きたときに備え、本報告書や別添1を参考としつつ、これらの資料を活用して研修を行うなど、平素から、背景調査を適切に行うことができるよう取り組む必要があること。

(2)都道府県教育委員会は、自殺予防に関する普及・啓発など自殺予防対策を推進するとともに、背景調査に関し、担当者を設けるなど体制整備及び専門性の向上に関する取組、調査委員会の委員の候補となる人材に関するリストの作成、本報告書の内容を踏まえた各都道府県ごとの背景調査の具体的な手順の検討、域内の学校関係者又は教育委員会関係者に対する研修の実施など、児童生徒の自殺等事案が起きたときに域内の学校又は教育委員会を適切に支援することができるよう不断の取組を着実に推進する必要があること。




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(別紙1) 児童生徒の自殺予防に関する調査研究協力者会議について
平成22年4月27日
初等中等教育局長決定

1 趣旨
 文部科学省においては、これまで自殺対策基本法等の趣旨を踏まえ、児童生徒の自殺予防のための施策を進めてきたところであるが、平成21年7月からは、本協力者会議において、1.自殺が起きてしまった後の遺された他の子どもたちや家族に対するケア、2.子どもの自殺に関する実態把握のための体制の整備を進めるため、周囲の関係者に対するメンタルヘルスや危機管理、第三者調査も視野に入れた背景調査といった事後対応の在り方について調査研究を実施し、平成22年3月に「子どもの自殺が起きたときの緊急対応の手引き」を作成するとともに、背景調査手法の論点整理を内容とする、「審議のまとめ」を公表したところである。
 平成22年度は、「審議のまとめ」で今後の検討課題とされた事項について、引き続き調査研究を行うとともに、米国における子どもに対する自殺予防教育の現況について調査を行う。

2 検討事項
(1)児童生徒の自殺の背景調査の指針について
(2)米国における子どもに対する自殺予防教育の現況調査について
(3)その他

3 実施方法
(1)別紙の学識経験者等の協力を得て検討を行う。
(2)必要に応じ、別紙以外の者にも協力を求めるほか、関係者の意見等を聴くことができるものとする。

4 実施期間
 平成22年4月27日から平成23年3月31日までとする。

5 その他
 この検討会に関する庶務は、初等中等教育局児童生徒課において処理する。

児童生徒の自殺予防に関する調査研究協力者(50音順)

新井 肇  兵庫教育大学教授
市川 宏伸 東京都立小児総合医療センター顧問
川井 猛  社団法人共同通信社放送報道局放送編集部次長職
河野 通英 山口県精神保健福祉センター所長
菊地 まり 東京都教育相談センター学校心理士
窪田 由紀 九州産業大学大学院教授
阪中 順子 奈良県大和高田市立磐園小学校教諭
高橋 祥友 防衛医科大学校教授
中馬 好行 山口県教育庁審議監
坪井 節子 弁護士




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(別紙2) 「平成22年度児童生徒の自殺予防に関する調査研究協力者会議審議のまとめ」(抜粋)

1.はじめに
 1998年以来わが国では年間自殺者数が3万人を超え、深刻な社会問題となっています。さて、子どもの自殺に対する社会の関心はどうでしょうか。いじめに関連したと疑われる自殺が生じると、マスメディアが大々的に取り上げるものの、社会の関心も短期間のうちに薄らいでしまいがちです。しかし、青少年期の健全な心身の発達は一生にわたる心の健康の基礎となる重要な課題です。未成年の自殺が全体に占める割合が比較的小さい(2%以下)からといって、けっして軽視してよい問題ではありません。
 2006年6月には自殺対策基本法が成立し、自殺予防は社会全体で取り組むべき課題であると宣言されました。それに応えて、2006年8月には児童生徒の自殺予防にむけた取組に関する検討会が招集され、翌2007年3月には第一次報告書が発表されました。その報告書は今後の自殺予防に関する方向性を示しています。わが国の現状を見ると、まず、学校の現場で子どもたちと対面している教師に予防に対する正しい知識を持ってもらおうという点と、自殺予防に全力を尽くすのは当然ですが、不幸にして自殺が起きてしまった時に適切なケアが必要である点を強調しました。
 第一次報告に沿って、2009年3月には「教師が知っておきたい子どもの自殺予防」の冊子とリーフレットを、2009年7月には「子どもの自殺が起きた時の緊急対応の手引き」をまとめ、このような冊子を利用して各地で教員を対象とした研修会も進めてきました。
 さて、平成22年度には次の点を取り上げました。効果的な自殺予防には正確な実態を把握することが必要です。そこで、自殺の実態を把握するための「統一フォーマット」について検討してきました。また、不幸にして自殺が起きてしまったときに、現実に何が起きていたのかを調べるために「自殺の背景調査の指針」について検討してきました。不幸にして起きてしまった自殺に正面から向き合い、悲劇を繰り返さないために何を学ぶべきかを考えながら指針をまとめてあります。なお、この指針はあくまでも叩き台であって、これを元に現場の状況に即した方法を話しあってください。

 また、子どもが自殺にまで追いつめられたときに相談する相手というのは、圧倒的に同世代の仲間ですが、相談された子どももどう対応したらよいかわからずに問題がますます深刻になりかねません。そこで欧米では、生徒を直接対象とした自殺予防教育が実施されています。子どもに対して自殺の話題を取り上げても危険を増すことはなく、自殺予防の第一歩であると欧米では理解されています。そこで、わが国でも将来的に生徒を直接対象とする自殺予防教育を実施できるかどうか検討するために米国マサチューセッツ州とメイン州の実態を視察してきたので、報告します。






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